長崎大学教養部紀要(人文科学篇) 第20巻 第2号 103‑115 (1980年1月)
Jude the Obscure のシュー・ブライドヘッド について
宮本義久
On Sue Bridehead in Jude the Obscure
YOSHIHISA MIYAMOTO
I
Jude the Obscure (1895)の巻頭のページには、 「コリント後書」中の̀The letter killeth'の句が記され、本書の根本的主題を暗示している。又、初版の序 文中で、作者‑ーディは、この小説は、 ̀the tragedy of unfulfilled aims'を 指摘しようとするものであると述べて、そのテーマを明示している。加えて、
本書を構成する六部の冒頭には、それぞれ、その部の内容の要約とも言え、根 本的主題及び、果されなかった目標のテーマと関わる引用文が附されている。
本書の題名に附された̀obscure'という形容詞は、主人公ジュードの、世に 知られざる、日蔭の微晟の身の運命を指すと共に、彼のこの世の現実理解の暗 さをも指している。作者は、ある友人への手紙で、本書は̀the ideal lifea man wished to lead, and the squalid real life he was fated to lead'①の物語 であると述べている。おぞましく、醜い現実の世界を逃れて、理想の楽閲を望 む主人公のロマンティックな白日夢は、当然のことながら、無残にも潰されて
しまうのである。彼の呆されなかった意図は、クライストミンスター大学によ って代表される知的、社会的夢であり、更にはシューとひっそりとした愛の生活 を営む私的な夢である。しかし大学はその設立の本来の精神を忘れ去り、特権 階級の排他的な壁を作り上げ、硬直した教育システムと化している。そしてジ ュードの様な̀obscure'な人間の、大学入学の為の12年以上にわたる独学の努 力を裏切るのである。又、シューとの愛の生活は、結婚という法的な形式を踏 まぬ同棲である故に、世間のひんしゅくを買い、拒否され、経済的差別を受け て、孤立化の皮を深めてゆくのであるO大学の階級的閉鎖性、世間の慣習や制
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度の不正や不寛容、そして、それ等を支える宗教‑これ等がジュードの悲劇 を招いたものであり、 ̀The letter killeth'として作者の批判を浴びるものであ
る。
しかし、問題はそれだけではない。シュ‑は、そのヴォルテ‑ル流の理性と 自由の思想で、主人公の抱く伝統的生活信条や信仰を捨てさせる指導者的役割 を果し、同棲というキリスト教社会のモラルに反する生活の同志となっておき ながら、結婚は秘蹟であり、自己否定こそ絶対であるという正統派的信仰‑
神の綻‑へと転向して、ジュードの許を去るのである。
'...Is'nt my safety worth a little sacrifice of dogmatic principle?...' (p.427)
'Sue, Sue! we are acting by the letter; and "the letter killeth !' (p.469)
という彼の必死の懇願も、 ̀creed‑drunk'(p. 471)のシューには何の効果もな い。主人公は社会的野心に繋がる大学に裏切られ、私的生活の夢たるシューの 宗教的儀文によっても裏切られるのであるIanGregorの言うように、シュ ーは自由という儀文を、自己否定という儀文に取替えたのであり、自己主張と いう形式への奴隷化が、自己犠牲という形式への奴隷化に変ったのである。 ㊨ ジュードは、クライストミンスタ‑大学の記念祭の歓声の聞える部屋で、自分 の生誕の日と、母胎での身龍りの夜が消え失せるようにという、ヨブの呪いの 言葉をつぶやきながら、孤独の死を遂げる。 「生れざりしならば」の思いは、
彼の生涯を貫き通す底流であった。
