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化学と生物 Vol. 55, No. 3, 2017
長寿 ・ がん化耐性げっ歯類ハダカデバネズミ iPS 細胞の腫瘍化耐性機構
がん化耐性ハダカデバネズミ由来 iPS 細胞の腫瘍化耐性メカニズム
ハダカデバネズミ(図1)は,マウスと同等の約10セ ンチメートルの大きさでありながら,寿命がマウスの約 10倍(平均生存期間約30年)という長寿命のげっ歯類 である.さらに,その長い生涯で極めて腫瘍ができにく いという,がん化耐性の特長を有する(1).ハダカデバネ ズミの長寿やがん化耐性のメカニズムを解明することに より,人間の健康長寿やがんの予防に役立つことが期待 され,世界的に注目を集めている(2).
正常な体細胞は,がん遺伝子の活性化やがん抑制遺伝 子の不活性化の異常が起こると,腫瘍を形成する.ま た,体細胞を初期化することで作製される人工多能性幹 細胞(induced pluripotent stem cells; iPS細胞)は,未 分化な状態で生体に移植されると腫瘍(奇形腫)を形成 する性質がある.iPS細胞とがん細胞は,半永久的に増 殖をする能力があるなど,さまざまな共通点が存在す る.近年,体細胞からiPS細胞への初期化過程とがん化 過程にも,共通したメカニズムが存在することが明らか になってきている.そこで,筆者らは,ハダカデバネズ ミのようながん化耐性動物からiPS細胞を作製できるの か,また,作製できた場合にiPS細胞は腫瘍形成能(奇 形腫形成能)を有するかを検証した(3).
はじめに,ハダカデバネズミの皮膚から線維芽細胞を 作製し,マウスやヒトなどほかの動物と同等の方法で,
初期化に必要なOct4, Sox2, Klf4, cMycの4因子を遺伝 子導入したところ,ハダカデバネズミiPS細胞の作製に 成功した.ハダカデバネズミiPS細胞は培養下での多分 化能をもつにもかかわらず,未分化な状態で生体に移植
しても,ほかの動物のiPS細胞のように腫瘍を形成せ ず,腫瘍化耐性をもつことが判明した.
次に,ハダカデバネズミiPS細胞の腫瘍化耐性メカニ ズムを解析した.腫瘍形成能をもつマウスやヒトのiPS 細胞では,2つのがん抑制遺伝子Inhibitor of cyclin-de- pendent kinase 4a(INK4a)と Alternative reading frame(ARF)の発現が強く抑制されている(4).しかし ながら,ハダカデバネズミiPS細胞では,INK4aの発現 は抑制されている一方で,ARFの発現は活性化状態が 保たれていた.
また,マウスES細胞の腫瘍形成能における重要因子,
がん遺伝子ES cell expressed Ras(ERAS)(5)の配列を 解析したところ,ハダカデバネズミのERASにはほかの 動物では認められない4塩基の挿入が存在し,ERASタ ンパクの機能不全をもたらすフレームシフト変異が生じ ていた.
これらの知見をもとにして,筆者らは,ハダカデバネ ズミiPS細胞で,活性化しているARFを人工的に抑制 し,機能不全のハダカデバネズミERASの代わりにマ ウスのERasをハダカデバネズミiPS細胞に導入した.
結果として,ハダカデバネズミiPS細胞は腫瘍形成能を 獲得し,生体へ移植すると奇形腫を形成した.さらに,
ハダカデバネズミから得られた知見をもとにして,マウ スから作製されたiPS細胞でハダカデバネズミと同様に Arfを活性化させると,生体に移植した際の腫瘍形成能 が著しく抑制されることが明らかになった.以上の結果 から,ハダカデバネズミiPS細胞は,ARFの活性化と
図1■ハダカデバネズミiPS細胞の腫瘍化 耐性メカニズム
左:ハダカデバネズミ.右:ハダカデバネズ ミは活性化したARFが抑制されると2つ目 の防御機構としてハダカデバネズミ特有の細 胞老化(ASIS: ARF suppression induced se- nescence)を生じる.その結果として,作製 されたiPS細胞は腫瘍を形成しない.
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ERASの機能欠失により腫瘍化耐性をもっていると考え られた.
初期化やがん化の誘導は,正常な細胞に各種のストレ スを与える.ARFはこれらのストレスに応答して活性 化し,細胞を初期化やがん化から防御する働きがある.
このARFによる防御機構を突破した細胞が,iPS細胞 やがん細胞になると考えられている.実際に,iPS細胞 や多くのがん細胞ではARFが抑制または欠失している ことが報告されている(4).また,マウスにおいて,iPS 細胞の作製過程にARFを抑制すると,マウス細胞の増 殖速度は上昇し,より多くの細胞がiPS細胞になること が知られている(6).
