はじめに
大気二酸化炭素 (CO2) 濃度は,化石燃料の大量消費 により上昇し続け,現在は400 ppm前後である.CO2 濃度の増加を抑えるためにさまざまな努力がなされてい るが,経済活動を犠牲にするような排出抑制が行われた としても,今世紀末には500 ppmを超えると考えられ,
現状のままでは700 〜1,000 ppmまで上がると危惧され ている.
生物の環境応答は,環境変化が起こってからの経過時 間によって,変化の性質が異なる.すでにこれまでの連 載によって示されてきたように(1),CO2 濃度が増加した 直後には,光合成速度が上昇し,気孔が閉じ気味になる
(短期応答).日〜年オーダーの時間が経つと,植物の成 長は促進されるものの,光合成能力の低下(ダウンレ ギュレーション)などが起きるため,その増加は短期応 答から予想されるものよりは小さい.ほかにも長期間の 生育によりデンプンなどの炭水化物の蓄積や窒素濃度の 低下など,間接的な影響による変化が起こる.
世代をまたぐようなさらなる長期間の環境変化が起こ ると,さらに多くの事項に影響が生じる可能性がある.
一つは,植物群集を構成する種組成の変化である(植生 遷移).環境の変化により,その環境に適した種が個体 数を増やし,不適な種が個体数を減らすなどして構成種 が変化することは多くの環境要因について見られ,CO2
上昇も同様の変化を起こすかもしれない.もう一つは,
植物に起こる遺伝的な変化,すなわち適応進化である.
本稿では,近年の筆者らの研究を中心に,長期的な高 CO2 応答について,一年草の種子生産の高CO2 応答の 種間差と,天然CO2 噴出地に生育する植物の高CO2 応 答についての研究を紹介する.
一年草の種子生産の高CO2 応答
植物の器官の分け方はいくつかあるが,一番大雑把な 分け方は,根・茎・葉といった栄養成長器官と花・果実 などの繁殖器官の2つに分けることであろう.植物は発 芽後,栄養成長器官のみを生産する栄養成長期間を経 て,ある時期から繁殖成長期間に入り,繁殖器官を生産 するようになる.種子生産は,子孫の数を増やすことに つながる,生態学的に重要なパラメータである.高 CO2 環境でより多く種子を生産できる植物は,将来の 地球環境で成功することが期待される.
筆者らが高CO2 応答研究を始めた90年代中頃は,植 物の高CO2 応答研究の情報が蓄積し,文献サーベイに よって一般的な傾向を探ろうという動きが始まった時期 であった.当時問題になり始めたのが,植物のさまざま な性質の高CO2 応答が種や研究によって大きく異なる ということであった.繁殖成長もその例に漏れなかっ た.図
1
は後年に行った筆者らの文献サーベイの結セミナー室
植物の高CO2 応答-11高二酸化炭素濃度に対する植物の長期的な応答
彦坂幸毅
東北大学大学院生命科学研究科,JST CREST
果(2) であるが,個体あたりの種子生産量は,平均する とCO2 上昇によって増加するものの,大きなばらつき があり,ケースによっては減少することさえあることが わかる.AckerlyとBazzaz(3) は,異なるCO2 濃度で育 成した一年草の個体あたりの生産量(要するに個体が結 実したあとの最終バイオマス)と繁殖量のデータを収集 し,生産量の高CO2 応答(高CO2 での総生産量と通常 CO2 での総生産量の比)と繁殖量の高CO2 応答の間の 相関は有意だが低いことを見いだし,生産量の高CO2 応答から繁殖量の応答を予測することは難しいと指摘し た.そこで筆者らは,繁殖成長の高CO2 応答がどのよ うなルールで決まっているのかを調べた.
最初に用いたのは,当時筆者らの研究室で繁殖成長研 究に頻繁に用いていたオオオナモミであった(図
2
). オオオナモミは,よく知られた「いが」(果包)のつい た実(いわゆる「ひっつき虫」)をつくる一年草である.衣笠利彦(現 鳥取大学)らは,オープントップチャン バー(上部が開放されたビニルハウス)を用いて,野外 に近い環境でCO2 条件と栄養条件を変えてオオオナモ ミを育成し,その成長を解析した(4).個体のバイオマス 生産は,貧栄養条件ではCO2 に応答せず,富栄養条件 では高CO2 によって増加した.繁殖器官全体の生産量 は,貧栄養ではやはりCO2 に応答しなかったが,富栄 養では高CO2 によって促進された.興味深いことに,
繁殖器官を種子と果包に分離して測定すると,高CO2 で生産が促進されたのは果包だけで,種子生産の促進は
有意ではなかった(図2).つまり,オオオナモミでも 個体全体の光合成生産と種子生産のCO2 応答は一致し ていなかったわけである.
