七〇 年・ 八〇 年代 は、 まこ とに 戦後 日本 人論 の全 盛期 とい うべ きか
。そ れも
、七
〇年 代は 欧米 への 認識 が高 まる につ れ、 日本 人の 劣等 意識 が目 につ く論 者に よっ て、 その 特性 が語 られ た時 代と して 記憶 され るの では な かろ うか
。 日本 人論 に火 をつ けた のが
、ベ スト
・セ ラー のイ ザヤ
・ベ ンダ サン
﹃日 本人 とユ ダヤ 人﹄
︵一 九七
〇年
︶で ある
。 法外 の法
、情 状酌 量に 人間 味を 見出 し、 その 土台 に﹁ 日本 教﹂ をお き、 さま ざま な歴 史的 引例 もあ るが
、独 断的 な 論旨 との 評を 免れ えな い︵ 南二 二三 頁、 筆者 も同 感︶
。 会田 雄次
﹃日 本人 の意 識構 造﹄︵ 一九 七〇 年︶ は、 日本 人の
﹁う つむ き﹂ 姿勢 から
、内 側を 向い て守 ると いう 守備 優先 の心 理を 読み とり
、不 可変 的な 存在 に身 をお くこ とが 平和 につ なが ると 考え る。 つま り、 分裂 と統 合を くり か えす なか での ヨー ロッ パの
﹁つヽ くヽ るヽ 平和
﹂に 対す る日 本の
﹁あヽ るヽ 平和
﹂の 思想 的根 拠で ある
。こ れを 思想 一般 につ いて いえ ば﹁ 作る 文化
﹂に 対す る﹁ 成る 文化
﹂と いう こと にな り、 例え ば災 害復 興時 にお ける ヨー ロッ パの 何
ヶ
年 計画 のよ うな﹁あ るべ き﹂ 姿の 建設 は日 本に はな い︵ 三四 頁以 下︶
。
﹁家 庭生 活で も、 個人 生活 でも
、攻 撃、 攻勢 それ が防 御と いう
…… いう なれ ば、 やは り精 神が 外を 向い てい る﹂ 欧米 に対 し、
﹁日 本の 場合 は内 へ内 へと 退い てい く。 そし て窮 極的 にお いて いち ばん 信頼 でき る人 にだ けコ ッソ リ 打ち 明け る﹂ と対 比す る︵ 四五 頁︶
。 日本 人の 意識 では
、表ヽ 文ヽ 化ヽ
︵公 的な 体制 的文 化︶ に対 する 裏ヽ 文ヽ 化ヽ
︵私 的で 非体 制的 な人 間・ 社会
=関 係︶ の優 越が み
られ
、前 者は ウソ の世 界と 考え られ てい る︵ 五三 頁︶
。 つま り、
﹁日 本人 の意 識構 造﹂ の裏 側的 考察 の見 本で ある
。
અ
一九 七一 年に ベス ト・ セラ ーの、土 居健 郎﹃ 甘え の構 造﹄ が発 表さ れ、 後の 著書 にも しば しば 引用 され るな ど大 きな 影響 を与 えて いる
。﹁ 甘え は日 本人 の精 神構 造を 理解 する ため の鍵 概念
﹂で ある とい う趣 旨で ある こと は、 読者 にも 広く 知ら れて いる はず
。そ こで 解説 はで きる だけ
、重 要と 筆者 が考 える 結論 にい たる プロ セス を重 点的 に フォ ロー する に止 めた いの だが
、精 神医 学か らの 日本 人論 はさ すが にユ ニー クで あっ て、 少々 長く なる こと を許 さ れた い。
⑴
﹁す ねる
﹂﹁ ひが む﹂
﹁ひ ねく れる
﹂﹁ うら む﹂ など
、甘 えら れな い心 理を 表す 語彙 の豊 かさ
。義 理と 人情 とい う甘 えに 根ざ す日 本的 心情
。﹁ 気が ね﹂ や﹁ こだ わり
﹂と 同義 の﹁ 遠慮
﹂は 甘え すぎ に対 する 注意 信号
。遠 慮の 有 無は
﹁内 と外
﹂と いう 人間 関係 の種 類を 区別 する 目安 であ る。 内と 外の 区別 は個 人の 自由 を阻 害し パブ リッ クの 精 神を 乏し くさ せる
。外 国文 化の 無批 判な 摂取 によ って 甘え の人 間関 係も 温存 され る。 日本 人の 罪悪 感は 人間 関係 の函 数で あり
、外 の眼 を意 識す ると きに 謝罪 し、 自己 の内 側に 向か うと きに 恥と 感ず る。 不祥 事が 生じ たと きに は日 本的 な罪 と恥 の混 成が 生じ
