平成 19 年度成果報告書
エピジェネティクスに関する研究動向及び
産業応用への課題に関する調査
平成 20 年 2 月
独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
委託先 社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム
はじめに
ヒトの設計図にあたる遺伝子の 30 億対からなる塩基配列情報を人類が手にしてから早 5 年が経過した。その間、塩基配列情報を利用した創薬等世界的に様々な取り組みがなされて いる。 しかし、4 種の塩基(G、A、T、C)の配列はあくまでも設計図であり、人体を構成する約 200 種類の細胞では、細胞ごとに使用する塩基配列情報は異なる。この塩基配列情報の仕分 けをし、目印として働くのがエピジェネティクスであり、エピジェネティクスは DNA のメチ ル化およびヒストンタンパク質の様々な修飾により制御される。 各遺伝子のエピジェネティック制御が環境や生活習慣で変化・劣化することが明らかにな っている。エピジェネティック制御を白紙に戻すことは再生や生殖に重要であり、エピジェ ネティック制御の劣化ががんをはじめとする疾患の発症に関わっている。今後は各種の疾患 の診断・治療、細胞の品質管理、化学物質の毒性予測、また、機能性食品の開発など、様々 な分野での産業応用が期待される。米国 NIH(National Institutes of Health:国立衛生研究所)は、NIH 傘下の 6 研究所が 参加するエピジェネティクス研究に 2008 年から 5 年間で US$190 M を投資すると 2008 年 1 月に発表した。また、欧州でも FP6(Sixth Framework Programme:EU 研究・技術開発枠組み 計画 6)のもとで研究が進んでいる。エピジェネティクス研究に多大な貢献をした日本も、 ここで国家的な推進策を早急に講じない限り、この分野でも欧米の後塵を拝することは必至 である。 本調査は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の調査研究として行われた。本 報告書では、産官学の委員からなる調査委員会での講師の講演・討議内容を記録し、それら をもとにエピジェネティクスの産業応用に向けた技術的課題を明らかにし、考察と提言を行 った。報告書が多くの方々に読まれ、我が国におけるライフサイエンス関連分野の施策に反 映されることを望みたい。 本調査研究の実施にあたり、牛島委員長をはじめ調査委員会委員、調査ワーキングメンバ ー、調査委員会で講演して頂いた講師、その他多くの方々から多大なご協力を頂いた。本誌 上を借りて厚く御礼申し上げます。 平成 20 年 2 月 社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム
目 次
第 1 章 調査の概要 ... 1 1-1.目的 ... 1 1-2.体制 ... 2 第 2 章 エピジェネティクスの概要 ... 5 2-1.エピジェネティクスの概念、定義 ... 5 1)概念 ... 5 2)定義 ... 6 2-2.エピジェネティクスへの注目の背景 ... 8 2-3.エピジェネティクスが関わる研究分野 ... 9 2-4.主なエピジェネティクス研究 ... 10 1)エピジェネティクスのプレイヤー ... 10 2)エピジェネティクスに関連する生命現象分野の研究 ... 10 3)エピジェネティクスと疾患に関する研究 ... 10 4)エピジェネティクス研究の国際的動向 ... 11 2-5.エピジェネティクスの市場予測 ... 12 1)市場動向・市場予測 ... 12 2)主要企業 ... 12 第 3 章 第 1 回調査委員会(エピジェネティクス一般) ... 13 3-1.議事次第 ... 13 3-2.発表記録 ... 14 1)エピジェネティクスと疾患 ... 14 2)細胞・組織特異的 DNA メチル化プロフィール ... 21 3)エピジェネティクスとリプログラミング ... 33 4)エピジェネティクスのケミカルバイオロジー ... 38 5)エピジェネティクス解析ツールについて ... 48 6)エピジェネティクスと創薬・診断 ... 52 3-3.議事録 ... 60 3-4.まとめ ... 68 第 4 章 第 2 回調査委員会(がん、創薬とエピジェネティクス) ... 70 4-1.議事次第 ... 70 4-2.発表記録 ... 714)エピジェネティクスを指標とする発がんリスク診断とがんの個性診断 ... 92 5)立体構造からのアプローチ:エピジェネティクスの制御にむけて ... 104 4-3.議事録 ... 110 4-4.まとめ ... 114 第 5 章 第 3 回調査委員会(がん以外の疾患、再生医療とエピジェネティクス) ... 117 5-1.議事次第 ... 117 5-2.発表記録 ... 119 1)精神発達障害とエピジェネティクス ... 119 2)ゲノム刷り込み異常とヒト疾患群 ... 137 3)再生医療とエピジェネティクス産業の接点 ... 142 4)免疫の可塑性とエピジェネティクス ... 148 5)リウマチ膠原病・アレルギー疾患および腎臓病におけるエピジェネティクス ... 155 6)メタボリックシンドロームとエピジェネティクス ... 160 5-3.議事録 ... 171 5-4.まとめ ... 173 第 6 章 第 4 回調査委員会(エピジェネティクスの解析ツール、測定) ... 175 6-1.議事次第 ... 175 6-2.発表記録 ... 176 1)DNA メチル化を検出するための化学反応 ... 176 2)エピゲノム解析:手法とその応用 ... 187 3)内視鏡の先端光診断技術の現状と将来 ... 196 4)セミインタクト細胞可視化アッセイ ... 205 6-3.議事録 ... 214 6-4.まとめ ... 218 第 7 章 第 5 回調査委員会(植物、クローンとエピジェネティクス) ... 220 7-1.議事次第 ... 220 7-2.発表記録 ... 222 1)植物のエピジェネティクス ... 222 2)哺乳類の核移植クローンとエピジェネティクス ... 227 7-3.議事録 ... 237 7-4.まとめ ... 245 第 8 章 エピジェネティクスの産業応用に向けた技術的課題 ... 247 第 9 章 まとめと提言 ... 252
第 1 章 調査の概要
1-1.目的 近年、DNA の塩基配列には変化を起こさないで、DNA のメチル化やヒストンのアセチル化等の化 学修飾によって遺伝子の発現を制御する「エピジェネティクス」が、発生・分化、がん化等を説 明するメカニズムの一つとして注目を集めている。 このような化学修飾は発生や分化を制御する基本的な仕組みで、細胞の記憶として働くことが 分かっている。胚発生、細胞分化、ゲノムインプリンティング、X 染色体不活性化に関わるとと もに、体細胞クローン作製時のゲノムリプログラミングにも重要である。また、発生後も、神経・ 免疫機能の制御に関わることが強く示唆されていると同時に、老化にも深く関わっている。更に、 生活習慣などの環境要因によるエピジェネティクスの異常は、発がんの原因となることが知られ、 神経変性疾患や自己免疫病など多数の病気の原因としても示唆されている。エピジェネティクス 調節機構の先天異常は、重大な神経・免疫異常を誘発する。 従って、エピジェネティクスの基本的な分子機構、異常の誘発機構、また、異常の標的遺伝子 の解明によってもたらされる新たな知見が、新たな作用メカニズムに基づく医薬品の開発や、疾 病の診断など、産業への応用に大きな影響を及ぼすことが見込まれている。世界的にも、ヒトゲ ノム解読後の重要な研究課題として位置づけられ、ゲノム全体に亘ってエピジィネティクスを調 べる研究や、疾患との関係を探る研究等が盛んに行われており、論文数も急激に増加している状 況にある。 本調査は、遺伝子の発現調節に関与し、発生・分化やがん化等のメカニズムの一つとして近年 注目されている「エピジェネティクス」について、その研究動向を明らかにし、産業応用のため の課題抽出を行うことによって、技術開発へのアプローチ方法を考察する。1-2.体制 本調査を進めるにあたり、社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム(JBIC)内に外部有識者 から構成される「調査委員会」を設置した。調査委員会では、調査の方向性、方針を決定し、各 領域におけるエピジェネティクスの専門家を委員会に招聘し、研究の現状、動向、課題、今後の 方向性、産業への応用について審議した。また、委員会の下に調査ワーキンググループを設置し、 委員会の記録、報告書の作成を行った。 研究体制スキーム
調査委員会
(敬称略) 委員長 国立がんセンター研究所 発がん研究部 牛島 俊和 委 員 東京大学大学院 農学生命科学研究科 塩田 邦郎 委 員 国立遺伝学研究所 総合遺伝研究系 佐々木裕之 委 員 理化学研究所 吉田化学遺伝学研究室 吉田 稔 委 員 オリンパス株式会社 バイオ事業推進室 牧野 徹 委 員 日本化薬株式会社 研究開発本部 杉原 英光 (社)バイオ産業情報化コンソーシアム NEDO 技術開発機構 戦略企画本部 調査委員会 調査ワーキンググループ調査ワーキンググループ
