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論文の内容の要旨
氏名:下川太一
博士の専攻分野の名称:博士(芸術学)
論文題名:公共モダニズム建築保存改修の思想と方法 — 京都会館再整備の実践的研究 —
研究の目的、研究対象
近年、モダニズム建築を巡る文化財化や遺産化、保存か解体かについての問題を一般報道でも目に する機会が増えた。中でも公共財として存在する公共モダニズム建築の取扱いについて、保存か解体 かの議論が全国各地で巻き起っており、状況によっては社会問題に発展する。
2010 年末以降、京都会館の保存改修計画(京都会館再整備計画)は、その渦中にあった。舞台面積 と高さの不足から機能不全となっていた第一ホールを抜本的に改め、建築面積の過半を超える改築と 建築保存を両立させようとするモダニズム建築の保存改修計画として、少なくとも日本において前例 のない最初のチャレンジとなった。
本論は、前川國男(1905-1986、建築家)設計によるモダニズム建築の傑作「京都会館(1960)」と、
筆者が香山壽夫(1937-、建築家、東京大学名誉教授)のもとで担当した、京都会館再整備「ロームシ アター京都(2015)」を主題として、モダニズム建築を巡る社会的状況を検討し、現代社会を形づくる ためのモダニズム建築の保存改修設計の思想と、その方法となる構成要素研究を軸とした実践的研究 を示し検証することで、社会問題を解決するための新たな選択肢を提示することを目的とする(図−1)。
本論の思想と方法
筆者は香山壽夫建築研究所の所員として公共建築を主に設計経験を積み重ねてきた。京都会館再整 備基本設計を担当し、デザインビルド発注以後は実施設計と現場の監修業務を担当、2015 年の竣工に 至るまで、図面の作成と現地での検討を繰り返した。ここで取組まれた実践的研究をまとめることは、
今後の公共モダニズム建築保存改修を巡る保存改修設計方法として建築設計者の糧となるだけでなく、
同様の問題を抱える公共自治体と現代社会に対し、その解決のための新たな選択肢の提示が必要であ ると考えられたことが研究の根本動機となった。そのため、本論の作業仮説として、1)の思想、2)
の方法を提示し、その検証を行う。
1) 日本において戦後から経済成長期に生み出されたモダニズム建築のうち、傑作と評されるも
図-1 本論のダイアグラム
公共モダニズム建築保存改修の思想と方法
思想 方法 構成要素研究
実践的研究 =
継続利活用意思 モダニズムの根本理念
-京都会館再整備の実践的研究-
保存改修設計
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のでも形態の問題や寸法の不足、機能の劣化から現代の利活用に合致出来なくなったものも 多数存在する。特に公共モダニズム建築は、現代社会の諸状況を踏まえた上で、公共自治体 と市民からの公共的要求に継続して応え続けることが求められる。そのため優れた建築は、
モダニズム建築の当初理念に則り、市民社会に利活用されることを目的とし、建築形態の変 更を伴う増改築という選択肢も含めて現代に再生させる。
2) モダニズム建築の中には、合理的・機能的原理から構築されただけでなく、原設計者の思想 から生み出されたもの、地域の伝統や文化を重視し生み出されたものなど、形態的・空間的 な特徴を有した建築が多数存在する。これら特徴を捉えるため、構成要素研究による建築分 析を行う。析出された構成要素を保つ設計を行うことで、増改築を含む抜本的機能改修によ る建築形態・空間の変更を経ても、既存建築の特徴の維持は可能となる。そのため、具体的 な研究及び設計と現場における実践内容を明示する。
本論の構成
1章の序論では、モダニズム建築を巡る問題と背景を概観した上で、京都会館再整備からの思想を 提示する。その上で、モダニズム建築を巡る問題の把握と京都会館再整備経緯の概略を論じ、京都会 館再整備の設計で用いた実践的研究として構成要素研究を論じる。京都会館再整備は、モダニズム建 築における前例のない保存改修計画であったため、検討経過では様々な議論や意見が寄せられた。そ のため、再整備経緯についても概観し、問題を整理する。次に、敷地である京都岡崎の歴史を概観し、
地域特性を把握する。更に、京都会館が竣工した 1960 年に遡り、前川國男の京都会館の設計と、戦後 のモダニズム建築における「伝統論争」と称される論争と、同時代に設計された日本の伝統建築を参 照したモダニズム建築とその建築家の思想と方法について、当時の資料と関連する先行論文を参照し、
時代背景と共に確認する。
2章の既存構成の改修と改築では、1957 年の設計競技案と 1960 年の竣工図などの図面資料を中心に 読み解くことで、竣工当初の設計意図と建物を形成する「構成」を析出し明らかにする。これを基に、
当初竣工から 51 年を経過した状況の図面(2011)に当時発生していた問題を「改修前の問題点」とし て示し、具体的に何を残し、何を新しくしたのかを、再整備後図面(2016)を基に、その要点を明示 する。
3章の既存要素の改修では、「構成」をかたちづくる「要素」を析出する。先ず、1960 年の竣工当初 の資料を調査し、設計意図と当時の建築技術を把握する。次に、経年による劣化状況を調査した内容 を詳述する。その上で、今回の改修では既存の材料をどのように取り扱ったのか、具体的に検討した 内容を写真や図面を中心に詳述することで、改修の詳細を明らかにする。
