: 4-18 (2015) 4 特集/組織のファンディング
スタートアップ企業の資本構成
本庄 裕司(中央大学 商学部 教授) キーワード 資本構成,デットファイナンス,エクイティファイナンス,スタートアップ Ⅰ.はじめに バブル景気崩壊後に長期の景気停滞期を経験し た日本では,将来的な雇用創出やイノベーション の担い手として,これまでの企業に代わる,新し い企業の登場に大いに期待が寄せられている.近 年,新たに事業をはじめる企業への資金面での創 業支援政策がいくつか試みられているが,その背 景には,起業家や新しい企業の登場を通じた経済 活性化への期待がある1).それと同時に,資金調 達が創業間もないスタートアップ期の企業(以 下,「スタートアップ企業」と呼ぶ)にとって大 きな障害の 1 つであることを物語っている2).金 融機関や投資家からみれば,事業実績の乏しいス タートアップ企業に多額の資金を提供することは 難しい.なぜなら,金融機関や投資家は必ずしも こうした企業の事業内容を十部に把握しておら ず,相対的にリスクの高い資金提供先に映るから である.別の視点からいえば,スタートアップ企 業がいかに資金を調達して資本を構成していくか は,事業を成功させて経済活性化に貢献し得る試 金石といえるだろう. 本稿は,日本のスタートアップ企業の資金調達 に注目した分析を試みる.スタートアップ期の重 要な外部金融であるデットファイナンスに焦点を あて,資本構成の経年的な変化を示す.検証結果 から,スタートアップ企業は,設立後にエクイテ ィファイナンスよりもデットファイナンスを相対 的に増加させることを明らかにした.あわせて, 簡単な動学パネルデータモデルを用いて,スター トアップ企業のデットファイナンスの決定要因を 分析する.推定結果から,キャッシュフローの小 さい企業,成長率の高い企業,固定資産比率の高 い企業ほど,デットファイナンスを増加させてお り,また,資本構成は過去の資本構成に依存する ことを示した. 本稿の構成は以下のとおりである.第 II 節で は,研究の背景として,資本構成,資金調達成長 サイクル,および,スタートアップ企業の資本構 本稿では,日本のスタートアップ企業を対象に,資本構成に 注目した分析を試みる.スタートアップ期の重要な外部金融で あるデットファイナンスに焦点をあて,資本構成の経年的な変 化を示す.検証結果から,スタートアップ企業は,設立後にエ クイティファイナンスよりもデットファイナンスを相対的に増 加させることを明らかにした.あわせて,簡単な動学パネルデ ータモデルを用いて,スタートアップ企業のデットファイナン スの決定要因を分析する.推定結果から,キャッシュフローの 小さい企業,成長率の高い企業,固定資産比率の高い企業ほ ど,デットファイナンスを増加させており,また,資本構成は 過去の資本構成に依存することを示した.成に関係する先行研究を紹介する.第 III 節で は,本稿における理論的な考え方や分析方法を説 明し,第 IV 節では,本稿で用いるデータを説明 する.第 V 節では,検証結果を示し,最後に本 稿をまとめる. Ⅱ.研究の背景 1.資本構成 企業は,事業活動のために資金を調達する.こ の資金調達を大別すると,負債と純資産(資本) の 2 つにわけられる.負債に含まれる資金調達 は,金融機関からの借入金,社債あるいは企業間 信用などがあり,これは資金を提供する側からみ れば融資となる.一方,純資産に含まれる資金調 達は,株式発行(増資)などがあり,これは資金 を提供する側からみれば出資となる. 企業の負債と純資産(資本)との割合を資本構 成と呼ぶが,資本構成をどのようにすべきかにつ いては「最適資本構成」の問題として長らく論じ られてきた.その基本と呼ぶべき伝統的な考えが Modigliani & Miller (1958)による最適資本構成 の原理,いわゆる「モジリアーニ・ミラーの定理 (MM 理 論 )」(Modigliani
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Miller theorem) で あ る.MM 理論にしたがえば,税金を無視できる ことのほか,市場の参加者がすべての情報を共有 し,リスクなく瞬時に資金を移動できるといった 完全な資本市場を前提とすれば,負債であっても 純資産であっても企業価値に変わりない.別の言 い方をすれば,こうした前提のもとで負債と純資 産との間に資金調達コスト(あるいは資本コス ト)に違いが生じないため,企業価値に差異が生 まれない. MM 理論の前提には,完全な資本市場があり, そのもとで資金調達コストに違いは生じない.し かし,現実を顧みれば,当然ながらこうした前提 は成り立たない.税金の存在および支払利子の損 金扱いは,負債の節税効果を生み出し,負債によ る資金調達の優位性につながる.一方,金融機関 や投資家がすべての情報を有するといった完全な 資本市場の前提も現実的でない.負債比率が高く なると,金融機関や投資家が債務不履行(de‑ fault)のリスクをおそれ,こうしたデフォルト リスクの上昇にともなう「破綻懸念コスト」(cost of financial distress)(あるいは「倒産コスト」) が発生する.このようなことから,資金調達コス トに違いが発生し,その結果,企業はその違いに もとづいて最適な資本を構成する. いうまでもなく,すべての事業で成功が担保さ れているわけではなく,事業には不確実性をとも なう.また,たとえ将来的に成長を期待できる事 業であっても,金融機関や投資家が企業の資金需 要に応じられるわけではない.金融機関や投資家 は,必ずしも事業の詳細について十分に精通して おらず,企業と同じ程度に事業に対する知識を有 していない.そのため,金融機関や投資家が事業 の将来性を正しく評価することは容易でない.す なわち,企業と金融機関あるいは投資家との間に は情報の非対称性が存在する.こうした情報の非 対称性は,逆選択やモラルハザードに依拠するエ ージェンシーコストを生み出す.たとえ優れた事 業計画をもつ企業が金融機関や投資家に対して自 らの事業がいかに優れているかを積極的にアピー ルしても,優れていない事業計画をもつ企業が金 融機関や投資家に対して同様にアピールできる状 況であれば,いずれの事業計画が優れているかを 識別できない.このことから金融機関や投資家が 提案した事業計画を全面的に信じて資金を提供す ることは難しい.もちろん金融機関や投資家も必 要な情報を入手しようと努力するだろうが,こう した行動はモニタリングコストをともない,外部 金融の資金調達コストの増加につながる. それでは,企業はどのように資金を調達し,資 本を構成すると考えられるだろうか.すでに述べ たとおり,企業と金融機関あるいは投資家との間 の情報の非対称性はエージェンシーコストを生み 出す.そのため,外部金融の資金調達コストは内 部金融よりも大きいと考えられている(e.g., Car‑ penter & Petersen, 2002a, 2002b).この場合, 企業は資金調達コストの小さい内部金融から優先 的に利用し,結果として資金調達に序列が生じ る.これを一般的に「ペッキングオーダー仮説」(pecking
