第
9
号
願 生 浄 土 池 田 勇 諦 1 真宗の安,心一一 第 一 希 有 の 行 神 戸 和 麿 11 一一「希有」と「諸有」一一 機 と 偶 然 松 見 得 忍 26 人間の根拠と本願 JI I那 主 是 正 純 32 因 位 の 開 顕 安 藤 文 雄 44 ラトナーヵラ・シャーンティと龍樹 海 野 孝 憲 53 4ーリ上座部の福業事説 浪 花 宜 明 66 入出二門偽試考 W コ 好 智 朗 79 仏前で『平家』を語るということ 渡 辺 貞 麿 87 昭和59年度教学大会発表要旨 春 日 躍 智 蓮 寺 諦 成 103 草 間 文 秀 中 村 薫 大 津 伸 雄昭和
6
0
年
1
1月
真 宗 同 学 会
安田理深選集編纂委員会編
安田理深選集
人間実存の究寛的解決を全身全霊をかけて探求した 在野の一求道者の生涯における獅子肌 第 一 巻 糊 一 鶴 一 簿 一 g m 他 五 、 八 OO 円 第 二 巻 i 第六巻唯鼠=一十頒聴配 第 七 巻 1 第 八 巻 + 地 経 節 聴 記 第 九 巻 頭 生 伺 聴 配 総 脱 分 ハ 門 五 、 O O O 円 第 + 巻 原 生 伺 聴 記 総 脱 分 同 五 、 0 0 0 円 第 十 一 巻 願 生 伺 聴 配 総 脱 分 同 第十ニ巻 i 第 十 四 巻 願 生 旬 聴 記 解 義 分 第 十 五 巻 上 教 行 信 恒 総 序 聴 配 五 、 0 0 0 同 第 十 五 巻 下 教 行 信 柾 教 巻 聴 飽 五 、 0 0 0 円 全十五巻 一 郷 正 道 著中観荘厳論の研究
−シャ l ンタラクシタの思想|A5
判 七 八O
頁 別 巻 と も 一 八 、0
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円 インド後期中観派の巨匠シャ l ンタラクシタの主著 に対する世界初の本格的文献研究。六篇の論文およ び翻訳、別巻にはカマラシ l ラの細疏まで含めたチ ベット文校訂テキスト、英文解説を収録。虞瀬果講義集
一 期 金 七 巻 各巻一、八 O O 円 宿 業 | l 教 相 判 釈 l l 本 願 ー l 諸 例 措 情 名 ー 二 河 醤 | |無戒名字の比正| | 廻 向 論 −僧宝の成就E
唯 悌 一 一 道 の 開 顕E
根源的能動 町偏依と独存V
宗 教 心 百 新 し き 品 開 教 者 の 品 開 明真宗救済の道理 振 替 京 都8-2948 電 話 075-23ト4712文 栄 堂 書 店
干604京都市中京区 寺町通三条上る釈
尊
観
日本仏教学会編 A 5 五七六頁/八五 OO 円 印 釈尊について深い認識と確かな視点をもつために、時 長い仏教の歩みの中で多くの経典・論書や祖師の教問 学における多様な釈尊観を多角的に考察した論著。座 ・ I l − − − ー ー ー 口 インド・東南H
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一 七 六 頁 / 八 五 OO 阿 川 釈尊入滅後の僧伽を支えてきた法と戒と律制に深い山 関心をよせっつ仏教の歴史的展開に関する研究を続引 けてきた著者の多年にわたる研究成果、第一巻刊行脚E
上 座 部 仏 教 ︵ 次 凶 刊 行 ︶E
イ ン ド 仏 教 儒 hレ ニ 三 OO 円 以 条 五 八 OO 円 正 二 0 0 0円 一 山 東 二 五 OO 円一雄 一 一 000 円 帥 a a 開 一 一 一 0 0 0円 吉 小浬
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浬繋経と浄土教
浄土教思想の研究
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繍超慈日著 横超磐田著 藤吉慈海著 石 田 充 之 著 大原性実着 柏原祐義著 柏原祐義著 柏原祐義着 九 八 OO 円 四 五 OO 円願
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| | 真 宗 の 安 心 | | 土 あたえられております﹁願生浄土﹂という課題につき まして、私は﹁真宗の安心﹂という視点から若干申しの べたいと思うことでございます。 ﹁安心﹂といえばわたし共にとりまして、本願念仏の 救済の事実そのものでありまして、もっとも大切な一事 であることは申すまでもありません。したがって﹁教 学﹂といわれる営みも、安心がもっ普遍の道理性、真理 性を明らかにするもの、つまり安心というわたし共の知 性を超えた出来ごとを、知性を尽して明確化していく営 為、まさに安心の学びにほかならないことであります。 そうした安心の学びにおきまして、今日の﹁願生浄土﹂ という問題が、いかなる意味をもっ事柄か、つまり願生 浄土のもつ位置について、私なりにいささか申しのべさ 浄 生 願池
諦
田
勇
せていただければというのが、お話の目的でございます。 最初にこれまでの安心の学びについて一言ふりかえっ てみたいのですが、いわゆる近世の宗学に代表される伝 統宗学におきまして、東西両本願寺の学風的傾向性に若 干の差異があることは否めないようであります。と申し ますのは、本願寺派におきましては、安心の学びという ことが、直接的にいわゆる﹁安心論題﹂という形におい て確かめられているのに対し、大谷派においてはそうし た形態はとられてきていない。それというのも、ご承知 の 通 り 本 願 寺 派 に お い て は 、 か の 寛 政 ・ 文 化 に わ た る 一 一 一 業惑乱という宗門を震揺させた事件が、安心論を形成す2 る一つの動機になっているようでありまして、いわゆる 衆生の離三業性、つまり安心の超越的側面が色濃く打ち 出されてきていることが、その辺の事情を物語っている ように思われます。それに対し大谷派の場合は、もちろ んそうした事情ではなく、ごく自然な形で、﹁宗義は宗 祖、安心はお文﹂という常格を形成して、蓮如上人の ﹃お文﹄の考察がそのまま安心の学びという形で伝承さ れてきているようであります。 ところが、そうした伝承形態におきまして、やはりそ こに一つの傾向性をみのがすわけにいかない。と申しま すのも、いうまでもなく蓮如上人がいわゆる﹁御再興の 上人﹂と仰がれる根本的事由は﹁念持の義﹂を明らかに せられたことでありまして、それは﹃蓮如上人御一代記 聞書﹄第一八八条の周知の一文が端的に示していること でありますが、それだけに念持の義の学びが﹃お文﹄の 学びの焦点とされてきた。したがってもっぱら﹁弥陀を たのむ﹂という、帰依信順の受動性にウェイトをおく学 び方、がせられてきたのではないかと思われるのでありま す。しかしこのことは、伝統宗学がおかれてきた背景的 状況を捨象して考えることができない質のものでありま して、それは特に近世、そしてその流れは明治以降にも 続くわけでありますが、いわゆる封建支配体制に追随し てきた教団体制というものが大きく横たわっていたとい うことであります。そうした背景において﹃お文﹄の学 びも、常に受動的な念持の側面が強調されてきたのでは ないか。もちろん﹃お文﹄には今日の主題の願生浄土と いうことが、明らかに教えられているのですが。私は日 ごろ蓮如上人の教学・教化を尽し貫ぬく標識を、次の三 語で了解しております。 ねがうべきは後生なり、たのむべきは弥陀如来なり、 まいるべきは安養の浄土なり︵﹃お文﹄一の一一︶ このおことばに明らかなように、蓮如上人は随所に願 生浄土の姿勢を指摘せられています。しかしこれまでの 学びのうえに、これが前面に大きく取りあげられるとい う形でなされては来なかった。常に念持の受動性がその 中心をなし、それに傾注されてきたのではないかと思わ れ ま す 。 しかしそうした学びが、いわゆる封建支配体制に追随 してきた教団のあり方を反映して、何か信仰ということ が単なる個人内部の出来ごとという、さきほども神戸先 生のお話に二乗化という点が指摘されていましたが、信 仰の観念化ということが著しくあらわれてきたのではな
