外来遺伝子の発現制御とセンサー機能を備えた
遺伝子発現システム
北 村 正 敬
山梨大学大学院医学工学総合研究部 医学工学融合学域 生体環境医工学系 分子情報伝達学講座 要 旨:生命科学の分野において,遺伝子導入技術が有用な研究手法として認知されて既に久しい。 こうした遺伝子操作の技法は,90 年代初頭より医療の現場にも持ち込まれ,遺伝子治療をはじめ とする様々な試みが現在もなされている。しかし,これまでの遺伝子治療の試みは,高レベルかつ 持続的な外来遺伝子の発現のみを目指し,病勢に応じたデリケートな遺伝子発現の制御については ほとんど関心が払われていない。本稿では,こうした現行の遺伝子導入・遺伝子治療の諸問題を念 頭に置き,外来遺伝子の発現制御に関する諸手法を紹介するとともに,現実的かつ洗練された遺伝 子治療法を確立する上での不可欠な概念―センサー機能を備えた遺伝子発現系―に関し,研究の現 状と将来への展望を概説する。 キーワード 遺伝子導入,遺伝子発現,遺伝子治療 I.はじめに 1970 年代初頭に初めて組換え DNA が作製さ れて以来,遺伝子導入技術は過去四半世紀にわ たる生命科学の飛躍的進歩を支えてきた。中で も 80 年代には,様々なウイルスベクター,非 ウイルスベクターを用いた遺伝子導入システム が開発され,いわゆる“gain-of-function”の技 法の基礎が確立された。また,アンチセンス, ドミナントネガティブ,ライボザイムといった 遺伝子機能の欠損 ―“loss-of-function”― をひ き起こす技術の開発が進み,さらにはトランス ジェニックマウスやノックアウトマウスといっ た,個体レベルでの遺伝子操作技術が確立され, 体細胞のあるいは生殖細胞の遺伝子操作を通じ 種々の遺伝子機能が解明されてきた。こうした 遺伝子操作・遺伝子導入の大きな潮流は,90 年代に入り臨床医学の領野にも及び,病態生理 の解析およびヒト疾患治療法の開発を目指す新 たな研究のフロンテイアを形成している。 本稿では,より現実的かつ洗練された遺伝子 治療法を確立する上で不可欠な概念―外来遺伝 子の発現制御―に焦点を当てその理論・方法の 概略を述べるとともに,センサー機能を備えた 遺伝子発現システムの必要性とその研究・臨床 への応用につき,現在までの知見を概説する。 II.導入遺伝子の発現調節: なぜ必要なのか 培養した体細胞に外来遺伝子を導入する際, もしその遺伝子産物が増殖抑制もしくは細胞傷 害を惹起する場合,安定な遺伝子組換え細胞を 得ることはできない。また,遺伝子操作により 〒 409-3898 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東 1110 受付: 2003 年 8 月 22 日 受理: 2003 年 8 月 25 日総 説
細胞の内在遺伝子の機能を不活化する際,その 遺伝子機能が細胞の生存に不可欠であればやは り遺伝子組換え細胞は得られない。同様に,生 殖細胞レベルの遺伝子操作において,増殖抑制 /細胞傷害遺伝子の過剰発現,もしくは発生に 必要な遺伝子の不活化は胎生死をもたらし,成 体(いわゆるトランスジェニック/ノックアウ ト動物)を得ることができない。こうした問題 を克服するためには,導入した外来遺伝子の機 能をある成長段階まで OFF の状態に維持した 後,一過性もしくは持続性に ON の状態に切り 換える技術が必要となる。 また後天性疾患,例えば炎症性疾患の遺伝子 治療を目指す場合,病勢に応じた外来遺伝子の 発現調節は不可欠である。炎症の鎮静化の後も 導入した抗炎症/免疫抑制遺伝子が発現し続け れば,免疫不全を含め生体にとって不利益な状 態を惹起しかねない。即ち外来遺伝子の発現を, 炎症の活動性が高まれば ON に,活動性が治ま れば OFF にすることが要求される。