木 場 猛 夫
序
「われわれの時代は真に批判の時代であり、一切のものが批判を受けねばならない。と ころが一般に宗教はその神聖によって、また立法はその尊厳によって批判を免れようとす る。だがしかし……」(1)(Kd.r.V;A.S』1)。カントの時代と同じく現代も批判の時代であ る。単なる権威によって批判を免れようとすると却って疑惑を招く。宗教や立法のみなら ず学問も人間自体も批判から免れることは出来ない。ところで一般に「批判」とは批評し 判定することとされている。批評は人間や人間の所産を対象とする場合が多く、したがっ て人柄、人物、判断、行為、態度、能力、作品等に対する評価を意味し、その正当性や妥 当性が問われる。この批評に対し、批判は同一の対象についても、どちらかといえば是非 の非を指摘する否定的ニュアンスが強い。
さてカントの「批判」も広くは理性による客観的評価も意味している。「理性は、その 自由で公然たる吟味に耐え得たものにのみ真正な尊敬を認める」(ibid.)。しかしこれに 尽きるものではない。カント自身のことばを聴こう。「私がここで言う批判は、書物や体 系の批判ではなくて、理性が一切の経験にかかわりなく追求することのできるあらゆる認 識に関しての理性能カー般の批判を意味する。したがってこの批判は、形而上学一般の可 能・不可能の決定、この学の源泉、範囲および限界の規定を、しかもそれらをすべて原理 に基づいて行うことを意味する」(AVorrede.皿)。カントの批判は理性の認識論的自 己批判と、それを通して形而上学を基礎づけ、さらにその限界を規定することである。こ れはカントが自らに課した歴史的哲学の課題でもあった。カントは18世紀の啓蒙時代を生 き抜き、それを完成すると同時に克服し②19世紀への哲学の道を開いたといわれる。啓蒙 思想は自然の面すなわち人間の理性に照らして、宗教的偏見、封建的旧習、社会的不平等
さらに政治的矛盾を批判し、民衆の無知蒙昧を啓発して人間を解放しようとした。この啓 蒙の合理的精神は、社会的政治的な改革をもたらし、特に自然科学の発達と共に、科学的 理性が無制限の権能をもつという科学万能、知識偏重の風潮を醸成したのである。そこで カントは知識や学問を成り立たせている人間の理性そのものに鋭く着目し、その能力の権 能と限界を吟味する。啓蒙は理性による時代批判であったが、カントは批判の主体である 理性そのものを理性によって批判する。この理性の自己批判がカントの批判である。それ は「理性のあらゆる仕事のうちで最も困難な仕事である自己認識 Selbsterkenntinis」
(A.】①である。
さてこの理性の自己認識が所謂批判哲学のすべてを構成ずる。それは体系に対しては予
備学であり、したがってその上に形而上学が展開される。その中で一体如何なる観点が現
代に生きるわれわれにとって意義をもち得るか、すなわちカントの理性批判の現代的意義
は何か、これが本稿の問題である。そこでこの問題意識の下に、その限りにおいてカント
の批判的精神を具体的に展開させ、しかも現代的意義をもつものとして、私は次の諸点を あげたいと思う。
1.根本前提への権利的問い 2.対立の中道
3.人間の有限性と尊厳の自覚 4.目的の国と永遠平和
これらの観点は、本論において自ずと明らかになるであろうように、カントの批判の本質 をなすと同時に、今日われわれの生き方、社会のあり方の指標となり得るものと考える。
以下具体的に、私なりの解釈と意見を述べ、ご批判を戴きたいと思う。
1.根本前提への権利的問い
カントの批判の根本的特徴は、従来の哲学が認識の事実問題quid factiに止まったの に対し、認識の権利問題quid jurisと取り組んだ点にある。すなわち英国経験論と大 陸合理論が認識論的論争を展開し乍ら、しかし共に人間が認識しうるという事実には何ら 疑問を懐かず、そのことを自明の理として前提していた。いいかえれば如何にしてわれ われの認識は可能であるかは問われていない。この意味で経験論も合理論も共に無批判的 unkr itischであった。そのため経験論は懐疑論に、合理論は独断論に陥ってしまった。そ こで認識の事実に止まらず、如何にしてそれが可能であるかという権利・権能を問い、なお それの基礎づけGrundlegImgを行うのが「批判」(3)であり、その方法が「批判的方法」