土 いかと思われることであります。そこに近代という状況 をふまえて、改めてわたし共の安心の学びに問題提起が なされてきた、問いかえしがなされたご苦労として、清 沢満之に始発する近代教学といわれるものの位置がある のでないかと了解するものであります。曾我量深・金子 大栄・安田理深の諸先生方の出現によって、わたし共の 学びが厳しく問い直されてきたことであります。それは ﹃教行信証﹄が開顕する本願念仏の救済道が、万人成仏 という大乗の仏道の公開性という意味をもつものであり、 したがって救済道の生命たる宣︵実信心は、大乗の仏道の 自覚性を内実とすることにおいて、大乗菩薩道の意義を 付与せられているのではないか。信心がまことならば、 信は信にとどまるものではなく、信自らが信自身をかぎ りなく証していく歩みをもっ。どこまでも信心の現証性 が鋭く問いかえされてきた、そういうご縁でないかとい ただくことであります。そうした流れの中から、今日の 主題の願生浄土の問題が、わたし共の安心の学びにおき まして改めて前面にクローズ・アップされてきたのでな いか。ここに願生浄土の問題が際立って注目される必然 的事由と同時に、安心の問題を願生浄土という一点で確 認することの意義、つまり願生浄土ということのわたし 浄 生 願 3 共の安心にもつ位置が注意されねばならない所以が思わ れることであります。 安心における願生の問題でありますが、それには安心 の根拠たる第十八願、至心信楽之願を顧みますとき、そ こに安心がいかなる意味をもっ出来ごとかが看取されま す。いま宗祖の第十八願の全文解釈として注目される ﹃尊号真像銘文﹄の釈文によれば、﹁至心信楽﹂の信、 ﹁欲生我国﹂の願、﹁乃至十念﹂の行、﹁若不生者﹂の証、 この四点が注目されますが、これを確認の意味で図式化 すれば 至 心 信 楽 : : : 信 バ パ パ 1 1 1 1 寸 行 信 ︵ 信 体 ︶ 欲生我国:::願寸八レ信願︵信相︶ 乃 至 十 念 : : : 行 、 若 不 生 者 : : : 証 l i レ 信 証 ︵ 信 益 ︶ ここに行信・信願・信証の一二義をお示しになっている こととなります。これを従来のテクニカル・タlムでい えば、行信は安心の体であり、信願は相であり、信証は 用︵益︶であります。真実信心の体・相・用の三側面が至 心信楽之願に看取されるのでありまして、一安心がもっ
4 三義として、安心の内実を示しています。するとこの三 義の意味するところをいえば、行信は安心の体として、 安心の体、南無阿弥陀仏なりです。これは﹃信巻﹄ゴ二 問答の仏意釈において、いわゆる三心出体の文に﹁すな わち真実の信楽をもって欲生の体とするなり﹂、﹁すなわ ち利他回向の至心をもって信楽の体とするなり﹂、﹁この 至心はすなわちこれ至徳の尊号をその体とせるなり﹂と 明言されているところです。信願は安心の相として、ま さしく一心願生であり、信証は安心の益として、﹁正定 家之機﹂現生不退とおさえられます。そうしますと、い ま﹁願生浄土﹂の問題は特に信願の問題、信と願の問題 として一心願生の課題であることが確認されることであ り ま す 。 こうした至心信楽の因願に示される三義は、必然的に 成就之文に読みとれることでありまして、﹁聞其名号信 心歓喜乃至一念、至心回向願生彼園、即得往生住不退 転﹂のおことばのうえに明らかでありますが、この安心 の具体的事実を示す至心信楽之願成就の文に対する宗祖 の領解に注意するとき、前来の三義が信願の問題に集約 されていることが窺われます。それはコ二問答釈におけ る成就之文の引用形態が、それを雄弁に物語っています。 ご承知のように、本願成就之文を二分して、﹁乃至一念﹂ までの前半を﹁本願信心の願成就の文﹂として信楽釈下 に引き、﹁至心回向﹂以下の後半を﹁本願の欲生心成就 の文﹂として欲生釈下にお出しになっている。このこと は真実信心、安心の現成的事実が一心願生の信願の問題 に見定められていることを示すものといわねばなりませ ん 。 では、そうした宗祖の了解はどのような手続き方法で もって開顕されているか。いまその点を進んで見究めね ばなりませんが、それを端的に示すものはもとより﹁信 巻﹂別序のご指摘であります。すなわち 広く三経の光沢を蒙りて、特に一心の華文を聞く いわゆる天親の﹃浄土論﹄を通して、信と願の問題、 一心願生としての安心の内実を確認されているのであり ま す 。 ご承知の通り﹃浄土論﹄は侮煩と長行とから構成され ていますが、その主体が備頭﹁願生偽﹂にあることは、 その題号乃至偏頭性からして明らかであります。しかも またその願生備は、﹁世尊我一心帰命尽十方無碍光
如来願生安楽園﹂のいわゆる建章の四句に尽くされる ことは、常に指摘されるところです。この建章の四句ほ、 いわゆるコ一分法にしたがえば、﹁我依修多羅﹂等の第二 行と共に序分として科せられますが、特に﹁願生安楽 国﹂とある点に単なる序分、就中第一行は帰敬序、第二 行は発起序とされますが、単なる帰敬序ではなく、﹃論 註﹄に﹁天親菩薩白督の詞なり﹂とおさえられるように、 論主の信仰告白、安心の表白たる所以を示しているもの であります。つまりこの﹁願生安楽国﹂の一語があるこ とによって、単なる帰敬の意味を超えて安心の表白とい う意義をあらわしている。ということは、﹁世尊我一心﹂ 等の三句は信ですが、単なる信、信が信にとどまる信で なく、﹁願生安楽園﹂という願として展開する信である ところに、まさしく信仰告白の意義をもっということで あ り ま す 。 土 そ こ で 三 句 の 焦 点 た る ﹁ 我 一 心 ﹂ 申 す ま で も なく、﹃論註﹄にこれを確認されておりまして、﹁今我と 言うは、天親善薩自ら之を指しうる言なり、流布語を用 ぅ、邪見と自大とに非ざるなり﹂。邪見語でも自大語で もなく、流布語としての我。この流布語の意味が一面分 りにくいようですが、その釈意からすれば自他簡別の我 で す が 、 浄 生 願 5 ですが、しかし単に白他筒別の意味だけでは、流布語の 意は尽くされない。とすれば、やはりその聞の文意から して無我の我といわれるような、つまり邪見と自大の我 に簡ぶ真の主体をあらわす我といわねばなりません。そ れゆえにこそ曇驚大師も宗祖も﹁我一心﹂と一熟語化さ れている。﹁我﹂は真の主体、人間の真の主体をあらわ す﹁我﹂。その真の主体はほかならない﹁一心﹂。﹁我﹂ 即二心﹂であります。我があって、その我が一心帰命 するということではなくて﹁我﹂を賜わる道。真の我は 一心帰命、一心が真の主体、我と成る出来ごとである。 したがってそうした真の主体としての一心なるがゆえに、 邪見・自大の我の絶対否定道としてわれに働く尽十方無 碍光如来の回向表現としての﹁我一心﹂であります。如 来が回転して我となった一心なるがゆえに、その一心は 自らの成立的根源界を、わが﹁安楽園﹂としてかぎりな く﹁願生﹂する一心。いいかえれば、如来の願より生じ た信は、かぎりなく自らを能生した如来の願に還ってい く信。ここに信が信自身を証明していく歩みとして願生 安楽国の意義が重視される所以であります。 そうした意味において願生備は建章の四句に集約され、 以下はこの四句が示す一心願生の内実を、より具体的に
