わね ばな らな い︒ また
︑社 会現 象を 中心 にし た国 際関 係の 全範 囲を いい
︑自 然界 とは 無関 係で ある
︵第 四節
︒︶
﹁造ぞう 化け
﹂と は︑ 万物 を創 造し 化育 する こと で︑ 造り ださ れた 森羅 万象 の意 とも なる が︑ それ を為 す力 もし くは 者 のこ とを いう
︒初 出は
﹃荘 子﹄
︵﹁ 偉ナ ル哉
︑造 化﹂
︶で
︑造 物者 のこ と︒ 日本 では
︑記 紀︑
﹃本 朝文 粋﹄
︑﹃ 神皇 正統 記﹄
︑﹃ 笈の 小文
﹄︑
﹃お くの ほそ 道﹄ など
︑﹁ 天地 自然
﹂の 意に 多用 され てい るが
︑天 地そ のも ので はな く︑ それ を 創造 する 者の 力の 意味 に傾 いて いる
︵第 五節
︶︒
﹁風 土﹂ とは 特定 の地 域圏 の気 候・ 地味
・地 勢・ 産物 など のこ とで
︑自 然そ れ自 体で はな く︑ 社会
・文 化の 自然 環境 を意 味す る︒ 似た 言葉 に﹁ 風水
﹂と いう 語が ある
︒﹁ 天の 風気
︑地 の水 気﹂ のこ とで
︑風
・水 が生 活に 与え る 影響
︑つ まり
﹁自 然﹂ を意 味し
︑中 国で 地相 術と して 広く 使わ れた
︵第 六節
︶︒ 地上 の自 然に つい て﹁ 山河
︵山 川︶
﹂と いい
︑﹁ 山水
﹂と いう こと があ る︵ 第七 節︶
︒
﹁万 物﹂ は︑ 自然 界に ある すべ ての 事物
・現 象を 意味 する が︑
﹁天 地﹂ は含 まれ ない
︵第 八節
︶︒ 以上 のよ うに
︑自 然界 につ いて は︑ さま ざま な呼 び名 でい われ てき たが
︑天 地系
・万 物系 に分 けて 考え れば
︑両 者は 洋の 東西 をと わず
︑古 くか ら別 物と 考え られ てき た︒ しか し︑ 双方 を同 じ自 然物 と考 える よう にな らな けれ ば︑
﹁自 然﹂ の観 念は 成立 しな い︒ この 人間 の自 然認 識に つい ての 問題 が︑ 本書 の後 半と なる
︒
⑶
中世 で注 目す べき は︑ 親鸞 の﹁ 自然 法爾
﹂で ある
︒中 国の 善導 の言 葉﹁ 自然 ハ即 チ是 レ弥 陀国 ナリ
﹂が
﹃教 行信 証﹄ に引 用さ れ︑
﹃浄 土高 僧和 讃﹄ には
﹁自 然の 浄土 にい たる なれ
﹂﹁ 念仏 成仏 自然 なり
︑自 然は すな わち 報土 な り﹂
︑と ある
︒こ の﹁ 自然
﹂は 幻想 観念 上で はあ るが
︑﹁ 浄土
﹂と いう 一種 の対 象的 世界 を指 して いる
︵﹃ 教行 信証
﹄ の﹁ 自然
﹂は
﹁お のず から
﹂の 意で ある
︒︶ 道元
﹃正 法眼 蔵﹄ に自 然界 を﹁ 尽十 方界
︑山 河大 地︑ 草木 自他
﹂と いう が︑ それ は実 体的 な外 界で はな く︑
﹁心
﹂ だと いう
︒ 吉田 神道
︑観 阿弥
︑世 阿弥 では
︑﹁ 自然
﹂は
﹁お のず から
﹂の 意︑
﹃作 庭記
﹄で すら
﹁自 然﹂ は﹁ 生得 の山 水﹂ と 述べ てい る︒ 華道 では
︑自 然界 を﹁ 陰陽 のこ と﹂︵
﹃八 帖花 伝書
﹄天 正年 間︶
︑茶 道で も﹁ 自然
﹂﹁ 天然
﹂が 使わ れて いる
︵﹃ 南方 録﹄
︶が
︑自 然は
﹁う っか りと
﹂︑ 天然 は﹁ 力ヲ 加エ ズニ 真ナ ル所 ノア ル道 理﹂ の意 であ る︒ その ほか