である。それは「超越論的方法」ともいわれる。この批判的方法の特色は「超越的tra・
nszendent」と「超越論的」transzendentalの相違を明らかにすることによって浮 彫りにされる。 「超越的」は経験を超越しているのに対し、「超越論的」とは「対象
にではなく、寧ろ対象をそもそもわれわれが認識する仕方(この仕方が先天的に可能な限 り)にか・わる認識」 (B.25)である。従来当然のこと・して予想され信じられていた 認識の可能に対し、カントはその可能性そのものを問い、如何にして学的認識、普遍妥当 性をもつ先天的認識は可能であるかという根本問題を立て、しかもそれを「われわれが物 をアプリオリに認識するのは、われわれがこれらの物のなかへ自分で投入するlegenと ころのものである、という思考の変革された方法die veranderte Methode der Den−
kungsart」(B.XV III)によって解決する。この方法は自然科学者に範を仰いだもので、
その主旨は「実験によって確証され、もしくは否定されるところのものにおいて純粋理性 の諸要素を探し求めるところにある」 (ibid.)。この「考え方の変革Revolution」 (B.
XVI)により、存在が認識を可能にするのではなく、認識が対象を可能にするという「コ ペルニクス的転回」を遂行したのである。
この自明の根本前提への権利的問いかけという批判を現代に向けかえると、今日われわ
れが自明のものとして生活の主義として前提している民主主義への問いかけ、権能の再検
討ということになると思う。一般に今日では民主的ということが日常の社会生活や政治や
国際関係でも行動の基準として絶対的に信奉されている。ところが民主主義と民主化の名
の下に保守と革新の争いがあり、時に暴力が正当化され、国際的には現実に戦争が起って
いる。このような問題は民主主義の理念としての自由と平等の概念把握、権能的検察の不
徹底から生じてくるのではなかろうか。さて自由ということばはあちゆる束縛からの解
放という直接的意味があり、その限り排他的で個人主義的である。しかしか・る個的自由 は個々人の間で衝突するから、より高次の社会的段階で調整される必要が出てくる。これ を歴史的にみると、アトム的、個人主義的人間観と、その相互の予定調和的社会観は17・
8世紀的把握であるが、しかしそれは個人的集団的エゴが存在する限り依然として根深く 残存し自ら自由を阻害するものである。これは個を個として存在可能とする人倫態の自覚
と、入倫態の原理としての共同体的社会的自由によって漸次克服さるべきであろう。この 19世紀的自由に対し、さらに歴史的要因が加わることにより個人・社会・国家の特殊性が 全体の中で生かされるという個吐血の中で20世紀的自由概念となり得ると思われる。その 具体化のためには、個の自立と自律を前提にし、しかも平等の概念が社会的要素、共同体 的調整の意味で裏付けられる必要がある。この自由平等の調整の理念は、先ず一部の力を 全体的社会組織・国家制度・国際機構に移しかえることから実現の一歩がはじまるのでは なかろうか。
このことの基本はカントの自由論に求められる。カントは個々人の主観的意志を執意 Willk廿rとし、その選択性・随意性・恣意性を認めながら結局は自我に執着する意志とし て、これらの性格を「自由」として定義していない。そしてこれに対する普遍的純粋意志に 対してだけ、消極的には外的支配からの「独立的自由」と、積極的には自己自身普遍的立 法を自らに課し、それによって自己を律するという、この「自己立法すなわち自律の自由」
