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解説

著者名(日)

針生 清人

雑誌名

井上円了選集

1

ページ

405-471

発行年

1987-10-26

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002874/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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針 生 清 人

一 明治哲学の回顧

説 解  中江兆民は﹃一年有半﹄において、﹁我日本古より今に至るまで哲学なし﹂といい切っている。それによれば、 明治以前の諸学はすべて考古学的、経学的でしかなく、ただ仏教僧に見るべきものがあったにしても、結局は、 ﹁宗教家範囲の事にて、純然たる哲学に非ず﹂といわれるところである。この﹁純然たる哲学﹂とはヨーロッパ 哲学移入後に﹁自分で作った哲学﹂のことだといわれる。このことに則していうと、加藤弘之、井上哲次郎らは 哲学者を自称し、世間もこれを認めているが、しょせんは﹁論説の輸入﹂でしかないことになる。そして﹃続一 年有半﹄のなかでは自らの哲学を﹁ナカエニスム﹂と称し、それによって﹁自分で作った哲学﹂、すなわち﹁純然 たる哲学﹂が日本において成立した初めとしているということである。  中江兆民のいうところは、日本古来の儒仏神の三道が経学的、宗教的、考古学的であって哲学でなく、輸入の 哲学も単なる模倣であって真に哲学というべきでないということである。そして﹁純然たる哲学﹂とは﹁自分で 作った哲学﹂ということ、すなわち自ら思索し思想を形成するということに根拠を置くものであるが、その意味 では日本にも皆無というわけではない。中江兆民自身が明治期に哲学において影響を与えたのは、哲学史にあた 405

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る﹃理学沿革史﹄︵明治十八∼十九年︶と哲学概論にあたる﹃理学鉤玄﹄︵明治十九年︶であるが、前書は翻訳で あり後書は翻案である。その意味で﹁自分で作った哲学﹂ではない。その両書の基本的性格は十九世紀フランス の唯物論である。あるいは﹃三酔人経論問答﹄︵明治二十年︶を見るならば、人民を政治の主体ではなく、単なる 客体にとどめ、批判を国家・天皇にまでは及ぼさなかったが、専制官僚政府に対する徹底した批判がある。これ らのことから考えると、中江兆民のいう﹁純然たる哲学﹂とは、近代ヨーロッパの市民社会が生み出した合理主 義、批判主義、諸科学の成果を反映させる実証主義、唯物論ということになるだろう。その意味では、日本に哲 学は存しなかったという見解も十分に根拠のあることである。しかし、その視点をかえればどうであろうか。例 えば、兆民の立つ唯物論を離れて観念論に立つときには別な理解も可能である。井上円了はまさしく観念論、特 に純正哲学、の見地から、日本古来の仏教がヨーロッパ近代の理学︵自然科学︶の批判に耐え得る合理的なもの であり、純正哲学︵形而上学︶と合致するものであることを論究した。それはいうならば、日本にも哲学はあっ たということを論証するものであり、それを通しての仏教再認識の遂行であった。それと同時に円了自身、自ら の哲学を純正哲学として体系化し、それによって﹁輸入の哲学﹂の日本化をはかったということができる。  明治以前に哲学があったか否かという問題がすでに、明治期の哲学が特異な状況にあったことを物語っている。 そのことを明らかにするために、明治期の﹁哲学﹂がどのように展開していたかを見ておく必要があろう。  井上哲次郎は﹃明治哲学界の回顧﹄︵岩波講座﹁哲学﹂︶において、﹁明治以前には殆んどないが、明治以後には 樋かに、鮮かに辿って行ける様な二種の系統﹂があると述べている。その一つは﹁物質的、経済的、客観的、実 際的、功利的﹂な系統であり、その二は﹁唯心的、超絶的、主観的、道徳的、宗教的﹂な系統である。このこと 406

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説 解 は﹁歴史的事実の上に立証可能﹂だという。もとよりこの﹁歴史的事実﹂とは明治以後の哲学の受容と展開が示 すものにほかならない。井上哲次郎はその展開を三期に分けて見ている。  第一期︵明治初年∼二十三年︶  ﹁思想潮流は大体アウフクレールングスツァイトで、英、米、仏の思想が優勢であり、⋮⋮膨済として洪水の 如く侵入して来た。英、米の自由独立の思想、仏蘭西︵フランスー引用者︶の自由民権の思想﹂の紹介、主張、 唱導、宣伝がなされたときである。哲学の講義としては明治三年西周が京都の私塾﹁育英舎﹂で初めて﹃百学連 環﹄によって行った。開成学校が明治十年に東京大学に、十九年に帝国大学に改編され、留学より帰国した外山 正一らが進化論、実証主義、功利主義などをもって外人教師フェノロサらと肩を並べて哲学を講じており、新進 の井上哲次郎はドイツに向けて留学するときでもある。  第二期︵明治二十三年∼三十八年︶  この時期は外人教師フェノロサらと共に留学帰朝後の井上哲次郎らの努力によって﹁ドイツ哲学を主とした﹂ 時代である。教育勅語換発により教育の体制化が一段とすすむ中で国民道徳論をめぐる問題、日清戦争前後の国 粋保存運動が活発になるときである。そのようななかで、内村鑑三不敬事件、哲学館事件が起こったのは、宗教、 倫理が国家管理の下に置かれることが急速化したことを意味している。  第三期︵明治三十八年以降︶  日露戦争の思想界に及ぼした影響により﹁個人の自由の自覚が顕著となり、狭隆なる愛国心より忽ち目覚め て、世界的の広大なる精神が俄然発達﹂した、変化著しい時期である。が、その実態は、対外的には韓国併合を 407

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初め遼東租借、満鉄獲得を行い、対内的には労働運動、社会主義運動を取り締まり、大逆事件によって思想、運 動の弾圧が極点に達するときであった。それは石川啄木をして﹃時代閉塞の現状﹄︵明治四十三年︶を書かしめた ように、﹁社会主義の冬の時代﹂ともいわれ、思想閉塞の時代であった。この時代区分では井上円了は第一期に位 置づけられる。  これと同様に明治哲学の受容、確立、大成の視点で時代区分をしたものに、船山信一の﹃増補明治哲学史研究﹄ がある。それによると、次のように区分されている。  第一期︵明治初年より十五年︶。その特色は実証主義の移植であり、代表者は西周である。その前期︵明治初年 より八年︶は﹁明六雑誌﹂廃刊までの純粋に西洋哲学の受容と紹介が行われた。その後期︵八年より十五年︶は、 加藤弘之﹃人権新説﹄に代表されるように自由主義と国権主義の分裂が起こるときである。  第二期︵明治十五年より二十二年︶は、実証主義が純化して観念論と唯物論に分化するときであり、井上円了 が﹁純正哲学﹂によって仏教の再興をはかることを通して日本型観念論の準備者の役割を果たしたといわれる。  第三期︵明治二十二年より三十八年︶。現象即実在論あるいは観念即実在論による日本型観念論の確立期であ り、その代表は井上哲次郎である。  第四期︵運動の実際から重復して明治二十八年より四十四年︶は、さまざまな哲学的啓蒙家が活動したが、仏 教の護教家、社会啓蒙の実践家の一人として円了の活動が評価される。  第五期︵明治四十四年より大正十五年︶は、日本型観念論の大成期であり、その代表は西田幾多郎である。  特に井上円了は純正哲学︵形而上学︶を独自に解釈することを通して、仏教を東洋における純正哲学と評価す 408