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order hypothesis)と呼ぶ(e.g., Myers, 1984 ; Myers & Majluf, 1984).ペッキングオー ダー仮説にしたがえば,企業は内部金融を優先的 に利用し,その後,外部金融を利用する.外部金 融についていえば,借入金といった負債の資金調 達コストのほうが増資といった純資産(資本)の 資金調達コストよりも小さいと考えられているた め,この前提にしたがえば,企業は内部資金,負 債,純資産の順序で資金を調達することになる3). ペッキングオーダー仮説に対して,負債と純資 産(資本)の資金調達コストのバランスにしたが って最適資本構成が存在し,企業はこれを目標に 資本を構成するという考えがある.これを「トレ ードオフ仮説」(trade-
off hypothesis)と呼ぶ. 外部金融のうち,負債は節税効果を享受できる一 方,破綻懸念コストや負債のエージェンシーコス トをともなう.とくに,負債比率が高くなると破 綻懸念コストが著しく増加することから,こうし た状況では負債の資金調達コストが相対的に増加 する.この仮説のもとでは,負債と純資産のバラ ンスにしたがって資金調達コストが決定され,こ れにもとづき企業は最適資本構成を達成すると考 えられている. 企業の資本構成について,先行研究では,ペッ キングオーダー仮説とトレードオフ仮説のどちら があてはまりやすいかを検証してきた.たとえ ば,Shyam-
Sunder & Myers (1999)は,データ ベース Compustat から得られた 157 社のサンプ ルを用いて,それぞれの仮説の説明力を検証し, 結果的に,ペッキングオーダー仮説を支持した. 一方,Frank & Goyal (2003)は,Shyam-
Sunder & Myers のサンプルにおけるバイアスを修正し たうえで推定を行い,その結果,ペッキングオー ダー仮説がそれほど説明力をもたないと結論づけ た.また,Helwege & Liang (1996)もペッキン グオーダー仮説を支持しない結果を示している4). しかしながら,そもそもこれらの 2 つの仮説は 互いに排他的なものだろうか.負債の資金調達コ ストが純資産(資本)の資金調達コストよりも小 さいと考えた場合,ペッキングオーダー仮説にし たがえば,企業は内部金融に次いで負債による資 金調達を優先的に利用する.しかし,負債比率が 高くなることで金融機関がデフォルトリスクをお それて資金の提供を渋る状況になれば,負債の資 金調達コストが上昇し,結果的に,純資産の資金 調達コストを上回る.ペッキングオーダー仮説に したがって資金調達コストの小さいものから序列 的に使用すると仮定しても,負債比率にしたがっ て資金調達コストが変化する状況を考えれば,負 債比率がある一定水準を超えることで資金調達コ ストが逆転し,その負債比率のもとで資金調達コ ストの小さいほうを利用する.したがって,これ らの 2 つの仮説が相反するものではなく,むしろ どちらの仮説がモデルとして説明しやすいかを論 じたに過ぎないと考えたほうがよい. 2.資金調達成長サイクル 前述したとおり,資金調達はスタートアップ企 業にとって大きな障害の 1 つといわれている.完 全な資本市場を前提とすれば,金融機関や投資家 は,将来的に事業を成功して成長するスタートア ップ企業の資金需要に応えられるだろう.しか し,たとえ企業に資金需要があっても,金融機関 や投資家が事業に資金を提供できると限らない. そこには,不確実性や情報の非対称性といった壁 が立ちはだかる.こうした要因は,スタートアッ プ企業にとって外部金融の資金調達コストの増加 につながり,これがスタートアップ期の資金調達 に影響を与え,さらには,資金制約(financial constraints)や金融機関による信用割当(credit rationing)につながっていく. 事業活動に歴史のない,あるいは,きわめて短 いスタートアップ期は,起業家自身,実際に事業 をはじめてみないとわからないことが多く,事業 の不確実性は大きい.また,企業と金融機関や投 資家との間に発生する情報の非対称性が顕著であ り,金融機関や投資家が事業実績の乏しいスター トアップ企業に対して資金の提供を躊躇すること は当然のことといえよう.そのため,外部金融の 資金調達コストは相対的に高くなり,また,貸出 量が制限される. しかし,その一方で,たとえスタートアップ期に不確実性や情報の非対称性が大きくても,その 後,企業が事業経験を積むことで自らの能力を正 しく知ることができれば,創業時と比較すると不 確実性は大幅に小さくなる5).加えて,その後の 事業実績を通じて情報の非対称性が緩和されれ ば,外部資金の資金調達コストは低下する.すな わち,起業家さらには資本市場が情報を有するこ とで,外部金融の資金調達コストが低くなり,そ れにともなって金融機関からの貸出量の増加を期 待できる. 事業活動を通じて不確実性や情報の非対称性が 緩和されて資金調達コストが低くなる,また,外 部金融による貸出量が増加すると期待できるなら ば,事業をはじめたい起業家は,創業時に多額の 資金調達コストを支払って資金を調達するより, むしろ過小の資金で事業をはじめて,その後の資 金需要の増加にあわせて資金を調達したほうが賢 明といえる.スタートアップ企業は,創業後の事 業実績を担保に,その後,望むべく資金調達や最 適な資本構成を達成していくと考えられる.この ように考えれば,資金調達は固定的でなく,むし ろ企業年齢にしたがって変化するととらえるべき だろう. Berger & Udell (1998)は,中小企業の資金調 達に注目し,企業年齢にしたがって資金調達に変 化がみられることを強調し,これを「資金調達成 長サイクル」(financial growth cycle)と呼んだ. こうした資金調達の変化の背景には,それぞれの 資金調達の経年的な変化が前提にあると考えられ る.仮に,それぞれの資金調達コストが経年的に 不変であれば,企業は常に資金調達コストの低い 方法を優先すればよく,企業年齢と関係なく常に 同じ方法で資金を調達することになる.しかし, 現実には,資金調達成長サイクルが示したよう に,企業年齢とともに資金調達は変化する.たと えば,スタートアップ企業がいきなり公募増資す ることはなく,逆に,ファミリー支配と無縁の歴 史ある大企業が創業者の親や親戚から資金を調達 することも考えにくい.このような現実を踏まえ れば,資金需要が変化し,また,それぞれの資金 調達の資金量と資金調達コストとの関係が変化し て,それに応じて企業は経年的に資本構成を変化 すると考えるべきである.資金調達成長サイクル にしたがえば,たとえば,前期に銀行借入金を利 用する一方,後期に公募増資を利用する.