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化学と生物 Vol. 51, No. 9, 2013
哺乳類遺伝子発現に重要な高次エピゲノム制御
機能単位としての染色体ドメイン構造とその調節
エピゲノム制御とは,DNA配列に変化を伴わない遺 伝子発現調節のことで,クロマチンDNAの構造変化が その分子機構として知られている.このエピゲノム制御 は生命にとって根元的なプロセスの一つである.たとえ ば,われわれの体を構成するさまざまな種類の細胞は,
もとは一つの細胞(受精卵)に由来しているので共通の ゲノム配列をもっているが,それぞれの細胞種に特異的 な遺伝子発現パターンを形成・維持するのにこのエピゲ ノム制御が重要な役割を果たしている.
このエピゲノム制御は,DNAのさまざまな折り畳み レベルで行われている(図1).比較的折り畳みレベル の低いクロマチンで起こるDNAメチル化やヒストン修 飾はよく知られている.クロマチンは,細胞核内でさら に高次に折り畳まれてクロマチンループなどを形成し,
このループのサイズやループ間の相互作用を調節するこ とによってもエピゲノム制御が行われている.この高次 クロマチン構造レベルでのエピゲノム制御を「高次エピ ゲノム制御」と呼んでいるが,その詳しい制御機構につ いてはよくわかっていない.最近では,DNAメチル化 により制御を受ける遺伝子群が,特定の染色体領域に数 百kbにわたりクラスターを形成している例も見つかっ ており(1),個々の遺伝子レベルで起こるエピゲノム制御 と染色体ドメインレベルで起こる高次エピゲノム制御の 間に密接な関係があることが示唆されている.このよう に,さまざまなDNAの折り畳みレベルで起こるエピゲ ノム制御は,個々の制御レベルで理解することも大切だ が,連続した一つの制御システムとして理解する必要が あるという認識が高まっている.
これまで,高次エピゲノム制御については,有効な解 析法が少ないなどの理由から,理解があまり進んでいな かった.しかし近年,細胞核内のクロマチン相互作用を 検出できる chromosome conformation capture と呼ば れる手法(3C, 4C, Hi-C法など)が発達し,さまざまな 染色体領域の細胞核内での3次元的な折り畳みパターン を解析することが可能となっている.さまざまな生物種 のゲノム配列が明らかになったポストゲノム時代のい ま,全ゲノム上の調節領域(転写因子の結合領域や転写 調節に関連するヒストン修飾の蓄積領域など)を明らか
にすることを目的とした国際プロジェクト・ENCODE 計画が米国のNIHの主導により進められている.この プロジェクトの中で,chromosome conformation cap- ture法による細胞種特異的な高次エピゲノム制御の解 析も行われている(2).このように,解析技術の進歩と相 まって,高次エピゲノム研究の分野はますます広がりを 見せつつある.
最近の研究で,マウスの体細胞からiPS細胞を作製す る際に,リプログラミングが困難な遺伝子群が存在する 染色体領域が見いだされている(3).これらの遺伝子群に は, や などの未分化ES細胞特異的に発現 するものが含まれている.リプログラミングが不完全な iPS細胞(partial iPS細胞)では, や の発 現が十分に回復していないこともわかっている.おそら く,これらの遺伝子が存在する染色体領域は特殊なクロ マチン構造を形成しており,それがリプログラミングに 対して抵抗性を示す一因であると推測された.そこで,
や 遺伝子領域のクロマチン構造をchromo- some conformation capture法で調べたところ,興味深 い事実が明らかになった(4, 5).検出されたクロマチン相 互作用のパターンから, や 遺伝子の周辺 約1 Mbにわたり高頻度にクロマチンどうしの相互作用 が見られる領域が広がっており,ある領域を境にその相
図1■さまざまなDNA折り畳みレベルで起こるエピゲノム制御
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互作用頻度が低下することがわかった.つまり,1)
や 遺伝子領域が約1 Mbにわたりself-inter- acting(自己作用)ドメインを形成している,2) 何ら かの境界が存在し, や 遺伝子が存在する 染色体ドメインを周辺の転写不活性な領域から空間的に 分離していることがわかった(図2上).さらに や 遺伝子の転写が活発に起こっているES細胞で は,これらの遺伝子領域は,同じように転写が活発な核 内部の他のユークロマチン領域とも相互作用する傾向に あった.これに対し,転写が抑制される分化後は,核膜 周辺の不活性クロマチン領域と相互作用することがわ かった(5) (図2下).これらの染色体ドメインは分化の 状態に関係なく,ヌクレアーゼに対して抵抗性のある凝 縮したクロマチン構造を形成していることから,もとも と や が存在する染色体領域は転写因子な どがアクセスしにくいクロマチン環境にあると言える.