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説 解 ることによって仏教の復権を計ると共に、明治初期の観念論者として、第二期に位置づけられた。このような仏 教の視点から明治の思想界を見たものに、島地大等﹃明治宗教史﹄︵大正十年︶がある。それによると、明治とい う時代は﹁結局、全てが混沌たるものであり、盲目的であり、諸の問題を未解決のままで、大正時代に送りこん だ﹂といわれる。それは明治思想の性格規定を単に﹁混沌、未解決﹂という意味で見ているわけではない。かえ って、﹁明治人は、自我を叫びつつも、自我以外の自我を認めていた。又、自我を他我の犠牲とする不自然も自然 として忍び得た時代﹂であると述べているところに﹁混沌、未解決、盲目的﹂ということの意味があるといえよ う。自我と他我の対立を自覚しつつもなお冷徹な自己認識に徹し切れぬより強大な他我が存する時代に、すべて を﹁混沌、未解決、盲目的﹂にする原因を見ているのである。自我をそれに埋没させなければ自我は自我たり得 ぬような、そのような強力な他我の存在を論理化し、合理化し得ぬままに哲学するという矛盾が明治の哲学には あったのである。中江兆民が﹁日本に哲学なし﹂といわざるを得なかった真の意味もそのような状況があるから であり、また島地大等が﹁自我を他我の犠牲とする不自然も自然として忍び得た時代﹂という意味もここにある。 もとよりそのような他我の超克をめざす思想闘争や運動はあった。しかしそれが努力されればされるほど思想、 運動は社会的、政治的となり、核心に迫ることなく周辺にとどまり、論点も曖昧なままに終わるという明治の思 想状況の複雑さがあったといえる。島地大等のこの論述は仏教に焦点をあてたもので、明治思想の全体を論じた ものではないが、明治の思想状況を的確に表現しているといえる。島地大等の指摘する明治思想の特徴はつぎの 三つである。ω政治的色彩が強く、闘争的大気に満ちていたこと、②欧化主義、③在来思想と外来思想の対立と       姻 調和、の三つである。この三つの特徴は宗教に限定したものであるが、哲学についても同様といえる。

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 以上のように、明治の哲学は受容、時代の諸制約、矛盾の克服、日本型哲学の確立の過程においてみられると き、井上円了の哲学は近代化の道を歩む明治期日本においてまず自覚される道徳の頽廃、仏教の衰退の回復とそ れに追いやる根本と思われるキリスト教の排撃に向けられた。それと同時に、近代的国家体制の整備を急ぐとき 体制の外に置き忘れられた民衆の真の文明開化11啓蒙を円了はさまざまな形で行うのである。このような状況で の井上円了の哲学の営みは、哲学体系の確立あるいは大成の道に進むものではなく、最初から過渡期の、したが って日本型観念論の準備者の位置に位置づけられるのである。その準備者としての位置はどのようなものであろ うか。

二 明治哲学における円了の活動と位置

 井上円了が学んだ哲学は、幕末期にオランダに留学した西周、津田真道らによって移入紹介された十九世紀ヨ ーロッパの市民社会の意識を反映する実証主義的な思想であり、更には化学を学ぶために米国留学をして哲学者 として帰国した外山正一らがもたらした進化論や科学的な心理学である。また、円了が東京大学在学中の明治十 六年秋から同二十年︵フ・︶までの読書録というべき、英文で記されたノート﹃稿録﹄は円了の哲学書の読書のあと を示すものであるが、そこには詳細の程度はさまざまであるが、そこに記された大略八十七項目はスコットラン ド学派、英国経験論、功利主義関係が大半を占め、記される人名はおよそ百五十を数えるものである。読まれた 本は、哲学史が多いが、科学と宗教、実証主義哲学、宇宙論哲学、唯物論および合理主義の歴史、科学の哲学、 進化論、心身問題、心理学などの多岐にわたるが、要約されたもののうち、最も紙数の多いのがシュヴェグラー 410

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説 解 の哲学史、スペンサーの思想およびヴォルテールの哲学史の要約である。実験心理学および心身問題への関心が 大きかったと思われる。また、読まれたかあるいは読むべきものとして記された書名に哲学一般に九十九冊、心 理学に五十冊、論理学に二十三冊、倫理学に六冊、その他八冊が挙げられている。これらのことから円了の哲学 の基礎的知識とその関心がうかがえるが、そのうちでも心の問題、宗教と道徳の問題、進化論に関心があったこ とが指摘できる。論理学の読むべきものを多く数えているが、実際に読まれた読書メモには全くないことは、円 了が論理学に関しては、言語用法上の誤謬を扱った﹃哲学道中記﹄一冊しかないことと関っている。  円了は明治前期の哲学移植期の状況を反映した哲学を学び、しかも外山正一らの紹介する科学的な進化論を基 礎にしながらそれを超えて、独自の純正哲学を形成するに至るのである。そして、その純正哲学の名の下で仏教 を見直し、その純正哲学としての仏教と純正哲学としての哲学との一致または併行を主張したのである。円了は 更に、哲学としての仏教の立場からキリスト教の批判を行うのである。それが﹃真理金針﹄による円了の思想家 としての最初の仕事であった。  円了はのちに﹃破唯物論﹄︵明治三十一年︶において、自らの活動を三つあげている。その↓は﹁ヤソ教の気焔 の熾になるに際して﹂﹁国のため教えのため﹂になした﹁ヤソ退治﹂である︵﹃真理金針﹄、﹃破邪新論﹄︶。その二 は﹁民間の迷信依然として行われ、宗教改良、教育の進歩を妨げる勢いがある﹂ので、民間の﹁迷信退治﹂を行 った︵妖怪学、全国巡講︶。その三は﹁世道人心を益﹂し、かつ﹁三道興隆のため﹂に行った﹁俗論退治﹂︵いわ ゆる唯物論の批判︶である。更に円了はここではふれていぬが、﹁修身教会﹂等による道徳の回復運動等も加える べきである。これらの井上円了の活動はいずれも伝統的な思想の復権の時代的風潮と関って、しかもなおそれら 411

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に抜きんでており、そのいずれにおいても指導的役割を果たしたものである。  円了のキリスト教批判は、著述活動としては最も早く行われたが、哲学と科学の知識に裏づけられ、しかも観 念論の概念分析を武器として行われたものである。それはもっぱらキリスト教の﹁神﹂概念の﹁論理的﹂分析を 行い、それは今日の科学的知識に照して不合理であり空想的であること、宇宙創造という行為と意志に関して﹁有 意有作﹂の人格神であってなお絶対的ではなく、したがってこのような不合理かつ人格的な神を信ずるのは宗教 性においてなお浅薄であること、﹁ヤソ教の人知を圧抑して発育せざらしめ﹂て中世を暗黒におとし哲学を衰退さ せたこと、また、道徳を神の賞罰に委ねてしまったことなどを列挙して批判している。  いわゆる﹁迷信退治﹂は円了の生涯をかけた仕事であるが、文明開化が制度、形の上で進められてもなお庶民 生活の底辺に潜む迷信俗説の打破である。それは当初、新知識を学んだ学生たちの新しい啓蒙運動であった。円 了は大学時代に﹁不思議研究会﹂を創設︵明治十七年︶し、迷信の社会学的、科学的研究を啓蒙活動の場に活用 したものである。円了はその活動を続け﹁妖怪研究会﹂の開設︵明治二十四年︶、 ﹃妖怪学講義録﹄︵明治二十六 年︶の刊行をなしたのであるが、それは多くの啓蒙思想家が文明開化、自由民権のかけ声のもとで、思想面に限 って啓蒙運動に従事していたのに対し、全く底辺の生活面での﹁迷信11妖怪﹂開化であり、真に文明開化されね ばならぬものについての認識に決定的な差異がある。このような﹁妖怪‖迷信﹂退治を啓蒙の目的と手段にした ことは、キリスト教がその布教、伝道のために医療、教育等をもって民衆に接近するとともに不合理な風習打破 を行っていることと対比さるべきものといえよう。  ﹁俗論退治﹂には二つの意味があると思われる。その一つは唯物論を打破して観念論哲学を確立することであ 412

