仏法
の宝
にて
あ
らん事をきかばや﹂という発言があり︑それを受けたGの
﹁声
少
しなまりたる﹂僧が仏道論を語り始める ︒
定 し
︑
Hそれぞれの観点から︑複数の女性たちの語りによって︑ I捨てがたきふし・物語・
歌集
・女
性論
等︑
︿物 語ず が展 開さ
れていた
︒ ﹁
さてもさても︑何 いくつかのテーマを設
‑65 ‑
これと同傑に
︑ ﹃
無名草子﹄においても ︑
事 か
︑
この世にとりて第一に捨てがたきふしある︒おのおの︑心におぼされむこと宣
へ ﹂
(﹃
無名
草子
﹄﹁
新潮日
本古典集成﹂以下引用はこれによる)と︑﹃徒然草﹄冒頭と︑非常に類似したテ!?設定の上で︑次のように
言談の場は展開していったはずである︒
a・花・紅葉をもてあそび︑月・
雪に戯るるにつけても︑
この世は捨てがたきものなり ︒情けなきをもあ
るを
も嫌
はず
︑
心なきをも数ならぬをも分かぬは︑かゃうの道ばかりにこそ侍らめ︒それにとりて︑タ月
夜ほのかなるより有明の心細き︑折も嫌はず所も分かぬものは︑月の光ばかりこそ侍らめ ︒
・:後略
b
この世にいかでかかることありけむと︑めでたくおぽゆることは︑文にこそ侍るなれ︒
ヨ : 後
略
C
何の筋と定めて︑
いみじと言ふべきにもあ
ら ず
︑
あだにはかなきことに言ひ慣らはしてあれど︑夢こ
そあはれにいみじくおぽゆれ ︒
: ・
j e
‑ ‑後略
d.
あまた︑世にとりて
いみ
じきことなど申す
べきに
はあらねど︑涙こそ︑いとあはれなるものにて侍れ ︒
後 略
e .事新しく申すべきにはあらねど︑この世にとりて第一にめでたくおぽゆることは︑阿弥陀仏
こそ
おは
しま
せ︒念仏の功徳の様など︑はじめて申すべきならず︒
後略
f ‑功徳の中に︑何事をかおろかなると申す中に︑恩
へど
恩へどめでたくおえさせ給ふは︑法華経こそお
はし
ませ
︒・後略
﹃徒然草﹄冒頭
の語 りだ しと
︑
これらのダイアローグの語りとは︑その儀相にお
いて
類似する
固﹃
宝
物集﹄や
いν
v
言うまでもなく作者によつて造形された一人の語り手によつてなされる︿物語﹀にほかならな
L v
hr ︿物語﹀を展開させるために設定されたひと
つ の
虚構の様式にすこれらの言談はいわば 司
そ
σ
〉﹃無
名草
子﹄
も ︑ いの であ るか ら︑
ぎないといえるロ
﹃徒然草﹄もまた同様に︑
この
よ
うな言談の場のダイアローグをその語りの基盤に持
っと
言え
はしないだろうか@
これらと同様なダイ
ア ロ グ の 展 開 を
和文の伝統でさか
のぼるなら︑﹃
源氏物語﹄帯木巻の雨夜談に行き着く
ことができよ
h a
帯木巻は﹁つれハ¥と降り暮らしてしめやかなる﹂(﹃
源氏
物語
﹄
新日本古典文学大系
以 下
引用はこれによる)雨の宵に︑光源氏と頭中将が︑﹁女のこれはしもと難つくまじきはかたくもあるかな︑とや
う/¥なむ見給へ
知る
﹂と
﹄女性の[望ましい在り方︺
につ
いて
︑
E[品
︺と
いう観点から論じ始めたところに
左の馬の頭.藤式部の丞が物忌みに来てこの雷談は始まる a
そしてさまざまな女性論が︑
E ︹ 白 岡
]・
[ 容
貌︺・{才
能︺・︹
気だ
て︺
[仏道]
などをはじめとする︑
﹃ 徒
然草﹄
とよく似た観点から︑
m
善し悪しが論じられて展開するn
左の馬の頭︑藤式部の丞︑御物忌に箆らむとてまいれり︒世のすきものにてものよく言ひとをれるを︑
中将待ち取りて︑このロ四戸¥をわきまへ尉対あらそふ
︒いと聞きにくき事多かり︒
i
・e・‑e中略
i
・e・ ‑ な ど
︑ 限なきもの
言ひも趨叫川将司いたくうち
嘆く
︒
議論が白熱して
くる と︑
‑67‑
馬の
頭
定めの博
になりてひ与
らき
ゐた
り
