202 熱帯医学 第11巻 第4号 202―211京, 1970年2月
長崎県諌早地区におけるレプトスピラ病の潜在
馬場宇一郎
長崎大学医学部細菌学教室(主任:青木義勇教授) 健康保険諌早病院(院長:山崎善陽博士〕
(Received for publication December 27, 1969)
Leptospirosis as an Endemic Disease in Isahaya Area, Nagasaki Prefecture, with Special Reference to the Existence of
Subclinical Infection
U-ichiro BABA
Department of Bacteriology, Nagasaki University School of Medicine (Director : Prof. Yoshio AOKI)
and
K
enkohoken Isahava Hospital (Director : Dr. Zenyo YAMASAKI)
Abstract
I
n Nagasaki Prefecture, Hasami district had been regarded long as the main endemical focus of the disease. The affairs, however, have changed in the last twenty or thirty years, and it is presumable by this clinical and sero-epidemiological study that the disease has been distributed moredensely in the coastal area of Isahaya Bay than in Hasami. Among 66 cases that carry a history of fever, jaundice and the characteristic ophthalmological sequelae if not all, 16(24.3%) were found positive by agglutination-lysis tests using six leptospira type cultures at the serum dilution of 1:80 or higher. They were divided as follows: 8 to L. hebdomadis, 5 to L. australis A, 2 to L. autumnalis, and one each to L.
icterohaemorrhagiae and L. pyrogenes. On the other hand, there could be detected 15(5.0%) serological positive cases among 303 cases of both patients of
特別寄稿 昭手口44年11月27日第24回目本伝染病学会西日本地方会総会発表〔位たr―〓目iの
長崎県諌早地区におレゾ下る立ピラ4ととi―のの掴在 203
other diseases and healthy bodies. The type distribution in this group, that is, 7 L. hebdomadis, 3 L. autumnalis, two each L. australis A and L. pyrogenes, and one L. icterohaemorrhagiae, was alike on the whole to that in the mentioned patient group with the anamnesis. On the basis of this resemblance, together with a close relationship in geographical distribution of L. hebdomadis‑positive cases between the two groups, the author proposes an opinion that the positive sero‑reaction in the latter group is attributable to subclinical infection due to any leptospira type at one time.
緒 言
長崎県下のレナトスピラ病とLて最も知られている のほ東彼杵郡波佐見地方におけるいわゆる波佐見熱で, これについては既にかずかずの報告がなされている1) 3)11の12)13且4〕20} 県IF.ののそのの他のの地域についてほ 小鳥屠13)後藤,吉田6)の全域調査と,操ら15のの特 に西彼杵郡高浜村での発生報告があるが,箆藤,吉田 がこれらに自己の調査の結果をも加えて概観したとこ
ろによると6の,少なくとも日7輔口27年の時々立でほ,やは り波佐見地方が最多の発生地ということになっている.
ほかに,原著とLてほ発表されていないが青木3のによ る簡単な調査報告がある.これは昭和21年に当時の崎 七病研究所病理部によLく7て,離島と北め南部を除く県 Tの年JN果:医師そのの他に対Lて川合せと ‑flsののγくた地.減産γ二 よって行なれ,のれたたものので,戦争中からそのの霧こか立―8ナて 北高来郡小長井地区と西彼杵耶lん自伝方―l&―J‑に若―下の発生 があったことが報告された.
長崎県と佐賀県ことにその境界地区は地勢とLて特 に区別ができず.波佐囲こめ十る小鳥居の既に明治年 代からの本病‑の留意に呼応するように,佐賀県でも 杵島郡下における類似疾患、の存在が報告されていたが, 上記青木らの調蛋は立生教室のの田中17カニよる佐賀県下 にめナる系統的な調査研究にまで発展し,前記後藤,
――r率田のの凋落こ加えて昭和27年頃までのの両県下にめ十る 本病の分布はかなり明瞭に知られている.
その霧は長崎県下における本病の分布調蛋は中絶L, 昭和35年に至るまでは風土病研究所臨蛋祁および溝自 Ij]科によって近隣地―方22の23)や動物のの保菌2認24)につ いて凋杏研究が行なわれているに過ぎない.二のこと は別なi:―見方からするとに 披こ1‑,見地方をも含め長崎県下 に本病と思われるヰのののの発上が少なかったと考えてよ いと思う.
