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難民審査およびジェンダー・ガイドラインが果たしている機能は何か

欧米諸国では、さまざまな手段を用いて難民の締め出しを強化しながらも、一方で その難民政策とは反対の方向をめざすと見えるジェンダー・ガイドラインを策定して いる。ジェンダー・ガイドライン策定の原動力となったのは、『国連難民条約』の難民 定義はジェンダー中立的だが、実際の庇護申請手続きにおいてはジェンダー・バイヤ スがかかっているというフェミニズム法学からの批判だった。「女性は男性よりも庇護 の適用基準に合いにくい」(Kelly, 1993: 627)、女性難民は迫害の経験が認められにく い、という声があがり、「難民定義にジェンダーの視点を入れよ」という要求の高まり が起こった。だが、庇護申請者と庇護決定について各国の統計を見てもジェンダーに よる分析はほとんどない。UNHCRは「世界の難民人口の半分は女性だが、庇護申請 者のなかで女性の占める割合は非常に低い」と言う(UNHCR, 2005: 5)。だが、その

具体的な数字はない。女性申請者の庇護認定率については、ほとんどの国でデータが ないため不明というのが実情である。

第1章で述べたように、難民申請の決定の数量的分析(quantitative analysis)お よび質的分析(qualitative analysis)の両面からの分析が可能なのは現状ではカナダ、

オランダの2カ国についてのみである。オランダとカナダのデータは、どちらも女性 申請者の認定率が高いことを示している。

カナダ、オランダの数字だけで、女性が申請手続きにおいて不利益を受けていない ことの証明にはならない。だが両国においては、女性の難民認定率が男性よりも高い ことをデータが示すなかで、ジェンダー・ガイドラインが策定されたのは事実である。

このような状況下でジェンダー・ガイドラインが果たす機能とは何だろうか。各国が 行なう難民政策のなかで、ガイドラインはどのように機能しているのか。そして、よ り大きな国際関係という舞台で、ガイドラインが果たす機能とは何だろうか。これら の問いの答えを模索することが、ガイドラインの今後の課題への手がかりとなるだろ う。

まず、本論で取りあげたアメリカ合州国、カナダ、イギリスのジェンダー・ガイド ラインの果たす役割は何かを考察した後、欧米諸国に共通するガイドラインの機能を 考える。

アメリカ合州国の難民政策の特徴は、非常にわかりやすい。第 4章でヴェール着用 強制反対の事例を見たが、合州国が政治的に敵対するイランからの難民申請がほとん どである。ヴェール着用を法的に決めている国は、もともとイラン、サウジアラビア、

アフガニスタンといくつかあるのだが、カナダ、イギリスを含め3ヵ国ともイランか らの申請が圧倒的に多いという傾向を示している。合州国事例の際立った特徴は一般 的イラン女性と合州国に滞在するイラン女性を対照的に描き、イランの一般女性が前 近代的で、無教育で、受身の犠牲者であるかのように印象づけることである。アメリ カ合州国は難民審査という行為を通して、イランが前近代的で、人権無視の社会であ ることを世間に知らしめている。合州国のジェンダー・ガイドラインは、ジェンダー に基づく申請を評価するための明確な基準を設けていないということであった。「特定 の社会的集団」カテゴリーについても、難民定義のなかで一番不明確であるとガイド ラインは言う。したがって、「特定の社会的集団」をめぐる裁判所の判断も統一されて いない。ケース・バイ・ケースで審議される諸事例には、常に合州国の外交政策が反 映されている。

合州国の難民政策の歴史をふりかえると、冷戦崩壊までは、ソビエト領域から来る 難民は共産主義体制の失敗を証明する者として、「寛容に」受入れられた。1980年代 中ごろまでにアメリカ合州国が認めた難民の 90%は共産主義国からだったという

(Spijkerboer, 2000:197)。現在はイランからの難民受入れに積極的な態度を示して いる。冷戦時代は共産主義体制の非難のため、冷戦崩壊後はイランを代表とするイス

ラーム体制の悪魔化をアピールするために、難民審査を利用しているといえる。移民 大国であるアメリカ合州国はその難民審査において、申請者の受けている迫害の内容 如何よりも、自国の利益と難民審査のプロパガンダ性を常に重視していることがわか る98。合州国のジェンダー・ガイドラインが、明確な基準を設けず、「特定の社会的集 団」カテゴリーの内容も不明確なままであること、そして本論で指摘した「女性難民」

イメージが果たす機能によって、国家の政策に合わせた柔軟な審査を可能にしている。

ガイドラインの不統一性が合州国のイデオロギーに合わせた難民審査を可能とするよ う機能しているといえる。

同じく移民国カナダの場合、ジェンダー・ガイドラインはどう機能しているのか。

ハイパワーを持つアメリカ合州国が自国のイデオロギーにあわせて難民審査をおこな っているのに対し、カナダは、ジェイムズ・C・ハザウェイ(James C. Hathaway)

99の言葉を借りると、難民政策を用いて「国際社会におけるミドルパワーとしてカナ ダの役割」(Hathaway, 1988: 682)を果たそうとしている。ハイパワーを持つ超大国 のアメリカ合州国とは異なる方法で、カナダが国際人権コミュニティにおいてリーダ ーシップを発揮するには、世界に先駆けてジェンダー・ガイドラインを策定し、国際 社会における地位を高めることが必要だった。そして、カナダは実際にジェンダー・

