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アフリカ系アメリカ人のジャズと文化実践 1.黒人音楽と公民権運動

  かつてプランテーションの拡大、労働力の需要増大によって正当化されていた奴隷制は、

アフリカ人をひとつの動産として、商品として位置づけていた。白人と黒人の違いや黒人 の劣等性はあらゆる角度から説明され、正当化され、社会へと浸透していた。神の教えで はすべての人々は平等であり、人種や性に関係なく救われる。黒人の社会的立場は神の教 えでさえ彼らに白人と異なる解釈をさせた。すべての人々が救われるのであるから黒人も また奴隷という環境に不満を言わず、忠実に働いてこそ救われるのであると(西出 42)。「神 の国」というレトリックは奴隷制や人種の構築にも用いられた。

黒人にとってその環境から抜け出すためには、白人と黒人それぞれの関係性を破壊し、

何よりも新たに自己を表現することが必要だった。なぜなら彼らは宗教的なレトリックの もとに自らその二項対立の社会的構造を受け止めていたからだ。

自己表現は自らの主体の構成につながり、抑圧の支配領域から脱するひとつの手段であ る。それは自らの物語の再提示であり、新たな表象、そして自己のアイデンティティの生 産である。黒人たちの感情の拠り所は、当然白人である主人の監視外でなければならなか った。しかしそのことは結果的に黒人独特の自己表現を造り出し、コミュニティを結束さ せる方法を生み出したといえる。

American Cultural Studies: An Introduction to American Cultureでニール・キャンベ ル(Neil Campbell)が述べているところによれば、白人が決めた社会の制約によって、他の コミュニケーション方法、集団の結束の道が利用できないのなら、そのときアフリカ系ア メリカ人は、まさしく感情のはけ口として、抵抗とアイデンティティを再構築する方法と して、歌、説教などを用いることを身に付けた(Campbell 88)。奴隷文化ともいえる彼らの 文化様式は、アフリカ系アメリカ人としての声を未来へとつなげる重要な側面を持ってい たのである。歌や説教はコミュニティの結束を高めると同時に、主体として自己を一時的

に解放する。

  奴隷移住区のなかでアフリカ系アメリカ人たちは重要な表現方法のひとつである音楽を、

新たなコミュニティの共通言語として利用した。ブルースは奴隷生活で強いられている抑 圧と悲嘆の感情を表現した独自の音楽言語であり、後にジャズやラップ、ヒップホップの 生成に大きな影響を与えた。この音楽文化は、物語として彼らの伝統、つまり過去と現在、

そして未来をつなぐ経験という役割を果たし、アフリカ系アメリカ人としての新たな歴史 を構築する。キャンベルが述べているように「まったく記録されてこなかった歴史全体を 伝え、主流である支配的文化ではほとんど表現されることのなかった感情や思想に、聴衆 や演奏者が近づける手段を提供する力が、音楽にはある」(87)ということだ。ジャズのア ドリブは、周りの音を聞きながらも自らの物語を構築していく権限が与えられ、それは時 に周りの音と調和を図り、その場にいるすべての人たちの理解と共存を試みる。ラップや ヒップホップは、ことばをリズムにのせ、どこか説教に似た形でメロディという概念を脱 していく。その声はアフリカ系アメリカ人の物語を通した自己の訴えである。

しかしながら、音楽によるアイデンティティ生産はいつも他者との相互依存の結果であ り、支配文化を含むあらゆる文化との関係に依存する。つまりこの問題は、アメリカ全体 の問題―アメリカの歴史の問題―としても捉えていかなければならない。

アフリカ系アメリカ人の文化実践を語るにおいて、それはいつも公民権運動という出来 事、記憶、あるいは場に接続される。人種抑圧への抵抗である公民権運動は 1960 年代に 突如としてはじまったわけではない。それは奴隷時代からずっと蓄積されてきた人種差別 に対する抵抗意識の高揚から、文学や音楽活動が盛んに行われたハーレム・ルネッサンス を経て、1954年のブラウン対教育委員会の裁判やバスボイコット運動に連鎖していった結 果である。

1963828日、マーティン・ルーサー・キングは、リンカーン記念堂前で行われた ワシントン大行進での演説で、いまだ果たされていないアメリカの夢について語った。キ ングの夢とは他ならぬ「約束の地」へと人民すべてが辿り着くことであり、自由と平等に