当教室では阿軌 内治―画一教授以来,波佐見熱その他 レプトスピラ病に々のいてのの研究がひるのく行なっれっのれたてい
たが. ―上記留―下の研究以来二れたまたどj」拒Lい レフ―トガが ピラ自体に関する若干の研究がこれに代っていた.ど かるに一 昭和38年と4℃年それっLぞれ1例ののWeil民病が 長崎市内で発生10)18)その検査が依宿されたことか ら再び本病に関心が高ま〜バていたところ, 40年12月北 高来郡町立高来病院から相ついで2件の検査依転があ り,血清反応で1例ほWeil氏病, 1例ほL9 australis A感染との判定を得た.そLて以上4例の感染源とど てすべて汚水が考慮されること,およぴ4例の病原体 型かいゝ L. icterohaemorrhagiae 3例と L. australis
Aという,波佐見熱田釆の経験とどてほ疫学的にも病 Jが♀立ItI伽こも異色をもがのもののであったこともあがのて,輿(―白L立::
とLてそののEfjのL々7が「る立ピラ関係の研γ蛋γ,従お:Lつっのあ ったもののが協JJL, 応長1崎 佐かが淫両県下のの特謹J也区 および囲立m自.用用h行を中γL立とする 斉の血描反応と実 地調査によるど,1年スE,℃ラ病のの実態凋査を行ない,成 績を青木以下著者(満場バを含むフ名の連名で既に発 表した4の.ニの渦査に際どて著者が担当実施したのは 上記町立高来病院の2検体を含む,主として昭和41年 1月から2月上旬にかけて健康保険諌早病院外釆およ び入院患立古より得た93検体であった.しかLてこの共 同研究のの誌上ti―果とLて,かってのの本柄多発地改姓見地方 と,そのの当時2名ののがy]、苫が柑ついで発生Lた北I・:―7リj釆耶 高来町附近のの現況が明らかにされたが,著者が担当L た後者で,諌早J―行をヰー,心として上記高来町の2例以外 に5例のmいにFfた反応陽生者を検出Lたことは,従来ほと んど報告をがたっっいこのの地区にかなりの発生があっのなの,,
と,また現にあるのではないかを思れせた.
著‑‑外γは昭和42年9 )]から43年3月に至る間あらため て―祐一白――iた」アo,中心―にγ見を立古を探索L,近隣のの蛋白l認iにも依板 Lて疑わしい症例について観察を加え,新たに276^リリ 前「n―tの.'/>っ,バも加えると369二外二々っのいてのf且描反応を'行 なったので,その所見と,反応陽生者について問診そ の他により調布した結果について報告する.
2℃4 馬 場 宇―・郎
調 査 対 象 と 方 法 諌早市は島原半島の頭部に在り,国鉄長崎本線,大
村線と島原鉄道の分岐点をなす旧諌早市を中心に,北 ほ多良山塊から南は千々石湾まで約2℃粁,東西ほ大村 湾の最も奥部から有明海まで約1℃粁という―自i町村合併 以自細、ら広い範囲を占めている.北部や境界部を除く
と,長崎県下としては比較的広い平坦農地であって, 諌早駅近くに在る健康保険講早病院を訪れる患者ほリ
この農地一帯と,交通の健から北高来郡高来,小長井, 南高来郡森山,愛落雷妻などの町村からが多い・
昭和41年1月から2月10日に至る問および42年9月 から43月3月に至る間,本院外来および入院患者で不 明熱,黄症の自覚,限症状,筋肉痛その他何らかレプ トスピラ病を恩立れ々のしめるものがあった場合,現症既往 症を問わず採血し,特に現在その状落こあるものでほ 一部ではあるが培養によるレプトスピラの検出を試み た.ただしこの培養では陽性の結果を得たものが全く なかったので,以下は血清反応による本症の間接診断 で終始した.これら以外に市内の開業医囲こ特に本症 に対する留意を依宿しこ上記に該当する症例があった 場合ほ出向いて問診や採血を行ない,止むを得ない場 合ほ血清の送附を乞うた.また一部でほあるが他の検 査目的で本院に送られた血清について実施したものも
あり,この場合の陽性者や外来患老中の血清反応陽性 着で囲こ通院しなくなった場合にほ出向いて問診を行 なった.さらに昭和44年4月には,追加とLて本院内
科のカルテを調査して昭和37年と38年にレプトスピラ 病の診断で入院Lたもの各1名,前回の検査で陽性反 応を認めたもののうち6名,疑わLい症状を有してい たもの2名およぴその他2辛.について再調査し・ ―血清 反応を実施した.
採取血落は昭和41年93件, 42年27℃崎上記44年 の追加12件,計375件であった・
血清反応ほ通常Sch臼ffner‑Mochter反応と称され る凝集溶菌反応によったが,昭和41年に実施したL・
bataviae, L javanica, L. grippotyphosa の反応 ほGaltonら5)の微量法によった.
