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論文審査の結果の要旨

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Academic year: 2021

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論文審査の結果の要旨

氏名:下 川 太 一

博士の専攻分野の名称:博士(芸術学)

論文題名:公共モダニズム建築保存改修の思想と方法 -京都会館再整備の実践的研究- 審査委員:(主査) 教授 桑 原 淳 司

(副査) 教授 肥 田 不二夫 講師 中 山 光 美

元日本大学教授 藤 原 成 一

I:本論文の概要

近年、モダニズム建築、とくに公共的建築物に対して、文化財化や遺産化して保存するか、解体して現 在の要請に応えるか、など、多くの自治体で議論されることが頻出するようになった。戦後復興期の中で の資材不足や技術的未熟、法規制上の不備、高度経済成長期における建築ラッシュに伴う構造的欠陥や耐 震性不足など、当時の社会事情を反映して問題点が露呈してきており、経年劣化も含め、改めて、公共モ ダニズム建築の保存か改修か、解体か、建築家・行政・文化財政策上、切実に問われる事態となった。

公共モダニズム建築は、共通美学やスタイルを持たないだけに、多岐に渡る。前川國男設計の京都会館 は日本におけるその代表的事例である。その技術設計、現場施工監督、並びに指導、現場での諸業者との 討論を通じて、再整備事業の出発時から竣工まで一貫して携わった建築設計監修者としての立場から、京 都会館を介してモダニズム建築への対処法と真正面から向き合うこと、いかに保存改修するか、根本から 考え直すこと。それが本研究の目的である。保存と改修が拮抗し合う諸計画の中で、最も大きなスケール による実践的チャレンジが本研究の動機である。そして、京都市と同様の課題を抱える自治体と現代社会 の要請に対し、汎用性があり、かつ一般化しうるモデルを提案することが目的である。

従来、建築研究では技術論・方法論・デザインが優先されがちであったが、本研究ではその前にモダニ ズム建築の基礎となる思想を点検し、保存改修のための思想をどこに置くか、かつ問われる。何のため、

誰のため、何を保存するか、こうした思想的スタンスの自覚なしにこの問題の本格的方法的深化はありな いとするのが本研究のスタンスであり、思想と方法の両者の対話と協働のもとに、はじめて社会に、市民 に、地域に、利用者に対し説得的説明が可能とする立場で、建築論文として、思想と方法の止揚的対論は、

多方面の対話も取り入れて綿密である。

上記の目的・動機の上に、経年劣化や市民の要求の変化、建築機能の増幅という事態を見つめて、京都 会館と原設計者前川國男との誠実な対話が展開する。原設計者の意図を正しく継承し、地域文化や景観の 中に活かすこと、建築機能の見直しによる発展的保存と改修への道が、両サイドとの対話を重ねて明確化 され、実現されていく。

第1章「序論」では、モダニズム建築の思想とスタイルを再点検し、反対意見も取り入れつつ、京都会 館再整備事業の経緯を概観する。そして、原設計者の託した思想と機能を掘り起こしつつ、保存改修の根 本思想と態度を導き出す。その思想の自覚によって技術的方法的実践ははじめて根拠を持つものとなる。

第2章「既存構成の改修と改築」では、原設計意図を詳しく解説した上で、それを表現する「機能」を 析出する。①寺院の山門と重なるピロティ、②二条通から冷泉通へと続く空間構成、③中庭を中心に囲ま れつつ開放的な空間構成、④中庭を取り囲むバルコニーと内部空間の連続性、⑤伸びやかな水平性、⑥木 造の軸組と伽藍を思わせる形態構成、⑦大庇上の建築ボリュームの分節とセットバック屋上庭園、この7 つの構成を保存技術の主関心として発展的に継承する。これらの構成の析出の前提には公共建築の地域社 会性、歴史伝統性、教育性、市民性、風土景観性、文化創造性、経済性など多様な建築機能への配慮があ り、それら諸機能の何を活かすかというところから、7つの構成が強調的に析出された。京都という伝統 社会と景観と岡崎の地域性と市民意識との対話の中に見出された基本構成である。

第3章「既存要素の改修」では、構成を形づくる要素を析出し、要素一つ一つ丹念に改修していく工程 を例示する。改修の最も基礎工程の実践方法の提示で、ここに工夫される創意は汎用性、一般性をもつも のとして本研究の社会的信頼性を高める。

第4章「機能更新による新たな要素」では、再整備によって新たに加えられた要素として仕上げや空間

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部分を取り上げる。原設計意図を汲みつつ、既存の要素と調和をはかり、新要素の付加によって市民や地 域と調和して真の発展的継承へと盛り上げていく。

第5章「結論」では、再生したロームシアター京都の従前に数倍する活況、市民や地域の支援、さらに、

京都建築特別賞の栄誉をふまえて、思想に裏打ちされた方法に自覚的なこの実践的研究の結論を 5 項にま とめる。①モダニズムの理念を継承し利活用することによる建築再生と地域活性化、②実践的な構成要素 研究と保存改修設計による抜本的機能改修を含む再整備の実現、③原設計の発展的継承による構成と復元 との発揮、④関係者対話と歴史対話による現状把握と保存改修への反映、⑤公共性の立場に立ってのモダ ニズム建築保存改修の方向性と実践方法の提示、これらが本研究の総括的結論で、細部の具体的実践から 思想的錬成まで、一貫してモダニズム建築を巡る現状の課題に対し、その社会的諸条件を読み取り、地域 社会が目指す未来に向けて解決への思想と方法を提示して、結びとする。