(敬称略・企業名 50 音順) 味の素株式会社 ライフサイエンス研究所 大橋 弘幸 栄養インキュベーション研究グループ アプライドバイオシステムズジャパン株式会社 有賀 博文 オペレーションズ サイエンスセンター インテック・ウェブ・アンド・ゲノム・インフォマティクス株式会社 村元 浩 バイオインフォマティクス事業部 オリンパス株式会社 ライフサイエンスカンパニー 森本 伸彦 バイオ事業推進室 マーケティング部 株式会社島津製作所 濱崎 勇二 官庁大学本部 産学官プロジェクト推進室 東レ株式会社 曽根 三郎 研究・開発企画部 CR 企画室 株式会社日立製作所 中央研究所 久野 範人 ライフサイエンス研究センタ バイオシステム研究部 三菱化学メディエンス株式会社 村瀬 淳子 事業開発本部 企画室 社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム 長張 健二 戦略企画本部 社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム 清末 芳生 戦略企画本部事務局
社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム 長張 健二 社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム 清末 芳生 社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム 世良田多恵その他協力者(委員会での講演者)
(敬称略・講演順) 熊本大学 発生医学研究センター 再建医学部門 中尾 光善 国立がんセンター中央病院 血液内科 小林 幸夫 札幌医科大学 第一内科 豊田 実 国立がんセンター研究所 病理部 金井 弥栄 理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター 梅原 崇史 山梨大学大学院 医学工学総合研究部 環境遺伝医学 久保田健夫 佐賀大学医学部 分子生命科学講座 分子遺伝学分野 副島 英伸 国立成育医療センター研究所 生殖医療研究部 梅澤 明弘 京都大学ウイルス研究所 生体応答学研究部門 生田 宏一 埼玉医科大学附属病院 リウマチ膠原病科 三村 俊英 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 分子代謝医学分野 小川 佳宏 理化学研究所 フロンティア研究システム 岡本 晃充 東京大学 先端科学技術研究センター 油谷 浩幸 オリンパス株式会社 研究開発センター 研究開発本部 長谷川 晃 東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 村田 昌之 国立遺伝学研究所 総合遺伝研究系育種遺伝研究部門 角谷 徹仁 理化学研究所 筑波研究所 バイオリソースセンター 小倉 淳郎第 2 章 エピジェネティクスの概要
2-1.エピジェネティクスの概念、定義 1)概念 エピジェネティクスは、最近、医学・生物学の分野で定着し始めてきた言葉で、ヒトをはじめ とする真核生物のゲノムに記された遺伝情報の発現を制御する仕組みのことであり、様々な生命 現象に関係していることが明らかになり始めている。しかしながら、その意味と内容は十分に理 解されているとは言えず、エピジェネティクスはポストゲノム時代の重要な研究テーマと認識さ れている。 エピジェネティクス(epigenetics)という語は、英国の発生学者 Waddington によってつくら れたもので、発生学のエピジェネシス(epigenesis:後成)に由来している。 人間の体は約 200 種類、約 60 兆個の細胞でできているが、それらの細胞はもとをたどれば、1 個の細胞である受精卵から分裂してできたものである。受精卵が細胞分裂を繰り返して、様々な 機能を持つ細胞に分化し、それらが生体を構成する正しい場所に正しく配置されることで生体が 形作られている。精子や卵子などの配偶子や受精卵の中に生体の原型があるとする説を「前成説」 と呼んでいるが、これに対してエピジェネシス説は「後成説」と呼ばれ、発生の過程で単純な構 造から複雑な構造が形成されることを意味しており、現在ではエピジェネシス説が正しいという ことが理解されている。epi-はギリシャ語の「上」、「後」、「外」を意味する接頭語で、genesis は「創造」を表す語であるので、epigenesis とは「後からつくられる」という意味になる。 従って、エピジェネティクス(epigenetics)という語は、epigenesis に遺伝学(genetics) の要素を加味した発生機構学といった意味合いで使われるようになった。小説などではじめの章 を「プロローグ(序章)」と呼ぶのに対して、おわりの章を「エピローグ(終章)」と呼ぶことを 頭に入れておくと、この言葉は理解しやすい。Epigenesis = epi + genesis
epi: 「上」「外」「後」を意味する接頭語
genesis: 「創造」を表す語
Epigenesis = 「後からつくられる」の意味
Epigenetics = epigenesisに関わる科学分野
日本語訳「後成遺伝学」
エピジエネティクスの語
定着するには至っていない。比較的よく使われるようになっているのは、上述の語の由来に基づ く「後成遺伝学」であるが、無理に訳す必要はなく、「エピジェネティクス」という語で理解した 方がよいとの意見もある。
2)定義
現在では、エピジェネティクスは「DNA の配列変化を伴わずに子孫や娘細胞に伝達される遺伝 子機能の変化と、この現象を探求する学問」として定義されている(Wu Ct. Morris JR: Gene, genetics, and epigenetics: a correspondence. Science 293, 1103-1105, 2001)。
日本では、2006 年 12 月に発起人が集まり、エピジェネティクス分野の研究交流を促進するこ とを目的として、日本エピジェネティクス研究会が設立された。 日本エピジェネティクス研究会の設立趣意書では、エピジェネティクスを以下のように基本認 識している。 ゲノムの持つ遺伝情報の発現が塩基配列と転写装置だけで制御されているわけではないことは 周知の事実です。生物は、ゲノム DNA とヒストンなどの蛋白質から構成されるクロマチンの化学 的、構造的な修飾による情報発現制御も受けています。このような制御は“エピジェネティク ス”とよばれ、発生の過程で確立され、その後は細胞の記憶として働くことが分かっています。 エピジェネティクスは胚発生、細胞分化、体細胞クローン、ゲノムインプリンティング、X 染色 体不活性化、神経機能、老化など、実にさまざまな生物現象と関わっており、がんや先天異常を はじめとする多数の病気の原因とも関係しています。 他方、『エピジェネティクスは大きく分けて、1942 年に Conrad Waddington が用いた、「形態形 成と分化を導く、細胞および細胞生産物の一連の相互作用」という定義と、1958 年に David Nanney が用いた、「体細胞分裂と減数分裂において伝達されうる遺伝子機能の多様性のうち、DNA 配列の 違 い に よ っ て 説 明 で き な い も の に つ い て の 研 究 」 と い う 定 義 と い う 、 2 つ の 流 れ が あ る (http://square.umin.ac.jp/tadafumi/CSH2004R.htm)』とする考え方もあり、「エピジェネティ クスは発生生物学のかなり幅広い領域をカバーしており、セントラルドグマを基本とする遺伝学 以外がエピジェネティクス、というよりは、エピジェネティクスの一分野が遺伝学だと考えた方 が良いくらいである」との意見もある。 このように、エピジェネティクスは「遺伝子機能の多様性のうち、DNA 配列の違いによって説 明できないものについての研究」という立場をとる場合には、エピジェネティクスは、ゲノムに 書き込まれた遺伝情報を変更することなく、すなわち遺伝子の配列変化を起こさずに伝達される 遺伝の形式であり、個体発生や細胞分化の過程において、遺伝子発現を制御する現象の総称とし て考えられ、セントラルドグマとの関連は図 2-2 に示したように整理できる。 エピジェネティクスは、遺伝子の配列変化を起こさずに伝達される遺伝の形式で、個体発生や 細胞分化の過程において、遺伝子発現を制御する現象の総称である。分子遺伝学の中心教義とし て理解されているセントラルドグマは、これまでに生命現象の仕組みの基本とされてきた。しか しながら、エピジェネティクスの進展により、この基本は大きなパラダイムシフトの時代を迎え
図 2-2.セントラルドグマとエピジェネティクス
米国では、NIH が標準エピゲノムのカタログ解析を行っているが、NIH は、2007 年 5 月に早急 に取り組むべきテーマとしてエピジェノミクス(Epigenomics)をロードマップに組み入れた。
NIH の ロ ー ド マ ッ プ ( http://nihroadmap.nih.gov/roadmap15update.as, NIH Roadmap for Medical Research, Roadmap 1.5 Update)では、エピジェネティクスを以下のように解説してい る。
Epigenetics – Epigenetics is the study of stable genetic modifications that result in changes in gene expression and function without a corresponding alteration in DNA sequence. The epigenome is a catalog of the epigenetic modifications that occur in the genome. Epigenetic changes have been associated with disease, but further progress requires the development of better methods to detect the modifications and a clearer understanding of factors that drive these changes.
