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新たな時代を迎える日本ワイン - J-Stage

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新たな時代を迎える日本ワイン

鹿取みゆき

フード&ワインジャーナリスト

日本ワインの定義

「日本ワイン」とはなんであるか.まずはじめにこの定義 から説明したい.現在日本においては,日本ワインという言 葉の法的な定義はない.さらに言えば「ワイン」という言葉 の定義すらないのが実情だ.日本には,ワイン,そして日本 ワインがなんであるか,さらにはワイン造りの方法を規定す る法律がないのである.

海外の主要産出国,たとえばEUにはワイン法があり,ワ インは新鮮なブドウまたはブドウ果汁を醸造した果実酒であ ることが定められている.フランスワインならば,フランス の新鮮なブドウあるいは果汁で造った果実酒のことになる.

この考え方に従うならば,日本ワインは日本のブドウから 造ったワインということになるはずだ.筆者は,日本のブド ウで造ったワインのみが日本ワインとするべきだと考えてい る.最近では,大手ワインメーカーのサントリーがプレス向 けに配布する資料で,同様の「日本ワイン」の定義を表明し ているだけでなく,新聞でも同じような言葉の使い方をして いるのが見られるようになった.本稿でも,日本ワインを日 本のブドウから造ったワインとして,話を進めていきたい.

なぜ,こんな当たり前のようなことを始めに述べるのかと いうと,日本では世界中にあるワイン産出国の常識から言え ばワインとは言えないものが,ワインとしてまかり通ってい るからだ.日本では,日本ワインという言葉に加えて,「国 産ワイン」という言葉も使われる.この国産ワインという言 葉については,業界5団体を中心に構成されるワイナリー協 会で自主基準が定められているが,日本ワインとは同義では ない.その自主基準によると,国産ワインには,①日本ワイ ン,②海外産の濃縮果汁を原料に造った果実酒,③海外から 輸入したワインをブレンドしたワインが含まれている

*

1.さ らに言えば,主要ワイン産出国では,ブドウから造った果実 酒のみをワインと定義しているが,日本の場合には,ブドウ 以外の果実から造った果実酒(たとえばウメワインやキウイ ワイン)もワインと呼べる.本稿の国産ワインの定義につい

ては,便宜的に日本ワイナリー協会のものに従うことにす る.

余談だが,ワインの生産量,消費量などの各種統計データ を調べる際にも,果実酒全体の数字は出てくるが,ワイン単 独のデータを調べるのは難しい.

日本ワインはどのくらい造られているの か?

それでは,いったいどのくらいの日本ワインが造られてい るのだろうか? 前述のように,国内で製造される果実酒の 総生産量はわかるが,ワインとなるとその正確な数字はつか めない.しかし,大手メーカーの発表する国内における日本 ワイン市場の推定データや,ワインの原料となっているブド ウの出荷量から考えると,日本ワインの年間生産量は約100 万ケース弱(1ケースは750 mlのボトル12本)だと推察でき る.そしてこの数量は,国産ワイン,輸入ワインも合わせ て,日本市場に出回っている全ワインの数量のうちのわずか 3 〜4パーセントにすぎない.

国産ワインの中で,日本ワインがどのくらいの割合を占め ているのかについては,国税庁が手がかりとなる数字を発表 している.それをもとに国産ワインの原料に何が使われてい

バイオサイエンススコープ

図1使用原料構成比(2008年度/バルクワインも含む)

*1ワイナリー協会の自主基準では,③の場合には,たとえ少量で も①か②がブレンドされていれば,国産ワインと称することがで きるとしている.ブレンド率は協会の紳士協定で5%と定められ ている.

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るのかを示したのが図

1

である.この図は,国産ワインの主 原料として使われた国産生ブドウ,海外産濃縮果汁,海外産 バルクワイン,そして国産濃縮果汁と生果汁の重量を算出し て,それらの割合をグラフ化したものである.図から見ても わかるように,国産ワインのなかで,ほんとうの「日本ワイ ン」の生産量はわずか20%ぐらいだろうと予測できる.そ して,68%という最も多くの割合を占めているのが,海外か ら輸入した濃縮果汁を水で薄めて発酵させた果実酒である.

