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第 5 章 女性割礼回避を理由とする難民申請事例とその問題点

3. アバンクワ事例

カシンジャ事例に庇護を認めるという決定が下されて 7 ヵ月後の 1997 年 3 月 29 日、当時27歳のガーナ人、アデレード・アバンクワ(Adelaide Abankwah)がアメ リカ合州国に到着した。後に法廷で偽物だと証明されるパスポートを持ってニュー・

ヨークのJFK空港に降りたった彼女は、変更を施されたパスポートを不審に思った審 査官に入国を拒否され、そこで初めて、ガーナに戻されることの恐怖を訴える70。ア バンクワ事例71はこうして始まった。ヒアリングを待つためにワッケンハット収容所 に移された彼女は、最終的に 27 ヵ月をそこで過ごすことになる。最初にアバンクワ 本人が書いた庇護申請書は、ガーナに戻されると起こるであろうという懸念のあれこ れを整理せずに書いた非常に分かりにくいものであったという。そこに女性割礼の語 は出てこない。その後、熟練の弁護士とともに用意した申請書によれば、申請者は母 の死後、彼女の民族集団ンクムサ(Nkumssa)のクィーン・マザーの地位を継承する こととなった。クィーン・マザーはヴァージンであることを求められ、夫も長老によ って決められる。彼女はキリスト教に改宗しており、すでに恋人がいる。自分がヴァ ージンでないことが分かれば、婚前交渉に対する処罰としてFGMを受けさせられる。

彼女は友人を頼り、ガーナの首都アクラへ逃げた。そこで働きだすが、雇用主からお 金を盗んだと疑いをかけられ、故郷の村に連絡されるのを恐れて、ガーナを脱出しア メリカ合州国へ来た。ガーナに戻ると罰として強制的に FGM を受けさせられること を理由に、アバンクワは庇護の申請とガーナへの送還中止を求めるが、1997年10月 8日、リヴィングストン(Donn Livingstone)判事は、両方の要求を却下する。その 却下理由は、彼女のヴァージン喪失に対する処罰としてうける FGM の恐怖が、客観 的に合理性があると証明できていないためとされた。さらに、クィーン・マザーに選 ばれるという彼女の状況は個人的な問題であって、「特定の社会的集団」に加えられた 迫害とは認めがたいという。アバンクワはBIAに控訴するが、BIAの決定は次のよう なものである。彼女は「結婚までヴァージンを保たなかったンクムサ人の女性」とい う特定の社会的集団の一員であることに基づいた迫害であると主張するが、その証明 は不十分である。つまり、彼女の出したどの報告書にも「FGMが罰として使われる」

ことの証明がないので、彼女のいう特定の社会的集団が「迫害を受ける集団」である とは認めがたいということである。また、クィーン・マザーになることを拒否して村 から逃げたためにその罰として殺されるかもしれないという彼女の主張には信頼性が ないとした72

この BIAの決定が出される前後から、アバンクワのサポーターたちは、カシンジャ

70 International Herald Tribune, Thursday, December 21, 2000の記事より。

71 Abankwah v INS, 185 F.3d 18.

72 Ibid.

事 例 に 倣 っ て ア バ ン ク ワ の 苦 境 を 広 く メ デ ィ ア に 訴 え 、『 ワ シ ン ト ン ・ タ イ ム ズ

(Washington Times)』、『ヴィレッジ・ヴォイス(Village Voice)』などの新聞、雑誌 は、アバンクワがアメリカ合州国に来たいきさつを掲載するようになる。「イクォリテ ィ・ナウ」が、カシンジャの場合と同様に援助をはじめ、フェミニスト・リーダーで あるスタイネム、俳優のジュリア・ロバーツ(Julia Roberts)、ヴァネッサ・レッド グレーヴ(Vanessa Redgrave)、大統領(当時)夫人のヒラリー・クリントン(Hillary R. Clinton)、そしていまや自由の身となったカシンジャらがアバンクワを支援する意 見をメディアに表明し、世間の注目を集める。ファッション雑誌『マリー・クレール

(Marie Claire)』は「なぜFGMを逃れてきた女たちがアメリカで監獄にいるのか」

という特集を組む。このような世論の盛りあがりのなかで、第二連邦巡回控訴院へ上 訴するために、アバンクワのサポーターたちはさらに経験豊富な弁護団を結成する。

その結果、第二巡回控訴院の決定は、「BIA は厳格すぎる」、「INS 規定は信頼できる 証言が客観的証拠により裏付けられることを要求していない」、「アバンクワの FGM への恐怖は十分現実に基づいているので、迫害に対する十分理由のある恐怖を客観的 に満たしている」と述べ、彼女には庇護申請の適格性ありと判断してBIAに差戻した

