包括的所得税論と自由主義−サイモンズの所説再考−
馬場義久
I.問題の所在
1.本稿の目的は,サイモンズ(H.C.Simons)の基本思想である自由主義 と,彼の包括的所得税論との相互関係を解明することにある。
周知のようにサイモンズらが唱えた包括的所得税論の結論は,第一に,い くつかの租税諸原則のうち,公平課税の原則を重視したこと,第二に,公平 の指標として有名なC+AW(消費プラス資産価値の変化)という包括的所 得概念を提起したこと,の二点に求められる。
他方,上記の二つの結論に対して批判が存在することも事実である。いま これらの批判のうち,効用主義的立場を基礎とする所説をとりあげてみよう。
まず第一点に関してである。Stiglitz〔1982〕やMusgrave〔1976〕によると,
包括的所得税論が重視する水平的公平の原則や垂直的公平の原則は効率性の ロスという社会的コストを生み出すが,サイモンズらはこのコストを充分に 勘案しないまま,公平課税の重視を唱えているという。これに対してステイ グリッツやマスグレイヴは,公平課税の原則と効率性とのトレード・オフ関 係を考慮して採用すべき税制を定めるべきであるとし,税制判断の統一的基 準として社会的厚生の採用を唱えた。次の批判は第二の結論に関してである。
*本稿作成に際し,赤石〔1990〕より少なからぬ刺激をうけた。ここに記して感謝したい。
同論文が「ルールとしての所得定義」を強調したのに対して,小稿では,ルール重視型公 共政策論を含めた租税論全体の思想的源泉を,サイモンズの「権利論」的立場に求め,そ の内容解明に力点を置いた。したがって,両者の論考は互いに排他的関係にあるのではな
い。
この種の批判の代表的見解である
11usgrave(1976J(1983Jによると,包括 的所得税論者は
C+L l
Wが,なぜ公平の指標であるべきかについて,充分 な説明を行なっていないとしたうえで,公平の基礎概念は理論レベルにおい ては効用に求めるべきであって,そもそも「所得
Jという「中間概念」から 出発すべきではない,と主張された。マスグレイブは,理論的には公平の基 礎概念として効用を採用すべきとし ,
C+L l
Wが,効用タームの公平課税 の要請を満たす課税ベースとして妥当がどうかを理論的に検討すべきであ る,と述べたのである。
以上の二つの批判はいづれも,サイモンズらのこつの結論の根拠があいま いであるとしたうえで,社会厚生なり効用という厚生経済学の基礎概念に基 づいて,包括的所得税論を批判的に吟味しようとする試みに他ならない。
2.
以上の批判に対する現代の包括的所得税論者からの反批判は,どのよう に展開されているであろうか。率直に言って説得力ある反批判が為されてい るとは思えない。第ーの税制判断の基準については,たとえば
Breakand Pechman( 1975Jは,公平の原則とともに,効率性の原則をも重要な判断基 準として設定している。つまり,包括的所得という課税ベースの採用を,効 率性の原則によっても根拠づけようとしている。しかしながら,公平原則と 効率性原則とでコンフリクトが生じた場合,税制判断の究極的基準としてど のような基準を採用すべきかについては,必ずしも明快な理論的分析を行な っていない。さらに第二の公平の指標問題については,現代の包括的所得税 論者は,むしろ支出税論者との論争にエネルギーを費やし,効用を基礎概念 にして公平を考えるというマスグレイヴらのアプローチに対して充分な批判 を行なっていなし、。
3.
そこでわれわれが注目したいのは,サイモンズが包括的所得税論を展開 する際に基盤とした思想内容である。第一に,彼は明らかに自由主義を基礎
としていた。
Simons
( l
948Jは租税政策を含めて経済政策のプログラムを論ずるのに先
行して,
rすべての政策問題は,自由社会の活気ある創造的なプロセスを維
持する問題として吟味されることを求め,他の目的のために自由を犠牲にす
るというすべての提案は,誤まりであると仮定して検討される
j)と述べたの である。
第二に,その自由主義は事実上,反効用主義を合意していた。サイモンズ は,ミル,エッジワースなどが唱えた犠牲説について言及し,
I犠牲という 概念は効用の子孫である。効用概念は,人間行為の説明に対して混乱をもた らすとともに,公共政策の価値体系に対しでも混乱を招いている」)と述べ,
効用主義批判の立場を明確にした。したがって,サイモンズの自由主義は,
包括的所得税論の思想的根拠を反効用主義的な内容で提供したと予想される のである。
そこで本稿では,サイモンズの自由主義の中身を明確にして,その思想と 包括的所得税論との相互関係を明確にしようと思う。この作業は,第一に,
現代の包括的所得税論者にあっては事実上不問にされた,包括的所得税論の思 想的根拠を明確にし,第二に,そのことを通じて,効用主義的所説からの包括 的所得税論批判に対して,一つの回答を提供しうると期待されるからである。
4.