II:本論文に対する所感

表現されたもの(研究論文、創作などの成果対象)に対する評価は、対象による多様性を持たなければ ならず、現代において表現対象に対する評価は、状況の複雑性からより複雑多様化する。とくに建築など 常に現実と向き合う対象にあっては、研究面でも創作面でも動態的姿勢で対峙するのを良心的姿勢とする。

多様な評価を念頭に置きつつも、以下、建築研究という対象にふさわしい方法と姿勢を意図して、本論文 を解読し、評価する。

現実の学、実学としての建築研究において最も重要な基本姿勢は、「現実認識」のレベルと質である。建 築の現況、建築への社会的要求などをどう認識しているのか、その的確さ、鋭さが本論文の主調音である。

戦後の復興期と高度成長期という時代背景の中のモダニズム建築の位置と意味づけ、その質の正確な把握 に立って、それら建築群の現状と問題点の解決を、建築に携わる者の主体的使命的課題として自覚すると ころに、本論文の「現実認識」の質の高さを見、評価のベースとする。

研究の基本である現実認識に立って、ついで、「問題意識」が自覚される。様式を持たないモダニズム建 築において保存継承すべきものは何か。その思想と方法の根源に遡行して、モダニズム建築の本質に迫る。

とくに公共モダニズム建築に対する建築家、市民、行政、利用者らの立場から、その公共性、社会性、地 域性、伝統文化性、風土性など、広い視野から問題意識化する。そこからメインテーマ、京都会館の抱え る諸問題が意識化される。原設計者、行政や市民、利用者や地域住民、場所や景観など、多方面からの声 を聴き、改修反対者とも協議を繰り返し、そこに何が問題視され、期待されているかを正確に把握し、問 題意識化する。そこに浮上してくるのが建築における機能で、機能の再確認と再統合という問題意識の明 確化が本論文を誠実な実践研究たらしめた。モダニズム建築の根本思想の再確認とそれに基づく実践への 方向づけ、という問題意識化は、その現実認識の洞察と相まって、本論文を生気づけ、現実の学とする。

現実・対象の中の何を問題と意識化するか、に次いで「問題設定」へと進む。公共建築の本質的機能を 建築機能、公共機能、教育機能、歴史文化機能、地域社会機能、市民性機能、風土景観機能、文化創造機 能、などと例示し、とくに京都会館においては、改修賛成反対派ともに、地域性、市民性、歴史文化性、

景観性を重視する。それら京都特有の条件や要請をふまえて、何を残し何を改めるべきかを機能面より抽 出する。今後の公共建築そのものへの対処の思想と方法を示唆するものとして、機能の再確認は重要であ る。建築の諸機能分析からさらに問題設定は深化し、機能を表現する建築の構成へと問題設定は進行する。

①寺院の山門と重なるピロティ、②二条通から冷泉通へと続く空間構成など、機能から抽出された 7 つの 構成が、保存と改修の基本軸とされる。ここには岡崎の文化景観地域との見事な対話と協働がある。建築 は個的存在でなく、場所・地域の中の存在である。その再認識の上での保存と改修であり、そこに建築に 対する誠意ある思想と方法の追求を見ることができる。問題設定の正確さ、深さ、現実性などにより、建 築を考える今後の基本的指標の方向づけがなされた提案である。

明確な思想と方法論に立つ問題設定から、次には、保存改修すべき構成の析出へ、さらに、構成をつく る要素の分析へと向かう。竣工まで一貫して現場監督として現場施工の指導にあたり、諸業者との対話に より、要素を伝統を踏まえた現代的なものへと創意工夫し、基本軸の構成をより明示することで、京都会 館の文化性、歴史性、地域性、景観性などを高めていく。要素の改修作業は綿密で、細部へのこだわりは 職人芸的ですらあり、確かな方法的技術的なモデルを提示する。

何を保存し何を改めるか、建築の多様な機能から出発し、機能から構成・要素の析出へ、そして要素・

構成のディティールの補完から再び機能へと回帰する。そこで建築物は完成する。その思想的・方法的・

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技術的な筋道を実践で具現化しえたところも得がたい成果である。現実や対象に向かう思想と方法の自覚 化が従来の改修にない哲学を生み、実践者のスタンスを育て、現実の実践学としての新しい建築行為論を 創造した意識は大きい。

研究で最も基本である「現実認識」の的確さ、それに基づく「問題意識」化と「問題設定」、その流れの 追求は誠実であり、使命感も濃く、思想も内容も方法も説得性がある。モダニズム建築が問題化される今 日、本研究はそれに対する思想を提示し、構成・要素へと段階的に実践する方法を具体化した点、地域社 会や景観など諸機能への目くばりの上にモダニズム建築の再利活用の道筋を明示した点など、現代建築を 考える上でのモデルとして汎用性があり、今後の指針となることが約束される。思想色が薄く、実践学と してよしとされてきた建築の世界に、哲学という根拠を導入し、それに基づく方法を創出した点も、従来 の研究から質的に大きく飛躍するものである。思想と実学の対話と止揚であり、建築を考える先駆的業績 として第一級の成果である。スタンスの明確さ、見識の深さ、内容の質の高さ、研究のモデル性、先導性 など博士学位論文にふさわしい成果である。

よって本論文は、博士(芸術学)の学位を授与されるに値するものと認められる。

以 上 平成30年1月29日

参照

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