、集 団の 連帯 感が 優先 して 関係 者が 責任 をと る。 イデ オ ロギ ーと して みれ ば、 天皇 が国 民の 象徴 とい うの は、 身分 とし て最 高で あり なが ら地 位を 国民 に依 存す ると いう 幼 児的 依存 とい える ので はな いか
。つ まり
、日 本人 は甘 えの 支配 する 世界 を真 に人 間的 と考 えて おり
、そ の制 度化 が 天皇 制で あっ たと いえ る。 甘え のイ デオ ロギ ーを 支え る社 会的 慣習 とし て、 敬語 の使 用、 祖先 崇拝
、祭 りの 習慣
︵め でた い気 分が 好き
︶が ある
︵第 二章
﹁甘 え﹂ の世 界︶
。 第三 章﹁ 甘え
﹂の 論理
。日 本人 の甘 えは 母子 分離 の事 実を 否定 しよ うと する 心理 で、 情緒 的に 自他 一致 の状 態を かも しだ すと いう 点で 非論 理的 直観 的で ある と同 時に
、平 等性 を尊 び寛 容・ 包容 的で ある とも いえ る。 ここ で西 洋
の父 性的 心性
・東 洋の 母性 的心 性︵ 鈴木 大拙 が︶ 引用 され る。 無原 則の 原則
・無 価値 の価 値を 説く 神な がら の道 も 同様 に無 差別 平等 の道 を説 く︵ 本居 宣長
。︶ 丸山
真
男 のい う︵﹃ 日本 の思 想﹄ 座︶ 標軸 の欠 如で ある。 また
、周 囲と の不 思議 な一 体感 を説 く﹁ わび
﹂﹁ さび
﹂と いう 日本 的審 美感
︵本 稿第 五節 で詳 説す る︶ は九 鬼周 造 のい う﹁ いき
﹂も 含め て、 本居 宣長 のい う﹁ もの のあ われ
﹂で あり
、日 本古 来の 独特 な情 感・ 思惟 を養 った とい う
︵九 一頁
︶。 この 感性 も甘 えの 心性 に外 なら ない
、と いう
。 法文 化論 とし て気 にな るの は、 西洋 的自 由が 個人 の集 団に 対す る優 位を 根拠 にし てい ると いう 点か らい って
、甘 えと 移入 した 西洋 的自 由の 関係 であ るが
、論 者の 結論 は、 近代 ヨー ロッ パ人 のキ リス ト教 的個 人の 自由 は信 仰箇 条 とし て信 じた もの で、 現代 西洋 人に とっ ては
、マ ルク ス、 ニー チェ
、フ ロイ ドの 分析 によ って
、そ れが 空虚 なス ロ ーガ ンに すぎ ない ので はな いか と悩 みは じめ てお り、 個人 の自 由は 欲望 の充 足で なけ れば 他人 との 連帯 を導 くだ け で、 そう なる と、 西洋 人の 自由 の観 念も
、自 由の 心理 的不 可能 性を 教え る日 本人 の甘 えの 精神 と究 極の とこ ろ余 り 変わ りな いも のと なる
︵一
〇七 頁︶ とい う。 西洋 人も また 隠れ た甘 えに 侵さ れて いた ので はな いか と、 他の 常識 論 とは 異な る言 説を 吐露 して いる 点こ そ興 味し んし んで ある
。
⑵
﹁甘 え﹂ の論 理の 最後 は﹁ 気の 概念
﹂で ある
。日 本語 に数 多く みら れる
﹁気
﹂と いう 言葉
︵元 来は 中国 の歴 史 的観 念︶ の使 われ 方で ある
。著 者が 引用 する 多く の例 を列 記し てみ る。
﹁気 があ る﹂
﹁気 が多 い﹂
﹁気 が置 ける
﹂﹁ 気が 利く
﹂﹁ 気が 気で ない
﹂﹁ 気が 腐る
﹂﹁ 気が 暗く なる
﹂﹁ 気が 差す
﹂
﹁気 が沈 む﹂
﹁気 が済 む﹂
﹁気 が付 く﹂
﹁気 が詰 まる
﹂﹁ 気が 遠く なる
﹂﹁ 気が 咎め る﹂
﹁気 が無 い﹂
﹁気 が早 い﹂
﹁気 が 張る
﹂﹁ 気が 引け る﹂
﹁気 が塞 ぐ﹂
﹁気 が触 れる
﹂﹁ 気が 細い
﹂﹁ 気が 向く
﹂﹁ 気が 揉め る﹂
﹁気 が悪 くな る﹂
﹁気 が気 を 病む
﹂﹁ 気に 合う
﹂﹁ 気に 入る
﹂﹁ 気に 掛け る﹂
﹁気 に食 わぬ
﹂﹁ 気に 障る
﹂﹁ 気に する
﹂﹁ 気に なる
﹂﹁ 気に 病む
﹂﹁ 気 を失 う﹂
﹁気 を移 す﹂
﹁気 を落 とす
﹂﹁ 気を 替え る﹂
﹁気 を挫 く﹂
﹁気 を配 る﹂
﹁気 を使 う﹂
﹁気 を付 ける
﹂﹁ 気を 取ら れ
る﹂
﹁気 を取 る﹂
﹁気 を抜 く﹂
﹁気 を晴 らす
﹂﹁ 気を 張る
﹂﹁ 気を 引く
