第三 章 シュタイナー教育思想をめぐる 科学性 論議
第二節 ド イツにお け る科学性論 議
ドイ ツ に おけ る シ ュ タ イナ ー 教 育に 関 す る 論 評を み る かぎ り 、 実 験 学校 や 改 革教 育 学 として の 若干 の 評 価 6)以 外は 、 論駁 や 懐 疑的 な 関 心 と いっ た も のが 大 半 を 占 める 。し か も 、そ の ほ と ん どは 経 験 的実 証 科 学 を 絶対 視 す る立 場 か ら な され た も ので あ り 、 内 容は シ ュ タイ ナ ー 的なキ リ スト 教 理 解や 宇 宙 論 へ の批 判(Paulsen, F. 1919)、 さ ら には 、 「混ざ り もの の 寄 せ集 め」
(Oppolzer, S. 1959)、 「世 界観 学 校」 (Prange, K. 1985/Krämer, Franz Josef 1987)、 「見 霊 者の 幻 想」 (Treml, A. K. 1987)、 「合 理 化 され た 神 秘 主 義と し て の科 学」 (Ullrich, H. 1988)、「 オ カ ル ト 的- 人 種 差別 主 義 的 世 界観 」(Grandt G./Grandt M. 1997)、 「人 種 差 別主 義 と 歴史 形 而 上 学 」「 秘 教 的ダ ー ウ ィ ニ ズム 」(Martins, A. 2012)と い った 神 秘 主義 的 ・精 神 主 義的 な 世 界 観 へ の懐 疑 と して 表 明 さ れ る 7)。 かれ ら の 多く は 、シ ュ タ イナ ー 教 育 思 想が 科 学 の指 標 に 照 ら し て みた 場 合 、非 科 学 的 で ある と 断 じ、 そ の 接 近 や受 容 の 困難 性 を 指 摘 する 。 し たが っ て 、シュ タ イナ ー 教 育思 想 を め ぐ る科 学 性 議論 の 分 析 に あた り 、 シュ タ イ ナ ー 論に 最 も 対立 的 な 関係に あ る教 育 科 学( 経 験 的 実 証科 学 を 支持 す る 教 育 学全 般 ) を考 察 の 対 照 軸と し て 、そ の 批 判内容 や 論拠 を 検 討し て い く こ とが 有 効 であ る と 思 わ れる 。
では 、 こ れら の 教 育 科 学的 な 立 場は 、 シ ュ タ イナ ー 教 育思 想 の い か なる 点 に 注目 し 、 どのよ う な観 点 か ら非 科 学 性 を 指摘 す る ので あ ろ う か。
シュ タ イ ナー 教 育 思 想 の科 学 性 を問 題 視 す る これ ら の 立場 の 多 く は 、シ ュ タ イナ ー 教 育思想 の 中心 原 理 、つ ま り 、 シ ュタ イ ナ ーが 「 真 の 人 間認 識 へ と導 く 学 」 で ある と す る人 智 学 的認識 論 に批 判 の 目を 向 け る。な ぜな ら ば、か れ らは 、そ のシ ュ タ イナ ー の 認 識 論的 立 場 が科 学 的 な実 証 主 義 と は 乖 離 し た 広 義 の 直 覚 主 義 に 位 置 づ く と 理 解 す る か ら で あ る 。か れ ら は 、 シ ュ タ イ ナ ー の認 識 論 が、 絶 対 確 実 なも の を 導き う る と す る直 観 的 な存 在 認 識 を 理論 の 前 提と し て いると 指 摘す る 。か れら に と っ て 、「知 的 直 観(intellektuelle Anschauung)」と は 、本 来 、わ たし た ち が 普遍 的 能 力と し て 保 持 しえ な い もの で あ り 、 それ を 通 して 存 在 認 識 に至 り う ると す る 直覚主 義 的な 認 識 は、非 科学 以 外の 何 も ので も な か っ た。し かも 、こ うし た 直観 的 存 在認 識 を 根 拠 に、
シ ュタ イ ナ ーの 人 間 観 ・ 教育 観 は 理論 づ け ら れ 、そ れ ら を基 盤 に 実 践 的な 方 法 論が 導 き 出され て いる こ と に、 か れ ら は 疑義 を 呈 する の で あ る 。以 上 の よう に 、 シ ュ タイ ナ ー 教育 思 想 の妥当
性 をめ ぐ る かれ ら の 考 察 は、 必 然 的に 、 シ ュ タ イナ ー 独 自の 人 智 学 的 認識 論 の 科学 性 問 題へと 直 結す る こ とに な る 。