︑暦 学・ 医学 を含 めて も︑ 中世 では
︑﹁ ネー チャ ー﹂ の自 然概 念は 成立 して いな い︵ 第一 節︶
︒ 近世 に入 って も︑ 朱子 学・ 陽明 学に おけ る﹁ 自然
﹂は すべ て﹁ おの ずか ら﹂ の意 で︑ 自然 界の こと は﹁ 天地
﹂
﹁万 物﹂ と呼 ばれ てい る︒ ただ 古学 系に おい て︑ 山鹿 素行 は﹁ 天地 自然
﹂と いい
︑﹁ 天地
﹂は
﹁自 然﹂ と接 近し てい る︵﹃ 山鹿 語類
﹄︶
︒ 天文 暦算 家︑ 西川 如見 の場 合︑
﹃町 人囊
﹄で は﹁ おの ずか ら﹂ の意 だが
︑﹃ 日本 水土 考﹄
・﹃ 水土 解弁
﹄の
﹁水 土﹂ は環 境規 模の
﹁自 然﹂ 概念 であ る︵ 例え ば﹁ 水土 自然
﹂と 四字 熟語 にな って いる
︒︶ 農学 の分 野で は︑ 宮崎 安貞 は︑ 自 然界 を﹁ 天地
・陰 陽﹂
﹁天 地ノ 生理
﹂と いい
︑大 蔵永 常は
﹁天 地ノ 造化
﹂と いう
︒ま た︑ 天文 学の 志筑 忠雄
﹃暦 象 新書
﹄で は﹁ 天地
﹂と 訳し
︑万 物を 含め た外 界・ 自然 界の こと を指 して いる
︒ 日本 思想 史上
︑自 然界 の意 の﹁ 自然
﹂を 駆使 した 哲学 が出 現す るの は︑ 安藤 昌益
︵一 七〇 二︱ 一七 六二
︶に よっ
てで ある
︒彼 のい う﹁ 自然 真営 道﹂︵
﹁自 然が 真に 営む 道す なわ ち自 然の 真の 運動 法則 の意
﹂︶ であ り︑ この
﹁自 然﹂ は
﹁天 地﹂ と﹁ 万物
﹂を 合し た全 自然 界で ある
︒﹁ 自然
﹂は 造物 主に よる 被造 物で はな く︑ それ 自身 の﹁ 無始 無終
﹂の 自己 運動 の力 によ って 生ま れた 自己 形成 的な
﹁自 然﹂ であ る︒
﹁自ひと
リ然ス ルナ
(マ マ)
リ︒ 故ニ 是ヲ 自し 然ぜん ト謂 フ﹂ と︒
﹁自 然﹂ の語 を﹁ おの ずか らし かる
﹂で はな くて
︑﹁ ヒト リス ル﹂ と訓 んだ ので ある
︒昌 益は
︑勤 労者 の一 員と して
︑自 然 を内 側か ら見 て︑ そこ に愛 情を もち 賛嘆 の声 をは なっ たの が﹁ 自然 真営 道﹂ であ る︒ そこ には ネー チャ ーと の接 触 はな く︑ 彼独 自の 創出 であ った が︑ 西欧 語の 観念 と一 致し てい た︒ が︑ その 観念 は︑ やが て忘 れら れ︑ 普及 する こ とは なか った
︵二 二六 頁︶
︒ 三浦 梅園
︑司 馬江 漢︑ 山東 京伝
︑二 宮尊 徳︑ 横井 小楠
︑佐 久間 象山 と考 察し て︑ 自然 界の 意味 の﹁ 自然
﹂は ない とい う︒ ただ し︑ 山片 蟠桃
﹃夢 の代
﹄︵ 一八 二〇 年︶ に︑ 万物 は﹁ 天地 自然 ノモ ノ也
﹂︑ 万物 の生 は﹁ 天地 自然 ノ理 ナル ノ ミ﹂ とい う記 述が あっ て︑ 自然 界の 意と とれ る︒ また
︑与 謝蕪 村﹃ 新花 摘﹄ に﹁ 仮山 の致 景︑ 自然 のな がめ をつ く せり
﹂と ある
︒ さて
︑蘭 学・ 洋学 にお ける ネー チャ ーの 語は
︑ど う訳 され てい たか
︒ 日本 最初 の理 科学 の教 科書
︑青 地林 宗﹃ 気海 観瀾
﹄︵ 一八 二五 年︶ の﹁ 凡例
﹂に