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説 解 り、その二は哲学による神儒仏三道の深化と復興である。そのかぎりで極めて政治的な色彩を帯びるものである。 ここで円了が批判の対象とした唯物論は、神儒仏の﹁三道の敵と認めたもの﹂の一切であって、哲学的唯物論の 外に﹁進化論、実験論︵経験論︶、感覚論、自利論﹂﹁拝金宗、体欲宗﹂等を含めている。それは哲学的唯物論の 中に実験論︵経験論︶、感覚論を含めており、自然科学に由来する進化論、また倫理的唯物論として自利論、拝金 宗、体欲宗を﹁俗論﹂として批判するものである。この﹁俗論﹂とは﹁いずれも西洋舶来の看板を掲げ、しきり に西洋風を吹き立てて、なんとなく威張りたる風体﹂のもの、といわれるように、日本伝統のものでなく舶来の ものをいっている。しかし俗論に対する﹁正論﹂には伝統的な神儒仏三道のほかに舶来の非唯物論︵先天派、唯 心派、理想派︶を含めているので、唯物論とは円了の﹁純正哲学﹂以外の一切ということになろう。  ﹃破唯物論﹂の構成は﹁破俗門﹂と﹁建正門﹂からなるが、﹁破俗門﹂は俗論︵唯物論︶の実践的害悪、理論的誤 謬の批判を行い、﹁建正門﹂は正論︵唯心論等︶の実践的理論的立場の有益性を明らかにするものである。この﹁破 俗門﹂は、﹁実際上﹂と﹁理論上﹂に二分されるが、﹁実際上﹂で扱われるのは﹁学問論﹂と﹁国民論﹂である。﹁学問論﹂で は東西両洋の学問を比較し、西洋の学の長所は実験学に認めはするが、﹁その実験の主義が哲学の範囲に推し移り て倫理学宗教学までも物理化学などと同じ方法をもって研究する﹂ようになっていること、すなわち自然科学の 方法である実験が精神科学の領域にまで拡張適用することを批判している。これに対して儒仏神三道は国体の批 判ではなく国体の保護に当たってきたことにふれ、東洋の学問の護教学的性格を称賛し、﹁総合の観察に長ずるこ と﹂、﹁理想の趣味に富むこと﹂、﹁実際の応用を先とすること﹂の三点が東洋の学問の長所としている。       鵬  ﹁国民論﹂では、唯物論的自利主義は国家の公序、人民の品行、国民の精神に悪影響を及ぼすもので、唯物論

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は全体的にいって﹁東洋の特性を破壊するのみならず、国家の道徳を破壊するの恐れ﹂があると述べている。唯       14 物論を道徳的観点から批判していくのである。﹁理論上﹂では、俗論と一括されたものをそれぞれに批判するが、 4 その主な論点をあげてみるとつぎのようである。  円了は哲学的唯物論を﹁物質論﹂としてとらえている。その﹁物質論﹂とは、世界は物質より成り、世界に存 するものはすべて﹁無機物質の固有せる勢力︵エネルギー︶すなわち物力の変態に過ぎず、故に物象の外に世界 なく、物質の外に精神なく、物力の外に生活﹂なく、すべては物質とする立場である。円了はこのような意味で の﹁物質論﹂を﹁分析上、開闘上、万有の規律︵変化の原因︶上、時空の関係上﹂の四点から矛盾を指摘しよう とする。唯物論者は物質は元素から成ると説明するが、それは物質を分析しただけであって、物質が元素である ということは物質は物質であるということにほかならずトートロジーでしかないと批判する。また、元素は延長 を有しても有さなくとも矛盾であるという。元素に延長がなければ、そこからいかにして延長する物質が生ずる のか。元素に延長があるとすれば、更に分析されるから究極的な実在ではあり得ぬではないか。いわゆるアンチ ノミーの指摘である。同様に、物質に起源がないとすることも、物質の発生を物質に求めることもアンチノミー に陥ることを指摘している。因果論および時空論についても唯物論を退けて、それらは経験論を成立させるもの であって経験に従って起こるものではないという。  円了は、哲学的唯物論はただ物質のみが存し心は存在せずと考え、また知識思想も否定する立場である、と考 えており、心の存在を認めるのも、物質について考えることも唯心論と考えている。すなわち﹁物の外に心なし といい、感覚を離れて精神なしということすら、みな心によりて論じておる﹂のであって、﹁心ありとするも心に

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説 解 して、心なしとするもやはり心なれば、心ばかりは仮定という﹂ことはできぬというのである。したがって、唯 物論は物質のみを認めるのに対し、物について考えるのが唯心論ということであり、﹁すでに物質あり世界ありと すれば、暗に知識思想の実在を既定せること﹂になるというのである。すなわち唯物論が存する以前に唯心論が 成立するというものであって、そこではすでに唯物論も思想であるかぎり唯心論であると主張されるのであって、 円了は物質と物質の思想とを混同しているといえるだろう。  円了は科学としての進化論の妥当性を認めるが、進化論が生物学あるいは﹁有形学﹂の範囲を超えて、哲学、 精神諸科学の領域において直接に真理と認められるようなとき、進化論を唯物論に含めてこれを否定するのであ る。円了は純正哲学を論ずるとき、進化論に代わって﹁循化論﹂、﹁大化論﹂を提起するのである。円了が進化論 を考えるときの前提は世界がコ大活物﹂であるということ、その始源において生命、精神、思想も﹁内包の潜 力﹂として存するが次第に開発して﹁顕力﹂となること、進化は現象であって実体は不変であること、そうでな ければ物質不滅、勢力恒存という﹁宇宙の理法﹂に矛盾すること、単なる進化のみがあるのではなくて、進化と 退化を含む﹁大化﹂と考えるべきであること、にある。  以上のように、円了は単に哲学を受容しそれを模倣したのではなく、哲学を﹁純正哲学﹂として深化すること に向かい、いわゆる﹁日本型観念論﹂形成に着手したのであり、その意味で、その準備者と目されるのである。

三 円了哲学の構造

井上円了の著述の範囲は極めて広く、その主たる項目をあげても仏教、倫理学、心理学、教育学、通俗講話等 415

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に及んでいる。いま、﹁円了哲学﹂ともいうべきものを理解しようとするならば、それらのすべてを踏まえて論ず るのが本来的であるが、ここでは﹁純正哲学﹂にかぎって論究することにする。  円了の哲学は、﹁物心の関係を論じて世界はなにによりて成るか﹂、﹁神の本体を論じて物心のいずれより生ずる か﹂、﹁真理の性質を論じて諸学はなにに基づきて起こるか﹂の三問題、すなわち宇宙論、本体論、認識論、を論 じた最初の著述﹃哲学一夕話﹄が示しているように、純正哲学に関心を有して次第に論理を整合し内容を深めて ﹃哲学新案﹄において体系化されるのである。  円了の特色は哲学を極めて構成的に考えることで、必要に応じて組織図等を用いて図解することが多い。その ことが円了の述べようとすることを明快にはするが、他方でその理解を浅薄にし、あるいは円了の意図と異なる 方向へと導くことが起きるのである。まずそのことを念頭に置きながら、円了の学問および哲学の定義から見て 行くことにする。  まず﹃哲学一夕話﹄では、この宇宙に存在するものには﹁形質﹂を有するものとそうでないものがある。この 形質あるものを実験する学、事物の一部分を実験する学が﹁理学﹂であり、有形の物質に属するとされる。これ に対して、感覚・思想・社会・神仏のように形質をもたぬもの、事物の全体を論究する学が﹁哲学﹂であり、無 形の心性に属するものである。そしてこの哲学のうち真理の原則、諸学の基礎を論究する﹁純理の学﹂が﹁純正 哲学﹂であり、心の実体、物の実体、物心の本源、物心の関係を解釈し説明するのがその目的である。  ﹃哲学要領前編﹄では、思想の及ぶところ哲学の関係しないものはないが、あえていうならば、哲学は思想、 道理を究明する学である。諸学はすべて哲学であるといい得るが、その基本は純正哲学であり、純正哲学は諸学 416

