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⑶ 第 四

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 三 ︶ (ページ 82-85)

章は

﹁日 本語 と日 本人 の人 間性

﹂で ある

。例 の如 く、 人称 代名 詞の 多様 性︵ 一・ 二人 称と も︶ と省 略さ れる 例の 多い こと が語 られ

、日 本人 と西 洋人 の決 定的 断絶 と評 する

。即 ち、 自己 と相 手の 人格 性よ りは 人間 関係 を 規定 した もの と捉 えて 義理 人情 が生 ずる

、と

。次 いで

﹁甘 え﹂ につ いて

、そ の概 念の 発見 は精 神医 学上 の画 期的 貢

献と 評価 した 上で

、土 居理 論︵ 依存 欲求 的︶ の一 歩先 を論 じた いと いう

。即 ち、 それ は自 然に 適応 して 生き る日 本 の風 土的 条件 の下 で成 り立 った もの で、 自然 に対 する 馴れ 馴れ しい 信頼 感を 前提 にし た甘 え︵ 自由 に振 る舞 うこ と︶ であ る。 しか し、 自然 と人 間の 自他 同一 感そ のも ので はな く、 自他 の分 離が 生じ たと きに 感ず る﹁ 自己 疎外

﹂に 対 し、 風土 に適 応し た﹁ 自分 に対 する 甘え

﹂が 強く なっ て同 一化 の願 望が 生ま れ自 己へ の本 源的 統一 とい う状 態を 仮 想す るこ とに よる

…… 云々 と︵ 一五 六︱ 一六 五頁

︶。 第四 章の 最後 は、 土居 理論 と同 題の

﹁気 の概 念﹂

。双 方の 目の つけ どこ ろの 違い はど こに

︵?

︶。 まず

﹁気

﹂の 用 例に つい て。 気が ある

・気 の多 い・ 気が 利く

・気 落ち

・気 おく れ・ 気軽 な・ 気が 重い

・気 が沈 む・ 気が 張る

・気 が ふさ ぐ・ 気が 強い

・気 が弱 い・ 気が 長い

・気 が短 い・ 気楽

・気 苦労

・気 ざわ り・ 気の 毒・ 気構 え・ 気疲 れ・ 気を つ かう

・気 がつ く・ 気に なる

・気 がか り・ 気が ね・ 気乗 り・ 気味 悪い

・気 がす る・ 気が ない

・気 がす む・ 気が 向く

・ 気が もめ る・ 気に 入る

・気 にか ける

・気 にさ わる

・気 にす る・ 気を くば る・ 気を 持た せる

・気 をま わす

・気 をつ け る・ 気に 病む 等々

︵傍 線は 土居 著と 重な る︶

。筆 者も 以前 から

﹁気 の文 化﹂ 後述 に︶ つい て気 にな って いた ので

、木 村理 論を 明ら かに して おき たい

。 土居 説で は﹁ 理性

・感 情・ 意識

・意 志・ 良心 等の 翻訳 語…

…を 一く るめ にし て気 とい う﹂ とあ るが

、木 村説 では

﹁知 情意 の種 々相 が全 てそ こか ら出 てく る源 泉と して

、知 情意 の具 体相 を超 え出 たも の﹂ 一六 八頁

︶を いう

、と あ る。 何故 なら

、気 は一 応自 分の もの と考 えて いる が、 実は

、相 手側 の事 情に よっ て変 化し

、自 分の 自由 にな らな い

﹁人 と人 との 間﹂ にあ るも ので ある から であ る。 いう なれ ば、 双方 の差 異は 論題 の違 いに 着目 した もの とい うこ と がわ かる

