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1 月 1 日 三重県志摩郡阿児町立神 宇気比神社 ヒッポロ神事

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1月1日 三重県志摩郡阿児町立神 宇気比神社 ヒッポロ神事

宇気比神社に於けるヒッポロの神事は、もとは1月1日、4日、5日の3日に亘って盛大に行われた。所が4日と 5日の行事は多くは若い衆の力によって行われるものが多かったが、最近では青年の参加が次第に少なくなって、定 めた日のように行事を行うことができなくなり、現在では4日の行事と5日の行事を圧縮して1日限り行うことと なり、しかもその日を1月3日と定ることになった。従って宇気比神社のヒッポロ神事は1と3日に行われるよう になった。

1日の神事を拝見した。午後3時頃からやるという話で、昨31日、車で波切へ行く途中立寄って聞いたときは獅 子役の2人が大きなボール箱をお頭に見たてゝ盛んに練習をしていた。

1日にはこゝへ来る前に安乗の潮祭りを見て、それから駈つけたのであるが、安乗の方は2日の正月三番叟を見た ので、その方と括めて記録することとし、こゝでヒッポロ神事について先づ記録する。

「三重県下の特殊神事」を参照する

立神はこの地方では珍らしい純農村集落と見てよいようである。宇気比神社はもと日天八王子社といったらしく、

その祭祀組織は単に座と呼ばれている9座に分れていて、この9座の何れに属するかを定めることを配座(ハイザ)

という。

1、南座 もと藤原氏より出る

2、南向座 もと渡会氏より出る

3、平古座 もと金氏より出る

4、喜兵衛座 もと安部氏より出る

5、片座 もと安部氏より出る

6、山家座、もと安部氏より出る 7、中座、もと安部氏より出る 8、弥宜座、もと安部氏より出る 9、豆煎座、もと藤原氏より出る

何れも各家の系図によって配座が決まり、各座の系統を明記した記録があるらしい。

祷屋(トウヤ)

毎年の神事に際し、各座より 1 名祷屋となる。座中、誰が祷屋となるかはその座中のもののうち戸主である。

男子であって、且つ最年長者が当る。祷家米完納者であること。

毎年の9人祷屋のうち年長者の2名は年令順に「一の祷」「二の祷」と呼ぶ。

九人衆(九人役とも)。各座には座元制があって本家筋の家が座元を勤め、この座元から各1名、計9名が出て 祭祀を主催し、祷屋を補佐し、昔は九老とも呼ばれていたようであるが、現在は 4 名、座の制度が九人衆選出 の上では廃れて、村民総会で選出されることになっている。年令40才以上の男子、任期8年、毎4年毎に半数 即ち2名改選の定めとなっている。

祈祷会

旧1月12日九人衆が祷屋を最終的に決定するがそれは「氏子配座帳」に基いてする。所が各座の人員は不同が あるので、ある座では祷屋が1順してしまっているのに他の座ではまだ1巡していない年が出て来る。この場 合は九人衆が相談して1巡してしまった座はその年には祷屋を立てず、余っている座からは臨時に2名の祷屋 を立てゝその年の神事をすませ調整することになっている。このようにして全部の座員が祷屋をすませてしま うと、その次の年は「上り祷」といって再び各座の年長者に祷屋が廻って来ることになる。

座買い

他村よりの入村者は九人衆に対し地下に入座希望の者を申し込れる。地下は人数の少ない座に割当られる。座 が決まると、入村者は白米3合3勺と鰶2尾を地下の役人と同座の家々に配る。

米寄せ

9人の祷屋は旧11月11日に一の祷屋(宿元という)に集り法螺貝を吹きながら座中各戸から玄米1升5合宛を 集める。これを「祷屋米」という。殊に貧しい家は「半祷」といゝまた家に25才以上の男子のない家では「座 繋ぎ」といって何れも半量の玄米を出せばよかった。