筆者らは,ハダカデバネズミでも同様の実験を行い,
ストレスに対する応答性を検証した.ハダカデバネズミ 細胞に初期化因子を導入して初期化ストレスを与えたと ころ,マウスやヒトと同様にARFの活性化が認められ た.次に,初期化ストレス下で活性化したARFを人工 的に抑制したところ,マウスとは対照的に,ハダカデバ ネズミ細胞は増殖を停止し,初期化された細胞が出現し なくなった.解析の結果,ARFが抑制されたハダカデ バネズミ細胞は,がん抑制機構の一つである「細胞老 化」を生じていた.筆者らはこの現象を,ハダカデバネ ズミ細胞の腫瘍化耐性機構の一つとして「ASIS: ARF suppression-induced senescence(ARF抑 制 時 細 胞 老 化)」と命名した.つまり,ハダカデバネズミでは,初 期化ストレス下でARFが抑制されると,細胞老化が誘 導され,細胞が増殖を停止するため,対照的に増殖する 細胞であるARFの活性化が維持された腫瘍化耐性iPS 細胞が選択されたと考えられる.
次に,ASISが初期化過程のみならず,がん化過程で も生じうるかを検証した.ハダカデバネズミ細胞にがん 化ストレスとして,がん遺伝子cMYCの過剰発現や,
マイトマイシンCによるDNA障害,および細胞培養に よる増殖ストレスを加えるとARFの活性化が生じるこ とが知られている(7).ARFが活性化したハダカデバネ ズミ細胞においてARFを人工的に抑制した結果,これ らのがん化ストレス下でも同様にASISが生じることが 判明した.
マウスやヒトなどの哺乳類の細胞では,初期化やがん 化のストレスを受けると,防御機構としてARFが活性 化され,その破綻の結果として腫瘍を形成する能力を有 する細胞が出現する.一方で,ハダカデバネズミでは,
ARFの活性化のみならず,活性化されたARFが抑制さ れてしまう状況下でもASISが機能し,二重の防御機構 で初期化やがん化を抑制すると考えられる.
iPS細胞は,さまざまな細胞へと分化する多能性をも つことから,細胞移植治療への応用が期待されている が,腫瘍形成能が細胞移植治療の障害の一つになってい る.今回明らかになったハダカデバネズミiPS細胞に特 有の腫瘍化耐性メカニズムを応用することにより,将来 的に,より安全なヒトiPS細胞の作製につながる可能性 がある.
ハダカデバネズミには特有のがん化耐性メカニズムの 一つであるASISが存在する.今後,ASISの詳細なメ カニズムが解明されることによって,ハダカデバネズミ の「体のがん化耐性」の仕組みが明らかになり,将来的 には人間にも応用できる新たながん化抑制方法の開発に つながると期待される.
1) R. Buffenstein: , 178, 439 (2008).
2) 河村佳見,宮脇慎吾,岡野栄之,三浦恭子:化学と生物,
52, 189 (2014).
3) S. Miyawaki, Y. Kawamura, Y. Oiwa, A. Shimizu, T.
Hachiya, H. Bono, I. Koya, Y. Okada, T. Kimura, Y.
Tsuchiya : , 7, 11471 (2016).
4) H. Li, M. Collado, A. Villasante, K. Strati, S. Ortega, M.
Cañamero, M. A. Blasco & M. Serrano: , 460, 1136 (2009).
5) K. Takahashi, K. Mitsui & S. Yamanaka: , 423, 541 (2003).
6) T. Kawamura, J. Suzuki, Y. V. Wang, S. Menendez, L. B.
Morera, A. Raya, G. M. Wahl & J. C. I. Belmonte: , 460, 1140 (2009).
7) S. Miyawaki, Y. Kawamura, T. Hachiya, A. Shimizu & K.
Miura: , 35, 42 (2015).
(宮脇慎吾,三浦恭子,北海道大学遺伝子病制御研究所 動物機能医科学研究室)
プロフィール
宮脇 慎吾(Shingo MIYAWAKI)
<略歴>2011年岐阜大学応用生物科学部 獣医学課程卒業/2013年日本学術振興会 特別研究員(DC2)/2015年慶應義塾大学 医学研究科博士課程修了,博士(医学)/同 年北海道大学遺伝子病制御研究所/同年日 本学術振興会特別研究員(PD)/2016年徳 島大学先端酵素学研究所助教<研究テーマ と抱負>動物の発生から病気の発生を学 び,動物の病気から人間の病気を学ぶ研究
<趣味>イカ・タコ・タイ釣り
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三浦 恭子(Kyoko MIURA)
<略歴>2003年奈良女子大学理学部化学 科卒業/2010年京都大学医学部再生医科 学研究所博士課程修了,博士(医学)/同年 慶應義塾大学医学部生理学教室特別研究助 教/2011年 日 本 学 術 振 興 会 特 別 研 究 員
(SPD)/2012年科学技術振興機構さきが け専任研究者・慶應義塾大学医学部生理学 特任講師/2014年北海道大学遺伝子病制 御研究所動物機能医科学研究室講師(テ ニュアトラック)/2016年同准教授<研究 テーマと抱負>「社会性」齧歯類ハダカデ バネズミの老化耐性の謎に迫る<趣味>散 歩,旅行
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.155
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