冒頭でもふれたように,こうした果実酒は,世界各地のワイ ン産出国ではワインとして認められないものである.そし て,国産ワインにおける国産原料(日本のブドウや日本のブ ドウ果汁)の比率はここ10数年間で減少傾向にある.

日本ワインはどこで造られているのか?

日本のワイン造りが盛んだったのは,生食ブドウを中心と した昔からのブドウ産地だったが,この状況は基本的には今 も変わらない.原料であるブドウが豊富にある土地でワイン 産業が発達しやすいのは当然だともいえるが,これは日本各 地のワイナリーのなかには,生食用ブドウの規格外品の加工 所としてスタートしたところも少なからずあったことも示し

ている.

日本のワイン造り発祥の地,山梨県のブドウ栽培面積は日 本一で,日本ワインの生産量も日本一であるのは間違いな い.果実酒製造免許を取得しても,ワインを生産していない

図22009年果実酒生産量上位10県の9年間の推移

注)栃木県,岩手県,新潟県は2000年度公開資料にデータなし.

国税庁統計情報より作成

図3どこでどのくらいワインが造 られているか?

平成21 (2009) 年度製成数量合計/

71,710 kl.国税庁統計情報より作成

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製造所もあり,実際に稼働中のワイナリー約150軒のうち,

約80軒が集中している.ブドウ園やワイナリーのほとんど は,甲府盆地,とりわけ盆地の峡東部に位置している.ま た,長野県の松本盆地の塩尻市,山形県の置賜盆地の北東の 端の赤湯一帯,大阪府の南河内,中河内なども,古くからブ ドウ産地で,それが現在のワイン造りに繋がっている.

しかし,これらの古くからワイン造りに取り組んできた土 地に加えて,現在は新しい土地でも日本ワインが造られるよ うになっている.北海道の余市町,岩見沢市,三笠市,長野 県の東御市,上高井群高山村,山梨県北杜市などが,その例 として挙げられる.詳しくは後で述べたいと思う.

海外原料を含めた「国産ワイン」が生産されている場所と なると,日本ワインが生産されているところとは異なる様相 を見せている.日本におけるブドウの栽培面積(正確には結 果樹面積:収穫が可能なブドウ樹が植えられている面積)を 見ると,山梨県,長野県,山形県,岡山県,北海道の順に多 い.ところが,図

2

,図

3

で都道府県別に果実酒の生産量を 見てみると,山梨県を1位として,神奈川県,栃木県,岡山 県,長野県,北海道,山形県と続く(2009年国税庁統計情 報.果実酒にはブドウ以外の果実で造った醸造酒も含まれて いるが,ブドウを原料とした酒に比べるとはるかに微量なた め,果実酒の生産量を国産ワインの生産量として使うことが 多い).栽培面積の上位には登場していない神奈川県,栃木 県が上位を占めている.一方,2位,3位,5位を占める長野 県,山形県,北海道は果実酒の生産量では意外にも順位が低 い.

実は,神奈川,栃木,岡山の3県には,大手メーカーの製 造工場があるのだ.そこでは,海外産濃縮マストと海外産バ ルクワインを原料にした果実酒(国産ワインの範疇に入る)

が造られていることが推察できる.しかもその数量は,この 9年間でかなり増加している.これは,最近急増している,

海外原料を使った亜硫酸無添加ワインの激増の影響である.

ちなみに,国産ワインの全生産量における大手メーカーの シェアは,2001年から2008年にかけて11%増加した.