ジュードの人生に於いて、シューは彼の夢であり、又、彼の人生の破壊者で もある皮肉な役割を演ずる。ジュードが自然と社会の犠牲者であるとすれば、
実はシューも同様である。 (此処で急に自然を持ち出したのは、後述するよう に、自然の法則‑特に性衝動‑が社会の不文律、結婚法、宗教との絡み で、悲劇を作り出す要因となるというのが作者の認識である故である0 )彼女 はバーディの描く男女の中でも、最も複雑で、謎の多い人物である。彼女のこ の興味ある特性の為、 Judeの中心人物をジュ‑ドよりもむしろ、シュ‑と見 撤したくなる程である。本書は、彼女の「果たされざる目標の悲劇」とも言え
るのである。この女主人公に焦点を絞って、その内面の考察を試みたい。
Jude the Obscureのシュー・プライドヘッドについて105
Ⅲ
まず、シューを概観した場合、見立つのは彼女の男性に対する破壊的影響力 であるO最初の犠牲者は、シュ‑が18才の時に知合ったクライストミンスタ‑
の大学生である。彼はシューに多大な知的影響を与え、後に、ロンドンの大新 聞の論説記者となる。この氏名不詳氏の求めに応じて、彼女は15ケ月間、性関 係抜きの条件で同棲し、遂に彼の神経を参らせ、死に至らしめる。次はジュー
ドの幼時の師であった中年の教師フイロットソンである。彼は自分自身夢多き 青年であった頃、幼いジュ‑ドにクライストミンスタ‑への夢を抱かせるきっ かけを与えた。シューは、フイロットソンと結婚するが、彼に対しても性を拒 否して別居を強要する。そして以前からその謎のような態度で恋の虜にしてい た主人公の許へ走る。妻に自由を与えたこの中年男は、世間の批判を浴び、教 職を追われる。社会的、経済的打撃を与えられると共に、心情面でも地獄の苦
しみを昧わされるのである。シュ‑とフイロットソン、ジュrドとアラベラの 離婚が解決した後も、シューはジュードに性関係抜きの同居を要求し続ける。
しかしシュ‑はアラベラに対する嫉妬から一度は結婚に同意するが、結局、性 を受け入れるのみで、ジュードと法的に結ばれる事は拒否し続ける。挙句の果
ての主人公の被害は、先に見た通りである。
この素描から浮び上ってくるのは、シュ‑の性と結婚に対する態度である。
彼女は殆ど̀sexless'(p. 178)である。作者は、ある友人‑の手紙の中で、彼 女の性的特徴について触れて、
‥.there is nothing perverted or depraved in Sue's nature. The
abnormalism consists in disproportion, not in inversion, her sexual in‑
stinct being healthy as far as it goes, but unusually weak and fastid‑
ious. Her sensibilities remain painfully alert notwithstanding‑ ‑ ㊨
と説明している。彼女は、肉体的愛は̀animal desire'(p. 201)で、 ̀gross (p. 292)であると決めつけ、性を嫌悪し、肉体そのものも否定するのであ る。 ̀Venus Urania'(p. 201)の演ずる役割、即ち、精神的な変こそ理想の愛 とするのである。そして、シェリ‑の詩、 Epipsychidion ( 「魂の分身」 )中 の一節、 ̀A seraph of Heaven, too gentle to be human'(p. 294)を自分自 身と見たてたりする。シュー・ブライド‑ツドという名前は、 H.C.Duffinが 指摘し④、作者も暗示している様に(p. 445) 、彼女の純潔な、即ち性のない 精神的結合の理想を指すものであろう。
臼Mi: 宮本義久
このようなシューに対して、ジュードは、自然な性的欲望を抱く自分を
̀earthliness'(p. 224) 、 ̀grosser substance'(p. 313) 、 ̀animal passion'(p.
414)の持主と恥じざるを得ない立場となりながら、 ̀ethereal'、 ̀uncarnate'(p.
