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―アイデンティティをめぐる意味の変容

1.メディア・テクノロジーと音楽文化

ここまで述べてきたように、音楽は国民国家を統合していくメディアとして、またある いはマイノリティたちのコミュニティ空間を形成、維持していくメディアとしての役割を 担っていた。だが同時に抑圧的な差異や序列、権力的な構造も生産していた。西洋クラシ ック音楽の絶対的な権威が白人文化の高邁さを語るのに対し、その他の音楽はある社会集 団に根本的なつながりを持つ自律性のない低級文化の地位を与えられていた。近代の知と 権力が打ち立てたイデオロギーの戦略は、高級と低級という二項対立の図式によって互い の価値を本質的なものへと規格化することだった。高級音楽と低級音楽の差異は、芸術的 や学術的といった様々な要素と絡み合いながら、とりわけ階級的、人種的な白人権力と大 きく結びついてきたのである。

この音楽の物語は、白人を中心とした作曲家やパフォーマーによって形作られるものを、

作品の空間的な性質のみを評価材料として、すなわち時間的なものから切り離された芸術 としての絶対的な価値観によって、高級だと決定してきた。それは美学と倫理的な判断が 同等なもの、あるいは連動していることを示唆している。つまり、何が高級で何が低級か という二元的な判断は、人種や階級に根源的に結びついているものなのではなくて、あら ゆる社会的要因と結びついていたのである。だが白人の実践と結びついた音楽が、果たし てアメリカの音楽文化なのだろうか。アメリカの「多から一」のプロジェクトの一環とし て、諸所の音楽文化と人種、民族のつながりを強化することは、そこで生まれるアイデン ティティを固定化してしまう。しかし、音楽をまるで白人、とりわけアメリカではアング ロ・サクソン文化と結びついた普遍的な価値を持つもの、生活から切り離し、本質的に独 立した作品であるかのように扱う音楽的評価は、時代が変わっていくにつれて批判の的と なっていった。

音楽的評価に関する意識の変化に伴い、黒人音楽は商業的に成功し、人々に幅広く認め

られるようになっていった。黒人音楽に対する価値観や評価の変容には、音楽文化の実践 による意味の再生産が、より広い時間や空間のなかでなされるようになってきたことが大 きく関係している。

1800年代後半、人種差別の現実に直面する一方で、Slave Songs of the United States の出版は、黒人教会と黒人霊歌によって形成されたコミュニティをより強化し、黒人の記 憶をアメリカ中に広めた。このことが、1960年に至るまでのメディア文化の変遷や公民権 運動、さらにはジャズやヒップホップの発展につながっていくと主張することは、アメリ カにおける黒人文化の実践を読み解くことにおいて不可欠である。もちろん霊歌を収集し 楽譜化したのは白人によるものだし、大衆黒人音楽の成功は白人の経済的な戦略によるも のであったといえるけれども、モータウン・レコードやシュガーヒル・レコードなどの設 立を通した独自の音楽実践によって、アフリカ系アメリカ人のアイデンティティが変容し てきたことを無視することはできない。Slave Songs of the United Statesはジャズやヒッ プホップといったアフリカ系アメリカ人の音楽文化やそれらを生産するメディアの下地を つくったのである。

前述したように 1900 年代以降、メディアにのってブルースやジャズ、後のヒップホッ プが音楽的娯楽として広まっていくが、それらのリズムや特徴のルーツを探る際に言及さ れるのはいつもアフリカである。ブルースは西アフリカ音楽の機能性と関係しているとさ れるし、ジャズやヒップホップに特徴的なリズムの起源も同じくアフリカと関連させて語 られる。しかし、黒人霊歌のルーツはあくまでアメリカとされる。

霊歌とブルースの大きな違いとしては、前者は合唱によって神の啓示を歌う宗教的特色 の濃いものであるのに対して、後者は世俗的な感情、つまり日常生活における個人的な感 情が重視され、ギターやピアノなどの楽器とともに歌われる。暗い悲しみを描くはずの―