a中将はこのゴバ日同列聞きはてむと心入れてあへ
しら
ひゐ
給
へ り
︒
I願
わ しい 人
・ 物
・季節などあらかじめ設定され
たテ
1 7
で ︑
E様々な観点か
ら ︑
皿その善し悪しが論じられ
るこの議論の流れは︿もの定め﹀と言えよう︒
同織な性格を︑森正人は﹃無名草子﹄の物語場に見る ︒
﹁第 一に
捨てがたきふし﹂
論か ら︑ 物語 論︑
歌集論
王朝女性論と︑話題が移行するにつれ︑物語場の形式は﹁巡物語﹂から﹁雑談﹂
へ と ︑
その 性
格を変えているこ
と ︒
しか
し︑
一貫してこの物語場全体を領導するものが︿
定的
﹀
の方
法であることを指摘している︒
ここ で
巡
物語
﹂と
は︑三人以上の語り手が︑順に完結的な﹁物語﹂を語る方法
であ
り︑
﹁雑
談
﹂とはさらに語り手同士の
聞に
﹁こ
とわ
る﹂
行為
や︑
﹁言ひそしる﹂
行為 の関 係に より
︑
﹁物語﹂が非完結的になっている場合を指名︒
れ
に従えば︑帯木巻雨夜談は﹃雑談﹂という言談の場に︑位置
づけることができる︒
いずれにせよ︑注意しなければな
らないのは︑﹃源
氏物語﹄帯木巻や﹃宝
物集
﹄
︑ ﹃
無名草子
﹄な どに おい て︑
てご
0)
(もの定め﹀が言談の場において生成し︑それを性格づけている点である︒次節に述べ
るこ
とに
なる
が︑
︿も
の定
め)
は貴族社会に日常的に見られる言談のあり方のひとつであった ︒
帯木
巻雨
夜談
や︑
﹃宝物集﹄
︑﹃
無名
草 子﹄に見られる言談の場は︑
テク
ス
トを形作っていくひとつの方法として︑虚構
の世
界に再現されたものに過ぎ
t
︑ "
ふん
︑i
徒然草﹄冒頭の議論の進め方が︑これらと同様の性格を持つのであれば︑﹃ ν
その 語り の方 法も また
︑
その基盤
に問織の背景を持つと言えるであろう︒いかにも右にあげた一連の
﹁場 の物 語﹂ に見 ら
れる具体的な場の描写を
持た
ず︑
いわゆる枠物語ではない︒
しか
し︑
少なくとも正徹本の読みに従えば︑﹃徒然草﹄
冒頭
には
明らかに
︿も
の定
め﹀
という言談の場特有
の語 りの
性格が付与されている ︒話題に連想関係の見られる幾つかのグループ
はあるものの︑各々は独立した議論を展開しており森の分類に従うな
ら ︑
﹁巡物語﹂
とい
F 7 言談の場の方法を
持って書き始めたことになろう︒
さて︑国目頭部分以降も︿もの定的
﹀の方法は継続される ︒
Iこの世での人間の望
ましい在り方について︑
←(第二段)為政者←(第三段)男←(第四段)後世
i(
第五段)遁世‑(第六段)子孫←( 第
七段)世の定めなさと人生←(第八段)色欲
i
︹第 九段 )女
ー(第一
O
段)家居↓
とい
った
順序
で︑
E観
点を
変え
て︑
皿いみじきもの・あらまほしきもの・めでたきもの・をかしきもの・あはれ
なるもの・:
など とい うふ うに
︑
その善し悪しが論じられていく ︒これらは冒頭で提示されたテ
17
に包摂さ
れる議論と言えよう︒第一
一段 も論 議の 多い 部分 であ るが
︑
E山里の住まいあるいは遁世者︑という観点から
﹁心ぽそく住みなしたる庵﹂に批判が加えられていると昔守7ことになろ
5 0
︿ 定
め ﹀
てい るの であ る︒
これに引き続く第一二段以降は︑若干論調を変えているように恩われる ︒I﹁この世での望ましい人間の在り
イス
ト ヲ
l
a w
方﹂というよりもむしろ︑﹁この世で心を動かされるもの・その在り方﹂
とい
うふ
うに
︑
︿物語内容﹀が︑人閉そ
のものに限定されていたそれ以前よりも拡大されて提えられているようだn
しか
し︑
それ でも なお
それらは人
‑69‑
事というカテゴリーにからめて考えることのできる﹁この世での具体的な事物﹂であって︑冒頭のテ
