序 文
Streptococcus pneumoniae (S. pneumoniae)は小児 の髄膜炎,中耳炎および副鼻腔炎等の原因菌とし て注目され,成人でも肺炎や慢性気道感染症の起 炎菌として重要である.
ここ数年,ペニシリン系薬やマクロライド系薬 に耐性を示す多剤耐性の S. pneumoniae が増加傾 向にあり臨床上問題となっている.さらに,フル オロキノロン系薬にも耐性を示す株が少数ながら 分離され注目されている.
フルオロキノロン系薬の耐性は,DNA gyrase および DNA topoisomerase IV の変異であり,耐
性株ではこのキノロン耐性決定領域(Quinolone resistance-determining regions:QRDRs)にアミ ノ酸変異が集中していることが知られている
1). その中でも,DNA gyrase のサブユニッ ト gyrA 遺伝 子
2)お よ び DNA topoisomerase IV の サ ブ ユ ニット parC 遺伝子
3)の変異が重要である.
我々は,すでにフルオロキノロン系薬の一つで ある levofloxacin(LVFX)に耐性を示す S. pneu- moniae 2 株について gyrA 遺伝子およ び parC 遺 伝子の解析を行い,両遺伝子の変異を報告してい る
4).
今回,我々はさらに対象を広げ LVFX に感性を 示した S. pneumoniae についても,gyrA 遺伝子お よび parC 遺伝子の解析を行い,感受性株におけ る遺伝子変異の現状および耐性株との比較を行っ
Streptococcus pneumoniae における gyrA 遺伝子および parC 遺伝子の遺伝子変異について
愛媛大学医学部附属病院検査部
宮 本 仁 志 村 瀬 光 春
(平成 14 年 9 月 24 日受付)
(平成 14 年 11 月 18 日受理)
当院検査部にて 2001 年 6 月から 2002 年 7 月の間に,各種臨床材料から分離した
Streptococcus pneu- moniae(S. pneumoniae)で,levofloxacin(LVFX)に感性を示す 56 株について sparfloxacin(SPFX)の
薬剤感受性試験を追加し,gyrA
遺伝子およびparC
遺伝子の解析を行った.薬剤感受性試験の結果では,SPFX でも耐性株は認められなかった.遺伝子変異の検出においては,
gyrA
遺伝子では変異が認められ なかったものの,13 株でparC
遺伝子の単独変異が認められた.その変異は Asp-78−>Asn および Ser- 79−>Phe が 1 株づつ,Lys-137−>Asn が 11 株であった.S. pneumoniaeのフルオロキノロン薬耐性に は,gyrA遺伝子とparC
遺伝子における複数のアミノ酸変異が重要であるものの,LVFX 感受性株の中 にもparC
遺伝子の単独変異株が存在しており,今後注意していく必要があると思われた.〔感染症誌 77:133〜137,2003〕
要 旨
別刷請求先:(〒791―0295)愛媛県温泉郡重信町志津川 愛媛大学医学部附属病院検査部
宮本 仁志
Key words:
Streptococcus pneumoniae, levofloxacin, gyrA
gene,parC
gene, mutationたので報告する.
対象および方法
1.使用菌株
使用菌株は, 2001 年 6 月〜2002 年 7 月の間に各 種 臨 床 材 料 か ら 分 離 さ れ た S. pneumoniae で,
LVFX 耐 性 の SP459 お よ び SP506 の 2 株
4)を 含 む, 同一患者からの重複例を除外した 58 株を用い た.検査材料別の内訳は,喀痰 37 株 (63.8%) ,咽 頭・鼻漏 13 株(22.4%),耳漏 4 株(6.9%),眼脂 3 株(5.2%) ,膿分泌物 1 株(1.7%)であった.
なお, S. pneumoniae の同定は,コロニーの性状,
オプトヒンテスト,autolysin の構造遺伝子 (lytA)
の確認により行った
5).
2.最小発育阻止濃度(MIC)の測定
MIC の測定は日本化学療法学会標準法に準拠 した微量液体希釈法
6)により, フローズンプレート
栄研(栄研化学)を用いて MIC を測定した.
3.使用抗菌薬および MIC ブレイクポイント 使用抗菌薬は LVFX(0.015〜32 µ g ! ml)と spar- floxacin(SPFX:0.015〜32 µ g ! ml)を使用した.