︑自 然界 を﹁ 自然
﹂と 呼ん でい る
︵た だし 本文 では
﹁気 海﹂ とい う︶
︒川 本幸 長﹃ 気海 観瀾 広義
﹄︵ 一八 五〇 年︶
︑広 瀬元 恭﹃ 理学 提要
﹄︵ 一八 五二 年︶ に ナチ ュー ルの 邦訳 和語 とし ての
﹁自 然﹂ はで てこ ない
︒ ヨー ロッ パ語 の和 訳辞 典は どう か︒ オラ ンダ 人フ ラン ソア
・ハ ルマ の蘭 仏辞 書を もと にし た︑ 稲村 三伯
﹃波は 留る 麻ま 和わ 解げ
﹄︵ 一七 九六 年︶ にナ チュ ール の訳 語と して
﹁自 然﹂ が登 場す るが
︑そ の後 は﹁ 自然
﹂は なく なる
︒そ れは 英語 につ いて も同 様で
︑堀 達之 助﹃ 英和 対訳
・袖 珍辞 書﹄
︵一 八六 二年
︶︑ ヘボ ン﹃ 和英 語林 集成
﹄︵ 一八 六七 年︶
︑柴 田
昌吉
・子 安峻 共編
﹃英 和字 彙﹄︵ 一八 七三 年︶
︑高 橋五 郎﹃ 漢英 対照
・い ろは 辞典
﹄︵ 一八 八七 年︶
︑島 田豊
﹃雙 解英 和大 辞典
﹄︵ 一八 九二 年︶ にも
﹁自 然﹂ の訳 語は でて こな い︒ フラ ンス 語で は︑ 村上 英俊
﹃仏 語明 要﹄
︵一 八六 四年
︶に
﹁自 然・ 性質
﹂の 訳語 がみ える が︑ 定着 しな い︒ 日本 最初 の哲 学辞 典﹃ 哲学 字彙
﹄︵ 一八 八一 年︶ にお ける ネー チャ ーの 訳語 は﹁ 本性
・性 質・ 天理
・造 化・ 宇宙
・ 洪鈞
・万 有﹂ であ り︑ ヘー ゲル
﹃自 然哲 学﹄ は西 周訳
﹁物 理上 哲学
﹂で ある
︒自 然科 学の
︑ジ ェー
・ジ ーウ ード
﹃ネ ーチ ャー
・ア ンド
・ア ート
﹄の 訳書
︑石 川千 代松
﹃百 工開 源﹄ では ネー チャ ーは
﹁天 造・ 天造 物﹂ とな って お り︑ 法律 用語 では
︑ナ チュ ラル
・ロ ーの 西周 訳は
︑﹁ 天律
﹂︵ 幕末
︶︑
﹁性 法﹂
︵一 八七 一年
︶︑
﹁理 法﹂
︵一 八八 二年
︶︑ 井上 操は
﹁性 法﹂
︵一 八八 一年
︶と 訳し てい る︒ 中江 兆民 のネ ーチ ャー 訳は
︑明 治初 期は
﹁万 物﹂
﹁庶 物﹂
﹁天 地万 物﹂
﹁世 界庶 物﹂ であ るが
︑﹃ 理学 鉤玄
﹄︵ 一八 八六 年︶ に﹁ 自然 ノ意 象
イデ ー・ ナチ ュレ ール
有リ
⁝⁝ 凡ソ 世界 自然 ニ生 ジテ 人巧 ヲ加 ヘザ ル者
︑皆 自然 ノ章 象ナ リ︒ 草木 禽獣 即チ 是レ ナリ
﹂と
︒﹃ 民約 訳論
﹄︵ 一八 八二 年︶ では
﹁此 レ天 理ノ 自然 ニ本 ヅク ニ非 ズ﹂ と訳 して いる が︑ ネー チャ ーは
﹁天 理﹂ で︑
﹁自 然﹂ は修 辞に すぎ ない
︒兆 民の
﹁自 然﹂ は出 たり 消え たり であ る︵ 以上 第二 節︶
︒ ネー チャ ーに
﹁自 然﹂ の語 が成 立す るの は一 八八 九年 ごろ から であ る︒ 即ち
︑﹃ 国民 の友
﹄と
﹃女 学雑 誌﹄ のあ いだ で交 わさ れた
︑森 鷗外
・岩 本善 治の 論争 のな かで
︑岩 本は エマ ーソ ンの
﹃自 然論
﹄を 引き 合い に︑
﹁文 学は 自 然の 侭に 自然 を寫 す﹂ と主 張し
︑森 は﹁ 自然 とは ナツ ール のこ と﹂ と述 べて いる
︒こ のこ ろか らネ ーチ ャー の意 に
