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1,000万倍に達するホヤのバナジウム濃縮 - J-Stage

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化学と生物 Vol. 55, No. 5, 2017

1,000 万倍に達するホヤのバナジウム濃縮

直接か間接か

皆さんは「ホヤ」をご存じだろうか.関東〜東北地方 では「ホヤ貝」という名前で珍味として売られているの で,食べたことがあるかもしれない.ホヤは海中の岩な どに付着して生活している動物で,実は貝ではなく,ヒ トやサカナなどと同じ「脊索動物」というグループに属 する.日本でよく知られているのは食用になるマボヤと アカボヤの2種類だが,世界中で2,000種類以上のホヤ が知られている.

脊索動物というのは,一生の間の少なくとも一時期

「脊索」という器官をもつグループである.ホヤ類は,

卵から孵化するとオタマジャクシ型の幼生になり,1〜2 日間だけ遊泳生活を行う.この頃は,ホヤの体内には脊 索があり,そのほかの構造もヒトやサカナと似ている.

しかしその後,ホヤは海底の岩などに付着し,尻尾を吸 収して変態し,一生動くことなく固着生活を送る.成体 の形は外観上はヒトやサカナからかなりかけ離れたもの である.

バナジウムという金属を聞いたことがあるだろうか.

身近なものだとスパナなどの工具や包丁に使われている レアメタルである.ホヤとバナジウムを結びつけたの は,19世紀末から20世紀初頭にかけて発展した分析化 学である.ドイツ人の化学者マーチン・ヘンツェ博士は その先駆者の一人で,当時の最新の分析法を用いて地中 海に棲むさまざまな海産生物に含まれる金属の量を調べ

た.その結果,ホヤの一種 がバ

ナジウムを海水中の濃度(35 nM)の約200万倍に蓄積 していることを発見した(1)

生物は金属元素を選択的に体内に取り込み,さまざま な生理機能に使っている(2).一般的に体内の金属元素の 濃度は低いが,なかには「ハイパーアキュムレーター」

と呼ばれる,非常に高度に金属を蓄積する生物がある.

ホヤは,バナジウムを選択的にかつほかに類を見ないほ ど高度に蓄積するハイパーアキュムレーターである.ヘ ンツェ博士の発見以後,多くの生物学者や化学者がこの 現象に興味をもって研究を続けてきた.1980年代,道端 齊らによって日本各地および世界各地のホヤに含まれる バナジウムなどの金属の量が調べられた.その結果,マ ボヤやアカボヤにはほとんどバナジウムは蓄積されてい

ないことと,腸性目というグループのホヤに非常に多く のバナジウムが含まれていること,その濃度は海水中の 1,000万倍に達することが明らかになった(3).最も高度に 濃縮しているのは日本産のバナジウムボヤ

である.このホヤは,その特徴であるバナジウム の濃縮にちなんでバナジウムボヤという名前がつけられ た(図1A).蓄積されるバナジウムの濃度は環境や地域 によらず種によって決まっていて,ホヤ自身の生理的メ カニズムによって積極的に濃縮していると言える.

図1バナジウムを高度に濃縮するバナジウムボヤ

(A)成体,全長約5 cm.ナイロン籠に付着していた個体を水槽内 で撮影した.矢印:入水孔,矢じり:出水孔.(B)血球.2種類 の代表的な血球を示す.矢印:シグネットリング細胞(バナジウ ム濃縮細胞),矢じり:モルーラ細胞.

日本農芸化学会

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今日の話題

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300 化学と生物 Vol. 55, No. 5, 2017

ホヤは体内のどこに,どのようにしてバナジウムを濃 縮するのだろうか.1990年代に道端 齊と金森 寛ら が精力的に研究を行った結果,ホヤは鰓や消化管から五 価バナジウムを吸収し,最終的には体腔細胞(血球)の 一種であるシグネットリング細胞(図1B)の液胞の中 に蓄積すること,液胞中ではバナジウムは三価に還元さ れた状態であり,同時に高濃度のプロトンと硫酸イオン が蓄積されていることを明らかにした.1998年から植 木も参画し,濃縮・還元に関与するバナジウム結合タン パク質やバナジウム輸送体,陰イオン輸送体など多くの 遺伝子を同定し,バナジウムの濃縮・還元過程の全容が 見えてきた.なかでもバナジウム結合タンパク質Vana- binは,単にバナジウムと結合するだけではなく,バナ ジウムを還元する酵素であることもわかり,濃縮・還元 プロセスにおいて鍵となるタンパク質と考えられる(4)