このこ とは,企業年齢の若いころ,公募増資は他の資金 調達と比較すると資金調達コストがきわめて高い ために実質的に利用できないが,銀行借入金は相 対的に資金調達コストが低く,若いころであって も利用できることを示唆している. ところで,スタートアップ期の外部金融による 資金調達といえば,ベンチャーキャピタルからの 資金調達に注目することは少なくない6).しか し,Huyghebaert, Van de Gucht, & Van Hulle (2007)が指摘するように,ベンチャーキャピタ ルの利用は,むしろバイオテクノロジーや情報通 信技術などの一部の産業に限定されやすく,ま た,Cosh, Cumming, & Hughes (2009)が示した ように,ベンチャーキャピタルは,成長志向をも つリスクの高い企業のみに対して資金提供の役割 をはたす傾向がみられる7).実際に,純資産によ る資金調達,すなわち,エクイティファイナンス は,スタートアップ期には起業家自身あるいは家 族や友人・知人といった関係者の範囲にとどまり やすく,また,一部の例外を除けば資金量に限界 がある.これに対して,負債による資金調達,す なわち,デットファイナンスは,スタートアップ 期には銀行借入金が大きな比率を占めるなど,主 要 な 役 割 を は た す(e.g., Storey & Greene, 2010)8).資金量からみれば,明らかに銀行借入 金のほうが潤沢であり,一般的なスタートアップ 企業の資金調達についていえば,デットファイナ ンスのほうが重要性は高いといえる. 3.先行研究 本節第 1 項では,企業の資金調達や資本構成に 関する議論やその検証結果を示した実証分析を一 部紹介した.ただし,これらの先行研究は,企業 年齢を統一したサンプルではない(e.g., Helwege & Liang, 1996 ; Shyam
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Sunder & Myers, 1999 ; Frank & Goyal, 2003).したがって,同じ資金調 達成長サイクルに直面している企業の資本構成を分析しておらず,資金調達を経年的にとらえる視 点を有していないため,その点で,企業のライフ サイクルを統一したサンプルのもとでの検証が残 されている.その一方で,スタートアップ期の資 金調達や資本構成の経年的な変化に注目した実証 分析はあまり多くみられていない.ただし,限定 的ながらも,いくつかの先行研究では,スタート アップ企業の資金調達や資本構成に注目してい る.ここでは,こうした先行研究の一部を紹介し てみたい. Robb & Robinson (2014)は,「カウフマン企 業調査」(Kauffman Firm Survey)と呼ばれる調 査研究で入手したデータセットにもとづいて,ス タートアップ企業の資金調達を検証している.こ の調査では,アメリカで 2004 年に事業をはじめ た 4928 社を対象に,2004-2011 年の 8 年間にお ける企業とその事業主の情報を集計している.集 計結果から,多くの企業が銀行借入金といった負 債による外部金融に依存しており,また,多くの スタートアップ企業が起業家個人の資産を通じて 調達した負債の提供を受けていることを明らかに した. Reid (1996,2003)は,中小企業の資本構成に 注目して,いくつかの成長段階における負債(デ ットファイナンス)の軌跡を示した.Reid の議 論では,負債の資金調達コストが純資産(資本) よりも小さい場合,企業の成長とともに負債が増 加することを示した.ただし,純資産の資金調達 コストが負債よりも小さい場合,ある一定の成長 期までは負債が増加するが,その後,負債が低下 し,負債・純資産比率は低下していく.なぜな ら,ある一定の成長期を超えると,内部留保(金 融)が増加することで純資産が増加し,その結 果,負債・純資産比率が低下するからである. 一方,いくつかの先行研究では,スタートアッ プ企業の資金調達や資本構成の決定要因を実証的 に分析している.たとえば,Cassar (2004)は, オーストラリアのスタートアップ企業を対象に, 銀行借入金比率の決定要因を分析した.推定結果 から,規模の大きい企業ほど銀行借入金を含む負 債比率が高くなり,また,固定資産比率の高い企 業ほど負債比率は低いが銀行借入金比率が高くな ることを示した.Huyghebaert & Van de Gucht (2007)は,ベルギーのスタートアップ企業を対 象に,成長産業においてスタートアップ企業のレ バレッジ(負債・総資産比率)は低いが,負債の うちの銀行借入金の占める比率が高い傾向を示し た.また,Huyghebaert & Van de Gucht (2004) は,レバレッジが市場の競争と相乗してスタート ア ッ プ 企 業 の 退 出 を 高 め る こ と, さ ら に, Huyghebaert et al. (2007)は,銀行借入金の占 める比率の決定要因を検証し,過去にスタートア ップ企業の倒産率の高い産業で銀行借入金の占め る比率が低くなることを示した9).こうした結果 は,負債が倒産のリスクを高めて,そのことが逆 選択やモラルハザードといった情報の非対称性に ともなうデットファイナンスの問題を引き起こす ことを示唆している10). 日本のスタートアップ企業を対象とした実証分 析として,Honjo (2011)は,帝国データバンク の提供するデータを用いて,内部資金の獲得が資 金調達に与える影響を検証した.内部資金の獲得 は,デットファイナンスのうち,とくに,金融機 関からの借入金を高める傾向を明らかにした.ま た,本庄 (2014)は,スタートアップ企業が資本 構成を経年的に変化させ,設立後に純資産(資 本)よりも負債を増加させることを示し,とく に,外部借入金といったデットファイナンスの占 める比率を増加させていることを示した11). これらの先行研究から,スタートアップ企業の 資金調達についてはデットファイナンスが重要な 地位を占めており,また,その比率は設立後に増 加すると推察される.本稿では,こうした傾向を あらためて検証すると同時に,それ以外にどのよ うな要因がデットファイナンスを増加させている かを明らかにしたいと考えている. Ⅲ.スタートアップ期の資本構成 1.理論的な考え方 これまで論じてきたことをまとめると,創業時 には事業の不確実性が大きく,また,起業家と金
