9月16日 岐阜県郡上郡和良村 戸隠神社 大神楽
戸隠神社が宮地、上沢の2部落の氏神となったのは明治4年のことらしい。それまでは、九頭明神といって堀越 峠より東、一帯和良郷といわれていた金城の鎮守であったらしい。
九頭明神は伝説によれば稲田姫の王子を九次王子といゝ、祭神という。
神社境内右方の山中に重ね岩と称える巨岩がある。所謂禊ぎ岩で、手で押しても動く。どうも巨岩信仰に継りが ありそうである。
手力雄尊が石屋守尊の境内でこの地へやって来て山中にある底なしの洞ぼらに住みついたという。この 2 つの伝 説は水神と農耕神との信仰定着を思われる。
大神楽はその天岩戸の前の舞という。
戸隠神社の祭典の次第は午後1時より本殿で神霊を神輿に移し、社務所の横にある御旅所までの約200m位の神幸 式がある。この神幸式の囃子(神楽)は別にあって、笛、太鼓、鼓で大部分は青年、紺の裃袴、鳥兜をつける。神 輿は八角形、軽く造ってあって、氏子の主だった人が舁ぐ。御旅所には、山車、大神楽、伊勢神楽が神輿をお迎え する。
山車は2台、宮地及び上沢の青年団が1台ずつを担当し、お旅所脇に据えてある、櫓の周囲に赤い幕を引き、中 は上下 2 段になっていて、囃が恐らく下段に入ったのであろう。今はテープと拡声器、上段にからくり人形を使う 人が乗る。屋台の上は妻切屋根にしつらえ、前方左右に造花の飾り花木が立ち、前方へ波模様をつけた、橋渡しが つき出るようなっている。中の人が長い紐糸で操るカラクリ人形で、神輿の神幸を迎えるときは宜弥様の人形が大 業に御幣を振る。この人形を「ちんとこ」という。宮地の山東のチャントコは巫女神楽をやる巫女の姿で、宮地の 人はこれを天鈿女という。
神輿がお旅所におさまると、始めて、お旅所の前に 2 つの大神楽が合流する。それまでは両方の畦途で参道を中 に挟んで待機しているが、その間囃しは続ける。赤と紺の鮮かな列が、穣田の畦に点々と続く眺めは、誠にさわや かである。気温は昨日あたりから急に下って朝のうちは膚寒い様である。
大神楽の序列は1組につき次の通りである。
1、 大だし(大神楽の幟)1人。赤一色の幟を持つ。
2、 馬印(ばれんのような花で飾った竿)一人
3、 馬6人(馬乗ともいう)。この馬乗が大神楽に先行するのはこゝだけのようである。慶隆公の御前でやった という説がある。馬護(まご)踊という。もとは青(黒)、栗毛、鹿毛、芦毛、月毛、栃毛、黒鹿毛の7頭 7人であったというが、青年が少なくなって数が足らぬので6人になったという。鉢巻、襷がけ、手甲、脚 絆で菅笠をかむり、陣羽織、腰に馬面のつくりものをつける。12~15才位。
4、 まとい1人 5、 馬追い2人 6、 総警団2人 7、 東西1人
8、 舞子3人。唐衣、赤色、一文字花笠をつける。少年。この 3人が主たる演主者。年順に頭舞子、中舞子、
おかじゃき、という。頭舞子と中舞子は太鼓の撥、おかじゃきはサヽラを持つ。
9、 太鼓舁ぎ。2人。太鼓は経1.5m位、幣を立てる。三ツ巴の紋。
10、笛4人。何れも裃、袴、鳥兜をかぶる。青年。
11、小太鼓1人。何れも裃、袴、鳥兜をかぶる。青年。
12、鼓4人。何れも裃、袴、鳥兜をかぶる。青年。
13、神楽警団2人
この他に 2 組の大神楽には夫々その部落から伊勢神楽がつく。この伊勢神楽は、江戸期に伊勢のお桑様を勧請し て称したものという。白い幟(大神楽の幟よりは可なり小さい)に「奉納桑木神社」と墨書したのが、戸隠神社へ は持って行かず、畦道の中程に穂稲の中にはためいていた。伊勢神楽は両方の部落に夫々講のようなものがあるら しい。獅子頭と太鼓を収めた、神輿堂を舁いで大神楽の後から従いて神社へ入ると、すぐ境内の東西に對立する舞 台へ入って中央の壇の上に据える。
御旅所での祭典が終るとその前で大神楽を奏する。場所の関係もあって、御旅所の神輿の方へ向かず、神社の方 へ向いてやる。
畦道から御旅所へ列をつくって大神楽がやって来るときの先頭には紺の法被を着た子供が15~16人いる。これは 大神楽の参与者ではなく山車を曳く曳子である。前の山車が上沢、後のが宮地のもの。
次に馬乗であるが、両組の馬乗が神輿の前で円陣をつくり、その間、大神楽の太鼓は鳥居の外に並べて据え、こゝ で囃す。
馬乗りには「庭入り」「直り駒」「引返し」「休み駒」「追み駒」「駒ちがい」「庭引き」の 7 通りの変化を持つ所作 があって、跳ねたり、走ったり、廻れ右をしたり、向い合って首を振ったりする早い、チョコチョコ走りの所作で、
済むと、馬乗りはその辺の畦に尻を下して休む。
大神楽の庭の祓いのようにも受取れる。和良以外のこの近傍の大神楽にはこの馬乗りはついていないようである。
馬乗りの祓が終ると、大太鼓以下が鳥居を潜って進み、御旅所の前で神社の方に向って太鼓 2 組を並べて据え、大 神楽を始める。
