タビリティジレンマとボランティアの役割
著者名(日)
須田 木綿子
雑誌名
東洋大学社会学部紀要
巻
39
号
1
ページ
5-24
発行年
2002-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002256/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja高齢者ケアに関わる日米市民非営利団体の
アカウンタビリティジレンマとボランティアの役割
Accountability Dilemma and the Role of Volunteers
of Not-for Profit Organizations
Providing Social Services for the Elderly
in the U.S. and Japan
須田木綿子
Yuko SUDA
1.はじめに
日本における高齢者保健福祉サービスは、長年にわたり、行政を中心として供給されてきた。し かし、寿命の伸長にともなう高齢者数の増加やライフスタイルの変化、ニーズの多様化など、高齢 者の保健福祉環境が大きく変わるにつれ、既存のシステムの限界も認められるようになった。その ような中で1980年代に入り、市民グループが高齢者を支援する新たな資源として登場し、有償ボラ ンティァやワーカーズコレクティブ等の形態で、給食サービスや在宅介護サービスを提供する事業 体としての役割を担い始めた。やがてこれらの活動は、特定非営利活動推進法(いわゆるNPO法) の設置と介護保険法の導入によって制度化されることになったが、それはまた、日本の市民主体の 非営利活動における矛盾と混沌を浮き彫りにしつつもある。 いっぽう米国では、ボランタリーな市民活動に一定の法的基盤と社会的役割が与えられて約30年 を経過し、行政セクター、企業セクターとならぶ第三のセクターとして高齢者に保健福祉サービス を提供すると同時に、高齢者の利益を代表するアドボカシーとして社会にも多大の影響力をもつと 言われる。しかしその内実は、営利団体と非営利団体を交えての市場原理にもとつく過酷な生存競 争と、それに適応するために活動の変容を迫られている非営利団体の葛藤に満ちている。特に、市 民の立場を代弁するはずの非営利団体が、高齢者の所得による生活格差を深めこそすれ解決策とし ては機能しえない現実については、非営利団体の存在意義にさかのぼって疑問を呈する声もある。 このように日米の市民主体の非営利活動は、それぞれの発展段階や制度、社会、文化的特性の異 5なりに応じた固有の課題を抱えている。しかし、そういった違いを超えて存在する共通課題も見て とれ、それはまた、保健・福祉サービスの供給過程に市民がサービス供給主体として参加しようと したときに生じる本質的なジレンマを示唆しているようにも思われる。本研究は、そのような共通 課題のひとつとして「アカウンタビリティジレンマ」という視点に着目するものである。 アカウンタビリティに関する議論は、米国でも近年になって始まったばかりであり、アカウンタ ビリティの定義をめぐるコンセンサスも確立されているとはいえない。先行研究では15種類もの異 なった定義が提示され、組織の財政状況を公開することをもってアカウンタビリティとするものか ら、組織を貫く「良心」を問う精神的観念論まで多岐にわたる。本研究ではCooper(1990)の定義に したがい、市民主体の非営利組織が、活動に関連する人々や組織から期待される役割を全うするこ とをアカウンタビリティと定義するf”。 図1 当該団体が取り結ぶ人々や外部組織との関係性からみたアカウンタビリティ 民間非営利団体 理 事 ェ1職 員ボランティア スポンサー 寄付をおこなった市民 その他の支援者、団体 一般市民、クライエント Cooper(1990)は、民間非営利組織のアカウンビリティを、当該組織が取り結ぶ人々や外部組織と の関係性に沿って図式化した(図1)。民間非営利組織では、理事は、団体の活動目的に沿った活動 計画をたて、職員がその計画を遂行するために必要な資源を確保するというアカウンタビリティを 負う。これに対して職員は、理事から与えられた活動計画を遂行するというアカウンタビリティを 負う。そして、理事と職員は組織を体現するものとして、活動に参加するボランティアにアカウン タビリティを負い、ボランティア保険の購入や日常の活動場面での助言など、ボランティアが活動 しやすいような環境を整えなければならない。ボランティアは、団体の理事や職員に対して与えら れた仕事を完遂するというアカウンタビリティを負う。さらに民間非営利組織は、活動を支えるス ポンサー、寄付者、そしてその他の支援団体や個人に対し、それらの人々の意思が反映されるよう な活動を展開するというアカウンタビリティを負う。民間非営利組織はさらに、当該組織が提供す るサービスを利用する人々やその他の一般市民、ひいては社会全体に対し、公共の利益に貢献する というというアカウンタビリティを負う。そしてこのようにひとつの団体が様々なアカウンビリテ
イを求められる状況を、「多重アカウンタビリティ」と呼ぶ。 Cooperのアカウンタビリティ概念は、アメリカの民間非営利組織の通念に従って整理されており、 細部については日本の市民活動に即しての調整が必要であろう。しかし、市民組織が様々な利害関 係の中で成立することは日米の国情や活動規模の大小に関わり無く、したがって「多重アカンウン タビリティ」という視点も、日本の市民組織の活動を理解するうえで有用なものと考えられる。そ して本研究が着目するのは、この複数のアカウンタビリティが互いに矛盾し、結果として当該団体 の活動方針が混乱したり、本来の活動目的の遂行が困難になるような状況であり、その実態をここ では「アカウンタビリティジレンマ」と呼ぶ。 一般に、在宅ヘルプや給食サービスといった実態的なサービスを提供する非営利組織のアカウン タビリティジレンマは、サービス利用者やその活動を支える市民からよせられる互いに矛盾するふ たつの期待、すなわちサービス供給主体であると同時に市民の代弁者としても機能してほしいとい う役割期待の間に発生する。 ひとつの組織が、サービス供給主体としての機能と市民の代弁者としての機能を同時に遂行する のは極めて難しい。というのも、それぞれの機能を遂行するために求められる組織特性が互いに矛 盾しているからである。ひとつの組織がサービス供給主体として円滑に機能するためには、以下の ような特性を備える必要がある㌔ サービス供給システムをマニュアル化し、コストを節約する 職員間の役割分担を明確にする プログラムをルーティン化して作業を単純化する サービス利用者の増加やサービス利用時間の増加など、客観的に測定できるような成果をあげる 安定した一箇所、大口の資金源を確保する(政府との委託契約など) 作業や意思決定が迅速におこなわれるような組織構成(トップダウン型の意思決定システム をとることが多い) いっぽう、組織が市民の代弁者としての機能を十全に遂行するためには、次のような特性が必要 である。 一 資金源を多様化し、組織としての独立性を保つ 一 社会的に不利な立場にある人々の利益を常に念頭におく 一 活動に関連する人々それぞれの意見を組織運営に反映させる 一 問題意識を高めるために必要な対話に多大の時間をかけることを厭わない 明らかに、ひとつの団体がこのふたつの機能を同時に果たす事には無理がある。Edwards&Hulme (1996)は、民間非営利活動によせられるこのように矛盾した期待を、「魔法の弾丸幻想」と呼んでい る。魔法の弾丸は、狙わずに発射するだけで自ら標的に向かっていき、獲物をしとめる。民間非営 利活動によせられる期待の理不尽さは、この、魔法の弾丸を欲しがるのと同じほど非現実的だとい うのである。 7