4章の機能更新による新たな要素では、再整備により新たに加えられた要素として、仕上げや空間 の部分を取り上げる。既に取り上げた既存の「構成」と「要素」に対して、「新しく加えられる要素」
では改修により生み出された空間、使い勝手を改善した空間の仕上げを明らかにしていく。これらは 京都会館の当初設計意図であった、伝統建築が持つ素材感をモダニズム建築に取り入れようとする姿
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勢を引き継ぎ、既往の構成要素との調和を目的に取り組んだものである。
5章の結論では、先ず、京都会館再整備に関わる様々な人々の視点として、建築分野からの視点、
都市景観や文化政策からの視点、公共建築・ホール機能改修からの視点、市民と行政(所有者)から の視点として、客観的な外部意見と筆者が経験した様々な人々との意見交換や対話の内容を摘記する。
次に、「伝統・歴史との融合」「現代都市文化の創造」の視点から論述した内容をまとめる。そして、
京都会館再整備からロームシアター京都に再生した結果とモダニズム建築の保存改修の思想と方法を 検証し、本論の結びとする。
結論
京都会館はロームシアター京都として再生し、舞台芸術を中心に文化的広がりを持つ様々な催しが この場所に再び集まり、現代の日常生活の中で利活用される公共建築として復活した。これに対し、
広く京都市民の支持が集まり、年間入場者数も改修前の 45 万人から 250 万へと飛躍的に伸びた。
建築に対しても、京都の歴史的文脈を踏まえつつ創造性の高い建築作品を表彰し、京都における建 築の更なる継承・発展に資することを目的とした、京都府建築士会による第5回京都建築賞(2017)
にて、ロームシアター京都は、最優秀賞の上位に据えられる「特別賞」を受賞した。そこには「京都 会館の設計者・前川國男との時間を超えた対話を通し、建築が市民の憩いや集いのスペースとして地 域を活性化している。建築を超えた力を持ったプロジェクト」との評価が与えられた。
前述 1)の思想、2)の方法の作業仮説から本論は展開した。この内容を作業仮説と照応した結果、
成果、結論を以下に要約する。
1. モダニズムの理念を継承した継続利活用による建築再生と地域活性化
モダニズム建築は時代の生活と地域文化を育むため、市民社会に開かれ利活用される建築とし て生み出されたものである。このモダニズム建築の原思想に則り、継続利活用を考える時、公共 財としての抜本的機能改修を含めた再生の可能性を探る方法が求められる。公共的要求に合致す る保存改修、抜本的機能改修が実現できれば、地域社会にモダニズム建築は再生し、地域は活性 化する。
2. 実践的な構成要素研究と保存改修設計による抜本的機能改修を含む保存改修の実現
時代と社会の要請に応えてきたモダニズム建築と原設計者の思想と方法は、改修設計者の実践 的な構成要素研究と保存改修設計を通じて、モダニズム建築の形態的・空間的特徴を捉え、素材 を含めて保存の対象として定めることで、次世代へ建築を引き継ぐことを実現した。この研究は モダニズム建築の保存改修における原核となる方法である。
3. 原設計の発展的継承による構成の復元と特性の発揮
原設計者が意図しながらも十全に表現しえなかった構成が原設計案から析出された。研究によ る気付きと発展的継承も、モダニズム建築の保存改修の重要な要点となる。「構成① 二条通から
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冷泉通へと続く空間の連続性」、「構成③ 中庭を取り囲む、バルコニーと内部空間による空間の 連続性」、「構成⑦ 屋上庭園」はその成果である。この実践は、原設計者の設計意図を現代に合 致した形で具現化することで、建築の構成を復元し特性を発揮させるものである。
4. 関係者対話と歴史対話による現況把握と保存改修への反映
対話はモダニズム建築を把握する上で不可欠な実践的研究である。原設計者、原設計、既存建 築との対話、地域社会、市民、利用者、管理者、専門家などとの対話の他、保存改修における現 場関係者との技術を前提とした対話も重要である。これらは研究と設計を行う改修設計者が取り 組む基本的作業であり、建築を巡る様々な対象との対話を経て保存改修は成立する。
5. 公共性の立場に立った、モダニズム建築保存改修の方向性と実践方法の提示
地域のシンボルとして、都市の風景をつくってきた建築には安易な改修を拒絶する力がある。
転じて原設計者と当時の要請を十分に咀嚼し、公共的要求を受け、行政、市民、環境、文化、伝 統などの様々な視点から、地域社会に広く一般の利害に関わる性質、即ち公共性を考察し、それ に見合った保存改修が求められる。この止揚から、モダニズム建築が現代に再生する可能性は導 き出される。
これらが作業仮説から導き出された本論の総括的結論である。本論は、ある事象を資料や調査に基 づいて証明する実証的論文であるだけでなく、モダニズム建築を巡る現状の問題に対し、その社会的 諸条件を読み取り、地域社会が目指す未来に向けた解決のための思想と方法を見出し、提案する実践 的論証でもある。