この章では、専門里親支援モデルを開発するM・D&DプロセスのフェーズI「問題の把 握と分析」を行う。本研究における専門里親支援モデルを開発する必要性は、第1章でも ふれたように、専門里親制度自体が新たなものであり、これまでの里親制度の運用実績か らは対応しがたい実1音にある。この点について、これまでの里親制度を概観し、制度その ものやその運用、里親に対する支援の取り組みに関する文献研究を行った。
インターネット上の複数の文献検索エンジンを用い、里親に関する書籍や論文を収集し た。養子縁組についての文献も多く混じっていたが、里親制度あるいは養育里親や専門里 親に関する内容が含まれるものを対象にレビューした。そこから、専門里親支援モデル開 発の必要性を追究するための4つのポイントを以下にまとめ、提示する。
第1節里親制度の変遷からみる理念の脆弱さ
わが国が里親制度をはじめて公法上位置づけたのは、1948年に制定された児童福祉法で ある。要保護児童に対する保護措置の一つとして、里親を「保護者のない児童又は保護者 に監護させることが不適当な児童であると認められる児童を養育することを希望する者で あって、都道府県知事が適当と認める者をいう」と規定した(第27条第1項第3号)。こ こでは、里親は児童福祉施設と併記され、括弧書きの中で定義されており、ほかに独立し た定義規定の条文はなかった柱1)。児童福祉施設については児童福祉法第45条にもとづき
「最低基準」が設けられたが、里親制度については運営の基本方針を示した「家庭養育運 営要綱」が公布された。里親の意義としてその前記には、「児童によっては、かわる個人家 庭が適当なものであれば、施設による集団保護よりも個人家庭による養育によってはより 良く保護される場合が数多くあると思われる」とある。家庭的養護が施設養護よりも良い としながらも、それはケースによってと、家庭的養護と施設養護の位置づけははっきりと 示されず、控え目な表現となっている。この背景には、戦争によりあふれた戦災孤児への 対応のため、施設整備を急進させ、戦後の混乱期にその子どもらを保護する受け皿を早急 に確保する必要があった(堀場、2006)ことが推察される。
1950年の児童福祉法改正では、里親養育に関する最低基準を定めるという条項が追加さ れ、翌年1951年には、保護受託者制度(通称「職親」)が創設された(第27条第1項第 3号)。里親養育に関する最低基準は結局のところ、2002年の里親制度の大改正時まで設 けられることはなく、また、保護受託者制度についても、義務教育修了者は企業に積極的
に迎えられる情況であったため、障害のある子どものケースを除いてはほとんど活用され なかったようである(松本、1972)注2)。しかしながら、戦災孤児等要保護児童の受け皿
となる施設の整備は遅れ、里親に送らざるをえない事態が生じていた。また、1950年国際 連合の社会事業部から派遣された児童福祉顧問アリス・K・キャロル女史は、里親委託を 積極的に推進した(菊池、2000;松本、1991;津崎、1995)。里親制度の運用は、「里親 等家庭養育の運用に関して」にもとづき、各都道府県がそれぞれの方針と施策を講じ、そ れを受けて児童福祉司の判断により行われていた。しかし、キャpル女史は児童相談所の 各般の業務遂行について実地指導を行った。その内容がまとめられた『児童福祉マニュア ル』には、要保護児童の処遇選択肢のなかでの里親委託について詳細に示されている。里 親とは、その人あるいはその家庭にとって血縁、結婚、養子縁組等に関係のない子どもを 養育する人または家族であるとし、健全な生活とその家庭と近隣社会との関係にある経験 が子どもの成長に与える影響の重要性について教示した。そうして里親委託は1順調に増え、
1950年代後半にピークを迎える。
