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ネパールにおける地学教育の現状と課題

第1章 背景,先行研究,問題の所在

1 広島大学科学わくわくプロジェクトジュニア科学塾

2.4 ネパールにおける地学教育の現状と課題

査を行った。したがって,調査を行った場所・施設は,NCED,ETC3箇所,学校

(幼児〜大学,公立・国立),および各地に各種あるリソースセンターである。

現地調査は,見学調査が主体であったが,可能な限り研修所スタッフ,校長,

教員,さらには児童・生徒・学生と話すことにより聞き取り調査,口頭インタ ビューを行った。さらに可能な限り,実際に研修会で指導すること,および学 校で授業を行うことを試みた。

現地調査では,研修については,現地への案内等の情報は現地スタッフの協 力によることが多かったが,基本的には筆者がひとりで行動し,調査を進めた。

学校訪問の一部は,SV・青年海外協力隊(以下 JOCV と表記)のボランティアメ ンバーの情報・協力を得て,連携を取りながら進めた。結果的に実地調査を行 った日数は 132 日で,13 の教員研修・トレーナー研修参加,30 校以上の小中高 等学校訪問,訪問先の学校のほとんどで飛び込み・特設授業実施を行った。

2.4 ネパールにおける地学教育の現状と課題

2.4.1 ネパールの概要

ネパールは,2008 年に王制が廃止され,ネパール連邦民主共和国となり憲法 制定中である。エベレストに代表されるヒマラヤが有名なネパールの国土は,

山岳部(冷帯),丘陵部(温帯),平野部(亜熱帯)の3部からなる。首都はカ トマンズ(盆地,標高 1300〜1400m,温帯),面積は約 14.7 万㎢(北海道の約 1.8 倍),人口は約 2649 万人(2011),多民族・多言語(公用語はネパール語),

宗教はヒンドゥー(約8割)・仏教(約1割)他,識字率は約 65.9%(2011)で ある。日本から多くの観光客・登山客が来訪するほか,JICA によるインフラ整 備やボランティア活動等による支援も 40 年以上続き,各種民間団体・個人によ る援助活動も数多くなされているなど,両国の関係は密接と言えよう。

1〜5年が日本の小学校にあたり,6〜8年が中学校にあたり,これらが義 務教育になる。9,10 年が高校であり,合計で 10 年間と短いため,大学入学年 齢までの2年間,「+2」という学年が設けられた学校もある。幼児対象の学校

(日本の幼稚園に相当),小学校だけの学校もあるが,多くは小中学校を併設し,

それに幼児学級,高等学校を併設した多学年の学校も少なくない。ネパールで

は,休日は土曜日であり,日曜日から金曜日までは平日であるため,学校も土 曜日が休日で,日曜日から金曜日が授業日となっている。

学校では,高校卒業時に国家試験として行なわれるSLC(School Leaving Certificate)の合格率で評価され,私学を中心にその競争が激化している。英 語で授業をする私学への志向が高い背景を受け,私学の数が公立をしのぐほど であり,公立の児童生徒が激減している地域もある。留年は特別なことではな く,異年齢で学級が構成されている。

先に述べたように,多民族からなる国家のため,公立学校では公用語である ネパール語がわからない子どもも存在し,ネパール語による授業自体が困難な 状況も散見された。

2.4.2 理科授業・理科教科書

学校は,日曜日から金曜日までの週6日制であり,調査した学校では授業間 の休憩はなく,小休憩が2回で,そのうち1回は軽食可となっていた。学校,

学年によるが,毎日1コマ程度,理科授業がある(図 2-1)。授業数等は各学校 が設定している。今回調査した範囲の学校ではあるが,曜日によって時間割が 異なる日本とは異なり,曜日にかかわらす同じ時間割を示している学校も少な くない。反面時間割通りに授業をしていない学校も少なからず存在し,教員が 来ないから急遽変更したという話を複数の校長から聞いた。

小学校(1〜5年)は,理科,健康,体育が1つの教科書の場合が多く,学 習の内訳や進度等は教師に委ねられている。1年から(幼児教育を行っている 学校は幼児学級から)理科の授業があり,小中学校とも,理科を含め授業は,

公立ではネパール語で,私立では英語で授業する学校が大半であったが,校長 や研修所スタッフの話によると,ここ4〜5年(調査当時),英語での授業に変 更したり計画したりしている学校が増加中とのことである。

理科の授業は,いわゆる「教科書で教える」「教科書を教える」と表現される 講義形式で,知識の量を争う,用語や説明を覚える学習が主体となっている。

観察,実験は,実際にはほとんどなされていないし,必要との認識はきわめて 薄い。実際に観察した地学領域の授業では,教科書を個人や全員で読み,見な くても言えるまでそれを繰り返すという授業もあり,日常的にそれが繰り返さ れているようであった。校長,研修所スタッフの話によると,中学校の理科教 員は英語がいくらか使えるが,小学校教員は英語が使えないとのことで,ネパ