代表的な 生活習慣病である糖尿病の遺伝子治療を考える 場合にも,同様のことが言える。単なるインス リン遺伝子の過剰発現は,患者に低血糖発作を 誘発しその生命をも危うくする。血糖値に応じ たデリケートなインスリン遺伝子の発現調節が 治療上不可欠であることは,明白であろう。 以上のような研究・臨床上の諸事由から,導 入した外来遺伝子の発現のコントロールが必要 となってくる。 III.外来遺伝子“手動”制御システム A.真核細胞の遺伝子発現調節システムの利用 導入遺伝子の発現調節の試みは,80 年代初 めに既に報告がなされている。80 年代から 90 年代初頭にかけての時期は,真核細胞が元来有 する遺伝子調節システムを利用することに力点 が置かれてきた。即ち,熱刺激,放射線,低酸 素,重金属イオン,ステロイドホルモン等によ り賦活化される塩基配列をプロモーターとして 用い,その制御下で外来遺伝子を細胞に導入す る。そして,上記刺激を細胞に負荷することで, 導入した遺伝子の発現を誘導する,という手法 である(図 1A)。こうしたアプローチは,培養 細胞を用いた in vitro の実験系に広く用いられ てきたが,外来遺伝子のみの発現コントロール が困難であること,遺伝子発現の誘導率が低い こと(10 − 20 倍),また誘導刺激そのものの 生理的効果もしくは毒性のため in vivo での実 験系に使用し難いこと,など問題も多い1)。 B. 原核細胞の遺伝子制御システムの応用 1.lac-IPTG 法 原核細胞由来の lac リプレッサー/オペレー ターを利用した遺伝子発現調節システムは,80 年代末から 90 年代初頭にかけて脚光を浴び た1)。この手法は,lac リプレッサーが特定の塩 基配列(オペレーター)に結合しその下流にあ る遺伝子の発現を抑制する機序に基礎を置く。 一 方 , l a c リ プ レ ッ サ ー は ア ロ ラ ク ト ー ス ( 例 : イ ソ プ ロ ピ ル -β-D-チ オ ガ ラ ク ト シ ド ; IPTG)に親和性を有し,その存在下ではオペ レーターへの結合能を失う。従って,lac リプ レッサー発現プラスミドとオペレータープラス ミド(オペレーター配列の制御下で目的の遺伝 子を発現させるプラスミド)とを導入した細胞 では,IPTG 存在下で遺伝子発現は ON に,非 存在下では OFF になる(図 1B)。 この方法は in vitro の実験系で,厳密かつ特 異性の高い遺伝子発現のコントロール(10-100 倍の誘導率)を達成しうるが,IPTG の生体内 での薬物動態・毒性を考えた場合,in vivo での 使用は困難である。 2.テトラサイクリン法 1992 年に Bujard らは,原核細胞由来のテト ラサイクリンリプレッサー/オペレーターを利 用した遺伝子制御システムを報告し,従来の遺 伝子発現調節の研究分野に大きな変革をもたら した2)。テトラサイクリン法は細胞に 2 種の発 現プラスミド,即ち制御プラスミドと応答プラ スミドを導入することにより成り立っている。 前者はテトラサイクリン応答性トランスアクチ
ベーター(tTA)を持続的に発現させ,後者は テトラサイクリンオペレーター配列(tOS)の 制御下で,目的とする外来遺伝子を発現させる 役割を担う。tTA は,大腸菌由来テトラサイク リンリプレッサーに単純ヘルペス蛋白 VP16 を 融合させたもので,応答プラスミドの tOS に 結合し外来遺伝子の転写を促す。テトラサイク リンはこの tTA に結合し tOS へのアクセスを 阻止する。従って遺伝子発現は,テトラサイク リン存在下では OFF に,非存在下では ON に 図 1.外来遺伝子発現の“手動制御”システム. A. 真核細胞の遺伝子発現調節系の利用 B. lac-IPTG 法 図 1A 図 1B
図 1.外来遺伝子発現の“手動制御”システム. C. テトラサイクリン法