6 確かめられていくという展開となっております。そこで 注目しなければならぬことは、備において最初の﹁我一 心﹂を含めて﹁我﹂の字が四ヶ処ないし五ヶ処見えてく ることであります。いま四ヶ処ないし五ヶ処と申します のは、ご承知の通り﹃論註﹄の場合、南条本及び宗祖の 御加点本では﹁故我﹂でなく﹁是故﹂となっております。 ﹁是の故に願わくは、彼の阿弥陀仏国に生れん﹂と。し かし﹃論﹄の場合、南条本及び常楽寺本、常楽寺本は存 覚上人の書写本で﹃真宗聖教全書﹄の﹃論﹄の底本にな っているものですが、共に﹁故我﹂となっております。 それで﹃論註﹄の﹁是故﹂となっているのに従えば、論 偽においては﹁我﹂は四ヶ処といわざるをえませんし、 後者に従えば五ヶ処ということになるわけですが、いず れにしましても総説的な建章の四句が示す一心願生の問 題の確認として、﹁我﹂の展開が注目されることであり ま す 。 第二行の﹁我依修多羅﹂等の一行は、建章に一示す真の 主体としての我が何に依って成り立つのか、まさしくそ の成立根拠を明かすものといえます。それは依経、経に 依って成り立つ我。経に依って成り立つことにおいて、 ﹁与仏教相応﹂仏教に相応する生き方をする我であると。 そして第十五行の﹁故我願生彼﹂等と、第二十三行の ﹁我願皆往生﹂等とを内容とする最後の﹁我作論説偽﹂ 等の一行の我は、﹁普くもろもろの衆生と共に、安楽園 に往生せん﹂とあるように、真実教に依って成り立つ真 の我は、もはや単なる個人でなく、﹁共に﹂という聞かれ た真の公人性を付与された我であること。そのような公 人性としての真の我の具体的内容は、第十五行の﹁故我 願生彼﹂等、つまりかぎりなく浄土に向って今日を生き る、真に生活者としての我。ゆえにそのような我は﹁何 等の世界にか、仏法功徳の宝ましまさね、我願わくはみ な往生して、仏法を示すこと仏のごとくせん﹂。真の我 は孤としての我でなく、むしろ真に個であることにおい て関係を生きる我。我のわかった仏法で他を利益してい くという、あるいは我が仏法を役立てていくという世界 でなく、かぎりなく仏法のお役に立たしめられていくと いう、それこそ常行大悲を願い続けていく我であります。 四 こうした﹁我﹂の展開、つまり願生の歩みとして現在 する一心に留意するとき、そこに大乗菩薩道︵荘厳浄土︶ の意義が付与されていることは明らかであり、その点願
土 生備にみる三種荘厳がいずれも﹁願﹂で貫ぬかれている ことが、それをより本質的に確認せしめるものとして特 に注目されるのであります。備の文面に明らかなように、 国土荘厳十七種の最後﹁一切所求満足功徳﹂のところに は、﹁衆生所願楽、一切能満足﹂と衆生の願が見えてお ります。次の仏荘厳八種の最後﹁不虚作住持功徳﹂のと ころには、﹁観仏本願力遇無空過者能令速満足功 徳大宝海﹂と仏の願が示されています。続いて菩薩荘厳 四種の最後﹁遍一万三宝功徳﹂のところには、さきほどの ﹁何等世界無仏法功徳宝我願皆往生示仏法如仏﹂ と 菩 薩 の 願 が 出 さ れ て お り ま す 。 こ の よ う に 一 一 一 種 荘 厳 は 、 いずれも願でおさえられており、願で貫ぬかれている。 するとここに注意されねばならぬことは、衆生の願・仏 の願・菩薩の願の内面的関係であります。 しかしその中心が﹁観仏本願力﹂等の一行が示す仏の 願にあることは、﹁能令﹂の一語のうえに看取されます。 それは文字通り﹁能はよしという、令はせしむという﹂ ︵ ﹃ 銘 文 ﹂ ︶ 、 能 く 満 足 せ し む る 働 き が 仏 の 願 で あ る こ と を 示しているからです。その仏の願によって満足せしめら れるものは﹁衆生の願楽﹂であり、﹁仏法を一不すこと仏 の如くせん﹂という菩薩の願であります。仏の願はせし 浄 生 願 7 めるであり、衆生の願と菩薩の願はせしめられる願、つ まり原理と事実、因願と成就の関係にある。するとここ で、まず留意すべき点は、﹁衆生の願楽するところ、一 切 よ く 満 足 す ﹂ で す が 、 ﹃ 論 註 ﹄ 下 の ﹁ 受 用 功 徳 成 就 ﹂ 、 受用功徳、これは浄土がわたし共にとっていかなる在り 方かを基本的に示す重要なものでありますが、そこに ﹁仏願に乗ずるを我が命と為す﹂と、有名な一文が見え ております。これに明らかなように仏願に乗ずることに おいて、﹁能く衆生の一切の無明を破し、能く衆生の一 切の志願を満てたまう﹂、真にいのちの願いが満たされ る 。 そ れ こ そ は ﹁ 形 相 功 徳 ﹂ 釈 ︵ ﹃ 論 註 ﹄ 上 ︶ に い う ﹁ 自 体 に満足する﹂。まさに﹁現前の境遇に落在する﹂事実そ のものであります。仏願のことばからいえば、﹁欲生我 国﹂という﹁如来、諸有の群生を招喚したまうの勅命﹂ ︵ ﹃ 信 巻 ﹄ ︶ に 応 答 し た 一 心 に あ た え ら れ る 満 足 。 そ の よ う な仏の願、いのちの真実にめざめた満足は、満足が満足 にとどまる如き満足でなく、発動する満足、始まりの満 足として、かぎりなく﹁願生彼国﹂と歩む満足であるこ とを、﹁我願わくはみな往生して、仏法を示すこと仏の ごとくせん﹂と。ここの﹁願﹂はもちろん直接的には論 主の願ですが、同時に菩薩の願。仏の願を﹁我が命﹂と
8 する願として菩薩の顕であります。﹃論註﹄にみる﹃論﹄ の題号釈に﹁願生﹂について 願は是れ欲楽の義なり、生は天親菩薩彼の安楽浄土 に生れんと願ず、如来浄花の中に生ずるが故に願生 と日う とおさえられていますが、まさに﹁我が国に生れんと欲 へ﹂の招喚を﹁彼の固に生れんと願ず﹂と主体化した願。 したがって如来の﹁我が国﹂は、衆生にとって邪見と自 大の我の絶対否定の世界として﹁彼の国﹂でありますが、 それをいま自覚的に体験するところに、却って此国にあ って、自我の此国を否定的契機として彼国を生きる。つ まり世法のただ中にあって、仏法を生きるところに、願 生が﹁如来浄花の中に生ずる﹂得生を内実として現在す る所以であり、それゆえにこそ願生心に生きる事実に、 菩薩の願心に生きる意味が付与されているのです。 日ごろ注目させられていることですが、ぞれはキリス ト教神学の﹁感謝と希望﹂のテ l ゼであります。信仰の 基調は父なる神の恵みに対する感謝であるが、それは決 して現状に満足することではなく、神の国がこの地上に 実現することを希い望み、自己と世界の再創造に向って 前進しなければならないというものであります。 こ れ は わたし共にとって、仏教徒としてのあり方を深く自問せ しめる提示ではないでしょうか。満足が満足にとどまる ならば、それは真の満足とはいえない。仏教が非仏教化 されるのも、実にこの点であります。満足することのな い自我欲の立場で満足を受けとるならば、それは所詮断 念であり、禁欲であり、したがって退嬰的非生産道とし て、まさに﹁宗教は阿片﹂となるほかありません。﹁清浄 意 欲 を 以 て 其 の 体 と 為 す ﹂ ︵ 真 諦 訳 ﹃ 摂 大 乗 論 釈 ﹂ 巻 一
O
︶ 欲生我国の招喚に応答した一心願生は、願の質的転換と して知分の満足、文字通り白﹁分﹂を知らしめられる満 足であることにおいて、自﹁分﹂を尽す、尽分の行動と して発動する満足です。したがってそれは、自己と社会 の背理的現状について、安易な肯定的あり方はゆるされ ない。かぎりなく自己と社会のまことのあり方を求めて 問い続けられねばならない、まさに浄土と械土の緊張関 係の歩みとして、因位法蔵菩薩の願行に支えられた一心 願 生 で あ り ま す 。五