新しいワイン造りの動き――小規模ワイナ リーの激増

「世界中のワイン産地の世界地図は,この10年間,ワイン 史上かつてないほど,大きな変化を遂げた」と,世界的なワ インジャーナリスト,ジャンシス・ロビンソンは語ってい る.しかし,2000年以降の10年間の日本ワインと日本のワ イン造りの変化はそれ以上だ.それは,地図上の変化だけに 留まらない.今,日本ワインの新しい時代が始まろうとして いる.国産ワインにおいて,海外原料を使う割合が増加する 傾向があるのを前の段落で述べたが,一方で本当の日本ワイ ンを造ろうという動きが,まるでうねりのように広まりつつ ある.

まずひとつの現われとして指摘できるのは,小規模ワイナ リーの増加だ.図

4

を見てもわかるように,1999年以降の9

年間でワイナリーの総数自体はほぼ横ばいなものの,年間生 産量が13万本未満の小規模ワイナリーが大きく増加してい るのが見て取れる.割合にして,1999年の時点では60%を 占めていたのが,今や76.8%にもなっている.これに対し て,生産量が13万本以上670万本未満の中規模ワイナリーは いずれも減少傾向だ.生産量が670万本以上の大規模ワイナ リーはほぼ横ばいになる.ちなみに,2010年から2012年に かけて,小規模ワイナリーはさらに20軒ほど増えることが 予想される.

小規模ワイナリーのほとんどは,実際には年間生産量6万 本以下のワイナリーで,なかには果実酒製造免許取得の要件 である6 klにさえ達しない超ミニワイナリーもある.最近で はワイン特区を申請する地方自治体もあり,特区の許可が下 りれば2 klの年間生産量で免許取得が可能となるからだ.ま たこれらの小規模ワイナリーは,生産量に比して自社管理農 園の面積が広いのが特徴である.

「ワイン造りはブドウ作り」という言葉があり,ワインの 味わいはブドウで8割が決まるということがよく言われる.

実際,この言葉をモットーに掲げるワイナリーも多い.2000 年以前は,このモットーを本当の意味で実践しているワイナ リーはほとんどなかった.しかし,その後設立された小規模 ワイナリーの造り手たちは,モットーどおりのワイン造りを 貫こうとしている.つまり,自ら育てたブドウでワインを造 ることをワイン造りの中心に据えている生産者たちなのであ る.そして,これらの取り組みが確実に,ワインの品質向上 につながっている.

また,こうした小規模ワイナリーの経営者の中には,異業 種からの参入も見られる.何よりも注目すべきは,一個人が ワインに魅せられて,ワイン造りを自分の人生の生業として 選び,ワイナリーを立ち上げるケースが増えていることであ る.彼らの多くは,ワイナリーを設立する前に,まずはブド ウ園を拓き,ブドウの栽培を始めている.ブドウは植え付け てから基本的には3年目にならないと収穫できず,その間は 無収入あるいは他の手段で収入を得るしかない.自らリスク を負い,そうまでもしても自分の理念に従ったワイン造りを 貫こうとしている彼らは,日本ワインのイメージリーダー的 な存在で,最近の日本ワインブームの中心にいる.また,彼 図49年間でワイナリー規模はどう変わったか?

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らの動きに触発されたかのように,中規模,大手ワインメー カーまでもが,自社管理畑を拓く動きも出てきている.

新しいワイン造りの動き――栽培地の拡大 と産地の形成

先にも触れたが,日本ワインが造られている土地も急速に 増えつつある.正確に言えば,ワイン用ブドウ

*

2の産地が形 成されつつあるといったほうがいいかもしれない.というの も,日本には,世界各地のワイン産地のように,ワイン用ブ ドウの畑が集中しているところにワイナリーも集まっている

「ワイン産地」として呼べるところがほとんどない.あえて  挙げるのなら,山梨県の甲府盆地,長野県の桔梗ケ原といっ たところだろう.そのほかはブドウ園もワイナリーも各地に 点在しているというのが現状だ.しかしこの10年間は,こ うした点が増えるだけでなく,少しずつ面となって産地が産 まれていきそうな兆しが見える.