224) 、 ̀that aerial thing'(p. 261) 、 ̀you spirit, you disembodied creature, you dear, sweet, tantalizing phantom‑hardly flesh at all'(p. 294) 、 ̀a phan・
tasmal, bodiless creature (p. 312)、 ̀a sort of fay, or sprite‑not a woman'
(p. 426)などと形容して、彼女を理想化し、崇め続ける。
̀ ‥.All thats best and noblest in me loves you, and your freedom
from everything that's gross has elevated me‥ ‥ '(p. 320)
と言いながら、彼の抑圧された自然の本能は反逆し、シューの性の拒否をなじ る。ジュードの理想と精神へ向う性質と、地上的、肉欲的性質の葛藤が、此処 には見られる。
彼女は、結婚を嫌う理由を色々と述べているが、まず第‑に、肉体性を軽視 し、性関係を嫌悪するからである。結婚制度という生涯の鉄の契約によって生 じる義務と束縛の為に、自由が奪われ、本来の愛が扱われる恐れがあると、こ の制度そのものを拒否する。極めて敏感で神経質なシューにとって、 ̀a Gov‑
eminentstampをうけて、ジュ‑ドがシュ‑を慈しむという̀contractをし、
それに依って自分が彼に愛される̀license'を与えられるという̀sordid'な形 式の為に、自分のジュードヘの感情が汚される思いがするとも言う。 (p.312) 肉体的、精神的、感覚的、総てを以てシューは結婚を否定するのである。彼女 は父親の財産相続など、物質的便宜を基礎に置く結婚は̀sordidであるとし、
̀‥ in a proper state of society, the father of a womans child will
be as much a private affair of hers as the cut of her under‑linen, on which nobody will have any right to question her.'(p. 288)
と言う。彼女の望むのは、精神と肉体両面での自由である。前述の友人への手 紙の中で、作者がシュ‑の結婚恐怖の理由の一つとして挙げるものは、主人公 の悲劇にシュ‑の性嫌悪と結婚拒否が、どの様に関係していたかをよく物語っ ている。
. ‖one of her reasons for fearing the marriage ceremony is that
she fears it would be breaking faith with Jude to withhold herself at pleasure, or altogether, after it ; though while uncontracted she feels at liberty to yield herself as seldom as she chooses. This has tended to keep his passion as hot at the end as at the beginning, and helps
Jude the Obscureのシュ‑ ・プライドヘッドについて107
to break his heart. He has never really possessed her as freely as
he desired‥ ‥ ㊨
彼女の自由信奉の精神は、結婚をはじめ、総ての社会制度を、人間の自由を 拘束するものと批判し、それに拒絶反応を示す。
̀ ‥. the social moulds civilization fits us into have no more relation
to our actual shapes than the conventional shapes of thβ constellations have to the real star・patterns.'(pp. 246‑247)
彼女のこの知的批判精神は、嘗ての大学生の影響による読書から得たもので ある。 Robert B. Heilmanの指摘する様に、 ◎彼女の読書は特に18健紀の知性 の伝統に結びつき、彼女が啓蒙恩想の子であり、理性的懐疑主義、批判的知性 を目指していることを示している。しかし、彼女にとっての危険は此処にあ る。作中でシュー自身が何度も白状する様に、慣習、制度の批判は、彼女の知 的理論に過ぎないのである。感情面にはヴィクトリア朝的、キリスト教的感覚 が多分に残留し、理性と感情が分裂しているのである。この分裂が、彼女の日 常の神経質で首尾一貫せぬ謎めいた言動と、最後の宗教‑の転向に重要な係り を持つのである。ジュードが社会的野心を否定されたのに対し、シュ‑は、社 会の慣習、制度に反抗し、それへの遵奉を否定する。前者が一時期を除いて性 を否定されるのに対し、後者はそれを嫌要し、否定しようとする。シュ‑には 社会との結びつきはなく、又、性的自由は、性の拒否を意味するが故に、男女 間の結合も成立しない。そして、この両者は結婚の否定という点で重なり合 う。孤立は運命づけられているのである。
Ⅲ
シューは、自分の中には̀The Ishmaelite'(p. 165)があると言う。そして、
その気質は子供の頃にすでにきざしていたのである。この孤立の運命の重苛 を、どのように克服するか、それがシューの問題である。子供の頃の彼女は、
男の子しかしない勇ましい遊びに加わって、一歩もひけを取らぬ̀tomboy'(p.