このように一心願生の事実は、﹁仏の本願力を観ずる﹂ ところに、﹁衆生の願楽するところ一切よく満足﹂せし﹁得生﹂を内実として、﹁我願わくはみな往生 して仏法を示すこと仏のごとくせん﹂と、無窮の菩薩還 相行を期して、かぎりなく﹁かの阿弥陀仏国に生まれ ん﹂願生浄土の願行として生かしめられていく生活事実 で あ り ま す 。 められる 土 最後にそのような生活事実の具体的確かめとして、一 言触れておきたいことがございます。それは近年地方の 学習会などで、よく注目されているものに、存覚上人の ﹃諸神本懐集﹄﹃破邪顕正紗﹄﹁浄土見聞集﹄等がありま すが、就中﹃破邪顕正紗﹄をみますと、それは当時の山 寺聖道の僧侶や、山法師・亙女・陰陽師等が念仏の徒を 誹誘し、民衆に宣伝し、あるいは官府に念仏者を追放す るよう計ったことに対し、文字通り破邪顕正されたもの であります。三巻十七条から成っておりますが、その中 いま特に指摘したい条は、第八条に﹁神明をかろしめた てまつるよしの事﹂、第九条に﹁触機吉凶をはばからず、 日の吉凶等をえらばざる条、不法の至極たるよしの事﹂、 第十条に﹁仏法を破滅し王法を忽諸ずるよしの事﹂、第 十一条に﹁念仏の行者は、ひとの死後にみちををしえざ る条、邪見のきわまりなるよしの事﹂とある四つであり ます。これらは次第のごとく、神祇の問題、禁忌の問題、 浄 生 願 9 権力の問題、呪術の問題であります。私はこれを一読し て何よりも自問させられることは、いかに当時の念仏者 が生き生きとしておったことかという事実と同時に、今 日のわたし共にこのような誘難が加えられるだろうかと いう反省であります。いまこれらの問題についての存覚 上人の所説にふれている余裕はありませんが、何はとも あれ、わたし共が本願念仏に生きることを自らの課題と するとき、決して避けて通れない問題であることを銘記 したいと思います。 考えてみますと、これら四つの事柄はわたし共が身を 置く世法そのものをあらわしています。なぜなら、この 四つを貫通するものは、まさに霊信仰であることにおい て、それはわが民族宗教そのものであり、民族信仰であ るだけに、わたし共日本民族の生活基盤を成すものとし て、実に日本民族の体質そのものを象徴しているからで あります。その意味から破邪顕正の問題も、これを一言 にしていえば神と仏の決判の課題といわねばなりません が、今日もはや念仏の救済が自分にとっていかなる出来 事であるのかが不明化していることは、実にこの神と仏 の際の不透明化によるものでないかと思われます。しか しそうした世法そのものに絶えず呪縛され、没主体的な
10 生き方をしているわが体質を、ごまかしなく射抜く本願 念仏への帰命において、はじめて世法と仏法の緊張関係 を生きる生活姿勢を賜り続けていく。ここに願生浄土と して歩む安心の生活的すがたがあるのではないか。その 意味でまさに行動化する安心性を如実に表現する一一詰こ そ、﹁願生浄土﹂であると了受いたします。 どうする必要もない法界に しかも 捨身して行なわねばならない。 ご清聴ありがとうございました。 ︿ 追 記 ﹀ 本 稿 は 当 日 の 録 音 か ら 成 文 化 し て い た だ い た も の に 若 干 の 整 理 を 加 え た も の で す 。 お 手 数 を か け た 平 塚 彰 円 君 に お 礼 申 し ま す 。 ︵ 同 朋 大 学 教 授 ︶
第
希
の
行
有
| | i ﹁希有﹂と﹁諸有﹂|| 超世希有の正法 第 一 希 有 の 行 ﹁ 第 一 希 有 の 行 | | ﹁ 希 有 ﹂ と ﹁ 諸 有 ﹂i
l
﹂というテー マで、しばらくの問、私の考えていますことをお話しさ せ て い た だ き ま す 。 この﹁希有﹂という言葉ですが、親鴬聖人の仏道了解 を﹃教行信証﹄に尋ねてまいりますとき、非常に大切な 意味として使われています。そのことは﹃教行信証﹄総 序 の 文 に 、 誠なるかなや、摂取不拾の真言、超世希有の正法、 聞思して遅慮することなかれ。 と言われている。また、﹃大無量寿経﹄の出世本懐を表 わす五徳現瑞のところでは、﹃如来会﹄により、仏弟子 11神
和
麿
戸 阿難が釈尊に出遇ったところの感動を表示して、﹁世尊、 我如来の光瑞希有なるを見たてまつるがゆえに﹂と讃え ら れ て い ま す 。 そして、さらに、釈尊と仏弟子阿難の出遇いを﹃浄土 和讃﹄の﹁大経意﹂では、 尊者阿難座よりたち 世尊の威光を謄仰し 生希有心とおどろかし 土 木 曾 見 と ぞ あ や し み し 如来の光瑞希有にして 阿難はなはだこころよし 如是之義ととえりしに 出世の本意をあらわせり12 と讃頚されている。阿難尊者が釈尊の威光を拝んだ、そ の時の感動が、﹁生希有心とおどろかし、未曾見とぞあ やしみし﹂と、長い間、釈尊のお側に常随距近の弟子と してありながら、見えども見えず、遇えども遇えない、 そういうなかで、はじめて如来徳に住してみえる釈尊に お遇いした。﹁遇いがたくして今遇うことを得たり。聞 きがたくしてすでに聞くことを得たり﹂という感動の表 示が、﹁生希有心﹂の内容として表現されています。 親驚聖人は、その﹁生希有心﹂ e ||、その言葉に左訓 を 施 さ れ ﹁ ア リ ガ タ キ コ コ ロ ﹂ 、 ま た 、 ﹁ 如 来 の 光 瑞 希 有 ﹂ という一言葉には、﹁光アリガタシトナリ﹂と言われてい ます。そういう左訓をみましても、私たちにひとつの深 い宗教的感動が伝わってまいります。 私たちのこの世、それは闇夜の人生を生きるといえる でしょう。そういう闇夜の人生の直中に、教えに遇うと いうことは、哨えげども哨えげども自力心にては破られ ることのない無明、鹿妄と迷誤の多い人生に﹁光アリガ タシ﹂と南無阿弥陀仏の名号に、法の讃嘆の世界が正受 された、そういう感動というものが表示されているとい っ て よ い と 思 い ま す 。 ですから、その出遇いには、﹁生希有心﹂という、 新 しき時の繁明といいますか、新しき時の開始が告知され ているといえます。そして、その釈尊と阿難の出遇いは、 決して二人の出来事の証示で終るのではなく、一切衆生 の群萌を包む無蓋の大悲としての宗教的覚醒、めざめの 基盤が、私たちの車妄と迷誤、虚無と悩みの淵を瑞えぎ 生きる者に、大きなる歓びと勝利の大道が打ち建てられ たことを意味しています。そのことは、私たちの人類の 根源的要求が、ひとつの神話的表示によって、世自在王 仏と法蔵の、避遁という徴表、証示のなかに、迷いの世に 永遠の光が灯として点ぜられたことを指示しているとい え る で し ょ う 。 ﹁ 正 信 念 仏 偲 ﹂ に は 、 建立無上殊勝願、超発希有大弘誓 と、本願の仏地の建立がよく示されています。 そのように、親驚の仏道了解は、﹁希有﹂という言葉 が大切な意味で使用されています。釈尊と阿難の出遇い、 世自在王仏と法蔵の出遇い、その出遇いにおいて、希有 の讃嘆の法界が私たちの虚妄と迷誤に満ちた困窮の人生 ぞ生きる魂に、ひとつの光を点ずることが指示されてい ます。そのことは、既に一親驚教学﹄に尋ねてまいりま したので、これ以上詳しく申し上げることは差し控えさ せていただきます。ただ、親驚の教えのなかには、﹁希