血清稀釈ほ2℃倍から倍数的に第7管(128℃倍のまで 行な・い,第8管を血清を映く立い対照管とLた・これらに 抗原を等量に加えたので第1管ほ4℃崎最終管は2560 倍となり, 8℃倍およびそれ以上で囲生反応を呈した場 合を一応血清反応陽性とした.
使用した Leptospira株ほ次の9種で,いずれも K℃rthof培地に7 ‑10日間培養し1視野当り菌体15℃
‑2℃0のものを抗原とした. L. icter℃haemorrhagiae
〔三河島株の, L. autumnalis, L・ hebdomadis, L・
australis A, L. pyrogenes,および L. canicola (utrecht株の,以上は教室保存抹 L. bataviae (van Tienen抹の L. javanica (YN‑2株の,および L. gripp℃typh℃sa 〔YR‑5株の,この3株ほ昭和41年 1月に予研北岡研究室から分与を受けたものである・
成 績 血措を採取し反応を実施したものほ,上述のように
375件であるが,うち6件は同―‑人の2回採血である ので対象人体ほ369名であった.ニの369名の成績を
〔1)ど/プトスピラ病(以Ifレ病〕を恩立わしめる症状(顔 痛,筋肉痛その他の熱症状,眼球結膜売血や後遺症と しての飛蚊症,他覚的所見としての肝腫大,同圧痛, 蛋白尿,黄痘なっどのを有し凝集溶菌反応80倍以上を示 Lたもの(2)上記症状を有するが血清反応陰性, (3の上 記症状なく(他病および不明を含むの血清反応陽性, および〔4の全く無所見に分けて以下説明する.なお L. bataviae, L. javanica, L. grippotyphosa に 対Lてほ反応を呈するもの1例もなく,この3抗囲こ 関する記述は省略する.
有症,血清反応陽性群:が患者16名に関する要目ほ以 下に記述L,血清反応の成績と,症状を呈した暗から
採血までの経過年月数を表1に示す.
第1から第4例までほ既に青木以下の論文4ので報告 したものであるが,簡単に再記する.
第1例. 51才,質,農業.読早市街地に近い新道通・
昭和35年7月頃熱病にかかったことがあるという.堤 在は胃潰癌.
第2例. 3℃才,質,土木菜.北高来郡高来町湯江・
40年12月下水工事に従事後に発熱と筋痛で発病,町立 高来病院でレ病と診断された.
第3例. 44才,女リ農業.南高来郡吾妻町. 35年9 月に筋痛を伴う熱病.現在は貧血と胃炎.
第4例. 54才,男,農業.北高来郡小長井村. 39年 6月自宅附近の清酒掃後発熱,黄痘あり,レ培養ほ雑 菌混入のため成功Lなかったが,レの存在は確認L得 た.
長崎県議早地区にれaのい(,十るど/ ‑っ下るたと̲いラ病のの満[たの 203
表1 レ柿を思立れのせる症状や既杵柾を有するものののの血描反)γ―tJ.
症例番号 L. ict. h. L. autum. L. hebd. ―aust. L. pyr. L. can.
1
2
3
4
5
6 7 U℃
9 10 Ill 印帯 13 14 15 16
64℃
640
64℃
8℃
160
64℃
640 640 160 160 160
128℃
320 8O∋
16℃
80
8℃ 3:∃℃
1280
経過年月
5・7 1・3 5‑5 160 1‑7
ア喜;≡
学
2‑0 0‑4
℃・9 19・ての 22‑0
岳 24‑0
喜 2..℃
320 岳 5.9
室 6・9
第5例. 51才,男, t木事務所職Ej立.読早Iif厚生町.
25年夏発熱,黄疫学̲を釆Lたが4℃Rく、、らいで下熱Lたと いう.め存反応囲年のため特に問診Lた.現在は慢性 胃腸炎と緑内障.
第6例. 48才,丸 農業.読早J行バ立能En!,.現在貧IttL で通院.軽度であるが血清反応陽性であるため問診L たとこるの, 17年夏(22れ1のの頃の熱霧γニかかっのたことが あるという.
第7例. 35才,男,農業.講早た行E尾町.現在肺結 核.血清反応強囲生. 23年7月〔14才の原因不tく月の熱
病にかかったという.
第日例. 4℃才,男,農果い.南満来耶瑞穂村. 41年4 月発熱と蛋白尿で腎炎の診断を受け,現在心弁摸症あ
り.
第9例. 42―れ‑,女,主婦.読早た]:祐小路町. 42年12 月黄痘発現,購い倦怠感,肝触知.重桔の肝炎とLて 入院治療したが1カ月後死亡.
第1帥. 49れ▲,女,農業.外皮杵耶多良見町野副.
42年6月全身倦怠,球結膜黄染,肝触知.現在胃炎.