NIH は、2008 年 1 月 22 付けのアナウンスで、エピジェノミクス研究に対して、新たに 5 年間で、 US$190 M の投資を行うと公表している。 本報告では、エピジェネティクスとは「DNA の配列変化を伴わずに子孫や娘細胞に伝達される 遺伝子機能の変化と、この現象を探求する学問」との理解のもとに、DNA 塩基のメチル化による 遺伝子発現の変化とヒストンの化学修飾による遺伝子発現の変化を対象とする。
セントラルドグマとエピジェネティクス
DNA (ゲノム) mRNA (トランスクリプトーム) タンパク質 (プロテオーム) 染色体 ヒストン修飾: アセチル化、メチル化、 リン酸化、ユビキチン化 DNAメチル化 動く遺伝子:トランスポゾン、レトロポゾン オールタナティブ・スプライシング alternative splicing RNA編集(RNA editing) RNA干渉(RNAi ) 翻訳後修飾: リン酸化、糖鎖修飾他 マイクロRNA(miRNA)翻訳阻害 プロテイン・スプライシング プロテイン・スプロセッシング セントラルドグマ 転写 翻訳 狭義のエピジェネティクス2-2.エピジェネティクスへの注目の背景 ヒトゲノムの精密配列の解析に基づいた完全解読が、2003 年 4 月に国際ヒトゲノムプロジェク トによって宣言された。以降、ポストゲノムと呼ばれる時代に入っている。 「ポストゲノム」という言葉には、ヒトゲノム解析が終了した次の取り組みとして、解析結果 をいかにして利用していくかという視点によるゲノム解読成果の実践的応用という意味があり、 医療の分野だけにとどまらず、健康管理等の医療以外の分野でも成果を活用して行こうという動 きになっている。他方、「ポストゲノム」という言葉には、別な、ゲノム DNA という分子による生 命現象のなぞの追求を、DNA から更に次の生命現象の分子的ステップに追求の視点を移して行こ うとする取り組みという概念もある。タンパク質に注目したプロテオーム、代謝産物に注目した メタボロームに関してはすでに動きが本格化しているが、最近にわかに、エピジェネティクスと いう分野が注目され始めている。 エピジェネティクスは、最近、医学・生物学の分野では定着し始めてきており、セントラルド グマ以外で、ヒトをはじめとする真核生物のゲノムに記された遺伝情報の発現を制御する仕組み として、様々な生命現象と関係していることが明らかになり始めている。エピジェネティクスが 関わる生命現象としては、発生、生殖、個体差・多様性、生物の進化、老化などがあげられるが、 エピジェネティクスが注目を集めている最大の理由は、エピジェネティクスが、がん、ある種の 遺伝病、精神疾患に深く関わっていることが次々と明らかにされたことである。更には、一般的 な疾患(common disease、生活習慣病)にも関連していると考えられるようになってきている。 そうした状況から、エピジェネティクスは、新たな検査、診断、治療といった展開が期待され ており、「エピジェネティクス創薬」という新しい概念での医薬品開発への取り組みもすでに具体 化し始めている。
2-3.エピジェネティクスが関わる研究分野 エピジェネティクスは、遺伝情報の発現を制御する仕組みであり、活性クロマチンによる遺伝 情報発現、不活性クロマチンによる遺伝情報収納に関わっており、図 2-3 に示すように、様々な 生体内機能に関わっているために、多くの研究分野で注目されている。 図 2-3.エピジェネティクスの生体内機能と様々な研究分野とのかかわり エピジェネティクスは、発生全般にかかわるもので、先に述べたギリシャ語の接頭語 epi が表 す意味からも考えられるように、遺伝子の配列変化を起こさずに伝達される遺伝の形式である。 哺乳類での成体核の卵への移植による発生の成功により、哺乳類の発生でも全ゲノムは維持され、 エピジェネティックな制御により遺伝子の発現が制御されていることが明らかになった。更に最 近の研究によりエピジェネティクスが発がんその他の慢性疾患と関連していることが示されてか ら興味をもたれている。
エピジェネティクス
活性クロマチン(遺伝子情報発現)
不活性クロマチン(遺伝子情報収納)
遺伝子発現の
制御
発生・分化の調節 リプログラミング
染色体構造の安定化 トランスポゾンの抑制
転写ノイズの抑制 遺伝子量の補填
関わっている
生体内機能
発生学
クローン動物 不妊・発生異常
個体差 多様性
種の分化 進化
再生医療
老化
がん
多因子性疾患
生活習慣病
遺伝病 先天異常
新しい診断法 新しい医薬品 新しい治療法
研究分野
2-4.主なエピジェネティクス研究 1)エピジェネティクスのプレイヤー エピジェネティクスは、「DNA 塩基配列の変化を伴わないで、子孫や娘細胞に伝達される遺伝子 発現機構と機能」に関する学問であり、基礎的には、エピジェネティクスを担うプレイヤーに関 する研究だといえる。 エピジェネティクスを担うプレイヤーとしては、DNA のメチル化に関わる酵素、メチル化 DNA に結合するタンパク質、ヒストンタンパク質などがある。そのほかにも、クロマチンや染色体の 本来の機能が発揮されるためには、non-coding RNA(非コード RNA:機能性 RNA)などにより、正 確なタイミングでクロマチンの構造変化を促す必要があり、そこにエピジェネティクス本来の可 塑性がある。従って、DNA、クロマチン、染色体というさまざまな視点から染色体のゲノム制御機 構を捉える必要がある。 2)エピジェネティクスに関連する生命現象分野の研究 多彩な細胞活動を展開するためには、エピジェネティクスが不可欠であり、また、細胞の多様 性のみならず、ある疾患のかかり易さ(易罹患性)などの個体差もエピジェネティックな現象に 起因すると考えられる。そして、その破綻は多くの疾病の原因ともなる。 エピジェネティクスの破綻がもたらす生命現象を図 2-4 にまとめる。 図 2-4.エピジェネティクスの破綻がもたらす生命現象 3)エピジェネティクスと疾患に関する研究 エピジェネティクスが様々な生命現象と深く関わっているということは、その仕組みに異常が あると病気が起こる可能性を示している。近年になって、エピジェネティクな病気がいろいろと 見つかり、その診断・治療と創薬が注目されるようになってきている。 現在知られているエピジェネティクスとヒトの疾患や病態との関連を表 2-1 に示す。
エピジェネティクスの破綻
発生プログラム の異常 発生異常 分化異常 奇形 流産 生命現象 一般 老化 疾患のかかり易さ(易罹患性) ゲノム不安定性 疾患 発がん 精神疾患 代謝異常 生活習慣病表 2-1.エピジェネティクスとヒトの疾患・病態 エピジェネティクス 遺伝子/タンパク質 ヒト疾患・病態 ①DNA メチル化の システム MeCP の変異 Rett 症候群 MBD2 大腸癌抗原 MBD4 の変異 マイクロサテライト不安定の癌 Dnmt3b の変異 ICF 症候群 ②エピジェネティクスに 制御される遺伝子 FMR-1 の不活性化 脆弱 X 精神遅滞 IGF2 の両アレル発現 Wilms 腫瘍 インプリンティング遺伝子不活性化 Prader-Will 及び Angelman 症候群 Beckwith-Wiedemann 症候群 癌抑制遺伝子の不活性化 多くの腫瘍 X 不活性化センターの不活性化 X 連鎖性遺伝子の機能的ダイソミー ③ヒストンアセチル化 酵素 CBP の変異 Rubinstein-Taybi 症候群 p300 の変異 胃癌、大腸癌、悪性脳腫瘍 MOZ-CBP 転座融合 急性骨髄性白血病 MLL-CBP 転座融合 いくつかの白血病 ④ヒストンの修飾 ヒストン H3 のリン酸化障害 Coffin-Loery 症候群 ⑤クロマチン再構築 システム Mi2 皮膚筋炎の自己抗体の抗原 MTA1 癌の転移能 hSNF5 の変異 Rhabdoid 腫瘍 BRG1 の変異 腫瘍細胞 ⑥細胞増殖分化因子 PML-RARαの転座融合 急性前骨髄性白血病 4)エピジェネティクス研究の国際的動向 エピジェネティクスに関する注目度が高まりを見せている中、国際的にも様々な国々が研究プ ロジェクトへの取り組みを開始している。 米国では、NIH からの資金を基に 2005 年にジョンズホプキンス大学がエピジェネティクス研究 センターを設立した。また、米国癌学会(American Association of Cancer Research)は Human Epigenome and Disease Project のタスクフォースを 2006 年に設置し、がんの治療と予防に焦点 をあてたエピジェネティクス研究を重要な課題としている。NIH は、2007 年からロードマップに エピジェネティクスを組み入れて推進を図っている。