有﹂という言葉が大切な思想の流れとして使われている ことに留意を致した次第です。 第 一 希 有 の 行 第 一 希 有 の 行 それで、今日私が問題にさせていただきますことは、 ﹁第一希有の行﹂ということです。そのことは、先程の ﹁ 超 世 希 有 の 正 法 ﹂ 、 ま た ﹁ 行 巻 ﹂ に は 、 ﹁ 超 世 希 有 の 勝 行﹂と示されていることです。﹁行巻﹂では、 大行とは、すなわち無碍光如来の名を称するなり。 と、如来行に覚知して生きる讃嘆の世界が端的に表白さ れている。親驚が長い苦悶のすえ法然に値遇した﹁ただ 念仏して﹂という教言、それは、選択本願の行信を仏道 の眼として見定めた仏道の歴史の顕揚であります。 その本願念仏の歴史、そのことが大乗仏教の歴史のな かで、どのように七高僧によって讃嘆されてきたかがひ とつの順序をもって確かめられ、その結釈のところに次 の よ う に 自 釈 さ れ て い る 。 誠に知りぬ。選択摂取の本願、超世希有の勝行、円 融真妙の正法、至極無碍の大行なり。知るべしと。 か よ う に 、 ﹁ 希 有 ﹂ の 法 界 の 讃 嘆 が 、 超 世 希 有 の 正 法 ︵ 総 序 ︶ 13 超 世 希 有 の 勝 行 ︵ 行 巻 ︶ と表白されている。そのことは﹁超世﹂ーーー、世を超え た正法、世を超えた勝行という意味内容にて﹁希有﹂の 法界が位置づけられています。そして、﹁信巻﹂の信心 の発起、時の内部を生きる衆生の自覚自証の位において ふ み 、 大信心はすなわちこれ、長生不死の神方、欣浄厭積 の妙術、選択回向の真心、利他深広の信楽、金剛不 壊の真心、易往無人の浄信、心光摂護の一心、希有 最勝の大信、世間難信の捷径、証大浬繋の真因。極 速円融の白道、真如一実の信海なり。 と、大信心海の徳を十二句を以て讃えるなかに、﹁希有 最勝の大信﹂と示されている。そこには、時を超えた永 遠の法界が、私たちの時の内部に点ぜられるところの自 証 、 信 心 の 発 起 が 、 ど こ ま で も 時 ︵ 機 ︶ と 永 遠 ︵ 法 ︶ の 関 係 のなかに、その秩序と順序を混同することなく、如来の 位と衆生の位が明確な区分において示されているといえ ま す 。 ﹁超世﹂ということ、そのことは仏道の歴史、いい換 えますと、仏陀の勤苦六年の修行、そして菩提樹下に端 坐されたなかでの正覚体験は、私たちに何を指示してい
14 るかということにほかありません。 確かに、仏道の歩みは菩提樹下に端坐された釈尊の成 道に始まります。その釈尊の正覚を自己の心境にしよう という人間的試みにおいて、仏陀の如くなろうというひ とつの行的意志のなかに、仏道は推求されてきたといえ ます。しかし、そのように釈尊を中心とした仏道の営み は、釈尊滅後において、もはや戒・定・慧の仏道の規範、 三学を見失ってしまう衰顔史のなかに、繰り返えし繰り 返えし、仏道の始源が問い直されてきた歩みであったと い え ま す 。 仏道はいうまでもなく、帰依仏・帰依法・帰依僧の三 宝成就の歴史です。その歴史が、﹁無仏の時﹂||、つま り、教主として仰ぐ世尊を見失った悲泣のなかに、仏道 が聞い直されてくるのです。そういうなかに、浄土教の 本願史観||、一体、仏陀の正覚体験は私たち衆生に何 を指示しているかという、ひとつの大切な問いがあると 思 い ま す 。 私たちは、ごく常識的に仏教史の流れを、根本仏教、 部派仏教、そして、大乗仏教という流れとし、その校末 として、浄土教もその流れのなかにあるということを、 一応の了解としています。そのことに対して、曾我量深 先生の﹃親驚の仏教史観﹄の中では、﹁釈尊以後の仏法﹂、 ﹁釈尊以前の仏法﹂ということが提示されています。確 かに、仏道は釈尊の成道に始まりまずから、その点、仏 道の歴史的現象としては﹁釈尊以後の仏法﹂ということ になります。しかし、大乗仏教の歴史においては、釈尊 の入滅という終鷲をくぐるなかに、仏道の歴史の現象を 超えた仏道そのものの始源、根源が、﹁釈尊以前の仏法﹂ として尋求されてきたといえるでしょう。つまり、釈尊 を釈尊たらしめた釈迦諸仏の一仏乗、さらには、誓願一 仏乗の仏道の根幹、大地が確かめられてきた。そういう 流れのなかに、﹃大無量寿経﹄の本願の歴史、親鷺の仏 教史観はあるといえます。 その﹃大無量寿経﹄は、先にも申しましたように釈尊 と阿難の出遇い、さらには十方衆生を包む世自在王仏と 法蔵の値過による人間の魂を指示する荘厳浄土と願生浄 土の仏道の方軌は、釈尊自らが自らの入滅を予見するな かに、﹁我が滅度の後をもってまた疑惑を生ずることを 得ることなかれ。当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲哀 感をもって特にこの経を留めて止住すること百歳せん﹂ と、釈尊を超えた本願の仏地が開顕されてきます。 いい換えますと、歴史を超えた如来の法界、﹁超世希
有の正法﹂が人間の歴史の上に、選択本願の行信を以て、 私たちの虚妄と迷誤に打ち勝った﹁超世希有の勝行﹂、 あるいは﹁第一希有の行﹂として現前してくる如来の大 行に覚知するところ、つまり、﹁諸有衆生、聞其名号信 心歓喜﹂の本願の機、自証に仏道の課題があったといえ ます。そういう点において、﹁超世﹂とは、時を超えた 釈尊の出世、不出世にかかわらず首尾一貫して等流して いる希有の法界、阿弥陀仏の白内証の法界が、本願の名 号の告知として、私たちの歴史︵諸有︶、時の内部
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、 つまり﹁五濁悪世の無仏の時﹂に、その希有の法が、﹁生 希有心﹂とどのように願生道を自証してくるかという、 そういう点に、﹁第一希有の行||﹁希有﹂と﹁諸有﹂| l ﹂ という、テーマの課題を考えさせていただいているよう な 次 第 で す 。 生 来 家 京 日 第 一 希 有 の 行 そういうひとつの視点から、﹃教行信証﹄引用の﹃十 住毘婆沙論﹄を尋ねてまいります。﹁行巻﹂では、入初 地品・地相品・浄地品・易行品が引証されている。はじ め に 、 15 ﹁般舟三味および大悲を諸仏の家と名づく、この二 法よりもろもろの如来を生ず﹂。 を父とす、また大悲を母とす。 といわれ、仏陀の正覚体験の根源が﹁生如来家﹂ 1 1 1 、 一切衆生の生命の家郷である父母の象徴によって表示さ れ て い る 。 そして、その如来の家郷から仏道を出生する菩薩道の 初地、初歓喜地の内容が明示されています。その意味で は、﹁入初地品﹂の菩薩道の十地の階級は、 一切菩薩地の喜と浄と明と炎と難勝と現前と深遠と 不動と善慧と法雲とを名づけて如と為す。諸の菩薩 是の十地を以て、阿轄多国維三貌コ一菩提に来至するが 故に名づけて如来と為す。 と、如来家において出生する菩薩道がよく表わされてい 4 G。