とりわけ動きが活発なのが北海道と長野県だろう.北海道 では余市町と岩見沢市と三笠市での動きが活発だ.余市町で は,他の地域ではまだほとんど見られない,ワイン用ブドウ のみで生計を立てている農家が5人もいる.おそらく他には 長野県で1人だけだろう.ここでは2010年,30代の青年が ドメーヌ タカヒコという超ミニワイナリーを立ち上げ,彼 のワインとワイナリーは一躍脚光を浴びた.これもきっかけ になって,余市町のブドウ栽培,ワイン造りがまた新たな局 面を迎えそうだ.本州では,長野県の東御市,高山村,山梨 県の北杜市が挙げられるが,いずれもワイン特区をとり,ブ ドウ園の開園や小規模ワイナリー設立の動きが活発化してい る.この4個所は気候条件にも恵まれ,今後の発展が期待さ れる.

新しいワイン造りの動き――品種の多様化

品種の多様化も最近になって顕著だ.かつては日本中どこ でも,シャルドネとメルロばかりが植えられた.確かに今で もこの2品種は北海道から九州まで栽培されている.しか し,最近ではそれぞれの土地にあった品種,新たな品種への 取り組みが盛んだ.温暖化の影響,海外の情報が入手しやす くなったこと,海外の栽培コンサルタントとの交流が行なわ れるようになったこと,消費者自体のワインの知識レベルが 上がり多様な味わいを受け入れるようになったことなどがこ うした動きの背景にある.東北や北海道の日本の北部,ある いは長野以南の標高の高い土地では,ピノノワールやソー ヴィニヨンブランといった,今まで日本ではほとんど取り組 み事例がなかったが,世界的には人気の高い品種を育てる生

産者が急速な勢いで増えており,すでにワインとしても実績 をあげつつある.また,比較的温暖な地域では,そうした気 候下で酸が残るようなスペイン産の品種(アルバリーニョ)

や南仏産の品種(プティマンサン)に取り組んでいる.生産 者の中には,苗木を導入するとしても,日本の苗木屋からで はなく,海外の苗木屋からクローンまで指定して輸入する者 も増えており,これが新たな品種の導入を成功に導いている

(日本の苗木屋から購入する場合,未だにクローンが指定で きないケースがほとんどである).

新しいワイン造りの動き――栽培の変化

変化は栽培,醸造の現場でも起きている.栽培において は,原料となるブドウ自体の品質の向上が挙げられる.日本 では,多くのワイナリーが原料であるブドウのほとんどを自 社管理畑ではなく,契約農家やJA全農(以下,JA)から購 入している.価格は重さ単位で設定されているのが一般的 で,ブドウを販売する農家としては,一定の面積あたりでき るだけ多くの収穫量を得たほうが収入は上がる.そのため,

質より量を求めるという傾向が強かった.特にJAから購入 する場合には,ブドウの出自がわからなかったり,収穫後数 日たってからワイナリーに届くといったケースも見られた.

収穫時期もブドウの熟度ではなく,農家の他のブドウや農産 物の収穫やその他の作業に合わせて決められてしまうケース も多々あった(今でもそうしたケースはある).しかし,自 社管理畑の場合には,収穫量,収穫時期だけでなく,施肥や 農薬散布の方法まで,醸造家の視点が反映される.さらに,

栽培方法についても,キャノピーマネージメント(ブドウ樹 の周辺の微気候を,剪定,枝の配置,樹間の幅の調整,除葉 など栽培管理でコントロールする)によって,より条件の良 いブドウを収穫する努力が続いている.その結果,収穫する ブドウ中の成分が変わり,ワインの味わいにも変化が生まれ ている.

一方,10年間ほどで,農家との関係を見直して,栽培に 積極的に関与したり,収穫時期,収量について,支払い条件 を明示して要望を出すワイナリーが出てきている.その後の 配送についてもJAを通さずに農家から直送する事例も増え た.実際,こうした取り組みでワインの品質にも明らかな向 上が見られる.