したがって本稿の構成は以下のとおりである。次の
Eでサイモンズの自 由主義の内容と,それから導かれる公共政策論を整理する。さらに I I I,Nで は,この思想的立場と彼の包括的所得税論との関連性が明らかにされる。す なわち,まず田では,租税諸原則のなかで公平課税の原則が他の原則に比べ て相対的に重視される思想的理由が,
nの分析を基礎にして解明される。そ して
Nでは,公平の指標として
C+AWという概念が提起される理由が,
n
, I I Iの整理を基礎にして説明される。最後に Vにおいて,サイモンズの所 説の基本的合意が概括され結びとされる。
II.サイモンズの自由主義と公共政策論
1.本節ではサイモンズの基本思想である自由主義の内容を明らかにし,そ
1) Simons
[ 1
948],
p.3. 2) Simons[ 1
938], p.5.の作業に基いて彼の公共政策論の特徴を整理したい。そのためにわれわれは,
主として
SimonsC1948Jの第
l章での議論をとりまとめようと思う。「政治 的信条」と題された同章は,必ずしも論理構造の明確な叙述とは言えないが,
彼の公共政策論の思想的前提を明らかにしており,われわれに有益な示唆を 与えていると考えられるからである
2 . (1)
さて同章でサイモンズは,彼が目標とする「良き社会
J( = good socie‑t y ) に関する叙述を行なっている。いわば彼の理想的社会像に関する見解で ある。われわれは,まずこの叙述に注目して,サイモンズの自由主義の内容 に迫ろう。
彼は,理想的社会に関して多くのことを述べているが,その根本的規定は
「自由で責任ある諸個人に基礎をおく社会」というものであろう。彼は自ら が伝統的な自由主義者に属すると表明した後,
r伝統的な自由主義は,自由 人および自由な社会過程の潜在的可能性に対し,楽観的な信頼をおいている
」)と述べた。「自由で責任ある個人
J,すなわち自由人の潜在的可能性に信頼 をおいた彼にあっては,自由人に基礎をおく社会こそ理想的社会と把握され たのである。
(2)
そこで,次に自由の意味内容,それもサイモンズによって強調されてい る中心的内容について明らかにしなければならない。まず第一の自由は経済 的自由である。これは,個人が労働者として,あるいは投資家,消費者とし て経済活動を自由に行なえることを指す。たとえば労働力の売り手に関して
「買い手を選択し,買い手聞を移動する自由が重要である」と述べられる。
第二は,政治的自由であり,とりわけ強調されているのが,諸個人間の自 由な議論の保障と合意形成の尊重である。サイモンズによれば,
r良き社会 の本質的な構成要素は組織された自由な議論である」)とか,
r国は民主主義 的行為を決して拒んではならない。基本的な合意なしに走るべきでない。自 由人の聞の道徳的合意を再創出し,拡大することを根本的な仕事と考えるべ
1) Simons
( l
948),
p.28. 2) Ibid.,
p.23. 3) Ibid., p.28. 4) Ibid., p.7.きである」と力説された。
したがって「自由で責任ある諸個人に基礎をおく社会」とは,まず第一に,
以上の経済的・政治的自由が保障された社会を指すことになろう。
(3)
しかしわれわれが注目しなければならないのは,サイモンズが自由を真 に保障するうえで平等の意義を強調したことである。つまり,上述の自由社 会は諸個人間の平等を不可欠な構成要素とした社会である。以下,この点の 意味を探ろう。
まずサイモンズは,経済的自由を享受するには,パワーが必要であること,
さらにパワーの不均等は不自由を生む,と捉えていた。「パワーなしの自由 は,自由なしのパワーのように何ら意味をなさない」)と述べ,さらに「究極 的な自由は明らかに人々のパワーにおける均等にある」)と主張したのであ る。つまり理念的には,自由を実体化するのに必要なパワーの均等を唱えた のである。
それではここで云う,理念としての「パワーの均等」とは, どのような状 態を指すのであろうか?この点,サイモンズは「良き社会は,強力な所得の 再分配や操作によって平等を達成したり,或いは増大させている社会ではな く交換的公正
(commutativejustice)をベースにした均等化を享受してい る社会である」と述べた。なお,ここで交換的公正とは,競争的市場メカニ ズムによって決まる「貢献に応じた分配」のことを指す。つまり,以上の文 脈においては,社会所得に対する貢献レベルでの均等を理想としたわけであ
る 。
しかし他方でサイモンズは,パワーのことを「自由を享受するのに必要な
human capaddと呼んて。いる。社会所得に対する貢献は貢献能力と貢献量 というこ要因に分解されるが,サイモンズによるパワー概念は,前者の貢献 能力のみを指している,と考えられるのである。したがって,前述したよう
5) Ibid., pp.l0‑l
1 .
