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⑴ 第 一

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 五 ︶ (ページ 94-99)

節で 触れ る問 題だ と思 う読 者が 多い かも 知れ ない

︒が

︑﹁ 感性

﹂の 視点 およ び筆 者の 都合 によ って ここ に︶

︒﹁ 第一 部 ひど く乱 れた

﹃自 然﹄ とい う言 葉﹂

︑﹁ 第二 部﹃ 自然

﹄と いう 概念

﹂︑

﹁第 三部

﹃自 然﹄ 概念 の形 成史

﹂か ら成 り︑ 第三 部に

︑中 国・ 日本

・ ヨー ロッ パが 分説 され てい る︒

自 然

とい う言 葉に つい ての

﹁何 でも 屋﹂ であ る︒ 適宜

︑検 討し てい こう と思 う︒

第一 部第 一章

﹁﹃ 自然

﹄の 語の 乱用 と混 迷﹂

①﹁

﹃自 然﹄ とい う言 葉で 人び とが 思い 描く 中身 が︑ じつ は人 それ ぞれ にち がっ てい る﹂ と︒ コマ ーシ ャル の使 用例 にみ る﹁ 自然

﹂の 語の 乱用

︑キ ャッ チフ レー ズ化 が自 然に つい ての 認識 を撹 乱し てい ると いう 例︒

﹁自 然﹂ と﹁ 生命

﹂﹁ 緑﹂ とを

︑ま た﹁ 地球

﹂﹁ 環境

﹂と を︑ あた かも 同義 語で ある かの よう に使 う混 乱さ えあ る

︵第 一節

︒︶

﹁自 然の 神髄

﹂︑

﹁自 然を 守れ

﹂﹁ 自然 保護

﹂の あい まい さ︵ 第二 節︶

︒﹁ 自然 を守 る﹂ こと と﹁ 緑を 守る

﹂こ とと は 同じ では ない

︒自 然と の﹁ 調和

﹂﹁ 共生

﹂﹁ 一体 化﹂ とい う無 内容 な言 葉︒ 水田 を見 て﹁ あっ

︑自 然は いい な﹂ と叫 ぶと き︑ 水田 は人 工美 であ る︒ 同じ よう に︑ 武蔵 野の 雑木 林も 三〇

〇年 かけ て形 成さ れた 第二 次自 然で ある

︵三 四 頁︶

︒﹁ 白砂 青松

﹂も 同じ

︒し かし

︑﹁ 緑し たた る自 然﹂ とい う言 葉は 生活 用語 とし ては すば らし い︵ 第三 節︶

﹁母 なる 自然

﹂と いう 言葉 は︑

﹁自 然す なわ ち命

﹂に すり かわ る思 考で ある

︒確 かに

﹁自 然と は﹃ 天地

﹄と

﹃万 物﹄ との 総体

﹂で あり

︑万 物は あら ゆる 生き もの の意 であ るか ら︑

﹁命 ある もの のす べて を自 然と いう

﹂が

︑大 気・ 水・ 天体

︵星

︶の 無機 物も 自然 であ る︒ 従っ て︑

﹁﹃ 命を 守る

﹄こ とと

﹃自 然を 守る

﹄こ とは 同一 でな い﹂

︒命 が命 を食 って 生き てい るの が生 きも のだ から

︒﹁

﹃命 を守 る﹄ とは

︑主 とし て人 間の

︑次 いで 特定 の動 物の 命を 守る こと を意 味﹂ して いる

︒し かし

︑人 間は 動植 物を 食っ て生 きて いる から

︑結 局は 人間 の命 を守 るこ とに 行き つく こ とに なる

﹁﹃ 生き とし 生け るも の︑ その すべ ての 命を 守り まし ょう

﹄な どは 偽善 者の 詐欺 師で ある

﹂︒ イン ドの ジャ イナ 教 は︑ すべ ての 生き 物を 殺す こと を禁 じた が︑ その 不殺 生戒 は︑ 人間 の実 生活 をほ とん ど不 可能 にし てし まう

︒金 光 明経 の﹁ 捨身 飼虎

﹂は 錯倒 逸脱 の見 本と もい えな いか

︒と にか く︑ 自然 とは

﹁命

﹂の こと では ない し︑ また

﹁命 を 守る

﹂と いう 考え は﹁ 自然

﹂を 誤る もと にな る︵ 以上 第四 節︶

﹁東 京に 自然 がな い﹂ とい うの は︑ 人間 にと って 滋味 ある 生き た自 然環 境が ない とい うに 過ぎ ない

︒ 昔の 人が いっ た﹁ 花鳥 風月

﹂こ そ︑ 自然 に近 い︒ しか し︑ 一〇

〇年 ほど 前ま で︑

天 地

万物

は 別物 と考 えら れて おり

︑そ れら を合 わせ た﹁ 自然

﹂は 成立 して いな かっ た︒

﹁自 然﹂ は﹁ 緑と 命﹂ だけ と考 えて

︑身 辺的 な

﹁小 さな 自然

﹂が 自然 観の 基礎 であ った

︵第 五節

︶︒

自然 とは 巨大 な矛 盾運 動で ある

︒そ れは 人間 にと って 恩恵 でも あれ ば︑ 脅威 でも ある

︒つ まり

︑人 間は 自然 によ って 生か され てい るの では なく

︑そ れを 加工

・改 造し

︑自 然と 格闘 して 生き てい るの であ って

︑自 然の 恵み は︑ 常 に人 間の 能力 にか かっ てい ると いえ る︒ 人類 が人 類と なっ たの は自 然の 脅威 と格 闘し て︑ 自然 のな かに 潜在 する

