論文の内容の要旨
1 申 請 者
防衛大学校 林 孝幸
2 論文題目
時空間的地震リスク評価に基づく地震防災戦略に関する研究
3 論文の内容の要旨(博士:2,000字程度)
日本では,近い将来,南海トラフ沿いの大地震や首都直下地震の発生が懸念され,地震防災 が急務である。政府や地方自治体が防災計画のために実施する地震被害想定では,地域に影響 を与える地震シナリオを選定した上で地震ハザードを評価し様々な被害を想定する必要があ る。この想定は一般的に決定論的アプローチにより実施されている。最近では,政府が定める 防災基本計画の中で最大クラスの地震の評価が求められているが,この最大クラスの地震の客 観的な設定方法はない。筆者は,このような被害想定において,確率論的アプローチも採用し,
地震ハザードの発生確率を確認することや,最大クラスの地震の設定を行うことが必要と考え る。しかし,そのような確率論的アプローチによる地域の地震ハザード評価手法は確立されて いない。一方,日本の人口は 2008 年をピークに減少することが予想されており,これに伴い 建物ストックも減少する。また,建替えや新築により全体としての建物の耐震性は向上する。
このような社会環境の変化が地震被害想定結果にあたえる影響を把握したうえで,長期的な視 点で地震防災戦略を検討する必要がある。
本研究では,確率論的アプローチに従って地震動強度の空間相関を考慮した地域空間の地震動 ハザード評価手法を構築した。また,地震被害想定における被害量の時間の経過による変化を 把握する手法を示した。また,これらの評価果に基づき,リスクの観点で地震防災戦略の考え 方を検討した。本論文は,以下に概要を示す5章で構成されている。
第1章では,2016 年熊本地震の実被害と事前に実施されていた熊本県の地震被害想定との比 較や,政府の防災関連法律や規定などを確認して,地方自治体における地域の被害想定の現状 と課題を整理した。この課題を踏まえて,空間的な相関を考慮した地域の確率論的地震動評価 手法と時間的なリスクの変化を踏まえたリスク評価手法の必要性を述べた。
第2章では,地震動の空間相関を考慮した地域空間の地震動ハザード評価手法(SPSHA:
Spatial Probabilistic Seismic Hazard Analysis)を提案した。SPSHAは,地域における広域被害の 観点から,強震動の広域性とその発生確率を評価するものである。この手法構築に際して,近 年,日本で観測された地震観測記録を収集・整理し,空間的な地震動強度の相関を統計的に分 析した。また,これをモデル化し確率論的地震動ハザード評価手法に適用した。適用事例とし て,神奈川県を対象にSPSHAを実施し,強震動の面積と超過確率の関係(超過面積ハザード)
を明らかにした。
第3章では,超過面積ハザードの空間分布を設定し,地震の物理像を明確化する手法を開発し た。まず, SPSHAによる超過面積ハザードに対して最も貢献度の高い地震を選定するために 地震ハザード再分解の方法を示した。この結果から最も高い貢献度の地震を選定して,地震動 強度の空間相関を考慮した条件付き確率に基づく地震動分布(CPHM: Conditional Probabilistic
seismic Hazard Map)を作成する手法を示した。適用事例として,神奈川県全体と県内の6地域
について SPSHAを実施し,地震ハザードの再分解を行った。各地域の超過面積ハザードカー
ブには各地域の地震環境が反映されており,地震ハザード再分解により,地域に影響する地震 を定量的に把握できた。この結果に基づき,地域・確率レベルごとにCPHMを設定した。
第4章では,被害量の時間変化を考慮する手法を構築し,これに基づく地震防災戦略につい て検討した。まず,神奈川県の住宅建物を対象として,将来人口・世帯推計と建築物の残存率 曲線を用いて,2015年から2045年までの期間の建物データ(住宅建物分布や建築年代)を予 測した。この将来の建物データを用いて想定地震に対する被害量の時間的変化を把握した。想 定地震としては,神奈川県被害想定において決定論的なアプローチにより設定された6地震と CPHMを用いた。CPHMは,貢献度の高いシナリオの中から,地震動分布を考慮して県内全体 に被害を及ぼすような目標地震シナリオを採用した。また,時間の経過と共に,住宅建物の建 て替えによる耐震性の向上により,将来的に被害が低減することを定量的に示した。更に,こ のような地震動ハザードが発生する確率が時間の経過と共に上昇することから,被害と確率の 乗算から成るリスク(被害期待値)が,時間の経過とともに上昇することを示した。この時間 経過に伴う建物被害量の低減とリスクの上昇を考慮して,地震防災戦略を検討した。防災戦略 の検討では,CPHMの確率レベルから短期的・長期的な減災目標地震を設定し,最大クラスの 地震を極低確率の CPHM から設定する考え方を示した。また,将来のリスクに着目し,これ を計画時点のリスクと一定または低減させる減災目標設定の考え方を示した。減災目標を満足 させるために,必要な住宅建物被害の低減を,自立的な低減効果と戦略的な低減効果に分けた うえで,戦略的な低減について建物の耐震化と立地誘導の効果による達成することを検討した。
第5 章では,本研究で得られた成果を総括した,また,課題を纏めるともに,今後の展望に ついて述べた。
4 キーワード(5個程度)
「地震被害想定」,「地震リスク」,「確率論的地震動ハザード解析」,「被害の時間変化」,
「地震動強度の空間相関」