そこで本研究は、高齢者に在宅ヘルプサービスを提供する日米の市民主体の非営利組織を対象に 行った聞き取りとアンケート調査の結果をもとに、以下の点を明らかにしようとするものである。 1)アカウンタビリティジレンマは日米の市民組織の内部でどのように体験されているのか。 2)日米の市民組織におけるサービス供給主体としての役割と市民の代弁者としての役割はいか に遂行され、その過程でボランティアはどのような役割を果たしているのか。 3)アカウンタビリティジレンマ克服の可能性はどこにあるのか。 なお日本の市民組織への調査は、特定非営利活動推進法や介護保険法の施行前に行なわれたが、 各団体の活動内容とアカウンタビリティジレンマをめぐる葛藤は本質において変わるところがなく、 本研究の主旨に適う情報を提供するものと考える。
2.方
シ
去
方 法 東京都首都圏で、高齢者のための在宅ヘルプサービスを提供する日本の市民組織に対し、参与観 察と、理事、職員、ボランティアリーダーへのインタビュー、そしてボランティアへの質問紙調査 をおこなったCl) (4}C5)。米国の市民組織については、参与観察と理事、職員、ボランティアへのイン タビューによって情報を得た。米国の組織では、在宅ヘルプ活動に関わるボランティアの数が極端 に少なかったので、質問紙調査は行わなかった。 対 象 本研究における調査の対象となったのは、以下の団体である(表2)。 表2 聞き取り対象団体の特性 日 本 米 国 団 体 A B I II クライエントの数(推定) 50 60 500 150 職員の数 1 0 170 45 ボランティア(メンバー)の数(公称) 55 52 15 1 日本市民組織A:東京首都圏で活動。3人の主婦によって設立され調査時には3人のリーダーを含 めて55人のボランティアを擁し、地域内50人の高齢者に各種の在宅ヘルプサービス(掃除、買い物、 料理、介護者へのサポート等)を提供していた。 日本市民組織B:東京首都圏に居住する主婦によって設立された。調査時には、52人のボランティ アによって地域内約60人の高齢者に日本市民団体Aと同様の在宅ヘルプサービスを提供していた、 米国市民組織1:米国ミズーリ州セントルイス市で高齢者のための在宅ヘルプサービスを提供する501(c)(3)資格のNPO団体。セントルイス市内の低所得者が多く居住する地域で、ひとりの女性住民 によって設立された。調査時には、その設立者が事務局長を勤め、ミズーリ州の委託を受けてセン トルイス市内に住む約500人の高齢者を対象に、家事、介護、熟練介護、介護者支援の4種類の在宅 ヘルプサービスを提供していた。この団体で活動するボランティアは15人であった。 米国市民組織11:1970年代始めに不動産業を営む米国ミズーリ州セントルイス市の住民によって設 立された501(c)(3)資格のNPO団体で、その設立者が理事長を務める。ミズーリ州の委託を受け、セ ントルイス市内に住む約150人の高齢者を対象に、米国市民団体1と同様の在宅ヘルプサービスを提 供していた。この団体で活動するボランティアはひとりであった。 用語の整理と定義 ボランティア:日米ともに、ボランティアという用語は、その時々の文脈によって異なる使われ方 がされている。 「ボランティア」の狭義の定義は、交通費など実費以外の金銭的報酬をいっさい受け取ることな く公共の利益のために奉仕する人々を意味し、この点で日米に大きな違いは認められない。しかし、 現実の「ボランティア」は多様である。たとえば日本では、いわゆる「有償ボランティア」と呼ば れる人々が存在する。米国では、Internal Revenue Services(IRS…日本の国税庁に相当する政府機関) の規定により、年収100ドル(約1万2000円)以上の報酬を受け取る労働はすべて「雇用」労働とみ なし、したがって「ボランティア」とは分類されない。しかし興味深いことに、そのような税制上 の定義とは別の判断が現場には存在し、筆者が訪れたいくつかの市民組織でも、年収100ドル以上の 報酬を受け取りつつも「ボランティア」と呼ばれる人々が活動に参加していた。 本来ボランティアであるはずの人々がボランティアと呼ばれないこともある。たとえば、アメリ カの市民活動を規定するIRSの条項では、活動の市民性、公共性を維持するために、市民組織が個 人によって所有されることを禁止し、そのかわりに当該組織をおさめる最低三人の理事を任命する ことを義務づけ、さらに理事のうちの3分の2はいかなる金銭的報酬も受け取ってはならないと定 めている。すなわち、市民組織の理事はボランティアであることが求められているが、現場で彼ら がボランティアと呼ばれることは稀である。というのもアメリカの市民組織では、理事の多くが当 該組織の活動領域に関連する専門家から成っており(たとえば老人の保健福祉サービスを提供する 市民組織で、老人科専門医や社会老年学者、弁護士、会計士、銀行の副頭取等々が理事を務めるな ど)、言外に素人性を含む「ボランティア」という言葉には馴染まないからであろうと思われる。 以上のような実情を鑑みて本研究では、理念的な定義を設けて現実のボランティアを分類するの ではなく、高齢者のための在宅ヘルプサービスを提供している日米の各市民組織においてボランテ ィアと呼ばれている人々を「ボランティア」と認識し、その内実に微妙な差異をもたらしている背 景を考察することによって、日米それぞれの「ボランティア」への理解を深めることとした。 9
民間非営利組織(NPO, Not-for Profit Organization):本研究では、高齢者のための保健福祉サ ービスを提供する団体の中で、政府機関にも営利団体にも属さず、かつ市民の自主的な活動に基づ いて運営される団体を、市民主体の非営利組織と呼ぶ。米国で聞き取りの対象になった団体はいず れも、IRSの定める基準にしたがって認定された501(c)(3)資格を有している。いっぽう日本では、 本研究で用いる情報収集のための聞き取りが行なわれた時点では任意団体であったが、NPO法施行 後にNPO法人の認定を受けている。なお、日米の非営利組織の定義をめぐるさらに詳しい議論につ いては、資料1を参照されたい。