たとえば,赤用品種である日本のメルロというと,果実味 がなく痩せていて,青臭い,つまりメトキシピラジン(3-イ ソ ブ チ ル-2-メ ト キ シ ピ ラ ジ ン:3-isopropyl-2-methoxy- pyrazine) の匂いが強いイメージがあった.しかし最近の日 本のメルロには,青臭さばかりが目立つものは本当に減って いる.また,日本で交配育種されたマスカットベリー Aと いう品種は,甘くくどい香りがすることが多く,この香りを 嫌うワインファンも多かった.こちらについても,収穫量を 減らし,収穫時期を遅らせることで,異なるフレーバーを得 ようとする事例も増えている.

*2甲州ブドウ,デラウエアなど,生食用ブドウもワインに仕込む 日本では,ヨーロッパからもち込んだブドウをワイン用ブドウ,

あるいは専用品種という呼び方をする.

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一方,収穫時期をあえて早める試みもある.メルシャンで は,ボルドー第2大学との共同研究によって,ブドウ中に存 在する匂い物質の前駆体の量を測定して,前駆体の量が最も 多いときに収穫時期を定める取り組みを数年前から甲州ブド ウやソーヴィニヨンブランを中心に行なっている.具体的に は甲州ブドウ中のメルカプトヘキサノール(3-mercaptohexa- nol acetate) の前駆体が最も多い時期を適熟として収穫,グ レープフルーツのような香りのするワインを造ろうとしてき たのだ.同社はこの目的のため,ボルドー液の散布を減ら す,特別な酵母 (VL3) を使うという工程も取り入れてい る.メルカプトヘキサノールの量が多いからといって必ずし もグレープフルーツのような香りが強くなるとは限らない が,メルシャンから公開された情報をもとに,この造りに追 随する醸造家も出てきている(1〜3)

つまり,どんなワインを造りたいかによって「熟してい る」というコンセプトについても捉え方が多様化しており,

当然ながらできるワインのバラエティも広がっている.

また,2000年代に入ってからの世界的な自然志向の影響 を受け,日本ではほぼ不可能と見なされていた,ワイン用ブ ドウの栽培における有機的なアプローチも少しずつ始まって いる.2011年,長野県の小布施ワイナリーは,日本で初め てワイン用ブドウの畑で有機認証を受けた(同ワイナリーで は,転換中の区画も含めて,自社管理農園の約半分が有機農 法である).科学的に立証されたわけではないが,有機農法 で育てたブドウとそうでないブドウではフレーバーが異なる と,実際に栽培に取り組んでいる生産者は語っている.

新しいワイン造りの動き――醸造の変化

醸造の現場における変化も著しい.かつては中古の日本酒 用のホーロータンクを使っているワイナリーも多かったが,

醸造環境の整備,醸造機器の刷新もこの10年間で急速に進 んだ.必ずしも最新の醸造設備があることが上質なワインが できることには直結しないものの,2000年以降立ち上げら れた小規模ワイナリーの多くは,小型のプレス機や極少量 ロットで仕込める温度コントロール付きの発酵タンクを設立 当初からもっている.

醸造方法の多様化もここ10年の傾向だ.2000年代の始め から,日本では徐々に自然派ワインと呼ばれるワインが市場 に出回るようになった.日本の飲み手すべてがこうしたワイ ンを受け入れているわけではないが,今では一部の飲み手か ら絶大な支持を得ている.これが日本のワイン造りにも少な からず影響を与えている.

自然派ワインについては,明確な定義があるわけではない が,一般的には自然な農法で育てたブドウを自然に造ったワ インという意味で使われている.つまり,化学合成農薬をで きるだけ使わずに育てたブドウを,培養酵母を添加せず,自 生酵母で発酵させるという造りになる.亜硫酸塩の添加も極 力微量にするか,時によっては無添加にして,瓶詰め前のろ

過や清澄も行なわない.2000年の始めにはこうした造りを 実践する生産者は皆無に等しかった.しかし今では,世界的 に見ても自生酵母によるワイン造りは頻繁に行なわれてお り,ここ日本でも,さすがに大手ワインメーカーでは前例が ないものの,自生酵母による発酵に取り組む生産者たちは小 規模ワイナリーを中心に着々と増えている.