132)であったが、急に女の子らしくなって逃げ出したりしたと記されている。
彼女は、昇は恐くないし、自分は殆ど男性として男達と交際してきたと、ジュ
‑ドに話す。しかし、それは完全な̀unconsciousness of gender'(p. 179)を もってという訳ではない。師範学校での監禁処分に反抗して、大川を渡ってジ ュ‑ドの許に逃げて来た時、乾かしている自分の服に一瞬顔を赤らめるが、す
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ぐにこれは女の衣服にすぎない‑̀sexless cloth and linen'(p. 173)だと繕 うのである。それにしても、シュ‑はジュ‑ドやフイロットソンを遥かに凌ぐ 男性的知性の持主である。この様な̀epicene'のシューが、男性の目には
̀indefinable charm'(p. 442)の持主であるのは皮肉な事である。
男女両性具有的なシュ‑にとって、彼女の持つ魅力は果して幸いしたのであ ろうか。彼女は、意識的には男性との̀mental commnunion'(p. 425)の生活 のみを求めたのであろう。しかし、歴史家ギボンの̀insulted Nature some‑
times vindicated her rights'(p. 231)という言葉の如く、彼女の否定された 性は屈折し、歪んだ形を取って発現する。シュ‑はそれを次の様に説明するの である。
'But sometimes a woman's love of being loved gets the better of her conscience, and though she is agonized at the thought of treating a man cruelly, she encourages him to love her while she doesn't love him at all. Then, when she sees him suffering, her remorse sets in, and she does what she can to repair the wrong.'(p. 290)
シューはサディストとマゾヒストを同時に演ずるゲームを行い、男をその犠 牲にすると共に、それ以上に自らもその犠牲になり苦しまねばならないのであ るAnne J. Mickelsonの述べる如く、男性との関係を完全に支配し、男性の ように̀powerを持ちたいが故であろうし、⑦又、社会的コミットメントの 否定と、性の欠如から生ずる感情の枯渇を救うためでもあろう。最初の犠牲者 に対して、シューが行った自己処罰は、彼の遺してくれた多少の金を、いんち
き計画に投資して擦ってしまったことであろう。フイロットソンとの場合も同 様、苦しめた償いに死ぬ程つらい結婚をしたのである。 (尤も妻帯の身である ことを秘していたジュ‑ド‑の面当ての意味も含まれている。 )その挙句、性 関係を拒否し、間違って彼女の寝室に入って来た夫の姿に、恐怖のあまり二階 の窓から外に飛び出したりする。
シ3̲‑はサド・マゾのパターンで三人の男を破滅させるが、この小型のパタ ーンは、常にジュードに対する行動の中に見られる。ジュードの心を知りなが
ら、結婚式で、花嫁を新郎に引渡す役を彼に依頼した上、当日には教会の中 で、彼を花婿に仕立てて式のリ‑‑サルを行う様な残酷な仕打ちをする。
How could Sue have had the temerity to ask him to do it ‑ a cru‑
elty possibly to herself as well as to him?.‥ Or was Sue simply so
perverse that she wilfully gave herself and him pain for the odd and
Jude the Obscureのシュ‑ ・ブライドヘッドについて109
mournful luxury of practising long‑suffering in her own person, and of being touched with tender pity for him at having made him practise
it?‥ Possibly she would go on inflicting such pains again and
again, and grieving for the sufferer again and again, in all her colos‑
sal inconsistency, (pp. 209‑210)
とジュ‑ドは気づくのである。 ‑‑デイは、このような行動を無意識のうちに とらざるを得ないシューを̀an epicure in emotions'(p. 207)と呼んでいる。
彼女の態度は首尾一貫せず、予測不可能である。ジュ‑ドにとっては謎の存在 である。それが又、彼女の魅力を強化する。例えば、最初はシュ‑はジュ‑ド に、自分には唯好意を持つ丈で愛してはいけないと言う。その直後、つれない 仕打ちを後悔していると詫び、愛したければ愛してもよいと、熱烈な手紙を送 って来る。ジュードが積極的になり訪問の許可を求める手紙を出すと、返事は 来ない。訪ねて行くと、冷たくあしらわれ、シューを諦らめるつもりで帰って