3.結
果
日本市民非営利組織A,B 本研究での聞き取りの対象となった日本側の市民組織は、活動に参加するボランティアにいかな る資格も求めていなかったが、ボランティアの大多数が中から上経済階層に属する40才代の主婦と いう点で、ボランティアの特性は類似していた。団体Aに所属する55人のボランティアのうち、23 人(69.7%)が40才代で、17人(51.5%)は短大もしくは四年制大学を卒業し、26人(78.8%)が持 ち家を有していた。団体Bでは、ボランティアの全員が主婦で、52人中18人(34.6%)が40才代、17 人(32.7%)が50才代であった。そして13人(25.0%)が、看護師や社会福祉士、教員、栄養士など 何らかの専門資格を有していた。 これらの団体はいずれも、在宅ヘルプ1時間あたり650円の支払いを高齢者から募り、それを活動 の主たる資金源としていた。団体Aは、財団や企業からの助成金や寄付で事務所とパート職員を確 保し、高齢者から募った支払いはボランティアへの報酬(1時間あたり650円)に用いていた。ちな みに質問紙調査で、「活動から毎月得られる報酬の合計は平均してどのぐらいですか」とボランティ アに尋ねたところ、85%が無回答であった。団体Aのリーダーによると、ボランティアの平均月収 は、「3,000円から4,000円程度ではないか」という回答であった。団体Bは、高齢者から募った1時間 あたり650円のうち150円を団体の事務経費として確保し、残り500円をボランティアに1時間あたり の報酬として支払っていた。同じく質問紙調査において平均月収をボランティアに尋ねたところ、 40%が無回答で、残り60%の平均月収は5,150円であった。 いずれの団体においても、ボランティアはプログラム運営の各場面で主要な役割を担っていた。 ボランティア全員を対象とするミーティングが毎週開かれ、何時間にも及ぶ熱心な討論が毎回展開 されていた。そして、高齢者から募る料金の額や、サービスを申し込んできたクライエントのアセ スメントと受け入れの決定、資金計画、といった重要事項は、ミーティングの中で、リーダーを含 むボランティア全員の投票によって決定されていた。個々のクライエントに対するケアプランは、看護など関連分野において専門職資格をもつボランティアが作成していた。団体の会計、会報の作 成、電話番や事務室の清掃などもボランティアが交代で担当し、それ以外の事務局としての雑用は 団体を設立したリーダーが中心となって処理していた。団体Aには専従職員が1名雇用されていたが、 ボランティアが中心となって団体が運営されている点では団体Bと同様で、専従職員は、ボランテ ィァが役割を遂行しやすい環境を整える役割を担っていた。 サービス利用者やその家族からの苦情についても、ボランティア全員が討議し、対応法が決定さ れていた。いずれの団体においても、専門家による指導や助言はシステムの中に組み込まれていな かった。このような活動環境の中で、団体Aに所属するボランティア55人中3人(8.6%)、団体Bに 所属するボランティア53人中4人(12.1%)が、「クライエントのニーズに応えるための十分なスキ ルが無い」という不安を表明していた。東京都内で高齢者のための在宅ヘルプサービスを提供して いる9団体(行政機関3、市民団体1、営利団体5)への調査では、現場で実際のサービス提供に 従事しているワーカーもしくはボランティア528人のうち26人(4.9%)が、「十分なスキルが無い」 と回答している!6/。したがって、団体AおよびBのボランティアは、自分たちのスキルに対する確 信が比較的低い様子が伺われる。 団体AおよびBのボランティアへのインタビューで、「なぜこの活動に参加しているのですか」と 尋ねたところ、いずれの団体からも行政に対する信頼の低下が理由としてあげられた。日本におけ る行政を中心とする高齢者保健福祉サービスの供給システムは、飢えや貧困といったいわば生存に かかわる問題を解消する上では極めて有効であったが、それと同時にサービス提供者側の視点から サービスが供給され、高齢者や家族がサービスを選択する機会が極めて限られる、運営が官僚主義 的で個別のニーズが尊重されないなどの限界があるとボランティアたちは指摘した。また、高齢者 や家族に対するサービス供給者側からの情報公開もじゅうぶんとはいえず、サービス供給窓口とな っている団体や行政との意見交換の機会も限られていることに不満を感じていた。団体Bのボラン ティアは、行政との「対話」を求めて関連窓口を尋ねたときの体験を次のように述べた。 私個人としては、行政を全面的に信頼することは難しいと思うの。行政が、私たちのようなご く普通の市民の声に真剣に耳を傾けてくれるとは信じられないし。市役所の担当課長さんをお訪 ねしたときも、本当にひどい目にあったのよ。「お年よりの問題は、われわれ行政の職員も真剣に とりくんでいます。市民の皆さんは、どうぞご安心ください」って言うの。わたしたち何も知ら ない主婦にいったい何ができるんだといわんばかりで。自分たちを何様だと思っているのかしら。 そして実際に法律や新しいサービスをつくっている人たちっていうのは、政治的なかけひきや官 僚同志のややっこしい決め事にばかりこだわって、本当にはお年寄りや、お年寄りをお世話する 家族のことを考えてくれていないわけでしょ。お年寄りやお世話する人の気持ちなんてわかって ないのよね。だから、わたしたちが声をあげていかなければならないと思っているの。 ll
活動に参加するもうひとつの動機は、自分たちの老後に対する不安であった。高齢人口の急速な 増加が、既存の保健・福祉システムを様々な意味で圧迫しつつあるというマスメディア等の報道か ら、ボランティアたちは「専業主婦である自分たちは夫の死後、大した年金もないまま、何のサー ビスも受けられずに取り残されるのではないか」という危機感を高めていた。団体Aに所属するボ ランティアのひとりは、次のように述べた。 将来にそなえて、助け合いを通じてわたしたち自身が何とかしなければいけないと思うの。も う、子供たちや行政に頼れる時代ではないんですもの。「自助」で何とかしなければ。 同じく団体Aに所属するもうひとりのボランティアは、次のように述べた。 行政に何もかもやってもらう時代は終わったんだから、自分たちで次なる道を探さなくては。 年をとるっていうのは大変だけど、生きている限りは誰にとってもあたりまえのことなんだから、 そのあたりまえのことをするのに、企業や行政に助けてもらおうって大騒ぎするのも何だか変な 気がするのよね。庶民の暮らしの中の普通の助け合いのなかで、自然に年をとっていけたらいい なって思うんだけど。 団体のリーダーたちは、街づくりの重要性を強調する点で共通していた。高齢者の問題が今日の ように深刻化する背景には、コミュニティの崩壊がある。