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説 解 の原理、事物の真理、思想の規則等を証明論究する学、諸事物の真理を究明する学だとされる。その基本課題は 物心各体がなんであり、どのような関係にあるかを定めることである。  ﹃純正哲学講義﹄では、万物万有に包含される道理を探究、組織する学、一個一個の道理を帰納摂約し、万有 普遍の原理大法を究明するのが哲学であるといわれる。それは更に分析される。有形質の物質はすべて五感に感 ぜられる現象であるから、これを﹁物象﹂というならば、物象は物質が心面に映る影像のようなもので﹁外物の 表象﹂である。影像があれば必ず真体があり現象があれば実物がなければならない。したがって﹁物象﹂の外に ﹁物体﹂の存在が推測され、﹁物象﹂と﹁物体﹂が区分される。﹁象﹂とは感覚上に現れる性質である。﹁体﹂は認 識し得るものではないが推測されるものである。心性についても同様に﹁心象﹂と﹁心体﹂の区別が立てられる。 ﹁物象﹂は﹁我人の心外において見るもの﹂であり、﹁心象﹂は﹁心内において見るもの﹂である。﹁物象が心面 に集まりて心象﹂を生ずるのである。心性は﹁外界に現示する作用﹂であるが、この直接に作用を外界に現示す るものを﹁有象﹂というとき、直接にその作用を見ることのできぬ神は﹁無象﹂といわれる。すなわち、無形質 のものは心性のような﹁有象︵有現象︶﹂と神のような﹁無象︵無現象︶﹂に区分される。神も=個体たる意志を 有し知力を有し愛憎の情を有しその作用をこの世界に現示する﹂キリスト教における人格神はなお﹁有現象﹂と いわざるを得ず、これを﹁神象﹂と名付けるのである。これに対して形而上学的な純然たる神は無現象の体であ って﹁神体﹂と呼ばれるのである。もはや神の名を与えるのも不適当であって、円了は真如、理想、理性、理体 の名で呼ぶべきだというのである。この体と象との関係、つまり形質と現象の有無を事物にあてはめるとつぎの       姐 ように図式化される。

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 この事物の形質現象の有無のそれぞれについて研究する学問はつぎのように分類される。

∴詩雛等響翼鮪韓簿撃

 この有象哲学は実験哲学︵経験論︶のことであり、無象哲学が純正哲学である。  円了の哲学を集大成した﹃哲学新案﹄では、狭義の哲学すなわち﹁純哲学の目的は、各方面より観察を下し、 宇宙の真相を究明開示する﹂にあるといわれる。科学は宇宙の一界一域の部位的研究であり、その科学の研究成 果の供給を得て哲学は宇宙の万象万境の総合的研究をするのである。すなわち科学の結果を集大成するのが哲学 である。宇宙全体の真相真理は科学のうかがい得るところではなく哲学の総合大成によってのみ知られるのであ る。すなわち諸科学はそれぞれの研究対象の規則を考定するのみであって他の部分には関らないので宇宙全体の 真理を知り得ないが、哲学はこれらの諸科学を統轄総合し、万学諸理を完結する宇宙全体の学だといわれる。前 掲の理学、哲学の分類図をいま簡略に示してつぎのようにする。

学問鱒聾の統馨の学

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説 解  そのとき、円了の示す図式からは、哲学が理学を統合する全体の学ということは直ちには読みとれない。理学 が対象にする﹁象﹂と哲学が対象にする﹁体﹂とがなんらかの意味で同↓であることが要求されると思われる。  ここに至って、円了哲学はこの体と象の関係を論ずる独得の道を開拓するのである。  哲学の主題とするところは、円了によれば、物質と心性がなんであるか、その関係はいかなるものであるかを 定めることである。円了はそれを﹁哲学の性質上の分類﹂としてつぎのように示している︵﹃哲学要領後編﹄︶。  ﹁無元論﹂とは物、心、神すべて存しないと主張するもの。﹁唯物論﹂とは物の外に心も神もないと主張するも のである。﹁唯心論﹂とは心の外になにもないというもの。﹁唯神論﹂とは有意有作の神を立てるもの。﹁唯理論﹂ とは無意無作の理体を物心の外に立てるもの。﹁物心異体論﹂は物心がその体を異にするもの。﹁物心同体論﹂は       19       4 現象は異にするがその実体は同一として物心の中に理体を立てるものである。

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 円了によれば、論理思想は物心二元論から始まり、唯物、唯理、虚無、唯心を経て物心同体論へと発達すると して、その展開を論ずるのである。それによると物心は共に現象であるが、物心の本体は物でも心でもなく、ま た物心を離れて存するものでもないのであって﹁理想﹂と呼ばれるが、物体も心体も共に無象界に属するので、 そのことによって物体と心体は同一であるといわれるのである。しかも、いわゆる﹁心﹂は心象であり、思想も 心象である。心象を離れて別に心体が存するとはいえぬのであるから心体も心象であると主張される。ここに、 体と象の同一性が主張されたことになる。  物象、心象を見て物体、心体の存在を推測するのであるから、感覚と連想の外に物心の実体はないが、感覚が 在ることを知るのは感覚でないもの、すなわち連想が存するからである。ここにおいて、円了は感覚よりも論理 を優先させる独得の論述を進めるのである。それによると、感覚はそれを内外に分けてその内にあるものを心と いい、その外に現れるものを物というが、そのときすでに空間を前提にしている。時間空間は感覚を構成する要 素である。したがって、感覚の外に時間空間が存し、時間空間の外に論理が存するというのである。論理が存す るのは心が存するからである。したがって以上のことから、感覚は論理より生じ論理は思想11心より生ずるとい うのであり、ここに唯心論の成立する根拠を認めるのである。すなわち、思想11心の知覚は意識または自覚であ るが、物界11外界の万象万化のどれ一つ意識の範囲内にないものはないので、意識の範囲内にあるものはすべて 思想11心の中に存するというのである。物と心に差別があるように思われるが、その差別は心の現象にすぎない。 その差別の心の存在するのを知るのは思想の作用であり、心の本体は無差別であり﹁自覚の心﹂と呼ばれる。物 心を差別する心の作用は現象界に属するが、﹁自覚の本体﹂はこれを知ることができぬので無象界に属するもので 420

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説 解 ある。ここで、円了はこのように結論する。物は物界︵外界︶にあり、物象は心界内にあり、物体は無象界に属 するというのである。心性についても同じである。更に、物象心象は相対的であり、したがって現象界は相対的 である。これに対して物体心体は同一であり絶対である。したがって無象界は絶対である。心体という語法はす でに相対的であるので、物心両体の本体となるのは﹁絶対の理体﹂と名付けられる。それは﹁非物非心﹂であり、 物心の本源であるが物心の外にあるものという。これが円了のいう﹁物心同体論﹂である。  以上のように見てくると円了の論理の一端が明らかになる。通常の認識論が教えるように現象と物自体の関係 と同じく、﹁象﹂と﹁体﹂が対立させられる。物心の区分に応じて物象、心象がありそれに対応して物体、心体が 立てられ、その両体は心における相対であるので、それを統一する理体を想定するというものである。この絶対 の理体が物心を開発するというものである。したがって、すべては絶対の理体に帰するという絶対的な観念論を 主張するものである。

四 円了の哲学の提起するもの

 円了は常に自ら思索し、いくつかの点で新説ともいうべきものを示した。そのうちの重要と思われるものを整 理してみるとつぎのようなものがある。  ω  ﹁円了の全道﹂︵﹃哲学一夕話﹄︶。  哲学の主題である物心の問題について、唯物論、唯心論、唯理論が立てられるが、それらはそれぞれに物、心、       21       4 理に偏しており﹁哲理の中道﹂を得たものではない。円了が求めようとするのは﹁哲理の中道﹂である。それは