富栄養条件において個体生産や果包の生産が高CO2 で増えたのに,種子生産が増えなかったのはなぜなの か.筆者らは窒素分配を解析することでそのヒントを得 ようとした.各組織の窒素濃度を調べてみると,果包の 窒素濃度は非常に低く,種子の窒素濃度は高かった(図2). また,種子の窒素濃度はCO2 濃度に依存しなかった.
窒素濃度が変わらないということは意外な結果であっ た.組織の窒素濃度は,「その組織に分配された窒素の 量」と,「その組織に分配された光合成産物」の比であ る.高CO2 は光合成生産を促進するので,窒素の量が 変わらずに光合成産物が増えれば窒素濃度は低下するの が自然である.実際,個体全体の窒素濃度は大きく低下 した.繁殖器官全体でも,窒素濃度が低い果包の割合が 増えたため,窒素濃度は低下した.しかし種子だけは一 定の値を保った.この事実から,筆者らは「窒素要求性 が高い組織は窒素濃度を維持する」という仮説を考え た.窒素濃度の低下はしばしばその組織のパフォーマン スを下げる.種子については,窒素濃度の低い種子は発 芽後の成長が悪いということが知られている.窒素濃度 の低下が何らかの損失を招くならば,それを防ぐために 窒素濃度を維持しなければいけない.その場合は,光合 成産物が増えても全体の生産は増えない.つまり,種子 生産は光合成生産ではなく窒素供給に律速されていると 考えたわけである.
この仮説を検証するために,次に行ったのは種間比較 図1■一年草の種子生産の高CO2 応答の文献サーベイ結果
横軸は高CO2 で育成したときの個体あたり種子生産量を通常CO2 で育成したときの値で割ったもの.文献2から改変して引用.
図2■オオオナモミを富栄養条件で育成したときの種子と果包
(いが)の乾燥重量と窒素濃度のCO2 応答
NSは統計的に非有意,**は <0.01で有意であったことを示す.
文献6から改変して引用.右上はオオオナモミ,右下は実験に用 いた東北大学のオープントップチャンバーの写真(衣笠利彦氏撮 影).
であった(2).図1に示したように,高CO2 によって種子 生産が促進される植物とあまり促進されない植物がある ことがわかっていたため,この違いを種子の窒素要求や 種子への窒素分配の違いによって説明できるのではない かと期待したのである.今度は作物種から野生種まで 11種を扱い,種子生産の解析を行った.解析にあたっ ては,2つの仮説を立てた.一つは,「種子窒素濃度が 高い種では,種子窒素濃度を高く保つために種子生産の CO2 応答が小さくなる」というものである.種子窒素濃 度が高いということは窒素要求性が高いことを意味し,
より強く種子生産が窒素に律速されるであろうと考えた わけである.もう一つは「高CO2 で獲得窒素量を増や すことができた種において,高CO2 で種子生産を促進 する」というものである.種子生産はどの植物でも窒素 供給に律速されているが,植物によって窒素獲得の CO2 応答が異なり,種子生産のCO2 応答のばらつきは 窒素獲得のCO2 応答のばらつきに由来する,と考えた わけである.結果は,種子生産のCO2 応答と種子窒素 濃度の間には全く相関がなく,第一の仮説は棄却され た.一方,個体あたりの種子窒素量(つまり種子生産に 分配された窒素量)のCO2 応答と個体あたり種子生産 量のCO2 応答の間には強い相関があった(図
3
).実験 で 用 い た す べ て の 種 に お い て 種 子 窒 素 濃 度 は 生 育 CO2 条 件 に 有 意 な 応 答 を 示 さ ず,獲 得 窒 素 量 が 高CO2 で促進された種ほど種子生産のCO2 促進効果が大 きいという結果になった.
では獲得窒素量の違いは何に由来するのだろうか?
