節で 触れ る問 題だ と思 う読 者が 多い かも 知れ ない
︒が
︑﹁ 感性
﹂の 視点 およ び筆 者の 都合 によ って ここ に︶
︒﹁ 第一 部 ひど く乱 れた
﹃自 然﹄ とい う言 葉﹂
︑﹁ 第二 部﹃ 自然
﹄と いう 概念
﹂︑
﹁第 三部
﹃自 然﹄ 概念 の形 成史
﹂か ら成 り︑ 第三 部に
︑中 国・ 日本
・ ヨー ロッ パが 分説 され てい る︒
自 然 とい う言 葉に つい ての﹁何 でも 屋﹂ であ る︒ 適宜
︑検 討し てい こう と思 う︒
⑴
第一 部第 一章﹁﹃ 自然
﹄の 語の 乱用 と混 迷﹂
①﹁
﹃自 然﹄ とい う言 葉で 人び とが 思い 描く 中身 が︑ じつ は人 それ ぞれ にち がっ てい る﹂ と︒ コマ ーシ ャル の使 用例 にみ る﹁ 自然
﹂の 語の 乱用
︑キ ャッ チフ レー ズ化 が自 然に つい ての 認識 を撹 乱し てい ると いう 例︒
﹁自 然﹂ と﹁ 生命
﹂﹁ 緑﹂ とを
︑ま た﹁ 地球
﹂﹁ 環境
﹂と を︑ あた かも 同義 語で ある かの よう に使 う混 乱さ えあ る
︵第 一節
︒︶
﹁自 然の 神髄
﹂︑
﹁自 然を 守れ
﹂﹁ 自然 保護
﹂の あい まい さ︵ 第二 節︶
︒﹁ 自然 を守 る﹂ こと と﹁ 緑を 守る
﹂こ とと は 同じ では ない
︒自 然と の﹁ 調和
﹂﹁ 共生
﹂﹁ 一体 化﹂ とい う無 内容 な言 葉︒ 水田 を見 て﹁ あっ
︑自 然は いい な﹂ と叫 ぶと き︑ 水田 は人 工美 であ る︒ 同じ よう に︑ 武蔵 野の 雑木 林も 三〇
〇年 かけ て形 成さ れた 第二 次自 然で ある
︵三 四 頁︶
︒﹁ 白砂 青松
﹂も 同じ
︒し かし
︑﹁ 緑し たた る自 然﹂ とい う言 葉は 生活 用語 とし ては すば らし い︵ 第三 節︶
︒
﹁母 なる 自然
﹂と いう 言葉 は︑
﹁自 然す なわ ち命
﹂に すり かわ る思 考で ある
︒確 かに
﹁自 然と は﹃ 天地
﹄と
﹃万 物﹄ との 総体
﹂で あり
︑万 物は あら ゆる 生き もの の意 であ るか ら︑
﹁命 ある もの のす べて を自 然と いう
﹂が
︑大 気・ 水・ 天体
︵星
︶の 無機 物も 自然 であ る︒ 従っ て︑
﹁﹃ 命を 守る
﹄こ とと
﹃自 然を 守る
﹄こ とは 同一 でな い﹂
︒命 が命 を食 って 生き てい るの が生 きも のだ から
︒﹁
﹃命 を守 る﹄ とは
︑主 とし て人 間の
︑次 いで 特定 の動 物の 命を 守る こと を意 味﹂ して いる
︒し かし
︑人 間は 動植 物を 食っ て生 きて いる から
︑結 局は 人間 の命 を守 るこ とに 行き つく こ とに なる
︒
﹁﹃ 生き とし 生け るも の︑ その すべ ての 命を 守り まし ょう
﹄な どは 偽善 者の 詐欺 師で ある
﹂︒ イン ドの ジャ イナ 教 は︑ すべ ての 生き 物を 殺す こと を禁 じた が︑ その 不殺 生戒 は︑ 人間 の実 生活 をほ とん ど不 可能 にし てし まう
︒金 光 明経 の﹁ 捨身 飼虎
﹂は 錯倒 逸脱 の見 本と もい えな いか
︒と にか く︑ 自然 とは
﹁命
﹂の こと では ない し︑ また
﹁命 を 守る
﹂と いう 考え は﹁ 自然
﹂を 誤る もと にな る︵ 以上 第四 節︶
︒
﹁東 京に 自然 がな い﹂ とい うの は︑ 人間 にと って 滋味 ある 生き た自 然環 境が ない とい うに 過ぎ ない
︒ 昔の 人が いっ た﹁ 花鳥 風月
﹂こ そ︑ 自然 に近 い︒ しか し︑ 一〇
〇年 ほど 前ま で︑
天 地 と 万物 は 別物 と考 えら れて おり︑そ れら を合 わせ た﹁ 自然
﹂は 成立 して いな かっ た︒
﹁自 然﹂ は﹁ 緑と 命﹂ だけ と考 えて
︑身 辺的 な
﹁小 さな 自然
﹂が 自然 観の 基礎 であ った
︵第 五節
︶︒
自然 とは 巨大 な矛 盾運 動で ある
︒そ れは 人間 にと って 恩恵 でも あれ ば︑ 脅威 でも ある
︒つ まり
︑人 間は 自然 によ って 生か され てい るの では なく