融機関や投資家との情報の非対称性が大きいこと から,エージェンシーコストなどを通じて外部金 融の資金調達コストは高くなる.しかし,企業が 事業を継続することで,不確実性や情報の非対称 性が緩和され,一部の外部金融の資金調達コスト は変化すると考えられる. デットファイナンスについては,金融機関から の借入金がその多くを占める.また,金融機関は 事業の継続にともないスタートアップ企業の情報 を入手できるようになり,金融機関とのリレーシ ョンシップ(relationship)を構築できる.不確 実性や情報の非対称性の緩和を通じて,デットフ ァイナンスの資金調達コストが低くなり,それに ともなう貸出量の増加が見込まれる.一方,エク イティファイナンスについては,起業家を含めて 一部の人たちがそのほとんどを占めると考えられ るが,こうした人たちはもともと情報の非対称性 がそれほど大きくない.そのため,事業の継続に ともなう資金調達コストの低下はデットファイナ ンスほど期待できない.加えて,こうした人たち からの資金量に限界がともないやすく,資金需要 の増加に見合った資金の増加も期待できない.こ のようなことから,創業後の資金需要の増加にと もないデットファイナンスへの依存が相対的に大 きくなると考えらえる. 図 1 では,資金量を横軸,資金調達コストを縦 軸とし,エクイティファイナンス E とデットフ ァイナンス D による資金調達の資金量とコスト との関係と企業の資金需要をあらわしている.エ クイティファイナンスは,起業家やその家族や友 人・知人に限定されるが,その資金調達コスト r0 は低い.しかし,資金量が小さく,資金需要 mr に対して e 以上を調達することは難しく,その残 りをデットファイナンスで補うことになる.一 方,デットファイナンスの資金量は潜在的に大き いが資金調達コストは限定的なエクイティファイ ナンスより高く,また,その利用の大きさにした がって資金調達コストが著しく上昇するために, 資金需要に対して d の利用にとどまる.ただし, 事業を継続することで不確実性や情報の非対称性 が緩和された場合,デットファイナンスの資金調 達コストが D' に変化する.この場合,新たな資 金需要 mr' に対して,デットファイナンスは,d よりも大きい d' の利用が可能となる.その結果, 最適資本構成におけるデットファイナンスの比率 が高まり,資金調達額に占めるデットファイナン スの比率(以下,「デットファイナンス比率」と 呼ぶ)は経年的に高くなると考えられる12). 2.分析方法 本稿では,外部金融のうちデットファイナンス とエクイティファイナンスに注目し,その推移を 明らかにする.ここで,企業 i の t 年目のデット ファイナンス比率(D ⁄ TF)itの推移をみることで 資本構成の経年的な変化を明らかにする13). デットファイナンス比率の推移を検証すること に加えて,デットファイナンス比率を従属変数と する回帰分析を通じて,どのような要因がデット ファイナンスと関係するかを明らかにする.ここ では,それぞれの企業の固有効果を考慮して,パ ネルデータ分析を用いてデットファイナンスの決 定要因を分析する.独立変数として,経年的な変 化をとらえるための企業年齢をあらわす変数 (AGEt),それ以外に資本構成に影響を与える変 数(Xit)を用いる.これらの関係を線形と仮定 し,(1)式のような回帰式を推定する. 資金量 資金調達 コスト 0 O 図 1 スタートアップ期の資金調達
=α0+α1Xit+AGEt+ui+εit T FD ⎧ ⎜ ⎩ ⎧ ⎜ ⎩ it (1) ここで,uiは企業固有効果,εitは誤差項をあら わす.また,α0,α1はそれぞれの係数をあらわす. (1)式に加えて,過去の資本構成の履歴効果を 考慮して,前期のデットファイナンス比率を加え た 1 次自己回帰の動学パネルデータモデルをあわ せて推定する.ただし,不確実性や情報の非対称 性は経年的に緩和されることを考えると,企業は 必ずしも最適資本構成を当期に達成できずに,そ の乖離の一部を調整するように資金を調達するか もしれない.こうした最適な値と前期の値との乖 離を調整するように資本構成が決定されるといっ たモデルは,トレードオフ仮説の検証でしばしば 用いられている.この最適資本構成について,資 本構成に影響を与える変数で特定できると仮定し て,(2)式のように最適資本構成の乖離の一部(1 -θ)を調整するモデルを考える. T FD ⎧ ⎜ ⎩ ⎧ ⎜ ⎩ it T F D ⎧ ⎜ ⎩ ⎧ ⎜ ⎩ it-1 - T FD ⎧ ⎜ ⎩ ⎧ ⎜ ⎩ it-1 ⎧ ⎨ ⎩ ⎧ ⎨ ⎩ T FD ⎧ ⎜ ⎩ ⎧ ⎜ ⎩ it *- =β0+(1-θ) +β1Xit+AGEt+ui+εit (2) ここで,β0,β1はそれぞれの係数をあらわす. 最適資本構成について,(D ⁄ TF)*it=γ0+γ1Xitと おいて,(2)式を変形すると T FD ⎧ ⎜ ⎩ ⎧ ⎜ ⎩ it T F D ⎧ ⎜ ⎩ ⎧ ⎜ ⎩ it-1 =δ0+θ +δ1Xit+AGEt+ui+εit (3) となる.ここで,δ(=β0 0+(1-θ)γ0),δ(=β1 1+ (1-θ)γ1)はそれぞれの係数をあらわす. 前期のデットファイナンス比率の係数θは,過 去の資金調達への依存をあらわし,また,1-θ は最適資本構成への調整の程度(調整速度)をあ らわす.つまり,(3)式で推定された係数θが 1 に近い場合,最適資本構成との乖離の調整に時間 がかかることを意味し,逆に,係数θが 0 に近い 場合,乖離の調整が瞬時に行われることを意味す る. Ⅳ.データ 1.データソース 本稿で分析対象となるスタートアップ企業は, そのほとんどが非上場企業であり,こうした企業 を含むデータベースを使用しなければならない. そこで,本稿では,Bureau van Dijk (BvD)が 提供するデータベース「ORBIS」を使用するこ とにした.ORBIS は,各国の信用調査会社や登 記当局などから企業情報の提供を受けて約 1 億 5000 万社の情報を収録した企業財務データベー スであり,上場および非上場企業の包括的なデー タを提供している.ただし,観測期間が 10 年間 に限定されており,それ以上の長期にわたるデー タを入手できない14). 2015 年 3 月,ORBIS に ア ク セ ス し,2005-2014 年の財務諸表(財務データ)を入手した. 本稿ではスタートアップ企業を対象に分析したい ことから,このうち設立 1 年目から財務データを 入手可能な 2004-2014 年に設立した企業を対象と する15).ただし,たとえば,2005 年設立の企業 は最大 10 年の財務データを入手できるが,2014 年設立の企業は最大 1 年あるいは 2 年の財務デー タしか入手できないというように,設立年による ばらつきが発生する.ある程度の期間の資本構成 を調査したいこと,直近になるにしたがって新設 企業の調査が十分でないと予想されること,ま た,設立後の年数が大きくなると捕捉率が低下す ることを考慮し,本稿で観測対象とするスタート アップ期を設立後 6 年間と設定して,2004-2009 年に設立した企業を対象としている. ただし,一部の企業は分析に適さないと考え て,サンプルから除外している.まず,金融機関 の企業は,財務諸表の特徴が異なることから,サ ンプルから除外している.また,親会社の存在が 資本構成に大きく影響するため,データベースで 子会社や関係会社を判別された企業に限ってサン プルから除外している.さらに,一部,設立時か ら規模の大きい企業が存在することから,設立 1
