昭和36年1月3日 神戸市須磨区妙法寺町 妙法寺 鬼儺式
市バス
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5 妙法寺小学校前下車、西へ半丁。毘沙門山妙法寺、修正会鬼会、午後3時頃より。妙法寺に可なり古く から8ヶの鬼面が伝わっている。当日この面をつけて、松明を持って堂の周囲を3周し、後餅割、餅撒をする。妙法寺から少し西へ入った観音堂で17日に棒叩きがある。本日は朝7時半頃にやる予定。
鬼追式の保存、妙法寺に住んでいる「役十人」が世襲でその世話をしている。世話をするのに「なつき」といっ て六さいの順序(何のことやら分らぬ)があり 8 人のものがこれに当っている。衣裳の上から身体を鱗に縛る藤蔓 をまづ暮のうちに山に入って採ることから始まり、焚火は笹を伐って束にして作る。また松明は割竹15~16本を束 にしたもの。草鞋ばき、8ツの鬼(面)の名称。
太郎鬼 白衣、一番重い役、踊るとき、法螺貝が吹かれる 次郎鬼 白衣、次の重役、踊るとき、法螺貝が吹かれる 槍持 白衣、次の重役、踊るとき、法螺貝が吹かれる 一番鬼 黒衣 五番までこの順に踊る、太鼓だけが入る 二番鬼 黒衣 踊るとき太鼓だけが入る
三番鬼 黒衣 踊るとき太鼓だけが入る 四番鬼 黒衣 踊るとき太鼓だけが入る 五番鬼 黒衣 踊るとき太鼓だけが入る
子供鬼 2 人(10 才位)赤衣、面をつけない、白い紙垂をつけ造花を乗せた一文字笠を被る。杖を持つ。大人 の付添に付添われて、ひょんひょん跳ぶように歩く。
以上の10人が黒、赤、白の順で、本堂の廻廊を右から左へ渡り堂裏の崖との間の狭い所を通って3回巡る。夫々 松明を持つ。鬼が子供をつれて旅をする様を表わすという。村の人は、こゝの鬼は、近所の鬼に比べて、和*しい という。
3回巡って後太郎鬼が鏡餅を堂縁に持ち出して割る仕草をする。稍滑稽味を加えて、仲々の名演技である。
終って見物に餅撒き。太山寺の鬼面は太郎鬼、次郎鬼、ばゞ鬼、三ツ鬼(3人)と呼び子鬼は6人出る。
妙法寺では槍持は松明を持たない。他所では持つ衣裳のつけ方(鱗結じ)は勝福寺の鬼に似ている。勝福寺では 餅割はない。踊行道の念仏踊のような進み方は太山寺、妙法寺、長田神社、勝福寺とも同様であるが、勝福寺では 太鼓は入らない。
餅割の仕草は長田と妙法寺は似ている。太山寺は柱に餅を縛ってあるのを斧で割る仕草をする。
勝福寺の子鬼と太山寺の子鬼は両方とも河童と思わせるが妙法寺の子鬼は鬼とも人間ともつかない。真の子供と しか見えない。これは花笠のせいもある。長田では子鬼は、別のものに変っている。