はじめに
2019年3月8日の閣議決定「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るため の関係法律の整備に関する法律案」(第9次地方分権一括法案)によって、「地方教育行政の組 織及び運営に関する法律」「社会教育法」「図書館法」「博物館法」が一括法として国会で審議さ れ、5月30日に可決成立し6月には一部施行された。肝心なことは公立社会教育施設の首長部 局所管問題が、「地方分権改革」の一環として捉えられていたということである。2018年12月に 出された「地方分権改革に関する提案事項の文部科学省最終的な調整結果」という文書では、
三重県名張市の提案が掲載されている。そこでは具体的な支障と制度改正の効果として、次の ようなことが挙げられていた。「現行の社会教育法では、営利目的の事業が禁止され、活動の幅 を狭めていたことから、市民センターへ移行することで、地域課題の解決への環境が整う」こ と、「社会教育施設が地域の拠点として他部局と一元的に対応できる体制が整い、行政の効率化 が図られるとともに、社会教育のさらなる振興へつながることが期待できる」と率直に記載さ れている(1)。社会教育施設の機能を一般行政組織に一元化することで、より一層社会教育を振興 することができるという論理である。文科省は、生涯学習政策局や社会教育課を廃止し、博物 館を文化庁へ移管するなどの組織改正を先行させながら、このような特定の自治体の声に応え る形をとって、公立社会教育施設すべてを首長部局に移管することができるようにする内閣府
研究論文
第 9 次地方分権一括法による社会教育関係法改正と 社会教育実践の課題
谷 岡 重 則
立正大学非常勤講師
Social Education Related Law Revision by the 9th Decentralization Law and Issues of Social Education Practice
Shigenori TANIOKA Part-timeLecturer,RisshoUniversity
要旨
第9次地方分権改革一括法による社会教育関係法の「改正」が行われ、自治体の条例によっ て、公立社会教育施設の首長部局移管が可能となった。今回の法改正は、戦後の社会教育法 原理と根本的に矛盾する概念を埋め込んだことになる。とりわけ、このような法改正を条件 付きで容認した第9期中央教育審議会答申「人口減少時代の新しい地域づくりに向けた社会 教育の振興方策」を批判的に読み解くことが重要である。「地域づくり」の過程は、貧困と格 差、包摂と排除など様々な社会的な矛盾と葛藤の中にあり、政治的政策的な過程の中に埋め 込まれた学習活動は、新たな同調と排除を生み出す恐れがある。対抗軸は「住民の学習の自 由と自治を基盤とした社会的連帯協働を生み出す学習」である。地域における公立社会教育 施設の固有の役割は、多様な市民活動や社会運動との相互自立的な関係性を持ちながら、行 動を準備する個人の自立的な価値選択を模索する学習を保障することである。
官邸主導の地方分権改革による法改正の準備を着々と進めていた。その一方でほぼ同時並行し て、中央教育審議会で「人口減少時代の新しい地域づくりに向けた社会教育の振興方策につい て」の検討が進められた。2018年12月に出された中教審答申の内容は、曲がりなりにも教育法 制度の下での社会教育の論理を原則としながら、「特例」として条件付きで公立社会教育施設の 首長部局移管を容認するというものであった。結果的には文科省は、この中教審答申によって、
「新しい地域づくりに向けた社会教育」の方向付けと地方分権改革による公立社会教育施設の首 長部局移管を可能とする法改正の条件付き容認という合意を整えたことになる(2)。
本稿では、今回の法改正の問題点と自治体に与える影響について検討し、中教審答申に示さ れた「新しい地域づくりに向けた社会教育」という言説を批判的に捉えなおし、住民主体の社 会教育実践に求められる基本的課題を明らかにしたい。
1.第9次地方分権改革一括法による社会教育関係法「改正」後の動き
中教審生涯学習分科会「公立社会教育施設の所管の在り方等に関するワーキンググループに おける論点整理」(2018年5月29日)では、「今回の公立社会教育施設の所管に関する特例の導 入により、首長部局に所管が移った場合であっても、それぞれの施設が、社会教育法、図書館 法、博物館法等に基づく社会教育施設であることに変わりはなく、各社会教育施設には、それ ぞれの法律に定める目的に即し、各種の基準等を遵守して、社会教育の振興に努めることが求 められる。」として、文科省は首長部局に移管されても社会教育法に基づく施設であることには 何ら変わりはないと繰り返し説明している。しかし、今回の法改正では、地教行法23条の職務 権限の特例によって、条例による「特定自治体」、「特定社会教育機関」の設置など、首長によ る管理及び運営、廃止に関する規定、施設、設備、組織編制その他の基本的事項についての規 則を定めることなどが新設された。これは、社会教育関係法に「特定」概念を挿入し、外見的 には教育機関としての形式を持たせながら、実質的には首長が全面的に管理執行することを可 能とするものであり、戦後教育法と社会教育法体系の原理と根本的に矛盾する概念を埋め込ん だことになる(3)。もう一つの論点は、公立社会教育施設の「政治的中立性」の担保措置である。