年目の従業員数が 100 人以上あるいは資本金 1 億 円以上の企業をサンプルから除外している.加え て,変則決算やデータの欠損などによって設立後 6 年間のデータが入手できない企業,デットファ イナンスあるいはエクイティファイナンスがマイ ナスとなった企業もサンプルから除外している. 表 1 に,本稿のサンプル抽出の基準をまとめて おく.この条件にもとづいて ORBIS から必要な 財務データを収集し,これを本稿のサンプルとす る.企業数は 2116 社となり,これらの企業につ いて設立後 6 年間のバランスパネルデータを作成 している16). 2.変数 分 析 対 象 と な る デ ッ ト フ ァ イ ナ ン ス は, ORBIS から入手した短期負債と長期負債をもと に,その合計を用いる.ORBIS では,短期負債 について,短期借入金,1 年以内借入金,1 年以 内社債の合計,また,長期負債について,社債と 長期借入金の合計で定義している.一方,エクイ ティファイナンスは,資本金と払込新株との合計 で資本合計を定義している.本稿では,デットフ ァイナンスを短期負債と長期負債との合計,エク イティファイナンスを資本合計で求め,また,デ ットファイナンスとエクイティファイナンスの合 計を資金調達額とし,デットファイナンスを資金 調達額で割ってデットファイナンス比率を求めて いる. つぎに,回帰式の独立変数 X を説明する.ペ ッキングオーダー仮説にしたがえば,資金調達コ ストのもっとも小さい内部金融を優先的に利用す る.回帰式には,内部金融の効果をコントロール するために,内部金融をあらわすキャッシュフロ ー を 用 い る. キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー に つ い て, ORBIS から入手した税引き後の当期純利益と減 価償却費をもとに,その合計で定義し,総資産で 基準化したキャッシュフロー比率を用いる.ま た,資金需要の違いがスタートアップ企業の資金 調達に影響を与えると考えられる.本稿では,総 資産の変化率をもとに成長率を求めて,これをス タートアップ企業の資金需要をあらわす変数とし て用いる.加えて,資産構成の違いをコントロー ルするために,総資産のうちの固定資産の比率で 求めた固定資産比率を独立変数に加えている.こ れらの変数に加えて,従業員数にもとづいて測定 した企業規模を回帰式に含める.さらに,企業年 表 1 データソースからのサンプル抽出条件 区分 条件 (対象企業) 種類 日本の有限責任会社 設立年 2004 年から 2009 年に設立された企業 (サンプルから取り除いた企業) 業種 金融業の企業 所有構造 子会社や関連会社と判明した企業 規模 設立 1 年目の従業員数が 100 人以上あるいは資本金が 1 億円以上の企 業 決算月数 設立 2 年目から 6 年目までの期間で決算月数が 12 カ月とならない企業 (途中で決算月を変更した企業) 資金調達 設立 1 年目から 6 年目までの期間でデットファイナンスあるいはエク イティファイナンスがマイナスとなる企業 (変数) 設立 1 年目から 6 年目まで使用した変数(総資産,デットファイナン ス,エクイティファイナンス,キャッシュフロー,固定資産額,従業 員数)を入手できなかった企業 注:2015 年 3 月,ORBIS に収録されている日本企業を対象に上記の条件で抽出.所有構造が不明だった企 業はサンプルから除去していない.
齢をあらわす企業年齢ダミーを独立変数 AGE と して用いる. 表 2 に,本稿で用いる変数の定義をまとめてお く. Ⅴ.結果 1.デットファイナンス比率の推移 まず,デットファイナンス比率の推移をみるこ とで,スタートアップ企業の資本構成の経年的な 変化を明らかにする.表 3 に,デットファイナン ス,エクイティファイナンスの平均とメジアンの 推移を示す.表 3 では,資金調達額,総資産,デ ットファイナンス比率をあわせて示している.ま た,当該企業年齢におけるデットファイナンス比 率を前年と比較するために,この 2 つを等しいと 仮定した帰無仮説の検定結果をあわせて示してい る. 表 3 に示すとおり,企業年齢が 1,すなわち, 設立 1 年目のデットファイナンスは平均で 4080 万円,メジアンで 480 万円となっており,その 後,デットファイナンスが増加している.一方, エクイティファイナンスは平均で 860 万円,メジ アンで 500 万円となっているが,その後,エクイ ティファイナンスの伸びはデットファイナンスほ ど顕著でない.また,エクイティファイナンスの メジアンは設立 6 年間で変化がみられておらず, 資本金の少ない企業でエクイティファイナンスが 変化していない.こうしたことから,デットファ イナンスと比較すると,エクイティファイナンス は限定的な範囲でのアクセスにとどまると推察さ れる. 設立 1 年目のデットファイナンス比率は平均で 50%に満たないが,設立 6 年目になると平均で 67%,メジアンで 80%となっている.全体的に は,スタートアップ期の資金調達について,設立 後のデットファイナンス比率の増加傾向がみられ ている.このようなデットファイナンスの増加傾 向は,帝国データバンクの提供するデータを用い た Honjo (2011),本庄(2014)の結果と一致す る.また,この結果は,Reid (1996,2003)のう ち,負債の資金調達コストが純資産(資本)より も小さい場合と整合的である.スタートアップ期 の資金調達として,エクイティファイナンスは限 定的である一方,少なくとも設立後の 6 年間,資 金需要の変化に対してデットファイナンスが重要 な役割をはたしている. サンプルについて,企業の設立年や業種が異な ることから,図 2 では,設立年ごとのデットファ イナンス比率の平均,また,図 3 では,業種ごと のデットファイナンス比率の平均を示している. 図 2,3 に示すとおり,いずれの設立年や業種で 表 2 変数の定義 科目 シンボル 定義 デットファイナンス D 短期負債(短期借入金+1 年以内借入金+1 年以内社債)+長期負債(社債 +長期借入金) エクイティファイナンス E 資本金+払込新株 資金調達額 TF デットファイナンス+エクイティファイナンス 総資産 A 総資産 デットファイナンス比率 D/TF デットファイナンス / 資金調達額 キャッシュフロー比率 CF/TA (税引き後当期純利益+減価償却費)/ 総資産 成長率 GROW 総資産の自然対数値-前年度の総資産の自然対数値 固定資産比率 FA/TA 固定資産総額 / 総資産 企業規模 SIZE 従業員数に 1 を加算した値の自然対数値 企業年齢 AGE3, AGE4, AGE5, AGE6 その年を 1 とするダミー変数 注:デットファイナンス,エクイティファイナンス,資金調達額,総資産の単位は 100 万円.