﹂﹁ 気を 回す
﹂﹁ 気を 持た せる
﹂﹁ 気を 揉む
﹂﹁ 気 を悪 くす る﹂
﹁気 短か
﹂﹁ 気む づか しい
﹂﹁ 気さ く﹂
﹁気 前﹂
﹁気 立て
﹂﹁ 気持 ち﹂
﹁気 まま
﹂な ど…
…。 これ らを みる と、 欧米 語の 翻訳 であ る理 性・ 感情
・意 識・ 意志
・良 心な どを 一ま とめ にし て﹁ 気﹂ とい って いる が、 厳密 には 瞬間 瞬間 にお ける 精神 の動 きを 持す るこ とで あろ う︵ 一一
〇・ 一一 二頁 と︶
。そ れも 絶え ず主 語と し て登 場し 快楽 志向 的で あり
、対 象依 存的 な甘 えに 対し
、そ れを 客観 視し て、 主体 の立 場を 確保 し他 者と の距 離を 維 持し よう とす ると きに
、気 の概 念が 用い られ るの では ない か︵ 筆者 には 新発 見︶ とい う。
﹁気 の病
﹂と か﹁ 気ち がい
﹂な どの 言葉 につ いて
、精 神病 理学 から みて 誇っ てよ い便 利な 言葉 だと 結ぶ
︵﹁ 気﹂ の 概念 につ いて は、 後に 同学 の木 村敏 によ って も論 ぜら れて いる こと に留 意︶
。
⑶
﹁甘 え﹂ の病 理︵ 第四 章︶ につ いて はど うか
。秘 めら れた 甘え であ る
気が ね・
こだ わり が 身体 的反 応 と結 びつ いた とき、﹁ とら われ
﹂︵ 森田 正馬
︶の 状態 とな る。
﹁人 見知 り﹂ は内 の者 には 甘え ても 外の 者に は甘 えら れな いと いう 状況 で、 それ から いつ まで も逃 れら れな いと 対人 恐怖 にな り、 ある いは 恥の 気持 が相 手に 受け 入れ ら れな いと
、内 向し 硬化 して 対人 恐怖 とな る。 また 強迫 的︵ それ をし ない と﹁ 気が すま ない
﹂状 態で 欧米 語に はな い︶ 傾 向は 日本 人に みら れる 性向 で、 その 勤勉 さは この 強迫 的傾 向に 関連 する
。従 って 遊び 自体 に価 値を 認め ない
︵﹁ 遊 び人
﹂﹁ 遊び 事﹂
﹁遊 び好 き﹂ など のマ イナ ス表 現︶ のも
、遊 びに 甘え られ ず﹁ 気が すま ない
﹂と いう 心境 に低 迷す る から では ない か、 と。
﹁く やむ
﹂と
﹁く やし い﹂ は甘 え心 理の 延長 線上 にあ る感 情で ある
。甘 えら れな いと 気が すむ よう に試 みる が、 気が すま ない と﹁ くや しく
﹂感 じ、 どう にも なら ない とき に﹁ くや む﹂ から であ るが
、こ の心 理は 日本 人に 顕著 な 判官 びい きの 感情 と関 係が ある
︵佐 藤忠 男︶
。﹁ くや しさ の感 情を 大事 にす る点 は欧 米人 と随 分違 うと ころ
﹂で
、欧 米人 の場 合は 正義 感と 密接 な関 係が ある が、 日本 人は 正義 感と は結 びつ かず 甘え と関 係が ある
︵一 五二 頁︶ とい
う。 加害 者・ 被害 者と いう 法律 用語 は明 治初 期に つく られ た日 本語 で、 被害 的と いう 言葉 は精 神科 医が 使い だし たも のだ ろう
。そ れ以 前で は﹁
…… され た﹂ とい う具 体的 事実 を受 身の 用法 で述 べる いい 方で 表し てい た︵ 金田 一春 彦︶ ので はな いか
。そ れは 甘え る者 がそ れを 邪魔 され たと 意識 する から であ ろう
。つ まり
、被 害者 意識 は甘 えと 密接 な 関係 があ り、 被害 妄想 は甘 えの 心理 の病 的変 容で ある
︵一 五七 頁︶
。
﹁自 分が ない
﹂と いう 表現 は自 我を 意識 しな い日 本語 独特 のも ので ある
。何 故な ら、 自己 の利 害が 集団 のそ れと 一致 しな いと き、 甘え から 発し た葛 藤と して
﹁自 分が ない
﹂と 感じ
、ま た個 人が 集団 から 孤立 した とき も﹁ 自分 が ない
﹂と 感ず る︵ 自己 喪失
︶の であ り、 甘え を経 験し なけ れば 自分 を持 つこ とが でき ない
、と いう こと にな る。 他 方、 欧米