6) Ibid.,
p.6. 7) Ibid., p.7. 8) Ibid.,
p.6. 9) Ibid.,
p.7.に彼は「貢献に応じた分配」の均等を理想とする叙述を行なっているが,
iパ ワーの均等」の真意は,貢献能力の均等にあったと考えられる。あるいは「貢 献に応じた分配」の均等には,理念として貢献能力の均等が合意されている,
とみるべきである, と思われる。
以上からサイモンズの理想的社会は,単に諸個人の政治的・経済的自由が 保障されているにとどまらず,パワーの均等を通して,諸個人の経済的・政 治品自由が平舎に保障されている社会である,と総括できよう。
3. (1)
次にわれわれは,サイモンズの公共政策論の基本的な内容と特徴を まとめよう。なお,ここで公共政策とは,理想的社会でのそれを指すのでは ない。彼が直面した現実の資本主義下で,公共部門が果たすべき政策のこと を指している。
まず第一に確認すべきは,公共政策の基本目的である。言うまでもなくサ イモンズの場合,それは現実社会を真に「自由で責任のある諸個人に基礎を おく社会」に変えることにある。簡単に言えば「自由社会」への移行が政策 の基本目的である。
このことは以下で示される政策プランが,結局は諸個人が平等に自由を享 受するという権利を保障するために立案・実施されることを意味する。諸政 策は決して社会的効用の最大化それ自体のために検討されるのではないので ある。
(2)
そこで政策内容について略述しよう
11)第一の政策は,競争的な市場経済 システムの維持である。具体的には反独占政策,たとえば私的独占の排除を 指す。競争的な市場経済システムの維持が求められるのは,それが,売り手 と買い手の経済的自由という権利を,競争的に形成される価格によってコン トロールしながら保障する制度であるからである。他方,独占的システムは,
独占的パワーを持たない経済主体の経済的自由を侵害するものと把握されて
10)以上の叙述は経済的平等の問題に限定されているが,サイモンズの場合,政治的パワー
の均等化をも唱えていた。
1
1)以下で紹介するのは,
Simons[ 1
948Jで展開された政策プランのごく一部である。後述
する租税政策の特徴を把握するのに必要な範囲に限定して紹介する。
いる。前述したように,パワーの不均等は不自由を生むと捉えられたのであ る 。
第二の政策は, [""パワーの均等」に接近するための再分配政策である。た とえば,累進的税制や移転支出制度の採用などが考えられよう。ここで留意 すべきことは,この再分配政策は,第一で述べた競争的な市場経済システム の維持を前提にして,実施されるという点である。それはサイモンズが,競 争的な市場システムを各人の経済的自由を実現するうえで必要不可欠な制度 と捉えたからである。したがって,再分配政策は競争的市場システムの下で,
徐々にパワーの均等を目指す政策として位置づけられる。この意味から,彼 は「自由主義者にとって重要なのは,自由交換の基本プロセスを維持するこ
とであり,再分配はつけ足しにされるべきである」と明言したのである。
(3)
次にサイモンズはその政策プランを,主としてどのような方式で実施し ようとしたのか明らかにしよう。より具体的には,政策主体である政府の「裁 量」に委ねる方式か,あるいは「ルール」方式を採用するか,という問題で ある。
サイモンズはこの点について,明確に後者のルール方式を支持した。現実 の政治過程で「政府の堕落」という事態が散見され,政府に裁量権を多く与 えると,政策形成プロセスにおいて自由な諸個人の意向が尊重されないと考 えたからである。ここで「政府の堕落」とは,政府が圧力団体や一時的な多 数派に
arbitraryなパワーを与え,政府のパワーを国民共通の利害のために 使用しないという事態を指すが,この「政府の堕落」を防いで,政策形成プ ロセスでの個人の自由という権利を保障するものとして,ルール主義が提起 されているのである。すなわち,諸個人の合意に基づくルール方式は,政府 の裁量権を実質的に制限して, [""政府のパワーを国民共通の利益のために使 用することを確実にする」と期待されたのである。
4.
(1)以上の考察に基いてサイモンズの公共政策論の特徴を,概括し本節
12) Simons
[ 1
948],
p.6. 13) Ibid.,
p.19.を終えよう。
第一に,彼の公共政策論は,政策プログラムの内容においても,政策形成 プロセスにおいても,諸個人の自由という権利の保障を基本目的としていた。
簡明に表現すれば,
i自由な諸個人による,諸個人の権利のための」政策を 理想としたと言えよう。
いま,
i権利のための政策」という意味を把握するために,彼の再分配政 策の特徴を明確にしよう。再分配政策の提唱自体は目新しいものではないが,
その理念とし「貢献能力の平等」を掲げているところに彼の特徴がある。「貢 献能力の平等」は,究極的な意味での自由を平等に享受するために必要とさ れたのである。再分配政策は,この「貢献能力の平等」に接近するために実 施される。つまり平等に自由を享受するという権利の実現のために行なわれ るのである。
この点,社会的効用の増大に貢献する限りにおいて再分配を正当化する立 場と大いに異なると言わなければならない。この立場によれば,社会的効用 を増大する場合にのみ「平等」という権利が認定されるにすぎないのである。
(2)
したがって第二に,
i自由の拡大」は効率性のロスというコストを負った としても,先行的に確保されるべき目標として設定されるロサイモンズの公 共政策のうち,競争的市場システムの維持という政策は,自由の拡大である と同時に効率上の改善をもたらすものであろう。この政策においては自由と 効率性が両立する。
問題は再分配政策のケースである。これは通常,効率性の確保とコンフリ クト関係にある。サイモンズによると,この場合でも再分配政策は追求され るべきと判断された。「機会の平等は自由社会が,他の目的を基準にしたコ ストを多く負ってもいつも追求すべき理想である」と彼は明言したのであ
14) Ibid.