にもかかわらず,ES細胞では高次のクロマチン折り畳
みレベルでダイナミックな構造変化を起こすことで,転 写が可能な環境を作り出していると考えられた.おそら く,このような特殊なクロマチン構造が,リプログラミ ングに対して抵抗性を示している原因の一つではないか と推測される.現在のところ,何がこのような染色体ド メインレベルでの高次エピゲノム制御を担っているのか はわかっていない.関連する因子が同定されれば,リプ ログラミング効率の改善につながる可能性もある.
また, や 遺伝子領域は,ほかにもさま ざまなクロマチン制御を受けることも明らかになってき た.これらの領域は,ES細胞の分化前と後で,S期に 複製される時期が初期から後期に移行し,核ラミナへの 結合も変化する.これらは,それぞれ複製ドメイン
(RDs), Lamina 結合ドメイン (LADs) と呼ばれる染色 体ドメインレベルでの制御を受けており,驚くべきこと に,上述のクロマチン相互作用ドメインと分布がよく一 致する(6).以上のことを総合すると,ドメイン構造は染
図2■ , 遺伝子領域で見られる高次エピゲノム制御
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色体機能制御の基本単位を反映しているのかもしれな い.つまり,染色体は単に遺伝子が集積した構造体でな く,それぞれの遺伝子が適切に働くための機能ドメイン の集合体として理解する必要があるのだろう.
「どのようにして遺伝子発現のオン・オフが適切なと き,場所で行われるのか?」シンプルな質問であるが,
いまだわれわれの理解はその途上にある.今回紹介した 最新の知見は,哺乳類の発生・細胞分化プログラムに も,染色体機能ドメインを単位とした高次エピゲノム制 御が重要な役割を果たしていることを強く示唆してい る.高次エピゲノム制御は生命現象のあらゆる局面で重 要な役割を果たしていることが予想され,今後それらが 明らかにされていくことが期待される.
1) S. A. Bert, M. D. Robinson, D. Strbenac, A. L. Statham, J.
Z. Song, T. Hulf, R. L. Sutherland, M. W. Coolen, C.
Stirzaker & S. J. Clark : , 23, 9 (2013).
2) A. Sanyal, B. R. Lajoie, G. Jain & J. Dekker : , 489, 109 (2012).
3) I. Hiratani, T. Ryba, M. Itoh, J. Rathjen, M. Kulik, B.
Papp, E. Fussner, D. P. Bazett-Jones, K. Plath, S. Dalton, P. D. Rathjen & D. M. Gilbert : , 20, 155
(2010).
4) J. R. Dixon, S. Selvaraj, F. Yue, A. Kim, Y. Li, Y. Shen, M.
Hu, J. S. Liu & B. Ren : , 485, 376 (2012).
5) S. Takebayashi, V. Dileep, T. Ryba, J. H. Dennis & D. M.
Gilbert : , 109, 12574 (2012).
6) S. Takebayashi, T. Ryba & D. M. Gilbert : , 3, 500
(2012).
(竹林慎一郎,中尾光善,熊本大学発生医学研究所 細胞医学分野)
プロフィル
竹林慎一郎
(Shin-ichiro TAKEBAYASHI)
<略歴>1997年三重大学生物資源学部生 物資源学科卒業/同年同大学大学院生物 資源学研究科入学/1999年日本学術振興 会特別研究員/2002年三重大学大学院生 物資源学研究科修了(学術博士)/2002年 理化学研究所発生・再生科学総合研究セン ター研究員/2007年フロリダ州立大学ポ スドク/2012年熊本大学発生医学研究所 研究員/2013年同研究所特任助教<研究 テーマと抱負>高次エピゲノム制御機構の 解明<趣味>釣り,ゴルフ,映画鑑賞 中尾 光善(Mitsuyoshi NAKAO)
<略歴>1985年島根医科大学医学部医学 科卒業/2002年熊本大学発生医学研究所 教授/2010年同研究所長(併任)/2011年 日本学術会議連携会員,科学技術振興機構 CREST研究代表者<研究テーマと抱負>
エピジェネティクスの意義と仕組みを解明 したい<趣味>絵画,テニス