﹂の中に般舟三味 その﹁生如来家﹂について、﹃十住見婆沙論﹄では、 一、四功徳処︵諦・捨・滅・慧︶二、般若・方便、三、善 法・智慧、四、般舟三味・大悲、五、般舟三味・無生法 忍の五義の内容で示されていますが、親驚は最後の二義 によって、﹁般舟三味を父となし、大悲を母となす﹂、 ﹁般舟三昧を父となし、無生法忍を母となす﹂というこ 義によっておさえている。16 そこには、仏陀の正覚体験が人間的試みによる真如認 識ではなく、真如が真如自体から現前してくる見仏||、 般舟三味の真理認識︵智慧︶においてのみ諸仏現前三昧の 如来家を私たちの地上に大悲の無生法忍として湧出して くる願心にあるといえる。 その点、もう少し﹃十住毘婆沙論﹄に従いつつ、﹁生 如来家﹂ということの意味内容を尋ねてみると、菩薩が 善根を植え十地の段階を進んでいくなかで、仏道の模範 である仏陀について十力ということが言われています。 仏陀が十力によって必定に入り、如来家に生ずるとい う、そのことは私たち衆生にとってどういうことである のか。そのことは、初力によって﹁一切法の因果を了 達﹂するといわれ、最後の十力において、 実の如く漏尽の事を知ることを名づけて十力と為す。 是の如き仏の十力を得んが為の故に、大心に願を発 し、即ち必定楽に入る。 といわれている。人聞がこの世において深く困窮して生 きる迷いの本を徹頭徹尾見究め、そこに仏陀が仏陀とな った必定衰の心境が示されている。 かかる点を知るとき、私たちはすぐに、﹃大無量寿経﹄ の願文を想い起こします。第一の無三悪趣之願では、 たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あら ば 、 正 覚 を 取 ら じ 。 と、地獄・餓鬼・畜生の私たちの生さることの困窮した 境遇を見据えるなかに、無三悪趣之願・不更悪趣之願・ 悉 皆 金 魚 写 ι 願とだんだん問題が深められていきます。そ して、第十願の漏尽通之願、あるいは漏尽智之願といわ れるように、人間の迷いの本が何であるかをはっきりと 見定めるなかに、第十一願の必至滅度之願といわれる向 浬架道が指示されてきます。 いま、﹃十住毘婆沙論﹄も同よじうに、仏は﹁漏尽の 事﹂、迷いの本を見究め尽すなかに﹁生如来家﹂として の全衆生の生命の家郷が明らかにされています。ですか ら、﹁生如来家﹂ということは、﹁行巻﹂に引証されてい ますように、世間道、凡夫所行の道とは全く質を異にす る出世間道、三界を超えた浬繋界が、私たちの時の内部、 地上に湧出してくる新しい生命の開始の場所にほかあり ま せ ん 。 従いまして、先の仏陀の十力が語られるところでは、 ひとつの問いが設けられている。 釈迦牟尼仏の如きは初発心の時に必定に入らず、後 に功徳を修集して燃灯仏に値い必定に入ることを得
た り 。 第 一 希 有 の 行 と、意味深いことが言われています。釈迦は初発心にお いて必定したのでなく、燃灯仏に値うことにおいて必定 を得たのだという、そこには、釈尊を釈尊たらしめた仏 道の始源が内観されているといえます。 さらに、仏陀の十力に対しまして﹁釈願品﹂では、仏 の十六願が展開されてくる。その第七願﹁浄仏土願﹂ i 1 1、 そこでは可大無量寿経﹄に示される八相成道・出家・降 魔・成道という釈尊の御一代記が十事荘厳で語られてい ます。その九事荘厳のところに﹁希有具足行﹂、そして、 十事荘厳のところでは、﹁時具足﹂と示されています。 その九事荘厳の﹁希有具足行﹂ということは、 一切の世界は非時華を出し、栴檀末香及び諸天の名 華 を 雨 ら す 。 と、人間の時を超えた﹁非時華﹂
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、正覚の華は、人 間の時を超えた非時華であるというのです。そして、そ の時を超えた正覚の華が新しき時として地上に顕現して くる働きが、﹁希有具足行﹂、さらには﹁時具足﹂の関係 で指示されています。﹃如来会﹄では﹁優曇華の希有な るがごとし﹂という、三千年に一度咲く優曇華をもって 象徴される希有なる非時華の世界が、新しき時として、 17 苦悩と虚無に沈んでいく人生に﹁浄仏土願﹂、仏国土と して荘厳されたということにほかありません。 かように尋ねてまいりましたように、仏陀の正覚体験 は、﹁入初地品﹂では迷いの本を尽す﹁漏尽の事﹂とい う一線に出世間道と世間道の明確な区分にあることを示 し、﹁釈願品﹂の浄仏土願では、人間の時を超えた非時 華、如来の超越的な白内証︵智慧海︶が衆生の仏国土荘厳 として、﹁二十九有に睡眠し慨惰﹂する無明、流転の時 を包み、一切衆生を生如来家たらしめようとする浄土の 行こそ、希有具足行の荘厳する内容であるといえます。 四 易 行 道 の 閲 顕 いま、仏陀の正覚の世界を求めていくプロセスとして、 正覚の世界を人間的試みの理想とする出発点と、生如来 家の本願成就を出発点とする歩みの違いがあると思いま す 。 龍樹は、そのクルンドにおいて難行に対する易行、易 行道の開顕を指教してくるのです。難行と易行というこ とは、決して二つの事柄をいう分類概念ではなく、龍樹 自身が仏道の歩みのなかに確かめたひとつの方向転換、 回心の表白にあるといえます。18 仏道の歩みは、見通の初一念に立つところに始まりま す。始めも終りもない真如に、初一念を見開く無生法忍 の地歩こそ、仏道であります。その仏道の出発点である 初地||、その初地について、初地の法を助けるものは 何か、そのことが信・戒・捨・精進・念・慧の実践にあ ることが確かめられている。簡単にいえば、よく知られ た仏道の歩みである信・念・精進・定・慧の五根五力で す。その五根五力が仏道を歩ませる力です。そのことに 対して、その仏道の出発点である初地を滅する法は何か といえば、不信・破戒・少聞・樫貧・陣怠・乱念・無慧 であると示されています。 そのことは、﹁信﹂から﹁慧﹂||、つまり、仏道の初 歩的な信解から仏道を究寛する智慧に到るまでが、首尾 一貫してたゆみなく持続されていく厳しい精神において 支えられていく道であります。そして、その仏道を歩む 者 に つ い て 、 ﹁ 堅 心 の 菩 薩 ﹂ 、 ﹁ 軟 心 の 菩 薩 ﹂ 、 あ る い は 、 ﹃易行品﹄では、﹁丈夫志幹﹂、﹁怯弱下劣﹂という内容 において、仏道を精進する﹁志幹﹂と、そのことに反極 する﹁怯弱﹂が問題にされている。 いま、﹁丈夫志幹﹂について、﹁阿惟越致品﹂では、 ﹁志幹﹂とは、いわゆる威徳勢力なり。もし人あっ て能く善法を修集して悪法を除減せば、この事の中 において力あるを名づけて志幹となす。また身は天 王の如く、光は日月の如しと雄も、もし善法を修集 して悪法を除滅することあたわずば、名づけて志幹 なしとなすなり。また身色醜阻にして形、餓鬼の如 しといえども、能く善を修し、悪を除けば、すなわ ち名けて志幹となすのみ。 と い わ れ て い る よ う に 、 十 善 法 ︵ 信 ・ 精 進 ・ 念 ・ 定 ・ 畳 半 盲 身 業・善口業・善意業・無貧・無毒・無凝︶による悪法との戦 いの歩みであります。つまり、人間の食欲・蹟幸・愚療 の三毒、十悪がうみだす地上の苦痛、地上の不法、地上 の恐怖、地上の不安に戦い続けていく歩みにほかありま せ ん 。 しかし、その歩みは、つねに難関を突破していかなけ ればならない歩みです。そして、いつの間にか、その善 法を修集していく歩みが、地上の悪法を回避してしまう、 善きもの美しきもののみを私のものとしたい、自己信頼 のなかに閉塞していく避けがたさというか、弱さにある 人間の生き方が知らされます。つまり、仏法を隠れ家 として、仏法のなかに自問する仏道のあり方の批判は、 諸・久・堕の三難を以て示されるこ乗地、つまり、仏道