獅子頭各組 1 頭、は行列には参加しないようである。囃の始まるとき胴垂に包んだ獅子頭をどこからか持って来 て太鼓の据えてある前の地面に直に置いて行く。舞子が、撥を獅子頭の鼻の穴に突込んだりして遊んでいて、進行 係に叱られている。囃しの曲目には「大神楽」「大獅子」「岡崎」「小ずすみ」の4曲があって、この4曲で1巡りと する。各曲の始まるとき、上沢、宮地の東西が交替で、御幣を振り「岡崎(おかじゃき)舞い納めます」と口上を 述べ、これを合図に獅子が始まる。主役は3人の獅子であるが、頭舞子、中舞子は短かい紙花(5色)玉のついた撥 を担ぐような仕草でサヽラと共に大太鼓の前を 3 人小廻りに巡りつゝ交替で太鼓を打つ。サヽラは前方獅子頭の方 を向き、囃に合せて、サヽラを摺る。
獅子頭は神楽警団のものが2人左右から、胴垂を捧げ、1人が進んで獅子頭を持って舞うのであるが、この獅子頭 を採って舞うものは定っていない。そのときの飛入の参詣人の求めに応じて頭を使わせるのである。堅く、ギコチ ない獅子、暴れるなよと冷かされつゝ祭酒の真赤な顔をした村人が舞ったりする。全村の人が、この囃の拍子は頭
に入っているのであろう。皆仲々上手である。中には途中から暴れるどころが、寝獅子になって、ツボンを埃まむ れにしているものもある。大神楽が一巡すると還御になる。御旅所では伊セ神楽の方は舞わない。
紺法被の子供達によって山車が曳かれ、チャンココは山車の屋上で力一ぱい、はね廻り、続いて遊んでいた馬乗 に召集がかかって馬乗は参道を輪を画きつゝ進み、その後を神輿、大神楽、伊セ神楽の順に神社の鳥居を潜って還 御となる。
馬 乗も大神楽も演るときは2組が1つになってやる。少年の撥さばきなど、この2組の拍子がよく揃っているも のと感心する。
獅子頭を舞わせる人は、さすが飛入が多いためか、2つの獅子は揃はないことがある。それでも奉納する人は獅子 頭を手にとる前から、獅子に合せて身体の調子をとっている人が多く、何れも少年期からずっとこの囃子の調べは 身についた人達という感をうける。一方の組だけ舞奉納の人があって、片方の獅子頭が地面に置いてあるとき(こ れを寝ているという)でも囃子や舞子は揃って奏づる。
還御の道中、山車と神輿との間隔は丁度馬乗が輪になって走り廻る間をおく。鳥居を潜って境内に入ると、馬乗 はすぐ境内の大神楽の舞庭の設営にかかる。馬追の指揮により参詣人を追いちらかして大きく輪を造って駈け廻る。
神輿と神輿付の囃子はその中殿を通って拝殿へ入る。その後舞庭の中央に神社の方へ向って 2 つ並べて大神楽の大 太鼓を置く。続いて入って来た伊勢神楽の神楽堂はこの舞庭には関係なく、さっさと東西の舞台に上ってその中央 の壇上に神楽堂を据える。
最初に曳込んだ山車は中央の拝殿へ昇る石段の上左右に拝殿の方に前方を向けて稍斜めに据える。
還御の式典が終ると再び大神楽の奉納が始まる。やはり4曲1巡りの囃子を3巡りやるが、その間休憩が入る。
山車の方は初め大神楽が初まるまでの間は盛んにチャントコを操る。言い忘れたが山車も大神楽も伊勢神楽が据 えられる舞台の方も何れも上沢は右側、宮地は左側で、自分の部落に近い方に位置する。大神楽をやっている間は 山車の人形は操らないようである。最初の1巡りの大神楽が初まると、山車ではチャントコの人形を外してしまう。
而して別のからくり人形を据える。
上沢は那須の与一の扇射の所で、からくり桶2本を屋台の前方に繰出して操る。
宮地は唐子の軽業風のもので機械体操の金棒風のものに飛付いて上下する。
伊勢神楽の方は、大神楽をやっているのに関係なく時々舞台の上で演ずる。囃子もこの方は太鼓と笛が別に入る。
獅子頭をつけない、幣の舞、剣の舞、それに、獅子頭をつけた鈴の舞など舞台の上で演ぜられた。
大神楽の方は 3 巡りの曲を終ると列を整えて参道を退下し夫々の部落へ帰る。このとき馬乗は参加しない。先に 解散してしまったらしい。山車と伊勢神楽はそのまゝ残って、これから夜をこめて本番となるようである。
戸隠神社の秋祭は昨15日が宵宮、16日が本日で、大神楽は両日とも出るが、16日の方が賑やかだという。
伊勢神楽、は大神楽に比して分布が少なく美濃地方で16ヶ所、各地とも差異は殆んどない。歌曲も似ている。郷 中盛衰記(和良村旧家の手記)によると「下洞神楽の初めは明和の頃なり。(中略)伊勢神楽方須迄来れば見に行く。
1軒1 軒付廻り市之助は笛を聞覚え林治は拍子方を聞覚え、神楽下洞へ来れば留置き稽古致されし曲、喜八郎はた いこ□左エ門は獅子、小善次は悪魔拂など是なり。外村々は□□なえなり」とある。和良村を 1 軒づゝ巡回したら しい。
曲目には、カヤの舞、剣の舞、神楽舞、ガンニンボ、乱獅子、住吉踊等あるらしい。ガンニンボは願人坊主の訛 で代参、代待、代垢離をする代願人の意で一種の大道芸人の意である。