奈良教育大学学術リポジトリNEAR
音階感覚の発達に関する研究
著者 福井 一, 松窪 洋子
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 41
号 1
ページ 75‑86
発行年 1992‑11‑25
その他のタイトル A Study of Cognition of Melodic Scale
URL http://hdl.handle.net/10105/1749
音階感覚の発達に関する研究
福 井 ‑ ・松 窪 洋 子*
(奈良教育大学音楽教室) (平成4年4月28日受領)
1.は じ め に
私達は、ある音の流れを旋律として認識するとき、各自が経験上獲得してきた内的な音楽的知 識や処理の枠組みとの関係で判断する。つまり、旋律を構成している各々の音は、個々独立に判 断されるのではなく、その昔が組み込まれている旋律の他の音との関係、さらにまた組み込まれ ている音階という枠組み、またはスキーマとの関係で判断されていると考えられる(三雲・梅本、
1990)。このような鋳型となる音階感覚(調性感)は、旋律を聴くその時点における文脈によっ ても異なるが、より大きくはその人の成長してきた文化の音楽環境によって形成された音楽的な 認知システムによって異なる(梅本・三雲、 1989)。
ところで、子どもが日本語を獲得する過程は、単に言語の発達だけでなく、日本語に関わる音 楽特性をも、合わせて獲得していく過程とも深く関わっている。子どもはある文化で用いられて いる音、昔と音の関係・構造化の様相、意味、などを特別な音楽教育を受けることなく学び、自 らもそうした関係・構造を音に対して為すすべを、意識するしないを問わず身につけていく。つ まり加齢につれて音楽的な文化化をとげていくのである。それは感覚一運動系だけでなく、より 高次の中枢系を介した主体的な"内的知識"の獲得の過程と考えられ、人間の認知的活動として の音楽の側面を強く印象づける。この意味で、音楽は言語と共通した面をいくつか備えている (阿部、 1988)c
このように、音楽的発達は言語の発達に喰えられるが、同じ言語の発達でも、母国語を話す能 力では、多くの言語心理学者の研究(例えばBrown, 1974)にみられるように、明確な発達段階 がみられ、その順序は規則的である。しかし、外国語を話す能力は、子どもが特別な環境に置か れるか、特別な訓練でも受けない限り発達しない。また発達したとしてもそれは学習の過程を示 すもので、いわゆる発達とは異なる。
以上の様な観点から音楽的発達をみたとき、母国語の習得と同じとみなす考え方も出来うる一 方、特別な訓練を経ない限り発達しない外国語の学習と同じとみなす考え方も可能である。しか し音楽的発達といっても、特別な楽器の演奏能力のように明確に学習に依存するものもあれば、
歌唱力や音楽的な諸概念あるいはメロディやリズムの認知のように、かなり一般的な発達プロセ スに近いものまで、さまざまな領域が含まれている(梅本、 1979)c
スローン(Sloan, 1973)は、音階についての概念が7歳から10歳にかけて発達し、ピアジェ の発達段階と同じ経過をたどること、また、特別な音楽の訓練をうけなくても音階概念の発達に
・和歌山市立場滝小学校教諭
75
76 福 井 ‑ ・松 窪 洋 子
認知発達と同じ一般性がみられると述べている。いずれにせよ従来から、我国の子どもたちも日 常生活の中で、日本の音階感覚(調性感)という知識を、無意識のうちに身につけていると考え られてきた。現代の日本は高度の情報化社会であり、あらゆる音楽ジャンルがテレビやラジオと いった諸メディアを通じて、私たちの音楽生活に浸透してきている。岩井(1986)は、 CMソン グやマンガソングを歌唱する子どもは85%以上にのぼり、高い時好率(70%以上)ともあわせ て、マスコミ音楽の影響は少なからぬものがあるとしている。
このようなマスコミ音楽の主流は、明治以降に入ってきた西洋のクラシックの音楽構造をもっ たものであり、その昔階は全音階である。また日本の学校教育で採用されている音楽の大部分も そうした構造にもとづいたものであり、日常のテレビやラジオやレコードから聞こえてくる音楽 も、大部分が全音階か、それを日本風に少し変化させた音階(ヨナ抜き音階)によっている。し かしこの様な状況でも、日本の伝統的な音階構造による音楽は執劫に存在し続けているのであり、