,
p.6.なおここでサイモンズは,
r貢献能力の均等」とか「パワーの均等」という
表現を用いず,
r機会の均等」と述べている。サイモンズの場合,
r機会の均等」を能力
を開発する機会の均等と捉えていたとみられ,その理念的な内容は「能力の均等」に限
りなく接近する。このような「機会の均等」の解釈については,塩野谷[1
984J,
444ペー
ジからヒントを得た。
る 。
それでは,サイモンズは,なぜ自由の拡大を先行的に確保しようとするの であろうか?それが彼の価値観に基づくことは言うまでもないが,その根底 には,自由の維持・拡大によって社会シスチムの維持を図るというねらいが 存在したようである。
この点次の叙述が示唆的である。彼は「富の不平等は,そのような不平等 の受益者である企業や産業にとって有害である。長期的にみると,その種の 不平等はわれわれのシステムに対する脅威である。というのは,経済的自由 は,他の自由のベースないしは不可欠な補完物であるから」)と述べた。この 主張から,再分配政策によって個人の自由を拡大し,他のシステムより相対 的に効率的な市場経済システムを保持しようとする,彼のねらいを読みとれ よう。つまり自由の拡大は,市場経済システム自体の保持に貢献する故,効 率性より先行的に確保されるべき課題と位置づけられたのである。
(3)
第三の特徴は,政策主体としての政府のパワーを,国民全体の利害のた めに使用させるという戦略を持った政策論である,という点である。この観 点から彼は,裁量方式よりルール方式を重視したのである。
この立場からすると,ルール方式の中でも,政府の裁量の余地が少なく,
しかも,諸個人の支持を長期にわたって得られるルールが高く評価されるこ とになろう。彼は金融政策のルールに関して,
i幾つかの異なったルールが どう作用するかを考えるのは重要である。しかし,長期にわたって本質的な 修正なしに,それへの支持を確保できる政治的可能性を考慮してルールを選 ぶことが等しく重要である」と述べたが,この主張は,公共政策全般に対し て為されたものとみるべきであろう。
III.主要な租税原則の設定
1.本節では
Eの考察に基いて,サイモンズが幾つかの租税諸原則のなかで
15) Simons0950J. p.145. 16) Simons0948J. p. 64.
公平原則を相対的に重視した理由を解明しようと思う。サイモンズは,
i貧困と不安定が,独立国を維持するのにすべての財政措置を使用させている聞 は,公正
Uustice)の問題は通常,下位に位置づけられる。しかし,政府が 安定し経済的自由の手段が登場すれば,公平
(equity)の問題が中心となる。
•
(中略)……さまざまな租税原則があげられるが, しかし中心は税を如 何に配分すべきか,どれが最も公平な
(equitable)システムかという問題 である」と述べた。つまり,経済的自由の手段が登場して「自由社会」を展 望できる段階においては,公平原則を重視すべきであると明言したのである。
後述するように,ここでの公平原則は水平的公平の原則と,税制による再分 配というこつの内容からなるが,以下,まずこの二つの意味の公平原則の意 義をサイモンズはどう把握したのかーこの点を整理しよう。
2. (1)
最初に水平的公平の原則をとりあげたい。なお,本節の段階での水 平的公平の原則は「同様の経済環境にある者の同様の課税」という,未だ抽 象的な内容を指している。
さてサイモンズは水平的公平の原則の意義を,民主主義社会において税制 を確立させる点に求めたようである。ここで「確立させる」とは次の二つの 意味を指している。まず第一に,その原則の遵守によって税制に対する納税 者の信頼・協力が得られると考えた。彼は,
i所得税は十分に徴税されなけ ればならないとしたら,納税者のハイレベルのモラルと協力を必要とする」
が ,
iそのような協力は税が人々の間で根本的に公正で合理的であると感じ られるなら,実現しそうである」と述べたうえで,だから「税を執行する際 も,それをデザインする時と同じく,その正しい目的は,同様の環境にある 者の同様の課税,すなわち,公平さを最大限追求することにある」と主張し たのである。第二に,水平的に公平な税制は「税制の根本的変化」を引きお こさないという意味で,安定的であると把握された。「政府の堕落」が存在
1) Simons
[ 1
938],
p.3. 2) Simons[ 1
950],
p.30. 3) Ibid.,
pp.30‑31. 4) Ibid.,
p.32.するもとで,いったん特定階層を優遇する税制を採用すると,
~Ijの特定階層を優遇するための税制変化を招かざるをえない。いわば税制の「いじくり回 し」を生むのである。水平的公平の原則の充足は,この「いじくり回し」を 防ぐと期待されたのである。
要するにサイモンズは,税制に対する合意形成の基礎を,