恵 み

を発 見し 管理 して

︑文 化を 形成 した から であ る︒ いう なれ ば︑ 自然 の恵 みと 脅威 の矛 盾を 直視 しな い﹁ 自然 観﹂ や﹁ 自然 の思 想﹂ は成 り立 たな いと いえ る︵ 第六 節︶ だ ︒ とす れば

﹁自 然公 園﹂ や﹁ 自然 食﹂ の語 は︑ まこ とに うさ ん臭 いと 思わ ざる をえ ない

︒﹁ 自然 に親 しも う﹂ と いわ れれ ば︑ 自然 の方 が迷 惑す るだ け︒ 自然 を保 護し よう とい うな ら︑ 観光 化は ダメ

︒そ のう えで

︑適 正規 模の 観 察者 とそ のた めの 施設 を認 める とい うこ とし かな い︒ ふだ んか ら近 隣の 自然 に親 しん でい るな ら︑ 屋久 島も 白神 山 地も 写真 集を みる だけ で一 定の 理解 はえ られ るは ず︒ 観光 誘致 をし て︑ 弊害 が現 れた 後に 制限 する とい うの では

︑ 自然 がす でに 荒廃 して いる こと に他 なら ない

︒自 然を 愛す るな らエ コツ アー など

︑も って のほ か︒

﹁自 然に 親し む﹂ ため のア ウト ドア ライ フ︑ ネー チャ ーラ イフ

︑エ コツ アー など

︑都 会生 活を その まま 自然 のな かに もち こん で︑ 何 で﹁ 自然 と触 れあ う﹂ とい える のだ ろう

︒﹁ カタ カナ 書き の代 物は みな 反自 然な いし 自然 破壊 と見 て大 過な いと 思 って よい

以上 第七 節︶

﹁自 然に 帰れ

﹂と いう 言葉 ほど 空し く馬 鹿げ た言 葉は ない

︒﹁ 自然

﹂と は山 なの か海 なの か︑ それ とも 故郷 なの か︒

﹁帰 れ﹂ とは

﹁社 会の 作為

﹂を はず した らの 意味 なら 生活 は成 り立 たな い︒

﹁人 為﹂ を為 さな い者 は人 でな しに なる

︒﹁ 自然 に帰 れ﹂ とい うの は︑

た わ言

うわ 言

の類 であ る︒

﹁人 間は 自然 から 出生 した のだ から

⁝⁝ 自然 に 帰ろ うと する なら

︑静 かに 死に 帰す れば それ でよ い﹂ と︵ 第八 節︶

自 然を 守る

と いう

︒沙 漠を 守る のか

︑鹿 や森 か︑ イナ ゴか 稲か

︒自 然そ れ自 体が 闘い あっ てい るさ いの どち

らの こと か︒ 自然 のむ ら気 は強 く︑ それ をな だめ る力 は人 間に はな い︒ 人間 の愚 行・ 蛮行 によ る自 然破 壊は

︑特 定の 人間 集団 によ る営 利目 的か 権勢 欲か によ って 惹起 する

︒そ の破 壊者 と闘 うの は︑

自 然の ため

で はな く

人間 のた め

︵人 間が 生存 しつ づけ るた め︶ に自 然を 守る とい って いる ので あ る︒ そこ で︑ あら ゆる 生物 に︑ 人間 の人 権と 同じ よう に権 利を 与え よと いう 言説 が︑ アメ リカ のデ ィー プ・ エコ ロジ ー派 から もで てく る︒ が︑ それ を行 使す る能 力の ない もの に︑ 権利 は不 要で あり