欧州では、FP6 から 12.5 M ユーロのグラントを基に Epigenome Network of Excellence が 設立され、5 年間(2004 年~2009 年)にわたるエピジェネティクス研究が進められている。
2-5.エピジェネティクスの市場予測
1)市場動向・市場予測
米国の調査会社 BCC Research(70 New Canaan Ave., Newwalk, CT 06850, USA)が、2007 年 3 月に公表したエピジェネティクスの世界市場予測を図 2-5 に示す。 BCC の調査では、2005 年におけるエピジェネティクスの世界市場は US$ 161.8 M、2006 年は US$ 263.2 M であった。2007 年は US$ 385.2 M に到達し、2007 年から 2012 年にかけての年平均 成長率は 60.4%を予測している。なかでも、2012 年におけるエピジェネティクス関連の医薬品市 場は大きな割合を占めると予測される。 図 2-5.エピジェネティクスの市場予測 (BCC Research ウェブサイトより引用) http://www.bccresearch.com:80/RepTemplate.cfm?reportID=106&RepDet=HLT&cat=bio&target=r epdetail.cfm 2)主要企業 エピジェネティクス市場の主要企業としては、製薬ではメルク、シェーリング、診断ではアボ ット、ロシュ、研究ツールではアプライドバイオシステムズやアフィメトリクスが挙げられる。
第 3 章 第 1 回調査委員会(エピジェネティクス一般)
3-1.議事次第 第 1 回 エピジェネティクス調査委員会 議事次第 開催日時: 平成 19 年 10 月 10 日(水)13:30-17:30 開催場所: 産業技術総合研究所 臨海副都心センター 別館(バイオ IT 融合研究棟) 11 階 第 1 会議室 (東京都江東区青海 2-42) 議事次第: 1.はじめに (1)経済産業省、NEDO 挨拶 (2)委員長挨拶 (3)委員自己紹介 2.配布資料確認 3.事務局説明(調査委員会の進め方等) 4.エピジェネティクス研究開発動向等発表 (1)牛島委員長: エピジェネティクスと疾患 (2)塩田委員: 細胞・組織特異的 DNA メチル化プロフィール (3)佐々木委員: エピジェネティクスとリプログラミング (4)吉田委員: エピジェネティクスのケミカルバイオロジー (5)牧野委員: エピジェネテックス解析ツールについて (6)杉原委員: エピジェネティクスと創薬・診断 5.今後の進め方 (1)事務局説明(調査項目、今後の講師選定等) (2)協議 6.スケジュールの確認3-2.発表記録 1)エピジェネティクスと疾患 講師: 国立がんセンター 発がん研究部 部長 牛島 俊和 氏 1.はじめに 本エピジェネティクス調査委員会の目的は、エピジェネティクスの研究動向を把握し、我が国が 優位性を発揮でき、かつ幅広い波及効果が期待できるエピジェネティクスにおける研究課題を検 討し、エピジェネティクスの産業応用の方策を考えることである。エピジェネティクスは今後の 成長分野であり、基礎研究(学問)と産業応用が近い分野なので、この NEDO のプロジェクトによ って来年度以降、実際に産業応用を目指したナショプロが始まることを期待する。 2.エピジェネティクスを取り巻く世界情勢 ある省庁機関からの依頼で発がん研究において各研究領域の研究論文数割合とそれぞれの動向調 査を行った。その結果、発がん要因の研究など論文数が減ってきている分野もあるが、エピジェ ネティクス分野は急激に増えている。発がん研究全体について、米国、ヨーロッパ、中国、韓国、 日本の論文割合を見ると、米国の一人勝ちの状況は変わらず、中国・韓国が台頭し、日本はじり じりと減少している。これは 1990 年代における日本の研究開発のやり方、ファンディングが有効 に機能していなかったことを示唆しているかもしれない。このまま進めば、今後基礎研究の先に 来る産業応用においても米国の一人勝ちになると推定され、大問題である(図 1)。 今後、基礎研究に於いて学術的成果をあげること、基礎研究を産業応用へ繋げて行くように着実 に実行することが大切であり、それによりこれまでの遅れは未だ挽回ができる。
1995-1999
0.00% 10.00% 20.00% 30.00% 40.00% 50.00% 60.00%発がん要因 発がん感受性遺伝子 化学発がん ウイルス発がん 放射線発がん 炎症と発がん がん関連遺伝子同定 DNA損傷・修復・ミスマッチ 染色体不安定性 エピジェネティクス 転写異常 0.00% 10.00% 20.00% 30.00% 40.00% 50.00% 60.00%発がん要因 発がん感受性遺伝子 化学発がん ウイルス発がん 放射線発がん 炎症と発がん がん関連遺伝子同定 DNA損傷・修復・ミスマッチ 染色体不安定性 エピジェネティクス 転写異常2006-2007
1901 -79 1980 -89 1990 -99 2000 -07 発がん要因 発がん感受性遺伝子 化学発がん ウイルス発がん 放射線発がん 炎症と発がん がん関連遺伝子同定 DNA損傷・修復・ミスマッチ 染色体不安定性 エピジェネティクス 転写異常 PubMe d 割合 (% ) 6 5 4 3 2 1 0米国では 2005 年から WG を立ち上げエピジェネティクスの調査をしてきた。2007 年に NIH が発表 したロードマップにはエピジェネティクスとマイクローブが収載されている。また、2007 年に発 表された「Request for application」で米国がエピジェネティクスの今後の重点項目として挙げ ているのは以下の 5 つである。 ① 標準的なエピジェネティクスは何かを調べる。 ② インフォマティクス産業において使いやすいデータベースセンターを作る。 ③ エピジェネティクス解析においてホールゲノム解析のようなテクノロジーを作る。特に in vivo、in situでエピジェネティックの変化を調べるテクノロジーの開発が必要。 ④ 新しいエピジェネティック修飾を探索する。 ⑤ 病気へのエピジェネティクスの応用 RFP が出るのは 2008 年の秋。 病気の診断に特化したプロジェクトであれば、まだ日本は勝てると思われる。NEDO や JST は以前 からエピジェネティクスに注目しており、今後スケジュールを明確にすれば米国に勝てる分野も ある。 3.エピジェネティクスが関与する疾患について 1)エピジェネティクス変化の分類 エピジェネティックの修飾が異常になることによって病気につながる。異常と変化は紙一重だが、 どういう時に変化するか、異常になるかを整理すると以下の三つに分けられる。 ① プログラムされた生理的変化(発生分化) きちんとプログラムされたエピジェネティックの変化であるが、その異常は発生異常へつな がる。 ② プログラムでない生理的変化 分化した細胞でも環境因子に暴露されると、エピジェネティックの修飾(模様)が替わる。修 飾が変化すると、次に刺激が来た時に違う反応性が起こる。一旦生理的変化が起こるとそれ が記憶され、生態の環境への反応性が異なる。神経にエピジェネティックの変化が起こると 記憶という生理現象の変化や異常に繋がる。 ③ 疾患や加齢に伴う異常な変化 病気、加齢などのエピジェネティックな変化、感染やケミカルによって誘発される変化。慢 性炎症がその誘発に重要である。溜まったエピジェネティクスの変化によって、大事な遺伝 子の機能が喪失し細胞の機能が悪くなり、組織が働かなくなる。 異常な細胞がどんどん増殖するがんでは異常が見えやすく、解析がしやすいため早くから研 究対象となり学術的に進んだ。一方、増殖しない細胞で異常が起こった場合は解析が難しい。 しかしエピジェネティックな変化があることは分かって来ており、今後このような病気の解 析が行われ重要になってくると思われる。このようにエピジェネティクスを用いた標的と診