D. Cre-loxP システム 図 1C
なる(図 1C)。以上原法である“OFF システム” について述べたが,1995 年に Bujard らはさら にこの方法に改良を加え,テトラサイクリン存 在下でのみ遺伝子発現が誘導される“ON シス テム”についても報告している3)。 われわれは,腎糸球体への ex vivo 遺伝子導 入法とこのテトラサイクリン OFF システムと を組み合わせることにより,糸球体における外 来遺伝子の発現を in vivo で自在にコントロー ルすることが可能であることを報告した4)。こ の報告ではまず,培養糸球体細胞に tTA をコー ドする制御プラスミドとマーカーであるβ-ガラ クトシダーゼ遺伝子をコードする応答プラスミ ドとを導入,安定な発現細胞を薬剤存在下で樹 立した。このベクター細胞をテトラサイクリン 存在下・非存在下で培養後,腎血流を介してラ ットの糸球体に移送した。同時に自由飲水の形 でテトラサイクリン含有・非含有水をラットに 与え,糸球体におけるβ-ガラクトシダーゼの発 現の推移を酵素学的に検討した。テトラサイク リン存在下で培養した細胞を無処置のラットに 導入した場合,糸球体にはβ-ガラクトシダーゼ の発現が誘導された。一方,テトラサイクリン 非存在下で培養した細胞をテトラサイクリン投 与のラットに導入した場合,糸球体のβ-ガラク トシダーゼ活性は消失した。以上のことから, 腎局所に導入した外来遺伝子の発現を,テトラ サイクリンの経口投与により自在に in vivo で 調節しうることが証明された。 テトラサイクリン法は,従来の遺伝子発現調 節システムに比し多くの利点を有する5)。即ち, 特異性の高い,高度の遺伝子発現の誘導(ベー スの 10 万倍にも達する)が可能である点,テ トラサイクリンがほ乳動物細胞に対し生物学的 効果をほとんど持たない点,テトラサイクリン の経口投与あるいは皮下埋め込み等の簡便な方 法で in vivo での遺伝子発現の調節が可能であ る点,などである。これまでトランスジェニッ クマウスの系で試みられてきた外来遺伝子発現 の可逆的調節は,多くがこのテトラサイクリン 法を用いている。この手法の種々の応用・変法 については,他の総説を参照していただきた い6)。 C.バクテリオファージの遺伝子組換え機構の 利用: Cre-loxP システム 年々進歩を続ける遺伝子制御技術のうち,近 年の大きな成果の一つは,Cre-loxP システムの 確立とその胚細胞遺伝子操作技術への応用であ ろう。この手法の基礎は,1988 年に米国の Sauer らにより確立された7)。図 1D は Cre-loxP システムの概要を示す。P1 ファージの Cre リ コンビナーゼは,loxP 部位と呼ばれる 34 塩基 対を認識する。細胞のゲノムに 2 つの loxP 部 位に挟まれた外来 DNA を挿入し,Cre リコン ビナーゼを発現させた場合,挿入された DNA は loxP 部位で効率よく切り出される。 この技法のノックアウトマウス作製への応用 は,これまで多くの研究者の関心を集めてき た8)。相同遺伝子組換えにより胎児幹細胞での 遺伝子置換を試みる場合,マーカーとして用い られる neo 遺伝子はそのままゲノム内に残存す る。この場合 loxP 部位に挟まれた neo 遺伝子を 使用することにより,ノックアウトマウス作製 過程での“遺物”を除去することができる。ま た,Cre リコンビナーゼを発現するトランスジ ェニックマウスと,特定の遺伝子座に 2 つの loxP 部位を挿入したマウスとを作製後,両者を 交配することによりノックアウトマウスを作製 できる。その際,特定の細胞種/臓器に特異的 に働くプロモーターを用いて Cre リコンビナー ゼを発現させることにより,細胞種/臓器特異 的な“ノックアウト”が可能となるし9),また 前述した誘導可能(inducible)なプロモータ ーを用いることで,必要な時期に特定の遺伝子 を不活化することも可能である10)。loxP 挿入マ ウスに Cre リコンビナーゼをコードするアデノ ウイルスベクターを感染させることにより,成 体の特定の時期に特定の臓器にのみ遺伝子の “ノックアウト”を引き起こすこともできる11)。 こうした技法によって,発生段階に不可欠な遺 伝子を欠如したマウスを得ることも可能となっ
