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エスペランザ・スポルディングの実践とアメリカ

1.オバマ大統領とエスペランザ・スポルディング:ノーベル平和賞授賞式の場

ハーレム・ルネッサンス期にはじまった黒人による主体の構成と、アイデンティティを 生産する実践は、アメリカの歴史を再生産しながら黒人という言葉が持つBlackの意味を 少しずつ変容させてきた。そして1960年代の公民権運動が契機となって90年代からのヒ ップホップの実践と2008年の大きなイベントへとアメリカを突き進めていった。

バラク・オバマ米国大統領は就任演説において、アメリカは「すべての人が平等で自由で 最大の幸福を追求する機会を持つことに値するという神との約束」を進展すべき時だと強 調した(Obama)。それは1776年の独立宣言によって示され、1963年のキング牧師の演説 によって再び書きなおされたアメリカの信条である。そしてその自由と平等の信条は、「男 女や子供、様々な人種や信仰を持つ人々が、この巨大なモールで共に祝うことができる理 由、60年以上前には地元のレストランで食事すらできなかったかもしれない父親を持つ人 が、最も神聖な宣誓をするためにあなたの前に立つことができる理由」であるとオバマは 話す。 

オバマ大統領は2009年の45日、チェコのプラハでの演説で、核なき世界の追求を 宣言すると同時に、自由というキーワードを多用しながら、いかにアメリカが、世界が変 容してきたかを語った。オバマが言うように半世紀前には、黒い肌を持った人間がアメリ カの大統領になることを予想していた人はほとんどいなかった。核なき世界の演説をきっ かけとしてノーベル平和賞を受賞するオバマの姿は、約半世紀前に同じ賞を受け取ったキ ング牧師に重なる身体である。オスロで行われた授賞式の演説でオバマは、キングの言葉 を重ね合わせた。

何年も前に、キング牧師がノーベル平和賞授賞式で語った。「私は歴史のあいま いさに対する最終回答として絶望を受け入れることを拒む。『いまこうあること』

が人間の今の状態だから、人間の前に永遠に立ちはだかる『こうあらねばなら ない』というものに達することは道徳的に不可能だとする考え方は受け入れな

い」(キング引用部分)。こうあるべき世界を目指そうではないか。我々の魂をな

お揺り動かすあの神の輝きに到達しようではないか。(オバマ Web)

オバマはキングの言葉から核なき世界を説明しているが、キングの「こうあらねばなら ない」という言葉は言うまでもなくアメリカの未来であり、ナショナル・アイデンティテ ィのことである。

この演説が数々のメディアによって複製され広がっていくことで、キングに同一化した アメリカのトップの示す理想は、人種の問題を自由と平等と平和の実現へと拡大させてい く。

  グローバルかつ政治的な場であるノーベル平和賞の授賞式、及びノーベル平和賞コンサ ートで、オバマの招待を受けて演奏したのが、ジャズ・ベーシストでヴォーカリストのエ スペランザ・スポルディングである。スポルディングは、オバマが大統領に就任した2008 年に出した作品Esperanzaでビルボードのジャズ・チャートに70週以上ランクインし続 け、アメリカのトップの目に留まることとなった。

1984年にオレゴン州のポートランドで生まれたスポルディングは、バークリー音楽院を 卒業後、同音楽院の最年少講師としても活躍しながら演奏活動をしていた。ウッド・ベー スを抱えながら歌う斬新なスタイルは、アフリカを思わせるアフロ・ヘアと相俟って、聴 き手を身体のパフォーマンスへと強く引きつける。同時に英語以外のスペイン語等の歌詞 を駆使し、ときに歌詞のないスキャットで自らの世界を構築し、ラテンやクラシック、ブ ルース、ソウル、フュージョンといった様々な要素の混合によって、境界線が曖昧な音楽 スタイルを生みだす。スペイン語を使用したラテン調の音楽は、スポルディングがアフリ カ系でありながらもヒスパニックの血をひいていることから、彼女の複雑なアイデンティ ティを立ち起こしている。

またモデルとして活動しているスポルディングの身体は、いわゆる女性らしさというよ り、音楽性と同化するようなハイブリッドなスタイルを提示する。本人もまた語っている ように、スポルディングの音楽実践は、女性性にとらわれない彼女自身の経験の質を身体 に記述しようとする(Pen~a)。

授賞式に多様な背景を持つジャズ・アーティストであるスポルディングが選ばれたのは、

「チェンジ」を彩るための政治的な思惑からだろうか。上演の場として用意されたノーベ ル平和賞授賞式でのスポルディングの姿は、当時のアメリカ人に欲望された多様性を内包 する新しい身体であった。このときスポルディングは、アメリカを代表するアイコンとし て、アメリカの脱物語を上演する主役のひとりとなったのだ。

2.ハイブリッドな身体

前述した2008年のEsperanzaは、メジャーデビューにしてジャズのチャートに70週 以上居座り続け、新人ジャズ・アーティストとしてはもっとも売上げを伸ばしたアルバム となった。中でも“Ponta de Areia”はスポルディングの個性ともいえるラテン色の濃い内 容で、中南米やヨーロッパを意識させる。