MIC の感性,耐性ブレイクポイントは NCCLS の基準を用いた
7).すなわち (カッコ内は感性,耐 性ブレイクポイント:µg! ml) ,LVFX (≦2,≧8) , SPFX(≦0.5, ≧2)である.
4.gyrA 遺伝子および parC 遺伝子の解析 被検菌の DNA は,血液寒天培地上で一夜培養 した菌を, 滅菌蒸留水中に浮遊させ 95℃15 分加熱 し,氷冷後 12,000rpm で 5 分間遠心し,その上清 より抽出した.
そのテンプレート DNA を用い, gyrA 遺伝子は Pan ら
2)の設計したプライマー,すなわち VGA3
(5 -CCGTCGCATTCTTTACG-3(gyrA 遺 伝 子 の 129 から 145) ) ,VGA4 (5 -AGTTGCTCCATT- AACCA-3(gyrA 遺 伝 子 の 494 か ら 510) ) を,
parC 遺 伝 子 は 独 自 に 設 計 し た プ ラ イ マ ー
4), PARC1(5 -CTTTGCCAGATATTCGTGATGG- 3(parC 遺 伝 子 の 86 か ら 107) ) ,PARC2(5- GAGGTTTGGAAAGGCTGCTG-3(parC 遺 伝 子 の 467 から 486) ) を用い,denature 94℃ 1 分,an- nealing は gyrA 遺伝子 で は 55℃1 分,parC 遺 伝 子では 59℃1 分,extension 72℃1 分半の 30 サイ
クルで増幅した.
増幅産物をシークエンス PCR 後 AutoSeq G-50 column(Amersham Pharmacia Biotech, Inc., Pis- cataway, NJ) でサンプルを抽出し,ABI Gene ana- lyzer 3100 system(PE Applied Biosystems)を用 いてシークエンスを行った.
成 績
1.薬剤感受性成績
測定した感受性成績を Fig. 1 に示した.LVFX で は 1 µ g ! ml 30 株(51.7%) ,2 µ g ! ml 26 株(44.9
%) ,16 µ g ! ml 1 株 (1.7%) ,32 µ g ! ml 1 株 (1.7%) , SPFX では 0.25µg! ml 6 株(10.3%) ,0.5µg! ml 39 株(67.3%),1 µ g ! ml 11 株(19.0%),4 µ g ! ml 1 株(1.7%) ,32 µ g ! ml 1 株(1.7%)であった.
LVFX で 32 µ g ! ml の MIC を 示 し た SP506 お よ び 16 µ g ! ml の SP459 は,SPFX で も そ れ ぞ れ 32 µ g ! ml,4 µ g ! ml と耐性を示した.また,LVFX で感性と判定さ れ た 56 株 中 に は SPFX で 1 µ g ! ml を示し,中間と判定された株が 11 株認められ た.
2.gyrA 遺伝子および parC 遺伝子の変異結果
Fig. 1 Distribution of levofloxacin and sparfloxacinMICs for 58 clinical isolates ofS. pneumoniae
Table 1 Mutations identified in the GyrA and ParC containing QRDRs in clinical isolates of S. pneumoniae Amino acid(nucleotide)at the indicated position :
MIC range (µg/ml)
No. of
Isolates LVFXa SPFXb GyrAc ParCd
Ser (TCT) 79 − > Phe (TTT) , Asp (GAT) 83 − > Gly (GGT)
Ser (TCC) 81 − > Phe (TTC)
32 32
1e
Lys (AAG) 137 − > Asn (AAT)
Ser (TCC) 81 − > Phe (TTC)
4 16
1f
Asp (GAT) 78 − > Asn (AAT)
―g 1
2 1
Ser (TCT) 79 − > Phe (TTT)
― 1
2 1
Lys (AAG) 137 − > Asn (AAT)
― 0.25 〜 0.5
1 〜 2 11
―
― 0.25 〜 1
1 〜 2 43
aLVFX, levofloxacin
bSPFX, sparfloxacin.
cAmino acid position corresponding to that of S. pneumoniae GyrA (2) .
dAmino acid position corresponding to that of S. pneumoniae PacC (3) .
efluoroquinolone-resistant strain 506 (4) .
ffluoroquinolone-resistant strain 459 (4) .
g―, no difference from fluoroquinolone-susceptible wild strain 494 (4) .