︑そ れを 加工
・改 造し
︑自 然と 格闘 して 生き てい るの であ って
︑自 然の 恵み は︑ 常 に人 間の 能力 にか かっ てい ると いえ る︒ 人類 が人 類と なっ たの は自 然の 脅威 と格 闘し て︑ 自然 のな かに 潜在 する
恵 み を発 見し 管理 して︑文 化を 形成 した から であ る︒ いう なれ ば︑ 自然 の恵 みと 脅威 の矛 盾を 直視 しな い﹁ 自然 観﹂ や﹁ 自然 の思 想﹂ は成 り立 たな いと いえ る︵ 第六 節︶ だ ︒ とす れば
﹁自 然公 園﹂ や﹁ 自然 食﹂ の語 は︑ まこ とに うさ ん臭 いと 思わ ざる をえ ない
︒﹁ 自然 に親 しも う﹂ と いわ れれ ば︑ 自然 の方 が迷 惑す るだ け︒ 自然 を保 護し よう とい うな ら︑ 観光 化は ダメ
︒そ のう えで
︑適 正規 模の 観 察者 とそ のた めの 施設 を認 める とい うこ とし かな い︒ ふだ んか ら近 隣の 自然 に親 しん でい るな ら︑ 屋久 島も 白神 山 地も 写真 集を みる だけ で一 定の 理解 はえ られ るは ず︒ 観光 誘致 をし て︑ 弊害 が現 れた 後に 制限 する とい うの では
︑ 自然 がす でに 荒廃 して いる こと に他 なら ない
︒自 然を 愛す るな らエ コツ アー など
︑も って のほ か︒
﹁自 然に 親し む﹂ ため のア ウト ドア ライ フ︑ ネー チャ ーラ イフ
︑エ コツ アー など
︑都 会生 活を その まま 自然 のな かに もち こん で︑ 何 で﹁ 自然 と触 れあ う﹂ とい える のだ ろう
︒﹁ カタ カナ 書き の代 物は みな 反自 然な いし 自然 破壊 と見 て大 過な いと 思 って よい
﹂︵ 以上 第七 節︶
︒
﹁自 然に 帰れ
﹂と いう 言葉 ほど 空し く馬 鹿げ た言 葉は ない
︒﹁ 自然
﹂と は山 なの か海 なの か︑ それ とも 故郷 なの か︒
﹁帰 れ﹂ とは
﹁社 会の 作為
﹂を はず した らの 意味 なら 生活 は成 り立 たな い︒
﹁人 為﹂ を為 さな い者 は人 でな しに なる
︒﹁ 自然 に帰 れ﹂ とい うの は︑
た わ言うわ 言 の類 であ る︒
﹁人 間は 自然 から 出生 した のだ から
⁝⁝ 自然 に 帰ろ うと する なら
︑静 かに 死に 帰す れば それ でよ い﹂ と︵ 第八 節︶
︒
自 然を 守る と いう︒沙 漠を 守る のか
︑鹿 や森 か︑ イナ ゴか 稲か
︒自 然そ れ自 体が 闘い あっ てい るさ いの どち
らの こと か︒ 自然 のむ ら気 は強 く︑ それ をな だめ る力 は人 間に はな い︒ 人間 の愚 行・ 蛮行 によ る自 然破 壊は
︑特 定の 人間 集団 によ る営 利目 的か 権勢 欲か によ って 惹起 する
︒そ の破 壊者 と闘 うの は︑
自 然の ため で はな く 人間 のた め︵人 間が 生存 しつ づけ るた め︶ に自 然を 守る とい って いる ので あ る︒ そこ で︑ あら ゆる 生物 に︑ 人間 の人 権と 同じ よう に権 利を 与え よと いう 言説 が︑ アメ リカ のデ ィー プ・ エコ ロジ ー派 から もで てく る︒ が︑ それ を行 使す る能 力の ない もの に︑ 権利 は不 要で あり
︑人 間が 自然 を守 れば いい ので あ る︒ しか し︑ 自然 は人 間を 攻撃 もす れば 養い もす ると いう 矛盾 関係 を人 間と もつ
︒だ から
﹁自 然を 守る
﹂と は︑ こ の矛 盾関 係の 総体 を円 滑化 する こと に努 める とい うこ とで あり
︑こ の正 しい 自然 観な しに は不 可能 であ る︵ 環ヽ 境ヽ 自ヽ 然ヽ とい う︶
︒﹁ 自然 にや さし く﹂ とか
︑﹁ 自然 の権 利﹂ とか
︑﹁ 自然 に帰 れ﹂ など は空 言に 過ぎ ない
︵第 九節
︒︶
②第 一部 第二 章は
﹁﹃ 地球
﹄の 語の 乱用 と混 迷﹂ 最近
︑エ コロ ジー でい う﹁ 自然 にや さし く﹂ とか
﹁地 球に やさ しく