くると、早速詫びとデ‑トを提案する手紙が追いかけてくる。ところが約束の 場所‑行ってみると‑万事がこの調子である。相手が身近かにいる時はつれ なくし、手紙では熱烈になる。自分を安全圏に置く事が出来る時だけ、彼女は 思いやりのある情熱的な女になれるのである。ジュ‑ドとシュ‑が窓を隔てて 逢った時‑彼がシャストンにシュ‑を訪ねた時と、メアリグリ‑ンで民に掛 かり、苦悶の叫びを上げる兎(結婚の民に掛かっているシューとジュードを象 徴している)を殺す時‑には、二人が窓の内と外に隔てられている安心感か ら、シューの感情は大いに揺振られ、フイロットソンとの別居を決意する契機 となる愛情の寵った衝動的な行動を取る。そして今度は、感情を露にし過ぎ、
ジュードに弱味を見せた事を後悔し、あれは̀morbid'(p. 249)だったと、招 待の約束を取消し、自分は弱過ぎて̀dignity'(p. 263)を失っていたと、早速 つれない手紙を出す。又、手紙を出さなければ、待ち続けて苦しむであろうジ ュードのことを憐れみながら、自らをも憐れむ涙を流す。そして自己懲罰の為 に、夫にジュ‑ドとの間に起った些細な方の出来事を告白するのである。
この様に、性に恐れを抱くシューは、男性‑のコミットメントを免れる為の 自己防衛、その為の自己主張、身勝手さを発揮する。彼女の高度の感受性は、
殆ど自己防衛にのみ向うのである。彼女は他人の感情には鈍感である。フイロ ットソンが彼女の家出を許した事で、どの様な被害を被ったかを、彼女は考え もしなかったし、ジュードの性的欲求も̀grossとして無視するのである。そ して最後には、この鈍感さが彼女にとって致命的となるのである。他人の信条
i([l 宮本義久
には不寛容で、遠慮なく批判、攻撃するが、自分‑の批判や反対に対しては甚 だしく傷付き、憤慨し、意固地になる。作者自ら̀the ethereal, fine‑nerved,
sensitive girl, guite unfitted by temperament and instinct to fulfil the conditions of the matrimonial relation with Phillotson, possibly with scarce
any man'(p. 263)と言っている。ジュ‑ドの感受性は全く逆の性質を持つ。
彼は他者の苦痛を思い遣る̀tender‑hearted (p. 74)な人間であり、 ̀loving‑
kindness'(p.115)を有するが故に、「アラベラには物質的に、シューには精神的 に利用され」 ⑥常に自己否定と自己犠牲を強いられる。彼の悲劇はこの感受性 に負うところが大きいのである。少くとも彼の行動には、 ̀The letter killeth' は無縁である。そしてジュードは、いつも言い逃ればかりして、決して彼を愛 するとはロにせぬシューを、 ̀aflirt'(p.245)となじったり、誰も愛せない 女、本当の恋が出来ない女ではないかと思いながらも、
̀‥ your happiness is more to me than anything‑ and your will
is law to me‥‥'(p. 287)
と自己を否定してゆくのである。
シューの感受性と理性は全く調和がとれていない。上述の如く、その批判的 知性も、常に彼女の中の因習性に脅かされている。彼女は性愛を̀grossと言 う。そして̀But I have never yielded myself to any lover‥. I have re‑
mainedasIbegan'(p. 178)と誇ってみせるのは、ヴィクトリア朝のプル‑
ディッシュな伝統に基づく考え方であり、 ̀a religion in which sexual love was regarded as at best a frailty, and at its worst damnation'(p. 261)で あるキリスト教的考え方であろう。キリスト教はシューにとっては迷信であ り、彼女は代りにペイガニスムを信奉する。諸々の慣習的感情が、彼女の理性 と事ある毎に衝突し、神経の緊張と不安を引き起し、一貫性のない言動となっ て現われる。作者は彼女のこの分裂を次の様に表現している:
Sue's logic was extraordinarily compounded, and seemed to maintain that before a thing was done it might be right to do, but that being done it became wrong; or, in other words, that things which were right in theory were wrong in practice, (pp. 262‑263)
シューの矛盾は、彼女がこの物語に登場する最初の行動から表われているO この反キリスト教徒は教会用具店で働いているが、キリスト教への反禄から、
衝動的にアポロとヴィーナスの石膏像を買うのである。
Being of a nervous temperament she trembled at her enterprise, (p.