﹁自 然﹂ の語 が使 われ 広ま り始 めた
︵二 三六 頁︶ と︒ 芸術 上の
﹁自 然主 義﹂ 概念 も鷗 外に 発す る︒ こう して
︑﹁ おの ずと 在る
﹂自 然界 を︑ 誰も が﹁ 自然
﹂と 呼ぶ よう にな った
︒例 えば
︑内 田魯 庵の
﹁自 然の 法則 に逆 はん とし て猶 ほ且 つ自 然の 法則 に余 儀な くも 服従 し⁝
⁝﹂︵ 一八 九一 年﹃ 文学 一班
﹄︶
︑国 木田 独歩
﹃武 蔵野
﹄︵ 一 八九 八年
﹁こ こに 自然 あり
﹂︶ に生 活と 自然 の密 着を 描い てい る︒ 志賀 重昂
﹃日 本風 景論
﹄︵ 一八 九四 年︶
︑徳 富蘆 花
﹃自 然と 人生
﹄︵ 一九
〇〇 年︶ と続 く︒ 美術 界で は︑ 明治 初期 から 写実 的な
﹁風 景画
﹂へ の移 行が 顕著 であ り︵ それ まで は﹁ 山水 画﹂
︑︶
﹁自 然画
﹂と 呼ば ず﹁ 風景 画﹂ と呼 びつ づけ てい る︵ 第三 節︶
︒ 要す るに
︑﹁ 自然
﹂の 語は
︑一 八世 紀中 葉ま で﹁ 自おのづ
ラか
然しか リ﹂ の意 であ り︑ 自然 界の 意味 で使 われ るよ うに なっ た のは
︑森 鷗外 など によ って ネー チャ ーの 訳語 とし て広 まっ たと いう こと であ る︵ 第四 節︶
︒
③第 三章
﹁ヨ ーロ ッパ にお ける
﹃自 然﹄ 概念
﹂ ヨー ロッ パに おけ る﹁ 自然
﹂の 語の 起源 は︑ ギリ シャ 語の フュ シス
︑ラ テン 語の ナト ゥー ラで ある
︒フ ュシ スは
﹁誕 生﹂
﹁起 源﹂
﹁生 まれ つき の性 質﹂ の意 で︑ ノモ スと 対応 する
︒フ ュシ スを ネー チャ ーと 訳し た近 代ヨ ーロ ッパ が︑ 自然 概念 は古 代ギ リシ ャか ら存 在し たと 錯覚 した ので あっ て︑
﹁ギ リシ ャに は﹃ 自然
﹄概 念は ない
﹂と
︑出
隆
は述 べて いる︵第 一節
︶︒ ラテ ン語 のナ トゥ ーラ はフ ュシ スの ラテ ン語 訳︵ キケ ロ︶ であ り︑ もの の﹁ 本性
﹂を 主要 内容 とす る︒ ガレ ノス
﹃自 然の 力能
﹄︵ 自然 は生 命力 のこ と︶
︑プ リニ ウス
﹃自 然誌
﹄︵ 自然 は万よろず
のも の︶ の例 があ るが
︑ネ ーチ ャー の意 味は ない 中 ︒ 世に おい ては
︑キ リス ト教 神学 のも とで
︑自 然は 神の 被造 物と され て︑ おの ずか らな る自 然は 存在 せず
︑ネ ー チャ ーは
﹁本 性﹂ の意 味で 用い られ た︒ アウ グス ティ ヌス
﹃自 然と 恩寵
﹄で は人 間本 性の 意で あり
︑ア クィ ナス
﹃神 学大 全﹄ でい う﹁ 自然
﹂は
︑人 間の 心的 な本 性の こと であ る︒ 一〇 世紀 をす ぎる と︑ ヒル デガ ルド
﹃自 然学
﹄︑ カン タン ブレ
・ト ーマ
﹃自 然の 事物
﹄︑ アル ベル トゥ ス・ マケ ヌ ス﹃ 自然 の鏡
﹄が 書か れる が︑
﹁人 間・ 動植 物に 限ら れ︑ 大地 山水 は含 まれ ない
︒つ まり
﹃創 造に おけ る神 の英 知﹄
﹂︵ 一六 九一 年ジ ョン
・レ ー︶ のこ とで ある
︒自 然界 を﹁ 神の 御み 作わ 業ざ
﹂と 読み とる のは
︑フ ラン シス
・ベ ーコ ン