を認めている。人間はこの自由の主体として人格たり得る。従って「人格とは、行為の責 任を負うことの出来る主体である」(M.d.S,S.223)。責任を回避し義務を放棄しながら自由 や権利を主張することが自己矛盾であることは言う迄もない。現代もしばしば指摘され乍 ら依然凶冷の利己的恣意性が自由とされる傾向は強い。ここにカントの普遍的法則による 自律の自由が平等の概念の裏づけによって社会的共同体的自由として再確認されねばなら ない。そして単に各個人の自覚に止めず、個を律する普遍性が、いわば原罪に由来する釣 的或いは集団的エゴイズムに対して立法化され機構化され、高次の統制力をもつ必要がある と考える。カントの「目的の国」や「永遠の平和の為に」はその具体的展開であるが、と もあれ自由も平等も単にわれわれが現に自由であり平等であるというより、自由であるべ く、又平等であるべく、個的社会的両面に努力すべき指標としての理念であり、カント的 にいえば構成的原理ではなく、あくまで統制的原理であることが自覚さるべきであると思
う。
2.対立の中道
カント哲学は英国経験論と大陸合理論の総合であるといわれる。しかしこの総合は相対 立する両学説の単なる折衷や妥協を意味するものではなく、「真の中道der wahre Mi−
ttelweg」(Prolegomena.§58. S.360)を目指すものである。「理性批判は、ヒュー ムが攻撃した独断論と、ヒュームが独断論に対して唱導した懐疑論との真の中道を指示す るものである。中道といっても、いわばわれわれが機械的に(いくらかを一方からとり、
またいくらかを他方からとって)勝手に定めるだけで、それによって何人も一層好ましい
道を教えられることのない通例の中道のようなものではなくて、われわれが原理に従って
厳密に規定することが出来るものである」 (ibid.)。さて経験論と合理論の争点は、認識
の起源と妥当範囲に関し、そのため認識能力としての感性と悟性の価値評価及び帰納法と
演繹法が問題とされている。これに対しカントは夫々の限界を規定すると同時に夫々を生 かしている。 「われわれの認識はすべて経験と共に始まる。しかしだからといってわれわ れの認識が必ずしもすべて経験から生じるのではない」(B.1)。「つまり人間の認識に は二つの幹がある。恐らくこれらの根幹は、共通ではあるがしかしわれわれには知られな い唯一の根から生じたものであろう。この二つの根幹は感性と悟性である。そして感性に よってわれわれに対象が与えられ、また悟性によってこの対象が考えられる」(B.29)。
カントは経験論から感性を、合理論から悟性をとり、それぞれ受容性と自発性のア・プリ オリな形式を明らかにして必然性と普遍性をもつ学的認識を基礎づけた。これは経験論と 合理論の単なる平面的折衷ではなく、立体的構成である。従ってカントの中道は、いわば 独断論Aと懐疑論B両極端を結ぶ線分ABの中間点Mを意味するものではなく、寧ろAB の中間点Mを通りABに垂直線上に位置する頂点、すなわち対立を超越する高次元におけ る両者の綜合である。これはアリストテレスが中mes otesを頂極akrotesとして特徴 づけ、それを両極の中間としての「凡庸」でなく、中間の内在を中心として垂直に超越す
る「中庸」としたのと軌を一にすると思う。ω
さて今日は対立の時代である。対立抗争する意見や所説に対して、存在論的次元を超越 して価値論的次元においてその頂極を目指すことにより、対立闘争に止まることなく、と いって単に妥協と折衷に堕することなく、相互否定による接点を見出すことは今日強く要 求されるところである。この対立は単なる調停でも又闘争でも解決し得ない。しかし対立 しているということ自体、一つの共通性を前提どしている証拠であろう。従って先ずこの 共通性を相互に確認することが必要となろう。カントは既に23才のケ一夏ヒスベルク 大学に提出した卒業論『活力の真の測定についての考え』においても「私が真理探求の際 に常に用いている考え方」として次の様に述べている。「すぐれた知性をもった人々が…
…互いに全く相反する意見を主張する場合には、両派の或程度の正しさを認めるような中間 命題Mittels atzに最大の注意を向けることが蓋然性の論理に叶うことである」(1. S.