73

だがその後、アバンクワをめぐる状況は一変する。『ワシントン・ポスト(Washington Post)』に「アフリカの詐欺師がUSを騙して庇護を認めさせた」という見出しの記事 が掲載されたのである。決定後のINSの調査によれば、アデレード・アバンクワなる 人物は別に存在し、彼女の話は作り話であったこと、アバンクワ本人のパスポートは 1996年にガーナのアクラで盗まれていたことが明らかになった。申請者の本名はレジ ーナ・ノーマン・ダンソン(Regina Norman Danson)といい、母は故郷ビリワ(Biriwa) に健在で、クィーン・マザーになったことはないことなどが次々に明るみに出る74。 このため、ダンソンは2002年に偽証罪で起訴される。2003年の1月に合州国最高裁 判所で審議が始まり、アメリカ政府はガーナから数人の証人を要請する。以下は、合 州国最高裁判所での証人たちの証言、INSの調査で明らかになった各方面からの証言、

新聞記事等である。

ダンソンの故郷ビリワの長老、ナナ・クワ・ボンコ(Nana Kwa Bonko)は合州国最 高裁判所の証言で、2 年前『ワシントン・ポスト』の取材で述べたことを再確認し、

ダンソンはロイヤル・ファミリーのメンバーではないこと、FGM が村の習慣や実践 ではないことを述べる。また、当時のガーナの新聞のボンコ長老への独占インタビュ ー記事のなかに、ボンコ長老が証言のためにニュー・ヨークにある合州国最高裁判所

73 Ibid.

74International Herald Tribune, Thursday, December 21, 2000 の記事; Martin,

2005: 18.(本節でしばしば引用するDavid Martinは、カシンジャ事例でINSの弁護

団代表を務めた人物である。)

に現れたとき、殺到した報道陣に対して怒りを露わにして述べた言葉が、次のように 書かれている。「ガーナ人は人間を生贄にすることもないし、罰として FGMを実施す ることもない、文明人である」、「実際のところわれわれは FGM を行なっていない。

習慣としても、誰かを罰する方法としてもである」、「われわれは人間の尊厳を信じ平 和を愛する人々であり、われわれに馴染みのない習慣のことで、誰かがガーナ人を中 傷するなどとは想像もできない。私は彼女が不敬な行動をしたことで罰されるのを望 むものではないが、コミュニティや国全体が人食い人種であると描かれるような重大 な嘘には異議を唱える」75。南ガーナの FGM 研究者パトリック・トゥマシ(Patrick Twumasi)教授もまた、合州国最高裁判所法廷で怒りをこめて次のように語っている。

「FGM は 、 そ れ が 実 践 さ れ て い る 地 域 で 罰 と し て 使 わ れ る こ と は 決 し て な い 」

(Martin, 2005: 20)。イリノイ大学アフリカ史の教授、ジーン・アルマン(Jean

Allman)は、ファッション雑誌『マリー・クレール』がFGMに関する特集記事を出

したとき、抗議の手紙を送っている。その内容をまとめると、次のようなものである。

「この抗議は、時代遅れで人種差別的なアメリカ政府の移民政策を支持するために行 なっているのではない」と最初にことわったうえで、23年にわたり何度もガーナを訪 れて調査をした彼女は、「アバンクワの主張する地域だけでなく、ガーナおよびアフリ カ大陸のどこでも、ヴァージンを喪った人への罰として FGM が使われることは決し てない」。「アバンクワの話をきちんと調査しなかったことにより、『マリー・クレール』

誌は、アフリカ女性およびアフリカの、風変わりな(exoticized)イメージの永続化 に加担している。アバンクワが庇護申請理由として述べていることを調査もせずにそ のまま世間に公表してしまうと、たちまち、あなたたちは、本当の、、、

理由により国を逃 れてくる女性がアメリカ合州国での庇護をますます受けにくくなることに加担するこ とになるのだ(強調は原文通り)」76

そして、INS のチーフ・オフィサー、ラッセル・バーガロン(Russell Bergeron) は、「アバンクワ」の支援者たちのパワーによって自分たちの下した判断が覆され、「ア バンクワ」が庇護を認められた経緯について次のようにコメントする。「アバンクワ」

の弁護人と支援者たちは、FGMを理由とする庇護に、われわれ(INS)が反対してい ることを告発し、非難するためにこのケースを利用したのだ(Martin, 2005: 19)。

2003 年 8 月、ダンソンには偽証罪とパスポート詐欺罪について有罪判決が出てい る77。しかしそれは、ダンソンが手に入れた庇護を無効にするものではないため、刑 法上の詐欺罪を犯したことを理由に、庇護の撤回と退去命令のための庇護手続き再開 の動議が提出されている。だが、この件は 2005年 1月の時点で、ヒアリングもまだ 行なわれていない状態だという(Martin, 2005: 20)。

75 General News of Sunday, 19 January 2003の記事より。

76 General News of Monday, 4 October 1999の記事より。

77 General News of Wednesday, 13 August 2003の記事より。