た。なお,Cre-loxP システムの広範な応用の可 能性は,他の総説に詳しい8)。 D.その他のシステム ステロイドホルモンは,ステロイドレセプタ ーと呼ばれる核内レセプターにまず結合後,そ の複合体が特定の塩基配列(遺伝子制御配列) に結合することで下流の遺伝子発現を誘導す る。このコンセプトをベースにし,生物学的効 果を持たない疑似ステロイドを誘導物質に用い た幾つかの遺伝子制御システムが報告されてき た。昆虫のステロイドホルモンを用いたエクジ ゾン法12),RU486 を用いた TAXI/UAS 法13)な どは,その代表と言える。また,転写因子の活 性化部位と DNA 結合部位とを別々に発現させ た後,合成リガンドを用いてそれらを重合させ 遺伝子発現を誘導する手法(CID 法)も報告さ れている14)。これらはいずれも in vivo での使 用が可能なシステムであるが,誘導薬剤が高価 である点など,現時点ではテトラサイクリン法 を凌駕しうる手法とは言えない。 以上,外来遺伝子の発現を調節するためのい わば“手動スイッチ”の諸手法について述べて きた。次に,外来遺伝子の発現を局所の微小環 境に応じて自動的に調節する“自動スイッチ” のコンセプトについて述べてみたい。 IV.外来遺伝子の“自動”制御(1):炎症感知 センサー 先に述べた通り,後天性疾患,例えば炎症性 疾患の遺伝子治療を目指す場合,局所の病勢に 応じた外来遺伝子発現のコントロールが必要と なってくる。前述した“手動スイッチ”はその ための重要な手法になりうるが,現実的にはセ ンサー機能を備えた“自動スイッチ”のシステ ムがより望ましい。即ち,局所で炎症を感知し 疾患の活動性に応じて外来遺伝子を発現させ, また病勢の鎮静化とともにその発現を自動的に 停止させることができるシステムである(図 2)。特定の炎症感応性プロモーターを用いるこ とにより,こうした“自動スイッチ”のシステ ムが可能であることを,これまで幾つかのグル ープが報告している。 A.急性期蛋白プロモーター 急性期蛋白と呼ばれる一群の蛋白は,急性炎 症時に速やかに肝臓で誘導産生される。Varley らはマウスの急性期蛋白である補体因子 3 と血 清アミロイド A3 に注目し,それら遺伝子のプ ロモーターの制御のもとで外来遺伝子を発現さ せるアデノウイルスベクターを作製した。この ウイルスベクターを用いてマウスの肝臓に遺伝 子を導入,炎症刺激である LPS を静注し,肝 臓に一過性・可逆的な外来遺伝子発現の誘導を 認めた15)。 B.膵炎関連蛋白 I(PAPI)プロモーター Dusetti らは急性膵炎をモデルにし,より洗 練された“自動スイッチ”のシステムを報告し ている。PAPI は膵炎急性期にのみ膵臓に限っ て誘導産生される蛋白として知られる。その発 現は正常の膵臓では認められず,また炎症の回 復期にはその発現は速やかに消退する。このこ とは,PAPI 遺伝子のプロモーターがまさに理 想的な“臓器特異的炎症感知センサー”になり うることを示唆する。Dusetti らは PAPI プロモ ーターの制御のもとで外来遺伝子を発現させる アデノウイルスベクターを作製した。このウイ ルスベクターを用いマウスの膵臓に遺伝子を導 入後,薬物により急性膵炎を惹起,膵臓におけ る外来遺伝子の発現を検討した。この方法によ り,彼らは膵臓に特異的な外来遺伝子発現の誘 導を認めている16)。 C.CArG box 配列