第 一 希 有 の 行 を歩む者の陥穿であるといえるでしょう。 ひとつの例として、最近よくテレビでコ一十一世紀は 警告する﹂ということで、二十一世紀はどうなるかとい うことが、いろいろの角度から報道されています。二十 一世紀にある出来事を通して核兵器が昨裂した予知のも とに、人類は存続することが可能であるかということで す。そのような中で、何人が生き残ることができるか、 その訓練の様子がよくなされています。そこには、もは や核廃絶の見通しは絶望的であるというなかに、それな らば、防空壕、シェルターのなかに何人生き残れるかと いう、いわば人類の悪法の回避のなかに自己存続の道を 志向する人間のあり方といってよいと思います。ちょう ど、二乗地ということは、そのことと同じように、仏法 のシェルターのなかに避難し、人間の三毒、十悪がうみ だす現実に目をつむることといえるでしょう。 ですから、﹃易行品﹄のはじめには、声聞、昨支仏地 は﹁菩薩の死﹂であり、﹁衰患﹂だといわれています。 そういうなかに、たとい﹁地獄に堕し﹂ても、地獄の直 中に仏道を成就する不退転道が問い直されてくる。地獄 からの避難所としての願生浄土ではなく、地獄において 不退転道を成就する仏道とは何か、そのことが、仏道を 19 歩む者の病いのなかに、 て く る わ け で す 。 そこには、仏陀の正覚体験を人間的試みのなかに理想 とした﹁信﹂から﹁慧﹂に到る仏道志向のあり方そのも のが問題にされてくるのです。 いま、一応、﹁信﹂ということを﹁信仰の可能性﹂と 置き換えてみますと、その﹁信﹂を支える力、可能性は 人間心、自力心に置くことといえるでしょう。その時、 法を信解する人間の力は、一体、この世の無秩序、混 乱・暗黒・危険な世、さらには、倣慢で、怠惰で、偽り に満ちた悪法にどこまで戦い続け、智慧を究寛していく 企図、要求に私たちは耐え得ることができるのであろう か。﹃十住毘婆沙論﹄の﹁序品﹂には、私たちの周囲を 取り巻く危険な力、おどしかかる邪悪さ、虚無の淵にお ける仏道の歩みの道を、 問うて日く、声問、昨支仏乗を行ずる者、幾の時に か生死の大海を度することを得んや。 と 問 い 、 声聞乗を行ぜん者は、あるいは一世をもって度する ことを得、あるいは二世をもってし:::。貯支仏乗 券﹂行ぜん者、あるいは七世をもって度することを得、 新たなる仏道として問い直され
20 あるいは八世をもってす。もし大乗を行ぜん者は、 あるいは一恒河沙大劫、あるいは二・三・四・十・ 百・千・万・憶に至って、あるいは是の数を過ぎて 然る後、すなわち具足して菩薩の十地を修行して仏 道 を 成 、 ず る こ と を 得 。 といわれています。そのように声聞、昨支仏を行ずる道、 さらには大乗を行ずる者の道は、途方もなく遠大であり ます。ある意味では、その課題を聞くだけで、絶望的に 意気消沈し、気が遠くなるというのが、正直な実感では な い で し ょ う か 。 かように、私たちは、﹁信﹂を支える力を人間心、自 力心に置こうとするかぎり、﹁丈夫志幹﹂の道は不可能 の可能として空過退没していく人間自体を呑み込んでし まう、生死海と煩悩海の黒暗の世の深淵に沈んでいく ﹁ 怯 弱 下 劣 ﹂ の 身 が 知 ら さ れ ま す 。
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聞名疾不退転地 | | 信 方 便 の 易 行 l l l そういう無明・煩悩の黒暗の世を生きる衆生に、どの ように必定希有の仏道が聞かれてくるのか、そのことが 易行道の開顕、いわゆる﹁聞名疾不退転地﹂の仏道の表 示 で あ る と 考 え ま す 。 いま、その点を﹁行巻﹂に一示される﹁賢善者﹂として ﹁自然に諸仏如来種を増長﹂する初地、仏道を生きると いう、その視点から問題を推考したいと思います。 問うて日わく、初地、何がゆえぞ名けて﹁歓喜﹂と するや。答えて日わく、初果の究寛して浬繋に至る こと得るがごとし。菩薩この地を得れば、心常に歓 喜多し。自然に諸仏如来の種を増長することを得。 このゆえに、かくのごとき人を﹁賢善者﹂と名づく ることを得。﹁初果を得るがごとし﹂というは、人 の須陀一但道を得るがごとし。善く三悪道の門を閉ず。 法を見、法に入り、法を得て堅牢の法に住して傾動 すべからず、究寛して浬繋に至る。見一一所断の法を 断ずるがゆえに、心大いに歓喜す。たとい睡眠し慨 堕なれども二十九有に至らず。一毛をもって百分と なして、一分の毛をもって大海の水を分かち取るが ごときは、二三掃の苦すでに滅せんがごとし。大海 の水は余の未だ減せざる者のごとし。二三浦のごと き心、大きに歓喜せん。菩薩もかくのごとし。初地 を得己るを﹁如来の家に生まる﹂と名づく。 私たちが、ここですぐ想い起こします点は、見道の初第 一 希 有 の 行 一念に立つところの仏地、﹁歓喜地﹂の境地を、親驚が 読みかえたということです。﹃十住毘婆沙論﹄では、 苦のすでに減せる者は大海の水のごとく、余の未だ 滅せざる者は二三掃のごとく、心大いに歓喜す。 と な っ て い ま す 。 そこには、﹁賢善者﹂としての聞見の初歓喜地に立つ 菩薩道に対して、親驚の気持には、﹃愚禿紗﹄に示され て い ま す よ う に 、 賢者の信を聞きて、愚禿の心を顕わす。 という、仏道の歩みのなかに省察されたところの位置で はなかろうかと思います。 確かに、仏陀において生如来家として聞かれた仏道は、 善 く 一 一 一 悪 趣 の 門 を 閉 ず 。 法 を 見 、 法 に 入 り 、 法 を 得 て堅牢の法に住して傾動すべからず。 という、仏道の大地||、それは一切衆生の実在基盤で ある﹁法﹂を自覚的立脚地とするということです。その 生命の秩序、法則を自覚的立脚地として、﹁自然に如来 種を増長﹂していくということは、無条件の決定に信順 するということです。そして、その道は、 たとい睡眠し慨堕なれども二十九有に至らず。 という、精進の者も陣怠の者も、善、悪の資質と資格を 21 問わず、無条件に私たちを励まし、慰め、警める生命の 家郷、如来家の場所です。いい換えますと、人間の迷い の深さにおいてはいささかも微動だにしない生命の根源 的な約束のなかに、どこまでもその家郷を見失った衆生 を如来の子として、般舟三味を父となし、無生法忍を母 となして信知を促し続ける大悲の現用にほかありません。 ただ、先程申しました、﹁賢善者﹂の聞見の菩薩の歓 喜地に対しての読みかえは、﹁愚禿の心﹂として省察さ れた心境であるといいましたが、そのことは、親驚が生 涯を一貫したところの、凡愚の生活者としての位置であ る と 思 い ま す 。 凡夫人の生活を省みよ、ということでしょう。私たち の生活という内実を少しく省みるとき、機悔・勧請・随 喜 ・ 廻 向 ︵ ﹁ 除 業 品 ﹂ ︶ と い う 仏 道 の 歩 み の な い 、 そ の 日 そ の日が自分の勝手さのなかにいかに流転し、さ迷い続け ていく日々であるかということです。無条件にかつ根抵 的に私たちを慰め、励ます生命の法則である秩序の促し のなかにありながら、私たちは常にその秩序を犯し、背 き、破り生きている迷誤の日々にほかありません。朝ご とに新しい一瞬一瞬の生命の根抵的な約束に、一日たり とも、一刻たりとも信順できない、いわば﹁二三浦のご
22 とき心﹂の歓喜ということすらもち得ない、悪しき迷夢 と苦悶のなかに晴えぎ生きている生活といってよいでし レ 点 、 つ ノ 。 その意味では、﹁賢善者﹂としての聞見の初歓喜地の 仏道の生点、菩薩道に対して、﹁愚禿の心﹂とは、初歓 喜地の仏道の死点、聞不具足の凡夫人としての五逆、誘 法の死に値する資質しか備えあわせていない、無断無憾 の表白にほかならないと推察できます。 そこに、人間的試みによる﹁信﹂から﹁慧﹂を究寛し ていく浬繋道の支えは、もはや、人間心、自力心に置く ことのできない、人間の試みが全く罪の身としてしかあ り得ない、﹁自身﹂の信知であります。 私たちが、この世に身を保ち、この世を生きる生活、 つまり、私の生きる家、住処とはいかなるところか。 ﹁ 知 家 品 ﹂ で は 、 ﹁ 家 の 過 ﹂ に つ い て 、 家は是れ諸の善根を破す。家は是れ深牒林にして自 らいずること得がたし。家は是れ清白の法を壊す。 家は是れ諸の悪覚観の住処なり。家は是れ弊思不調 の凡夫の住処なり。家は是れ一切不善所行の住処な り。家は悪人所緊の会処なり。家は是れ貧欲・眠 幸・愚療の住処なり。家は是れ一切苦悩の住処なり。 といわれるように、自我を住家とした凡夫人の所行の住 処、それは愛執と倣慢、怠惰と無気力、利己心と無慈悲 の偽りに満ちた混乱と、どすぐろい煩悩の暗黒のなかに 瑞ぎ生きる生活が、人間の生きる住処、場所であるとい h え 牢 也 、 す 。 もはや、そこには人間の住処を白己信頼することがで きない。人聞を自己信頼し、人聞を始めとする仏道の端 緒が、煩悩に満ちた虚無でしかない、瑞えげども瑞えげ ども足場のないところであります。ただ、そこには人聞 の家が罪の身として、立場を失うということです。そこ に、自我の誇りに死して、本願の約束である生命の言に 生きる道が私たちに与えられていることを知るのです。 もし人、疾く、不退転地に至らんと欲せば、応に恭 敬心をもって、執持して名号を称すベし。 本願の約束の一言に帰命して生きよ。そのことは、 月古き自我の家、魔境を去り、生命の家郷である如来の 家、浄土に生きよ