第Il例. 42れ‑,女・に 農業.北高来邦兼山村L[1尻. 24 年夏〔24れの熱病にかかったことがあるという. 42年 5月を全身1―積着い. ,噴自民,限外一晴崎 9月腎炎で入院.
第12例. 65才,女,農業.北高来郡高来町深海. 21 年夏〔43才のL生に入っのた後発熱, F―朋壷痛があり,その 後かなり長く飛蚊症があった.
第13例. 45才,質,農業.南高来郡吾妻町. 19年
〔21才の4日ほど続く高度の不明熱があこのた.現柾心 房中隔欠損.
第14例.39才,女,農業.北高来郡高来町小江.23 年行9才の発熱L.蛋白尿があるといわれた.
第15例.次の例と)上立たに臨射めニレ病と診断され健康 保険訣早病院で入院治療されたたものである.E5寸▲,質, 農―又と‑い.諒早たっ破篭杵町.3日年7月上腹痛,を全身に痛み.
高熱発現,嘆崎噴焼,食欲不振,血沈先進チ余白崎 肝触知FE痛あり,好中球増J用,肝機能検在でほ腰質反 応陽性,7/とカリが+立スファターセ4.5単位,7グロて イいンンで拾摂.入院3週間.
第16例.46才,―崎農業.諌早た―I久[用J¥37年7月 悪寒,発熱,頭痛で発病,5R目から下熱したが頭痛, f崎こL[ざいγ崎嶋気なっどが持続Lた.肝触知圧痛リ血沈j'U進, 白血球特に好F下球増加,残余窒素,尿窒素増―量,7ル カリ々+立スファタ‑rた」5.7単位,曙質反応は王E常.治療 にほペニシリンを使用Lた.
はかに,乍回のの(Enい;)!リー,検産二は供Lえなっっかっのたかいi.求 院には次のの]iのt著のの入院記鋲がある.
30れこ、た‑!#.全一二―1がの:.ir‑1―立Fた,;:たに IH.‑' :HP讃山村山)7L.
臨拐立'診断,アイル氏病.入院36年9月23日‑1℃月王7 日リ9月5年†から9口まで土管工事のため泥水中で作 莱.i7自然落のJ
留―祐‑,を全身惜γ着立.21口悪寒,発熱,m 気,峠吐リ胸痛,血痕.23日某医受診.当院へ紹介入
醍.結膜充血著明,球結膜曲茸痘色.姫幹に小出血,,い上い.たに 肝揮脹.触知に軒痛,自行成先進.尿学に一自陽件,白血球
2℃6 馬 場 字―一郎
数増加リ 好中球72鬼γ,グロロマイセチン,ストレプト マイシン,ペニシリンにより治療.
以上,臨床観察だけの1例を加えた17例中,患者の 症状,他覚所見,検査成績などを綜合して確実にレ病 と信ぜられるものは,第2, 4, 15, 16,および最後 の臨床決定の5例に過ぎない.これらは,最後の例を 除いて,血清反応が以上の順にL. australis A 〔以 下および附表でほL. aust.と略すの320倍, L.
i亡terohaemorrh昭iae 〔L. ict. h.の 64℃倍, L.
hebd℃madis〔L. hebd.の128℃倍 L. pyrogenes (L,
pyr.の128℃倍と高い終末価を示し,積患が過去7カ年 以内であることと共に,この判断を支持する.次に第 3,第12例ほ,発熱に筋痛,特に後者でほ飛蚊症をも 加味し,同じくこの部類に入るものと考えられ,その 他の症例は一応「有症」としてここに一括Lたが,徳
床的には発熱,蛋白尿,肝触知などあるいはその一, 二を示すのみで甚だ不確実な根拠を有するに過ぎない.
表1によって血清反応の成績をみると L. hebd.
感染と判断されるものγま8例で最も多く L. aust.
5例, L. autumnalis 〔L. autum.の 2例, L. ict.
h‥ L. pyr.各1例となり,比較的限定された地域 に各種のレ痛が存在することを知った.これらほ2種 以上のレに反応があった場合,最高価を示すもので判 定Lたもので,第4, 15, 16例のようにその他のレに も反応を示すものがあり, L. canicola(L. can.のの 反応は2例とも比較的に低く,このレによる単独感染
ほまず存在しないと考える.
感染後の経過年月によって, 2年以内,大体6年以 内, 17年以上のものに大別すると, 2年以内の5例中 3例までほ640倍,ほかほ32℃倍と16℃倍, 6年以内 の4例ほ1280倍2例と640倍と日0倍各1例, 17年以 下のものほ7例で, 64℃倍2例, 160倍3例, 8℃倍2例 となり,その差異ほあまり著明でない.ただし第11例 は19年前と最近の2回発病しており,そのいずれをレ 感染と推定するかほ定かでない.
