特 集 病理診断における細胞診と組織診の使い分け
唾液腺腫瘍の細胞診と組織診
昭和大学歯学部口腔病態診断科学講座口腔病理学部門
河野 葉子
緒 言
唾液腺は口腔内に唾液を分泌する外分泌腺で,大 唾液腺と小唾液腺の 2 種に分類される.大唾液腺は 耳下腺,顎下腺,舌下腺の 3 対で,小唾液腺は口 唇,頬粘膜,舌,口蓋,口腔底など腺細胞の小集塊 として多数口腔内に分布する.大唾液腺は腺房,導 管から構成され,各大唾液腺において,その形態に 違いがみられる(図 1).
耳下腺小葉は純漿液性腺房で,導管は介在部と線 条部が発達していて長い.
顎下腺小葉は混合腺房(漿液性腺房と粘液性腺 房)で,漿液性腺房がやや多くみられる.導管は介 在部の発達が悪く,線条部が発達している.
舌下腺小葉は混合腺房で,粘液腺房が多い.導管 は介在部と線条部の発達が悪く,大部分が排泄(排 出)導管である1).
唾液腺疾患としては炎症,腫瘍が主体をなし,穿 刺吸引細胞診は唾液腺病変が急速に増大した場合な どに行われることが多く,迅速性,低侵襲性,簡便 性などの利点があり,多くは腫瘍の良性・悪性の鑑 別を目的として行われる.
臨 床 事 項
唾液腺腫瘍の細胞診断における重要な要素とし て,発生部位,年齢・性別などの臨床的背景や片側 性あるいは両側性,無痛性か有痛性かなどの臨床所 見が挙げられる.それらの情報をベースとして細胞 像や組織像を観察することが望ましく,臨床情報は 診断への有用な指標となる.
腫瘍は耳下腺に最も多く発生し,悪性腫瘍に比べ て良性腫瘍の発生頻度が高い.しかしながら発生部 位によっては悪性腫瘍の頻度が高いことがあり,腫瘍
型によっても部位特異性がみられる.一般的に良性 と悪性の比率は,耳下腺では約 4:1,顎下腺では 約 2:1 である.唾液腺腫瘍の多くは成人に発生し,
腫瘍型によっては年齢が低い場合に多く発生する腫 瘍や,高い場合に発生する腫瘍もある.性別では多 形腺腫は女性に多く,ワルチン腫瘍は男性に多いと いう特徴がみられる.良性腫瘍の発生では多形腺腫 が約 2/3 を占めており,ワルチン腫瘍,基底細胞腺 腫が続いている.悪性では腺房細胞癌,粘表皮癌,
腺様嚢胞癌が多い.部位特異性として,ワルチン腫 瘍のほとんどは耳下腺に発生し,他の腫瘍も耳下腺 に多く発生する.小唾液腺を好発部位とする腫瘍に は細管状腺腫(上唇),多型低悪性度腺癌(口蓋)
がある.
組織型分類
唾液腺腫瘍の穿刺吸引細胞診断では,細胞診で得 られた細胞像から組織像を類推できるかどうかが重 要である.唾液腺腫瘍は頭頸部腫瘍の約 2.5 〜 6%
を占めるに過ぎないが,唾液腺腫瘍の組織学的分類
(WHO,2005 年,第 3 版)では,悪性 24,良性 10
(亜分類をいれて 13)の腫瘍型が決定されていたが,
WHO 第 4 版(2017 年)の唾液腺腫瘍分類では,第 3 版(2005 年)でみられた low-gradeʼ が削除され,
adenocarcinoma, NOS の中に cystade nocarcinoma, mu cinous adenocarcinoma, intestinal adenocarcinomaが 含まれる.Poorly differentiated carcinomaはun dif- ferentiated carcinoma, large cell neuro endocrine carcinoma, small cell neuro endocrine carcinomaに分類さ
れる.新しい分類にsecretory carcinoma が入ってい る.これは乳腺分泌癌の組織型に類似し,ETV6- NTRK3 遺伝子融合がみられることで acinic cell car- cinomaから分けられている.第3版で Inverted duct-
al papilloma と intraductal papilloma に分けられてい たが,第 4 版では同一の病変と考え ductal pap illoma となっている.2017 年の新分類では悪性 21(亜分類を いれて 23),良性 11 の腫瘍型となった(表 1).