獲得窒素量が高CO2 で大きく促進された種の大半がマ メ科植物であることから,窒素固定が大きな役割をもつ と考えられた.マメ科など一部の植物は根に根粒をつく り,窒素固定細菌を共生させ,空気中の窒素を固定し,
利用することができる.窒素固定には多量のエネルギー を必要とするため,必ずしも有利ではない.しかし,高 CO2 環境では,余った光合成産物を窒素固定に投入す ることができる.したがって,窒素固定植物が相対的に 有利になると考えられる.
このアイディアを検証するため,変異体を利用した実 験を行った(5).及川真平(現 茨城大学)は東北農業セ ンターや東北大農学研究科などと共同研究を行い,ダイ ズの根粒非着生系統を異なるCO2 環境で育成した.根 粒を着生する野生型では種子生産は高CO2 で促進され,
非着生系統では促進されないという予想どおりの結果が 得られ,窒素固定植物での高CO2 環境での種子生産の 促進には窒素固定が不可欠であることを示した(図
4
).「高CO2 環境での種子生産の促進には窒素獲得の増加 が必要である」という論理には,暗に「種子の窒素濃度 が大きく変わらない」ということが前提になっている.
実際,筆者らの研究では高CO2 によって種子窒素濃度 が有意に変化するような結果は得られていなかった.し かし,ほかの論文の結果を見ると,高CO2 により種子 図3■一年草11種における種子生産と種子窒素量の高CO2 応答
縦軸は高CO2 で育成したときの個体あたり種子生産量を通常CO2 で育成したときの値で割ったもの,横軸は高CO2 で育成したとき の個体あたり種子窒素量を通常CO2 で育成したときの値で割った もの.■はマメ科植物,●はその他双子葉植物.文献2から改変 して引用.
図4■ダイズの野生型と根粒非着生系統の種子生産の高CO2 応 答
NSは統計的に非有意,***は <0.001で有意であったことを示 す.文献6から改変して引用.
窒素濃度が変化するという報告は多数あり,筆者らの結 果とは一致しなかった.これは一見大きな矛盾に思えた が,よく見てみると,高CO2 で種子窒素濃度が大きく 低下する種は,イネ・コムギ・オオムギといったイネ科 の作物に限られていることに気づいた.そこで筆者らは 文献サーベイを行い,22論文から23種61実験の結果を 収集し,高CO2 環境での種子窒素濃度の変化が植物に よってどのように異なるかを調べた(6).23種をイネ科,
マメ科,その他双子葉植物に分類して解析を行うと,イ ネ科では高CO2 によって種子窒素濃度が約12%(中央 値)低下するものの,その他双子葉植物では4%,マメ 科では低下しないことが明らかになり,予想どおり種子 窒素濃度の大きな低下はイネ科に限られることが示唆さ れた(図
5
).高CO2 での種子生産の増加に対する貢献 度を調べてみると,マメ科を含む双子葉植物では,大半 が窒素獲得量の増加によって説明された.一方,イネ科 では,窒素獲得量の増加と種子窒素濃度の低下の貢献が 半々であった.イネ科と双子葉植物でなぜ種子窒素濃度の高CO2 応 答が異なるのか,その理由は明らかではない.仮説とし ては,イネ科の種子が有胚乳種子であるのに対し,多く の双子葉植物の種子が無胚乳種子であるという説明が立 てられる.無胚乳種子では,種子のほとんどの部分が子 の組織であるのに対し,有胚乳種子では,種子の大半を 占める胚乳が親由来の組織である.親由来の組織の組成
はCO2 などの環境に応じて変化するが,子の組織の組 成は一定に保たれているのかもしれない.この説明は,
無胚乳種子であるオオオナモミにおいて,子の組織であ る種子の生産が高CO2 に応答せず,親由来の組織であ る果包の生産が応答したことも説明できる.現在,この 仮説を検証するための研究を行っている.