さて今日の話題である,ホヤが外部環境から最初にバ ナジウムを取り込む器官は,腸と鰓である.ホヤは,海 水中のバナジウムを直接取り込むのだろうか,それとも 何かの助けを借りて間接的に取り込むのだろうか.前者 の可能性を調べるために,筆者らはカタユウレイボヤの ゲノム中に存在する8つのバナジウム輸送体候補遺伝子 の,輸送能力を調べた.しかしながら,海水中のバナジ ウム濃度(35 nM)において直接取り込む能力をもった 輸送体を見つけることはできなかった.完全に否定した わけではないが,直接ではなく間接的に取り込む機構の 可能性を考え始めた.

筆者らが注目したのは腸である.一般に腸内には種々 のバクテリアが共生しており栄養の吸収を助けるので,

ホヤの腸におけるバナジウムの取り込みの前段階として 腸内共生細菌が関与する可能性を検討した.実際,スジ キレボヤの腸内のバナジウム濃度は海水中のバナジウム 濃度の約2万倍に達することから,バナジウム耐性およ びバナジウム濃縮能力をもつ細菌が腸内に共生する可能 性が強まった.そこで筆者らは,高濃度のバナジウムを 添加した寒天培地を用意し,スジキレボヤの腸内容物か らバナジウム耐性細菌の単離を試みた.その結果,9種 類のバナジウム耐性細菌を単離することに成功した.う ち2種類の細菌が,特に高度にバナジウムを濃縮するこ とがわかった(5).その後,これら細菌株のバナジウム還 元能力についても明らかにした(未発表).すなわち腸

内細菌によるバナジウムの一時的な蓄積と還元反応に よって,腸内のバナジウムの濃度と化学的状態を変化さ せ,ホヤ自身の腸細胞がバナジウムを取り込む手助けを するというモデルを構築し,その検証を進めている.

これらの細菌株の研究は,海産動物ホヤ類がいかにし てバナジウムを高選択的に取り込んで蓄積するのかを明 らかにする手掛かりになるだけではなく,バナジウムお よび関連する金属のバイオレメディエーションに応用す ることが可能である.一連の研究の成果は,廃水中の重 金属の除去技術および海水中のレアメタル分取技術の基 盤となると期待される.

  1)  M. Henze:  , 72, 494 (1911).

  2)  道端 齊: 生元素とは何か̶宇宙誕生から生物進化への

137億年,NHKブックス,2012.

  3)  植木龍也,山口信雄:実験医学増刊「代謝研究の最前線」,

羊土社,2014, pp. 123‒129.

  4)  N.  Kawakami,  T.  Ueki,  Y.  Amata,  K.  Kanamori,  K. 

Matsu o,  K.  Gekko  &  H.  Michibata: 

1794, 674 (2009).

  5)  T.  Romaidi  &  T.  Ueki:    (NY), 18,  359  (2016).

(植木龍也*1,ロマイディ*2,*1 広島大学,*2 インドネ シア国立イスラム大学マラーン校)

プロフィール

植木 龍也(Tatsuya UEKI)

<略 歴>1990年 京 都 大 学 理 学 部 卒 業/

1995年同大学大学院理学研究科博士課程 後期修了/同年熊本大学助手/1998年広 島大学助手/2003年助教授/2007年准教 授(職名変更),現在に至る<研究テーマ と抱負>生命と金属のかかわり/ホヤによ るバナジウム濃縮機構/海洋無脊椎動物の 接 着 機 構<趣 味>釣 り,サ イ ク リ ン グ,

シュノーケリング ロマイディ(ROMAIDI)

<略歴>2003年インドネシア国立イスラ ム大学マラーン校理工学部卒業/2006年 同大学マデュラ校講師/2008年同大学マ ラーン校講師/2016年広島大学大学院理 学研究科博士課程後期修了/同年同大学マ ラーン校講師(復職),現在に至る<研究 テーマと抱負>海洋性細菌による金属の濃 縮と還元/バイオテクノロジー<趣味>サ イクリング,サッカー,フットサル,釣り

Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.299

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