祷屋米は神酒米と祭飯との外は売って代金を祭りの費用に充てる。

神事役の名称及び決定

1、鳥の舞 一の祷、二の祷の家長がなる。

2、小踊。一の祷、二の祷の家の男の子、各1名づゝ。獅子舞の口取りの天狗

3、杜氏(トウジ)。三の祷がなる。神酒の醸造、現在は甘酒

4、小屋番 四の祷。

5、会計 五の祷

6、神役係 六の祷。祭の神官(ネギ)の諸用係

7、買物係 七の祷。

8、帳簿係 八の祷

9、瓶子、徳利係 九の祷。

10、裃着(カモシモギ) ハゼの若衆ともいう。祷屋が座中の青年に頼んで1人づゝ計9人になって貰う。祭

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りの実際の面を分担する。

杜氏役以外の祷屋は何れも祭の当日素袍を着るので、素袍着(スホウギ)ともいう。中啓を手に持つ。祭 場に於ける接待の任に当る。杜氏のみは白衣、中啓を襟首にさす。

11、神役。獅子舞、及び楽手を勤めるもので氏子中経験者に頼んでやって貰う。獅子舞4名、太鼓打1名、笛

吹2名。

12、村役人。現在は区長、もとは裃着用 13、寺方。村内の少林寺及び本福寺の住職

14、若い衆。昔は若衆仲間といったが現在は青年会15才以上の男子、祭の主役であったが現在は参加が少なく

なり、変貌を来すことになった。

神事の前後の日程。もと旧暦であったものを現在はそのまゝ新暦の日に変更されている。

1月12日 翌年の祷屋を決定する。トウワタリ(現在は1月6日)

11月11日 米寄せ

12月2日 一の祷、二の祷の滝の浜行き(船越村字滝の浜)

12月3日 丸注連巻き。夕刻祷屋一同が神社に集ってつくる。榧、搗栗、洗米等の御供を藁苞に入れて、若松 1本を中心に10数本の今年竹をその周囲に交叉してその根元を藁苞と共に縄で巻き締めたもので、これを 2ヶ造り本殿脇に立てゝ倒れぬよう底の方を少し芝土で覆う。この日、神職、氏子総代、島の舞役、及び小 踊役を招いて2寸4寸と称する饗応をする。

12月2日~正月5日 一の祷、二の祷は毎日垢離をとり又「食い除き」といって家族と炊焚を共にせず、夜は 新筵に寝る。

12月25日 祷屋一同の滝の浜行き

12月4日~正月5日 酉の時参り、最初15日間は一の祷、終り15日間は2の當が早朝注連に参る。

12月28日~正月5日 神役一同が滝の浜行をする。

12月31日 祷屋は祭場の準備にかゝる。

1月1日 祭日。

1月4日 祭日。現在はこれを省略して1月3日1日だけ 1月5日 祭日。現在はこれを省略して1月3日1日だけ

1月8日 薬師堂で大般若の転読。この日祷屋は本福寺にある法印を額に捺して貰う。

祭場の設備。

12月31日。神社内に祷屋が集って準備をする。宇気比神社の社殿及び拝殿は石壇上に小石を敷きつけて造営され ているがその石壇を降りた社前の広場の片隅に桁行4間梁行3間の木造茅葺の建物がある。床なし、土間であって、

この建物の西北隅1間に獅子殿を設け2ツの御面を収蔵してあるが常時は参籠所として用いられ、ヒッポロ神事の ときここを「宮中」と呼ぶ。北方の1間は板敷、こゝに神官が坐る。

南方は土間に藁筵を敷いて上座より九人衆及び楽手の座となる。

前面は獅子舞の始まる前に更にその上に新筵を敷いて、獅子の寝る場所とする。

鳥場(トリ)社壇の東側にある鳥居を出た所、一段高い丘状の広場をいう。後方に幟幕を張廻らし、中央に筵を しいて、寺方及び村役人の座としその後方は若衆の参列場とする。

ハゼ。宮中の前面、東側に續く50坪程の境内平坦な広場で獅子舞の舞庭となる。

小屋場。ハゼの一隅(南隅)に屋組を臨時に設け新薦を以って覆う。参列員接待の水屋とする。

(3)

酒場。小屋と並べて新薦で全面を囲った焚火場で大釜2つを据え、神酒を温める。酒場の係役は杜氏。

祭典次第。

素袍着、裃着は何れも白足袋跣足。祭典は神職と宮中の九人衆により始められ、一の祷、二の祷は小屋場の前に 敷いた筵の席に二人並んで座る。他の素袍着及び裃着は何れも祭典の下動きの役をする。神酒、献饌の儀のあと九 人衆への饗応がある。