CArG box 配列[CC(A/T)6GG
配列]は,c-fos,egr-1 といった,いわゆる immediate early
response gene の発現を誘導する塩基配列とさ れ,極めて多彩な細胞外刺激 - サイトカイン, 増殖因子(血清),活性酸素,放射線等 - によ り 賦 活 化 さ れ る こ と が 知 ら れ て い る 。 こ の
CArG box 配列を炎症感知センサーとして用 い,われわれは腎糸球体における外来遺伝子発 現の自動調節システム,即ち炎症下でのみ外来 遺伝子を発現させる“自動スイッチ”のシステ ムが可能であることを報告した17)。 先述したようにこうしたシステムを構築する 際,どのような遺伝子制御配列を局所炎症のセ ンサーとして用いるかが極めて重要なポイント となる。われわれは,α平滑筋アクチンという 細胞骨格蛋白の遺伝子の制御配列に着目した。 α平滑筋アクチンは正常の糸球体では全く認め られないが,様々な病的状況下において糸球体 のメサンギウム細胞に発現が高度に誘導されて くる。また,糸球体の炎症もしくは傷害が寛解 すれば,自動的にその発現も減弱消失すること が知られている。こうした特徴から,このα 平滑筋アクチン遺伝子の制御配列は,糸球体腎 炎を感知する理想的な分子センサーとみなすこ とができる。一般にα平滑筋アクチン遺伝子 の発現は,その上流に存在する CArG box 配列 によりコントロールされている。即ち,正常の 糸球体ではこの CArG box 配列が不活状態にあ り,α平滑筋アクチン遺伝子の発現は起こらな い。しかし炎症下の糸球体ではこの配列が活性 化され,結果としてこの遺伝子の発現が引き起 こされてくる。そこでわれわれはこの CArG box 配列をセンサーとして用い,炎症の消長に 応じた糸球内の外来遺伝子の発現制御が可能か どうかを検討した。 まず,培養ラットメサンギウム細胞に CArG box 配列の制御のもとでβ-ガラクトシダーゼ遺 伝子を導入,安定な発現細胞を樹立した。この 細胞は CArG box を活性化する血清の刺激下で β-ガラクトシダーゼを発現し,非刺激下では発 図 2.外来遺伝子発現の“自動制御”システム.
現しない。このベクター細胞を高血清及び低血 清条件下で培養後,血流を介してラットの正常 腎及び炎症腎に導入,3 日後糸球体における β-ガラクトシダーゼの活性の変化を検討した。 β-ガラクトシダーゼ非発現細胞を炎症腎に導入 した場合,β-ガラクトシダーゼの発現は炎症下 の糸球体で自動的に誘導された。一方,β-ガラ クトシダーゼ発現細胞を正常腎に導入した場 合,糸球体のβ-ガラクトシダーゼ活性は自動的 に消退消失した17)。即ち,正常の糸球体では 外来遺伝子の発現は ON から OFF に切り替わ り,逆に炎症を起こしている糸球体では自動的 に OFF から ON に切り替わることが立証され た。 D.C3-Tat/HIV プロモーター より鋭敏な炎症感応性センサーの確立を目指 し,Varley と Munford は人工的なハイブリッ ドプロモーターの有用性を報告している18,19)。 このプロモーター,C3-Tat/HIV,は 2 つのコ ンポーネントより成り立っている(図 3)。す なわち,まず炎症刺激に反応して補体因子 3 (C3)のエンハンサーが活性化され,C3 プロ モーターとともに HIV ウイルスの転写活性化 因子(Tat)の発現を促す。次にこの産生され た Tat が HIV の long terminal repeat( LTR) に結合し,その下流に存在する目的の遺伝子の 発現を誘導する。HIV の LTR には nuclear
