第2章 地方自治体における内部統制と財務管理
1 わが国における内部統制の展開
1992年、トレッドウェイ委員会組織委員会(COSO)の内部統制報告書が公表された。
以後、COSOの内部統制フレームワークは多くの先進諸国に採り入れられ、現在ではデ ファクト・スタンダードとなっている。COSOの内部統制フレームワークは、わが国民 間企業における内部統制フレームワークの構築に大きな影響を与えた。
2000 年 9月、大和銀行株主代表訴訟において、内部統制システムの構築責任が取締役 等にあることが判示された4。このことを受けて、2006年5月に施行された会社法では、
内部統制システムの構築に関する基本方針の決定が義務づけられた。2007 年 2 月に「財 務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監 査に関する実施基準の設定について(意見書)」(以下「基準及び実施基準」)が公表された。
また、西部鉄道による有価証券報告書虚偽記載事件の発生によって、2007 年 9 月改正金 融商品取引法が施行され、上場企業等に対し内部統制の評価と公認会計士等による監査が 義務づけられることとなった。
ここでは、内部統制の定義は、「内部統制とは、基本的に、業務の有効性及び効率性、財 務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成さ れているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によっ て遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、
モニタリング(監視活動)及びIT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成さ れる」5とされている。この定義に基づく4つの目的・6つの基本的要素は、COSOフレ
29
ームワークを踏襲しており、これに「資産の保全」と「ITへの対応」を拡張した形にと なっている。
このような民間企業における内部統制論議の進展と、自治体で続発する不祥事件への対 応として、自治体における内部統制が注目されることとなった。
2 2009年総務省研究会報告書の公表
2009年、総務省は内部統制研究会を立ち上げ、COSOフレームワークやわが国民間企 業の内部統制フレームワークを参考に、地方自治体における内部統制の基本的なあり方に ついてとりまとめた。
報告書をとりまとめた背景として、不祥事件の続発、地方分権改革の進展、厳しい社会 経済情勢に対応する行財政改革、財務報告の信頼性が挙げられる。特に、地方自治体の公 金にまつわる不祥事については、2010年12 月に出された会計検査院の報告書6にも指摘 されているとおり、自治体において内部統制が機能していないことが問題とされ、牽制機 能が十分機能する会計手続の整備や、内部監査による継続的監視評価や監査委員の役割に ついて指摘された。また、公会計改革の進展によって統一基準による財務書類を一部事務 組合や広域連合を含むほぼすべての自治体が作成することになったため、財務書類の信頼 性がより求められる状況になっている。加えて従来の削減型行革の限界を指摘し、「今後は、
公会計改革や資産・債務改革を通じたストックに着目した財政運営や資金運用・資金調達 といったキャッシュフローに着目した財務管理など、行政においても経営の視点で財政運 営を抜本的に見直すことが求められている」7としている。
総務省の他の研究会では、内部統制への期待が報告されている。地方公共団体の監査制 度に関する研究会では、監査の実効性を向上する要素として、リスクアプローチ監査をベ ースとした内部統制の有効性が指摘されている 8。また、住民訴訟に関する検討会では、
住民訴訟要件の見直しに関わらず、自治体は内部統制の整備・運用が求められている9。 内部統制研究の作成した報告書は、自治体を取り巻く行政課題として、リスクへの対応、
モニタリング機能の不全、縦割り組織・錯綜するルール体系への対応、行政評価の質の向 上、公会計制度改革への対応の5点を挙げている。また、今後のあるべき自治体マネジメ ント改革の方向性として、「リスクと向き合いリスクを事前に統制すること」、「組織マネジ メントに関する基本方針の明確化とPDCAサイクルの実現を通じた首長、管理職、職員 の組織マネジメントに関する意識改革の実現」10とし、行政サービスや行政改革の基礎を
30
「住民の信頼」において、「行政運営の透明性の向上、業務の有効性及び効率性を高める地 域経営改革の実現、さらには、公会計改革を通じた財政運営の刷新を図っていくこと」11 としている。