表 3 デットファイナンスとエクイティファイナンスの推移 平均 デット ファイナンス エクイティ ファイナンス 資金調達額 総資産 デットファイナ ンス比率 t 検定 企業年齢 D E TF TA D/TF 1 40.8 8.6 49.4 119.6 0.468 ---2 63.7 9.7 73.3 152.4 0.569 17.306*** 3 72.0 10.7 82.7 167.9 0.622 11.895*** 4 80.8 11.7 92.5 183.2 0.649 7.091*** 5 89.5 11.8 101.3 198.4 0.659 2.896*** 6 93.6 12.3 105.9 217.5 0.670 3.448*** 1 ~ 6 73.4 10.8 84.2 173.2 0.606 ---メジアン デット ファイナンス エクイティ ファイナンス 資金調達額 総資産 デットファイナ ンス比率 z 検定 企業年齢 D E TF TA D/TF 1 4.8 5.0 10.8 24.4 0.526 ---2 9.7 5.0 17.1 33.6 0.675 17.491*** 3 14.1 5.0 21.9 41.6 0.741 13.556*** 4 18.1 5.0 26.3 46.3 0.770 9.032*** 5 20.7 5.0 29.0 52.0 0.789 3.353*** 6 22.5 5.0 30.4 56.8 0.800 2.137** 1 ~ 6 13.1 5.0 21.0 40.3 0.725 ---注:***,**,* は,それぞれ有意水準 1%,5%,10%.t 値は,デットファイナンス比率について当該年と前年との一対の標本によ る t 検定統計量.z 値は,デットファイナンス比率について当該年と前年との Wilcoxon の符号順位検定統計量.デットファイ ナンス,エクイティファイナンス,資金調達額,総資産の単位は 100 万円.企業数は 2116 社. 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 2004年設立 2005年設立 2006年設立 2007年設立 2008年設立 企業年齢 1 2 3 4 5 6 図 2 設立年別のデットファイナンス比率(平均)の推移 注:企業数は,2004 年設立が 263 社,2005 年設立が 367 社,2006 年設立が 582 社,2007 年設立が 580 社,2008 年設立が 314 社.2009 年設立の企業 数は 10 社しか存在しなかったことから,図に含めていない.
も企業年齢にともなってデットファイナンス比率 の増加傾向がみられている.ただし,図 2 に示す とおり,設立年ごとにデットファイナンス比率に 違いはみられない.その一方で,図 3 に示すとお り,業種ごとにデットファイナンス比率に違いが みられている.とくに,製造業でデットファイナ ンス比率が高く,情報通信業でデットファイナン ス比率が低い.こうした傾向から,金融機関は, 担保につながりやすい固定資産を有する企業に対 して融資しやすいと推察される. 2.デットファイナンス比率の決定要因 これまでに説明した変数を用いて,(1)式およ び(3)式の回帰式を推定する.ただし,成長率 (GROW)を求めるために前年の値を用いてお り,また,この変数について企業年齢を 1(年) とするデータが欠損となることから,推定の際に は,5 年分のバランスパネルデータを用いる.表 4 に,それぞれの変数の基本統計量を示す.この うち,キャッシュフロー比率(CF/TA)の平均 および 25%点がマイナスとなっていることから, スタートアップ期に内部資金を獲得できない企業 はある程度を占めることがわかる. 推定結果を表 5 に示す17).(1)式の推定では, 固定効果モデルを用いており,その結果を表 5(i) に示す.一方,(3)式の推定では,右辺に過去の 従属変数を含み,また,5 年分のバランスパネル データであり,企業数と比較すると観測期間が相 対的に短いため,固定効果モデルを用いた推定で はバイアスが生じる.そのため,(3)式の推定で は,Blundell & Bond (1998)が開発したシステ ム GMM (generalized moment method)を用い ており,その結果を表 5(ii)に示す. 表 5 に示すとおり,キャッシュフロー比率 (CF/TA)の係数は負で有意となっている.この 結果は,キャッシュフローの小さい企業ほどデッ トファイナンスを利用することをあらわしてい る.このことからスタートアップ企業では,デッ トファイナンスは内部金融と代替的ということに なる.本稿の推定結果から,ペッキングオーダー 仮説が主張するように,内部金融を利用できない 企業ほどデットファイナンスを利用しやすいこと が明らかとなった. 成長率(GROW)の係数は正で有意となって いる.この結果は,成長率の高い企業ほどデット ファイナンスを利用することをあらわしている. スタートアップ企業の資金需要を満たすために銀 行借入金などのデットファイナンスが重要な役割 をはたしており,また,デットファイナンスはス タートアップ企業の成長に有効にはたらくと推察 される.この結果を逆にとらえれば,資金を拡大 したい企業にとってエクイティファイナンスは有 図 3 業種別のデットファイナンス比率(平均)の推移 注:企業数は,建設業が 1348 社,製造業が 116 社,情報通信業が 74 社,卸売・ 小売業が 288 社,サービス業が 216 社.その他が 74 社. 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 建設業 製造業 情報通信業 卸売・小売業 サービス業 その他 企業年齢 1 2 3 4 5 6