i7
をそ れ
ほど逸脱はしていないの
←(第一二段)友人
←(
第一
三段)読書←(第一四段)和歌
楽
←( 第
一七段)仏道
←(第
一八段)財産ー(第一九段)四季 ←(第一五段)旅
←(第
二
0
・二一段 )遁 世
←(第一六段)音
i(
第ニ二段)古き世←(第二三段)内裏←(第二四段)斎宮
↓
叙述のあり方についていうなら︑
‑和歌こそ猶おかしき物なれ
︒ :
(第 一四 段)
‑い
づく
にも
あれ
︑ しば し旅 立ち たる こと
︑
目覚むる心ちすれ︒
(第
一五
段)
‑神
楽こ
そな
まめ
かし
く︑
おもしろけれ ︒
j a {第一 六段 )
‑山寺にかき篠りて仏に仕ふまつるこそ︑
つれ ハ¥ もな く︑
心の濁りも清まる心ちすれ a
‑ e e (
第一七
段)
‑おりふしの移り変るこそ︑物ごとにあはれなれe
・( 第一 九段 )
等々に典型的に看取されるように︑官頭で一つの価値判断を行い︑それに引き続く部分で具体的な事物をあげて
詳述するという原則を守っている ︒ここでも係り結び等の強い言い切りの形が特色をなす ︒若干の進路変更はあ
りな がら も︑
︿もの定め﹀という物語叙述の方法は続いている ︒また︑第一
九段に関して言うなら
この
段そ
の
ものが右にあげたように﹁おりふしの移り変るこそ︑物ごとにあはれなれ﹂と冒頭にテ
17
を設
定し
︑
四季の美
しさを論じるという︑過去の文芸に伝統的に存在した﹃
春秋 の定 め﹂
の論であることも指摘しておきたい ︒
i (
第二五段)この世の無常←(第
二六
段)
この世での別れ←(第二七段)御国譲りの飾会‑(第
二八段)諒閣
の年
←(第二九段)過去の恋しさー(第三
O
段)人の亡き後ー(第三一段)今はなき人の手紙
﹂(第三二段)朝夕の心遣い
E観
点を
変え
つつ
︑
ーこ
の世
︑あ
るい
は人
の世
︑
とい
‑フ
テ
l
マに 沿
って ︑
匝善
し悪 しを 論じ る︑
つま
り
︿も
の 定め
﹀が進行していることが判る︒
しかし︑第三
O
段までは人の世のあり方を︑﹃めでたし﹂・﹁あはれて﹁をかし﹂などという言葉で代表される
美意 識︑
言い方を変えるなら形而上的な観点から論じられていたのに対し︑第一ニ
一段
︑三
二段
は︑
やや日常的な
次元に論点が移っていることは認めなければならない︒
した
がっ
て︑
こ の
二
つの章段は︑︿もの定め
﹀という
方法
を維
持し
なが
らも
︑
一アクスト回目頭から引き続いてきたひとまとまりの論述に含まれるかどうかは︑留保しな
ければならないだろう ︒また文末表現に着目するなら︑第三二段までは︑現在形で終わる文体が多かったにも関
わらず︑第
三三
段で
﹁けり﹄叙述の諮りの織相が唐突に変化してくることを認めなけ
かυ
かう
の場はこのあたりで対象化される ︒また.次にあげる﹁甲香はほら貝の様なるが ︿回
惣﹀
風の 章段 が入 り︑
ればならない︒(もの定め﹀
」
の章段は︑明らかに︿もの定め﹀の叙述法から逸脱するものであろ
う ︒
以降の話題と評価の中心になる表現を披き出すと.次のよう
になる
︒
ー(第三三段)玄輝門院:
・い みじ かり けり
ー71‑
←
(第
三四
段)
甲香
: ・
:( 論評 なし )
←(第三五段)人に書かせる手紙:・うるさし
(但
し藍
表紙
本は
欠段
)
よ
(第
三六
段)
女の
気遣
い:
ee
・e
‑さ
もあ
る
べき(藍表紙本は欠段)
ー(第三
七 段 ) 交 際 す る 人 の 態 度
・ よ し
ー(第三八段)名利:::・:愚かなれ・願ふに足らず
i (
第三九段)法然上人の教え・・離し
i(
第四
O
段)因械の国の娘・(論
評な
し)