高齢者へのサービスを通じてサービスを利 用する側と提供する側がネットワークを形成し、コミュニティ再建にむけてともに協力することで、 誰にとっても住み心地のよい社会環境を形成しようというのが、彼らの掲げる目標であった。この 目標もしくは価値を日常の活動に反映させるため、サービスを利用する高齢者から一定の料金を募 るのみでなく、サービスを提供するボランティアからも会費を徴収するという方法が両団体で採用 されていた。これについて、団体Bのリーダーは次のように説明した。 サービス利用者も提供者も、コミュニティ再建という究極の目標に向けてともにプログラムに 「参加」しているメンバーであるという点において何ら変わりはないわけでしょ。それだったら、 サービスの送り手であろうが受け手であろうが、参加者全員が同じように活動に貢献するってい うのは、あたりまえのことなんじゃないかしら。 日本の公的年金制度は米国と比べればはるかに充実しており、サービスを利用する高齢者にとっ て一定の料金を支払うことは、負担感を高めるよりも「よそ様の善意に頼っている」という負い目 からの解放にも役だっているとリーダーたちは説明した。いっぽうボランティアにとっては、会費 を払うことが「街づくり」という究極の目標を再認識する機会になっているとのことであった。
団体A,Bともに、地域内のネットワークを最大限に活用して支援を必要とする高齢者を探し出し、 サービス利用に結びつくよう積極的にはたらきかけており、その点で申請主義にもとつく既存の保 健・福祉サービスとは異なっていた。とりわけ団体Bは、高齢者へのはたらきかけにおいて熱心で あり、しばしば社会経済階層の異なる高齢者にまで対象を拡大し、社会福祉事務所のワーカーが受 け入れをためらうほどに汚れた高齢者宅のトイレを掃除して「高齢者との信頼関係を構築する」こ とに努力していた。同時に、どれほどの時間やエネルギーを費やしても、高齢者が団体の会員とな ってサービスを利用することに同意しない限りは料金を課さないことで、高齢者の主体性を尊重す る様子がうかがわれた。あるボランティアは次のように述べた。 わたしたちは何も、新しいお客さんを増やそうと思ってこんなことをしているわけではないん です。ニーズをもったお年よりがいらっしゃって、わたしたちのサービスを利用していただくこ とが本当にそのお年よりにとってお幸せなことだと思ったときに、何回もお宅に通ってわたした ちの活動に参加していただけるようにお話します。お年よりご自身のおために、説得まがいのこ とをすることもあります。 ボランティアはまた、サービスの送り手として活動に参加する人々を集めるため、地域住民への 家庭訪問等をおこなっていたが、状況は芳しくないようであった。団体Bは、活動参加者募集キャ ンペーンで400件の家々を訪ねたが、ひとりとして新しい参加者を得られなかったという経験をもつ。 リーダーによると、「最近の若い主婦の人たちは、お金になる仕事に一生懸命か、おしゃれや家を買 うことにばかり興味が集中して、忘れられたように暮らしている高齢者には関心を示さない」との ことであった。 これらのボランティア団体に共通する課題は、単なる「ボランティア団体」から、安定的な活動 を展開するサービス事業体への脱皮をいかにはかるかということであった。 団体Bは、運営を「プロフェッショナル化」することで活動水準の向上を試みていた。それまで 団体Bのボランティアたちは、サービスを利用する高齢者から頼まれれば、予定されていた以外の サービスも提供し、割り当てられた時間を超過することもしばしばであった。事務局は、ボランテ ィアたちのスケジュールの予測がつかないために、ひとりのボランティアにつき1日1件のサービス 利用者しか割り当てられず、そのことがサービス利用者の拡充を阻む大きな要因ともなっていた。 団体Bのリーダーたちは、団体の財政基盤をより確かなものとするためにサービス利用者を増やす ことは不可欠であると判断し、ビジネス的な感覚を導入してサービスを効率的に提供しようと、ボ ランティアのスケジュール管理に取り組んでいた。リーダーたちがボランティアに繰り返し強調し ていたのは、サービス利用者との関係を契約関係として理解することであり、サービス開始時に交 わされた契約以外の仕事を事務局の了解無しに提供したり、契約時間を超過することは控えるよう 指示していた。しかし、こういったプロフェッショナル化は、ボランティアの間に混乱を生み出す 13
原因ともなっていた。定例会の中でボランティアのひとりは、団体Bの活動があまりにもビジネス 偏重になっていることに懸念を表明した。いっぽう、団体の財政的自立や経営面に関心をもつ別の ボランティアは、善意だけに頼って活動に参加しているボランティアの仕事ぶりは「甘い」との不 満を述べた。 団体Bのボランティアに対しておこなった質問票調査では、52人中27人(52%)が、「団体の財政 基盤を充実させ、サービス供給団体としての地位を確立することが必要」と考えており、2人 (3.8%)はそのような考えには「反対」、4人(7.7%)は無回答であった。いっぽう、「ボランティ アである以上は、契約以外のことであっても頼まれたことはするべきだと思うか」という設問では、 29人(55.8%)が「そう思う」と回答した。 団体Bに所属するボランティアは、次のようなエピソードをもつ。 最近、事務局の人たち(リーダー)はなんだかんだといって、私のやり方に意見するのよね。 私がお世話しているお年よりについてはすべて事務局に報告しろとか、そこまで親身にお世話し なくてもいいみたいなことまで言うの。私はただ、困っているお年よりのお手伝いをしたいだけ で、できることは何でもしてさしあげたいと思っているの。この間も、お年よりのお宅に伺った ときに自分のお小遣いでケーキを買ってお年よりといっしょに食べたら、「そういったことは今後 控えてください」っていわれちゃった。どうして、いけないのかしら。だいたい、わたしたちは ボランティアの集まりなんで、事務局の人たちは雇い主でも上司でもないんだから、こんなふう に「ああしろ、こうしろ」って私たちに言うのはおかしいと思うんだけど。 いっぽう団体Aは、政治的な活動とサービス供給主体としての役割の両立に苦しんでいた。団体A は、サービスを供給する市民団体としてパイオニア的な立場にあることから、NPO法案設立の努力 に関わる様々な活動に積極的に参加していた。それと同時に、サービス供給主体として財政基盤を 安定させるために、外部資金に頼るのみでなく自ら事業をおこして収益をあげようとしていた。問 題は、事業が順調に伸び、在宅サービス部門のクライエントも増加するにつれ、NPO法案設立に関 わる政治的活動を負担に感じるボランティアが増えたことであった。あるボランティアは次のよう な不満を表明した。 わたしたちの活動は、ものすごくうまくいってるんです。先月なんて、在宅ヘルプのお仕事で2 万円もお給料いただいちゃった。やれば、もっともっとできると思うんですよ。サービス事業体と してわたしたちが優れているっていうことがみんなにわかってもらえれば、法的な資格とか支援シ ステムなんて、周りが考えてくれるようになるんじゃないですかねえ。うちの団体のリーダーなん て、政治が忙しくて、めったに事務所にいませんよ。この間も、NPO法案の設立を訴える署名を集 めうっていうんです。大切なことだし、そういったことが行く行くは私たちの活動を支えるってい