天然CO2 噴出地
世代をまたぐような超長期的なCO2 上昇への応答は,
今後の生態系の変化を予測するうえで重要な情報である が,実験的に長期間,しかも生態系全体を高CO2 環境 にさらすことは非常に労力とコストがかかる.地球上の 大気CO2 濃度はほぼ均一であるが,例外的に高CO2 環 境が維持されているとして注目されているのが天然CO2 噴出地である.天然CO2 噴出地はその名のとおり,地 下からCO2 が噴出してくる場所のことである.CO2 噴 出地は南ヨーロッパや環太平洋など火山活動が盛んな地 域に分布しており,火山ガスがCO2 源であると考えら れている.CO2 噴出地の多くはCO2 を多量に含んだ地 下水が地表に出現し(いわゆる炭酸泉),圧力の低下に 伴ってガスを放出している.CO2 が穴から直接噴出し ているケースもあるが,日本では多くはない.
これまで最も多く植物学・生態学的研究に用いられて きたCO2 噴出地はイタリアのものである.イタリアに は Bossoleto, Laiatico, Solfatara といったよく知られた CO2 噴出地があり,この3つを利用して行われた研究の 延べ数は60を超える(7).
日本の天然CO2 噴出地を生態学的な観点から初めて 考察したのはCookら(8) である.彼らは日本の温泉・鉱 泉のデータベースをもとに炭酸泉かつ冷泉(20度以下)
の泉源が54カ所あることを指摘し,日本がCO2 噴出地 研究として有用であることを示唆した.
筆者らがCO2 噴出地の存在に気づかされたのは,
1997年に青森県八甲田山麓で起こった陸上自衛隊の夜 間訓練中の事故によってであった.ブナ林内にあった直 径約25 m,深さ約8 mの穴(通称ガス穴)に夜間訓練 中の隊員が落ち,内部に充満していたCO2 によって亡 くなるといういたましい事故であった.以後,弘前大学 の鶴見 実教授のグループにより,八甲田周辺の地質学 的調査が行われ,ガス穴のほかにもCO2 噴出地(龍神 沼・湯ノ川)があることが明らかにされた(9).
筆者らのグループでは,小野田雄介(現 京都大学)
がCO2 噴出地の植物に興味をもち,有用なCO2 噴出地 の探索を始めた.「有用」と書いたが,生態学研究では 図5■イネ科,マメ科,その他双子葉植物の種子窒素濃度の高
CO2 応答
高CO2 で生産された種子の窒素濃度を通常CO2 濃度で生産された 種子の窒素濃度で割ったもの.箱ヒゲ図は,太線が中央値を,箱 が四分位点を,ひげが 10, 90 パーセンタイルを示す.文献6から 改変して引用.
CO2 が出れば良いというわけではない.第一に,高CO2 域が十分に広く,かつその中に植物が生えていなければ 植物の研究はできない.第二に,CO2 以外の要素の影響 が小さい必要がある.たとえば,硫化水素などの有毒ガ スが含まれていると,その影響のほうがCO2 の影響よ りも大きい可能性がある.彼は龍神沼と湯ノ川だけでな く,山形県に丹生鉱泉を見つけ,サイトの環境記載と生 育植物の解析を行った(10).筆者らはさらに秋田県小坂,
山形県朝日のCO2 噴出地を発見し,そしてCookら(8) が 記載した富山県林道のCO2 噴出地を利用している.
ここでは八甲田にある龍神沼と湯ノ川のCO2 噴出地 を簡単に紹介しよう.2つのサイトの間は約1 km離れ ており,由来となる水源が同じである可能性がある.龍 神沼では,小さな丘の麓付近の数カ所から湧水が出てお り,この水に多量のCO2 が含まれている(図
6
a).湧水 が斜面を駆け下りるのに伴い多量のCO2 が放出されて おり,近づくと数千ppmという高い濃度が見られるこ ともある.湧水の周辺では常時高CO2 濃度が維持され ている.湯ノ川は谷頭に出現する湧水が起源の川である(図6b).川の中の数カ所で湧水が起こっている.川周 辺の大気CO2 濃度は極端に高くはないが,広範囲の面 積で500 ppmを超えている.また,数百m下流でも,
瀬の付近ではCO2 が放出され,高CO2 域が生じている.
CO2 噴出地の話をすると,よく聞かれるのが「高CO2 域に特有な植物はあるのか」ということである.残念な がら,そのような植物と指摘できるような種を筆者らは 見つけられていない.CO2 噴出地の高CO2 域の植生は,
周囲の植生と同様であることもあるし,若干変わってい ることもある.CO2 噴出地は特殊な地形にあることか ら,植生の変化がCO2 のせいなのか別の原因によるも のなのかを特定することは難しい.ただし,上述した八 甲田山ガス穴の植生からは,CO2 上昇と植生の関係につ いて貴重な情報を得ることができる可能性がある.