効でなく,一部の例外的な企業を除けば,スター トアップ企業にとってエクイティファイナンスの 役割は限定的といえる. 固定資産比率(FA/TA)の係数は正で有意と なっている.この結果は,固定資産比率の高い企 業ほどデットファイナンスを利用することをあら わしており,Cassar (2004)の結果と整合的であ る.固定資産を必要とする企業は,そのための資 金調達を必要としており,銀行借入金などのデッ トファイナンスがこうした役割をはたすと示唆さ れる.この結果は,金融機関が担保につながりや すい固定資産をもつ企業に対して融資を行いやす いといった,資金を提供する側の状況をあらわし ている可能性も高い. 一方,企業規模(SIZE)の係数が正の符号を とっている.この結果は,規模の大きな企業ほど デットファイナンスを利用する傾向を示してお り,本稿で得られた結果は,Cassar (2004)の結 果と整合的である.企業規模とともに情報の非対 称性が小さくなりやすいと考えれば,こうした企 業ほどデットファイナンスを利用しやすいことを あらわしているかもしれない.ただし,表 5(ii) では,企業規模の係数は有意な結果を示していな い. 表 5(i)で は, 年 齢 ダ ミ ー(AGE3,AGE4, AGE5,AGE6)がいずれの変数でも正の符号を とっている.係数の大きさから,全体的に,企業 年齢が進むにつれて変数の係数が大きくなる傾向 もみられている.これらの結果は,表 3 で示した 企業が設立後にデットファイナンスを増加させる 傾向と一致している.このことから,スタートア ップ企業は事業を継続しながらデットファイナン 表 4 基本統計量 変数 平均 標準偏差 25% メジアン 75% D/TF 0.634 0.325 0.456 0.756 0.891 CF/TA -0.035 0.508 -0.024 0.021 0.077 GROW 0.147 0.509 -0.101 0.095 0.353 FA/TA 0.210 0.205 0.054 0.141 0.308 SIZE 1.973 0.841 1.386 1.792 2.398 注:観測数は 10,580.企業数は 2,116 社. 表 5 推定結果 (i) (ii) (D/TF)-1 0.564*** (0.022) CF/TA -0.038*** -0.054*** (0.011) (0.016) GROW 0.040*** 0.080*** (0.005) (0.006) FA/TA 0.167*** 0.145*** (0.025) (0.028) SIZE 0.023** 0.009 (0.011) (0.014) AGE3 0.055*** 0.009 (0.004) (0.006) AGE4 0.083*** 0.008 (0.005) (0.006) AGE5 0.093*** 0.003 (0.006) (0.007) AGE6 0.103*** 0.008 (0.006) (0.007) 企業個別効果 あり あり 観測数 10,580 10,580 企業数 2,116 2,116 F 検定統計量 48.7*** Wald 検定統計量 1,256*** m1(p 値) 0.000 m2(p 値) 0.157 注:***,**,* は,それぞれ有意水準 1%, 5%,10%.m1 および m2 は,1 階差 分誤差の系列相関のための Arellano -Bond 検定.従属変数は D/TF.企業 年齢のリファレンスは,企業年齢が 2 (年)となるダミー変数.
スを通じた資金調達を増加していることがわか る.ただし,表 5(ii)では,年齢ダミーの係数は 有意な結果を示していない. 表 5(ii)では,前年のデットファイナンス比率 との関係を示している.前年のデットファイナン ス比率の係数は 0.564 であることから,調整速度 は 0.436 となり,この値は 0 から 1 の範囲におさ まる.この結果から,スタートアップ企業のデッ トファイナンスに履歴効果がみられており,前年 のデットファイナンス比率にもとづいてデットフ ァイナンス比率が規定されることがわかる18).本 稿の推定結果は,トレードオフ仮説が主張するよ うに,最適資本構成と前年との実績値との乖離を 調整するように資本構成が決定される可能性を示 唆している. Ⅵ.おわりに 本稿は,日本のスタートアップ企業の資金調達 に注目した分析を試みた.資金調達成長サイクル を前提に,とくに,スタートアップ期の重要な外 部金融であるデットファイナンスに焦点をあて, 企業年齢にともなう資本構成の経年的な変化を示 した.検証結果から,スタートアップ企業は,設 立後にエクイティファイナンスよりもデットファ イナンスを相対的に増加させることを明らかにし た.あわせて,簡単な動学パネルデータモデルを 用いて,スタートアップ企業のデットファイナン スの決定要因を分析した.推定結果から,キャッ シュフローの小さい企業,成長率の高い企業,固 定資産比率の高い企業ほど,デットファイナンス を増加させること,また,資本構成は過去の資本 構成に依存することを示した. しかしながら,本稿の分析にはいくつか限界を 含むことも事実である.まず,データセットの作 成にあたって,6 年連続で財務データを入手でき た企業に限定している.スタートアップ企業は市 場から退出する確率が高いといわれているが,本 稿では,6 年間,事業を継続できずに退出した企 業のデータを含めていない.いいかえれば,本稿 の分析結果は退出企業を除いたものであり,その 点でサンプルセレクションバイアスの可能性は残 る.さらに,本稿ではデットファイナンス比率の 経年的な変化を示したが,実際にどのような効果 を通じて資本構成を変化させているかについては 明らかにしていない.スタートアップ企業が事業 経験にともなう学習効果を通じて資本構成を変化 させたのか,それとも,資本市場がその企業の事 業実績の情報を得ることでスタートアップ企業に 資金を提供できるようになったのか,こうした点 はデータの制約もあって明らかにしていない. このような限界がありながらも,本稿では,ス タートアップ企業の資本構成の変化を示した点で 有益な示唆を与えている.不確実性や情報の非対 称性は,エージェンシーコストなどの不必要なコ ストを生み出すことから,市場で効率的に資源を 配分することの限界としてとらえられており,こ うしたことが資金面での創業支援政策の必要性に つながっている.しかし,その一方で,スタート アップ企業が企業年齢にともなって資本構成を経 年的に変化させており,また,そこには資金調達 コストの変化,それにともなう貸出量の変化があ ると推察される.とりわけ,スタートアップ企業 の動学的な資本構成の変化を示したことは,これ までの資本構成の議論に対し,企業のライフサイ クルにしたがった観察の必要性を示している.こ うした結果は,不確実性や情報の非対称性を緩和 して,金融機関による貸出量の変化をあらわすも の で あ り, ま た, こ の 変 化 こ そ が Berger & Udell (1998)の論じた資金調達成長サイクルを 生み出す原因といえる.さらに,ここでの結果 は,退出企業を除くことによるサンプルセレクシ ョンバイアスの可能性を含む一方,逆に,スター トアップ期を乗り越えて生存した企業の特性もあ らわしている.市場で生き残るためには,資金調 達や資本構成の変化が必要であり,そこにはリレ ーションシップと呼ばれる,起業家と金融機関と の密接な関係も含まれるだろう. Schumpeter (1942)は,「新生産方法や新商品 の導入はもともと完全競争では考えようのないも の」と論じ,不完全な市場でのイノベーションの 可能性を示唆した.資本市場は不完全とはいえ,