Jude the Obscureのシュ‑ ・ブライドヘッドについて111
川の
̀so very naked'に思われる二つの像を雑草で包んで(R. C. Carpenterの述 べる如く、これは多分性的なものを意味するのであろう㊥) 、震え続けながら 帰宅する。そしてその夜は眠れないのである。
. ‥ every time she opened her eyes there was enough diffused light
from the street to show her the plaster figures, standing on the chest of drawers in odd contrast to their environment of text and martyr, and of the Gothic‑framed Crucifix‑picture that was only discernible now as a Latin cross, the figure thereon being obscured by the shades,(p. 112)
という一節は、シューの中の二つの要素の並置・対立を象徴している。十字架 上の像は、彼女の心の中では異教像の陰に隠れているだけに過ぎない。師範学 校の厳しい校則に反抗した後は、軽率だったと後悔し、婚約者のフイロットソ
ンの思惑を気にする。 The Foot of the Crossという讃美歌に彼女は感動し て、自分でも驚き不思議がる。さすがのシューも、この点では、彼女の理性と 心情は‑致しないことを認めるOシューは、
̀ ‥. my theoretic unconventionality broke down.'(p. 267)
とフイロットソンに言い、ジュ‑ドの
̀ ‥. under the affectation of independent views you are as enslaved
to the social code as any woman I know!'(p. 290)
という非難に、
̀Not mentally. But I haven't the courage of my views. ‥・'(p‑ 290)
と反論するが、彼女の感情の因習性は段々に明らかになって来るのである。彼 女は因習の束縛からの解放を求めて反抗する自己と、それを非難する因習的自 己との、この内的葛藤のために緊張と不安の中で、自ら怯え、狼狽え、神経を 擦り減らし続ける。
この様な文脈の中で、シューがフイロットソンに別居を迫り、
"What is the use of thinking of laws and ordinances‥ ‥?" (p. 268)
と批難して、社会の按への反逆を要求し、最後の締め括りとして、
She or he, Hwho lets the world, or his own portion of it, choose his plan of life for him, has no need of any other faculty than the ape・like one of imitation." (p. 269)
というJ. S.ミルの文を引用して、これに基いて行動せよと迫る時、我々は シューの立場に同情しながらも、彼女の夫の立場を無視した苛借ない自己主張
ifl蒔 宮本義久
と、借り物の理論への儀文的隷属を見るのである。そして、このどうにもなら ぬ状況は、夫の̀The letter killeth'を避ける大いなる犠牲的精神で救われ、
彼女は別居を許される。
彼女は又、アラベラに対して異常な恐れを示す。彼女の̀conventionalityと
̀unconventionality'が最も支離滅裂の混乱を見せるのはこの時である。離婚が 成立して共に自由の身となったが、シューの主張で結婚は勿論、性関係もない 間柄の同居中に、ジュードに助けを求めて訪ねて来たアラベラに、彼を会わせ まいとしてシューが挙げる理由は、アラベラが既に彼の法的な妻ではないのだ からという因習尊重に基づくものである。アラベラの性的能力に異常な恐れを 抱くシュ‑は、ジュードの所有を脅かされて、初めて彼を愛していると言い、
結婚と性関係を受け入れることに同意せざるを得ない。アラベラの出現という 外圧の前には、彼女の理性は感情に圧倒されるのである。アラベラを̀low‑
passioned'(p. 318)と軽蔑するシュー自身が、ジュ‑ドの首にしがみついて、
̀I am not a cold‑natured, sexless creature, am I‥.?'(p. 321)
と、自分の性的能力を誇示してみせるのである。そして最後には、子供連れの 身となった流浪の一家が、クライストミンスク一に居を移すべくやって来た当
日のシューの言である。彼女はフイロットソンの姿を見かけて言う:
̀.‥I felt a curious dread of him; an awe, or terror, of conventions
I don't believe in. It comes over me at times like a sort of creeping paralysis, and makes me so sad!'(p. 396)
彼女の感じる前夫への恐れは、具体的には、彼女の中に残っている、結婚は 秘蹟とする正統的信仰によるものである。ジュ‑ドとアラベラの子、ファ‑ザ
‑・タイムが、シュ‑の二人の幼児を殺して、自らも櫨死するという惨劇が起 り、彼女の理性は根底から覆えされ、神経は引き裂かれる。責任は間接的に は、大学の夢を忘れ兼ねるジュードにもある。自分達は結婚していないと、下 宿の女主人に告白するシュ‑の真正直さ。そんな如何わしい人達には下宿はお 断りと、立退きを要求する下宿。フア‑ザ‑・タイムの病的異常性格。少年 は、一家の状況に脅え、子供が親の邪魔になるのだとして死ぬのである。そし て少くとも、その死の切っ掛けとなったのは、他人の感情に鈍感なシューの、
例の如くの儀文的言葉である。
̀Ah; but it was I who incited him really, though I didn't know I
was doing it! I talked to the child as one should only talk to people
of mature age. I said the world was against us, that it was better to
Jude the Obscureのシュ‑ ・ブライドヘッドについて113
be out of life than in it at this price; and he took it literally..‥'(p.
mm
と、シューは自分の誤りに気付き、この悲劇の主因は自分であったと述懐する が、作者は、この悲劇をジュードと㌢ユ‑の過去から現在に至る状況の総和の 象徴として捕え、少年に悲劇を生ずる役割を与えているのである。
シューの理性は今や完全に破壊され、自由の追求から急転回して、宗教への 狂信的な服従へと逃避する。
̀We must conform!.‥All the ancient wrath of the Power above
us has been vented upon us, His poor creatures, and we must submit.