(Table 1)
LVFX に感性を示した 56 株では,gyrA 遺伝子 の変異は認められなかったものの, parC 遺伝子で は単独変異が 13 株で認められた.Asp-78−>Asn お よ び Ser-79−>Phe が 1 株 づ つ 検 出 さ れ LVFX で 2 µ g ! ml,SPFX で 1 µ g ! ml の MIC を 示 しており,LVFX で感性, SPFX で中間と判定され た.ま た Lys-137−>Asn の 11 株 に お い て は LVFX で 1〜2 µ g ! ml,SPFX で 0.25〜0.5 µ g ! ml と両薬剤で感性と判定された.
変 異 の 認 め ら れ な か っ た 43 株 で は LVFX で 1〜2 µ g ! ml,SPFX で 0.25〜1 µ g ! ml であり,9 株で SPFX が中間と判定された.
考 察
S. pneumoniae の 耐 性 機 構 は penicillin-binding protein(PBP)をコードする遺伝子 pbp1a,pbp2
x, pbp2b の変異,およびマクロライド耐性遺伝子
mefA, ermB の獲得によることが報告されおり
8), 当院においても耐性を示す株が高率に分離されて いる
5).
β -ラクタム薬およびマクロライド系薬では耐性 率が高いのに対して,フルオロキノロンでは耐性 株は希である.当院検査部においても例外ではな く 1999 年と 2000 年の 2 年間の集計
5)においては 分離されず,今回検討を行った 2001 年 6 月から 2002 年 7 月の間で 58 株中 2 株(3.4%)のみ分離さ
れたにすぎない.
従って,フルオロキノロン耐性機構の解析は,
海外においては Pan らによる報告
2)3)9)10)が多数認 められるが,国内では現在のところ田場らの報 告
11)があるものの,全国的規模の詳細な検討は行 われていないのが現状である. S. pneumoniae にお けるフルオロキノロン耐性は DNA gyrase およ び DNA topoisomerase IV の遺伝子変異によるこ とが報告されている
2)3).DNA gyrase は gyrA 遺 伝子および gyrB 遺伝子,DNA topoisomerase IV は parC 遺伝子および parE 遺伝子で構成されて いるが,薬剤耐性で重要なのは, gyrA 遺伝子およ び parC 遺伝子である.
今回,我々は以前の報告
4)に加え SPFX の感受 性試験を追加し,LVFX に感性を示した株につい ても gyrA 遺伝子および parC 遺伝子の解析を行 い,耐性株との比較を行った.
gyrA 遺伝子および parC 遺伝子の両遺伝子で
変異していた 2 株では,LVFX と SPFX に耐性を
示していたのに対して,LVFX で感性を示した 56
株では gyrA 遺伝子の変異は認められなかったも
のの,13 株(22.4%)で parC 遺伝子の単独変異が
認められた.その変異は Asp-78−>Asn および
Ser-79−>Phe が 1 株づつ,Lys-137−>Asn は 11
株であり,前の 2 株では SPFX では中間と判定さ
れ,後の 11 株では感性であった.今回の検討結果
より LVFX および SPFX の薬剤感受性試験の成 績において耐性となるのは gyrA 遺伝子 お よ び parC 遺伝子の両遺伝子で変異していた株だけで あり,今回検出された parC 遺伝子の単独変異だ けでは両剤に耐性と判定されないと結論づけられ た.現在の遺伝子変異の検討では耐性株が対象に なっているが,すべての株を対象としてシークエ ンスを行うと, gyrA 遺伝子を含めた単独変異株が 高率に検出されるのではないかと思われる.特に parC 遺 伝 子 の Lys-137−>Asn は 58 株 中 11 株
(19.0%)と当院では高率に分離されていたが,こ の現象は当院特有なのか,または比較的多い変異 なのか,このことを含めた単独変異株の現状つい ては全国的な調査が待たれる.
ところで,gyrA 遺伝子および parC 遺伝子の変 異によるフルオロキノロン耐性株の出現には治療 薬の影響が考えられ我々も経験しているが
4),こ のことは Davidson ら
12)が証明し て い る.LVFX による治療前後の S. pneumoniae における薬剤感 受性の比較,gyrA 遺伝子および parC 遺伝子の解 析,パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)の比 較を行い,治療前後の PFGE で同じ遺伝子型を示 す株であるにも関わらず,治療後では耐性化,遺 伝子変異部位の増加が認められており,LVFX の投与によりさらに gyrA 遺伝子および parC 遺 伝子の変異が生じ LVFX に耐性化したと報告し ている.
