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欧米諸国は自国領域内から「よそ者」をシャットアウトする政策を着実に進めるそ の一方で、世界の難民全体数から比較すれば一握りに過ぎないとはいえ、自国に個別 にやって来る庇護申請者たちを相当数受けいれている。庇護申請者の受入れは、一定 の負担を被るが、同時に次のようなメリットももたらす。「自身を救えない状況にある 途上国」の「よりよい未来」のために、欧米諸国は「求められて」指導し、介入して いるのだという、介入・干渉の正当化である。前節で見たように、このような国際関 係の構図のなかで、ジェンダー・ガイドラインは機能している。

ジェンダー・ガイドラインの具体的内容については、従来の『国連難民条約』の解 釈では、女性が女性ゆえに受ける暴力・虐待が迫害と認知されにくく、女性が難民と して庇護を認められにくいというフェミニズムの主張が反映されたジェンダー・ガイ ドラインであるので、『国連難民条約』に基づく難民審査へのアクセスを可能にし、手 続きを円滑に進めるためのさまざまな配慮がなされている。なかでもカナダのガイド ラインは、フェミニストたちの要求が盛りこまれた内容となっており、フェミニスト たちから高い評価を得ている。しかし、これらのガイドラインの内容にはいくつかの

問題点が見られる。本節では、ジェンダー・ガイドラインの内容について批判的に考 察する。そしてその批判はガイドラインの内容に対するものであると同時に、その策 定に大きな影響を与えたフェミニズム法学へのひとつの批判ともなる。それらの批判 的考察のうえに、今後のフェミニズム法学の課題を探る。

ジェンダー・ガイドラインについて、再度確認しておきたいことは、ガイドライン は『国連難民条約』の難民定義を変えるものではないということだ。あくまでも、現 条約の難民定義の解釈を提供するものである。本節では、次の二点をジェンダー・ガ イドラインの問題点として指摘する。一点目は、「特定の社会的集団」の解釈について、

二点目は、カナダのガイドラインが行なう女性難民申請者の分類方法についてである。

一点目は「特定の社会的集団」に女性を含めることの問題点についてである。カナ ダのガイドラインは、「女性」全体を「特定の社会的集団」と解釈する。難民定義にあ る迫害の根拠のうち、人種、宗教、ナショナリティ、政治的意見には、ジェンダー要 素が含まれないため、「女性」を「特定の社会的集団」カテゴリーに含めることにより、

フェミニズムの要請に応えている。だが、カナダのガイドラインが「女性」を「特定 の社会的集団」とすることの最大の問題点は、よく批判される「女性」集団の規模の 大きさではなくて、女性を均質のカテゴリーとして扱うこと、すべての女性が一般化 され、女性間の差異が無視されることにある。女性の迫害は、その女性の置かれた社 会的状況によりその中身はひとつひとつ異なるはずだ。それら、個々に異なる迫害を

「女性の迫害」と一括りにすることは、女性の受ける迫害をすべて「ジェンダーに基 づく迫害」と見て、その迫害に絡みあったさまざまな原因が検証されなくなる危険性 を生む。

では、アメリカ合州国のように、女性のサブ・グループを「特定の社会的集団」と 見ることで、その危険性は解消されるのか。女性の申請理由をすべて「特定の社会的 集団」という枠内で審議しようとする傾向に変わりはなく、女性が、政治的意見、人 種、宗教等により受ける迫害のすべてが「ジェンダー」というカテゴリーに収斂され てしまう危険性はそのままである。女性の申請が、女性のサブ・グループという「特 定の社会的集団」カテゴリーとして処理されると、女性が受ける迫害の焦点はジェン ダーに移ってしまい、女性がジェンダー以外にも社会的、政治的関係といった多様な 関係性のなかで生きていることが消しさられる危険がある。ひとりの女性の存在のな かにある社会的、政治的側面が消しさられると、女性の生きる領域は私的領域のみに 限定されたかのようになる。それでは、フェミニズムが従来から批判してきたはずの、

「男性は公的領域、女性は私的領域」という公私二元論を結局は強化していることに ならないか。クローリーが指摘するように、女性は均質な集団でもなく、父権主義支 配の下でただ受身の犠牲者として生きているだけの存在でもなく、一人前の社会的行 為者であり、ジェンダーと同様に、階級、人種、エスニックといったフルセットの矛 盾を背負っている(Crawley, 20001: 8)。女性の受ける迫害をすべて「ジェンダーに

基づく迫害」の枠に入れ、女性の社会的、政治的存在を消しさることは、「男性のみが 政治的意見を持ち、男性だけが宗教活動を行い、男性だけが人種的存在である」とい う従来からある観念をさらに強調する結果となってしまう。それでは女性の周縁化は ますます強化される。

このような問題を回避するためには、女性という括りではなく、当然のことながら、

ひとつひとつの申請事例の内容が女性に対する偏見や先入観にとらわれず、公正に検 討されることが求められるべきであろう。たとえば、社会規範に従うのを拒否する、

または社会規範を侵犯する女性は、女性であるから迫害されるのではなく、政治的、

宗教的規範に反対するから迫害される。それらの規範がジェンダーゆえに課せられた ものであれば、それは「ジェンダーゆえの迫害」となる。女性が宗教や社会規範に従 わないことによる迫害のおそれを主張する事例のほとんどは、宗教や政治的意見を根 拠にして決定を下すことができる101。そのためには、「政治的意見」とは何を指すの か、「政治」とは何かという定義がまず、明確に示される必要がある。「政治的意見」