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﹁理は物心を含有し物心は理を具備し、二者その別あるも相離るるにあらず、相離れざるもその別なきにあらず﹂       22 という理論であり、﹁物即心﹂﹁心即物﹂の理論である。差別、無差別も表裏の別のように見るところが異なると 4 ころから生じたが、その体は元素同一である。したがって唯物論唯心論の二者を統一するとき﹁道理の円満完了﹂ するところが知られる。これが﹁円了の全道﹂である。それは物心未分のときには万物無差別であったが、その 無差別の中に差別を含有してあり、その体が開発して差別が生じた。また、差別の裏面には無差別を伴うのであ るから、世界の滅亡のようなときにはその体が回転して無差別となろう。このように無差別は開発して差別とな り、差別は閉合して無差別となるというのであり、これを﹁世界の大化﹂と名付けている。しかし、その変化、 差別は現象であって、変化の原理は無始無終、不生不滅であるが、これが﹁円了の体﹂である。この円了の体を して変化、差別を開発させる作用が﹁円了の力﹂である。この﹁円了の全道﹂においては、現象も無象も物界も 心界もその体同一であってすべては真理である。このような﹁絶対の理体﹂に至ったとき﹁円了の世界﹂が開か れるのであって、そこでは唯一平等の真理を見るのみだという。  ② 現象即実在論  すでに﹁円了の大道﹂が物即心、理即仏心を示しているように、﹁象﹂と﹁体﹂の同一性が示されたが、それは、 現象を常に心11主観に対して存するもの、すなわち観念的存在と見なしているものである。元来、客観は主観に 対立し、対立するかぎりで客観であり、また主観も客観に対立するかぎりで主観である。しかし井上円了の説く ところはそうではなく、主観をそのまま客観とし、客観をそのまま主観の中に取りこむものである。その意味で は、日本型観念には、近代ヨーロッパの心身二元論に始まり、主観、客観をそれぞれに厳密にするところから起

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説 解 こる主観・客観の絶対的矛盾というようなアポー−・アはなかった、といえる。主観が客観に対し、理想が現実に対 して対立するということがないということは、前述の島地大等が指摘するように、明治の哲学は、その構造から して﹁自我外の自我﹂、﹁他者﹂に対立するのではなく、埋没同化して行くことに連なるものである。このように、 現象を直ちに主観と同一と見なすということは、主観が全く無内容、あるいは単なる形式であるということであ り、明治哲学における主観は、その意味ではあらゆるものを包含し、あらゆる立場に立ち得る融通無擬を示すも のであり、真に主体を成すものではなかった。﹁現象即実在﹂という語は円了にあっては、ただ、一カ所﹃哲学新 案﹄︵一五一頁︶において用いられている。それは必ずしも肯定的な使い方ではなく、諸説諸論は一方に偏するの が常であり、﹁現象即実在﹂を肯定すれば、実在は現象の外にありとの反論が生ずるといい、一つの意見に立つの ではなく、物心両界を統一するものを主張する筋道において用いられている。円了はその意味では、両界を統一 する﹁本体﹂︵一如、如元、真元︶を追究するのであって、﹁現象即実在論﹂を主張するものではなく、かえって それを超えようとしていたといい得るが、円了の考えの根底にそれがあったと思われる。  ③ 進化論から輪化論へ  唯心論を主張するには、世界における﹁心﹂の発生を解明しなければならない。いいかえれば物から心がいか にして生ずるかを明らかにしなければならない。円了は進化論の論理を基礎にしながらこのことを論究するので ある。﹃哲学要領後編﹄の主題ともいうべきことは、心性作用を神経系統の説明によって生理学的には唯物論的説 明が可能となり物心の同一ということから始められた。続いて、無機と有機の分解を化学によって説明し、生︵命︶ 力も物力と結果的に同一であり、心性作用も物質の規則︵法則︶に従うことを説明する。このような説明の原型 423

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は進化論にあるとして、円了は進化論の説明をする。それによれば、進化論は元来、生物学において把握された 自然淘汰によって成立するものであり、その原因に競争、変化、遺伝を考えるが、円了は、進化を更に拡大して、 宇宙、地球、社会、心理、言語、学術、宗教、道徳もすべて進化すると考えており、これらについても進化の原 因をあてはめている。それによれば、例えば、物質固有の自然力によって物質は相吸引、相抗排し、更に化学的 に相抱含、相分解して、物質は無機質、有機質に分解するという。同じようにして、つぎのような物質から人間 発生までの系統をつぎのように記している。  それによると、後発するものの要素は、それに先立つものの中にすべて含まれており、すべての進化の原因は、 そもそもの原始的物質の中に包含されているというのが円了の主張する物心同一の根拠となっている。  また、心性作用の発展の過程については、   無機力←生活力←覚性力︵感性力︶←悟性力←理性力 という形をとり、心理の発達については、   習慣力←反射力←本能力←思想力 というものである。 424

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説 解  円了はこのような進化論を拡大解釈して、これを﹁世界の輪化﹂という概念で宇宙の﹁進化﹂に新しい解釈を 与えるのである。﹃哲学新案﹄によれば、従来の進化論をもってしては、﹁運動の開端、生物の起源、精神の本源、 先天性、先在性﹂の説明は困難であり、それを解決するための一つの問題提起であるといえる。  心に映る対象が客観であるが、この真相を太初より見て一つの宇宙論的解釈を施すものであるが、太初の混沌 未分︵気体浮遊︶からの分化の道理を、生物の原体自発によるすべてのものの派生分来については進化論の説明 に基づいている。そこでは、生物も地球自体より自然に﹁化生﹂し、したがって無生物の胎内より生物を産出し、 人間の感覚、知覚、理性も産出されたというのであり、円了はそれを﹁宇宙活物論﹂であるという。すなわち、 無機的物質の中にすでに精神状態が包含され、起伏しているという。しかし、進化論は無限の進化こそ認めるが、 宇宙の退化を考えない。しかし地球も破壊され、熱度も減却し、あるいは冷体に化する可能性もあるので、無限 の進化を認め得ないということが地球の実態である。その意味で地球も進化が極まれば退化があり得るのであ り、元の太初の渾然たる状態に帰することがある。地球は進化と共に退化を考えねばならぬのである。進化と退 化が交互することが﹁宇宙の大法﹂というべきであり、進化はいうならば、この進化と退化を一つとして考える ときの﹁大化﹂の半面であり一段階でしかないのである。しかもこの地球は星雲説によれば、星雲より進化し、 極点に達して退化の道を歩んで再び太初の星雲にもどるというのである。  しかし近代科学の教えるところによれば、﹁物質不滅、勢力恒存、因果永続﹂が宇宙の理法とされている。この 点よりすれば、地球‖世界の変化において、物質勢力は共にその総量は不増不減、一定不動でなければならない。 25        4 しかも因果の理法によれば世界の開発・閉合、進化・退化には前因、後果がなければならない。このことから、

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現在世界の存立にはその前に別な世界、その後にも別な世界の存在を想定しなければならぬというのである。前 世界は更に前々世界へとさかのぼり、その無始に達する全体を﹁過界﹂といい、後々世界は更に後の世界に連続 して無終に達する総体を﹁来界﹂とするならば、現存する世界は﹁現界﹂である。そのときこの過世界、現世界、 来世界を一括していうと、これが﹁宇宙﹂である。円了はこのように世界が進化・退化、開発・閉合を無限に反 復すると考え、これを﹁宇宙の大化﹂と称するのである。この進化・退化の無限の反復をするのであるから、そ こではもはや進化、退化の呼称は妥当ではなく﹁輪化﹂というべきだと円了は提案するのであるが、それは宇宙 が静止体でなく活動体とするからである。  以上のように考えれば、従来の進化論の難点であった諸問題は単に﹁現界﹂において考えるから生ずるのであ るが、現界の運動その他は﹁前界の運動の継続﹂と考えるならば氷解するというのである。すなわち、星雲の初 めは前界の運動の潜伏するときであり、それが次第に開発して潜力が顕力となり新たに現界の万有を構成するの である。内包されている潜力が外発しつつあるときが進化のときである。そして外発しつつあるものが内包され るに向かうときが退化のときであり、後世界へと大化して行くというものである。以上はおそらくは仏教でいう ところの﹁三世因縁﹂、﹁輪廻説﹂に基づく構想と思われるが、いずれにしても、円了は単に進化論を受容し、模 倣に終わったのではなく、なんらかの形でそれを超えようとする意図をもっていたのである。また、この輪化説 を説明するのに、円了は﹁相含説﹂という形で仏教的﹁即の論理﹂を超えることを示し、宇宙自体に固有の勢力 ということを示すために﹁因力、因心﹂説も展開している。しかし、そこには近代科学が教える﹁引力﹂説は全 く現れていない。円了は世界をまだ実体的に見るのであって、関数的理解はなかったといえよう。 426

