真備 以来 の長 い歴 史を もつ 書道 に引 きつ けて 日本 文化 を語 ると いう 発想 の新 味に 魅力 を感 ずる 読者 は多 いと 思う
。と くに
﹁見 る文 化﹂ と﹁ 聞く 文化
﹂は
﹁読 む文 化﹂ と﹁ 話す 文化
﹂で あり
、双 方を 比べ ると
、﹁ 話す 文 化﹂ が討 議の 基礎 とな るこ とは 確か であ り、 古代 ギリ シャ 文化 を底 流に して
﹁討 議民 主主 義﹂ の現 代に 連な るこ と に気 付く
。こ の点 で、 その 発想 に改 めて 肯か ざる をえ ない 論点 が見 え隠 れし てい るこ とに 驚か され る。 しか し他 方 で、 例え ば水 平志 向が 傾く 斜視 構図 にな ると いう 日本 美術 史論 につ いて は、 垂直 志向 から 斜視 構図
︵ピ ラミ ッド 構 図も を︶ とる 西洋 画が ある こと が西 洋美 術史 の常 識で ある こと を想 い返 すと
、筆 者の 記憶 違い かと 考え てし まう の であ るが
。 さて
、著 者の 結論 は、 植民 地語 を脱 する ため の方 策と して
、和
・中
・西 三言 語の 求心 力と 遠心 力を 引き 出す ため にル ビを ふっ て現 在の 複式 言語 構造 の特 徴を 生か せと いう 点に ある
。﹁ リス トラ
首 切 り
﹂﹁ 情報 化
希 望 な き
社会
﹂と いう よう な用 法 が例 にあ げら れて いる
。し かし 一言 評す るな らば
、書 法か ら国 家・ 政治 まで 論ず るこ とに 無理 はな いの かと いう 疑 問で ある
。
ઈ
話を 正道 に戻 し、﹁言 葉・ 言語 と文 化﹂ を論 じた 著作 で、 よく 読ま れた 戦後 本を
、筆 者の 問題 関心 に従 って 拾っ てみ よう
。
⑴
まず、鈴 木孝 夫﹃ こと ばと 文化
﹄︵ 一九 七三 年︶ は、 発行 当時 の言 語学 や人 類学 で常 識と なっ てい る人 間集 団 に伝 承さ れて いる 行動
・思 考様 式上 の固 有の 型を
、こ とば
・言 語行 動か ら説 明し よう とい う意 図の もと に書 かれ た もの
。六 章あ るが
、と くに
、際 立っ た特 色を みせ る一 人称 代名 詞︵ 本書 では 自称 詞︶
・二 人称 代名 詞︵ 本書 では 対称 詞︶ の構 造的 性格 を論 じた 最終 章を とり あげ たい
。 A 親族 内の 対話
︵一 五一 頁以 下︶
。
①話 し手
︵自 己︶ は目 上の 親族 に人 称代 名詞 で呼 びか けた り直 接に 言及 する こと はで きず
︵父 や兄 に﹁ あな た﹂ と
呼び かけ たり しな い︶
、親 族名 称で 呼ぶ
︵﹁ お母 さん
﹂︶ が、 下の 者に 親族 名称 で呼 びか ける こと はで きな い︵ 直接
﹁お い弟
﹂と 呼び かけ るこ とは しな い︶
。ま た、 上の 者を 名前 だけ で呼 ぶこ とは でき ない が、 下の 者を 名前 だけ で呼 ぶこ とは でき る。
②話 し手 が自 分を 名前 で称 する こと はで きる が、 下の 者に は通 常こ れを 行わ ない
︵娘 が母 親に
﹁○ 子は これ 嫌い
﹂ とい える が、 母が 娘に この よう には いう こと はな い︶
。ま た、 話し 手が 下の 者を 相手 にす ると き、 自分 を相 手の 立場 か らみ た親 族名 称で いう こと はで きる が、 上の 者に いう こと はで きな い︵ 兄が 弟に 対し て﹁ 兄さ んは