r同ーの経済環 境にある者に同ーの課税」という原則に求め,そして合意形成によって,納 税協力と税制の安定がもたらされる,と考えたわけである。このように諸個 人の合意形成に着目する考え方は,制度・政策の採用にあたって諸個人の合 意を尊重するという政策観,すなわち,
r諸個人による政策」という彼の公 共政策観を反映したものと思われる。
(2)
次に第二の意味の公平,すなわち,税制による再分配の意義づけに対す る彼の所説をみてみよう。しかし,われわれはこの点に関する考察は,実質 的には
Eで済ましている。そこでは,再分配そのものは,競争的市場メカニ ズムを維持しつつ,徐々に「パワーの均等」をめざす政策として意義づけら れていたからである。したがって,税制による再分配政策も,この点から意 義づけられるのである。
富裕層に対する相対的重課,低所得層に対する相対的軽課ー貧困層に対 する非課税措置を含むーーは,現存の経済力の不平等を是正して,
r教育機 会」などの不均等を修正することにより,
r貢献能力の均等」化に間接的に 貢献するのである。また,この種の政策は,自由な市場経済システムの枠内 で実施可能である。つまりサイモンズは「累進的な人税による改革は,より 良き分配を徐々にではあるが着実に実現する。このような改革は,民主主義 的で競争的な自由企業システムのフレーム・ワーク内で達成可能である」と 把握したわけである。
要するに,市場メカニズムを維持しつつ諸個人間の平等な自由を確保する 政策の一環として,税制による再分配政策を位置づけた,と言えよう。
3. (1)
以上,われわれは公平原則の意義づけに関するサイモンズの所説を
5) Simons
[ 1
938J,
p. W.整理した。ところが彼自身「公平原則は他の重要な目的の犠牲を伴なう
j)と 述べている。それでは彼はこの「犠牲」をどのように評価したうえで,公平 原則を他の原則より相対的に重視する,との結論を導いたのであろうか?以 下,この点の解明を試みよう。
(2)
さてサイモンズが公平課税の社会的コストとして最も重視したのは,公 平な税制が貯蓄ー投資のインセンティヴを弱めるという点であった。たとえ ば,累進税制による再分配は,貯蓄性向の高い富裕層の税引所得の低下を相 対的に大きくすることによって,社会的にみた貯蓄の減少というコストを伴 なう,とみていた。マスク.レイヴやスティグリッツの強調する「効率性のロ ス」という形では必ずしもないが,サイモンズにあっても,公平課税が他の 租税原則と矛盾する事態を招くという点は,認識されていたとみてよい。
(3)
しかしサイモンズは前述したように,後進国ならいざ知らず,経済的自 由のための手段が登場した段階においては,インセンティヴより公平原則の 充足を相対的に重視すべきであると判断した。その理由は,公平原則の充足 は,公共部門と市場システムの維持にとって,ひいては,自由社会の維持に とって必要不可欠であると把握され,先進国においてはインセンティヴより 先行的に目標とされるべき,と考えられたからである。
既に述べたようにサイモンズは,水平的公平の意義を,諸個人の税制に対 する合意の形成をテコにして,税制を民主主義社会において確立させる点に 求めていた。税制の確立は,公共部門の維持を通じて自由社会そのものを保 持する,という意義を有するであろう。また,税制による再分配は,
I貢献 能力の均等」に接近するための必要不可欠な手段であった。つまりこの政策 は,諸個人の市場参加への自由を実質的に平等化することによって,競争的 市場システムに対する信頼を生むのである。この意味で,税制による再分配 は,競争的市場システムを補完し,さらに同システムの保全に貢献するので ある。
サイモンズの場合,租税政策も他の公共政策と同様に,
I自由な諸個人に
6) Simons
[ 1
950], p.9.基礎をおく社会」を実現させるために立案された。この観点からすれば,自 由社会の保持に貢献する租税原則が優先的な順位を与えられるのは当然の帰 結であろう。つまりサイモンズは,インセンティヴ弱化というロスより,自 由のロスを深刻に評価したのである。この立場は, I I でみた「効率性に先行 して自由の拡大を」とする彼の公共政策論と整合的である,と言わなければ ならない。
(4)
したがってサイモンズにあっては,公平原則と他の原則,とりわけイン センティヴとのコンフリクト関係についての認識は存在したが,そのコンフ リクトを特定のメジャーで測定しようとする問題意識は存在しなかったので ある。いわば公平原則を先行的に確保することを企図した,税制改革論なの である。
N.課税所得概念の提起
1.本節では,サイモンズが公平の指標として著名な
C+I l
W概念を提唱 した根拠の解明を,これまでの整理を基礎に行ないたい。この解明は,公平 の基礎概念として効用を採用することに批判的であった,サイモンズの真意 を明確にし,マスグレイヴらとの基本的な対立点を浮きぼりにするであろう。
2.
