の心 性を 持続 させ る装 置が ある
。人 間関 係の 閉鎖 性と
、外 来の 事物 に対 する 開放 性が 混在 し、 外国 に対 する 閉鎖 と 開放 の志 向と が交 互に 現れ
、閉 鎖性 と開 放性 の多 重構 造が 見ら れる
。…
…日 本文 化の 根底 には
、現 在も シャ ーマ ニ ズム が潜 んで おり
、多 重構 造自 体が シャ ーマ ニズ ムの 構造 と形 態的 に同 一で ある
。事 物や 思想 に対 して は開 放的 だ が、 人間 関係 は﹃ 秘儀 の性 格﹄ を帯 びる から 閉鎖 的に なる
﹂と
、南 は抄 出し てい る︵ 二三
〇頁
。︶ 次い で、 作田 啓一
﹁日 本人 の連 続観
﹂﹃ 価値 の社 会学
﹄︵ 一九 七二 年八 月︶
。こ こで 論ぜ られ てい るの は、 罪悪 観の 弱さ
︵中 国で の残 虐行 為︶
、親 の権 威が 弱く 自律 的主 体的 な人 間を 育て られ なか った こと
。こ れら は﹁ 超越 神を 持つ キリ スト 教に 相当 する 宗教 がな かっ たこ とに よる
﹂︵ 南二 三〇 頁︶ とい う。
⑵
った とい う説 明は 面白 い。 室町 時代 の食 物文 化の 発達 は料 理法 の専 門家 をつ くり あげ
、京 都公 家の 四条 流・ 大草 流・ 進士 流、 地方 武士 間の 今出 流・ 伊勢 流を 生ん だが
、流 派の 乱立 は茶 道・ 絵画
・兵 学・ 歌学 にま で及 んだ
。日 本 料理 の完 成は 江戸 期、 握り ずし も。 和風 洋食 トン カツ やカ レー ライ スは 日本 人の 知恵 の産 物。 鎌倉 期末 から の書 院 造り
、畳
︵長 さ六 尺・ 幅三 尺は 身長 にあ わせ た︶ を敷 いて 座敷 をつ くり
、障 子・ 唐紙 によ る間 仕切 りの 智恵 は日 本の 風土 に合 わせ た工 夫で ある
。し かし
、そ こに は家 はい つか 建て かえ るも のと いう 素志
︵木 造は 永久 性に 乏し いと
?︶ があ った から と述 べて いる が、 それ が法 文化 の表 層に 見ら れる 特徴 であ ると いう 点に つい ては
、次 章で 論ず る。
Ⅲ 生産 と労 働。 狩猟
・漁 撈・ 農耕 と生 産技 術の 発展 史を 述べ
、米 の文 化が 郷土 意識 を生 み愛 国心 を育 てた とい う。
Ⅳ 科学 と技 術。 古く から の医 学的 知識
︵﹁ 手当 て﹂ とい う治 療法
、平 安期 の﹁ 医心 方﹂
、︶ 伊能 忠敬 の測 量術
、関 孝 和の 和算
、江 戸期 の土 木技 術、 和時 計の 創造 など の史 実を 紹介 しな がら
、日 本人 は科 学的 技術 に対 応す る能 力を 豊 かに 持っ てい た、 とい う。
Ⅴ 芸能
。ま ず茶 道史
、そ して 花道 の展 開と 縮景 芸術 にみ る
自然 の心 の 表現。仏 画、 絵巻 物、 水墨 画、 障屏 画、 浮世 絵と 美術 史が 語ら れ、 外来 写生 画か ら抽 象絵 画︵ 大和 絵の 例︶ の展 開︵ 日本 文化 との 同化 の︶ なか に神 秘 性・ 幽玄 を理 解す る美 意識 の高 さを 日本 人の 特性 とみ てい る。 続い て﹁ やき もの
﹂。 日本 は有 数の やき もの 王国 で、 安価 で優 秀。 土は 師し 部べ
・陶 部
すえ つく りべ
、奈 良三 彩、 瀬戸 焼︵ 加藤 唐九 郎︶ から 始ま る日 本窯 芸の 隆盛 は世 界に 誇れ るも のの 一つ
、と いう
。 日本 人の 祖先 が多 種多 様の 帰化 人に よっ て成 り立 って いる こと は、 京都
・五 畿内 の姓 氏一
〇五 九種 のう ち帰 化人 の姓 が三 二四 種に 上る とい うこ とで わか る。 そこ には 血液 的に 外来 のも のを 吸収 し内 体的 に対 応し たこ とと
、外 来 文化 の吸 収に 熱心 であ った こと と無 縁で はな いと いう 証し があ る、 と。
Ⅵ 信仰
・精 神構 造に つい て。 仏教 が日 本人 の精 神構 造に 最も 大き な影 響を 与え たこ とは 疑い がな い。 日常 的も のの 見方
・考 え方 にい ちば ん浸 透し てい るの は仏 教で ある
。寺 院様 式・ 仏像 の和 風化
、神 仏融 合、 山岳 信仰