﹂と いえ るが 弟は 兄に 対し て﹁ 弟ち ゃん
﹂と はい わな い︶
。 B 社会 的状 況の 対話
。
①先 生や 上司 に﹁ あな た﹂ のよ うな 人称 代名 詞は 使わ ない が、 逆の 場合 は﹁ 君の
○○
﹂と いう こと は許 され る。
②目 上の 人を 地位 名称
︵先 生、 課長 など
︶で 呼ぶ のが 普通 だが
、逆 はあ りえ ない
。③ 名前 を呼 ぶと きは 地位 の名 称 を付 ける のが 普通
。目 上に 対し 自分 を姓 で呼 ぶこ とは でき るが 逆は ない
。 C 親族 名称 の虚 構的 用法
︵一 五八 頁以 下︶
。
①血 縁関 係の ない 他人 に対 して も親 族名 称で 呼び かけ る︵ 若者 が他 人の 年長 者に 対し
﹁お じさ ん﹂ とい い、 他人 の女 の子 に﹁ おね えち ゃん
﹂と いう
︶。
②家 族間 の対 話で 話し 手と 相手 の親 族関 係が 話し 言葉 に反 映し ない
︵妻 が夫 のこ と を﹁ パパ
﹂と よび
、母 が自 分の 子を
﹁お にい ちゃ ん﹂ とい うな ど︶
。こ のよ うに 親族 名称 は具 体的 内容 をも って いな い
︵社 会的 使用 基準 から 外れ た︶
﹁自 己中 心語
﹂と いい
、子 供中 心的 な使 い方
︵自 分の 夫が パパ に︶ なる
。③ その 結果
、
﹁日 本の 家族 内で
、目 上の 者が 目下 の者 に直 接は なし かけ る時 は、 家族 の最 年少 者の 立場 から
、そ の相 手を 見た 親 族名 称を 使っ て呼 びか ける こと がで きる
﹂。
﹁目 上の 者が 目下 の者 を相 手と して 話す 時、 話し の中 で目 上が 言及 する 人物 が、 相手 より 目上 の親 族で ある 場合 に、 話し 手は この 人物 を自 分の 立場 から 直接 とら えな いで
、相 手つ まり 目
下の 立場 から 言語 的に 把握 する
﹂と いう 法則 が存 在す る。 D こと ばと 行動 様式
︵一 七八 頁以 下︶
。
﹁日 本語 の自 称詞
・対 称詞 は、 対話 の場 にお ける 話し 手と 相手 の具 体的 な役 割を 明示 し確 認す ると いう 機能 を強 く持 って いる
﹂。 日本 人は 自己 をど う捉 える か、 相手 をど う把 握し てい るか とい うこ とで 一人 称・ 二人 称を 使い 分 けし てい るの に対 し、 ラテ ン語
・西 欧語 では 一人 称・ 二人 称の 具体 的性 質と 無関 係に
、た だ対 話と いう 言語 活動 の 機能 だけ を考 えれ ばよ いの であ って
、社 会的 地位 や人 間関 係を 考え なく てす むと いう こと であ る。 日本 語の この 対象 に依 存す ると いう こと は、 自己 の主 張を 明ら かに する こと が苦 手で
、相 手の 出方
・意 見に どう 調和 させ るか とい う相 手待 ちの
﹁察 しの 文化
﹂と か﹁ 思い やり の文 化﹂ とか いわ れる もの では ない かと 思う
。こ こ で著 者は
﹁こ のよ うな 個と 個の 融合 を可 能に する もの は、 あま りに も同 質的 な文 化、 民族
、宗 教で ある
﹂︵ 二〇 三 頁︶ とい う結 論に 到達 して いる
。 結論 はい たっ て常 識的 であ るが