では 、 具 体的 に 、 上 で みた 教 育 科学 の 立 場 を 含め 、 シ ュタ イ ナ ー の 人智 学 的 認識 論 を めぐる 議 論は い か なる 形 で 展 開 され て い った の だ ろ う か。 ド イ ツに お け る 科 学性 論 争 を鳥 瞰 す るなら ば、以 下 のよ う に 、「 批 判」・「 不 問 」・「評 価」と い った 三 つ の立 場 に分 類 す るこ と が で き る。
順 次、 各 見 解を 概 括 し て みよ う 。
1 . 批 判- 経 験 的 実 証 科 学 に 依 拠 す る 教 育 科 学 の 立 場
教育 科 学 の立 場 か ら 、 シュ タ イ ナー の 直 覚 主 義に 対 し 、近 代 以 降 の 伝統 的 な 経験 的 実 証科学 の 「明 証 性 」概 念 を 基 準 とし て 、 「こ の 立 場 は 、い つ で もど こ で も す べて の も のを 可 能 ならし め る の で あ ろ う か 」 「す べ て は 、 記 述 さ れ た 前 提 の も と に 同 じ 認 識 へ と 至 る の で あ ろ う か 」8)と い う疑 問 が 提起 さ れ る。こ の問 い は 、「記述 さ れ 原 則的 に は 追体 験 さ れ る シュ タ イ ナー 学 校 の方 法 を参 照 す べき 」9)と い う シュ タ イ ナー 派 の 教 育 学者 シ ュ ナイ ダ ー の 主 張に も か かわ ら ず、つぎ の 教育 科 学 の立 場 か ら の 代表 的 批 判者 ウ ル リ ヒ の見 解 に 大方 帰 結 す る。「人 智 学 者に と っ て、本 質 と現 象 、概 念 と 理念 、理 論 - 技術 - 実 践、科 学と 哲 学、神 ・天 使 と 人 間は 最 終 的に 同 じ も の で あ る。それ は 、 極端 に い え ば、 細 か な分 析 を 欠 い た普 遍 と 規定 の な い 特 殊と の 合 一で あ る。究極 に はシ ュ タ イナ ー の 教 育 方法 に つ いて の み 証 明 可能 な こ うし た 科 学 理 論の 概 念 に対 し て 、各論 者 は袂 を 分 かつ の で あ る」10)。そ し て 、最 終 的 に 、こ の 立 場に よ っ て 、シ ュタ イ ナ ーの 認 識 論 は、
「ド グ マ的 な 形 而上 学 に 基 づく 思 弁 的な 演 繹 的 推 論」11)で あ る と 結 論 づ けら れ 、「非 科 学」の 名の も とに シ ュ タイ ナ ー 教 育 思想 の 受 容は 拒 絶 さ れ るの で あ る。
以上 の 否 定的 観 点 の 論 拠と し て 、ウ ル リ ヒ は カン ト を 例に と り 、 自 らが 容 認 する 認 識 科学の 射 程を つ ぎ のよ う に 説 明 する 。
カ ント に と って 、 新 プ ラ トン 主 義 がお こ な う 「 存在 論 の 本質 言 明 」 、 つま り 神 の存 在 、魂の 不 滅、 人 間 の行 為 の 自 由 、 そ し て 物自 体 は 、 形 而上 学 領 域 に 関 す る 許 容で き な いア ・ プ リオリ な 判断 と 解 され た。し た が って 、おそ く と もカ ン ト以 降 、認 識 論 の根 本 問題 は 、わ た し たち の 経 験 に基 づ く 客観 的 妥 当 性 、と り わ け「科学 的 」な 認識 の 確 実さ に 対 す る 諸条 件 や 原理 へ と 向けら れ る。つま り 、そ こ で は 事 物の 存 在 論的 構 造 で は なく 、経験 的 判 断の 構 造が 問 題 とさ れ る の であ る。
こ のこ と を ウル リ ヒ は 、 「近 代 的 な厳 密 な 科 学 の可 能 性 を理 解 す る に は、 カ ン トの 場 合のよ う に 存 在 論 と い う 尊 大 な 名 称 が 純 粋 理 性 の 分 析 と い う 控 え 目 な 名 称 に 場 所 を 譲 ら ね ば な ら な い」12)と い う。そ れゆ え 、超感 覚 的 な世 界 に 向 か う認 識 要 求は 、か れ の 場合 、カ ント が い う よう に 形 而 上 学 の 問 題 と し て あ つ か わ れ る べ き で 認 識 科 学(Erkenntniswissenschaft)の 領 域 か ら は 除 外 され る。つ ま り、ウ ル リ ヒに お い ては 、人間 の 認識 は 一 般的 な. .. .