われわれは様々なジャンルの音楽を楽しんでいる。
星野・阿部(1981、 1984)は、性格の異なる2つの音楽を受容できる日本人の音楽認知につい て研究をおこなっている。彼らは、人はどのような音高列をメロディとして容認しやすいのか、
すなわちどのような構造をもつメロディが容認可能なメロディであるのかを探るために、印象評 定及び記憶の実験をおこなった。結果は、メロディの容認可能性と記憶成績との間に高い正の相 関があることが明らかとなり、またそれらは「調性」と呼ばれる概念と密接に関連している可能 性が示唆された。しかし、目的とした音高列構造上の特徴とそれらとの間には明確な対応関係を 見つけ出すことができず、また、それらの反応測度は認知の個人差を反映させ得るはど敏感な行 動指標ではないことも分かった。
そこで彼ら(1984)は、研究上の手掛かりを「調性」に求め、かつ反応測度としてメロディ上 の「予測」を採用した。 「調性」の定義は「楽曲における特定の音高の支配性を指す」 (林、
1977)とされており、あくまでも人間の意識体験を基盤にした概念であることが指摘される。彼 らは、この「楽曲における特定の昔高の支配性」の心理的実在性を、終止音導出法を用いて実験 的に検証することを試みた。大学生を被験者として行われたこの実験の結果、旋律としての容認 性が高くまた記憶成績もよい旋律に対しては、終止音反応がある少数の特定者高(中心音)に集
中する傾向があり、逆に、旋律らしくなくまた記憶成績も悪い旋律はど途中で導出される終止音 は不安定で、いろいろな音高に変動・拡散する傾向があることがわかった。換言するならば、人 間は、中心音を兄い出しやすい音高列を容認可能性の高いメロディと感じ、反対に、兄い出しに
くい昔高列を無機的音列と認識する、と解釈された訳である。
また、この被験者がこのメロディに対して導出した終止音の多くは、全音階あるいはヨナ抜き 音階の長旋法にあたり、現代日本の大学生のメロディ認知はほぼ全音階的(あるいはヨナ抜き音 階的)枠組みの下でなされているということが示唆された。
また、邦楽、洋楽それぞれの熟達者に対して短いメロディ(3音列272種)からの終止音を導 出させた実験(星野、 1985)では、両者の反応にはともに強い調性的スキーマへの依存性が認め られるが、それぞれのスキーマの性質は大きく異なるというものであった。洋楽熟達者はほとん どを全音階の主音へ終止したのに比べ、邦楽熟達者では各種の日本音階の主音および核音へ終止 する例がかなりみられた。これらの結果から、彼らは日本人がメロディを認知する際の処理枠と して、 A.完全4度関係に敏感で邦楽熟達者に強く備わっているとみられる「テトラコルド枠」
と、 B.完全5度関係に敏感で洋楽熟達者に強固に働くと患われる「ペンタコルド枠」の2種の
系列からなる認知スキーマモデルを提唱している。そしてAからは民謡音階、律音階、都節音 階、琉球音階の各日本音階スキ‑マ、 Bからは長音階、短音階の全音階スキーマが想定されると
している。彼らは、日本人はこのA・B両系列の処理枠を多かれ少なかれともに身につけており、
その意味でバイ・ミュージカル(二重音楽的)な耳をもつといえるのであると説明している。
これら一連の実験は、大人(大学生)を対象にしたものであり、バイ・ミュージカルな耳がつ くられていくプロセスに注目した発達的な研究は、末だ行なわれていない。これまでの研究でも、
幼児や児童を対象とした旋律に関する研究は少なく(Zenatti, 1969, 1976; Dowling, 1987;田中、
1975;大久保他、 1972;藤田、 1975)、音楽知覚の分野で今後の研究が特に望まれるテーマの一 つ(菅・梅本、 1982)でもある。音楽的文化化を最もよく表す調性感の獲得(星野、 1989)の様 相を発達段階に即して知ることにより、メロディ認知を促進する処理枠として音階構造様相の
「認知スキ‑マ(全音階スキーマ及び日本の音階スキーマ)」が、どの年齢から形成されているの かを調べる必要がある。
そこで本実験では、日本的メロディ、及び非日本的(西洋的)メロディをききとる音階感覚 (調性)の獲得の様相を、幼稚園児、小学生、大学生という発達段階に即して解明したいと考え た。また音階感覚は従来、子どもの言語習得と同じように無意識に習得されるものであり、特別 な音楽学習経験には影響されないと言われてきたが、はたしてその通りであるかという検証も合 わせて行なった。