20)。この中間命題が直ちに「中道」に当るかは問題があるが、しかし真理探求の姿勢 そのものは一貫しているといえる。次に相互に自己の限界を知ることが必要であろう。もと 批判は自己認識であり自己の限界を知ることであった。批判が人間理性を基準とする限り
その有限性が必然的に自覚されねばならない。然るに今日は批判は非難となり、その基準
である自己が絶対化される場合が非常に多い。自己は絶対、非は必ず対者にあるとするい
わば自我絶対論者には中道はない。それは自己の不動の信念の表明であろうが、相手も同
じ確信をもつとすれば両者一歩も譲らず対立は硬直し事は進行しないのみならず、あげく
の果ては力で決着をつけることになりかねない。しかし力の行使は理性の挫折であり、さ
らに暴力を肯定し正当化することになれば、それ自体理性の自己否定に他ならない。一つ
のイデオロギーに凝り固まった紅毛な一部学生にこの傾向は今なお顕著にみられる。カン
トの批判は自己の権限すなわち権能とその限界を知ることであった。さらにカントは現象
界と叡知界を峻別したが、これは現象界に「絶対」をもちこむ理論理性の越権への警告で
あると解釈される。自我絶対論は一種の信仰であり、それは更に狂信ヘエスカレートする
危険性を孕んでいる。カントは現象界に無制約的絶対者の存在は認めない。そうなると対
立の中道は、共通の中間項の相互確認、有限性の自覚を経て普遍性へ共に高揚するための
相互否定以外にないのではなかろうか。
3.人間の有限性と尊厳の自覚
ヵシトの批判主義はあくまでも人間の立場に立っている。認識論的にみると、人間の認 識には感性と悟性の二つの幹があり、感性(受容性)によって対象が与えられ、悟性(自 発性)によって対象が考えられる。対象は先ず人間に与えられねばならない。人間が存在
を産出することは出来ない。ここに人間の有限性がある。しかし人間は単に対象に服従す るのでなく、時間空間や範疇等の先天的形式によって自ら認識を構成する。すなわち存在 が認識を可能にするのではなく、認識が対象を可能にする(コペルニクスの転回)(B.
XXILA㎜1.)。ここにいわば人間の認識論的尊厳があるといえよう。実践的には、カント は人間を感性によって常に触発される理性的存在者としてとちえている。従って道徳法則 は人間に対して常に義務の形をとり、自由は道徳法則を介してのみ認識され、知的直観は もち得ない。ここに人間の有限性がある。しかし人間は自由の主体として自らに普遍的法 則を課すという自己立法と、その法則によって自らを律するという自律をもつ。ここにい わば入間の実践的尊厳がある。 「自律が人間及びあらゆる理性的存在者の尊厳の根拠であ る」 (Grundl. S。436)。人間はこの自由のために責任の主体となり人格とよばれる。
そして自由(人格性)によって叡知界の一員となり得る限り、物の相対的価値に対して内 的絶対的価値すなわち尊厳をもつのである。以上要するに、批判は人間の有限性と尊厳を 自覚させる。
では一見矛盾するかにみえる有限性と尊厳の統一的主体として人間は如何に生きるべき か、それは人間尊重を基本とする民主主義の下に生きるわれわれの生き方そのものの問題
である。
人間の尊厳と有限性の自覚を実践的にみると、人間としての誇りをもっと同時に謙虚さを もっこととなろう。それは自己過信でもなくまた自己卑下でもない。又両者の単なる折衷でも なく、これちの中道として誇りと謙虚さ塗もった生き方である。先ず人間として誇りをもつ 生き方についてみると、カントの「名誉心honestas interna.」と「名誉欲ambitio」の 区別が注目される(M.d.S,S.420)。名誉心とは「内的尊厳」と「公正なる自己評価」を 意味している。自己は単なる物でも動物でもなく、責任能力をもつ人格として尊厳をもつ ことの自覚と誇りであり、それに価すべく自己を評価し律してゆくことである。これに対 し名誉欲は他人の上に出ようとする欲求であり、そのために自己の尊厳や品位を犠牲にし ても厭わぬものである。今日一般には「名誉のために」というと直ちに吃誉欲のために」