有症,血清反応陰性群:一応この群に属せLめたの ほ50例であるが,有症といってもそれでレ症を推定す る根拠は前群より薄弱である.前群でほ本症としての 主徴侯と所見が大体揃ったものが少なくとも4例あっ たが,このようなものは本群には全くなく,発熱,黄痘 および眼後遺症を本病の三主徴侯と考えるとき,この 三者が揃うものaは1例もなかった.発熱と黄痘を挙げ たもの僅か4例,発熱と限症状1例,残る45伊rlの過半 (28例のは黄痘のみを訴え, 9例は発熱のみ, 8例は 眼症状〔目がかすんだ6例,飛蚊症2例のだけであっ た.要するに本群の対象ほ前群でいえばその第1, 6, 7, 13, 14例の程度のものばかりであり,席痛を訴え たものが全くなかった点が留意される.居住地別でほ 諌早市が最も多く26例,飯盛町と小長井町の各4例, 瑞穂町と高来町の各3例がこれに次ぎ,その他ほ諒早 たf周辺のの各町f立行こ分散,職業ほ農業が約半數を占め, その他は各種にわたるが,土木関係や汚水に接触する
表 2 と々症を恩立わせる症状や既往症がなく血清反応陽性 症例番号 年 令 性 職 業
124 125 126 127 128 129 130 131 13:∃
133 134 135 136 137
138
三三jf芸声
農 業 同 同 同 同 同 同
―
住 所]現 況 血 清 反応
諌早市目代町 健 康 同 赤崎町
同 大渡野 北高来郡小長井町牧 諌早市川床町 北高来郡飯盛町 諌早市正尾町 農漁業 北高来郡高来町深海
農 同 同 数 農 同 同
果っ … 同 小江
節
/i:‑L
諌早「1了小野島町 北高来郡高来町湯江 南高来郡国見町神代
同 吾妻町阿倍崎 北高来郡飯盛町
同
高 血 圧 症 健 康 胃 癌 高血圧症,腎炎 貧 血, 胃 炎 健 康 肩関節周囲炎,胃炎 崎 ―トニ指腸炎
Eな/ <i ―]が 噴
気 管 長 鴨 息 心 臓 神 経 症 め一 結 核 健 康 血 清 肝 炎
I
」
L. hebd. 64℃
L. h亡bd. 320 L. aust. ℃ L. autum. 16℃
L. autum. 16℃
L. hebd. 64℃
L. hebd. 64℃
L. hebd. 32℃
L. hebd. 16C L. hebd.
L. aust.
L. pyr. 160 L. pyr. ℃ L. ict. h. 80 L. autum. 160
長崎県諌早地落,事レザトスピラ縞のの盛砧 ヨ07 機会が多い職落は自ずから遥択のの範囲二人った.発病
のの認学期を述べた40例をrバ立j訳すれたばい 2年年LいIfバ立j 19例, 7年以内6例,それ以上のもの15例であった.
レに対する血清反応ほ供試の9株に対Lてすべて8℃
倍で陰件であった.
他疾患,健康,血清反応陰性群: ,の肝と次の肝のの 対象はjの.とどて諌早病院外釆あるいほ入院,畝著・,健康 診断希望者,血清提供の特志摩蔚人合せて3℃3名であ った.大体任意抽出を原則としたが,第1群での経験 から肝の触知と圧痛ほいわゆるレ病三主徴に次く立、対象 選択Lのの意義かたあると考えたの7でい,肝疾思のの既率―し霧ざと ともにこれを 一つの尺度にとった.二の群に入るもの ほ5フ名で, ‑一応第2群と同じ程度の問診を行なった.
ニの57名およびその他の231名の血清反瓜はすべて陰 く性であった.
他疾患,健康,血清反応陽性群: 3℃3名のうち他疾 が患と診断されたものの11名,煙康者4名かがいずれか 一種 ののとγに80倍以上の血清っvのIγEたをL♀とLた.その要目と成霧噴 を示Lたものは表2である.
病原体別ではL. hebd.に対L陽性のものが最も 多く, 7例〔64℃倍3例, 320倍2例, 16℃倍と日℃倍各
1例の,L,autum.―に対Lて3f又,lっr'すべて16O治の, 以下L.austたL.pyr,芥2例,L,ict.h.1例で
あるかIi.韓のの5例かい行例を除いて8℃倍という最低価で あった,とと,15例中13例までか諌早r(下く'と北高来期ニ 1^られたている,とが留着いされる.