2)エピジェネティクスによって引き起こされる疾患の分類 生まれた時からエピジェネティクスに異常があることによる病気と、大人になる途中でエピジェ ネティクスの異常が生じる病気とに分けられる。また、エピジェネティック制御機構自体がおか しくなる病気と、個別の遺伝子がエピジェネティックな異常により不活化される病気とに分類さ れる。 例えば、がんは生後エピジェネティクスの異常が溜まって起こる病気で、エピジェネティクスの 異常ががん遺伝子やがん抑制遺伝子に起こることで引き起こされる。Rett 症候群などは生まれた 時からエピジェネティクスのマシナリーがおかしい場合に起こる疾患の例である。不妊などもエ ピジェネティクスが関与している。このようにエピジェネティクスが関係している疾患は四つに 分類できる。疾患を分類する必要性は、それぞれの場合で産業応用のマーケットや研究のアプロ ーチ、解析方法などが異なるためである。 がん以外のポリクローナルな疾患においてもエピジェネティクスの異常がある。生理的、病的な ポリクローナルな疾患の一つとして腸上皮化生がある。 4.エピジェネティクスを臨床応用するターゲット ターゲットとして診断、治療、予防の三つが重要である。診断には以下の三つの臨床応用がある。 ① がんの存在診断応用:異常を持つ細胞異常自体を検出する応用。非常に多数の論文が発表さ れており、現在臨床研究の段階である。 ② がんの性質診断応用:この分野では遺伝子発現プロファイル、プロテオームとの勝負となる ため、エピジェネティクスが優位なところはどのような場合かを考える必要がある。おおよ そ臨床研究の段階である ③ 発がんリスク評価診断に応用:この分野はまだ小さいが、今後伸びると予想される。がんだ けでなく様々な病気にも関係する。エピジェネティクスを用いた発症リスク診断をすること によって、その結果から各人の生活のスタイルを変える提案をするという大きな分野に繋が る可能性がある。Proof of Concept(POC)の段階である。 治療に於ける臨床応用としては、DNA 脱メチル化剤とヒストン修飾の調節がある。エピジェネテ ィクスはがん、病気に関わっているので予防にも有効である。予防は薬を飲むことだけでなく、 機能性食品など食品の分野でも応用可能である。実際,食品会社でも輸出まで考えて研究を行っ ているところもある。 性質診断における臨床応用の例に乳児の神経芽細胞腫がある。神経芽細胞腫では、DNA のメチル 化状態によって全く予後が異なる。メチル化の度合いが 100%に近い人は約 30 人。一方、ほとん どメチル化が無い又は低い人(0~10%)は 23 人。メチル化度合いの高い人はがんが進行、低い人は 退縮すると言うように、メチル化度合いにより予後が異なるとの研究結果を得ている。既存のマ ーカーの N-myc と比較してもより優位であるとのデータもある。DNA のメチル化度合いを調べて
積極的に治療をしなければならない。この疾患ではエピジェネティクスと疾患の性質、治療法と がダイレクトに結び付いており、エピジェネティクスを診断として使用できる良い例である。臨 床まで持って行きたい。今後このような研究が出る基盤を作る、すなわち個別の成果を直ぐ臨床 に持っていける基盤を作ることが必要である(図 2)。 図 2.神経芽細胞腫の予後診断と臨床的活用 リスク診断の例としてピロリ菌による胃粘膜での DNA メチル化異常誘発と発がんリスクがある。 胃の内視鏡検査を行って何らかの病変が疑われる場合、バイオプシー(生検)するが、その標本 を用いてメチル化を測定できる。まず、ピロリ菌が感染していればメチル化がたくさん有る、つ まりピロリ菌がメチル化を誘発することが分かっている。次に、がんが多い人の方が、がんが一 個の人や無い人よりもメチル化の度合いが高いことも分かっている。がんが見つかる前でメチル 化が高い人は、がんのリスクがあるとのリスク予測が可能となる(リスクマーカーとしての応用)。 現行では SNPs 解析による疾患リスク予測が主だが、これは一塩基多型によって発がん物質の代謝 活性化・解毒が異なるなど、個々の異常が起こりやすいかどうかが分かるものである。一方、エ ピジェネティクス解析は、これまでの人生で発がん因子にどれだけ暴露され、どれだけ細胞が痛 めつけられたかを見るものである。すなわちエピジェネティクスではゲノム年齢、ゲノムのダメ ージ、ゲノムのお疲れ具合を見て疾患の発症予測をするものであり、これまでのマーカーとは異 なる。例えば、胃がんの内視鏡治療後、がん周囲の胃粘膜のメチル化の高い人はそこからがんが 出る可能性があるが、低い人はたまたまここにがんが起こっただけで、年に 1 回の検査でよいな
äàóp
0 10 20 30 40 0-10 -20 -30 -40 -50 -60 -70 -80 -90 -100 22.1 <10-3 H.R. P # of Cases PCDHB Methylation level (%) 7.8 <10-3 7.0 <10-3 9.1 <10-3 16.8 <10-3 13.1 <10-3 High methylation (N = 67) Low methylation (N = 73) 0 20 40 60 80 100 Pro b a b ility o f su rvival (%) 20 40 60 80 0 Months after initial diagnosis P = 0.048 H.R.= 4.8 High M (N = 23) Low M (N = 21) P < 10-3 H.R.= 22.1 0 20 40 60 80 100 Pro b a b ility o f su rvival (%) Stage 3 or 4 & N-myc amplification (-) All cases ë¼èk? êiçs ? Low High DNAÉÅÉ`ÉãâªÉåÉxÉã Total = 140 cases QuickTimeý Dz êLí£ÉvÉçÉOÉâÉÄ Ç™Ç±ÇÃÉsÉNÉ`ÉÉǾå©ÇÈǞǽDžÇÕïKóvÇ- ÇÅB QuickTimeý Dz êLí£ÉvÉçÉOÉâÉÄ Ç™Ç±ÇÃÉsÉNÉ`ÉÉǾå©ÇÈǞǽDžÇÕïKóvÇ- ÇÅB 37 30 1 72 N- myc amplified High methylation図 3.ピロリ菌による胃粘膜での DNA メチル化異常誘発と 発がんリスクマーカーとしての応用可能性 5.エピジェネティクスの解析技術 今後どんな解析技術が必要かについて説明 ① ゲノム網羅的なエピジェネティクス解析技術 既に Chip-on-chip、DNA メチル化アレイなど解析技術が進んでいるためアドバンテージを取 るのは難しい分野である。 ② 高精度な DNA メチル化定量解析技術 エピジェネティクス解析の中でもメチル化の測定は修飾としても DNA がケミカルとしても安 定であり、他のエピジェネティクスよりもがんなどで疾患診断マーカーとして有効である。 また、NIH の報告でもメチル化測定機器は入っていないことからねらい目の分野。疾患マー カーとして利用するためには、細胞 100 個のうち数個、さらには 1,000 個の内 10 個に起こる エピジェネティクス異常を正確に検出しなければならない。これら少ない異常な細胞をきち っと分かるようになることが必要である。 ③ in situ、in vivoでのエピジェネティク修飾解析 学術的には、同じ組織の中でも、幹細胞・前駆細胞・終末分化細胞のどの細胞でエピジェネ ティック変化が誘発されているのかは興味深い。また産業的には、近年、世界的に化学物質
[Maekita, CCR, 2006; Nakajima, CEBP, 2006]