ール語から英語への過渡期の中,英語版の理科教科書を使用しながら,ネパー ル語で授業している学校も数校見られた。このように,特に小学校ではネパー ル語や英語が混在しており,教員が指導に苦慮している。

上記のように,授業は教科書を使って進められるが,教育省直轄の教科書セ ンター発行の公式版(ネパール語)と一般に市販されている数種の私版(英語)

があり,各学校で採用する。内容は,英語版はネパール語版に準じているので,

両者ともほぼ同じと言われているが,いわゆる単純に訳したものではないので,

シリーズによっていくらか特徴が認められる。英語版は私学での使用が中心で あったが,近年公立学校でも英語版への変更が増加している。小学校の教科書 は,各学年とも理科と健康・体育があわせて1冊になっていて,中学校の教科 書は,物理,化学,生物,地学からなる理科が各学年1冊である。教科書自体 は,いずれも文章による解説が主体であり,図版は少なく,写真はほとんど使 用されていない。まとまりごとに,まとめとして練習問題や暗記事項が紹介さ れていて,このあたりが各教科書の工夫となっている。英語版の教科書は,ネ パール語による公式版に比べて価格が約 10 倍であり,紙質のほか,色数,図版・

写真の使用が多い点などが特徴である。

今回ネパール語版と英語版2種のシリーズが入手できたので,その記載内容 を検討した。英語版の教科書のうちの一種(2010 年小学校用:Jay’s SCIENCE HEALTH & PHYSICAL EDUCATION,2010 年中学校用:NEW CREATIVE SCIENCE)にお ける地学領域の記載は,「地学関連内容記載ページ数/理科記載ページ数/全ペ ージ数(小学校)」で示すと,1年が「11/61/100」,2年が「6/90/147」,3年 が「17/80/168」,4年が「18/65/160」,5年が「15/87/168」,6年が「37/202」, 7年が「32/212」,8年が「24/264」であり,地学領域のトピック記載は,「地 学関連トピック数/理科トピック数/全トピック数(小学校)」で示すと,1年 が「2/12/22」,2年が「1/11/27」,3年が「4/14/33」,4年が「4/15/31」,5 年が「2/13/28」,6年が「4/20」,7年が「4/19」,8年が「3/20」である(表 2-1)。したがって,小中学校全学年にわたり,地学関連内容の学習が示されて いるものの,理科における配分は多くない。

高校の卒業にあたっては,国家試験として行われる,言わば認定試験である SLC(School Leaving Certificate)が実施される。SLCでは,ネパール 語による受験,または英語による受験ができ,理科を含む9科目を受験し,32 点以上が合格とされる(図 2-2)。学校は,主にSLCの合格率で評価されるた め,私学を中心にその競争が激化している。公立では,SLCに焦点を絞り私

学のような学校を志向している一部の学校や,児童生徒の確保が厳しい学校を 含め,多様な実態が認められる。

地学領域の問題を具体的に調べるため,ルーテルほか(P. Luitel et al.,

2010)によるSLCの過去・対策問題集など3冊入手した。それらによると,

理科の配点は 75 ポイントである。その 75 ポイントの内訳は,物理が 30 ポイン ト,化学が 15 ポイント,生物が 22.5 ポイント,地学が 7.5 ポイントであり,

SLCにおける地学領域の配点は,教科書における地学領域の学習の配分同様 に多くはない。地学領域の問題は,図 2-3 に示すように文章で答える問題が2 問程度出題される傾向があり,文章による解答に応じていわゆる部分点がつけ られ,その合計が 7.5 ポイントとなるように構成されている。SLCに出題さ れる問題は,たとえ意味の理解をしていなくても,用語を覚えたり,教科書に 記載されている用語の説明を丸ごと覚えたりすると答えられるものが多いのが 特徴である。

2.4.3 教員研修・トレーナー研修

公立学校の資質向上を目的に,全国 34 の ETC が教員研修やトレーナー研修を 実施している。筆者の2年間の実態調査によれば,ワークショップを含めそれ らの理科の研修では,観察や実験等の実技はほとんどなされていない。講義形 式や,与えられたテーマに沿ってグループで議論,まとめ,発表する形式が主 体であり,すべてネパール語で進められる。

研修を調査していて,理科で用いる器具を扱う技能は,多教科を指導する小 学校教員どころか,中学校理科教員にも,さらには理科トレーナーにもかなり 厳しい状況が伺えた。研修参加者である教員にも,研修を運営する研修所スタ ッフにも,教材,教具の開発に関する関心は,ほとんど認められなかった。調 査先の多くの場所で,研修所スタッフ,校長,教員から,「予算がない」「モノ がない」という声をしばしば聞いたが,一方で,援助を受けた教材具などが未 使用のまま飾られている光景を見ることも多く,教材開発・活用を含む広い意 味での授業づくりの研修が必要と思われる実態であった。先に述べたようにS LCでは,用語を覚える,用語の説明自体を覚えることで答えられる問題が多 いことも,教員やトレーナーの意識に影響していると思われる。