意 識 の 範囲 内 で のみ 客 観 的 な妥 当 性に か か わり 合 う こ と がで き る ので 、 一 般 的 な. . . .
感 覚 を 越え る 世 界 は 経験 の 対 象と な り えない と され る の であ る。
以上 の 見 解へ 至 る 根 拠 とし て 最 終的 に ウ ル リ ヒが 強 調 する の は 、 シ ュタ イ ナ ーの い う 理念が 主 観に お い てで は な く 、そ れ 自 身に お い て基 礎 づけ ら れ てい る と い う 点で あ る。つ まり 、シ ュタ イ ナー の 認 識論 は「知 的 直 観 」とい う 概 念で 覆 い 隠 され た「前 提 のな い 無 条 件な 認 識 論 」であ る ゆ え 、非 科 学 的. . . .
な 認 識 論 と され た の であ る 。
他に 、ウ ル リヒ 同 様 、シ ュナ イ ダ ー(Schneider, W.)もま た カ ント 的 認識 を 例 にあ げ 、シ ュ タ
イ ナ ー の 「秘 術 的 認 識 に お け る ア ポ リ ア 」を 批 判 す る 。と り わ け 、 か れ は ヨ ー ロ ッ パ 的 精 神 史 の 伝 統 的 な 人 格 ・良 心 概 念 に 基 づ く 人 間 実 在 の 反 復 不 可 能 性 を 主 張 し 、 シ ュ タ イ ナ ー の カ ル マ 理 念 を背 景 と した 無 限・永 遠・神 的な 人 間 の教 育 を 非 難す る こ とに な る 13)。
2.不問- シュタ イナー教育 の実践を 優 先する立場 -
前項 の よ うに 科 学 性 を 根拠 と し てシ ュ タ イ ナ ー教 育 思 想を 否 定 す る 立場 に 対 して 、 リ ンデン ベ ルク(Lindenberg, Ch.)や キー ル シ ュ(Kiersch, J.)は、 む し ろ人 智 学 的 認 識論 に「経 験 科学 的 な 端 緒」や「精 神 科学 の 発 展」14)と い う特 徴 を みて と る。な ぜな ら、そ こ でな さ れる「綿 密 な 物の 見 方」
や 「現 象 に つい て の 詳 細 で論 理 的 な叙 述 の 徹 底 」は 、 経 験科 学 的 な 観 察方 法 や 論理 的 記 述と重 な る も の で あ り 、 認 識 に お け る 判 断 尺 度 は 、 「理 解(Verstehen)」と い う 内 的 な 確 か ら し さ. . . . .