︵大 宝 令で は僧 侶は 除籍 され 無税 とな るた め山 に入 るも のが ふえ た︶ から の修 験道 の成 立、 そし て音 楽に おけ る伎 楽・ 猿楽
・ 謡曲
︵仏 教用 語︶
・狂 言︵ 勧善 懲悪 な︶ ど。
あ きら め の気 持は 因果 思想 から きて おり、因 果応 報は 日本 人の 道徳 律と なっ てい た。 その 上に 儒教 が乗 って 今の 道徳 が生 まれ
、陰 陽・ 五行
・十 干十 二支 の道 教、 天体 信仰 から の妙 見 信仰 など
、包 容・ 同化 力の ある 日本 の宗 教が 形造 られ た。 生の 否定
、欣 求浄 土の 思想
﹁寂 滅為 楽﹂ は日 本人 の死 生観 とな って おり
、心 中・ 殉死
・切 腹を 生ん でい る。 感情 表現 の下 手な 日本 人、
羞 恥の 笑い が 欧米 人を 悩ま せ、 アル カイ ック・ス マイ ルが もて はや され るの もそ の一 例か
。ま た
お辞 儀 とい う作 法は 護身 から でた 智恵 など など……
。 日本 人は 常に 異国 的な もの にあ こが れ、 日本 文化 の特 性を 理解 して いな いゆ え、 改め て文 化の 多面 性を 理解 し、 それ が単 なる 異国 の模 倣で はな く、 合理 的適 合の ため の思 考・ 選択 を通 じて 再生 産さ れて きた もの であ るこ とを
、 無意 味な 自尊 心を 捨て て自 問自 答せ よ、 と結 ぶ。 日本 文化 の内 容を 常識 的に 確認 する ため の総 括的 略史 とし ては うっ てつ けと 評さ れる 著作 であ ろう か。
⑶
次い で、 常識 的な 知恵 を深 めて、専 門の 心理 学か らみ た文 化総 合史 をみ てお きた い。 宮城 音弥
﹃日 本人 とは 何か
﹄︵ 一九 七二 年一 二月
︶で ある
。著 者は
、こ の前 年に
、日 本人 個人 とし ての
﹁生 きが い﹂ をど う選 択す るの かと いう 論稿 を発 表し てお り︵﹃ 日本 人の 生き がい
﹄一 九七 一年
、︶ それ をみ た読 者は
、当 時に おけ る日 本文 化の 新し い位 置付 け論 を発 見し
、そ の時 代背 景の 思想 的状 況を 理解 でき たと 思う
。即 ち、 生活 水準 が上 昇し 生き るた めの 努力 が 不要 にな った
、既 成の 生き がい が崩 壊し 個人 が新 しい 生き がい を求 め始 めた とい う点 であ る。 それ は宗 教家 や政 治 家に 対し てで はな く、 また 企業 でも なく
、個 人自 らが 見出 さね ばな らぬ と自 覚し 始め たと いう 時代 感覚 を先 取り し
たも ので ある
。次 年の 当作 品は その ため の思 考素 材を 歴史 文化 にお ける 個々 の心 理に 求め たと 位置 付け られ るこ と にな ろう
。 それ は、 次の 六つ の視 角か らす る心 理学 的・ 精神 医学 的考 察で ある
。
Ⅰ 風土 心理 学的 考察
。① 島国 のた め人 間と 文化 の流 入は
、そ の隔 離性 によ って ルツ ボの なか での 融合 とな っ た。 同族 意識 が生 まれ
、文 化は 借用
・同 化・ 変化 の過 程の なか で独 自の もの をつ くり あげ た。
②山 国︵ フラ ンス で は八
〇% が耕 作可 能だ が日 本で は一 七% で︶ 複雑 な地 形を もつ ため 近親 結婚 が多 く以 心伝 心的 話し 合い が可 能で あ り、 個人 主義 的精 神が 未発 達で ある
。③ 気候 はモ ンス ーン 型で 稲作 を主 とし
、寛 容宥 和の 精神 をも ち︵ 血 を みる こと を嫌 う︶
、里 山︵ 土地 が狭 いか ら︶ に開 放的 な木 造住 宅を 建て
︵子 供の 過保 護︶ 外部 の周 囲に 塀を つく った
︵家 の うヽ ちヽ とそヽ とヽ の区 別︶
。屋 内で は、 畳・ 坐る の様 式を とっ た。 日本 人が 自然 との 調和 を考 えた のに は台 風に よる 風水 害 が原 因し てお り、 気候 の動 きに 敏感 とな り、 それ が変 り身 の速 さの 原因 とな って いる
。
Ⅱ 人種 心理 学︵ 体質 を中 核と する 人種 人類 学に よる 性格 の研 究︶ 的考 察。 ドイ ツ精 神医 学・ 心理 学= 者ク レッ チ ャー の、 環境 によ って 頭蓋 の形 態が 変わ ると いう 説︵ 不変 の遺 伝因 子だ けで なく