2.方 法 2.1被験者
奈良市内にある私立親愛幼稚園、及び奈良教育大学教育学部付属幼稚園の3歳児、大和郡山市 立郡山北幼稚園の4歳児と5歳児、大和郡山市立片桐西小学校の2年生、 4年生、 6年生、奈良 教育大学教育学部の一般の学生、及び音楽専攻の学生である。それぞれの被験者数は表1の通り である。なお、幼稚園、小学校での音楽教育以外の特別な音楽教育(ピアノ、エレクトーン、バ イオリンなどのレッスン)を受けている被験者、及び音楽専攻の学生を「音楽経験豊富群」とし、
それ以外の被験者を「音楽経験の浅い群」としてまとめた。
2.2 実験期日
1991年9月中旬から、 11月上旬にかけて実験を実施した。
2.3 刺激材料
本実験では、 4音音列6種類の刺激メロディを用意した。 4昔昔列としたのは、幼稚園児に とって記憶しやすい音の数であり、調性のある音パターンとして表現し得る最小の数(藤田、
1975)として適当であると考えられるためであるO また、本実験での研究は、音楽の旋律的側面 のみに焦点をあてたものであるため、刺激音列はすべて同一リズム、拍子になるよう作成した。
さらに、各音列の最高音と最低音との間の音程幅を同一にし、また旋律線(melody contour) を一定(上行的)になるよう作成した。譜例(1‑6)に、実験に用いた6種の4音音列を表す。
それらの昔列はA‑Dが日本的、 E〜Fが非日本的(西洋的)と考えられるものである。日本的
音列については、小泉(1958)に基づいて特徴音を抽出し、旋律型を作成した。一方、西洋音階
78 福 井 一・松 窪 洋 子
表1 被 験 者 数
学 年 音 楽 経 験 浅 い 群 (男 、 女 ) 音 楽 経 験 豊 富 群 (男 、 女 ) 合 計
3 華 児 2 4 ( 16 , 8 ) 16 ( 4 , 1 2 ) 4 0
4 歳 児 3 0 ( 18 , 12 ) 10 ( 2 , 8 ) 4 0
5 歳 児 1 8 ( 1 2 , 6 ) 2 2 ( 8 , 1 4 ) 4 0
小 2 3 6 (2 2 , 14 ) 2 2 ( 6 , 1 6 ) 5 8
小 4 3 2 (2 4 , 8 ) 2 6 ( 4 , 2 2 ) 5 8
′ト 6 3 6 ( 24 , 12 ) 20 ( 4 , 1 6 ) 5 6
大 学 生 7 8 4 0 1 18
合 計 2 5 4 1 5 6 4 10
日本的メロディ
譜例1.民謡音階
譜例2.律音階
譜例3.都節音階
語例4.沖縄音階
非日本的(西洋的)メロディ
譜例5.長調
譜例6.短調
についても、長調・短調の特徴を抽出し作成した。音列の音階特性はA.民謡音階 B.律音階 C.都節音階 D.沖縄音階 E.長調 F.短調である。
それらの6種の音列刺激を一対比較法により、 "どちらがより日本的と思うか"を判断させた。
一対比較法による各問の間は12秒とし、 1曲目と2曲目の音列の間は4秒とした。音列の各音 は、テンポ毎分98で提示されるようにした。音刺激の音色は、できるだけ中性的(「日本的」や
「西洋的」なイメージをもたないもの)と患われる音色を選んだ。
2.4 装 置
音刺激材料は、パーソナルコンピューターを用いて合成し、テープレコーダーにダビングしス ピーカーにより提示した。なお実験の際は、被験者が聴き易いと思われる音量で提示した。
2.5 手続き 2.5.1幼稚園児
実験は、オーディオ装置を設置した部屋で、幼児1人1人について個人面接でおこなった。幼 児を部屋に導き入れた後、リラックスさせ、幼児に対して、日本の人形(髪の毛・目の色が黒く、
着物をきている)と西洋の人形(髪の毛が金髪で目の色が青く、ドレスをきている)を示し、幼 児と一緒に日本と外国(アメリカ)についての話をした。次に「これから2つ(初めと終わり)
のお歌を聴いてもらいます。 2つのお歌のうち、どちらの方が日本のお歌(日本の人形を示す) かな、と考えて下さいね」のように教示を与えた。幼児の回答は、検査者が回答用紙に記入した。
2.5.2 小学生及び大学生
実験は、各学校において教室内で集団でおこなった。まず、被験者の音楽経験についての調査 項目に記入してもらった後、被験者に対して「これから、みなさんに日本の音楽と外国(西洋)