という意味に受けとられ、動機の不純や封建的残品、さらには単に外的形式的体面を感じ させる。そのため名誉心としての人間の誇りはこの名誉欲と取り違えられてかげを薄くし ている。しかし今日程、人間の主体的自覚としてカントのいう名誉心すなわち人間として の誇り、公正なる自己評価が要求されるときはないのではないか。名誉心と名誉欲は峻別 されねばならない。これと全く同一の意味においてカントは「於持animus elatus(ほこ り)」と「高慢superbia」とを厳密に画別している(M.nS, S.465)。於持は名誉心で あり「他人との比較において自己の人間の尊厳をいささかも失うまいとする用心である」
(ibid.)。ここには人間の高貴性がある。これに対し高慢は常に人の上に出ようとする傾
向性で一種の名誉欲である。それは自分との比較において他人に低い評価を要求する。す
なわち、名誉欲のある者が追随者を得て、これに対して軽蔑的に振舞う権利があると思っ
ているようなものである。カントはいう。「高慢な者は何時でも心底において卑劣なものであ
る」 (ibid. S.466)。
次に謙虚或は謙遜についてはこれと卑屈との区別が注目される。謙遜は「〔道徳〕法則 と比較して自己の道徳的価値が微々たることの意識及び感情」 (ibid. s.435)である。
謙遜は内に自らの尊厳の意識を堅持し乍ら、しかも自らの有限性の自覚をもっている。こ の謙遜と似て非なるものが卑屈である。卑屈はへりくだりの形をとり乍ら実は偽りの謙遜 である。というのは卑屈は「他の寵愛を得ようとして他に追従しながら奴隷のように振舞 う(ar㎞o servili)奴隷的な心」 (ibid.)だからである。卑屈は自己自身の道徳的価値へ のあらゆる要求を断念し自己の品位を拒んでいる。要するに卑屈は嘘の謙遜で、単に他人 の寵愛を得るための手段として考えられた自己自身の道徳的価値の引下げであり偽善と追 従に他ならない。
以上人間の尊厳と有限性の二つの観点から人間の生き方の基本的姿勢をみてきたが、元 来カントの人間の尊厳にふさわしい生き方は、自他への義務論として展開されている。自己
自身の尊厳を否定し殿損する義務違反は、身体的には「自殺」、「情欲的自己殿宇」、「飲食 物または栄養物の使用における不節制による自己麻酔」、精神的には「虚言」、「貧欲」、「卑 屈」である。他人に対しては愛の義務として「親切」「感謝」「同情」の徳、敬の義務違反と して「高慢」、「陰口」、「侮蔑」の悪徳があげられている。これらの中で「自殺」につい てふれておきたい。我が国では今日でも依然生命軽視の風潮があるからである。家庭の不 和や窮乏からいたいけな子供たちを道づれにする一家心中等が最近また増えている。交通 事故による死傷も自己にとっては一種の自殺であり他人に対しては殺人である。さてカン トによると「故意に自己の生命を断つことは、先ずそれが一般に犯罪であると謹明され得 る場合にだけ、自殺homicidium dolosumとよばれ得る」(ibid. S.422)。カントは 端的に言う。「自殺は犯罪(殺人)である」(ibid.)。自己という人間を殺すことだからで ある。『倫理学講義』によると「自殺はどんな条件のもとでも許されない。自己の人格の うちなる人間性は不可侵なものである。人間性はわれわれに委託された神聖なものである。
人間は一切を己に従属せしめ得るが、ただ自己自身にだけは手を下してはならない。……
人間が処置し得るものは物件でなければならない。……しかし人間は物件でも畜生でもな い。したがって人間が己れを処置するならば自己を畜生の価値に引き下げることになる」
(Eine Vorlesung Kants aber Ethik, Paul Menzer, S.189f.)。自殺は尊厳をもつ 自己存在の全的否定である。現代では一般的には、自分は自分でどのように処置しようと 他人には迷惑を及ぼさない限り自分の勝手であると受けとられているが、カントによると
「人間は自己自身の所有物ではない。人間が自己自身の所有物であるこζは自己矛盾であ る。なぜなら人間は人格である限り主体であり、この主体は他の物を所有する権利をもち 得るが、もしも人間が人間自身の所有物であるとすれば物件となってしまうからである」
(ibid. s.207)。自殺は自己自身に対する暴力である。しかしカントは単に生きのびる ことを主張しているのではない。「世界には生命よりも遙かに重要なものがたくさんある
…… ケ徳i生を喪失するよりは生命を犠牲にする方がよい。生きるることは必須ではないが、
生きる限り尊敬に値するようehrenwertに生きることが必須である。もはや尊敬に値す るように生き得なくなった人は、もうこれ以上は全く生きるに値しない人である」(ibid.