There is no choice. We must. It is no use fighting against God!'(p.
413)
そして戦っているのは̀man and senseless circumstance'(p. 413)に対し てだと言うジュ‑ドの正しい言葉にも耳を貸さない。自己放棄こそ総てであ り、ピンで体中をつついて自分の中の悪い血を出してしまいたいと叫ぶ。自分 の子が死んだのは、神がシューの誤った結婚観を示す為であり、アラベラの子 が自分の子を殺したのは、正が邪を倒す審判だったのだとか、
̀.‥I was wrong proud in my conceit.‥・'(p. 425)
と言う。ジュードとの関係は、 ̀the selfish and cruel wish to make your heart ache for me without letting mine ache for you'(p. 426)から始まっ
たと告白する。
そしてシューは、肉体的嫌悪を抱く別れた夫フイロットソンこそ、神の定め た夫であるとして、彼の許‑再婚する為に帰って行くのである。
しかし、意識的には正統的宗教‑の改宗の為としながら、後女自身が、最も 身の毛もよだっものであると知るこの再婚は、実は、自責の念に駆られ続け る、彼女の例の自己処罰‑の衝動‑マゾヒズム‑の最大の表われであるの は言を侯たない。今は愛するジュードの許を去るのも、自己処罰の一部であろ
う。
̀I'd have sold my soul for her sake, but she wouldn't risk hers a
jot for me. To save her own soul she lets minego damn!‥.'(p.
m釘
とジュードはシュ‑を恨みながらも、一目彼女に逢いたくて、病にやつれた身 で、死を覚悟して訪ねて行く。そして教会の中で彼女に逢い、
̀‥.Or is it that you are humbugging yourself‥.and only are in‑
114 宮本義久
dulging in the luxury of the emotion raised by an affected belief?' (p.470)
と言う時、彼はシュー自身の気付かぬ内面を感知していたというべきであろ う。彼女はジュードに熱烈なキスをして、 ̀The letter killeth'の行動をしてい るという彼の言葉を無視して、祭壇に額突き、帰って行く彼の足音に、両手で 耳を覆う。夫にその事を告白し、自己処罰の為に夫の軽重に入るのである。
...he kissed her. A quick look of aversion passed over her face, but clenching her teeth she uttered no cry. (p. 480)
その後のシューは生ける屍である。マゾ的自己否定の意志だけが、彼女を狂 気から救っている。そして又もや、フイロットソンの人生は、彼女の為に破壊 的打撃を被るであろうOジュードの死後、彼女の姿は次の様に他人の口を介し て語られる:
̀Tired and miserable, poor heart. Years and years older than when
you saw her last. Quite a staid, worn woman now.‥.'(P. 493)
Ⅳ
Jude the Obscureを、シューを中心として考察してきた。作者ハ‑デイはシ ューの魅力について、 ̀Sue is a type of woman whiph has always been an
attraction for me….'⑲と述べているが、彼女の役割は、本来、 19世紀末に 出現した̀New Woman'的要素を多分に備えた女性のもつ魅力と破壊力で、主 人公ジュードを破滅させることである。シューは自由精神の権化のような女性 であるが、新旧の過渡的時代の中で、古い因習からの自己解放を求めながら、その因習のとりこになっているのであり、その対立、矛盾の葛藤の挙句のはて に、放れ去るのである。彼女の性的不適応と神経症はこの葛藤の所産である。
そしてシュ‑の存在は本書甚しく現代的ならしめている。
本書の原題名はThe Simpletonsであったと言われるが、 ㊥ジュ‑ドとシュ ーは、二人ながらまるで子供のように現実認識に欠け、ロマンティックな理想 の実現に失敗する。アラベラなどの現実的見地からすれば、彼等は愚か者なの である。しかし作者は、逆に、ナイーヴな彼等の立場から、現実社会の不合 理、不寛容を批判して見せるのである。本書の根本主題は̀The letter killeth' である。この言葉を̀swansongとして、小説家としての‑ーディは終って いる。その主な理由の一つは、因循なる方面からの、本書に対するはげしい非
Jude the Obscureのシ̲‑ ・ブライドヘッドについて115
難、攻撃であった。