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説 解    哲学一夕話 本書は哲学の普及に力をつくした円了の最初の哲学の著述である。いまだ円了の哲学の全貌を示すものではな いが、円了の関心がどこにあるか、哲学に関する基本的な了解、のちに﹁現象即実在論﹂と呼ばれる独自の思想 の萌芽を示しており、哲学の著述として当時最もひろく愛読されたもので、西田幾多郎も本書によって哲学を学 んだことが伝えられている。  中江兆民︵篤介︶の﹃理学鉤玄﹄︵明治十九年︶が当時の唯物論思想を代表するものとすれば、同年刊行の円了 の﹃哲学一夕話﹄は観念論哲学の代表的な作品と見なすことができる。  本書は﹁哲学中の純理の学問にして真理の原則、諸学の基礎を論究する学問﹂である﹁純正哲学の問題および その解釈を世の全く哲学を知らざるものに示さんと欲するをもって﹂著す、とその刊行の目的が示されているよ うに、哲学というものを求めようとする知識大衆に向けて刊行されたものである。哲学の普及という目的に立つ かぎり、哲学の学的意義を明らかにするというよりは、哲学の平俗化に主眼がある。それは、当時まだ哲学を学 ぶものが少ないとき、哲学という語は知っていても、その内容については一般に知られてはいなく、その字づら から究理の学問、聖賢の学、心理学、高尚なる学、あるいは仏教にほかならない、との誤解があったからである。 それらの誤解を正し、哲学の課題とするところを世に示そうというのが円了の目的であり、本書の成立となった のである。しかも、明治十九︵一八八六︶年三月に公布された帝国大学令は、哲学を帝国大学ただ一校に独占さ せるに至ったが、円了のその後の活動から見て、前述の目的は文字通り哲学の独占からの解放、哲学の大衆化と 27       4 いう形での普及にあったといえるであろう。

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 本書における円了の哲学︵ひいては学問︶理解はつぎの通りである。この宇宙に存在するものには﹁形質﹂を 有するもの︵日月星辰土石草木禽獣魚虫︶と、﹁形質﹂をもたぬもの︵感覚思想社会神仏等︶とがあるが、この形 質を有するもの、事物の一部分を実験する学、いうならば﹁有形の物質﹂を扱うのが﹁理学﹂であり、これに対 して形質をもたぬもの、事物の全体を論究する学、すなわち﹁無形の心性﹂を論究する思想の学が﹁哲学﹂であ る、といわれる。この﹁無形の心性﹂を論究する学問には、心理学、論理学、倫理学、純正哲学等があるが、円 了にとっての哲学とは純正哲学に限られている。純正哲学とは、心の実体、物の実体、物心の本源、物心の関係 等を問題にし解釈、説明するものといわれ、現在いうところの形而上学に当たるといえる。  このような哲学理解に即して、本書の構成は三つの問題からなっている。第一編は﹁物心の関係﹂、 第二編は ﹁神の本体を論じて物心のいずれがさきに生ずるか﹂、第三編は﹁真理の性質を論じて、諸学はなにに基づいて起 こるか﹂を論ずるものである。  第一編﹁物心両界の関係を論ず﹂では、物、心、世界がそれぞれなんであるかを論究するのが哲学の課題であ るとし、二人の弟子に唯物論と唯心論の立場から議論をなさしめて、最後に﹁円了先生﹂が両者の立場がそれぞ れ物、心の一方に偏していることを示して﹁哲理の中道﹂を教示するという方法をとっている。そこに見られる 唯物論とは、﹁世界は物のみにして心なし﹂というものであり、唯心論とは﹁世界は心の中にありてその外に物な し﹂というものであって、極めて単純な理解から始まるのであるが、その単純な理解を両者の問答を通して深め て行くのである。  そこで展開された問答の一つは、世界に存するものは感覚によって知られる現象であり、感覚が感覚であるこ 428

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説 解 とを知るのは心の内部に起こる知覚作用である、感覚内に存するものは心の内に存するにほかならないとする唯 心論に対して、心の内にあるとされるのは﹁象﹂︵現象︶であって、その﹁本体﹂︵実体︶は心の外にあるのでは ないかとする唯物論の反論があり、﹁わが知るところの万物は心内の万物﹂であるか、心外に物体ありとするか、 に帰着する問題である。  問答の第二は、すべては思想の作用であり、心の実体、神を論ずるのも心であるとする唯心論にあっては﹁み な一心中にありてその差別なし﹂とせざるを得ぬが、現に知られる事物は相対待して起こるのであり心も物に相 対して起こるのであり、すべてに差別があり彼我の別があるとする唯物論との対立である。  第三の問答は、物心の起源にさかのぼるとき差別はあるかの問題をめぐってである。その議論において﹁宇宙 はすでに物心無差別のときより次第に進化して今日の万境を現ずるに至るをもって、もし他日次第に溶化して今 日の万境滅尽するに至らば太初のごとくまた無差別の境に入る﹂と述べられるが、無差別から無差別へと進むと いう円了の﹁輪化論﹂の萌芽が示されている。  ここに至って﹁円了先生﹂は両者の見解が一方の理を見て全局を知らぬので共に偏ったものだとし﹁哲学の中 道﹂を示そうとする。それによれば、一物には表裏の差別があり、表裏の差別があることによって物が存するこ とを知り、物が存することによって表裏の差別が生ずるというのである。 ﹁表面を見て見極めれば裏面あるを知 り、裏面を見て見極めれば表面あるを知り、表裏を見て全面を検すればその体一物なるを知る﹂のである。物の 外面を見れば表裏の別があるが﹁表裏の体﹂は一物体である。その見るところが異なるに従って表裏の差別があ るにすぎない。物心の差別についても同様である。物より心を見れば心は物ではなく、心より物を見れば物は心 429

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でなく、物心に差別があるといわれるが﹁その体もと一物にして差別﹂はないのである。すなわち﹁物を論じて       30 論じ極めれば心となり、心を論じて論じ極めれば物となり、物心を論じて論じ極めれば無差別となり、無差別を 4 論じて論じ極めればまた差別﹂となるのであり、差別と無差別とはその体が一つであり、それが﹁哲理の妙致﹂ であるといわれる。それは唯心論と唯物論の二者を合して得られるもので﹁円了の全道﹂と呼ばれる。それは差 別の中に無差別を、無差別の中に差別を含み、差別と無差別とは同体にして異体、異体にして同体という関係を 有するもので、﹁諸説諸理の会帰する所にして道理の円満完了する所﹂といわれる。このとき自らの名前に託して 述べられる﹁円了の全道﹂というときの﹁円了﹂とは、質料は形相と結びついてその実現、完成を得ると主張し てその質料の完成をアリストテレスはエンテレケイアと名付けたが、このエンテレケイアにほかならない。  また、太古においては物心未分、万物無差別であるが、この無差別の中に差別が含有されていたので、その ﹁体開発して今日の差別の諸境を現﹂ずるに至ったのである。しかも今日の差別の裏面には無差別を伴うので、 ﹁他日世界滅亡の期に至らば無差別の表面を示すに至る﹂のである。このように、無差別が開発して差別を現し、 差別もまた合して無差別となるという歴史の循環を説いて﹁世界の大化﹂と呼ぶのである。  この﹁世界の大化﹂の間に、時の古今、世界の終始、人の生老病死、社会の盛衰存亡が見られるが、その変化 の原理そのものは不変である。この変化の原理である永遠不変の理体が﹁円了の体﹂である。そして、﹁円了の体﹂ はそれ自体の力によって回転して差別の表面あるいは無差別の表面を示すのであるが、その作用を﹁円了の力﹂ と名付けている。以上道、体、力が﹁円了の三性﹂である。体は内に存する実性、力は外に発する作用であり、 この体と力の関係を示すものが道である。この三性は実のところ一であり﹁三性一致の妙理﹂といわれ、その説