支えられた国民共同体の建設によってアメリカの夢を再生することだった。I Have a

Dreamの演説は、リズミカルな言葉の組み立てとともに、アメリカでの黒人の声と存在を

明確に示してみせた。演説のなかで語られる聖書の言葉や独立宣言の記述、詩の引用はす べてアメリカの建国の意思や思想と合致する。肌の色に関係なく承認しあう人種の壁を越 えた夢を、人種的イデオロギーの外側からアメリカの自由の概念へと組み込んでいったの である。

25 万人の聴衆に向かって発せられた声は、象徴的なメッセージとして時間、空間を 越えてアメリカ全土はおろか全世界へと伝わり、公民権運動を推進させた。演説や説教、

政治集会がアフリカ系アメリカ人のコミュニティ結束に不可欠な場として重要性を増すな かで、自由と平等、多様性の共存、約束の地といったメッセージ性を持つキングの声は、

過去と未来を繋ぐ理想の物語、新たなアメリカの物語をアフリカ系アメリカ人のコミュニ ティ空間へと浸透させていった。公民権運動の場は紛れもなくアフリカ系アメリカ人のア イデンティティを生産する歴史的、制度的場である。つまりキングの上演は、アフリカ系 アメリカ人の、またアメリカの共通の経験として、歴史として共有される記憶として、そ こにいる観衆とともに上演されることで、アメリカの夢を再生産したのである。

キングと観衆の結びつきは、アフリカ系アメリカ人やその他マイノリティの位置づけに 対する意識の共感にあった。彼らにとって夢とは自由であり、アメリカの再生である。公 民権運動は、集合体のなかの個として差異を示しながら、まさしく他者の言語を通じて共 通の意識、共有される意味を形成した。キングの演説は政治的かつ社会的なアフリカ系ア メリカ人の声として、人種、階級を越えて鳴り響いていく。

1964 年に公民権法が成立し、黒人たちはあくまで法の上での権利を獲得することが できた。そしてキング牧師にはノーベル平和賞が贈られ、人種的な抑圧に勝利したという 意味で公民権運動のもっとも象徴的かつグローバルな存在となったのである。

1960年代における社会や政治の変革を反映した黒人音楽産業は、その成功とともに自由 への解放を世界中に呼びかけていた。ベリー・ゴーディによって設立されたタムラ・モー

タウンについてキャンベルは次のように示す。

Motown’s merging of gospel traditions such as tambourines, clapping, call and response and advisory lyrics, with the interest in a greater freedom of expression, provided a base for Motown and other soul singers to contribute to the voicing of black culture. (89)

アフリカ系アメリカ人たちは、白人の教会から分離された黒人教会の独自の発展に伴い、

ゴスペルを西洋賛美歌のスタイルから現在のリズムを強調したブルージーなものへと変化 させてきた。アフリカ的な表現方法としてのリズム&ブルースの伝統が西洋の宗教歌と結 びついたことで、ゴスペルは自由に対する渇望とともにソウル・ミュージックやレゲエへ と進展する土台となっていった。ここで問題としたいのは、リズム&ブルースを筆頭とす る―とりわけジャズやラップに躊躇なように―アフリカ系アメリカ音楽がキングの夢とつ ながり合っているということである。

公民権運動が大きな意味を生んだのは、人種の差異から脱するための政治的な要求とし ての、キングの声によって縫合された連帯がアメリカ全土で生まれたことにある。ワシン トン大行進で構成された特異な所属は、白人と黒人の対立図式だけでは説明できない。そ こには人種差別的な支配機構に抵抗する集団としてしか規定できないものがある。つまり その場所は様々な移民からなる人種的、民族的な差異から脱し、アメリカ人として上演で きる所属の場をつくり上げたのである。

運動と連動するかのようにアフリカ系アメリカ音楽は、歴史と伝統を再構築する文化的 実践として、またあらゆる差異を越えて連帯させるメディアとして、人と人をつなぎ合わ せていった。なかでもジャズやヒップホップ・ミュージックは黒人の表現方法として、そ して文化として、アドルノらがかつて力説していた音楽文化の捉え方を、否定するという よりもむしろ180度変える可能性を内包していた。公民権運動が生んだ連帯の政治は、ア