、そ こに 至る それ ぞれ の論 点の 説明 は至 れり 尽く せり とい った 感が ある
。
⑵
つい で、 金田 一春 彦﹃ 日本 人の 言語 表現﹄︵ 一九 七五 年︶ には
、七
〇項 目に わた って 日本 人の 言語 生活 の特 色 がさ まざ まな 古典
・文 学・ エピ ソー ドを 例に 語ら れて おり
、筆 者の 問題 関心 に沿 って 拾っ てみ る。
①﹁ 話さ ない こと
、書 かな いこ とを よし とす る精 神が ある
﹂。
﹁腹 芸﹂ とか
﹁思 い入 れ﹂ が芝 居で 発達 し、
﹁世 の 中は 左様 然ら ば御ご 尤もつと もそ うで ござ るか しか と存 ぜぬ
﹂と いう 諺も ある
。﹁ 巧言 令色 鮮仁 矣﹂ が心 に沁 み込 んで いる
︵一 章よ り︶
。
②一 言を 重ん じ、 縮小 の辞 世の 歌や 句に 特別 の意 味を 認め
、ま た複 雑な 内容 をギ リギ リの 表現 で表 わす こと に特 別の 感興 をお ぼえ た。
﹁ど うも
﹂と いう 言葉 は挨 拶・ 会い
・別 れ・ 祝い
・悔 み・ ねぎ らい
・い やみ など
、凡 ゆる こ とに 通じ るし
、和 歌・ 俳句 のみ なら ず、 会話 での 省略 は日 常的 で、 圧縮 の効 果を 楽し む苦 心の 話題 にこ と欠 かな い
︵二 章よ り︶
。
③言 霊信 仰は 忌詞 とな って
、日 本人 に畏 敬感 を抱 かせ てい る反 面、 神と いう 名の 使わ れ方 は極 めて 安易
︵小 説の 神様
・選 挙の 神様 など
︶で ある
。エ ゲツ ない 悪口 はな く︵ 下品 な代 表が
﹁馬 鹿﹂
︶、 規模 の大 きな うそ はつ けず
、控 え 目な 表現 が多 く︵ 誇大 でも
﹁も のす ごく
﹂ぐ らい
、︶ 言質 をと られ ない よう 用心 する
︵﹁ いず れ相 談い たし まし て﹂
︶︵ 三 章よ り︶
。
④世 間話 が好 きで
︵﹁ 井戸 端会 議﹂
、︶
心 境小 説 や 私小 説 は日 本独 特の もの であ る。 当意 即妙 や﹁ もの はづ け﹂ の心 理は 豊か だが、抽 象表 現は 苦手 で花 鳥風 月に 人生 をた とえ る風 潮が 強い
︵四 章よ り︶
。
⑤挨 拶の 言葉 の特 異さ につ いて
。﹁ 簡単 では ござ いま すが
﹂と いう 長い 挨拶
、﹁ どち らへ おで かけ で﹂ と聞 かれ て
﹁ち ょっ とそ こま で﹂ と返 事す る。 流行 歌の 語彙 でい ちば ん多 いの は、
﹁涙
﹂﹁ 泣く
﹂で ある
︵五 章よ り︶
。
⑥日 本人 は対 立を 喜ば ず論 理の 組立 てが 不得 手な ため 議論 を楽 しむ こと を知 らな い。 日本 語の
﹁ど うし て﹂ には
h o w
の 意味 とw h y
の 意味 の両 方を 兼ね てお り、﹁た めに
﹂は 原因 と目 的と いう 違っ た双 方の 意味 に用 いら れて い る。 また
、先 例を 引い たり 故事 を引 用し たり 日本 人の 言語 生活 には 決ま った 形式 のも のが 多い
︵六 章よ り︶
。
⑦日 本人 のハ イは 英語 のイ エス と同 じで はな く、
﹁な るほ ど﹂ とか
﹁や はり
﹂を 口癖 に使 う人 が多 い。
﹁御 承知 と 思い ます が﹂ も同 じ。
﹁す いま せん
﹂と いう 言葉 の頻 度が 高く 謝り さえ すれ ばよ いと いう 気持 は相 当に ゆき 渉っ て いる し、 言葉 を濁 し断 定を 避け る表 現方 法が 多い