血清反応gに)再度実施た転めのて・榔に過ぎっ―
Lい/]いた,行IL
行]・,庇応囲立/年例合せて31#中の6外こバのいて再度採血Ll 同様なっっ反応こをれ―lたなっ々のた.第5例いユ7年7カ月前の罷患 で,43年3月の採血の結果か立L.autum.640倍であ
った例.44年4月の再検で同レに対Lて32℃倍であっ た.第7例g二村2℃年的の不明熱のに第8例(が2年前の 落血の,れt‑にM亡と同じ1年lカ月裡の検査でL
hebd.640倍か立い立128日倍になっっていた.第11例と̲第13例.
共に20年前後のの既往歴でどhebd.160,L.aust.
16℃倍であったが,前者32日倍となり後―めは不変,表2 の第136例リ現に肺結核のもの再検によってやほりL・
pyr.日0倍であった.ニれらのまか同―‑サンプル血清 を保存韓抗原世代の翼るものので再検Lた例ほ多数め).
大部分はェ致.一部に倍数稀釈ユ管程度の動造を克た に過ぎっ:
A:いの7̲'立,各個ののfhいI存知古の結果には強く自信 を打っている.
考 察
本研究の結果を最も端的に表現すれば,レ病を思わ せる何らかの症状を有するものの66名たlめI‑
nた反応囲い生者
16名(24.3%の,他疾a愚か無症状のものの303名中15名
〔5.℃%〕となる.しかLこれらの対象のうち,諌早 病院内科医長でレ病に多年の経験を持たれる吉凹静磨 博士の診完を含め著者自らがレ病と決定L得たのは第 2,4,15,16の4例と,ほかに臨宋決崖が1例〔30 れ1男,農業,森た「村のがあるにすぎない.従ってたた 記の成績すべてを本病分布の資料として生かすには,
と々病のの―血清反応が果Lて・実年EJa畝篠2O)年巨以上〔最長26年, 第6例〕も残るや再やを主体に.二れ‑uに関f/てJしする高]題 を先ず論じる要がある.
レ病抗肘甜の程度とその存続期間に関Lて,塩に見
北岡,j―年上〔fl立[用T8)による〕はL,ict.h.々F[お染38例のの 観察の結果とLて,1年からユ℃年落こかゝなリ減少L軽
度ののもののかいた多く,柿例のの3/れのの1でほ.7上l:.認]行又いたできなっっい とL,当教室関係ののL月中mも1年から3年までのの間
での消失を認めている.この自月題について特異な著立見 を述べたのは[[j本で用の,環は落患裸眼痛状を全さLた
a:iが古でほ凝集全‑1/け行かI立i著LくI'‑'Jく,巌―率‑tjのの持続ffl間も長く, 5年で512っの倍.10年で32℃倍のの例もあったとL,そのの
理由をレ病性眼炎街の存在に帖Lた.同様な所見ほ眠 症状を指漂とLて既往思.苗を探索Lた波多野らの報
告7のでも窺れのれる.――・方木取捌く‑〕ほL.ict.h.感染の 場合比較的早期の消失を克ているが,5年を経た遺著
3留っ2名がなお1っの℃℃倍のの凝架仙を示Lていたことを 述べた.二ののほかいAlstonandBroomのの著書2)には2℃
年以上に竣ぷ凝集[L認11のの残存を克た文献が引用され.こ れらの場合それたがいずれも1C―C倍,30℃倍程度のの低価で あったという.
若者の場合・た蓑lの,u醐E自し7例までが20年近くあ るいはそのの以上の経過年数にあるが,その凝襲柵ほ 640倍2例,16℃倍3刑,8℃倍2例であった.これらの
疫例は―有 fc.1群に―は入れたられたがっっるが,年月を経った, 鞄のの不f碇実のの供霧二よるものので,ナ触二自fj,巻'とするガ年顕 什感染が糾何の積出霧二あがのたか戸手かには触れ得ない.
ニニでと/病に再感染がγたタi L!り得るかが一がののの自,下J題とL
て派生するかい立.二のの.Ll・i立,のた周Lてっは.ど/のの種類が興ると
208 馬 場 宇一郎 きは成立しR),同種の感染も初回時の免疫獲得が何か
の理由で不充分であるとき起り得る17の19)というのが 現時の見解といえよう.この異種の場合の成立を認め るならば,著者の場合2種以上のレに凝集反応の発現 をみた例,第4, 15, 16の各例でほ再感染があったの ではないかとの想像も生れる.ただ第4例でほ L.
ict. h.を主反応としL. can.を額属反応とする見 方が両種レの抗原関係(Alst℃n and Br℃℃mの書2)の 附真のから可能であり,第15, 16例だけ残るが,この 両者ほ「有症」群で曜患後比較的年数が浅く,観察も 問診も充分に行なわれ,一方主反応と思れのれる血清反 応もそれぞれL. hebd.とL. pyr.に対L 128℃倍 という本調査における最高価を示Lているので,上記 以外のレに対する反応は一応頬属反応とみられる.要 するに「有症」群16例ほすべて単独のレによる感染と 推定され,レ病の病原体別とその地理的分布を知る資 料とLてほ充分意義があると信じている.