うこともわかってますが、でも署名を集めてもお金にはなりませんからねえ。こんなどっちつかず なことで、結局目の前にぶらさがっている成功のチャンスを逃している気がして仕方がないんですよ。 アメリカ市民組織1,ll 本調査で聞き取りの対象となったアメリカの非営利組織1およびIIは、米国ミズーリ州老人課か らの委託契約のもとで、メディケイドの高齢者(月収990ドル〔約ll万円〕未満の高齢者)むけの在 宅ヘルプサービスを提供していた。クライエントひとりひとりのケアプランは、州の老人課に所属 するケースワーカーによって詳細に決められていた(例:「1日2時間、週3回のワーカー派遣。 トイレと居間の清掃、洗髪、光熱費の支払いをする」など)。市民団体の役割はそのケアプランを忠 実に実行することにあり、裁量の範囲は極めて限られていた。アメリカ市民団体1の設立者件事務 局長は、次のように述べた。 この間、州の老人課から電話があって、わたしたちのクライエントのひとりをサービスの対象 からはずすようにって言ってきたのよ。老人課がいうには、そのクライエントは病院から退院し てずいぶん時間がたって歩行も可能になったから、もうサービスはいらないってことなの。だけ ど、そのクライエントは脳卒中で入院してたわけで、退院はしたんだけど、記憶障害が残ったの よね。歩くことは確かにできるけど、料理や掃除なんていうまとまった作業はできないし、だい たい食べることだって忘れてしまうんだから。老人課には状況を説明したのよ。だけど、ほら、 連邦政府が福祉予算を削ろうとやっきになっている時でしょ。何とかサービス時間を減らしたく て必死なのよね。とっても感じのいいお年よりで気の毒だったけど、老人課から止めうっていわ れた以上はどうしようもなかったわね。老人課からの契約外でワーカーを派遣したって一銭にも ならないどころか、こちらの持ち出しになってしまうわけだしね。 聞き取りの対象となったいずれの団体も、新しいサービス利用者の開拓をおこなってはいなかっ た。すべてのクライエントは、州の老人課からの照会によっていた。 また、いずれの団体においても、家事援助と整容動作の援助をおこなうベーシックワーカーと呼 ばれる人々が職員の大半を占めていた。団体1では170人のワーカー中165人、団体IIでは150人のワ ーカー中147人までが、ベーシックワーカーであった。州の老人課の規定では、ベーシックワーカー には20時間のトレーニングが義務づけられているだけで、それほど高度なスキルを求められてもい ないことから、最低賃金レベルの未熟練労働者が多くを占める職種となっている。聞き取りの対象 となった団体1およびIIのベーシックワーカーたちも、最低賃金(ミズーリ州では1時間あたり6ド ル25セント、約750円)で雇用されたパート職員であり、団体1の事務局長によれば「ほとんどのワ ーカーは中卒か高校中退。生活保護から抜け出すためにこの仕事をしているシング・レマザーが多い」 とのことであった。 15
団体1の理事会は、地域内に所属するキリスト教系教会の牧師ふたりと、3人の高齢者、そして事 務局長の友人で看護師として地元の病院に勤務する女性の6人から構成されていたが、ほとんど機能 していないに等しかった。日常の在宅ヘルプ活動は、複雑極まる老人課の規約に沿って運営されな ければならない。いっぽう、老人課からの委託契約がある限り財政は安定しているために外部から 寄付や助成を募る必要もなく、老人課以外の外部団体との接触の機会もなかった。このような日常 の団体運営に必要な事柄はすべて事務局長によって判断、実行され、理事の役割は、団体の正式な 意思決定として事務局長から提示された案件に同意するだけであった。それにもかかわらず団体1に ボランティア団体的な雰囲気が強いのは、事務局長の人柄によるところが大きいように思われた。 団体1が無償で提供するフードパントリーサービス(貧困者に無料で食べ物を提供する)について 事務局長は次のように述べた。 介護事業を始めてからもう11年ね。困っている人々のお手伝いをしながら、事業としても順調 だし、とってもよかったと思っているの。でも、まだまだ街には住む場所もない人たちがたくさ んいるでしょ。とにかく私は、飢えている人たちが自分の街に居るっていうことに耐えられない の。だからあのコたち(ベーシックワーカー)に言ったの。「お願いだから助けてちょうだい。や りたいことがあるのよ」って。フードパントリーを始めることにしたの。介護事業からの利潤の うち4,000ドル(約48万円)を毎月フードパントリーにまわしているの。安く仕入れができる場所 にはどこにでも車をとばして行って、何でも買ってきて配るの,、食べ物だけじゃなくて、おしめ だって何だって。あのコたちも手伝ってくれているのよ,,いいえ、フードパントリーで働くとき はあのコたちはボランティアよ。報酬なし。 団体1のフードパントリーで働く「ボランティア」は15人であった。ひとりの「ボランティア」 は次のように述べた。 事務局長に出会う前まで、私は生活保護で暮らしていたの。でも、アパート代と光熱費を払っ たら何も残らないんだもの。泥棒まがいのことをしなかったら私も子供たちも生きていけないよ うなありさまなのよ。毎朝おきて一番先に考えることといったら、「今日はどうやって私の赤ちゃ んのミルクを手に入れようかしら」っていうことなんだから。それでここのフードパントリーに 来たら事務局長がベーシックワーカーの仕事をくれるって。仕事ったって、掃除したり料理や買 い物したり、どっちみち家でやっていることを病気の人にしてあげるだけでしょ。でもまじめに やって、生活保護から抜け出せたのよ。だからこんどは、私がフードパントリーの手伝いをした いと思って。 「ボランティア」は事務局長の人柄に惹かれて誠実に働いていたが、「ボランティア」間に活発な