HP (-) (n = 56) HP (+) (n = 98) P < 10 - 14 0 4 8 12 16 20 胃粘膜 FL N c メチル 化レベル (% ) P < 0.05 0 2 4 7 胃粘膜 FL N c メチル 化レベル (% ) 健常者 (n = 6) 単発 胃がん (n = 11) 多発 胃がん (n = 13) P < 0.05 P < 0.05 0 2 4 7 0 2 4 7 胃粘膜 FL N c メチル 化レベル (% ) 健常者 (n = 6) 単発 胃がん (n = 11) 多発 胃がん (n = 13) P < 0.05
メチル化レベル測定
胃がん治療後のフォロー方針へ
の応用例
=低
=高
低頻度
高頻度
フォロー フォロー ・不要な通院や検査の負担の軽減効果どうかで見ているが、今後はエピジェネティック変化を誘発するかどうかを見ることも必要 になって行くと思われ、エピジェネティック異常の誘発能を正確に検出することが大切にな る。 6.波及性、競争力のある研究へ<エピジェネティクスの研究課題、技術課題> 今後日本が競争力を持つために推進が必要な研究課題は以下の通りである。 ① 技術開発 ゲノム網羅的なエピジェネティック解析技術の開発をこれから行うのは難しいと思われる。 少量の DNA メチル化異常を正確に定量可能にする技術は今後狙い目である。in situ でのエ ピジェネティック修飾解析技術開発は、NIH のプロポーザルにも含まれているため米国が先 行していると思われる。 ② 標準エピゲノムのカタログ解析 NIH のプロポーザルで推進しており米国が先行している。今後この分野の研究開発を行うと 二番手となることから、やるのであれば、材料と方法を選んでかなり強力に推進する必要が ある。やらないという判断もありうる。 ③ エピジェネティック活性物質の探索 エピジェネティクスのマシナリーに干渉する物質を探索することは実に重要である。化学物 質は特許性が高い。日本にはこれらを探索するノウハウが既に有り、化学会社や製薬会社に は大規模な化学物質のライブラリーが有る。アッセイ系が出てくれば、創薬、試薬開発にお いて大規模な波及効果が期待される。 ④ 個別研究 個別研究の中では、エピジェネティックな異常の誘発要因・誘発機構の研究、ゲノム刷り込 みの研究が、日本に競争力があり、NEDO のテーマに適すると思われる。 7.質疑応答 Q-1.ピロリ菌が感染すると胃の粘膜がメチル化されるメカニズムは既に分かっているのか? A-1.除菌をするとピロリ菌はいなくなるが、メチル化は暫くされたままである。従って、炎症 が重要である。更に、特定のサイトカイン量が減少するとメチル化も減少することから、特定の サイトカインが分泌されることによって DNA のメチル化が起こると推定される。 Q-2.DNA のメチル化が色々な疾患のマーカーになることは分かった。例えば胃の場合はバイオ プシー出来るが、神経芽細胞腫の場合はどうか? A-2.神経芽細胞腫では、手術の前にバイオプシーするのが通例であり、その標本で診断が可能 である。胃がんのようなリスク診断は、採血や日常的なスクリーニング検査で得られる材料で測 定できることが大事である。
っているが病気の原因以外で発症メカニズムとしてのエピジェネティクスがあるのではないか? A-3.最も良い例は、ニュージーランドの胃がん家系に於ける CDH1 の生殖細胞突然変異である。 この場合、生殖細胞突然変異があると胃がんを発症するので遺伝子変異に原因があるが、健常な 方のアレルはエピジェネティックに不活化されており、その不活化が発症メカニズムに関与して いると考えられる。エピジェネティック異常を制御することで、突然変異があっても疾患をコン トロール出来る可能性がある。
2)細胞・組織特異的 DNA メチル化プロフィール 講師: 東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授 塩田 邦郎 氏 ヒトやマウスなどの実験動物の全ゲノム塩基配列が決定され、生命科学研究はポストゲノム時代 に突入して久しい。今後の課題は、身体を構成するほぼ全ての細胞が、同じ DNA を持ちながら、 如何にして異なった形質を発揮し維持しているかを知ることである。 → スライド 1 精子 Sperm 精子 Sperm 卵 Oocyte 卵 Oocyte 内細胞塊 Inner cell mass
(ICM) ↓ 胚性幹細胞
(ES cells)
内細胞塊
Inner cell mass (ICM) ↓ 胚性幹細胞 (ES cells) 体細胞 神経細胞 肝細胞 など Soma; Brain Liver etc. 体細胞 神経細胞 肝細胞 など Soma; Brain Liver etc. 始原生殖細胞PGC ↓ (EG cells) 始原生殖細胞PGC ↓ (EG cells) 胚盤胞 Blastocyst 受精卵 Zygote 受精卵 Zygote 栄養外胚葉 栄養膜細胞幹細胞 ↓ 栄養膜幹細胞 (TS cells) 1個の受精卵から数百種類の細胞で構成される個体が作られる 1)受精から始まる哺乳類の個体発生では、連続的な細胞分裂、増殖、分化を繰り返し、最終的に 様々な形態や機能を有する 200 種類以上の細胞へと分化していく。DNA の塩基配列によってコー ドされた遺伝情報は、一部の例外はあるが、どの細胞でも同じである。そのため、受精卵から胎 仔発生を経て個体が誕生するまでには、それぞれの細胞に必要な遺伝子の発現をオンにし、不必 要な遺伝子の発現をオフにすることが必要となる。従来のパラダイムでは、遺伝子発現制御は細 胞や組織特異的な転写因子が主役であった。しかし、転写因子も遺伝子にコードされているから、 転写因子の転写因子、そのまた、転写因子と遡ると、ゲノムレベルで全く同じ情報だとすれば、 細胞・組織特異的な転写因子により、200 種類の細胞が生じると考えるには無理がある。
DNA のメチル化は哺乳類ゲノム DNA にみられる唯一の化学修飾である。一般に DNA のメチル化 により遺伝子は転写因子の有無に関わり無く不活性化する。ヒストン修飾によるクロマチン構造 の制御も、遺伝子の転写調節に働く。そして、DNA メチル化とヒストン修飾はお互いに依存して いることが知られており、エピジェネティクス修飾の主役である。実は、これから述べるように、 ゲノムレベルで、細胞の種類に依存したエピジェネティクス標識があるのである。遺伝子発現の 増減を決めるのは転写因子の働きであるが、遺伝子発現のオン・オフを決めるのは DNA メチル化 とヒストン修飾によるクロマチン構造であることになる。DNA メチル化は細胞世代を超えて継承 されるので、DNA メチル化は遺伝子発現の記憶装置とも考えられる。
→ スライド 2
マウス
Oct-4
遺伝子
・POU転写因子ファミリーのメンバー. ・上流はTATA配列を欠き、豊富なGC配列を有する (Okazawa, 1991). ・着床前胚、ES細胞で発現、胚体外組織やTS細胞では発現しない (Tanaka et al., 1998). ⇒着床前胚や内細胞塊の多分化能.に関与(Martinet al., 1981; Nagyet al., 1990, Parmieriet al., 1994) 始原生殖 細胞 受精卵 8細胞期 エピブラスト 生殖細胞 6.5日胚 8.5日胚 13.5日胚 胚盤胞 ES細胞 TS細胞 内細胞塊 EG細胞
2)例として Oct4 遺伝子のエピジェネティクス制御を示す。Oct4 遺伝子は、哺乳類の POU 転写因 子ファミリーのひとつであり、全能性や多分化能のある細胞(着床前胚や ES 細胞)で発現してい ることから、細胞の多分化能の維持に重要な役割を果たしていると考えられている。 → スライド 3 マウス胚性幹(ES) 細胞と栄養膜幹(TS)細胞 ES 細胞 TS 細胞 Embryonic lineage Extra-embryonic lineage ICM Trophectoderm
Tanaka,S. et al., Science, 282, 2072 (1998)
TS cells differentiate only into the trophoblastic cells of the placenta in chimeras.