︵﹁ と思 われ るフ シが ある
﹂︶
︵七 章よ り︶
。
⑧書 き言 葉・ 話し 言葉 の双 方に 長文 が多 く、 裏か ら言 う︵ 例・ 否定 の言 い方 を好 む、
﹁私 は…
…し かで きま せん
﹂︶ 表 現が 多い など
、間 接表 現を 好む
︵八 章よ り︶
。
⑨コ レ・ ソレ
・ア レの 指示 語の 濫用 が多 く、 破格 文は 横行 し︵ どこ にか かる か判 らな い︶
、前 後の 脈絡 がつ かめ
ず、 つな がり が明 確で ない セン テン スが 多い
︵九 章よ り︶
。
⑩察 しと か思 いや りで 了解 する
、話 術で は﹁ 間ま
﹂の とり 方が 重要 視さ れる
︵﹁ 間の 文化
﹂と いわ れる こと もあ る、 後述
︶。
﹁目 は口 ほど にも のを いう
﹂、
﹁バ ツが 悪い
﹂、
﹁間 が悪 い﹂ など 英訳 不可 能な 表現
、こ れら は日 本人 特有 の言 語表 現法 であ る︵ 一〇 章・ 一一 章よ り︶
。
・引 用さ れた 文献 の数 々は 古典 から 現代 文ま で、 芸事 や流 行歌
、日 常会 話に 亘る など
、例 示は 言語 表現 の百 般に 及ぶ
。こ うし て、 日本 語の 微妙 なニ ュア ンス も陰 影も 説き 明か され
、話 題の 奥底 にひ そむ 心理 にま で筆 は及 ぶの であ る。 現在 で は疑 問符 のつ く例 示も ある が、
﹁日 本人 の言 語表 現﹂ の解 説と して はバ ッチ リと の感 が深 い。 ただ
、そ れが 日本 文化 の 個性 との 係わ りの 考察 とい う面 で物 足り ない もの が残 った とい うの も筆 者の 本音 であ る。
ઉ
この 筆者 の不 満を 充た して くれ よう とい うの が、 荒木 博之﹃や まと こと ばの 人類 学﹄︵ 一九 八五 年、 ほか に
﹃日 本人 の行 動様 式﹄ 一九 七三 年、
﹃日 本人 の心 情論 理﹄ 一九 七六 年の 著作 あり
︶と いう 比較 文化 論で ある
。
⑴
①﹁ 帰ろ う﹂ とは いう が、
﹁帰 りた い﹂ とは いわ ない
。﹁ 頑張 ろう
﹂と はい うが
、﹁ 頑張 る﹂ とは いわ ない
。 この 婉曲 表現 は﹁ 自然 展開 的﹂ な意 味を もつ
﹁日 本語 の行 雲流 水性
﹂に ある
。そ れは 発言 者と 対象 物が 溶け あっ て いる
﹁主 客合 一の 世界
﹂が 眼前 する 思い さえ する
、と いう
。
﹁感 ぜら れる
﹂と いい
、﹁ 見受 けら れる
﹂と いう 表現 にみ るよ うに
、﹁ 自然 展開
﹂と
﹁可 能﹂ が混 然と して 区別 し 難い 等価 的な もの にな って いる とい う例 をあ げ、
﹁れ る﹂
﹁ら れる
﹂の もつ
﹁自 発﹂
︵か ら発 して
︶﹁ 受身
﹂﹁ 可能
﹂
﹁尊 敬﹂ の四 機能 をも つ。
﹁そ れは 日本 人に とっ て何 かが 可能 であ ると いう こと は、 みず から の主 体性 にお いて それ を可 能に する ので はな く、
﹃可 能﹄ が他 律的 に没 主体 的に 与え られ るも ので あっ たか らで ある
﹂と し、 その 理由 を
﹁水 稲栽 培的 定住 集落 的共 同社 会で は…
…ど のよ うな 個人 の恣 意も 許さ れる もの では なか った
﹂か らで ある
︵ム ラ の論 理︶ と解 く︵ 一部 一章 より
︶。