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12 月 7 日 愛知県北設楽郡東栄町月 花祭

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Academic year: 2023

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12月7日 愛知県北設楽郡東栄町月 花祭

月は5郷よりなり。各郷に氏子総代ともいうべきものがあってこれを「みょうど」という。全戸約130戸、5郷の 氏神が併合して熊野権現を鎮守とし、月となったらしい。「槻」ともいう。月の花太夫(祢宜)は鎮守熊野権現の下 に屋敷を構えている。龍王の面を預り、熱心な花祭の指揮者で、自ら太鼓を打ち歌ぐらは殆んど暗誦している。花 祭の順序次第は総て花太夫の指揮に従って行われ、威厳もあり、信望もある。熊野権現の鍵取をしている。

本年の花宿は金田続さんの宅、庭先の斜傾地に丸太を組んで露天の土間を造り舞戸とする。

前日までに「かたなだて」「みやならし」をする。

当日(上日)神下しの儀式

1、うちきよめ、朝のうちに祢宜が行う。湯桶に「はまみず」を汲み塩を入れる。湯たぶさで振掛けつゝ「七滝 や・・・・」の歌詞を唱え部屋々々を廻る。花祭のときのみならず、祭儀一般の修祓のとき行うのも同様で ある。

2、滝ばらい、滝ばらいに先立ち、みょうどは打つれて鎮守熊の権現へ参拝する。而して祭員の一部を山から持 って降りる。花太夫は自分の家に預っている龍王の面を持って下る。この面箱は花宿に到着するまで下へは 置かない。

滝ばらいは不動の滝という。岩から滴が落ちている所で注連を張り新菰を敷き、白幣を立て、祝詞、御供は 干柿、栗、かや、餅、そば、ところ、神酒、外にひねり銭。

水を瓶に受け、みそばを挿す。この水は花宿へ帰って少し竃に注ぐ。

3、高嶺まつり、門注連の一部。花宿の乾の方向の斜傾地柿の木の下。花祭の地域を決定する。棚を設ける。天 狗まつり、荒神まつりともいう。

4、辻固め 花宿を中心にして高嶺まつりをした場所と 1 丁反対の方向を選ぶことが多い。南側の麦畑の中央。

石祠が2~3立っている所で行われた。

5、神入れ(神おろし、とのづけ、とのいり、しめおろし、神ひろいなどいう) 神部屋で行われた。みょうど

一同舞具を持って、花太夫は白幣を持って諸神諸仏の名を唱えつゝ、次第に身体を左右に振り「いりませや、

如何なる神も・・・・」の歌詞を唱えながら神部屋を出て見物席のいろりの周囲を3周して神座へ渡る。こ のとき舞戸には寄らない。

6、切目の王子 祢宜(花太夫)、舞子が円座になって唱える。紙搓を酒に浸し、胸に注ぐ。太鼓と笛が入る。

7、天の祭(棟祭) 省略された。金田さんの家には入って行ける。天井がないためらしい。

8、しめおろし 1列に並んでの唱言。これを5方に繰返す。月では次の湯立と区切なく一連に行われる。

9、湯立て、祢宜(花太夫)がゆはぎの上に湯襷をかけ、竃ばらいをする。女竹の先に青笹葉をつけたものを持 って、竃の湯につけ釜の縁を撫ぜつゝ唱える。火伏の印。竃の櫓をとって釜の上に払って浸ける。湯立てに は見物人の希望で全国どこの神社のでもよい立願の湯立をする。休憩。

10、さかき鬼の村訪い

舞戸で 1 折舞ってから、出発する。締太鼓と笛がついて、立願の家を廻る。その家の庭でへんべを踏む。

もとは病人の部屋で病人を踏んだ。

11、そうかみむかい(惣神迎)、撥の舞、とうご囃し、式囃し。月ではこの行事は何れも簡略化されている。湯

立の後に行われたのが、次の「みかぐら」の先にやるのか一寸判断し兼ねる。

12、みかぐら(祢宜舞) 御神楽と染め抜いたゆばきをつけ紙緒の草履をはく。まづ花太夫が舞う。扇の手 3

折。次に撥の舞かと思われる舞を他のみょうどが舞う(撥の手)。続いて舞子の資格のない中老以上の人即 ちみょうどが舞戸に下りて五方の舞の1折を各人代る代る舞う。

13、一の舞(市の舞)3折(扇、やちごま、つるぎ)