80年代から90年代以降、ヒップホップ文化がアメリカ全土に広がったことで、ヒスパ ニック系の身体はメディアのなかで次々と可視化されるようになった。ジャズのラテン性 とヒップホップによってメインストリームに上がったヒスパニック系音楽の台頭は、アメ リカのポップカルチャーをラテン化させ、中南米やヨーロッパ、アフリカまで人々の感覚 を拡張させていった。この頃からヒップホップや R&B、ポップスなどのビルボードを彩 る楽曲に、ラテン色の濃いものが増え始めていく。

ジャズやラテン色の濃い楽曲のほかに、ノーベル平和賞の授賞式の式典でも演奏された

“I know You know”は、キャッチーなベースリフ(ウッド・ベースではなくエレクトリック ベースが使われているため、不安定さはなく、曲調自体もポップなもの)に軽快な歌をのせ

た聴きやすさを特徴とし、それまでになくポップ・ミュージックに寄せた内容である。

スポルディングは自らの音楽を、“I know You know”のような歌詞がついたポップ・ミ ュージック的なものか、あるいは個人的かつ室内楽的なものかという大きく二つに分けた 見方をしている。その分類を具現化したものが2010年のChamber Music Society2012 年のRadio Music Societyである。Chamber Music Societyはその名の通り室内楽的な曲 調が多く、ベースとピアノ、ドラムに加えてヴァイオリンなどのストリングスが重なり合 い、歌声も歌詞のあるものよりもスキャットの方が多く、どこかクラシカルで静かなジャ ズ色の強いアルバムである。Chamber Music Societyはビルボードのコンテンポラリー・

ジャズ・チャートで1位を獲得し、また同アルバムが発売された2011年の第53回グラミ ー賞で、スポルディングは女性ジャズ・アーティストして初めて最優秀新人賞を受賞した。

アルバムの売り上げとグラミーの受賞によってジャズ・ベーシスト、ヴォーカリストとし てスポルディングの知名度は飛躍的に上昇することになる。

Chamber Music Societyに対して翌年に発売されたRadio Music Societyでは、ウッド・

ベースの使用を極力減らし、ジャズだけではなく、ソウルやゴスペルの要素を汲んだ何よ り歌声と歌詞を強調した曲を多く収録している。アルバムのタイトルにもラジオという単 語が使われているが、冒頭の“Radio Song”は、ラジオから流れてくる音楽の一部が人の心 を捕らえてしまう曲の瞬間的な力、すなわち顔の見えないアーティストと、同じく顔の見 えない聴衆と聴衆とが互いにつながっていく魔術的な音楽の力について歌っている。ラジ オはずっとアフリカ系アメリカ人をつないできたメディアなのである。

Chamber Music SocietyRadio Music Societyという二部作の分割にみることができ るように、スポルディングはジャズとポップスという二つのジャンルの差異を横断して自 らのスタイルをつくり上げようとした。音楽実践の身体が差異を横断するメディアである ことをスポルディングの実践は示唆してくれる。この二部作ではクラシックや初期のジャ ズに代表される高級音楽的な上演と、ポピュラー音楽のカジュアルな日常性の上演を自ら の身体によって結びつける。

ダン・ラフィ(Dan Laughey)によれば、音楽ジャンルによる差異やコミュニティは、グ ローバル化に伴い「シーン」へと移行していると言う。音楽の「シーン」は、伝統的なジ ャンルごとのコミュニティのように安定したものではなく、多数の差異を取り込んでつね に変容していくものである。

The Shift from genre communities to scenes is a combined outcome of eclectic consumer behaviour and subsequent changes in global music-industry trends….a scene is a complex fusion of global and local influences that doesn’t follow a particular genre tradition, but instead embraces a range of genres, sub-genres and localised narratives in its system of production and consumption. (Laughey 133)

「シーン」はグローバルとローカルな実践の複雑な融合である。だとすればそれは数多く の主体実践の場を包括するネットワークであり、そこではそれぞれのローカルな場が互い に独立して存在しながらつながっている。スポルティングの音楽はジャンルという分類と してではなく、この「シーン」のなかで立ち起こる。

ラジオや CD、インターネットなどによって音楽が人々をつなぎ、コミュニティやネッ

トワークをつくり上げていくなかで、あらゆる文化や差異を越えていくことは、テクノロ ジーの発展に伴う聴覚的なコミュニケーションが、いかにグローバルな領域で展開されて いるかを表している。そしてグローバルなコミュニケーションをつないでいく媒体がスポ ルディングの身体であり、現在のメディア・テクノロジーにおいて、ジャズやソウル、ラ テンといった伝統に深く根ざしている音楽はスポルティングによって再生産されていく。

アフリカ系の血だけでなく、ウェールズやヒスパニック、スペイン、そしてネイティブ アメリカンといった多様な民族の混血として生まれてきたスポルディングの音楽が、ジャ ズを土台としたポップスやソウル、ラテン、ゴスペルなどの混成によるものであることは、