の音楽について考えてもらいたいと思います。それぞれの音楽は、 4つの昔からなる短いメロ ディです」と教示を与えた。次に、回答用紙を示し「これからしていただくことの説明をします ので、回答用紙を見ながらよく聞いて下さい」、 「回答用紙に、 1曲め・ 2曲めと書いてあります ね。これから、 4音の短いメロディを2つ聞いてもらいます。 2つのメロディを聞き終わった後、
どちらがより日本的と思うかを判断して下さい」と教示を与えた。さらに、回答例を提示しなが ら「次に、答え方の例を見て下さい。例えば、 1曲めの方が日本的だと感じたならば、このよう に1曲めの欄に○印をっけて下さい。もし2曲めの方が日本的だと感じたならば、 2曲めの欄に
○印をつけて下さい」のように、具体的に回答用紙の記入方法を説明した。
被験者から質問が出たらそれに答え、出なければ「このような問題が15問あります。 15問す べてについて、同様に答えていただきます」と教示した。さらに、 「答えが正しいとか、間違っ ているといったようなことはありませんので、あまり考え込まずに自分の感じたまま記入して
いって下さい。また、必ずどちらかに決めて○印をつけて下さい。途中で問題をとばしたりせず に15間全てに答えてください。メロディはそれぞれ1回ずつしか流れませんから、よく聴いて 下さい」と教示した後、実験をおこなった。
なお、この実験は第1次・第2次と2回の実験をおこなった。第1次と2次とでは、各問の提
示順を逆にすることにより印象の平均化をはかった。
80 福 井 ‑ ・松 窪 洋 子 3.結果と考察 3.1結 果
全ての実験データは、コンピュータ‑を用いて処理を行なった。分析方法は、 Thurstoneの Case‑5によった。それぞれの尺度値の結果をユークリッド距離化したものが図1 (1‑5)で ある。なお、求められた尺度値については、実測値P (選択比率)と計算された尺度値から再現 されたPとの相関関係から、内的整合性を検討した。その結果、 3 ‑ 4 ‑ 5歳児、小学校2年 生、幼稚園児の音楽経験浅い群、豊富群以外はすべて5 %水準で有意差が認められた。
3.2 考 察
3.2.1幼稚園児について
3歳児においては、西洋的音列(長調、短調)を日本的と判断し、日本的音列(民謡、律、都
3 歳 児
C A B D E F
‑0 . 25
r.m‑j
BE
0 . 25
* ‑0 . 25
的 5 歳 児
r
DFE
0 . 2 5 0 . 25
図1‑1 各対象の尺度値の図示
数値が高いほど日本的であり、数値が低いほど非日本的である。
・jim.i¥ 転 巳 Fj
DBAC
‑0 . 25
非 幼 稚 園 女 子
F BD EC
0 . 2 5
a a
‑0 . 25
幼 稚 闇 音 楽 経 験 浅 い 群
D B
‑0 . 25
5X3 愚 問 ・m¥m;.MA 日 間
BE CF
‑0 . 25 0 . 25
本 詑 節縄詞詞 圏削Ymm%函 緒 転縄調調 品 鮎
L r
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︻XI bu
図1‑2 各対象の尺度値の図示
数値が高いほど日本的であり、数値が低いほど非日本的である。
小 学 校 2 年 生
D F A B E C
‑0 . 25
小 学 校 4 年 生
D F E
0 . 25
日
B C A 本
本 ‑0 . 25
的 小 学 校 6 年 生
D F E
0 . 25
‑ 0 . 25
蝣!サ1
結 節 沌 詞 謝
恩 鮎 E ォ a ] a 抑
i 8 ハ L D P b h l
図1‑3 各対象の尺度値の図示
数値が高いほど日本的であり、数値が低いほど非日本的である。
小 学 生 男 子
ab
‑0 . 25
非 小 学 生 女 子
0 . 25
C E】
‑0 . 25
本 小 学 生 音 楽 経 教 浅 い 群
D F E A B 的
‑0 . 25
小 学 生 音 楽 経 験 皇 宮 訂
D F
‑0 . 2 5
E A B c 0 . 25
誰 節 縄 調 調 民 律 都 沖 長 短
本
図114 各対象の尺度値の図示
数値が高いほど日本的であり、数値が低いほど非日本的である。
・fimmiヨ
n f B A C
‑ 0 25
大 学 生 音 楽 宗至 験 汚 い 群
E D
本 ‑0 . 25
的 大 学 生 音 楽 経 験 豊 富 訂 E D
F B
0 . 25
日
A c 本
0 . 2 5
ど B
‑ 0 . 2 5
習 玩EMS智
民 律 雛 沖 長 短
i 8 C D E b . l
図1‑5 各対象の尺度値の図示 l