そうした状況こそがアントレプレナーシップを喚 起し,さらにはイノベーションにつながることも あり得る.創業支援政策が企業や市場のダイナミ クスを阻害することのないように,今後もこうし た企業の経年的な変化に注目する研究を続けてい く必要があると信じている. 謝辞 本 稿 は, 科 学 研 究 費 基 盤 研 究(B)( 科 研 番 号: 26285060)の研究成果の一部である.本稿の図表の作成 にあたって,池田雄哉氏に協力いただいた.ここに感謝の 意をあらわしたい. 注 1) たとえば,日本政策金融公庫では,「新規開業資金(新企 業育成貸付)」などの融資を通じ,新たに事業をはじめる 人や事業開始後おおむね7年以内の人の支援を行っている. 2) 『中小企業白書 2013 年度版』によれば,本業の製品,商 品,サービスによる売上げがない段階をさす「萌芽期」に おいて,グローバル成長型と呼ばれる企業にとって「資金 調達」「起業・事業運営にともなう各種手続き」「経営に関 する知識・ノウハウの取得」が起業・事業運営上の課題の 上位を占めている(中小企業庁,2013). 3) ペッキングオーダー仮説や資本構成についての議論は, Harris & Raviv (1991)を参照いただきたい. 4) 日本企業を対象とした資本構成の実証分析として,坂井 (2009),松浦(2010)などがある. 5) ここでの議論は,Jovanovic (1982)の学習モデルを参考 にしている. 6) ベンチャーキャピタルやエンジェルといった起業家の資金 調達について,Denis (2004)などを参照いただきたい. 7) 本庄・長岡・中村・清水(2014)は,日本のバイオテクノ ロジー産業を対象に調査しており,出資区分のうち創業者 (設立時の代表者)が最大出資区分となる企業が 7 割を超 えている.ただし,出資額と出資比率とをかけた加重平均 で集計した場合,ベンチャーキャピタルが平均 2000 万円 と最大となっている.このことから,ベンチャーキャピタ ルは,ハイテク産業のなかでもある程度の規模をもつ企業 に出資する傾向があるといえる. 8) スタートアップ期の資金調達について,本庄(2010)など を参照いただきたい. 9) それ以外のスタートアップ企業の資金調達について, Huyghebaert (2006)は,スタートアップ企業の企業間信 用の決定要因を明らかにしている. 10) これ以外に,Scherr, Sugrue, & Ward (1993)は,スター トアップ期の負債比率(負債・総資産比率)と所有者の個 人属性との関係を検証し,たとえば,所有者の年齢は負債 比率に負の効果があることを示した.一方,Cassar (2004) は,負債比率と所有者の個人属性との関係がみられないと している. 11) これ以外の日本のスタートアップ企業の資金調達を対象と した実証分析として,Chen (2013)が Honjo (2011)の用 いたデータを追加修正したうえでペッキングオーダー仮説 およびトレードオフ仮説を検証している.また,Ikeda & Honjo (2015)は,本稿と同様のデータを用いて企業間信 用の決定要因を明らかにしている. 12) Reid (1996,2003)は,その後のエクイティファイナンス の増加を示している.ただし,その前提として,内部金融 の増加があり,この場合,資金調達コストの低い内部金融 を含む純資産(資本)を選択することでデットファイナン ス比率が低下する可能性はあるが,少なくとも数年でこう した現象は発生しにくいと考えている.なお,本稿では, 後述する回帰モデルでは,内部金融の存在を考慮して,独 立変数にキャッシュフロー比率を加えている. 13) 資金調達額は,買掛金と支払手形といった企業間信用,利 益剰余金といった内部留保,評価・換算差額等,自社株取 得などを含まない. 14) ORBIS の日本企業のデータは,東京商工リサーチから入 手していることから,本稿の財務データは東京商工リサー チと一致すると予想される. 15) 本来ならば,その事業のはじまった「創業」を基準とした いが,データベースで創業の時期が明らかにならないこと は少なくない.そこで,本稿では,会社の登記などを意図 する「設立」を基準にスタートアップ期を定義している. 16) 設立年ごとの企業数は,2004 年設立が 263 社,2005 年設 立が 367 社,2006 年設立が 582 社,2007 年設立が 580 社, 2008 年設立が 314 社.2009 年設立が 10 社となった.デ ータを 2015 年 3 月にアクセスし,また,設立 1 年目から 6 年目までの財務データを入手できた企業に限定したこと から,2004 年と 2009 年の設立企業が少ない分布となって いる.業種ごとの企業数は,建設業が 1,348 社,製造業が 116 社,情報通信業が 74 社,卸売・小売業が 288 社,サ ービス業が 216 社.その他が 74 社となった.財務諸表の 入手しやすさから,建設業企業に偏る傾向がみられている. 17) 成長率を除いた独立変数について,前年の値を用いて 1 年 間のタイムラグを設けることも可能であるが,実際に推定 した結果,表 5(i)のキャッシュフロー比率(CF/TA)の 係数を除いて,ほとんど変化がみられなかった. 18) 本稿のサンプルは,リーマンショックを含む不況期に設立 した企業を含むことから,サンプルを設立年ごとに分割し て表 5 と同様の回帰式を推定したが,全体的に表 5 と類似 した傾向を得た.また,業種ごとに分割して表 5 と同様の 回帰式を推定したが,全体的に表 5 と類似した結果となっ た.これらの推定結果は,紙面の都合で省略している. 参考文献 Berger, A. N., & Udell, G. F. (1998). The economics of small business finance: The roles of private equity and debt markets in financial growth. Journal of Banking & Finance, 22, 613-673.
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