さて,彼が
C+I l
W概念を提唱した根拠を問うという場合,次の二つ の論理段階を区別して検討しなければならない。
第一は,公平の指標によって何を把握すべきか,換言すれば,何に関する 公平を租税政策上重視すべきかを理論的に定める段階である。周知のように サイモンズにあっては,包括的所得概念によって,社会の稀少資源に対する 個人の支配権の増加を捉えようとした。つまり彼の場合,資源に対する支配 権の増加についての公平こそ,租税政策上重要と判断したわけである。これ に対しマスグレイヴらは,効用に関する公平を重視したのである。したがっ てわれわれは第一に,サイモンズが資源に対する個人の支配権の増加という タームで公平の内容を規定した根拠を検討しなければならない。
第二の段階は,公平の基本内容を現実の課税ベースとして表わすために,
客観的指標を提起する段階である。サイモンズの場合,もちろん,その指標 として,
C+AWという包括的所得概念を提唱した。したがって,この概念 が資源に対する支配力の増加という,公平の基本内容を的確に示す指標であ るとするサイモンズの根拠を整理しなければならない。彼が客観的指標とし て
C+AW概念を提起したということは,すべての収入が,その源泉・使 途の違いにかかわりなく,資源に対する支配力の増加に貢献するものとして,
また,その収入が同額であれば等しく,支配力の増加に貢献するものとして,
課税ベースを定めたことを意味する。第二段階として,われわれはこの根拠 を整理すべきであろう。
3. (1)
最初に第一の問題,すなわち,サイモンズが「資源に対する支配権 の増加」に関する公平こそ,租税政策上重要であると捉えた理由について整 理しよう。
(i)さて彼の場合,納税者の経済状態を示す基礎的タームとして,
資源ターム(=資源に対する支配権)を採用した。まずこの点の理由を見定 めねばならない。
MusgraveCI976Jや,
FeldsteinCI976Jのように,経済状態を効用タームで表示すべきとする考え方が,最近では有力視されているか らである。サイモンズが「資源に対する支配権」というタームで公平の内容 を規定したのは,それが,納税者が自由を実現するのに必要な経済力を表わ し,資源タームのこの概念を採用することが,彼の水平的公平論や税制によ る再分配論と整合的であるからである。
諸個人が労働者,消費者あるいは企業家として自由な経済的活動を営むに は,個人に経済力が付与されていなければならないが,サイモンズは,その 経済力を「資源に対する支配権」に求めたわけである。「資源に対する支配 権」は,労働・消費・投資など経済活動を自由に行なうための物質的基礎で あるからである。その意味で「支配権」は,諸個人の自由な経済活動の源泉 を示す概念と把握された。
それでは,経済的自由の物質的基礎を示す概念を公平の基礎概念とする考
え方は,彼の公平課税の意義づけと整合的であろうか。彼によると税制によ
る再分配は,
r貢献能力の均等」を徐々にもたらすことが,その目的であっ
た。したがっで再分配のために,諸個人に異なった方式で課税をするのに諸
個人をクラス分けする際,
r貢献能力」の均等を効果的にもたらしうるよう にクラス分けしなければならないであろう。資源に対する支配権は,明らか に貢献能力そのものではないが,後者を作りだす物資的基礎と考えられる。
「貢献能力」を生みだす基礎は,資源であって効用ではないのである。貢献 能力は直接的には教育や職業訓練によって養成されようが,サイモンズの場 合,それらを利用するための物質的基礎を均等化することによって,間接的 に貢献能力の均等をめざしたのである。つまり,再分配の究極的目標と整合 性を保つために,資源タームの公平概念を採用した,と思われる。
またサイモンズは,前述したとおり水平的公平の原則の意義を,民主主義 社会において税制に対する合意を形成する点に求めていた。もっとも彼の場 合,民主主義社会において利害の異なる諸個人が税制に対してどのように合 意を形成していくのか,そのメカニスムを明らかにしているわけではない。
しかし,彼の自由主義思想から導かれることは,民主主義社会において諸個 人は,その権利, とりわけ自由という権利の充足を希求するという点であろ う。事実彼は,権利主体としての個人を「自由人」というタームで呼んでい るのである。したがって,彼の場合,税制に対する合意は経済的権利との連 関で形成されると把握していたと思われる。つまり,権利主体としての個人 は,各人の経済的権利を実現させる条件に何よりも着目するとみていたと判 断されるわけである。このような立場からすれば,サイモンズが「資源、に対 する支配権」というタームで公平の内容を規定するのは当然であろう。「資 源に対する支配権」は,個人の経済的自由という権利を裏づけ,実体化する 物質的条件を示す概念であるからである。
(ii)しかしサイモンズは,公平の 内容を「資源に対する支配権」そのものでなく,
r支配権の増加」という,
いわばフロー概念で提起した。以下,この理由を探らなければならない。諸 個人を経済的に分類する際,資源タームの概念で分類するとしても,それを
「支配権の増加」というフロータームで行なうよりも,
r資源、の支配力」そ のもので分類する方が一見合理的のように思えるからである。にもかかわら ず,サイモンズが公平概念を「支配権の増加」という概念で提起したのは,
人的資産から生ずる資源の支配力をも捕捉しようとしたためである。「資源