数値が高いほど日本的であり、数値が低いほど非日本的である。
82 福 井 ‑ ・松 窪 洋 子
節)を非日本的と判断していることが分かる。しかし、 4歳、 5歳と年齢が上昇するにつれて、
都節、そして民謡を日本的と判断し、長調・短調を非日本的と判断する傾向が見られる。西洋的 音列の中でも、長調は4歳頃から、短調は5歳頃から非日本的と判断されており、同じ西洋的昔 列でも、長調の方が短調よりも、非日本的(西洋的)と判断しやすいのではないかと思われる。
このように判断された原因は、短調のメロディの方が長調の昔列よりも「暗い・悲しい」感じを 具備しているため、日本の人形と西洋の人形を見た時に、西洋の人形のように明るく華やかなイ メージを持っていない日本人形のイメージと、短調の音列とが結びつけて考えられたためではな かろうか。
また、 3歳、 4歳、 5歳児とも、律を非日本的と判断する傾向がある。これは幼児にとって、
陽音階である律の刺激音列が長調にも聞こえやすかったためではないかと恩われる。
以上3歳、 4歳、 5歳児の結果をまとめてみると、年齢が進むにつれて、日本的音列及び非日 本的(西洋的)昔列を聞きとる音階感覚が身につきはじめる傾向があると思われる。特に、 4歳、
5歳児については、都節・民謡をより日本的と判断していることから考えると、西洋的音列より も日本的音列を聞きとる音階感覚をより身につけている傾向がある。
音楽経験の「浅い群」と「豊富群」とに分けて比較してみると、 「豊富群」は「浅い群」より も、都節・民謡を日本的と判断している。また、 「浅い群」では長調・短調を日本的と判断して いるが、 「豊富群」ではやや中間的に判断している。これらのことから、幼稚園児においては、
音楽経験の豊富な子どもの方が浅い子どもよりも日本的、非日本的(西洋的)音列を聞きとる調 性感覚を身につけている傾向がうかがえる。しかし、 「浅い群」と「豊富群」との間には、統計
的有意差はみられなかった。
幼稚園児の実験結果で内的整合性があると認められたのは、幼稚園男子と女子の結果であった。
これらの男女差を検討してみると、律と沖縄を中間的と判断し、長調・短調を日本的と判断して いる点においては同じであった。しかし、日本的と判断された長調、短調においては、男子では 短調をより日本的と判断しているのに対し、女子では長調と短調をほぼ同じく日本的と判断して いる。このように長調と短調を同じものと判断する傾向は5歳児の結果とも類似しており興味深 い。また民謡・都節は、男子より女子の方が日本的であると判断している。このような男女差は 何から生じるものなのであろうか。音楽経験の調査によると、女子には幼稚園で歌われる歌(揺
とんど長調の曲)が好まれる傾向にあり、またわらべ歌を男子と比べて、歌うことが好きである。
それに対し男子は、テレビ主題歌のマスコミ音楽(長調、短調、ヨナ抜き、日本音階と多様)を 好む傾向があるという報告(乾、 1973)がある。このように、男子と女子の音楽に対する興味の 違い、親しみの違いが、結果に何らかの影響を及ぼしたのであろうか。
3.2.2 小学生及び大学生について
小学校2・4・6年生および大学生において共通して言えることは、沖縄と短調を非日本的と 判断していることである。沖縄音階は、インドネシア、ヴェトナム、カンボジア、チベットなど にも見られ、日本(本土)の音楽とは異なる独特の性格をもつ(小島、 1981)ため、 「沖縄」は、
日本的とは判断されにくかったのではと思われる。また、小泉(1958)によれば、日本音楽の音
階には、民謡音階・律音階・都節音階・沖縄音階の4種が考えられるとされているが、子どもた
ちによって遊びなどの生活の中で歌われているわらべ歌は、民謡・律・都節の3種のテトラコル
ドを中心とする音階からできているため、 「沖縄」の昔列は日本的とは判断することが難しかっ
たのではないかと考えられる。これらのことを考え合わせると、 「沖縄」が非日本的と判断され
たことについては当然の結果であると考えることができるであろう。
もう一点、小学生および大学生で共通して言えることは、都節が日本の刺激者列の中で、最も 日本的であると判断しやすいということである(4歳・ 5歳児についても同様のことが言える)0 この結果は、阿部・星野(1985)の邦楽、洋楽それぞれの熟達者に対して、短いメロディ(3昔 列)からの終止音を導出させた実験結果と一致している。すなわち、日本的音階(民謡・都節・