本項の最初に記したように「有症」群66例中血清反 応陽性は16例〔24.3%の,それ以外のもの(無症群の 3℃3例中陽性15例(5%ので,この二つの百分率間に
はカイ自乗テス自によって充分有意の差があった.す なわち「有症」群に血清反応陽性者が多いことは確言 できるが, 「無症」群に5鬼aの血清反応陽性者があっ たことも本研究の一つの所見であり,考え方によって ほこの方が寧ろ疫学上の重要な考察点になるともいえ る.
「無症」群にほ既往における肝疾患の供述をした老 と肝触知の者合せて57例があったが,血清反応陽性老 はこの中にほなく,その他の246例中に15例見出され
表3 有症,無症群の成績比較 レ の 種 韓 有症,陽性 無症,陽性
L― ict. h.
L. aututn.
L. hebd.
L, aust.
L. pyr.
1 2 8 4 1
1 3 f1 2 2
計 16 15
た.抗体価ほ「有症」群より一般に低い一面,なお 640倍3例, 32℃倍2例と充分なその価を示すものがあ った.これら「無症」群血清反応陽性著を過去におけ るいずれかの時期に不積性感染があったとする積極的 な根拠ほないが,次のような考え方を進めると・これ らを不顕性感染例とみるより外まない.
本調査でレ病症状の有無による被検老数間には66名 に対する3℃3名という大差はあったが,血清反応陽性 老は偶然こも「有症」群16名, 「無症」群15名と大体 同数であった.しかして血清反応で推定される病原体 の種別は表3のようにL. hebd.が最多でその他の出 現も大体一致更に抗体価としてみても L. hebd.
に対する「有症」群のそれは8例中5例まで64℃倍以 上「無症」群7例でほ,既述の充分な価を示すもの 640倍3例と32℃倍2例がすべてこのL. hebd.に対 するものであった.要するに両群での病原体パタ‑ン ほ質的にも量的にもよく一致する.この事実ほ,この 地方のレ痛がL. hebd.感染を主体にしていることを 示すと共に,この感染者であって「有症」のものの周 表4 家畜の レプト ス ピラ抗体保有
「こ上ffl 両ffl一山相・の
地 区i検査陽性 L.ict.h. L.autum,
ど
L. hebd.
1 L. aust. L. pyr.
h
]
℃ 0 0 8 3 1 1 0 1℃
23 3 6 67 167
― 39
1 3℃
1 24
―
1 E 95
! 432
大 村 市
―虫 Me 杵 郡 長 崎 rfi 西 彼 杵 郡 諌 早 市 北 高 来 郡 南 高 来 郡 島 原 市 その他・不明
計
豚2 牛1 陳1 牛1 I豚2 山羊1
ち
i
豚2 緬羊1
牛3 豚1 牛1
牛3 豚1
―
i 牛1
i
8 3 ⊆ 9 1
い
i
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I
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L l
―
―
―
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山羊1 豚 1
2
長崎大学風土病紀要, 2巻2号,昭35・より引用
―長崎県諒率・地区におレ‑fア立ヒラ病のの滑石二
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図1レ上(rたγ芹反応囲生者分布図(斉o。 1 ‑た6有航 Nor呈24‑13積無T[が全の
▲ 135
2℃9
囲こは,その発生の程度に応じる―無駄」すなわち 不積性感染が存在することを示唆Lている・二のこと は認―月和3℃年代に福島県下のの L. ict. h.感染で木択 留りも付足L,また‖自和36年島根県人酎汚で水害後流 行のの形で発生LたL. hebd.感染のの場合16)隣接地 の健康自三民が1℃5名Lっ7名(1℃℃0倍以上たは4名の同レ に対し陽性血清反応を示したことも参考になる・しか
しこの二つの事例は単独のレによる場合でめガ,著者 のの場合ほ各種ののど/のの/れ布かい立そののままののJr,てい「能砧」群 でも表現されているという意味で,不顕性感落成立に 関する論拠を更に強めたものといえる・
以上の考察によって血清反応陽性者を過去2℃余年問 に発生したレ病患者あるいは不落生感積著と推定L,
ど/の種類別にそのの地理的分布を克たものは囲1である・
の,のまか臨床決,てEののアイル丹南(L. ict. h.感染の が1例め〕 ,南長rj来榔東L行i―立リに亡入すべきと考える・
先ず最も頻度が高いL. hebd∴感染であるが, 15 め―リ8例が高来Itけから讃山村にかけてのの有明海のの最も 奥のLL且バ}のの沿霧こ発生,うち5例は高来町と読早・―行のの 境界附近に集中Lている・このの5例のの抗体期は64℃倍 2例, 32℃倍1例. 16℃倍2例で,二の而から克た信顔 産も高い.このような集中傾向ほそれぞれ2例ずつで はあるかいた. L. aust.盛期,々のいての高来町湯江と吾 妻町で見られる.二れら以外のの例はいれのゆる散発で,
地域とLても病原体別でも特に成落こ意義を与えるこ とほできない.