x TS 細胞 2N 胚 3)栄養膜幹細胞(TS)細胞は胎盤細胞系列のみに分化し、決して体を作る細胞に分化しない。TS 細胞は ES 細胞とは明らかに異なった形質を示す。
→ スライド 4 ES cells TS cells Ac Ac Ac DNA低メチル化メチル化 ヒストンH3 高アセチル化 DNA 高メチル化 ヒストンH3 低アセチル化 Oct-4遺伝子発現 + ー (抑制されている) Ac Oct4遺伝子のエピジェネティックス制御 4)Oct4 遺伝子の上流領域には、CpG 配列が多数存在しており、発現している胚性幹細胞では、こ れらの CpG は低メチル化状態である。それに対し、発現が厳しく抑制されている TS 細胞では、高 頻度にメチル化されている。細胞の種類に依存してメチル化される領域を細胞・組織特異的 DNA メ チル化領域(Tissue-dependent differentially methylated region:T-DMR)と呼んでいる。ま た、Oct4 遺伝子の T-DMR 領域では、ヒストンの脱アセチル化が見られ、クロマチン構造が凝縮し ていることが明らかになっている。このように、重要な転写因子そのものが、DNA メチル化とヒ ストン修飾により制御されている。そのため、ES 細胞では未分化状態の維持が細胞分裂後も形質 は維持され、逆に、他の細胞(TS 細胞や肝、腎などの体細胞)では Oct4 遺伝子の不活性化状態 が維持されている。他にも、Sry や Nanog など、哺乳類の発生に重要な転写因子が DNA メチル化 とヒストン修飾により制御されていることが明らかになっている。DNA メチル化とヒストン修飾 で制御されている遺伝子(群)には、CpG 配列の多寡によらず様々で、また、転写因子、細胞成 長因子、サイトカイン、受容体など、多岐にわたる。 → スライド 5 Ch.17 Ch.17 Ch.17 ES細胞:非メチル化 TS細胞:高メチル化 他の細胞A:高メチル化 Oct4遺伝子の細胞特異的なDNAメチル化状況
5)マウス Oct4 遺伝子は 17 番染色体に存在する。 → スライド 6 DNAメチル化プロフィール 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ??? 細胞 a 細胞 b 細胞 c 細胞 d 細胞 e 細胞 f 細胞 g 細胞 x ゲノム領域 組織 B 組織 A 細胞のメチル化プロフィール 組織のメチル化 プロフィール 個体のメチル化 プロフィール 非メチル化CpG メチル化CpG DNAメチル化パターン メチル化ゲノム領域 遺伝子 TS細胞 ES細胞 発現 OFF ON 非メチル化ゲノム領域 数千? 例 Oct4 6)先に示したように、ES 細胞や肝では DNA は非メチル化状態にあり、TS 細胞では高メチル化状 態にある。ゲノム上に散在する各遺伝子(Oct4 のように)はそれぞれ DNA メチル化パターンが存 在するが、その組み合わせは細胞の種類に特有である。この細胞種固有の DNA メチル化パターン の集合を「DNA メチル化プロフィール」と呼ぶ。では、他の遺伝子領域や他の細胞では、エピジ ェネティクス制御下にある遺伝子はどのくらいの数があるのか次のスライドで示す。 → スライド7
Tissue dependently and differentially methylated regions
(T-DMR panel) Genes to Cells 2002 Shiota K. et al.
7)一挙に 1,500~2,000 箇所解析できる Restriction Landmark Genome Scanning(RLGS)により 10 種類の細胞のゲノムについて解析してみた結果である。10 種類の細胞あるいは組織のゲノム DNA を解析した結果、約 250T-DMR の存在が明らかになっている。ES 細胞や TS 細胞あるいは生殖 細胞(精子)はそれぞれの特有の DNA メチル化プロフィールを持つ。このように、細胞はその種
こ こ で は 示 さ な い が 、 最 近 開 発 し た T-DMR profiling with Restriction-tag mediated Amplification (D-REAM)で数千箇所の T-DMR を有する遺伝子数千が存在することが、ヒト ES 細胞 を解析して明らかになっている(データは示さない、後述)。 → スライド 8 分化の分子基盤:ゲノムワイドDNAメチル化と脱メチル化 2, 3, 28, 39, 45, 48, 50, 51, 58, 74, 75, 92, 94, 98,102,103,112,121,122,155, 159,162,189,190,210,228,229,234,240,241, 242,243. 32 Methylation at 1, 5, 8, 9, 12, 14, 16, 18, 19, 20, 21, 23, 34, 37, 40, 43, 44, 46, 47, 49, 52, 57, 64, 68, 72, 73, 76, 78, 79, 81, 101,104,105,111,132,133,134,135,142, 149, 157,167,165,170,172,175,177,183,193,199, 200,202,212,213,222,223,224,227,231,232, 236, 237,239. 39, 48, 50, 58, 63, 69,102,106,109,113, 114,128,152,155,159,162,186,238,240,242. 7, 22, 37, 73, 84, 96,108,119,132,190, 191,196,203,232,246. Demethylation at 2, 3, 10, 36, 42, 59, 67, 71, 80, 88, 92,102,103,107,114,115,141,155,156,158, 160,161,163,166,167,174,195,197,198,216, 217,230,240,244,245. 3, 8, 20, 27, 29, 34, 39, 48, 50, 60, 74, 92, 98,100,126,133,169,177,202,210, 228,229,237,241,242,243. 12, 14, 30, 31, 32, 33, 38, 42, 54, 56, 62, 65, 66, 77, 84, 86, 95,101,110,125, 128,132,136,141,143,168,171,173,178,179, 180,181,182,184,185,188,194,204,205,206, 207,208,209,211,213,214,215,220,221,225, 226,233. ES 細胞 EG 細胞 TS 細胞 体細胞 胎盤栄養膜細胞 生殖細胞 73 35 26 52 15 20, 23, 34, 48, 97,100,105,106,109,128, 139,152,186,235,238. 15 20 11, 21, 37, 47, 49, 53, 55, 60, 68, 84, 87, 93, 96,104,116,117,120,124,126,129, 131,132,133,137,138,142,144,145,146,147, 148,150,151,153,154,172,176,177,183,191, 192,193,196,200,201,202,203,212,223,224, 232,236,237,239,246. 11, 12, 14, 21, 57, 76, 84, 86, 93,101, 132,138,140,200,214,224,239. 17 56
8)幹細胞(ES 細胞、TS 細胞、EG 細胞)の DNA メチル化プロフィール(スライド7)を基にして、 分化前後のゲノムワイドの DNA メチル化の変化を描いたものである。例えば、TS 細胞の分化で約 250 箇所の T-DMR のうち、15T-DMR でメチル化が、また、15T-DMR で脱メチル化が起きていること がわかる。ES 細胞や EG 細胞でも同じように、分化に際してメチル化と脱メチル化の両方が起き ていることがわかる。ゲノムワイドにメチル化・脱メチル化が起き、複雑な DNA メチル化プロフ ィールが形成されるのである。 → スライド 9 ゲノムワイドDNAメチル化解析 •ゲノムDNAのメチル化状況に基づく細胞の同定方法 •MS-PCR 9)細胞が特有の DNA メチル化プロフィールを有することを利用して、細胞の同定が可能になり、