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説 解 くところはいわゆるコニ位一体論﹂を思わせるものである。以上の議論は﹃哲学新案﹄において更に深められて ﹃世界輪化説﹄となるのである。  第二編は﹁神の主体を論じ、物心のいずれより生ずるか﹂を論究する。円了の意図は﹁古今東西の諸説諸論を 合して哲理の中道を立﹂てるところにある。  物心の起源を考えるとき=種の原体﹂が存すると想定して﹁神﹂︵または﹁天神﹂︶と称するが、この神体の 実在をめぐって有神論、無神論に分かれる。第一編と同様に、ここでは四人の弟子に、唯物論に立つ無神論、唯 心論に立つ無神論、物心の外に神を立てる有神論、物心の内外に神を立てる有神論の四つの立場から対論をさせ て結論を下すのである。この四つの立場はおのおの一方に偏しており、﹁円了の全道の一部分﹂にすぎぬから、四 つの説を合してその中を得なければならぬ。その中を得たものが﹁円了の中道﹂︵﹁哲理の中点﹂︶である。そのと き神体は﹁天神にして天神にあらず、物体にして物体にあらず、自覚にして自覚にあらず、東方よりこれを見れ ば無差別の物体となり、西方よりこれを見れば平等の大心となり、南方よりこれを見れば宇外の天神となり、北 方よりこれを見れば可知の神体と﹂なるのであり、見るところに応じて名は異なるにしても﹁その体もとより= である。それが﹁円了の体﹂である。この体は永遠不変の原理であり無限である。この無限の体よりそれ自体に 有する力によって生起する変化も無限であり不変であるが、これが﹁円了の力﹂である。この体と力とによって 開発して差別を示し、両者合して無差別に帰するのが﹁円了の大化﹂である。この﹁円了の大化﹂の間にあって 時間の古今、空間の東西、四季の来往、生物の死生、情感心思の起滅という差別、変化は一定の規則によって生       担 ずるのであり、それが﹁円了の理法﹂である。

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 この﹁円了の理法﹂は体と力の関係より生ずるもので、その理を示すものが﹁円了の道﹂にほかならないので ある。この﹁円了の道﹂からすれば、キリスト教は﹁物心の外に神を立てる有神論﹂である。それは﹁天神の実 在を信ずるはすでに物心ある以上はこれを造成経営するもの﹂がなければならぬということにほかならず、円了 はこれを﹁有神に僻き﹂していると批判するのである。本論では﹁神体論﹂にとどまって、直接にキリスト教批 判、仏教復興が論ぜられていないが、﹃破邪新論﹄および﹃真理金針﹄ではキリスト教が創造神を想定し物心の造 成経営する点を特に非科学的として批判するのであり、円了哲学の全体から見れば、この第二編は重要な位置を 有するといえる。  第三編は﹁真理の性質を論ず﹂るものである。哲学は帰するところ﹁物心神三体の性質関係を究明する﹂にあ るが、諸説多くその真偽を判定し得ぬので、﹁真理の標準﹂を立てる必要がある。そしていまその﹁真理の標準﹂ として立てられるものに四つある。外界︵物界︶の経験に基づくもの、内界︵心界︶の思想に基づくもの、内外 両界の適合に基づくもの、物外心外の神に基づくもの、である。しかし、それらは外界に、内界に、物心両界の 間に、物心両界の外に、それぞれ偏っているので、純全中正の真理標準として﹁物心内外の中道﹂をとらなけれ ばならぬとする。十人の門弟の議論ののちに円了先生はつぎのように論ずる。われわれの耳目に現れるものは現 象界であり、心象物象は現象界に属する。また耳目の外にあるものは無象界であり、心体、物体、神体は無象界 に属する。この現象界と無象界とが離れ得ぬゆえんを論ずるのが﹁円了の道﹂である。そこにおいては、現象も 無象も、物界も心界もみなその体は同一であり、みな真理なので、そのいずれが真理であるかを論ずる必要はな い。しかし﹁純一の真理﹂の中にも真非の差別があるのも﹁円了の道﹂である。それは﹁絶対門︵あるいは平等 432

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説 解 門︶﹂と﹁相対門︵差別門︶﹂の差別である。  絶対門から見るならば、コ理平等﹂であってすべては真である。相対門から見るならば三理体の海面に千差 の波形を現﹂すように真非の差別が存するのである。これを庭前の雪について例えれば、雪片の形象はすべて異 なるがその体は等しく水である。雪片を同一の水体と見るのが絶対門から見ることにほかならない。これに対し て、雪片をその異なる形象において見るのは相対門から見ることである。水体を離れて雪片はあり得ぬし雪片は 水体である。したがって絶対門から見ることも相対門から見ることも帰するところは同一であるといわれる。そ して一理平等の中に差別を見、相対のうちに絶対を見るのはひとり﹁円了の道﹂があるのみであると自負すると ころである。  絶対門から見るならば、﹁物心両界現無両象ことごとく真理﹂であるから、真理の標準を論ずる必要はない。し かし、相対門から見るならば、﹁平等の理海の表面に真非の波形﹂を見るのであるから、真理と非真理を区分する 真理の標準を立てる必要がある。しかし標準というものは時代により人によりまた見方によって異なるところで ある。だが標準のなかの標準というものには変化せぬものがある。円了によればそれが﹁差別門の中に平等の理 を見る﹂ことにほかならない。すなわち、変化するものを相対の標準とするならば変化せぬものが絶対の標準で ある。その相対の標準から絶対の標準に進むことを﹁標準の進化﹂というとき、物心両象の関係からその両象間 に存する﹁絶対の理体﹂に進むことである。そしてすべてがこの﹁絶対の理体﹂に属するとき﹁唯一平等の真理﹂ を見るだけである。そこには真非を争う必要のない﹁円了の世界︵黄金世界︶﹂が開かれる。諸学諸教の目的はこ こに至ることにあるが、未だこの域に至っていないがゆえに相互に相排しているのである。したがって﹁相対の 433

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標準を論究してその極一理に合するに至ればその理すなわち絶対の標準﹂となるのであり、その理を究むるとき ﹁真理の本体なる円了の真際に帰す﹂ることができる、といわれる。  以上のように、本論の構成は、対話問答を通して諸説の主張するところ、相互の差異を明瞭にし、使用される 術語、概念もその議論の過程で平易に説明され、哲学の通俗化に果たした功は大きかったといえる。  井上円了個人についていうと、第一編末尾に、その後の著述計画ともいうべきものがあげられており、本書以 外に、二十九の書名六十四冊が数えられる。本書が著述された段階では純粋に哲学者の道を歩もうとする姿勢を うかがうことができ、そこに掲げられた書名と同一の著述がなされていることを知る。 434    哲学要領  中江兆民の﹃理学鉤玄﹄︵明治十九年四月版権免許、同年六月出版︶は、日本人の手になる最初の哲学概論であ るが、その構成を見ると、第一巻は十九世紀後半のフランスの観念論の紹介と基本的な哲学の概念の説明を行い、 第二巻は感覚説、意象説︵イデアリスム︶、神物一体説︵パンテイスム︶、神人感合説︵ミスチシスム︶を紹介し ており、第三巻はもっぱら実質説︵マテリヤリスム︶の説明をし、懐疑説にふれている。その構成の意図からす れば、まず観念論の諸傾向を説明し、それを唯物論によって批判するところにあったと思われる。その意味で﹃理 学鉤玄﹄は十九世紀後半のフランス哲学に基づく唯物論に限定された﹁哲学概論﹂であるといえる。  この﹃理学鉤玄﹄にわずかに遅れて刊行された井上円了の﹃哲学要領﹄はその前編︵明治十九年七月版権免許、 同年九月出版︶において、哲学の定義、目的、分類を行った上で東洋哲学と西洋哲学の比較、シナ哲学、インド