CO2 を噴出しているガス穴(穴A)から60 m離れた場 所には,若干サイズが小さくCO2 が噴出していない別 の穴(穴B)がある.上述の事故が起こった後,さらな る事故を防ぐため,ガス穴周辺のブナ林は2000年にほ とんどが伐採された.それまで暗い林床下にあった穴A とBの植生は貧弱なものであったが,光環境の改善に よって二次遷移が進行している.われわれは2003年に 青森県の許可を得て両穴で植生調査を行った(11).その 結果,両者の間で種組成に大きな違いはなかったもの の,ミノボロスゲというカヤツリグサ科の植物が高CO2 環境で多いという結果を得た.このことは,高CO2 環 境を好む植物がいることを示唆する.また,興味深いこ
とに,C4 植物であるススキが両穴で見られた.C4 植物 はCO2 濃縮機構をもち,低CO2 環境では有利であるが,
CO2 濃縮にコストがかかるため,高CO2 環境では不利 であると予想されている(1).にもかかわらず高CO2 域 に侵入できるということは,そのような予想が外れるか もしれないということを示唆している.
現地の高CO2 域において植物の生理・形態的な性質 が通常CO2 域とどのように違うのかは,世界各地の CO2 噴出地で多くの研究者によって調べられてきた.
小野田(7) はCO2 噴出地を利用した研究のレビューを行 い,定量的な解析を行った.詳細は論文を見ていただく として(どなたでも閲覧可能,http://ci.nii.ac.jp/naid/
110006419251),内容を要約すると,生育CO2 濃度にお ける光合成速度は35%増加するが,同じCO2 で比較す ると光合成能力は19%低下しており,ダウンレギュ レーションが起こっていることが示唆された.そのほ か,窒素濃度や気孔コンダクタンスの低下,葉面積あた 図6■龍神沼 (a) と湯ノ川 (b) の風景とCO2 濃度
図中の数字はCO2 濃度を測定した地点を示す(龍神沼の5と6は 写っていない).写真は筆者撮影.CO2 濃度データは文献10から 改変して引用.
りの葉重 (LMA) の上昇など,高CO2 実験で見られた ような生理・形態的変化がCO2 噴出地でも起こってい ることが明らかにされている.
CO2 噴出地研究で難しいことの一つが,比較対照と してのコントロール地や植物をどのように設定するかと いうことである.野外であるため,光環境など環境のバ リエーションが大きいこと,CO2 噴出地の地形が特殊で あること,狭いために反復が取りにくいことなどさまざ まな問題がある.特に光環境や土壌の栄養条件は植物の 性質に大きな影響を与える.もちろん研究者はできる限 り似たような場所を選んでコントロールとするが,完全 に同じ場所を選ぶことは難しい.そこで長田典之ら
(現 北海道大学)は,環境のバリエーションが大きいこ とを逆手にとり,CO2 噴出地周辺のさまざまなCO2・ 光・栄養条件の場所に多数のプロットを置き,重回帰分 析によってそれぞれの環境が葉の性質に与える影響を定 量的に抽出するという研究を行った(12).対象としたの は八甲田の龍神沼と湯ノ川で,両CO2 噴出地周辺に多 く見られたオオイタドリを材料とした.22プロットを 設定し,うち7プロットが高CO2 域であった.その結果 明らかになったことは,多くの葉特性に対して最も大き
な影響をもっていたのは光環境であるということだった
(図
7
).CO2 の効果も多くの形質に対し有意な効果をも ち,生育環境での光合成速度やLMAの増加,窒素濃度 の低下を引き起こしていた.特筆すべきは光合成のダウ ンレギュレーションで,CO2 と栄養条件の交互作用が有 意であった.これは貧栄養のときのみダウンレギュレー ションが起こっているためであった.このほかにもさま ざまな形質に対して環境条件の交互作用が見られ,野外 においては環境要因が複雑に影響していることが明らか となった.CO2 噴出地では長期間高CO2 域が維持されているた め,もし高CO2 環境が選択圧となるならば,高CO2 環 境に適応した植物が局所的な進化を起こしていると期待 できる.植物の生理・形態的性質は生育環境に敏感に応 答するので現地でいくら調査をしても生育環境の影響を 分離することはできず,進化が起こっているかを明らか にすることはできない.このため,植物を移植し,同一 環境で育成して,性質に違いが現れるかということを調 べる必要がある.このような実験を共通圃場実験 (com- mon-garden experiment) と呼ぶ.小野田らは龍神沼と 湯ノ川周辺の高CO2 域と通常CO2 域からオオイタドリ 図7■八甲田龍神沼と湯ノ川周辺に おけるオオイタドリの葉形質の環境 依存性
左のカラムは光環境に対してプロッ トし,右のカラムは,形質と光環境 の回帰直線から形質値を引いた残差 をCO2 濃度にプロットしたもの(光 環境の影響が大きいため,光環境の 影響を差し引いたものだと理解して いただきたい).黒塗りは高CO2 環境
(500 ppm以 上),白 抜 き は 通 常 CO2 環境,丸は貧栄養,四角は富栄 養.カルボキシル化速度は光合成の ダウンレギュレーションの指標で,
この値が下がっていればダウンレ ギュレーションが起こっているとみ なされる.カルボキシル化速度は富 栄養では高CO2 でも相対的に高いが,
貧栄養では高CO2 で下がる傾向にあ る.文献12から改変して引用.