fac-tor κB の結合部位が存在し,炎症刺激によりそ れ自体が直接的に活性化されることが知られて いるが,C3-Tat を付加することにより,その転 写誘導活性は 500 倍にも増加すると報告されて いる。この C3-Tat/HIV プロモーターの長所は, 無刺激下での外来遺伝子の発現が低レベルに抑 えられること,また刺激後の遺伝子発現の誘導 率が CMV などのウイルスプロモーターに匹敵 するほど強力なこと,などである。 この C3-Tat/HIV プロモーターをセンサーと して用い,幾つかのグループが,実験的関節炎 の遺伝子治療を試みている。Miagkov らは, C3-Tat/HIV プロモーターのもとで IL-10 を発 現させるアデノウイルスベクターを作製し,菌 体成分の投与によって引き起こされるラット関 節炎モデルに対する遺伝子治療を行い,良好な 治療効果を報告している20)。また,Bakker ら
は C3-Tat/HIV プロモーターのもとで IL-1 re-ceptor antagonist を発現させるアデノウイルス ベクターを作製,コラーゲンの投与によって引
き起こされるマウス関節炎モデルに対する遺伝 子治療を施行し,やはり良好な治療効果を確認 している21)。 V.外来遺伝子の“自動”制御(2):血糖感 知センサー センサー機能を備えた遺伝子発現システムの 重要性は,何も炎症性疾患の遺伝子治療にとど まらない。糖尿病をはじめとする代謝性疾患の 治療においても,そうしたシステムの開発は不 可欠である。Lee らは,L 型ピルビン酸キナー ぜ(LPK)遺伝子の制御配列を血糖センサーと して用い,1 型糖尿病に対する遺伝子治療の試 みを報告している22)。この報告で,著者らは LPK プロモーターの下流に単鎖インスリン類 似体(SIA)の遺伝子を繋ぎ,アデノ関連ウイ ルスベクター(AAV)を作製した。このウイル スベクターを用いて正常ラットの肝臓に遺伝子 導入を施行した場合,外来遺伝子である SIA の 産生は肝臓に認められない。しかしこのラット に薬物で糖尿病を誘発すると,血糖依存的に肝 臓に SIA 蛋白の産生が誘導されてくる。著者ら はこのウイルスベクターを用いて,糖尿病モデ ルのラット(ストレプトゾトシン誘発)および マウス(NOD マウス)の肝臓に遺伝子導入を 行い,高血糖状態の改善が認められるかどうか を長期にわたって観察している。未治療のこれ らモデル動物の血糖値は,500 − 600 mg/dl と 高値を示す。この糖尿病モデルに上記ウイルス ベクターを用いて単回の遺伝子治療を施すと, 数日以内に血糖は正常化し,正常血糖値はラッ トのモデルでは少なくとも 40 週,マウスのモ デルでは 150 日間維持された。また耐糖能試験 においても,遺伝子治療を施したモデル動物は, 正常のラット・マウスに比して遜色のない耐糖 能を示したと著者らは報告をしている。このこ とは,センサー機能を備えた遺伝子導入システ ムを用いることによって,他臓器に人工的に “疑似膵島”をつくり出しうる可能性を示唆す る。 このように 1 型糖尿病のような代謝性疾患の 遺伝子治療を考える場合にも,外来遺伝子の自 動制御のコンセプトが不可欠になってくる。 VI.ま と め センサー機能を備えた遺伝子発現システム は,病勢に応じたデリケートかつオートマティ ックな遺伝子治療を考えてゆく上で不可欠の概 念である。遺伝子工学技術を駆使して生体に構 築される核酸センサーの有用性は,単に炎症性 疾患や代謝性疾患の遺伝子治療にとどまるもの ではなく,種々の疾患の診断や病勢の評価など, その潜在的な応用範囲は広い。患者への侵襲・ リスク・負担が少ない 21 世紀型先進医療の確 立に向け,今後のこの領野の新たな展開が注目 される。 文 献
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