以上のことより, gyrA 遺伝子と parC 遺伝子の どちらが変異を起こし易いかは不明であるが,
LVFX および SPFX の耐性化には gyrA 遺伝子と parC 遺伝子の両方の変異が必要であり,parC 遺 伝子の単独変異株にフルオロキノロン系薬を使用 することにより gyrA 遺伝子の変異が起こり,耐 性化が進む可能性が示唆された.
現在,国内においても,S. pneumoniae における フルオロキノロン耐性株の分離頻度は低いものの 報告されている.耐性機構は DNA gyrase および DNA topoisomerase IV の遺伝子変異であること より,治療にフルオロキノロンを使用することが 耐性化を助長し, 耐性株が増加すると考えられる.
S. pneumoniae のフルオロキノロン薬耐性には,
gyrA 遺伝子と parC 遺伝子における複数のアミ ノ酸変異が重要であるものの,LVFX 感受性株の 中にも parC 遺伝子の単独変異株が 存 在 し て お り,治療により gyrA 遺伝子が変異することも考 えられ今後の動向が注目される.
文 献
1)Yoshida H, Bogaki M, Nakamura M, Nakamura S : Quinolone resistance-determining region in the DNA gyrasegyrAgene ofEscherichia coli.An- timicrob Agents Chemother 1990;34:1271―2.
2)Pan XS , Ambler J , Mehtar S , Fisher LM : In- volvement of topoisomerase IV and DNA gyrase as ciprofloxacin targets in Streptococcus pneumo- niae.Antimicrob Agents Chemother 1996;40:
2321―6.
3)Pan XS, Fisher LM:Cloning and characteriza- tion of theparC andparE genes ofStreptococcus pneumoniae encoding DNA topoisomerase IV : role in fluoroquinolone resistance . J Bacteriol 1996;178:4060―9.
4)宮本仁志,村瀬光春:Levofloxacin 耐性Strepto- coccus pneumoniaeに お け る DNA gyrase と Top- oisomerase IV の遺伝子解析.感染症誌 2002;
76:898―9.
5)宮本仁志,井上千春,村上 忍,村瀬光春:臨床
材料より分離さ れ たStreptococcus pneumoniaeの 遺伝子解析と薬剤感受性.日臨微誌 2001;11:
90―7.
6)日本化学療法学会抗菌薬感受性測定法検討委員 会報告(1992)(委員会:斉藤厚):微量液体希釈 法による MIC 測定法―日本化学療法学会標準法
(修正・追補).Chemotherapy 1993;41:184―9.
7)National Committee for Clinical Laboratory Stan- dards : Methods for dilution antimicrobial sus- ceptibility tests for bacteria that grow aerobi- cally. 5th ed., Approved standard M7-A5. NCCLS, Wayne, USA, 2000.
8)千葉菜穂子, 小林玲子, 長谷川恵子, 生方公子,
紺野昌俊:肺炎球菌に対するカルバペネム系薬 の 抗 菌 作 用 の 比 較.日 化 療 会 誌 2002;50:
161―70.
9)Pan XS, Fisher LM:Targeting of DNA gyrase in Streptococcus pneumoniae by sparfloxacin : selec- tive targeting of gyrase or topoisomerase IV by quinolones . Antimicrob Agents Chemother 1997;41:471―4.
10)Pan XS, Fisher LM:DNA gyrase and topoisom- erase IV are dual targets of clinafloxacin action in Streptococcus pneumoniae.Antimicrob Agents Che- mother 1998;42:2810―6.
11)Taba H , Kusano N : Sparfloxacin resistance in clinical isolates of Streptococcus pneumoniae: in- volvement of multiple mutations ingyrAandparC genes . Antimicrob Agents Chemother 1998 ; 42:2193―6.
12)Davidson R, Cavalcanti R, Brunton JL, Bast DJ, Azavedo JCS , Kibsey P , et al. : Resistance to levofloxacin and failure of treatment of pneumo- coccal pneumonia . N Engl J Med 2002 ; 346 : 747―50.