ガイドライン策定により世界から高い評価を受けた。カナダのジェンダー・ガイドラ インの果たした機能は、国際社会でハイパワーを持たないカナダに、そのリーダーシ ップを発揮させることであったといえるだろう。カナダの難民政策に対する現実主義 的姿勢はジェンダー・ガイドライン策定に始まったわけではない。カナダは周知のよ うに移民国家で、難民も数多く受入れている。2009 年の申請受入れランキングでは、

先進工業国 44 ヵ国中100、3 番目に位置する難民申請受入れ大国のひとつである。だ が、歴史的に見ると、カナダの難民政策は常に国内の経済事情が優先されていた。第 二次大戦後、カナダ国内の経済発展に寄与する意識があり、かつスキルを持っている 者ならば難民であれ、経済移民であれカナダは歓迎し、彼らに国民と同等の完全な権 利の保障と、恩恵を与えた。カナダ国内の経済発展のために進めてきた従来からの移

98 アメリカ合州国は、自国の利益とプロパガンダがないと難民を認めたがらないこと は、Gil Loescher とJohn A. Scanlanもその著書で指摘している(Loescher and Scanlan, 1986: 219)

99 ハザウェイは、主にカナダ、アメリカ合州国で活躍する国際難民法の著名な学者で ある。現在は合州国のミシガン大学、ロー・スクールの教授を務める。学術雑誌、

Journal of Refugee Studiesや Immigration and Nationality Law Reportの編集者 でもあり、国際難民法に関する著作も多い。

100 44ヵ国とは、27のEU加盟国、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロア チア、アイスランド、リヒテンシュタイン、モンテネグロ、ノルウェー、セルビア、

スイス、マケドニア、トルコ、オーストラリア、カナダ、日本、ニュージーランド、

韓国、アメリカ合州国である(UNHCR, 2010: 3)。2009年の1位はアメリカ合州国、

2位はフランスである。2008年はカナダとフランスが入れ替わり、2位であった

(UNHCR, 2010: 6-7)。

民政策の副産物として、カナダの難民法は発展してきた(Hathaway, 1988: 677-683)。

国際難民法の発展に係わることで、カナダ国内の利益が縮小される場合はあるが、カ ナダ難民政策の礎石である「国内優先」の方針に揺るぎはなく、カナダの国家利益の 推進が難民政策の主要な決定要素となっている。ジェンダー・ガイドライン策定は、

まさに「カナダの難民に対する現実主義的『同情(compassion)』政策」(Hathaway, 1988: 683)の一つといえるだろう。

イギリスの場合はどうであろうか。第 2章、第3章で述べたように、イギリスを始 め、EU 諸国は、ヨーロッパ議会の再三のジェンダー・ガイドライン策定要求にもか かわらず、それに応えることはほとんどなかった。ガイドライン策定前にイギリス政

府はUNHCRのアンケートに答えて、イギリスにはジェンダーに基づく迫害のみを訴

えるものはほとんどないため、女性庇護請求者を扱う別立てのガイダンスを策定する 必要はないと述べていた。このような政府見解にもかかわらず、RWLGの作成した「イ ギリスにおける庇護申請決定のためのジェンダー・ガイドライン」の提出を受けて、

イギリス政府の手によるジェンダー・ガイドラインが策定されたのであった。

イギリスに代表される、EU 諸国のこの消極的なガイドライン策定への態度は、カ ナダの積極性と大きく異なるように見える。だが、両国に限らず現在の欧米諸国は、

難民政策についてある共通点を持つ。それは、難民法とは南世界からの人々の排除を 正当化する場のひとつだという考え方である。第2章で見た数々の難民排除の政策も 難民法という名のもとに実施されている。スピカブーアの言葉を借りれば、難民法が、

「(難民)排除の意図に正当化の外見を与え」(Spijkerboer, 2000: 197)ている。

スピカブーアは次のような興味深い指摘をする。『国連難民条約』締結時とは大きく 異なり、いまや難民申請者の多くは、南世界からやってくる。南世界からの難民流入 をできる限り阻止したいというのが、欧米諸国に共通する本音であり、そのためにさ まざまな手段を講じている。一方で、現在に至るまで欧米諸国は難民生産国である南 世界諸国に対し、世界銀行(World Bank)や国際通貨基金(International Monetary Fund)による介入、国連の軍事行動という形でかなりの力を行使している。欧米諸国 がこの行動を正当化するために何か努力を払わなければ、それらは南諸国への単なる 経済的、軍事的強制力の行使に見えるだろう。その努力として行なったのが、「途上国 が自身を救えない状況にあるため、途上国のよりよい未来のためには欧米諸国の指導 が求められている」という、欧米諸国から南世界への介入を正当化するストーリーの 作成である(Spijkerboer, 20000: 199)。難民審査は、まさにそのような正当化のスト ーリーを創造する場のひとつとなっているという。

この指摘から類推できるのは、女性割礼事例でのアフリカの焦点化の理由である。

女性割礼事例で、アフリカの「野蛮」、「未開」、「残虐」さがクロース・アップされ、

そのステロタイプ化がますます強化されているが、なぜアフリカがターゲットにされ るのか疑問であった。その主な原因は、スピカブーアの指摘する「ストーリー」作り