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説 解 哲学、ギリシア哲学と近世哲学の起源、発達、学派について紹介している。前編が哲学史の構成をとっているの に対し、後編︵明治二十年四月版権免許、同月出版︶は、物心二元論から説き起こし、進化論に依拠して独自の ﹁循化論﹂までを論じたものであり、当時の優れた哲学的頭脳がひとり考え抜いた﹁哲学概論﹂を論述するとい う構成である。  ﹃哲学要領前編﹄刊行の意図は、﹁世の哲学を知らんと欲するものの階梯に備うるの微志﹂に動機があるところ から、哲学の紹介普及であるといえる。しかし、﹁井上哲次郎氏の哲学講義⋮⋮ギリシア哲学の歴史を略述するに とどまりて未だ西洋哲学および東洋哲学に論究﹂していないので、﹁地位および歴史上に考えて哲学の組織および その発達を論﹂じて、﹁哲学全系の大綱要領﹂を紹介しようというものである。そこには、哲学を単に普及しよう という以上に、哲学を広く深くかつ完全に教示しようという姿勢、気負いがあるといえる。  ﹁前編﹂は十↓段五十九節からなる。そこでは﹁哲学﹂はどのように理解されているだろうか。哲学は思想の 及ぶところすべてに関るので定義を下し難いが、強いていうならば、﹁思想、道理を究明するの学﹂である。また 諸科学はすべて哲学に関るが狭義にいうとき、﹁哲学は諸学中の一部分﹂である。その哲学の基本部は純正哲学で あり、論理学、心理学、倫理学等は純正哲学に属するもので、本属二種に区分され、本書で論究するのは純正哲 学である。  純正哲学は﹁諸学の原理、事物の真理、思想の規則等を論究する学﹂であり、その目的は﹁倫理、心理等の諸 学の原理原則を証明論究する学﹂、換言すれば﹁事物の真理を究明する﹂ものであり、今日いうところの形而上学       35       4 に相当する。純正哲学の課題は世界の有限無限、霊魂の生滅、神の存在の有無、時間空間を論定することにある。

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それは究極的には﹁物心各体﹂がなんであるか、いかなる関係にあるかを定めることにある。  哲学は地位上と性質上から分類される。哲学の地位上の分類は、東洋哲学と西洋哲学に分類され、東洋哲学は シナ哲学とインド哲学に分類される。西洋哲学は古代哲学と近世哲学に分類され、近世哲学は大陸哲学とイギリ ス哲学に分類される。この分類において注目すべきことは、第一に日本哲学ということを考えていないことであ る。その理由は﹁本邦は古来諸学、諸教、ことごとくシナより伝来するをもって一国固有の学あるを聞かず、故 に東洋哲学はシナ、インド、両国の学を論ずるをもって尽くせり﹂というところにある。しかし、この点に関し、 後に円了は仏教再興を企図するとき、儒仏二教は伝来以来千年を経て日本に定着していること、特に大乗仏教の ごときはひとり日本においてのみ隆盛であることから、儒仏神三道をもって﹁日本学﹂を構想することになる。 また﹃哲学史講義﹄では東洋哲学にペルシア哲学、アラビア哲学、エジプト哲学をも加えている。  西洋哲学に関していうと、古代哲学と近世哲学に二分していることが特異である。古代哲学はギリシア哲学に のみ限定し精しく論述しているが、ローマ哲学および中世哲学は除外されている。その理由はローマ時代に至っ て﹁哲学ついに宗教と混同して浅近考うるに足らざるに至る、別してローマの季世天下暗世に属し古代の文学全 く地に堕ちまた昔日の開明を見﹂ないからである。また﹁中世封建制度の人知を圧束しヤソ教の人心を固結する のはなはだし﹂いからである。そして近世哲学については﹁その実ギリシア哲学の再興﹂であるとの理解を示し ているが、デカルトとベーコンをもって近世哲学の始祖としているにとどまっている。しかし後に﹃哲学史講義﹄ では、古代哲学にローマ哲学を加え中世哲学を接続させている。近世のイギリス哲学は更にイングランド哲学と スコットランド哲学とに二分され、大陸哲学にはドイツ哲学が加えられていくのである。 436

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説 解  また性質上の分類に関しては、実体学家、心理学家、論理学家の分類、唯物論、唯心論の分類、一元論二元論 の分類、本然論実験論の分類、帰納哲学演繹哲学の分類などがあるが、円了はそれらを勘酌してつぎのように整 理、図示するが、更に﹃哲学史講義﹄では拡大図示している。

∴⋮︷励議⊇

哲学 鉦び兀払編 ︵虚無論︶ 有元論

一∴三 

轟 一

円了は﹁諸説異論の一時に競起して哲学の思想大いに発達したるは、東西ほとんどその年代を同じうし﹂﹁東西 一時に文化勃興﹂しと述べて、ヤスパースのいうところの﹁車軸時代﹂に着目しており、しかも東西両洋の文化 437

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が衰退したが、 ﹁欧州に至りては近古三百年来哲学の思想漸々興起し、遠くギリシアの古学をたずねてこれを増        38 補進長し、もって近世哲学の組織を構成するに至﹂ったが、東洋にあっては﹁今日未だ哲学再興の勢いあるを見 4 ず﹂と、ヨーロッパにおけるルネサンスの意義を評価するところである。そしてルネサンスの原因として、サラ セン人の侵入、古文学の再興、印刷術の発明、アメリカの発見、インドへの航海、封建制の破壊、宗教改革、理 学の進歩という八つの事情を紹介し、それらについて簡単ではあるが説明をしている。  円了は哲学思想の盛衰について、進化論を援用して説明している。例えばシナ哲学について春秋戦国時代に哲 学思想が大いに起こったのは、それ以前の天下治平が続いたため人口が増加して禄位も衣食も儒要に応じ得ぬに 至った。ここに競争が起こり精神が興奮し、それに伴って思想も発達し、更に諸学も振起した。しかも競争が激 しくなれば兵力競争が大きくなる。兵力競争に反対する競争が起こらなければ国家の平均力を保持し得ない。こ こに道理競争が起こることになる。春秋戦国時代に文化の隆盛を見たのは競争力と反動力によるものである。ま た哲学思想が衰退したのは、有機物が長く活動するとき疲労し興奮性を失うように、活物である社会も盛衰循環 の理によって衰退するのである。また宋代に学者が続出したのは仏教が儒学を圧迫したため儒学が抵抗力を起こ し競争したこと、儒学も仏教を研究しその思想を採り入れ調和したからであるという。その後、儒学が衰えたの は抗敵である仏教が衰えたからであり、その抵抗する学がなくなったとき、儒学は次第に悪弊を醸成し虚影を守 り活用に努めぬに至って国力と共に衰えるに至ったのだといわれる。円了の歴史観を支える進化論における競争 の原理であるといえる。  純正哲学という点では東洋哲学は西洋哲学に類似し匹敵するが、差異もあり欠点もある。西洋哲学はその性質

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