1960年代に入って、施設の整備も追いつき、戦後の戦災孤児らが成長して施設を退所あ るいは里親のもとを巣立つ頃には、里親委託は徐々に減少し始めた。1970年代には、短期 里親(母親の出産や病気・入院・拘禁等の理由によりおおむね1ヶ月から1ヵ年の短期間 要保護児童の委託を受ける里親)の設置、全国里親会の設立や養育に関する経済的支援等 の施策を導入するも、里親委託の衰退に歯止めはかからなかった。「家庭養育運営要綱」制 定以来の社会情勢の変化への対応、「民法等の一部を改正する法律」による特別養子縁組制 度の施行や、福祉関係法の改正による都道府県の権限強化などを受け(山本、1988)、「家 庭養育運営要綱」に代わって「里親等家庭養育運営要綱」が1987年制定された。改正の 一番のポイントは、特別の篤志家や資産家に里親になってもらうという従来の理念を改め、
広く里親を求め、普通の人を立派な里親に育てていくという新しい理念へと変わったこと であった。しかしながら、里親制度そのものの意義や運用を抜本的に改正したものではな
く、大筋では「家庭養育運営要綱」と共通している。
それ以降も、里親委託の漸減傾向はつづいた。この背景には、前章でみたように、わが 国においても子ども虐待が顕在化しはじめ、要保護児童の多くが実親のある子どもとなっ てきたことも大きく影響している。すなわち、子どもの親が里親委託を嫌がる、また養子 縁組の対象ともならないということが起こってきたのである。またその一方で、被虐待児
の処遇について施設養護では個別的ケアを提供する困難が指摘されはじめ、要保護児童の 様相の変化に対応していくことが求められはじめた。児童福祉施設最低基準が改正され、
児童養護施設等に家庭環境の調整の役割を新たに義務づけるとともに、1999年には「里親 活用型早期家庭養育促進事業の実施について」が出され、施設に入所している子どものう ち里親委託が望ましい子どもを、施設の援助のもと積極的に里親委託することを打ち出し た。また、同年通知された「里親に委託されている児童が保育所へ入所する場合等の取り 扱いについて」では、子どもの最善の利益の観点から養育の継続性を確保するために、里 親が何らかの事膚で日中里子の保育に欠ける状況になった場合、保育所や障害児通園施設 等に適所することができるようにした。
第1章第2節の「本研究の背景」でみてきたように、被虐待児の増加は施設を定員いっ ぱいの状態にした。そのため、要保護児童の受け皿として再び里親制度が注目されること
となり(庄司、2001;橋本、2002)、2002年9月大きな改革を迎える。「里親の認定等に 関する省令」と「里親が行う養育に関する最低基準」という二つの省令が出された。これ により、これまでの養育里親、短期里親に加え、親族里親と専門里親が創設された。その 趣旨には、「子どもの発達においては乳幼児期の愛着関係の形成が極めて重要であることか
ら、できる限り家庭的な環境の中で養育されることが必要」との認識が示された。とくに、
専門里親制度は、被虐待児の個別的ケアを担うものとして期待され、被虐待児の二一ズの 特殊性に応じた専門的な訓練を受けた里親として資格化された(庄司、2001;橋本、2002)。
庄司(2003)は、この改革の注目すべき点として、里親制度が省令として位置づけられた ことで、その基盤がより確かなものになったということと、そして、里親養育が個人的な 養育ではなく社会的養育であることが示されたことをあげている。
このように、わが国の里親制度にみる主要な考え方は、子どもの成長発達における個別 ケアや愛着形成の必要性と家庭的環境の重要性であり、2002年の改正で里親制度が省令に より制度化されたことで強化された。また、1990年代からは、施策のなかに 子どもの最 善の利益 という言葉も登場している。しかしながら、里親制度の、ひいては実の親がい る要保護児童の養育を担う専門里親の目指すべきところにある理念については、よくみえ てこない。理念のない実践は対応する機関や人でその方向性がバラバラとなり、から回り するだけである。専門里親制度を運用するもとに、専門里親に求められる理念というもの を明らかにすることは、実践上の絶対条件でもあり前提条件でもあるといえる。