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昨今の農芸化学について考える - J-Stage

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Academic year: 2023

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化学と生物 Vol. 54, No. 1, 2016

昨今の農芸化学について考える

西山 真

東京大学生物生産工学研究センター

巻頭言 Top Column

Top Column

農芸化学科がほとんどの大学からなく なって30年近くが経過し,農芸化学は本 会だけの名称になった感があった.そうし たなか,岡山大学で10年ほど前に農芸化 学コースが復活し,さらに2016年度から は高知大学に農芸化学科が設置されると聞 く.東京大学においても,数年前に学生実 験書として「実験農芸化学」と農芸化学の 名前が復活し,農芸化学概論という必修講 義も行われるようになった.こうした農芸 化学という名称の復興は単なる懐古主義で はなく,農芸化学が今でもわれわれの学問 領域にとって魅力のある名称であることの 表れであろうと思われる.

農芸化学は,生命現象の仕組みと制御を 解析する基礎的な研究を進めるとともに,

生物がもつ有用機能を利用した技術開発を 行う応用的な研究を展開する学問であり,

人類の福祉に大きな貢献を果たしてきた.

農芸化学が最も得意とする研究の流れは,

有用な生物機能,特異な生命現象を発見 し,かかわる分子を化学的に同定すること を通して,その作用機序を解明するという ことであったように思う.つまり,有用な 生物機能という応用的な側面から研究に取 り組み,機構解明という基礎へ向かう,

「応用から基礎へ」というほかの学問では あまり見られない方向で研究が展開するの が農芸化学的研究の特徴の一つであった.

そして農芸化学研究者は,その生命現象や 生命現象にかかわる「もの」にこだわりを もち,それに高い価値を見つけ出すこと で,独創的な研究を展開してきた.

上述したようなやり方が農芸化学に伝統 的なものだとすれば,昨今はそれも様変わ りしつつある.生物の有用な機能の探索を 行う研究は少なくなり,医学,理学,薬学 などと同じ土俵での研究が多く見られるよ うになった.パブリックドメインに出され たゲノム,トランスクリプトームなどの ビッグデータを,誰もが同じ指標,同じ手 法で解析していては,研究はスピードだけ の勝負になってしまい,オリジナリティー もなくなってしまう.こういうデータをど のようにさばいて調理するか,この点が農 芸化学研究者の腕前が今試されているとこ ろかもしれない.それと同時に,生物,生 命現象を観察する研究が減ってきているよ うに思える.その観察にこそオリジナルな

研究を展開する原点があるはずである.ま た,そうした研究の発端だけでなく,日々 の研究活動においても,スピード優先の弊 害か,実験成功の是非だけを重要視し,実 験結果をよく見て,考えるということをつ い怠りがちになっているかもしれない.

思ったようなデータが出なかったときにこ そ,結果をよく見ることが特に大事である のは言うまでもない.実験結果は,生物あ るいは研究材料がわれわれに何かを語って きているのであり,それをしっかりと聞く 必要がある.学生に正確な技術や知識を教 えるだけでなく,データを見極める目を身 につけさせることは,われわれの教員とし ての使命である.ひいては農芸化学らしい 独創的な領域を切り開くことができる人材 の養成につながるのではないだろうか.今 一度,われわれも自分たちを戒めて,きち んとした視点から物事を観察する姿勢を大 切にしなければいけないとつくづく感じる.

2015年のノーベル生理学・医学賞が本会 名誉会員の大村智先生に授与されることが 決定した.大村先生のご業績がこれまでも 世界的に極めて高く評価されてきたことは 周知の事実であるが,今回のご受賞により それがまた一段昇華したように感じられ,

本会の会員として非常に嬉しく思う.イン タビューで大村先生は,「私の仕事は微生物 の力を借りているだけであって,自分自身 が難しいことをやったわけではない.微生 物がやってくれた仕事を整理しただけであ る」と話しておられる.大村先生のご研究 は,微生物がもつ機能を観察し,その鍵と なる有用な物質(抗生物質や生理活性物質 などのいわゆる「もの」)を単離し,応用す るという方法で進められたものであり,農 芸化学的研究そのものと言える.また,先 生のご受賞に付随して,「微生物」に重要な 機能があるということ,そして微生物の機 能を見つけ出す「スクリーニング」が人類 に大いに貢献したことが広く日本の社会に 知られたことは,同じ微生物を研究する者 として非常に嬉しく思う次第である.大村 先生の今回のご受賞が,われわれが「世界 に冠たる農芸化学」を掲げ続けるための大 きな起爆剤となっていくことを期待したい.

Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.1

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

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プロフィール

西 山  真(Makoto NISHIYAMA)

<略 歴>1984年 東 京 大 学 農 学 部 卒 業/

1988年同大学大学院農学系研究科博士課 程3年次中退/同年同大学農学部助手/

1994年同大学生物生産工学研究センター 助教授/2003年同教授<研究テーマと抱 負>アミノ酸およびアミノ酸関連物質を中 心とする微生物代謝,生合成に関する研究

<趣味>ワインと日本酒を飲みながら美味 しい食事をすること.ギター演奏,スポー ツ一般

日本農芸化学会

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参照

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