︑人 間が 自然 を守 れば いい ので あ る︒ しか し︑ 自然 は人 間を 攻撃 もす れば 養い もす ると いう 矛盾 関係 を人 間と もつ

︒だ から

﹁自 然を 守る

﹂と は︑ こ の矛 盾関 係の 総体 を円 滑化 する こと に努 める とい うこ とで あり

︑こ の正 しい 自然 観な しに は不 可能 であ る︵ 環 とい う︶

︒﹁ 自然 にや さし く﹂ とか

︑﹁ 自然 の権 利﹂ とか

︑﹁ 自然 に帰 れ﹂ など は空 言に 過ぎ ない

︵第 九節

︒︶

②第 一部 第二 章は

﹁﹃ 地球

﹄の 語の 乱用 と混 迷﹂ 最近

︑エ コロ ジー でい う﹁ 自然 にや さし く﹂ とか

﹁地 球に やさ しく

﹂と か﹁ 地球 の危 機﹂ など と叫 ばれ る︒ が︑ 危う いの は地 球で はな く︑ 人間 であ り︑ 地球 は命 の﹁ 場﹂ にす ぎな い︒

﹁宇 宙船 地球 号﹂ など は譬 えの 話だ とし て も人 工機 械で はな い︒ 現代 が︑ いか にハ イテ ク情 報社 会で あっ ても

︑馬 鹿げ た話 であ る︵ 第一 節︶

﹁地 球を 守る

﹂と いう こと だけ なら

︑人 類滅 亡の 方が 効果 的だ

︒人 間は 地球 表層 を食 いつ ぶし なが ら増 殖し 続け てき たの だか ら︒ まし て︑

﹁地 球人 の責 務﹂ とか

﹁地 球市 民の 道徳

﹂と かい われ ると 蕁麻 疹が 出る

︵第 二節

︶︒

﹁自 然﹂

﹁地 球﹂ に代 わる 語と して

﹁環 境﹂ が使 われ るこ とが 多い

︒家 庭環 境・ 地球 環境

・社 会環 境・ 国際 環境

︑ そし て自 然環 境で ある

︒ 現在 使わ れて いる

﹁環 境破 壊﹂ の語 は︑ 地殻 変動

・火 山活 動な どの 自然 破壊 や︑ 動植 物の 自然 移動 は除 外さ れ︑ オゾ ン層 破壊 の例 では 生活 感覚 の埒 外の 問題 とな る︒ そう する と︑ 環境 問題 とい えば 公害 など の犯 罪行 為で あり

そこ から

﹁環 境倫 理学

﹂が 設立 され ると して

︑学 説を 紹介 し︑

﹁環 境問 題は 倫理 では 解決 され ない

﹂︑ 環境 問題 は環 境破 壊者 に対 する 大衆 闘争 によ って 解決 され る︑ と直 言す る︵ 第三 節︶

③第 一部 第三 章﹁

﹃共 生﹄ の語 の乱 用と 混迷

﹂ 現今

︑﹁

﹃自 然﹄ の語 は︑ 常に

﹃共 生﹄ の語 と連 れ添 って 歩い てい る﹂ と︒

﹁共 生﹂

=﹁ エコ ロジ ー﹂ とし て︑

﹁共 生の 哲学

﹂・

﹁共 生の 論理

﹂︑

﹁都 市と 自然 の共 生﹂ など

︒政 治の 世界 でも

︑﹁ 自立 と共 生﹂

・﹁ 自治 と連 帯と 共生

﹂と バー ゲン

・セ ール 中で ある

︒何 と何 が共 に生 きる のか

︑内 容不 明の うわ 言に 過ぎ なく なる だけ では なく

︑対 立の 解 消を もく ろん で優 勢勢 力を 支持 する 言葉 にな りか ねな い︵ 第一 節︶

︒ 元来

︑﹁ 共生

﹂は 生物 学用 語︵ 一八 七九 年ア ント ン・ ベイ リー が使 用︶ で︑

﹁異 なる 生物 が一 緒に 生活 する

﹂現 象の すべ てを 指し た︒ それ には

︑相 利共 生︑ 片利 共生

︑寄 生の 三種 があ るが

︑現 在の 共生 は︑ 冒頭 の相 利共 生で ある

︵第 二節

︶︒ しか し︑ 相利 関係 の例 とし て誰 でも が知 って いる 昆虫 と虫 媒花 の関 係は

︑事 実の 結果 から みた 人間 の解 釈で あ り︑ この 解釈 に基 づけ ば︑ 人間 と農 作物 の関 係も

︑食 物連 鎖も 相利 共生 とな って しま う︵ 第三 節︶

︒ 相利 共生 は下 級生 物に 限ら れて いる

︒サ ンゴ と藻

・小 魚︑ マメ 科植 物と 根粒 バク テリ アな ど︒ しか しな がら

︑地 球規 模の

地 球共 生系

川那 部浩 哉﹃ 共生 と多 様性

﹄︶ とい う考 え方 があ り︑ 四〇 億年 前の 原始 海洋 と原 始大 気か ら 始ま って いる

︒﹁ 地球 上の 環境 は︑ 生物 との 相互 作用 のな かで

︑そ の結 果と して 作り 上げ られ

︑い わば

﹃共 生進 化﹄ して きた ので ある

︒﹃ 地球 共生 系﹄ とは こう いっ た内 容を 一般 的に 示す のだ

﹂と

︒こ れに 対し

︑著 者は

︑こ こで の 共生 概念 は全 生物 間の 系的 相互 関係

︵地 球生 態系

︶の こと であ り︑

﹁共 生﹂ のイ メー ジを 超え てい ると 批判 する

︒共 生と は敵 対関 係の 可能 性あ る生 物が 相利 的な 共同 生活 をす るこ とだ から

⁝⁝

﹁大 きな 共生 系﹂ を考 える より は︑

﹁自 然﹂

﹁地 球﹂

﹁生 命﹂ など の基 本概 念の 厳密 な検 討が 必要 とい うの が︑ 著者

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 五 ︶ (ページ 94-99)

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