﹂と か﹁ 地球 の危 機﹂ など と叫 ばれ る︒ が︑ 危う いの は地 球で はな く︑ 人間 であ り︑ 地球 は命 の﹁ 場﹂ にす ぎな い︒
﹁宇 宙船 地球 号﹂ など は譬 えの 話だ とし て も人 工機 械で はな い︒ 現代 が︑ いか にハ イテ ク情 報社 会で あっ ても
︑馬 鹿げ た話 であ る︵ 第一 節︶
︒
﹁地 球を 守る
﹂と いう こと だけ なら
︑人 類滅 亡の 方が 効果 的だ
︒人 間は 地球 表層 を食 いつ ぶし なが ら増 殖し 続け てき たの だか ら︒ まし て︑
﹁地 球人 の責 務﹂ とか
﹁地 球市 民の 道徳
﹂と かい われ ると 蕁麻 疹が 出る
︵第 二節
︶︒
﹁自 然﹂
﹁地 球﹂ に代 わる 語と して
﹁環 境﹂ が使 われ るこ とが 多い
︒家 庭環 境・ 地球 環境
・社 会環 境・ 国際 環境
︑ そし て自 然環 境で ある
︒ 現在 使わ れて いる
﹁環 境破 壊﹂ の語 は︑ 地殻 変動
・火 山活 動な どの 自然 破壊 や︑ 動植 物の 自然 移動 は除 外さ れ︑ オゾ ン層 破壊 の例 では 生活 感覚 の埒 外の 問題 とな る︒ そう する と︑ 環境 問題 とい えば 公害 など の犯 罪行 為で あり
︑
そこ から
﹁環 境倫 理学
﹂が 設立 され ると して
︑学 説を 紹介 し︑
﹁環 境問 題は 倫理 では 解決 され ない
﹂︑ 環境 問題 は環 境破 壊者 に対 する 大衆 闘争 によ って 解決 され る︑ と直 言す る︵ 第三 節︶
︒
③第 一部 第三 章﹁
﹃共 生﹄ の語 の乱 用と 混迷
﹂ 現今
︑﹁
﹃自 然﹄ の語 は︑ 常に
﹃共 生﹄ の語 と連 れ添 って 歩い てい る﹂ と︒
﹁共 生﹂
=﹁ エコ ロジ ー﹂ とし て︑
﹁共 生の 哲学
﹂・
﹁共 生の 論理
﹂︑
﹁都 市と 自然 の共 生﹂ など
︒政 治の 世界 でも
︑﹁ 自立 と共 生﹂
・﹁ 自治 と連 帯と 共生
﹂と バー ゲン
・セ ール 中で ある
︒何 と何 が共 に生 きる のか
︑内 容不 明の うわ 言に 過ぎ なく なる だけ では なく
︑対 立の 解 消を もく ろん で優 勢勢 力を 支持 する 言葉 にな りか ねな い︵ 第一 節︶
︒ 元来
︑﹁ 共生
﹂は 生物 学用 語︵ 一八 七九 年ア ント ン・ ベイ リー が使 用︶ で︑
﹁異 なる 生物 が一 緒に 生活 する
﹂現 象の すべ てを 指し た︒ それ には
︑相 利共 生︑ 片利 共生
︑寄 生の 三種 があ るが
︑現 在の 共生 は︑ 冒頭 の相 利共 生で ある
︵第 二節
︶︒ しか し︑ 相利 関係 の例 とし て誰 でも が知 って いる 昆虫 と虫 媒花 の関 係は
︑事 実の 結果 から みた 人間 の解 釈で あ り︑ この 解釈 に基 づけ ば︑ 人間 と農 作物 の関 係も
︑食 物連 鎖も 相利 共生 とな って しま う︵ 第三 節︶
︒ 相利 共生 は下 級生 物に 限ら れて いる
︒サ ンゴ と藻
・小 魚︑ マメ 科植 物と 根粒 バク テリ アな ど︒ しか しな がら
︑地 球規 模の
地 球共 生系 ︵ 川那 部浩 哉﹃ 共生 と多 様性﹄︶ とい う考 え方 があ り︑ 四〇 億年 前の 原始 海洋 と原 始大 気か ら 始ま って いる
︒﹁ 地球 上の 環境 は︑ 生物 との 相互 作用 のな かで
︑そ の結 果と して 作り 上げ られ
︑い わば
﹃共 生進 化﹄ して きた ので ある
︒﹃ 地球 共生 系﹄ とは こう いっ た内 容を 一般 的に 示す のだ
﹂と
︒こ れに 対し
︑著 者は
︑こ こで の 共生 概念 は全 生物 間の 系的 相互 関係
︵地 球生 態系
︶の こと であ り︑
﹁共 生﹂ のイ メー ジを 超え てい ると 批判 する
︒共 生と は敵 対関 係の 可能 性あ る生 物が 相利 的な 共同 生活 をす るこ とだ から
⁝⁝
︒
﹁大 きな 共生 系﹂ を考 える より は︑
﹁自 然﹂
﹁地 球﹂
﹁生 命﹂ など の基 本概 念の 厳密 な検 討が 必要 とい うの が︑ 著者