交流は観察されなかった。日常の在宅ヘルプの仕事の中では、ワーカーは与えられたスケジュール にしたがって個別に働くのみで、ワーカーが相互に交流する機会は無かった。フードパントリーを 支える資金調達のために開かれたファッションショーでも、ワーカーは個々に都合の良い時間に 「ボランティア」として会場に現れ、事務局長から頼まれた仕事をし、個別に帰っていった。 団体1の事務局長へのインタビューの最中に、クライエントのひとりから電話が入った。ワーカ ーが予定された時間を過ぎてもやって来ないという苦情の電話であった。電話の応対のあと、こう いった問題が頻繁にあるのかどうか尋ねたところ、事務局長はため息をついて答えた。 時間にも正確で、決められたことをきちんとこなすワーカーもいるけど、そうではないワーカ ーもいるわねえ。こまってしまうのよねえ。ワーカー自身が、たくさん問題をかかえていること ってあるわけでしょ。息子が警察につかまって刑務所にいるとか、夫が酒飲みで暴力をふるうと か、子供が家で病気だとか。それから、多くのワーカーは車をもつ余裕もなくて、そのうえ仕事 に行こうにもバスに乗るお金がなことだってしばしばだしね。わたしはあのコたちには、「がんば って働きつづけろ。いつか抜け出せる」っていってるの。でも、とにかくまともに働ける状態で はないコって、やっぱりいるし、それはどうしようもないことなのよね。 米国における聞き取りの対象となったもうひとつの団体IIは、サービスを効率的に供給すること に努力していた。団体IIの設立者であり理事長でもある人物は、次のように述べた。 この事業は実にいいねえ。政府は、サービス1時間あたり12ドルを我々に支払ってくれる。 我々としては、ワーカーに最低賃金を払えばすむわけだから、結果として政府からの資金の半分 近くは、我々の懐に入ってくるってわけだ。もう、事業は拡大の一途だよ。見てごらん。わが社 では、事務所には3台のコンピューターとフルタイム職員1名、パート職員2名、それに現場で 働くワーカーが45人もいる。これから、もっともっと増えるよ。とにかく、事業規模を大きくす ればするほど利潤も増えるからね。近々、もっとこぎれいなオフィスに引っ越す予定なんだ。近 頃、赤字で倒産するNPOが多いだろう?行って教えてやりたいよ。介護事業をやればいんだよっ て。 この理事長は、日常のサービス供給、資金調達、団体の将来計画、事務所スタッフや現場ワーカ ーの指導など、団体運営に関わるほとんどすべての事項について最大の発言権と決断力を有してい た。理事会は、この理事長と地元に住む数人の高齢者から構成されていたが、会議の場での理事の 発言は乏しかった。 団体IIに関わるボランティアは、定年退職した会計士1名であった。このボランティアは、週に 2回、1日数時間を団体IIの事務所で会計の仕事の手伝いにあてており、クライエントとの交流は 17
無かった。会計作業への報酬は無く、交通費だけが支給されていた。聞き取りに対して、この会計 士ボランティアは次のように述べた。 定年退職したあと、とにかく自由時間が多くて驚きましたねえ。最初のうちは家内とあちらこ ちらに出かけたり、友達と旅行したりと結構退職後の生活を満喫していたんですが、やがて退屈 しはじめましてね。ちょうどここの団体の理事長がわたしの友人で、そんなに暇があるなら、ボ ランティアとして会計の仕事を手伝ってくれないかと言ってきたんです。これはいい機会だと思 いましたよ。わたしは、自分の自由な時間を何か意味のあることに使えるし、この団体も助かる わけで、いわば一石二鳥ですよ。 この会計士ボランティアは、会計の仕事に必要な範囲で団体IIの活動を正確に理解していたが、 その範囲を越えての在宅ヘルプサービスに対する興味や、多くのクライエントが抱える様々な保 健・福祉上の問題に対する関心は、聞き取りの中でまったく表現されなかった。
4.考
察
1)事例の代表性
事例研究において、観察された事例の代表性は重要な問題である。さらに本研究では日米比較を 試みており、限られた事例から各国の事情をどれほど判断することができるかについては慎重でな ければならない。 本研究でとりあげた米国の事例はいずれも、メディケイドを受給する高齢者を対象に活動してい る。すなわち、経済的に困窮する高齢者を対象としており、中流以上の経済階層を対象とする活動 とは様相が大きく異なる。そのような中で本研究がこのような事例を取り上げたのは、行政による 補助金の削減の中で商業化を強める中流層以上のためのNPO活動よりも、非営利性や公益性に対す る問題意識は経済的困窮層を対象に活動する団体において強く、アカウンタビリティジレンマの体 験も豊富であろうと推察したからである。しかし、このような対象をもって保健福祉サービスを提 供する米国のNPO活動のすべてを推察することには無理がある。今後は、本研究の対象には含まれ なかったような組織についても検討し、知見を蓄積することが必要であろう。 日本の事例は、特定非営利活動推進法の導入以前にサービス事業体として地域に定着し、市民の 組織化も果たしていた点で、当時においては極めて先進的な組織であった。その後、特定非営利活 動推進法と介護保険制度が導入され、本研究で観察されたような体験は一般的なものになりつっあ る。とはいえ、サービス供給事業に参加する非営利の市民組織の増加とともに活動の多様性も増すことが推察され、日本においても事例研究を蓄積し、知見の一般化をはかる必要があろう。
2)アカウンタビリティジレンマの体験
本研究で聞き取りの対象となった日本の市民組織では、アカウンタビリティジレンマは活動上の 矛盾としてそのまま反映されていた。日本の市民組織に観察されたのは、団体運営のプロフエッフ ェナル化や契約概念の導入、営利事業部門の開設などによる事業体としての基盤強化と同時に、全 員参加型の意思決定システムや、サービス提供者と利用者の違いを越えて共通に課せられる会費制 度など、市民運動的な機能を向上させる努力であった。 しかしこのような努力は、各ボランティアの間にアイデンティティの混乱を生み出している様子 もうかがわれた。たとえば今回の聞き取りでは、「仕事」として在宅ヘルプ事業に参加することに意 欲的なボランティアが存在するいっぽうで、あくまでも善意を根拠に活動する「ボランティア」に 徹する意見も聞かれた。また、比較的多くのボランティアが、自分たちのスキルの未熟さに対する 不安を表明した。さらに、在宅ヘルプサービスを通じて受け取る金銭的報酬の額については回答を ためらいながらも、受け取る額についてはいっさい不満が聞かれなかった。これらのことを考えあ わせると、ボランティアの間には禁欲的ともいえる態度で活動に献身的に従事すると同時に、自分 たちの活動を金銭的報酬をともなう「仕事」とみなすことには割り切れない感情があると推察され、 アカウンタビリティジレンマのボランティアレベルにおける体験を伺い知るものとして興味深い。 いっぽう今回聞き取りの対象となった米国の市民組織は在宅ヘルプサービス供者としての役割に 専念し、米国の団体1のように他の側面でボランティア的な活動を行っていても、在宅ヘルプサー ビスの供給過程に運動的な要素が組み込まれている様子は伺われなかった。このような状況では、 アカウンタビリティジレンマが個々の団体内部に取り込まれることは無く、したがって米国の市民 組織においては、アカウンタビリティジレンマへの意識的な取り組みやボランティアの役割葛藤な ども認められず、この点で日米のアカウンタビリティジレンマの体験は大きく異なっていた。3)サービス供給主体としての機能とその過程におけるボランティアの役割