。つ まり

、こ は自 分自 身の 内部 に含 まれ てい るの に対 し、 気 は自 分を 超え て周 囲に 拡が り、 むし ろ自 分を 支配

・規 制す るも ので ある から

、主 観と 客観 との 間に ある 雰囲 気的 なも の︵﹁ 気の せい

﹂︶ で、

﹁気 分﹂

﹁気 持﹂ も外 部的

・雰 囲気 的な

﹁気

﹂に 自分 が関 与し

、こ れを 分有 して いる 様相 であ る、 とい う。

著者 は、 気の 概念 によ って 精神 病を 人と 人と の間 の出 来事 とし て的 確に 捉え るこ とが でき

、人 間学 的に 精神 病を 理解 する 出発 点に なる とい い、 風土 の概 念と の関 係に おい て双 方は 表裏 一体

、人 が自 然と 出会 う場 では 気を 通じ て 風土 が自 己実 現す るの であ る、 と結 ぶ︵ 一七 八︱ 一七 九頁

︶。 そし て、 最後 に、 精神 医学 者の 結論 とし て、 本題 の﹁ 人と 人と の間

﹂を 因由 とす る日 本人 の精 神病 理的 現象

︵対 人恐 怖症 など

︶こ そ西 洋人 との 差異 であ って

、文 化的 差異 を超 えた もの であ る、 何故 なら 社会 構造

・文 化構 造の 背 後に は、 それ をつ くり あげ た人 間の 根元 的な 自 があ るの であ って

、そ の逆 では ない から であ る︵﹁ 文化 を超 えた 精神 医学

﹂と 題す る、 二二 一頁 以下

︶、 と。

﹁文 化そ のも のを 成立 させ てい る根 源の 場所

﹂に

﹁自 然に 向い 合っ て人 間が 生き てい くそ の生 き方

﹂が ある とい うの が本 書の 結語 であ るが

、し かし

、こ れで は鶏 が先 か卵 が先 かの 議論 にな って しま うの では ない か︵ 筆者

。︶

・土 居は 母子 未分 離の 状態 が自 を生 むと いい

、木 村は 自他 の間 に分 離が 生じ たと きに おこ る﹁ 自己 疎外

﹂が 自 を生 むと いう

︵興 味あ る所 説‼

︶。 何度 かい った よう に法 文化 のキ ー・ ワー ドは 自 であ り、 その 違い は、 後に 詳述 する

土居 にし ろ、 木村 にし ろ、 精神 医学 から の日 本人 論は ユニ ーク であ る。 文化 的︵ 文科 的︶ とい うよ りは 分析 的︵ 理科 的︶ であ り、 穿っ た見 方も あれ ば、 科学 論理 的︵ 超文 化的

?︶ 観察 もあ ると いう 感想 を抱 く始 末で あっ た。 しか し、 理科 的分 析ま でも が出 現し たと いう 点に

、日 本人 論の 殷賑 振り が垣 間見 える とい うこ とは 確か であ り、 そ の方 法論 の行 方が 気に なる が、 社会 学者 もま だま だ言 いた いこ とが ある とい う気 構え をも って

、日 本文 化の マイ ナ ス・ イメ ージ の社 会性 格を 論じ てい る。

まず

、鶴 見和 子﹃ 好奇 心と 日本 人﹄ 一九 七二 年四 月︶ から

。﹁ 日本 人は 自己 の集 団外 で発 生し た事 物に 対す る好 奇心 が強 く、 外国 旅行

・外 国語 習得 への 願望 が高 い。

…… 原始 的な 人間 関係 の構 造を 保存 し、 大人 の中 に子 供

の心 性を 持続 させ る装 置が ある

。人 間関 係の 閉鎖 性と

、外 来の 事物 に対 する 開放 性が 混在 し、 外国 に対 する 閉鎖 と 開放 の志 向と が交 互に 現れ

、閉 鎖性 と開 放性 の多 重構 造が 見ら れる

。…

…日 本文 化の 根底 には

、現 在も シャ ーマ ニ ズム が潜 んで おり

、多 重構 造自 体が シャ ーマ ニズ ムの 構造 と形 態的 に同 一で ある

。事 物や 思想 に対 して は開 放的 だ が、 人間 関係 は﹃ 秘儀 の性 格﹄ を帯 びる から 閉鎖 的に なる

﹂と

、南 は抄 出し てい る︵ 二三

〇頁

。︶ 次い で、 作田 啓一

﹁日 本人 の連 続観

﹂﹃ 価値 の社 会学

﹄︵ 一九 七二 年八 月︶

。こ こで 論ぜ られ てい るの は、 罪悪 観の 弱さ

︵中 国で の残 虐行 為︶

、親 の権 威が 弱く 自律 的主 体的 な人 間を 育て られ なか った こと

。こ れら は﹁ 超越 神を 持つ キリ スト 教に 相当 する 宗教 がな かっ たこ とに よる

﹂︵ 南二 三〇 頁︶ とい う。

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 三 ︶ (ページ 82-85)

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