に対する支配権」に関する公平を公平原則の基本内容とすると,公平原則を 満たす課税ベースとして,資産が提起されることになろう。ある時点での「資 源に対する支配権」は,資産というストック全体から生ずるからである。し かし,資産税は実際上人的資産を課税対象に含みえない。サイモンズは,こ の段階で税制の実際を考慮に入れて,
r資源に対する支配権の増加」に関す る公平を,公平原則の基本内容としたと考えられる。
(2)
次に第二の問題,すなわち,すべての収入が等しく,資源に対する支配 力の増加に貢献するものとして
C+L l
Wという課税ベースの提起を行なっ た理由を探ろう。
(i)まず確認しておきたいのは,サイモンズも常にすべて の収入が,しかも同額であれば等しく,資源に対する支配力の増加に貢献す る,と理論的に考えてはいなかったという点である。もちろん,彼は基本的 には貯蓄=資産価値の増大も資源に対する請求権の増加をもたらすと考え,
それと消費とを区別する必要がないと捉えていた。しかし同時に「資源に対 する支配力の増大」という公平の内容を ,
C+L l
Wという指標で示すこと の限界をも認識していたと思われる。「理想的な課税ベースを実際上,定義 し確立するのは不可能である」と述べ,彼自らの課税所得概念の問題点とし て,たとえばインフレ時の名目ゲイン発生の問題などを指摘したのである。
(ii)
したがってわれわれが問うべきことは,サイモンズが上述のような限界 を認識しながら,各納税者を経済的クラスに分類するために経済的クラスを 定義する際に ,
C+L l
Wという指標を提起した根拠の解明である。この点 の理由は,課税ベースを定める段階においては,各収入の源泉・使途の違い に応じて「厳格に
J,資源に対する支配力の増加に対する貢献度を考慮する 方式よりも ,
C+L l
Wという形で一括する方式の方が,実質的により公平 性が保て,しかも納税者の合意形成が容易であると判断されたからである。
源泉・使途の異なる各収入が,どの程度「資源に対する支配権の増加」に貢 献するかについての,明確な基準が存在するわけではない。このように理論 的にあいまいな状況の下で,各収入の属性に応じて課税上の扱いを変える「分
1) Simons0938J, p.30.
離課税」方式を採用しようとすると,怒意性は免れえないであろう。この怒 意性は,彼が重視した「政府の堕落」という状況下では一層強まる。収入の 属性に応じて課税上の扱いを変えるという複雑なルール方式は,政府により 幅広い裁量権を与えるからである。このような場合,
i分離課税」方式は,
政府とのゆ着が可能な特定階層にとって有利な税制に結実してしまう危険性 が大きい。これに対してサイモンズの方式は,課税ベースを定める段階にお いては各収入を一切区別しないから,区別にともなう上述の恋意性は免れる。
この段階での政府の裁量権も制限されている。いわば簡明なルール方式の提 唱に他ならない。この方式の限界については,
i課税ベースを定義する段階」
ではなく,必要な限りで他の段階,たとえば課税最低限や税率構造を定める 段階で調整すべきである‑これがサイモンズの趣旨であったと思われる。
さらに上述の措置は,彼の水平的公平の原則の意義づけについての所説を 反映していると考えられる。彼によれば水平的公平の原則の意義は,納税者 聞の税制に対する合意を形成し,税制を民主主義社会において確立・安定さ せる点に求められた。この立場からすれば,資源の支配力の増加を表わす課 税ベースとして,合意の形成がより容易な課税ベースの採用が望まれよう,
各収入が,資源の支配力の増加に対して貢献する度合の違いに基いて課税上 区別しようとしても,利害の錯綜した社会においては「貢献度の違い」に関 して合意を形成することはきわめて困難であろう。「貢献度」の違いが客観 的に確定しているわけではないからである。サイモンズは,この方式よりど んな収入であれ 1ドルは 1ドルとカウントする方が,すなわち「貢献度」を 客観的な市場の評価に委ねる方が,民主主義社会において合意の形成が容易 であろうと考えたのである。
4.
以上の立場からすれば,サイモンズが効用を公平の基礎概念とすること に批判的であったのは,ある意味で必然的であったと言える。以下,この点 を要約的に示して本節を終えよう。
第一に,効用は一面において「資源に対する支配権」から生ずる結果を示
す概念にすぎなし、からである。それは「貢献能力」を生み出す基礎条件その
ものを示しえないし,また,経済的自由を実現する物質的条件を示す概念で
もない。つまりサイモンズの水平的公平論や税制による再分配論と整合的な 関係を保ちえない基礎概念なのである。
第二に,主観的に多様な効用を公平の基礎概念とすると,公平原則を満た す課税ベースに関して,納税者間での合意形成が容易で,簡明なルールが得 られないからである。「課税前に同ーの厚生水準にある二個人は,課税後も 同ーの厚生水準に保つべし」とする水平的公平の原則のみを満たす課税ベー スに関してさえ,ルールは複雑化する。各納税者の選好パターンを税制に反 映させなければならないからである。たとえば,課税前に
A,
Bが同ーの厚 生水準にあるとして,
Aは財の消費をレジャーよりも重視し,
Bはその逆と しよう。効用タームの水平的公平を保つには,
Bの賃金に対して相対的に重 く課税することが必要であろう。つまり,選好が異なる個人について,当該 課税ベースに対して異なった税率パターンを適用しなければならないのであ る。ところが,このような税制は,到底納税者の合意点得られないであろう。