少なくともそのように語られてきた―ブルースは、時代を追うごとに娯楽として変容し、

ジャズやヒップホップに大きな影響を与えていった。

また『黒人霊歌は生きている―歌詞で読むアメリカ』のウェルズ恵子によれば、作業の

際に歌われたワーク・ソングは、前述の通り歌詞やリズムの反復が単調で、テーマは曖昧 なものが多かったものの、1900年代に入ると「イメージや比喩が複雑になり、歌い手が 歌いながら生死について考察」(102)するようになったり、黒人規制法などの差別的処置 への批判によって、白人社会に対する抵抗をはっきり示したりするようになった。

電子メディアが発展していくこの時期は、黒人の文化実践がアメリカの価値観だけで構 成されなくなったという点においてターニングポイントとなる。なぜなら1900年代以降 の黒人音楽と呼ばれるものは、グローバルなメディアのネットワークのなかで構成された ものだからである。ここで言うグローバルとは、グローバリゼーションが盛んに議論され た80年代以降のことではなく、境界を越えて実践されるコミュニケーションのことであ る。つまり20世紀前半にみられたメディア・テクノロジー発展による音楽実践の変容が、

アメリカでの黒人の意識、そして社会さえも変容させていった。1900年代以前の黒人霊 歌が白人と黒人という二項対立のなかで黒人の自己を認識させていたのに対して、グロー バルな実践として展開されていくジャズやブルースは黒人たちに人種的に脱領域的な自 己を経験させたといえるだろう。

社会を変容させるメディア・テクノロジーは、それ自体社会の諸力のなかで構成されて いる。吉見は『メディア時代の文化社会学』で新技術の社会的構成について二つの問題点 を提起している。一つは新技術を構成する社会についてである。

問題は、唯一の卓越した新技術の登場にあるのではなく、多数のより新しい技術 が相互に結びつけられていく社会過程と、そうした技術の複合体によって結び付 けられていく技術者や知識人、資本家などのネットワークの形成にある。(93)

メディアの発展は社会基盤を変えていくという単一の出来事ではなく、身体と場所、実践 がネットワークとなって形成されたときに起こる歴史変容の一部なのである。メディア・

テクノロジーと社会構成の関係性を考えるには、あるメディアがコミュニケーションとし

てその他の技術や多くの人々をつなぐ際に構成される、時間や空間を越えたネットワーク について捉えなければならないという点である。

もう一つは新技術によってつくられた諸メディアに対する受け手の文化的実践である。

すなわち受け手の日常的実践が新しい技術とどのように関わり、意味を変容させ、慣習化 するのかという点である。

メディア・テクノロジーと社会構成は、相互に関係しあっており、人々の実践のプロセ スによって変容していくものである。もしそうであるならば、ジャズやブルースのような 音楽は、社会構成の変容とつねに関連しながら、メディア・テクノロジーの発展と同時進 行的に展開される実践としてみるべきだろう。

1900年代以降の黒人音楽は、黒人という差異の意味変容をめぐる実践として、あらゆる メディア変容と関わりながら展開されていったのである。

2.サブカルチャーと意味の交錯

そうであるとすればジャズやヒップホップなどのマイノリティの文化というのは、大き な集団的組織と関係する少数集団、いわばメインストリームから遠くの方へ位置づけられ た対抗文化である。これがいわゆるサブカルチャーと呼ばれるものであり、支配階級に理 解し得ない範囲の文化コード、規範を持っている。そこではメディア変容と相俟って意味 を異なる文脈で再生産する。

サブカルチャーはそれ自体メディアと社会構成の関係を再構成させる実践である。メデ ィアと社会構成の関係を深く洞察した 1970 年代のヘブディジによるサブカルチャーの議 論では、音楽をひとつのサブカルチャーとして捉え、音楽と人々の関係や特定の集団に結 びつけられた生活スタイルの解明を試みた。

ジャズやブルース、レゲエ、ロックンロールといった音楽は、一定の伝統や価値を共有 する文化的実践として人々の生きる対話の空間をつくり出した。それらの文化は集団の特