行政主導のシステムと比較して、市民の自発的な活動を基盤に保健・福祉サービスを供給する仕 組みは経済効率的であるという印象は、日米ともに広く共有されている。しかし米国での先行研究 の多くは、この点についてさらになる議論が必要であることを示唆している。たとえば、海外援助 活動に従事する市民非営利組織の活動に関する先行研究でも、ニーズのほりおこしや活動の柔軟性、 プログラムへの参加者の開拓という点で、草の根的な市民のボランタリーな活動によるサービス提 供プログラムは、行政直営のプログラムと比較して必ずしも効率的ではないという報告がなされて いる17’。また、経済学のゲーム理論に基づくシミュレーションでは、監督強化によって保健福祉サ ービスを提供する市民非営利組織の効率性を向上できるかどうかを検討し(S)、悲観的な結論を得て いる。その主な理由は、現場の情報を市民非営利組織が独占している中で、第三の機関が各組織の 19活動を正確に把握して供給活動をコントロールするには、サービス供給に要する以上のコストがか かる点にある。 本研究における観察でも、市民非営利組織の経済効率性の問題は複雑であり、慎重な議論が必要 であると思われた。日米に共通して観察されたのは、実際のサービス提供にあたるボランティアや ワーカーへの賃金や謝礼が極めて小額だということであった。そして日本では、自分たちの活動を 職業として位置付けることへのボランティアのためらいが、生計を維持できるだけの報酬を求める ことを躊躇させ、結果として低コストによるサービス供給を可能にしている側面も見て取れた。い っぽう米国のサービス供給団体は、自立した生計を営むことが難しいほど小額の最低賃金で雇用さ れた未熟練のワーカーによってサービスが提供されていた。これらのことを考えあわせると、米国 における現状の市民非営利組織による在宅ヘルプ事業は、ワーカーのスキルをある程度不問にして 小額の金銭的報酬で雇用することにより「経済性」を実現させている様子がうかがわれる。以上の ことから、市民非営利組織の活動の経済性については、日米ともに現状の活動コストのみで議論を 尽くせるものではなく、慎重な検討が必要であると考えられる。 サービス供給の効率性についても、聞き取りの対象となった団体にはいくつかのジレンマが見て とれた。一般に、ボランティアを組織してサービスを安定的に供給するためには、ボランティアご とに異なるスジュールや労働条件をコーディネートしなければならず、多大の時間とエネルギーを 要する。このような一般的な状況に加えて日本の市民団体Bでは、「ボランティア」であるという自 己規定故に、ボランティアが団体運営責任者の方針に賛同しない状況が観察され、このような条件 でサービス供給活動の効率性を追求するのは極めて困難であると思われた。米国団体では、ワーカ ーの多くが他の職業につくことが難しいと思われるほどに社会的スキルが未熟である上にモラール も低く、効率性の向上には多くの障害があると推察された。以上から、日米の民間非営利団体によ るサービス供給は、効率性を追求するうえで様々なジレンマを抱えていると思われる。 4)市民の代弁者としての機能とその過程におけるボランティアの役割 日本の市民組織は、異世代間の「助け合い」を強調することによって、運動的な側面を維持して いる様子がうかがわれた。聞き取りの対象となった団体はいずれも、在宅ヘルプ活動を通じて互い が家族のように助け合う「街づくり」を究極の目標としており、そこにおけるサービス提供者と利 用者の関係は、「街づくり」のために等しく活動に参加して協力し合う「メンバー」と解釈されてい た。このようなサービスの提供者と利用者の境界を取り除く方法は斬新に映るが、しかしその依拠 する価値は、高齢者を支援するうえで極めて日本に伝統的な「順おくり」のシステムにもとついて いるように思われる。すなわち、高齢の世代の「面倒をみる」のは若い世代の「つとめ」であり、 やがてはその若い世代も高齢世代となって次の若い世代の人々の世話になるのだから「お互い様」 である、という平等の感覚である。いわば、かつて家族関係内にとどめられていた「順おくり」の 平等観を、「お互い様」の助け合い感覚のもとで地域レベルにまで広げようとしたものと考えられる。
橋本(1996)は、このような「順おくり」の感覚を、「異世代間の平等負担ゲーム(intergenerational fairness game)」と呼び、9そこにおける高齢者の「自立」は本質的に不安定であると指摘した。な ぜなら、異世代間の平等負担ゲーム存続の鍵は、高齢者自身ではなく、若い世代が握っているから である。「順おくり」のシステムでは、自分たちが若いうちからゲームに参加し、まずは高齢者の世 話を引きうけることによってシステムの維持・強化をはかることが、安定した老後実現のための自 助努力となる。しかし、自分達が高齢者ケアの義務を果たしても、次の若い世代がそのルールに同 意するとは限らない。 日本の市民組織による高齢者支援活動も、伝統的な「川頁おくり」の助け合い観に依拠する限り、 その本質において同様の不安定感を内包しているといえよう。今回の聞き取りでも、市民団体Bが 若い世代の間から新たなメンバーを開拓しようとして、多大の困難に遭遇している様子が観察され ている。日本の市民組織による高齢者支援活動は、家族内の「順おくり」システムが機能しなくっ ている状況で、地域レベルの「順おくり」をいかに実現するかという矛盾に直面していると言えよ う。 いっぽう米国で聞き取りの対象となった市民組織では、高齢者のための在宅ヘルプサービス過程 にボランティアが直接関与することはなかった。全米規模でおこなわれた調査でも、保健・福祉サ ービスを供給する民間非営利団体の活動に関与するボランティアは全ボランティアの10%以下とい う数字が報告されており、サービス供給分野におけるボランティアの関わりは必ずしも一般的では ない:1°}。以上から、一般的に米国では、サービス供給の現場にボランティアが参加することは少な く、高齢者支援のための市民運動的な活動も少ないと推察される。また、米国市民団体1のリーダー への聞き取りからは、政府からの助成金を基盤に運営されているが故の様々な制約のために、高齢 者の利益を十分に尊重しきれない状況がうかがわれた。さらに、米国団体IIへの聞き取りから、在 宅ヘルプサービスを完全に事業とみなして、アドボカシーへの関心は極めて低い団体の存在も推察 された。以上から、米国における市民非営利組織の在宅サービス供給団体は、サービス事業体とし ての役割に専念し、高齢者の立場を代弁するような活動には積極的ではないと推察される。
5.結
論