S.190)。カントにとって生きるとは単に「動物的生命 tierisches Leben」を引き
延ばすことではなく「道徳的生命㎜ralisches Leben」を生きることなのである。人間
の誇りはカントにとって前批判期から一貫していた。「私の誇りはただこれだけ、つまり 私が入間であるということだけである」(XXS.47)。
要するにカントの批判の実践的意義は、先ず人間の尊厳に価するように自己を批判し、
自らの普遍的理性法則で恣意的自己を律してゆく生き方を教示している。そして自由の主 体としての誇りと人間の有限性への謙虚さとの自覚が同時に他の人格への愛と敬となる。
すべての義務は自他の人格を決して単に手段として取り扱わず同時に目的として扱うとい う「人格目的の原理」から由来するのである。このカントのヒューマニズムの倫理は18 世紀の市民社会の道徳であり、個人主義的人間観を脱し切ってはいないが、民主主義実現 の基本的道徳、人間自体の生き方を教示するものとして十分意義をもつものと考える。
4.目的の国と永遠平和
カントの批判的精神は人格の尊厳を自律の自由によって基礎づけ、これを人格目的の原 理として法式化した。さらにこの原理を共同態的法則として目的の国と永遠平和の構想を 展開する。カントによると国とは「客観的な共同態的諸法則による理性的存在者の体系的 結合」(Grund1. S.433)であり、この法則とは「いかなる理性的存在者も必ず自己自 身及び他のすべての理性的存在者を決して単に手段としてではなく、常に同時にそれ自身 における目的として取扱うべし」と命ずる。この法則は目的及び手段としてのこれら存在 者の相互関係を意図するものであるから、この国を「目的の国」と呼んでよい。この目的 の国は二つの点にその実践的意義をもっている。一つはこの国においては各人は成員であ ると同時に元首である。それは理性的存在者が自ら普遍的法則を与えると同時にそれに服 従せしめられるからである。いわば自己立法と自己服従(自律)が目的の国を可能にする。
今一つは「目的の国においては、すべてのものは価格Preisをもつか、尊厳W負rdeを もつかである。物件が価格をもち他の物と交換し得る相対的価値しかもたないのに対し、
理性的存在者は人格として他の何物とも取りかえのきかない内的絶対的価値をもつ。この 各人の自律を根拠として可能な目的の国は、民主主義社会の理想を理論づけているといえ よう。マールブルク学派の始祖コーヘンは「〔人格目的の原理において〕定言命法の最深 の、最強の意義が語られる。それは近代の又世界歴史のあらゆる未来の道徳的プログラム を含む」(5)とまでいってここに「社会主義の理念」を看取している。この様に言い切るに は,未だカントには18世紀の近代市民社会の個人主義的人間観の色調が強すぎる点もある。
すなわちカントは「理性的存在者の世界(叡知界mundus intelligibilis)が目的の国とし て可能になる」(IV. S.438)としたため、折角手段的目的的「理性的存在者相互の関係」
や価値と尊厳の両契機をふくむ現実の社会的共同体的要素をもち乍ら、つまりは各個人 の胸中に内在する「ただ理想にすぎない」(ibid.)超個別的世界の色調を残してしまった
(6)。しかしここには技術革新による機械化や組織の巨大化の中で深刻になってゆく人 間の自己疎外に対する克服の契機と方向がふくまれているのではなかろうか。カント を社会主義者とみるコーヘンの解釈はこの発展の方向を目指すものといえるからであ
る。