このとき火鉢の火を酒場の焚火から運ぶのに鮑の貝殻を用いて運ぶ。これを(パッパの火)という。饗応の中間 に鳥舞と獅子舞があるが、この間を通じて饗は五献、肴は1献ごとに違っていて

切菜、長菜、俵物(海鼠)、削物(大根)、飛俵(海藻)と定められてある。神酒は湯桶を使用する。

鳥の舞。

神官がハゼ場に控えた鳥の舞役をまねいて拝殿内の左右の席に着座せしめる。

このとき楽手は宮中、板敷の床の縁まで進んで楽を奏するが、これに合せてこゝで「御神楽」と唱える長い唱詞 を神官が読上げる。この間、太鼓は鼓橡の張金を打つ。御神楽が終ると楽の調子が変り、太鼓は張皮の中央を打つ。

このとき鳥舞後 2 人は中啓を開いて右手にかざし静かに立ち上って左右の手足を交互に上げつゝその場で施廻して 舞う。ごく簡単な舞である。終って鳥舞役拝殿を降り、小屋場前面の一の祷、二の祷の座に復する。

獅子舞。

裃着、新薦を以って宮中に進み、九人衆の検祖をうけて、九人衆の前に新薦を敷く。

神官獅子殿に向って礼拝、まづ小踊の衣装、面をとり出し、これを九人衆に渡し、九人衆はこれを六の祷に渡す。

小踊役直ちに酒場後方の1隅の筵の席で衣装付をする。

次に神官雄獅子をとり出し、これを九人衆に渡す。九人衆の長老御頭を頂き、神職が胴衣をとって後振役となり 楽の調子に合せて、宮中の屋内で舞いつゝ獅子を宮中新薦の上に横たえる。

次に同様雌獅子をとり出す。次席の九人衆これを受取り、雄獅子の場合と同様にして新薦の上に雄獅子の左側に 横たえる。このとき雌獅子の場合は既に横たえられてある雄獅子のお頭の鼻先をかすめるようにして舞いつゝ通る という。これを獅子迎えという。

お頭の形態は大神楽の獅子頭等に比し、可なり鼻先の長く突出た形のもので、一見龍に似た面貌を持つ。

獅子舞をする神役のもの 4 名、裃を着用して宮中に至り一礼して直ちに獅子頭の舞衣を新藁筵の上に引流し、舞 衣を被って中に入るとそこで裃を脱いで下着となり、裃を、世話人の裃着に舞衣の下から渡し、これを受取った裃 着は退出する。

次に小踊 2 名、付添人に連れられて宮中の縁先、後振の後に控える。小踊は仕向のときは面を紐で脛に吊り、恵 比寿扇を持っているが、控えるとき面をつける。

奏楽により獅子は雄獅子よりまづ後ろに頭を*げ足を立て、寛やかに舞いつゝ宮中を出てハゼ場に出る。このと き小踊は恵比寿扇をかざして獅子を導くかの如くその先導をする。

2頭の獅子は舞ひつゝハゼ場の東端まで進み、ハゼ場の東端の所を左右に舞い進むが楽が急に急調となると頭を振 りつゝ激しい舞振りとなり、狂える如く舞って宮中に引返して伏す。このとき小踊はハゼ場の左右に分れ交互に千 鳥に入れ替って走せ踊る。

1日の獅子舞はこのような所作を6番繰返して午後7頃終了するという。各番共舞振は大体似たものであって、但 4番の舞のみは宮中を出ないで座に蹲ったまゝ頭を振る。これを俗に「スラ舞」という。

1日のヒッポロ神事は九人衆と呼ばれる村の特権者の氏神に対する年賀の祭儀であって、祷屋をしてその準備、設 宮一切をやらせる組織のもののようである。祷屋はこの村に安住する義務としてこれに奉仕するもののようである。

これに反して 4日及び5日(現在はこれを併せて3の日1となる)の祭は村人全員の神事のようである。これは まだ見ていないが当日、青年会の百度詣、祝い込みは今日も早や見られないようである。

祷屋のハゼ場に於ける座配、俗にシリクレアヒという神事で各座によりハゼ場に着席する場所が決っていて、背 中合せに座る所からその名称が出ている。これは各座のものの相互認証の参賀の席であるらしい。

座席には 1人ごとに藁2をやりちがいに結んだものを置く。

参照

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