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−、という、立場を失った者が、 如来の家に立場を獲得し、名号の教勅に恭敬心をもって 生きる道を賜わる、謙遜の勇気といえます。 そのことは、悪しき迷夢と欲望のなかに、自己信頼に よって捕因された罪の牢獄が、本願の約束のなかに、た第 一 希 有 の 行 だ仏に成るいのちとしてのみ人聞を解放している新しき 生命の開始の場所であるといえるでしょう。 そのように、﹁恭敬心をもって、執持して名号を称す べし﹂という、謙遜の勇気、帰命の一念そ喚び起こす一 道は、名号において、生命の秩序である仏に成る不退転 地を仏願の﹁信﹂として成就する道であります。その ことは、先程の人間的試みによる﹁信﹂から﹁慧﹂を 究立見する道ではなく、光明・名号の依止による仏願の発 起||、﹁慧﹂から﹁信﹂を方便する易行の一道である と了解することができます。 その道は、自己自身に由来する決定︵難行︶を倹つこと なく、無条件の如来の決定︵易行︶に、誰しもが、仏に成 る法蔵の宝庫のなかに聞かれているということです。そ のことは、無辺の生死海、無底の煩悩海の無秩序、混乱、 暗黒のこの世に、無量明の阿弥陀仏を法王とする海徳 仏||、光を輝かせという無上浬襲を自証する機、生命 の実在基盤があるということにほかありません。 私たちのこの世の不安、あるいは恐怖に満ちた闇夜は、 ﹃十住毘婆沙論﹄では、﹁五怖畏﹂をもって表示されて いる。そのなかで次のようなことが一言われています。 もし貧窮の者あって、ただ衣食のみを求む。すでに 23 衣食を得おわって、また美好のものを求む、すでに 美好のものを得れば、また尊貴を求む。すでに尊貴 を得おわって、一切地に主たらんことを求む。たと い主地を尽すことを得るとも、また天王たらんこと を求む。世間の責欲の者は、財をもって満たすべか ら ず 。 そこには、貧窮←衣食←美好←尊血一←王地←天王と、 何かを求めつつも、歓喜することのない生の困窮を生き る衆生のあり様です。生命そのものが生きる歓びを枯渇 したまま貧窮として生きる。いのちの果しない流浪であ ります。一体、人がこの世を生きるということはいかな ることか、そこには存在の謎を宿した流転漂没のなかに 帰趨する場所が無いことを示しています。 その場所こそ、光明・名号が究寛ずる浬繋道であると いえるでしょ hつ 。 西方に善世界の仏を無量明と号す。身光智慧明らか にして、照らすところ辺際なし。その名を聞くこと あるものは、すなわち不退転を得。︵乃至︶過去無量 に仏まします。海徳と号す。この諸の現在の仏、み な彼にしたがって願を発せり。寿命量りあることな し。光明照らして極まりなし。国土はなはだ清浄な
24 り、名を聞いて定んで仏と作らん。 そこには、﹁西方善世界の仏を無量明と号す﹂という 果上の阿弥陀仏において、私たちの時の内部の闇夜が、 無量明の阿弥陀仏の光に映しだされていく海徳仏||人 聞の苦悩が大悲の祈りに転成する閣のなかに輝く、光を 反射するところといえます。つまり、如来の功徳のなか にあるいのちの場所といえるでしょう。 古来から議録では、﹁海徳仏﹂は本門の阿弥陀仏、久 遠実成の阿弥陀仏、また西方無量明仏は遮門の阿弥陀仏、 十劫正覚の阿弥陀仏として了解されていますが、私は果 上と因位の位の区別として了解した方がよいと考えます。 ﹃ 法 事 讃 ﹄ で は 、 上海徳初際如来より乃至今時の釈迦諸仏皆弘誓に乗 じて悲智嬰じて含情を捨てず。 といわれています。﹁海徳初際如来﹂||、そのことは、 始めも終りもない真如の働きが、阿弥陀仏の名号におい て、私たちの時の内部に、海徳初際如来として十方衆生 が、すべて仏になる十方十仏の根源、発端が見開かれた ことを意味しているといえます。 ﹃大無量寿経﹄に照応しますとき、 たとえば大海を一人升量せんに、劫数を経歴して、 尚底を窮めてその妙宝を得ベきがごとし。 といわれているように、さとりの世界は人間的試みによ って、迷いの外に夢みられる世界ではありません。その ことは、私たちの迷いの底を窮め尽す人聞の企図、要求 の限界点に、西方無量明仏の果上の光を、時の内部、無 辺の生死海、無底の煩悩海の閣の夜の直中に映しだして い く 道 で あ り ま す 。 海徳仏、法蔵の園地は、決して自己自身に由来する決 定ではなく、阿弥陀仏の直接無条件の決定に﹁歓喜地﹂ の不退転地の場所が約束されているという、他力自然の 生命の実在基盤であります。 歓喜地||、そのことは先程の親驚の了解によれば、 ﹁二三滞のごとき心、大きに歓喜せん﹂という表白でし た。そのことは、無始流転の時間のなかでの小さな救い、 歓喜であるかもしれませんが、丈夫志幹の勇猛心のない 怯弱下劣の身には、一目、一刻が仏道の死に値するのみ の生活であるといえます。凡夫地に生きる愚かな菩提心 なき身は、苦悶の大海に瑞えぎ生きる一生といえるでし ょう。そのような凡愚の身に、名号の告知においてのみ 得 る 称 名 念 仏 の ﹁ 一 一 一 一 一 捕 の ご と き 心 、 大 き に 歓 喜 せ ん ﹂ という、その一掃は、煩悩にまみれ汚染された、無明の
なかに枯渇したいのちを生きる身を、新たに魁えらせる、 ほんの小さな一点、一捕であるかもしれませんけれども、 その小さな一滞とは、如来の無上大利の功徳に通じると ころの歓び、その自覚的立脚地であるといえます。 かように、﹁超世希有の勝行﹂、﹁第一希有の行﹂を開 示する名号は、無条件の如来の発願、促しによって、 諸有の衆生、その名号を聞きて信心歓喜せんこと、 乃至一念せん、至心に回向したまえり。かの国に生 まれんと願ずれば、すなわち往生を得、不退転に住 せんと。唯五逆と誹誘正法を除く。 と、どこまでも﹁諸有の衆生﹂を場所として覚知を促す 不退転道にほかありません。そのように、親驚の仏道了 第 一 希 有 の 行 25 解には、﹁諸有﹂の歴史、凡愚の身に果上の﹁希有﹂の 法を﹁信方便の易行﹂として、﹁信心歓喜、乃至一念、 至心回向。願生彼園、即得往生、住不退転﹂と自証する 願成就文による仏道の顕揚であるといえます。そのこと は、南無阿弥陀仏の名号の依止に、菩薩の初歓喜地の光 景を凡愚の身に見聞き歩んでくだされたところの、愚禿 と名のった人が指示するところの仏道であると尋ねる次 第 で あ り ま す 。 十分まとめてお話することはできませんが、現在、考 えていますことで私の話を終らさせていただきます。 ︵ 大 谷 大 学 教 授 ︶
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