例えば、ここで示すように、褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞はきわめて似た DNA メチル化プロフィ ールを示す。一方、胎盤の栄養膜細胞の細胞系列、生殖細胞は、他の細胞群と DNA メチル化プロ フィールは大きく異なることがわかる。ゲノムさえあれば、細胞の正確な同定が可能になるので ある。 → スライド 10 表現形質に直接関与する遺伝子の発現 細胞分裂に伴い 受け継がれる情報 階層的な 遺伝子 発現制御 システム zDNAメチル化 zクロマチン構造 zゲノム情報:0、1 or 2 外部からの シグナル 細胞内の 状態 エピジェネティック:ゲノム活動の記憶システム トランスクリプトーム プロテオーム 10)トランスクリプトーム情報が、不安定であること、発現している遺伝子と低発現遺伝子の差 が数十~数百(千)倍異なり、低発現遺伝子情報を取ることが困難な場合が多い。高発現遺伝子 シグナルで低発現シグナルが隠れて検出されない場合が生じる。一方、DNA メチル化情報はトラ ンスクリプトーム情報と異なり、母親・父親それぞれのアリルがメチル化・非メチル化によりサイ レントであるか否かを示す、0、1、2 のシグナルとして取り出すことが可能である。事実、T-DMR を有する遺伝子リストを眺めると、沢山の新規遺伝子が見つかってくるので、細胞の分化・未分化 や、次に記す疾病関連遺伝子の探索にも威力を発揮し、新たな診断方法の確立や創薬標的遺伝子 の探索にも役に立つ。 → スライド 11・12 体細胞核移植による幹細胞(ES細胞やTS細胞など)の生産 ntTS 細胞 ntES 細胞 核移植によるES細胞(ntES)のDNA メチル化プロフィール解析
たな技術で作出するときに細胞の同定や正常性の評価が重要な課題となる。遺伝子発現は不安定 であること、さらに、限られた数のマーカー遺伝子だけでは細胞の正確な定義は困難である。DNA メチル化プロフィールは、細胞の正常性の評価に有用であることを、核移植により作出した ES 細 胞(ntES 細胞)解析で示した。 → スライド 13・14(データの掲載なし)
ヒトES細胞のD-REAM解析 I
データを示さない
ヒトES細胞のD-REAM解析 II
データを示さない
13・14)3 種類のヒト ES 細胞について D-REAM によりゲノムワイドメチル化解析すると、いずれ の細胞も極めて似た DNA メチル化プロフィールを有していることが分かった。D-REAM データで、 Oct-4 の遺伝子領域を拡大してみると、ES 細胞で特異的に脱メチル化している T-DMR が検出され ている。分化に伴い、多くの T-DMR でメチル化・脱メチル化が起こり、分化細胞の DNA メチル化 プロフィールが形成される様子も示されている。このように、D-REAM 法による、ヒト ES 細胞の T-DMR 解析から、DNA メチル化情報がヒト細胞の評価に有用であることが示されている。 → スライド 15 クローンマウスの胎盤組織像 15)DNA メチル化で制御される遺伝子領域は膨大で、発生や様々な機能に関係する領域を含む。胎盤解析である。
→ スライド 16
Tissue dependently and differentially methylated regions
(T-DMR panel)
Tissue dependently and differentially methylated regions
(T-DMR panel) Genes to Cells 2002 Shiota K. et al.
16)体細胞核移植クローンマウス胎盤では、例外なく DNA メチル化異常が検出されている。同様 に、他の組織(皮膚、腎)でも、DNA メチル化異常が検出される。 → スライド 17 クローンウシ(胎生59日)のDNAメチル化解析 J Reprod Dev : (2006) 胎膜 胎仔 ゲノム 領域 17)この図は、発生初期の(胎生 59 日)ウシの DNA メチル化解析である。正常発生では様々な遺 伝子領域で DNA メチル化の書き換えが起きていることが明らかである。それに対して、体細胞核 移植によるクローンウシ胎仔組織では、大幅な DNA メチル化異常が見つかった。クローン動物で は、DNA メチル化変化が不十分であることが分かる。このクローン動物は胎生致死となり誕生に 至らないと思われる。受精に始まる個体の発生は、受精卵の DNA メチル化プロフィールが細胞の 分化に応じてダイナミックに変化し、各分化細胞・組織の DNA メチル化プロフィールを形成して いく過程でもある。発生途上に様々な原因で DNA メチル化プロフィール形成過程が乱されると、
→ スライド 18 幹細胞 前駆 細胞 最終分化 様々な細胞 DNAメチル化・ヒストン修飾 異常細胞 正常 異常 D N Aメ チ ル 化 ・ ヒ ス ト ン 修 飾 細胞の分化に伴うエピジェネティック変化 D N Aメ チ ル 化 ・ ヒ ス ト ン 修 飾 18)先に述べたように、DNA メチル化とクロマチン構造変化によるエピジェネティクス系は、発 現が許される遺伝子(群)と厳しく抑制される遺伝子(群)を細胞世代を超えて記憶する機構で ある。分化した細胞ではメチル化プロフィールが維持され、細胞種に固有の遺伝子発現セットが 維持されることになる。したがって、いかなる原因であれ DNA メチル化状況が乱れると細胞のガ ン化を含め、様々な形質の異常に繋がる恐れが生じる。しかも、エピジェネティクス情報は細胞 分裂後も継承されるので、その異常は慢性的に持続する可能性が生じると考えられる。 → スライド 19 エピジェネティクス情報の変化 《正常:分化・発生・発育、加齢》 ↓ 《発病前》 ↓ 《疾病:慢性疾患、がん》 エピジェネティクス制御系 ホルモン サイトカイン 細胞成長因子 細胞外マトリクス 温度、酸素圧 ---など., DNAメチル転移酵素 メチルシトシン結合タンパク ヒストン修飾酵素
HDACs, Suv39, G9a ---など 細胞・個体外からの化学的・物理的刺激 ・食品(栄養因子)・バランス ・薬物、添加物、環境汚染物質(化合物) ・ウイルス、細菌(叢)(微生物) ・ホルモン、成長因子、サイトカイン 体液(血清、脳脊髄液成分)など 転写・翻訳 シグナル伝達 分子間相互作用 細胞内移動 ---など メチル基供与体 ⇒Sアデノシルメチオニン 補助因子 重金属(ニッケル、ヒ素) ---など., ヒストン・アセチル化 ヒストン・メチル化 ヒストン・ADPリボシル 化 ヒストン・スモリル化 ヒストン・リン酸化 ヒストン・ユビキチン化 その他 DNAメチル化 情報 非コードRNA 19)エピジェネティクス制御系の全体像をスライド 19 に示した。シトシン残基へのメチル基の転 位反応は DNA メチル転移酵素によって行われる。DNA メチル化酵素活性には、非メチル化シトシ ンが新たにメチル化される de novoメチル化活性と、DNA 複製時に親鎖 DNA 上のメチル化パター
が、脱メチル化酵素は現在のところ発見されていない。クロマチン構造はヒストンの化学修飾(ア セチル化、メチル化、リン酸化など)により制御されている。ヒストンのアセチル化はクロマチ ン構造を緩ませ、脱アセチル化により凝縮する。また、ヒストンのメチル化(ヒストン H3 のリジ ン残基など)は、クロマチン構造の凝縮に働く。現在までの解析で、DNA メチル化はクロマチン構 造の変化を誘導し、その逆に、ヒストン修飾やクロマチン構造変化が、DNA メチル化状況の変化 をもたらすメカニズムも報告されている。DNA がメチル化された領域はクロマチン構造が凝縮し、 いわゆるヘテロクロマチンになり、DNA 非メチル化領域はクロマチン構造が緩んだユークロマチ ン構造をとることになる。したがって、DNA メチル化やヒストン修飾などのエピジェネティクス 制御に関わるメチル化シトシン結合タンパクをはじめとする様々な分子の転写、翻訳、分解、細 胞内移行や分子間の結合などの制御系が重要となる。また、S-アデノシル-L-メチオニンがメチル 基の供与体であるため、アミノ酸代謝経路を含めた、複数の経路でエピジェネティクス制御が成 り立っており、その異常を生む原因も多岐に渡ることになる。したがって、細胞外環境からの情 報伝達系や、栄養因子や物理的刺激を含む様々な要因が様々な経路で、エピジェネティクス状況 に影響を与えることが考えられる。 → スライド 20 ヒストン修飾 アセチル化 メチル化 リン酸化 非ヒストン蛋白 ポリコム、など ヒストンシャペロン ヒストン・サブタイプ コアヒストン H2A,H2B, H3, H4 リンカーヒストン H1 DNA メチル化