を,丹生鉱泉周辺からオオバコを東北大学の実験圃場に 移植・育成し,葉形質の研究を行った(13).その結果,
湯ノ川の高CO2 域に生息するオオイタドリは通常CO2 域に生息するものに比べ気孔コンダクタンスが低いこと など,いくつかの形質に有意な差が見られることを見い だした.さらに筆者らは丹生鉱泉のオオバコについて詳 細な解析を行った(14).高CO2 域から通常CO2 域までさ まざまなCO2 濃度域に生息していたオオバコを実験圃 場に育成し,成長解析を行った.その結果,光合成速 度,気孔コンダクタンス,葉重/根重比などに生息域 CO2 濃度に依存した違いが見られた(図
8
).葉重/根重比については移植後第2世代でも違いが見られ,これら の違いが遺伝的な違いであることを確認した.さらに,
遺伝子マーカーを用いて集団遺伝学的解析を行ってみる と,高CO2 域と低CO2 域の間で遺伝的距離が若干離れ ており,遺伝的分化が起こっていることが示唆された.
これらの結果は,丹生鉱泉の高CO2 域で局所的進化が 起こっていることを示唆する.筆者らはさらにほかの CO2 噴出地を使って同様の調査を行っている.残念な がら未発表であるため詳細は書けないが,気孔コンダク タンスの低下など,いくつかの性質については異なる CO2 噴出地,異なる種を通して共通の進化的変化が起 こっていることを示唆するデータを得ている.
おわりに
CO2 噴出地を利用した研究の結果は,高CO2 濃度が 選択圧となることを強く示唆し,また,将来のCO2 上 昇に対して植物が進化的に応答し,現在とは若干違った 性質をもつ植物が優占することを示唆している.した がって,現在の植物を使って高CO2 応答を調べている だけでは必ずしも将来を正しく予測することができない かもしれない.また,高CO2 濃度が選択圧となるとい うことは,現在の植物とは違った性質をもつ植物を創り 出すことによって,将来の環境における植物生産を増大 させる可能性があることも意味する.現在筆者らは分子 生物学や生物情報学の導入によって植物の生理生態的性 質を改変し,将来の高CO2・温暖化環境に適応的な作物 を創出することを目指している.
謝辞:本研究は文科省科学研究費新学術領域研究「植物の高CO2 応答」・ 若手研究 (S), 科学技術振興機構CRESTの補助を受けた.
文献
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横軸は採取地のCO2 濃度で,植物は実験圃場にて高CO2 濃度
(○)と通常CO2 濃度(●)で育成された.文献14から改変して 引用.
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プロフィル
彦坂 幸毅(Kouki HIKOSAKA)
<略歴>1990年東北大学理学部生物学 科卒業/1995年東京大学理学系研究科植 物学専攻修了,博士(理学)/1995年東北 大学理学研究科助手/1999年同助教授/
2010年東北大学生命科学研究科教授,現 在に至る<研究テーマと抱負>植物の生理 生態学(環境適応・環境応答・モデリング など)<趣味>音楽