竃の前に筵を敷き、扇の上手な舞子 1 人の舞、ゆはぎ、鉢巻、左手に開扇と榊、右手に鈴。この鈴は、1 折ごとにやちごま、つるぎと持物を代える。左手は代えない。

14、地固の舞、3折、筵をとる。市の舞のものが続けて舞う。ゆはぎの背の紋は大鶴、前の両袖の所は三階松。

舞の型は略に以下一定しているが、これを細かくいうと 竃の前の舞 ふりならし 五方

みやならし 五方

(2)

式 竃の「くろ」の式舞

へんべ

竃を中心とした竈をめぐる舞

15、地固の舞が終了したとき榊鬼が帰って来て庭入りをした。この庭入りのとき伴鬼が全部出迎える。月の伴 鬼は、せいとの中から物色してさせられる。

庭入りの榊鬼はせいとの火を鍼でかき廻す。

16、花の舞、(少年) 3折(扇、盆、湯桶)

月では舞子が肩車に乗って舞戸に降りるとことはなかった。3折の次に願立の花の舞が2折あった。何れも 扇の手、花の舞の途中で「神下し」がある筈であるが、これは注意を怠った。

17、やまわり鬼 伴鬼が前駆する。松明振がやまわり鬼を導く。松明持は次の三つ舞に出るものが勤める。

やまわり鬼の舞は、

(1)竈の前の5方

(2)竈を1巡

(3)かまわり

(4)五方の舞。

18、三つ舞、3折(扇、やちごま、つるぎ)

やちごま、つるぎの手にはテロレの舞の手が入る。鈴の舞振のうち最も難しいものといはれる。

19、さかき鬼、面舞の主要なもの。始まったのが 6 時半頃で丁度夜が明ける。さかき鬼の松明持ちは四の舞に

出るものがなる。

五方見、竈を1巡、神座を覗く(楽を聞く)

問答、反閇(新筵を敷く) かまわり、片手舞、五方の舞。

問答のとき、もどきは花太夫、ゆはぎをつけ榊の小枝を持つ。

20、ひのねぎ、みこ(おちらはり、岩戸明けとも)。各にお伴2人づゝ初めに味噌をつけた摺古木を持った「お

かめ」面と味噌をつけた大根を男根風に振舞う狐面との 2 人のお伴が出て来て、さんざん暴れ廻った所へ みこが出る。みこは竈を1巡。問答(花太夫のもどきと)の後退場するが、お伴2人は退場しない。みこ の舞う途中で摺古木を持ったひょっとこ面と太鼓腹のようにお腹を太く装い、手に飯粒のついた杓子を持 ったおかめ面の2人のお伴が現われ、お伴4人で暴れているうちにみこが退場し、ひのねぎ(たからを担 ぐ)が現われる。みこ同様ひのねぎの舞があるがお伴4人は終りまで舞戸に残って暴れ廻る。

21、おきな、黒尉、左手にひいな(形代)右に鈴。舞振はひのねぎと同様であるが最初の竈の1巡は街道といゝ

異なるという。次の問答も、もどきと対面して身上語りとなる。おきなになった人は本年88才、月で1番 の年長者がつとめる。少し耳は遠いが達者な人で時々若い人におんぶして貰って神座へ遊びに来ていた。

22、一力花、花宿金田さんの一力花がある。三ツ舞1折。

23、四ツ舞、3折、扇の手を前段に「ゆはぎ」の舞がつく。こゝまで見て、宿へ引返して一眠りして帰途につく。

25、湯ばやし、舞の手、ひらき、あほり(頭上で湯たぶさを振る)。竈のくろに移ってから、袖しぼり、鳥とび、

片手湯立。

26、茂吉(朝鬼)総出。

27、獅子舞 囃し面役が運出し連れ戻る。湯たぶさを口々に咬えて湯立をする。

28、ひいなおろし(びやつけおろし)

29、たなおろし (飾付を外す)

30、花そだて 花の御串を杖について1巡

31、宮渡り 花そだての行列のまゝ花宿を出て氏神へ行く。

32、五穀祭、土公神休め、しづめ、外道狩り。

参照

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