律)的構造に認知されたもののうち、都節に認知される割合が一番多かったという研究結果を支 持している。これらのことから推測されることは、日本音階の中では都節が一番なじみが強く、
日本人のもっ最も基本的な音階感覚をあらわしているのではないかということである。小島 (1981)は、わらべ歌や民謡などに最も多く使われ、日本人にとって最も自然な音階感覚は民謡 音階であると説明している。しかし本実験および阿部・星野(1985)の実験においては、都節が 日本的音階の中で最も日本的であると判断された。この点については今後さらに究明する必要が あると思われる。
次に小学生における男子、女子の違いについては、沖縄および短調を非日本的と判断し、律・
民謡・都節を日本的と判断することができている点では男女とも同じであった。しかし、男子は 長調を日本的と判断しているのに対し、女子ではやや非日本的(西洋的)と判断しているところ に違いが見受けられる。このことは、女子の方が"音楽の授業が好き" (高尾、 1982)であると いうこと、そして女子の方が、ピアノやエレクトーンなどの楽器を習っている人数が多いためで はないかと考えられる。すなわち日本では、伝統的に女子の音楽習得を促進する社会的傾向がま だまだあり、男子は受験のための学習塾の方に重点が置かれて、音楽を進んでやりたいという児 童はごく少数にとどまる(梅本・三雲、 1989)ことも要因と考えられる。
しかしながら、小学生の音楽経験の「浅い群」と「豊富群」に分けて比較すると、結果はどち らの群もほぼ同一であり、長調を中間的と判断しているものの、沖縄・短調を非日本的、民謡・
律・都節を日本的と判断することができている。また大学生の音楽経験の「浅い群」、 「豊富群」
においても同様のことがいえる。音楽経験の「浅い群」で、短調がやや日本的と判断している傾 向がみられるが、残りは同一に(長調・短調は非日本的に、律・民謡・都節は日本的に)判断し ている。
これらのことは、日本的音列を聞きとる音階感覚、非日本的(西洋的)音列を聞きとる音階感 覚は、特別な音楽経験には規定されないことを示している。
3.3 ま と め
本実験の結果を発達段階をおって比較してみると、小学校4年生頃から、日本的音列および西 洋的(非日本的)音列を聞き分ける音階感覚を身につけている、ということが明らかになった。
換言すれば、小学校4年生頃から、民謡・律・都節の日本の音階感覚(調性)、および長調・短 調の西洋の音階感覚(調性)を身につけているということである。
この結果はZenatti (1969)の、甜性感は6 ・ 7歳頃に身につき始め、おおむね8 ・ 9歳には 確立する、という実験結果と若干の年齢の相違はあるものの、ほぼ一致するものであった。
またDowling (1987)が示唆した、旋律処理における中心者の存在は5歳ぐらいで完了する
が、音階体系は小学生の間に発達し、調性感覚も小学期に身につくという主張を実験的に裏づけ
るものであり、また小学校4年生になると、日本音楽・西洋機能和声音楽いずれの音パターンも
把握されているという藤田(1975)の実験結果を支持するものであった。
84 福 井 ‑ ・松 窪 洋 子
次に、調性感の獲得には音楽経験が影響するのかという点については、幼稚園・小学生・大学 生いずれにおいても、統計的有意差は見られなかった。これらのことから、調性感の獲得には特 別な音楽経験、訓練には関係なく、周りの文化状況からの学習、いわゆる自然におこる一般的発 達ではないかと考えることができ、 Sloboda (1985)はこのことを文化化と説明している。しか し現実の音楽発達の場面から訓練の要素を完全に除き去ることは不可能であり、また、どんなに 特殊な訓練下でも周りの文化状況や一般的発達からのインパクトを避けることもできないのでは ないかと思われる。何をもって音楽経験がある・なしと判断するのかについては、非常に難しい 問題である。
最後に、本実験における問題点について触れておきたい。本実験は、日本的音列、非日本的 (西洋的)音列をききとる音階感覚の発達的変化をみることを目的としたため、被験者は幼稚園、