は『国連難民条約』に含まれる難民定義のうち、最も論議されないものだからである

(Crawley, 2001: 21)。

「政治難民」という言葉があるように、難民と政治の結びつきは強い。一般的に「政 治難民」というと、政府に批判的で、非合法抵抗運動にかかわり、イデオロギー的な イメージがある。『国連難民条約』に明確な定義がない「政治的意見」をどのように解 釈するか。本論ではスピカブーアに依拠し「政治的意見」を次のように解釈する。政 治的信念というものは自由に自発的に着手されたもの(be taken up)である。単なる 好みではなく、他の単なる考えでもない。人の分別により導かれることであり、理性 的選択の結果である。政治的信念は、直接国家当局に対する事柄だけではなく、政党 といった具体的形態をとり、公に表現される。また、政治的信念は、利己的なもので はなく、その表明にはリスクを負う。これらの公に表現された政治的信念を政治的意 見と考える(Spijkerboer, 2000: 92)。

政治的活動に男性と女性の違いがあるのか。スピカブーアの調査によれば、女性が 男性と違った方法で政治的活動をするかどうか言及するのは不可能である。そのよう な結果を導くには、男性申請者と女性申請者の活動のはっきりとした比較が必要 とな る。そのような分析がないままに、多くの決定作成過程で、女性の活動は、男性の活 動とは異なる「特殊な」ものとして概念化され、難民定義の文脈で非政治的なものと してレッテルを貼られている(Spijkerboer, 2000: 94)。このようにして男性と分けら れた女性の領域は、結果として格下げされる。クローリーの指摘によれば、西洋の政 治科学は、政治的分野における女性の広範囲な参加を理解せず、女性の政治的貢献を 過小評価してきた(Crawley, 2001: 22,24)。政治活動家、反政府集団の組織者による

101 このことは、カナダのガイドラインが、「特定の社会的集団」の解釈と同時に言及 している。

政治活動といった、従来から男性の政治活動と考えられてきた行為を女性が行なう場 合には政治活動と認めるが、それ以外のさまざまなレベルでの政治的活動を、女性の 手により行なわれるがゆえに政治的活動と認めないような、ジェンダー・バイヤスの かかった審査官の判断こそが問題なのである。政治的意見を限定的、固定的に捉えず、

「フェミニズムを政治的意見と認める」といった幅広い柔軟な判断がさらに求められ る。

以上が、女性の申請を、女性もしくは女性のサブ・グループとして「特定の社会的 集団」カテゴリーで処理することに対する批判であり、それは同時に、『国連難民条約』

の難民定義にジェンダー要素を入れるためにフェミニズム法学者たちが提案する、ジ ェンダーに基づく迫害を受ける女性を「特定の社会的集団」の構成員と認める説への 批判である。

ジェンダー・ガイドラインの二点目の問題は、カナダのガイドラインが行なう女性 難民申請者の分類方法についてである。第3章で述べたように、カナダのガイドライ ンは、女性難民申請者を 1)男性と同様の環境のなかで男性と同様の条約上の根拠に 基づき、迫害を恐れる女性、2)申請者本人のものではなく、親族の地位、活動、見 解のために受ける迫害を恐れる女性、3)ジェンダーを根拠とした、苛酷な差別的環 境、もしくは国家当局または私人の手による暴力行為(国家が十分な保護を与えられ ない、与えるつもりがない場合)から生じる迫害を恐れる女性、4)自国のジェンダ ー差別的宗教や慣習法の侵犯を理由にした迫害を恐れる女性、という四つのカテゴリ ーに分けて審査する。この四つのカテゴリーは、男性と「同じ」根拠による迫害を受 ける女性申請者と、男性と「異なる」根拠による迫害を受ける女性申請者という二つ に大きく括りなおすことができる。前者は男性と共通の根拠による迫害であるから、

「一般」的もしくは「通常」と考えられ、後者は「女性」に限った迫害であるから、

「特殊」と考えられる。つまり、カナダのガイドラインは女性申請者を「通常」と「特 殊」に分けていることを意味する。先ほど政治活動について、女性の活動を男性の活 動とは異なる「特殊な」ものとして概念化することは、難民定義の文脈で非政治的な ものと解釈されることを指摘した。そして、男性と分けられた女性の領域は格下げさ れる結果となっていた。では、カナダのガイドラインが女性申請者の被る迫害を「通 常」と「特殊」に分類することは、どのような結果を引きおこすのだろうか。

「通常」と「特殊」に分けることによって引きおこされる結果の分析が、スピカブ ーアにより出されている。彼がオランダおよび海外の判例を調査して導きだした結論 は次の二点である。一点目は、「『特殊』というラベルは、明示的であれ、暗示的であ れ、法的実践において、不利な扱いを助長する」(Spijkerboer, 2000: 129)。二点目は、

「通常」の主張と異なる、女性の「特殊」な主張は、もし仮に認められても、難民法 の核心に属さないと解釈される。彼の結論は、本論の第4章で取りあげた事例にあて はまる。それらの事例が彼の結論を証明しているといえる。