に 依 拠 する 精 神 科学 的 な 認 識 方法 と 同 様の も の で も ある と 考 え る か ら で あ る。
加え て 、 かれ ら が 、 シ ュタ イ ナ ーの 認 識 論 を 「経 験 科 学的 要 素 」 と 「精 神 科 学的 要 素 」をあ わ せも つ 見 方で あ る と 判 断す る の は、 そ の 認 識 方法 が 、 形態 学 と い う ひと つ の 自然 観 察 の方法 を 確立 し た ゲー テ 的 認 識 を基 盤 に 置く か ら で も ある 。 シ ュタ イ ナ ー は ゲー テ 同 様、 形 態 発生や 形 態の 変 化 を引 き 起 こ す 現象 の 内 的な 構 造 を 、 徹底 し た 観察 に 基 づ き 総合 的 象 徴的 に 解 明しよ う とし た と 、か れ ら は 評 価す る 。 以上 の 観 点 を 根拠 に 、 とり わ け キ ー ルシ ュ は 、シ ュ タ イナー 教 育思 想 の 理解 に は 、 従 来の 精 神 科学 と 経 験 的 実証 科 学 とを 包 摂 す る 新た な「実 践 科学 」が想定 さ れる べ き であ る と 主 唱 する 。
しか し 、 かれ ら は 、 こ のよ う な 立場 を 表 明 す るに も か か わ ら ず 、 ハ ンス マ ン(Hansmann, O.) が 指摘 す る よう に 、「プ ラ グマ テ ィ ック な 理 由 か らか 、 論 争の ゆ き づ ま った シ ュ タイ ナ ー 的 な 経 験科 学 的 な端 緒 を さ し あた り 回 避し よ う」15)と する 。つ ま り 、か れ ら は この 解 決 の鍵 を 含 む 重 要な 認 識 論上 の 問 題 を 、 「 認 識 論自 体 の 問 題 」と し て 徹底 し て 究 明 しよ う と はせ ず 、 一足跳 び に現 実 の 教育 方 法 に お ける 有 効 性支 持 へ と 進 むの で あ る。換言 す れ ば 、こ れ ら の立 場 は 、 教 育 科学 が 問 題視 す る 人 智 学的 認 識 論の 「非 科 学 性」問 題に つ い て、 正 面 か ら認 識 論 の妥 当 性 を論 証 する こ と を選 ば ず 、 シ ュタ イ ナ ー教 育 の「有 用 性」を是 非 基 準と し 、 有 効な 教 育 方法 に 関 する 適 用の 裏 づ けや 、 実 践 レ ベル で の 効果 を 問 う 比 較研 究 等 を促 進 す る 方 向で 模 索 して い く のであ る。
3 . 評 価
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人 智 学 的 認 識 論 に 科 学 性 の 根 拠 を み る 立 場-
前二 者 の 立場 に 対 し て シュ ナ イ ダー や リ ッ テ ルマ イ ヤ ー(Rittelmeyer, Ch.)は 、「科 学概 念 の拡 張 」を 前 提 と し て 、 ま さ に そ の 認 識 論 の 内 実 か ら シ ュ タ イ ナ ー 教 育 思 想 の 学 問 的 妥 当 性 を 論 証 し よ う と 試 み て い る 。し か も 、 か れ ら は 従 来 の 理 論 的 基 礎 づ け の な い 感 情 的 な 擁 護 者 と は 異 な り 、人 智 学 的認 識 論 の 解 釈に 向 け たい く つ か の 理論 視 点 を提 示 し て い る。
具体 的 に は、シ ュナ イ ダー は 、人 智 学 的認 識 論の 理 解 には 、認識 の 二重 性 と して 「所 与 の 知 覚 に 基 づ く 観 察 」と 「超 感 覚 的 な 思 考 を 通 し て の 直 観 」と を 厳 密 に 区 別 し 、 と り わ け 伝 統 的 な 科 学 に おい て は 意義 を 認 め ら れて い な い後 者 の 知 覚 領域 の 研 究可 能 性 を 認 める べ き であ る こ とを 示 唆 する16。か れ は 、シ ュ タ イナ ー 同 様 、超 感 覚 的 な存 在 領 域や そ れ に 適 用す る 科 学的 認 識 の 固定 し た形 式 が ある か 否 か は 純粋 に 理 論的 に は 完 全 に規 定 さ れえ な い と い う見 解 を もつ 。と り わ け、
こ の領 域 に おけ る 現 在 の 科学 的 状 況を 踏 ま え た 場合 、 シ ュタ イ ナ ー の いう 知 覚 領域 は 理 論的に 否 定さ れ る べき で は な く、考 察 の対 象 と され ね ばな ら な いと 主 張 す る ので あ る。さ らに 、ウ ルリ