こうしたワインについては,程度はさまざまだが,オフフ レーバーとされてきたアルデヒド (acetaldehyde),  酢酸 

(acetic acid),  ソトロン (sotolon) といった匂い物質が比較 的多めに含まれていると指摘されることもある.一部の醸造 関係者からは欠陥商品だと頭ごなしに否定されがちだ.もち ろん全体の味わいのバランスが大切だが,このようなワイン をおいしいと思う飲み手が確実に存在する.中には工業製品 としてワインを飲むことをせず,農産物の延長としてのワイ ンを飲むべきだと考えて飲んでいる飲み手もいるが,むしろ 自分自身の感性でおいしいと思って飲んでいる.何がオンで 何がオフかは言わば人間が後から決めたもので,実際,アル デヒドについては一般的なワインから感じられるときにはオ フフレーバーとして見なされるものの,熟成したシャンパー ニュ(フランスのシャンパーニュ地方で造られた発泡酒)や シェリーに感じられるときにはオフフレーバーとはされな い.

自然なワイン造りの導入以外にも,さまざまな手法が醸造 において取り入れられ,ワインの味わいにバリエーションが 生まれている.甲州ブドウでは,果皮とともに発酵させる醸 し発酵を取り入れる生産者(この手法によると,

β

ダマセノ ン (beta-Damascenones) 由来のリンゴの香りがすると言わ れている),ピノノワールではセミマセラシオンカルボニッ ク

*

3という手法を取り入れる生産者(匂い物質の同定はされ ていないが,松茸のような匂いがすることが生産者から報告 されている)などがその実例だ(参考までの表

1

にワイン造 りと匂いの関係を記す).こうした事例についても,フレー バーケミストリーの分野とワイン造りの連携は今後ますます 重要になってくるに違いない.

今まで記してきたように,日本ワインは,まったく違った 表1ワイン造りと匂いの関係

赤(ガメイ)

マセラシオンカルボニック法 バナナのような香り(酢酸イ ソアミル)

赤(ピノノワール)

セミマセラシオンカルボニッ

ク法 松茸様の香り

白(甲州)

醸し発酵,スキンコンタクト

など バラ,煮リンゴの香り(βダマ セノン)

白(甲州)

収穫時期の選択,酵母(VL3) グレープフルーツ様(3-メルカ プトヘキサノール)

*3発酵前に,一部またすべてのブドウを破砕せずに低温下に置 き,細胞内発酵をさせ,数日間たったら,マストを循環させ,ア ルコール発酵に移行させるという造り

(6)

新しい時代を迎えつつある.意欲的な造り手たちの登場,産 地の形成,品種の多様化,そして新たな栽培,醸造方法への 挑戦などによって,ワインの品質は飛躍的に向上している.

それだけではなく,際立つ個性をもつワインも次々に登場し ている.

また一方で,日本では(世界的にも)今までのワインに対 する評価軸が,消費者の嗜好と必ずしも一致しなくなってき ている.そもそも,我々日本人は育ってきた環境も,現在の 食生活も欧米とは異なる.さらにはワインの原料である品種 も異なる日本のワインにヨーロッパの評価軸を当てはめるこ と自体にも限界がある.

新しい日本ワインが生まれるつつある今こそ,日本という 環境の中で,日本人のための日本ワインがどうあるべきか,

いろいろな分野の人間が協力して,見いだしていくべき時代 が来ている.

  1)  H.  Kobayashi,  H.  Takase,  K.  Kaneko,  F.  Tanzawa,  R. 

Takata, S. Suzuki & T. Konno : , 61,  176 (2010).

  2)  H.  Kobayashi,  T.  Tominaga,  N.  Ueno,  K.  Ajimura,  Y. 

Aruga,  D.  Dubourdieu  &  T.  Okubo : , 15,  109 (2004).

  3)  H.  Kobayashi  &  T.  Tominaga : , 16,  150 

(2005).

参照

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