民間でも導入されている内部統制が、4つの目的を実現する具体的手段の一つとして期 待されている。
(1)内部統制の定義と4つの目的
COSOフレームワークをベースに開発された、民間企業における内部統制フレームワ ークである「基準及び実施基準」を基に、4つの目的・6つの基本的要素を地方自治体の 内部統制に適用している。「基準及び実施基準」では4つの目的が次のとおり定義されてい る。
図表2-1 内部統制の4つの目的
①業務の有効性及び効率性 事業活動の目的の達成のため、業務の有効性及び効率性を高める こと
②財務報告の信頼性 財務諸表及び財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性のある情報の 信頼性を確保すること
③事業活動に関わる法令等の遵守 事業活動に関わる法令その他の規範の遵守を促進すること
④資産の保全 資産の取得、使用及び処分が正当な手続及び承認の下に行われる よう、資産の保全を図ること
出所:企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の 評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)」、2007年。
この4つの目的は、「それぞれ独立しているが、相互に関連している」とされる。報告書 では、4つの目的のうち「業務の有効性及び効率性」が地方自治体の事務の原則であり、
重要であることが示されている。この「業務の有効性及び効率性」の前提として、「法令等 の遵守」により合法性や合規性を確保することや、住民サービスの財政的裏付けとなる「財 務報告の信頼性」「資産の保全」に努めることが重要であるとされている。
業務の有効性及び効率性については、報告書では「目的を実現する手法として、ニュー パブリックマネジメントの考え方や行政評価導入などが挙げられ」12ているが、「これまで
31
の行政評価システムを見直すべき点等がないか、特にリスクの統制という内部統制の特徴 を踏まえて改めて点検する必要がある」13とリスクの視点に着目した指摘をし、「内部統制 の整備・運用によって、個別の業務プロセスレベルの有効性及び効率性を再点検し、(中略)
既存のルールの整備・合理化を行うことが望ましい」14としている。
また、財務書類などの「コストなどの会計情報を活用することで、行政評価は正確なコ ストに基づく評価へ展開することが期待される」15ことから、「行政評価システムの中でア ウトプットデータを正しく集計する内部統制が求められている」16と述べられている。
財務報告の信頼性については、これまで法令を遵守をすることで、財務報告の信頼性は 保たれるものと考えられていた。報告書では、財務報告の信頼性は、「誤った報告によって これが保証されなければ、議会や住民が財政状況の実態を正しく把握し、監視することが できず、場合によっては、財政悪化・財政破綻による住民サービスの低下等の不利益をこ うむる可能性が考えられる」17と問題点が指摘されている。これまでの決算書類に対する 見方については、「単なる予算統制のための決算書という考え方に加え、資産・債務を含め た財政状況の全体像の把握によって、財政運営の質の向上を目指す決算統制という考え方 が重要となっている」18とし、「折しも、財務書類4表の適切な作成・公表や、地方公共団 体財政健全化法施行による財政指標の公表及び当該指標に応じた財政の早期健全化・再生 等が図られることになり、財務報告の信頼性がますます重要となっている」19とその重要 性を指摘している。つまり、公会計改革が進展し、統一基準に基づく発生主義・複式簿記 による財務諸表の作成が求められるなか、「財務報告の信頼性」の重要性はより現実味を増 しているのである。財務報告の信頼性を担保するために、内部統制を通じて「ルールが適 切に運用されているか、ルールの適用により非効率な業務プロセスが温存されていないか などの観点からルールを不断に見直し、整理・合理化を図ることが重要である」20として いる。
資産の保全では、自治体がさまざまな資産を所有していることに着目し、「資産・債務の 把握等を通じて、資産・債務改革の方向性や具体策を打ち出す」21ことや、「個々の資産・
債務の現状や問題の所在を明らかに」22する、あるいは「問題点や危機意識を共有するこ とがまず重要である」23と述べられている。
その上で、「従来型の『歳出削減』というフロ―面の取組だけでなく、抱えている資産を 再点検し、売却できるものは売却する、遊休資産を有効活用するといったストック面での 検討を行い、債務の圧縮等を実施することが求められている」24としている。そして、「資