唾液腺に発生する腫瘍の大多数は上皮性腫瘍で,
非上皮性腫瘍は他臓器に発生するものと違いがみられ ないため,今回は上皮性腫瘍を列挙した.他に軟部腫 瘍,血液リンパ球系腫瘍,二次性腫瘍が挙げられる.
腫瘍の発生は大きく分けて導管上皮細胞/腺房細 胞へ分化する腫瘍,筋上皮細胞へ分化する腫瘍,両 方への分化を示す二層性腫瘍の 3 型に分類される
(図 2).
唾液腺腫瘍の多くは導管上皮細胞と筋上皮細胞の 二層性を示し,形態的類似性として介在部導管との 関連が示唆されている(多形腺腫,基底細胞腺腫,
基底細胞腺癌,腺様嚢胞癌など).二層性を構成す る細胞の比率により腫瘍の形態に違いがみられ,同 一腫瘍内でも多彩な像を示す.導管上皮細胞のみへ の分化を示すのはワルチン腫瘍とオンコサイト―マ で,線条部導管細胞への分化を示している.筋上皮 細胞への分化を示し,管腔側上皮細胞への分化がみ られないのは筋上皮腫と筋上皮癌である.しかしな がら腫瘍性筋上皮細胞の形態は紡錘形,形質細胞様 など多彩な像を示す.
腫瘍性病変の細胞像と組織像について 良性腫瘍と悪性腫瘍の中で,頻度が高い病変の細 胞像と組織像を対比して示す.
1.良性腫瘍 1)多形腺腫
全唾液腺腫瘍の約 60 〜 70%を占める最も頻度が
高い腫瘍である.30 〜 40 歳代の女性に多くみられ,
耳下腺,顎下腺,および小唾液腺に発生し,無痛性 の緩慢な発育を示す.耳下腺では約 90%が浅葉に
表 1 唾液腺腫瘍の組織型分類(新WHO分類,2017年,第4版)
Malignant epithelial tumours 悪性上皮性腫瘍 Mucoepidermoid carcinoma 粘表皮癌 Adenoid cystic carcinoma 腺様嚢胞癌 Acinic cell carcinoma 腺房細胞癌 Polymorphous adenocarcinoma 多型腺癌 Clear cell carcinoma 明細胞癌 Basal cell adenocarcinoma 基底細胞腺癌 Intraductal carcinoma 導管内癌 Adenocarcinoma, NOS 腺癌 NOS Salivary duct carcinoma 唾液腺導管癌 Myoepithelial carcinoma 筋上皮癌 Epithelial-myoepithelial
carcinoma 上皮筋上皮癌
Carcinoma ex pleomorphic
adenoma 多形腺腫由来癌
Secretory carcinoma 分泌癌 Sebaceous adenocarcinoma 脂腺癌 Carcinosarcoma 癌肉腫 Poorly differentiated carcinoma 低分化癌 Undifferentiated carcinoma 未分化癌 Large cell neuroendocrine
carcinoma 大細胞神経内分泌癌 Small cell neuroendocrine
carcinoma 小細胞神経内分泌癌 Lymphoepithelial carcinoma リンパ上皮癌 Squamous cell carcinoma 扁平上皮癌 Oncocytic carcinoma オンコサイト癌 Uncertain malignant potential 潜在的に悪性の可能
性が示唆される Sialoblastoma 唾液腺芽腫 Benign epithelial tumours 良性上皮性腫瘍 Pleomorphic adenoma 多形腺腫 Myoepithelioma 筋上皮腫 Basal cell adenoma 基底細胞腺腫 Warthin tumour ワルチン腫瘍
Oncocytoma オンコサイトーマ
Lymphadenoma リンパ腺腫 Cystadenoma 嚢胞腺腫
Sialadenoma papilliferum 乳頭状唾液腺腺腫 Ductal papilloma 導管乳頭腫 Sebaceous adenoma 脂腺腺腫 Canalicular adenoma and other
ductal adenomas 細管状腺腫と他の導 管腺腫
図 1 大唾液腺の腺房・導管の模式図1)
みられている4‑6). <細胞所見>
異型の乏しい上皮様細胞集塊と形質細胞様細胞,
紡錘形の形態を示す腫瘍性筋上皮細胞が間質粘液様 成分と混在して認められる.上皮性細胞集塊には腺 管様構造や扁平上皮様細胞がみられることがある.