むしろ,納税者は同一賃金額については等しい税率を課すことを,税制が満 たすべき最低要件と判断しているとみるべきである。つまり,効用を公平の 基礎概念とする考え方は,個人の選好を税制に反映させることを求めるため に,オペレーショナルで合意の得られる指標の提起を困難にするのである。
V.含意ー結びに代えて
1.以上われわれは,租税諸原則聞における順序づけや理想的課税ベースに
関するサイモンズの所説を,彼の自由主義思想と関連させながら整理してき
た。この所説にはさらに検討を要する問題点が多々存在するであろう。たと
えばさしあたり,納税者が「等しい経済環境にある者に同様の課税」という
抽象的な意味の水平的公平の原則に仮に同意するとしても,彼が提起する「同
ーの
C+AWを持つ者は,同一の課税」という,
C+AWベースの水平的公
平原則に同意を示すかどうか,あるいは,彼が強調する「政府の堕落」が存
在するもとで,彼の唱える所得税改革が政治的支持をどのように獲得しうる
のか,などの問題が提起されよう。しかし,本節では紙幅の関係から,こ
れらサイモンズの所説の問題点よりも,その積極的側面に光をあてて,彼の 所説が現代の規範的租税論に対して有すると思われる合意をとりまとめて,
本稿の結びに代えることにしたい。
2. (1)
まず第一の含意は,租税諸原則間の順序づけの問題に関連する。サ イモンズの場合,水平的公平と再分配の二つから成る公平課税の原則を最重 視した。それは,税制の確立及び「貢献能力」の均等化による市場機構の保 持が肝要であると評価されたからである。つまり,市場機構,税制,ひいて は自由社会の保全そのものにとって,公平原則が重大な意義をもち,だから こそ他の原則より重視すべきであると評価されたのであった。
このような所説は,たとえ公平課税の原則が他の原則,たとえば,効率性 の原則とコンフリクト関係になったとしても,前者を相対的に重視すべきと する一つの根拠を示唆しているといえよう。マスグレイヴやステイグリッツ らは,効率性原則と公平原則とのトレード・オフを認め,それを社会的効用 という統一的基準で評価しようとした。サイモンズはこれら社会的効用アプ ローチとは対照的に税制判断の究極的基準は税制の確立,市場機構の保全,
ひいては自由社会の保全であることを示唆し,その観点から租税諸原則のな かで公平原則を相対的に重視するという立場をとったのである。つまりサイ モンズの所説は,租税諸原則間の順序づけに関して,辞書的順序づけの可能 性を示唆しているのである。
(2)
第二の合意は,サイモンズが「資源の支配権の増加
Jという公平概念や,
包括的所得という課税ベースの提唱に際してとった方法にかかわる。彼の場 合,公平概念にしろ,課税ベースの提唱にしろ,彼による公平原則の意義づ けと論理的整合性を保つような形で提唱された。つまり,公平原則の意義に 対する彼自身の思想に基いて,公平概念などが提起されたのである。たとえ ば資源タームの公平概念を提起したのは,それが貢献能力の均等という再分 配の理念的目標と合致するからであった。
ところがペックマンら現代の包括的所得税論者にあっては,サイモンズの
ような公平原則の意義に関する理論を欠いたまま,公平概念や理想的課税
ベースの提唱がなされた。ともすれば,それらは支払能力の定義ないしは概
念規定の問題として論じられたのである。支払能力に応じた課税という原則 が,能力説の名のもとに,当然遵守されるべき原則として扱われたのである。
その結果,たとえばマスク レイヴの言うように,
i包括的所得税論者は包括 的所得を公平の指標とすることを当然視している」との批判を生み, しかも,
その批判に対して有効な回答を用意できなかったのである。サイモンズの所 説は,効用タームでなく,なぜ資源タームで公平概念を規定するのか,そし てなぜ包括的所得を理想的課税ベースとするのか,について一つの根拠を提 示しており,このことを通じて,公平概念や公平の指標を提起する際,その 思想的根拠を提示するものとしての,公平原則の意義づけの重要性を示唆し ているといえよう。
(3)
最後の合意は,サイモンズの規範的租税論全体を貫く基本的性格に関連 する。サイモンズの所説は,簡潔に表現すれば自由主義で貫かれた租税論で ある。納税者の自由を保障・拡大することによって税制,市場機構ひいては 自由社会の保持を目指すものであった。いいかえれば,自由という権利を権 利として認定することによって,自由社会の発展を期することにあった。
このような彼のアプローチは,マスグレイヴやスティグリッツらの社会的 効用アプローチと著しい対照をなしている。彼らにあっては水平的公平や再 分配は,社会的効用を増大させる限りにおいて重視された。事実スティグリ
ッツは,マスグレイヴと異なり,水平的公平一一効用タームのそれーは,
再分配と異なって社会厚生上意味がないとして,税制デザインの主要基準と して位置づけていない。いわば彼らは権利を権利として認定するのではなく,
社会的効用の増大するかぎりにおいて権利として認定しようとしているわけ である。つまり彼らは,事実上,社会的効用の最大化によって自由社会の発 展をめざしたわけである。
したがってサイモンズの所説は,自由社会の発展を期すための規範的租税 論として,効用主義とは異なる権利論的な所説が存在しうることを示唆して いるといえよう。すなわち,自由社会を発展させるうえで,社会的効用の最
1) Musgrave