著者の木調在でのの対象総囲は369, ―LEnを著反応掲性31 で,綜{行っ立]な噴霧生率―し・―は日・4%て立あがのた・近隣のの各地てい もLニののような他疾a量はや鯉蔚者を含めて血清疫学的のの 研究が行なれ1れてたたは 岩鼻のこの成績と比較して 果LてこれっLが読削jせ中心とする特色ある所見か布かゝ の立を論じ得るわけであるが,残念なことにほ,成年―‡三 の噴霧は佐賀県下17れや大草地方23ののものをも含めて すべてレ病a出削一心―に行なtiのれてが立て,不積iい生感染のの 立著伐という問落二村処L得るものていはない・ただ,杏 報告のの予落こ該当する青木以Fの発表γたのうち,佐賀 県下ののl血描m件は――‑―と‑.として国L立上!著斉病院入院や外霧点 者から特にレ病症状に限定を置かずに集めたものなの で本―t治―を月t,のの比較に供し周る・ 70例中L. hebd.とど aust.に8℃陪陽性ののもののが各行/―捲っのたかい立立,当時他のの 疾γyj立で入院またF立と釆中のものので,既純の下落B立こは不自自て立 ぁっのた.二のの2例を不落い生,こ[―お染とどて取放えば綜丹揚 件率2.9ク占となる.
レ病は人鞍共通のの疾患の―・つであるので,ニの意味 から県l:における本病分布のの参考になるのは'TtH,押 崎【L状2りこよる長崎および読早地区における家畜 ののレ抗体保有状脚耳杏である〔蓑4の・その他および 不明と,iBしたもの95め15外は―Hl島で〔とこのの5附咋
21O 馬 場 字一郎 1例がL. hebd.囲軌陽性例9例を含む9℃例の生
産地が不明であることほ残念であるが,今回の著者の 調査地域,諌早市と南北高来郡に限定Lて成績をみる と,家畜合せて97頭中5頭が抗体10℃倍以上,抗体別
とLてL. ict.hたL.hebd.各2頭 L.pyr.1頚 であることほ人体についてcの成績と一脈相通じるとこ ろがある.
要 約 長崎県波佐見地方は長くレプトスピラ病の主要な発
生地として知られていた.しかるにこの2,30年間に 事情が大いに変り,この臨床および血清疫学的研究に よって,諌早市を中心に有明湾の最奥部に臨む沿岸地 帯に,波佐見地方以上の密度に本病が分布しているこ とが推知された.発熱,黄疸と特異な眼後遺症(いず れかを缺ぐものも含めて)の既往歴があるもの66例の うち,6種の標準レプトスピラ培養についての凝集溶 菌反応が80倍以上陽性なものが16例(24.3%)あった.
内訳すればL. hebdomadisに対するもの8例,L.
australis A 5例,L. autumnalis 2例,L. ictero‑
haemorrhagiaeとL. pyrogenes各1例であった.
一方,他病患者と健康者303例の検査では15例(5.0
%)が血清反応陽性を示した.その型別はL.
hebdomadis 7例,L. autumnalis 3例,L. australis AとL. pyrogenes各2例,L. icterohaemorrhagiae 1例で,その成積は上記「有症」群によく似ていると いえよう.この類似性と,両群のL. hebdomadis陽 性例が地理的分布上密接な関係を示していることを考 慮に入れて,後者すなわち「無症」群での血清反応陽 性例は,ある時期においていずれかのレにより不顕性 感染を起したものと考案した.
稿を終るに当り,終始御恋敵御指導と御校閲を賜った紺青木義勇教囲こ深甚の謝意を捧げますと ともに,御教示御鞭達を乱立た内藤達郎助教配らびに巽囲こ際L御協力凧ぃた細菌学教室各位に衷心 より感謝致します・また,本研究の機会を与えられた健康保険読早病院長山崎書院博士および材服霧 調査に御協力取立た医療機関の方々に厚く御礼申L上げます.
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