高齢者を対象に在宅ヘルプサービスを提供する日米の市民組織を対象に聞き取りを行った結果、 日米の組織ではアカウンタビリティジレンマへの対応が異なっていることがわかった。アカウンタ ビリティジレンマ克服の可能性では、ジレンマを回避しようとする米国よりも、それに意識的に取 り組む日本の市民組織の今後に期待が持たれる。しかし、新しい世代の活動への参加をどのように 促すかといった課題も残され、日本の市民組織の将来は今だ未知数である。 「ケァ」のあり方や「ボランタリズム」は、各人の価値観や生活背景を抜きには考えられない点 21で個別性が高く、管理には馴染まない概念であると思われる。それがとりわけ今日において、アカ ウンタビリティジレンマというストレス状況として認知される背景には、限られた資源の中で急速 に増加する高齢者人口を支援するために、本来「管理に馴染まない」領域にも経済効率性を求めざ るを得ない社会的要請があると推察される。すなわち、今日におけるアカウンタビリティジレンマ の本質とは、経済効率性に対する社会的要請の高まりと市民生活の自律性の葛藤との間にあると考 えられる。そうであればこの葛藤は、マネージメント等の技術的な議論のみで打開できるものでは なく、根本的な価値論、すなわち、個人と社会との役割分担や高齢期における自立のあり方にまで さかのぼっての議論が必要であると思われる。今こそ、「ケア」と市民の役割についての哲学と思想 の構築が求められているのではないだろうか。 注:本論文は、Caring for the Elderly in Japan and the U.S.(Long, S. ed. London:Routledge.2000)に執筆した“The Accountability Dilemma of Voluntary Organizations Providing Care for the Elderly in the U.S. and Japan”の結果の一部 を用いて書き改めたものである。結果の援用を快く承諾して下さった編者のSusan Long博士とRoutledge社に御礼 申し上げる。 引用文献 (1) Cooper. T.(1990). The responsible Administrator:An Approach to Ethics for the Administrative Role. San Francisco: Jessey-Bass. (2)Edwards, M. and Hulme, D.(1996). Beyond the Magic Bullet:NGO Performance and Accountability in the Post-Cold War World. West Hartford, Conn.:Kumarian Press. (3)朝倉木綿子(1993)福祉生協活動の現状と課題:市民主体による高齢者福祉医療システムの可能性に関する 研究.生活協同組合研究報告論文集 (4)朝倉木綿子、高木郁郎(1994)ホームヘルプサービス.「生活を豊かにする労働の発見」(pp.235-255).第 一書林 (5)NPO研究会(朝倉木綿子、犬塚祐雅、鈴木健一、瀬戸雅嗣、萩原なつ子、湯元秀博、渡辺元)(1992).自立 と共生の可能性をめざして:草の根活動の課題と展望.トヨタ財団 (6)東京都立労働研究所(1990)t中高年女性の労働と生活に関する調査.東京都立労働研究所 (7)Edwards, M, and Hulme, D.(1996). Beyond the Magic Bullet:NGO Performance and Accountability in the Post-Cold War World. West Hartford, Conn:Kumarian Press. (8)Gates&Hill, J.(1995). Democratic Accountability and Governmental Innovation in the Use of Nonprofit Organizations. Policy S加dies Review, Spring/Summer 14:1/2. (9)Hashimoto,A.(1996)The Gift of Generations:Japanese and American Perspective on Aging and the S㏄ial Contact. New York:Cambridge University Press (10)Hodgkinson、 Weitzman and The Gallup Organization, Inc.(1996)Giving and Volunteering in the United Sates. Independent Sector. 資料1日米における民間非営利団体(Not-for-Profit Organization, NPO)制度 米 国 米国における制度化された社会組織は、行政、営利組織(企業)、そして非営利組織の三種類から 成る。このうち、営利組織と非営利組織は、市民の私的な活動として行政からは区別される。非営
利組織としての資格を得るためには、各州ごとに設定された基準にのっとり、非営利組織としての 登録手続きを完了しなければならない。米国では、連邦政府の規定により、以下の29のコードに分 類される非営利組織に税制上の特典が与えられている:501(c)(1)-501(c)(25),501(d),501(e),501(f), 521. 字義通りに解釈すれば、29のコードに必ずしもあてはまらずとも、すべての非営利団体が非営利 セクターに分類されるべきであるが、慣習として、米国では、501(c)(3)および501(c)(4)団体のみ が「非営利セクター」を形成する。この非営利セクターは、「インディペンダントセクター」「フィ ランソロピックセクター」「プライベートセクター」「第三セクター」「ボランタリーセクター」と呼 ばれることもある。(Hopkins,1994;Hodgkinson, Weitzman, Abrahams, Crutchfield, and Stevenson, l gg6) 日 本 日本はこれまで、行政と営利組織による2セクター体制で機能してきた。公共の保健福祉や安寧の ために活動する非営利団体は現実には存在してきたが、それらが米国のようにまとまってひとつの セクターを形成することはなく、活動領域に応じて異なった法的規制のもとにおかれてきた。たと えば、私立の学校は私立学校法、民間の社会福祉組織は社会福祉事業法、宗教団体は宗教法人法、 そして保健医療関係の団体は医療法人法にしたがって運営されてきた。そして公共の活動に従事す るその他の多くの団体は、厚生法人法にしたがっている。 近年になって介護保険法が導入され、特定非営利活動推進法で認定されたNPO法人も委託事業を 受ける事が認められ、高齢者ケアの仕組みは米国型に近づきつつある。しかし、同じ非営利で活動 する既存の社会福祉法人との関係性など、システムの整合性等において課題が残されている。 23
Abstract