小学生、大学生という広範囲な年齢層を対象にした。測定方法には一対比較法を用いたため、幼 児の記憶範閲のことを考慮し、刺激音列はできるだけ単純で短いものにし、問題数もできるだけ 少なくなるように作成した。しかし同一のテストで、幼稚園の子どもから成人に至るまでの広範 囲な年齢層の心理的特性を測定できるとしても、それらが同じ次元のものを測定しているかどう かについては、はなはだJL、もとないものを感じる。例えば、幼児に対して日本の音楽、外国(ア メリカ)の音楽といっても、幼児にとって日本の音楽とは前述したように、日頃よく歌う、テレ ビなどでよく耳にする音楽であり、一番身近に感じ、なじみが強い音楽を日本の音楽だと考える であろうと推測できる(もちろん日本と西洋の人形のイメージにより、判断の手掛かりとして役 立った子どももいるであろうが)、あるいは、検査者の顔色を見て答えていたかもしれない。こ のような見地から考えてみると、実験の結果を解釈するには、極めて慎重にならざるを得ないで あろう。
幼児を対象に実験をおこなう場合においては、幼児の変化、興味の示し方、疲労度など観察の 結果も参考にすべきである Carlsen (1981)によるように、 2音を継起的に呈示し、続いて予
期されるメロディを自由に歌唱させるという「産出」法、また自然な生活や遊び場面における表 現の分析なども、幼児を対象に研究を行う場合の一つの有効な方法であると思われる。これらの ことについては、今後新たな検討が必要であろう。
引 用 文 献
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A Study of Cognition of Melodic Scale
Hajime Fukui and Youko Matsukubo
(The department of music, Nara University of Education, Nara 630 Japan) (Received April 29, 1992)
In this study, we investigated an aspect of enculturation of music by examining the
cognitive ability of tonality (melodic scale) in several developmental stages oHapanese
youth. Subjects are 120 kindergarten children, 172 elementary school children ( 2 nd, 4 th and 6th grade) and 118 university students. Stimuli, made by computer, are 6kinds of 4 ‑notes melody that are consisted of Japanese types (Minyo, Ritsu, Miyakobushi, Okinawa) and non‑Japanese types (major, minor). All stimuli were presented by the method of paired‑comparison and making subjects to judge the one that is more Japanese to them.
We found the subjects above the age 10 (4th grade) have the tonality sense of judging Japanese or non‑Japanese. The subjects under this age, particularly kindergaト ten children, do not have the sense of tonality to judge. This means the tonalities have been made up by the age 10, Also, we found the experiences of learning music instruments have no effect on getting the sense of tonality.
In this experiment, We confirmed the theory that the sense of tonality develops until about the age 6‑7 and is established by at the age 8‑9, was insisted sparingly.