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10 月 20 日 竜野市神岡町椰八幡神社 獅子舞

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10月20日 竜野市神岡町椰八幡神社 獅子舞

椰八幡はもと神岡村の字。沢田、保木、横内、奥、大住寺等の氏神で、獅子舞は各部落が共同で保存している。

もとは獅子頭が2頭あって雄獅子組、雌獅子組の2組に分れていたが現在は1つになっている。もとの雄獅子、

そのためか当番に当った家では自分は雌獅子の組だからというので、当り籤を別の雌獅子組の部落に譲ることもあ る。

椰八幡神社の秋祭で、神輿は拝殿から出御、楼門を出て前の石段を南へ下り、石段下の馬場少し東寄り所へ据え る。

獅子舞の奉納される特設舞台は石段下正面に設けられ、神輿は同じくその東寄の馬場まで降りて来て獅子舞を御 覧になる。

獅子舞の特設舞台の 4 方には舞台に接して床几を並べる。石段に近い側即ち舞台の北側は囃子の席、西側は女童 の席、東側は男童の席、南側は獅子舞をやる青年の席となる。

獅子舞は、頭持と後振との 2人立の獅子。又曲目により女童、男童が2人又は数人出て獅子と共に舞う。童子の 持物は曲によって花、剣、長刀、綾棒、さゝら、よき等ある。

獅子舞は正午頃始まり式が終って直会がある。

曲目

神楽、花笠、あや、櫻の舞(これには長刀を使う女童が入る)さゝら、えびらい、花かがり、八島、まえ切り、

新あや、扇の舞、よき、継獅子である。

獅子舞が終ると輿丁が神輿を石段をかつぎあげ、神殿に神移しがある。

青年、男童、女童それぞれの役割は 8 月に部落中が集って相談の上で決める。子供のある家では大体毎年順繰に よって役が 1 番づゝせり上って行くが、そのしきたり通りに行かないことも多々ある。多くは経済上の負担の問題 で、外に子供に故障があったり、上手なため毎年同じ役を勤めるようになってしまっている役もある。男童女童の 衣装やメークアップは各自当った家で新調する。

水原絹江「日本に於ける民間音楽の研究Ⅰ」343頁以下参照。

「芸北神楽と秋祭」〒共380円。広島県山県郡千代田町八重芸北民俗博物館内 新藤久人。

参照

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