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巻頭言

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Academic year: 2021

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巻 頭 言

 十数年前,他大学で教えていた学生の中に Y さんという中国からの留学生がいた。30 代 半ばの男性で,日本では音楽教育を専攻していたが,何かのきっかけで彼がピパ(中国琵琶) の名手であると判り,ゼミの時間にミニコンサートを開いた。「本格的に演奏するのは十年 ぶり」と謙遜しながらも,古典の名曲『十面埋伏』をはじめ,数曲を暗譜で見事に演奏して くれた。聞けば,10 歳の頃から専門の養成機関で厳しいトレーニングを受け,当時学んだ 曲は今でもほとんど覚えているそうだ。  中国のピパは日本の琵琶と同じく西アジアにルーツをもち,シルクロードを通って東アジ アに伝えられた楽器であるが,その演奏法は全く異なる。例えば,琵琶の柱じ(フレット)が 4 つしかなく,ばちで弦をはじいて演奏するのに対して,ピパのネックにはびっしりとフレ ットが並び,5 本の指で激しく弦を搔き鳴らす。「これが演奏の基本動作です」といって, Y さんがかるく握った右手を鳳仙花のようにパッと外側に開くと,手指が机に当たってバ ラバラッと強い乾いた音が響いた。  このとき演奏してくれた曲の中でとりわけ印象に残ったのが,スペインのフラメンコ・ギ ターを想わせる現代曲だった。何百年も昔に創られた古曲と西欧文化の影響を受けた現代曲 を 1 台の楽器で演奏してしまう大らかさ,逞しさに感動しつつ,ゼミの後半は時代や文化の 隔たりをどうやって乗り越えるかという議論になった。  Y さんによれば,中国の古典音楽は本来「陰と柔らかさの美,淡白な美」を良しとするが, 西洋音楽が中国に入ったことにより,人々は深遠な人生や哲学を語る音楽,浪漫情緒にあふ れた歌曲が存在することを知った。西洋音楽は中国音楽に欠けているものを教えてくれたの であり,それが中国の新しい音楽文化を生み出す原動力になっていると話した。  あの時の議論は今でも鮮やかに覚えている。伝統と現在。東洋と西洋。時代や文化の差異 を超え,どのように折り合いをつけて生きていくかは,東アジアに生れた私たちの共通の課 題である。サイエンスの分野と異なり,言語や文化を隔てる壁はまだまだ高い。近年,SNS や経済によるグローバリゼーションと逆行するように,現実の世界では排他的な価値観が台 頭し,社会の分断が進む。このような時代の中で,子どもたちが社会や世界とどのように関 わり,どのようにものの見方や考え方を育てていけばよいのか,教育に携わる大人たちに課 せられた使命は重い。  まずは,私たち一人ひとりが現在の立ち位置を俯瞰し,未来を展望する広い視野をもつこ とが肝要であろう。本紀要に収められた論考がささやかでもこれからの教育について考える 一助となれば幸いである。 (初等教育学科長 永岡  都)

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