間質粘液様成分は Papanicolaou 染色でライトグ リーン淡染性や淡紫性を示す.
<組織所見>
上皮成分と間質様成分が混在し,多彩な像を呈す る.上皮成分の腫瘍細胞は立方状,形質細胞様,基 底細胞様,扁平上皮様などがみられ,淡明細胞やオ ンコサイトを混じている.上皮細胞は管状,索状,
胞巣状などを呈して増殖している.周囲には粘液腫 様,軟骨様,硝子様などの間質様成分がみられる.
腫瘍細胞は多彩であるが,異型に乏しく核分裂像は みられない.
多形腺腫の病期が長く,急激に増大してきたとい う臨床所見があり,組織像で上皮に異型がみられる 場合は,多形腺腫由来癌を考える.
2)ワルチン腫瘍
多形腺腫に次いで発生頻度が高い良性腫瘍であ る.耳下腺では良性腫瘍の 10%以上を占める.50 歳以上の男性に好発する.近年,女性の発生率が増 加しているが,喫煙との関係が示唆されている4‑6). <細胞所見>
多数の成熟したリンパ球を背景とする像が特徴的 である.上皮は高円柱状,立方状などの好酸性細胞
図 2 唾液腺腫瘍の 3 型2,3)
図 3 多形腺腫
組織所見;粘液腫様,線維性,硝子様間質と混在して,腺管状や充実性に増殖する上皮成分を認める.
細胞所見;粘液腫瘍間質とともに,異型の乏しい筋上皮細胞を認める(Papanocolau and PAS).
図 4 ワルチン腫瘍
組織所見;好酸性の細胞質を有する円柱上皮と立方上皮の 2 層性上皮で覆われた嚢胞性,乳頭状病変を認める.
嚢胞壁には胚中心を有するリンパ濾胞を認める.
細胞所見;リンパ球を背景に上皮細胞集塊を認める.細胞質には好酸性顆粒を認める.
(オンコサイト)が集塊をなす.細胞質内に好酸性 顆粒を含有する.
<組織所見>
好酸性の円柱状細胞と立方状細胞が 2 層性に,円 柱状細胞は内腔側に,小型の立方状細胞は基底膜側 に位置して,乳頭状・嚢胞状や管状構造を呈して増 殖している.間質には胚中心を有するリンパ組織を 認める.
2.悪性腫瘍 1)粘表皮癌
全唾液腺腫瘍の 3 〜 15%を占める.大唾液腺で は耳下腺に多く,小唾液腺では口蓋腺に好発する.
好発年齢は 30 〜 50 歳代で,無痛性で緩慢な発育を する.一般に腫瘍内に粘液細胞の比率が高い場合は 低悪性,扁平上皮細胞の比率が高く,充実性増殖し ている場合は高悪性である.低悪性〜中悪性度の粘 表皮癌は女性に多く,高悪性度は男性に多く認めら れる4‑6).
<細胞所見>
扁平上皮細胞,中間細胞,粘液細胞の混在を特徴
とする.扁平上皮細胞はシート状の小集塊として認 められる.粘液細胞は,細胞質が空胞状で,杯細胞 に類似した形態を示す.中間細胞は扁平上皮細胞よ りやや核が小型で N/C 比は中等度である.
<組織所見>
扁平上皮,中間細胞,粘液細胞が混在し,細胞が 占める比率により低悪性度,中等度悪性度,高悪性 度を判定する.扁平上皮細胞は細胞間橋がみられ,
細胞質は淡好酸性である.粘液細胞の核は偏在し,
淡明な細胞質を有する.粘液細胞は嚢胞内面を裏打 ちしていることが多い.中間細胞は小型で類円形の 核を有する.
2)腺様嚢胞癌
全唾液腺腫瘍の 5 〜 10%を占める.発育は緩慢で あるが,痛みや麻痺症状が発現し,顔面神経麻痺を 伴うことがある.好発年齢は 40 〜 60 歳で,顎下腺,
耳下腺,小唾液腺(口蓋腺など)に発生する4‑6). <細胞所見>
比較的均一で小型円形〜卵円形の腫瘍細胞が,
Papanicolaou 染色でライトグリーン淡染性および
図 5 粘表皮癌
組織所見;杯細胞様の粘液細胞,扁平上皮細胞,中間細胞を認める.壊死や核分裂像 は目立たない.