︶が
、鈴 木尚 によ り、 日本 の場 合、 短頭
︵紀 元前 二世 紀ご ろま で︶ から 長頭 へ︵ 一四 世紀
、︶ そし て二
〇世 紀に は短 頭化 が進 んだ
︵世 界的 現象 でも ある
︶ とい う。 また 気質 は、 分裂 質が 日本 列島 沿岸
・東 北に
、躁 欝質 が畿 内か ら瀬 戸内 海沿 岸・ 関東 奥地
・長 野東 部・ 山 梨に みら れる
︵同 著﹃ 日本 人の 性格
﹄一 九七 七年
︶。 また
、頭 型、 血液 型、 指紋 など によ る地 域性 から
、日 本人 の混 血性 を述 べ、 人間 の移 動に よる 多文 化の 流入 を論 じよ うと いう
。
Ⅲ 言語 心理 学的 考察
。日 本語 の祖 語研 究に おけ る北 方説
・南 方説 を検 討し た結 果は 全ヽ くヽ のヽ ナヽ ゾヽ とい える
。が
、 系統 的に はア ルタ イ語 系︵ 北方 説︶ に属 する けれ ど、 南方 的起 源を もつ もの があ る︵ 大野 晋︶ こと は見 過ご せな い、 とい う。
また 失語 症に 近い 性質
︵失 文法 症︶ をも ち、 文章 の形 式を とら ない
︵電 報の よう な︶ 会話 をし たり
、あヽ がヽ っヽ てヽ コト バが 出な くな る傾 向が ある
。
Ⅳ 歴史 心理 学的 考察
。歴 史が 事実 を変 容し たり
、神 話の 精神 分析 的解 釈を した り、 下部 構造 によ る上 部構 造の 心理 学的 予測 をし たり など につ いて 語る
。ま ず、 日本 神話 につ いて
、ア ジア 起源 など の説 話を 質料 因︵ 過去 の経 験︶
、体 系的 かど うか のス タイ ル= 形相 因、 性欲
・征 服欲 など の動 力因
︵妄 想を 育て る原 動力
︶、 意図
・目 的を とと のえ よう とす る目 的因
︵例
・天 皇家 の系 図の 整備 の︶ 諸原 因を 関連 させ て論 じよ う、 とい う。 その 起源 は、 集団 的無 意識 たる 民族 の経 験で ある が、 ヤマ タノ オロ チは ギリ シャ 神話 のア ンド ロメ ダの 話や
﹁ニ ーベ ルン ゲン の指 輪﹂ の ジー グフ リー トに 類似 の話 があ り、 ほか にア ジア にお ける 神話 と似 た話 が多 い。 日本 神話 の思 想体 系は 天皇 の系 図 中心 であ るが
︵体 系化 傾向
、︶ その 土台 には 庶民 の感 情が 潜ん でい る︵ 夢と 類似 した 非体 系化 神話
。︶ オノ コロ ジマ 神 話に みら れる 性的 シン ボル のヽ 話、 讖しん 緯い
︵陰 陽五 行に 基づ く予 言︶ によ る﹁ 辛しん 酉ゆう 革命
﹂説 を根 拠に 大化 改新 の一 二六
〇年 前︵ 神武 天皇 即位 年︶ に革 命が あっ たと する 説︵ 那珂 通世 に︶ 基づ く神 武紀 元と その 後︵ 第九 代開 化ま で︶ にみ る目 的因
︵想 像と 解釈 によ る天 皇制 の体 系化
︶に よる 話、 願望 とし ての 神功 皇后 の物 語と 続く
。そ して 古事 記に みる 伝誦 文学 は伝 統と して
、平 安時 代の 文字 文学 に最 高の 形態 をえ て、 その 本質 は徳 川末 期の 西鶴 や自 然主 義文 学に い たる まで 引き 継が れた
︵長 谷川 如是 閑︶
、と 説く
。 続い て邪 馬台 国を とり あげ
、九 州説
・畿 内説 を広 く紹 介・ 批評 し、 大和 説が 心ヽ 理ヽ 的ヽ にヽ 妥当 性を もつ とし たう え で、 シャ ーマ ニズ ムの 心理 学的 検討 から それ が天 皇制 や神 道と 結び つい て日 本史 を支 配し た︵ 一四 五頁 と︶ いう
。
Ⅴ 文化 心理 学的 考察
。風 習・ 慣習 から 飛行 機ま での 文化 は、
﹁す べて 自然 に適 応す るた めに 生み 出し た生 活様 式で ある から 心理 現象 とし ても みる こと がで きる
﹂。 文化 を心 理学 的に 研究 する こと で国 民性
・民 族性
︵個 人主 義 的か 集団 的か
︶を 問う こと がで きる
︵フ ラン スの 文化 心理 学、 アメ リカ の社 会心 理学 にあ たる
︶、 とす る。