細胞所見;粘液様物質と唾液腺上皮の集塊を認める.下右図では管腔状構造を呈し 細胞診で正常または良性と診断した例である.ている.
透明な球状硝子様物質(粘液球)を取り囲むように して配列している像が特徴である.この配列は組織 所見の篩状構造に相当する.腫瘍細胞は核クロマチ ンに富み,N/C 比が高く,管状配列や篩状配列,
敷石状配列を示す部分も認められる.
<組織所見>
N/C 比が高く,均一でクロマチンに富む小型卵 円形核を有する小型の細胞が,充実性や篩状構造を 形成して増殖している.篩状構造には偽嚢胞の部分 や真の腺管が混在している.腺管形成部は内腔側の
立方状導管上皮系細胞とその外側には筋上皮系細胞 が位置する 2 層構造である.充実性や篩状,腺管状 などのいずれの増殖形態においても,神経線維束周 囲への浸潤像が認められることが多い.
ま と め
唾液腺腫瘍は多彩な像を示し,細胞診で一部を採 取してきた場合に全体像が把握できないことが多 く,また,腫瘍細胞に異型が乏しい腫瘍の場合は良 性と悪性との鑑別が困難なことがある.腫瘍細胞の
表 2 細胞所見と代表的な腫瘍型4)
良性 悪性
明細胞
筋上皮腫,明細胞型 筋上皮癌,明細胞型
オンコサイトーマ,明細胞型 明細胞癌 NOS
多形腺腫 上皮筋上皮癌
脂腺腺腫 脂腺癌
粘表皮癌,明細胞型 腺房細胞癌,明細胞型
オンコサイト
ワルチン腫瘍 オンコサイト癌
オンコサイトーマ 粘表皮癌
嚢胞腺腫 唾液腺導管癌
筋上皮腫 嚢胞膜癌
多形腺腫 筋上皮癌
腺房細胞癌
扁平上皮
多形腺腫 扁平上皮癌
筋上皮腫 粘表皮癌
ワルチン腫瘍 筋上皮癌
基底細胞腺腫 基底細胞腺癌
上皮筋上皮癌 図 6 腺様嚢胞癌
組織所見;軽度クロマチンの増加した腫瘍細胞が,小胞巣状〜篩状に増殖している.小胞巣には偽嚢胞の部 分や真の腺管がみられる.中央の PAS 染色で,偽嚢胞腔内には PAS 陰性物質の貯留,真の腺管 内には PAS 陽性(上皮性ムチン)物質を認める.
細胞所見;球状の粘液と粘液を取り囲むように N/C 比増大,クロマチン増量を示す異型細胞を認める.
上皮に胞巣形態が篩状にみられるものに,良性腫瘍 では多形腺腫,筋上皮腫,基底細胞腺腫,悪性腫瘍 では腺様嚢胞癌,基底細胞癌,筋上皮癌,唾液腺導 管癌などがあり,少量の上皮成分だけでは鑑別困難 なことがある.表 2 では細胞所見(形態と染色性)
によって,鑑別の必要な腫瘍がまとめられている4). 腫瘍型の特徴とする細胞の分化(化生)は,明細 胞,オンコサイト,扁平上皮などのどれを主体とし ているかで大きく分けられる可能性があるが,筋上 皮腫では明細胞,オンコサイト,扁平上皮が認めら れるため,確定は難しいが,それだけの種類の細胞 が確認された場合,筋上皮腫と考えるという方法も ある.また,間質の所見が診断の確定に重要な場合 がある.間質に S-100 蛋白陽性の紡錘形細胞が認め られる場合,基底細胞腫/基底細胞癌を考える.ま た,軟骨様,骨様基質が間質にみられた場合は多形 腺腫を考える.リンパ組織を伴う場合はワルチン腫 瘍,リンパ腺腫などを考える.
細胞診で,典型的な細胞像がみられる場合は確定 しやすいが,多彩な像の一部分を採取してきた可能 性も考えられるので,唾液腺腫瘍の場合は臨床所見
(部位,年齢,経過など)をふまえたうえで,細胞
診断,組織診断をする必要がある.
文 献