これについては、社会教育法一部改正の第8条で「特定地方公共団体の規則で定めるものを管 理し、および執行するに当たっては、当該教育委員会の意見を聞かなければならない。」 また、
規則を制定又は改廃しようとするときも教育委員会の意見を聞かなければならないと規定され た。しかし、文部科学大臣は国会で、「教育委員会が提出する意見には法的拘束力がない」と答 弁している(4)。移管された場合は、首長が設置 ・ 運営 ・ 廃止などすべての権限をもち、住民参加 の委員の委嘱 ・ 任命も首長によって行われることになる。教育における住民自治と政治からの
「中立性の確保」という仕組みに対して、これまでの社会教育における法制度的な原則を崩壊さ せる楔が埋め込まれたといってよい。
1)法改正が自治体政策にもたらす影響について
ここでは、法改正の具体的な内容については踏み込まずに、主に公民館についてこの法改正
が自治体にもたらす影響がどのようなものなのか検討したい。たしかに、首長が管理運営する 社会教育施設における住民の学習活動を行政施策達成の手段として活用することによって、教 育実践の自立性や自主性を侵害する政治的影響力や統制を一層強める恐れがある。しかし、今 回の法改正以前から、再開発に伴う公共施設再編や民間企業における経営手法を行政部門に導 入する NPM(ニューパブリックマネジメント)、指定管理者制度の導入など、もともと首長と 議会の判断によって公民館の廃止や公民館機能の首長部局移管、住民組織を受け皿とした「コ ミュニティセンター」化などはこれまでも行われてきた。今後も地方創生政策、「自治体戦略 2040」などにより、同様な動きが広がる恐れは強い。
今回の法改正に基づいて首長が管理運営する特定社会教育機関として条例設置を行うという 選択をするのはどのようなケースだろうか。実際に施行されたケースは把握していないので、
あくまで仮説ではある。公民館という名称を残したまま、首長として社会教教育施設の管理運 営に対する直接的な関与を強めたい、他領域の行政施策や「地域振興」、「地域づくり」と一体 となった学習機能をもつ社会教育施設に転換したいという動機がある場合などが想定される。
その場合、社会教育法に基づく「特定社会教育機関」という枠組みを活用するか、公民館を廃 止して社会教育施設という枠組みを外し、住民の学習機能を埋め込んだコミュニティー施設に するかということが選択の分かれ目になる。住民の公民館活動が活発で蓄積があり、廃止や転 換に対する合意形成のハードルが高い場合には、今回の法改正による首長部局移管という方法 が選択されるかもしれない。しかしながら、公共施設再編や財政削減などが政治的な優先課題 とされる場合は、公民館の廃止や統廃合が強引に進められるかもしれない。公立社会教育施設 の首長部局移管という選択は、それぞれの自治体の歴史的背景や政策的背景、住民自治の力量 などによってその文脈が異なって表れてくる。このような政策を押し進めようとする行政側に も、政策課題の達成と経費削減の矛盾、受託先の負担強化や疲弊、地域の合意形成の困難、現 場の実践活動への支援能力の低下など、構造的な課題を抱えている実態があるからである。財 政削減、人件費削減、地域再開発、公共施設再編に伴う統合や公共サービスの産業化、住民自 治組織への下請け化などを推し進めることが主目的であれば、あえて条例によって首長が管理 運営する教育施設として「特定社会教育機関」を設置するという迂遠な手続きを選択する必然 性は弱いかもしれない。いずれにしても、このような政策的な再編過程には、地方自治におけ る住民自治と政治の関係性、地域再編に関わる資源の再分配、住民の自主的な学習 ・ 市民活動 と首長の政策的な取り組みとの緊張関係などが内包している。
2)自治体の公民館廃止の動き
滋賀県大津市では、2019年10月に、市内36か所にある市民センターの統廃合や大幅な経費削 減(約6億5千万円)、職員半減(231人→116人)と市民センター内に設置されている公民館を 廃止(公民館専門員の廃止)して、コミュニティセンターとして「まちづくり協議会」などに 指定管理を順次導入していくという条例案を提出していた(5)。しかし、地域からの現状維持、公 民館の存続を求める声も多く、市長は度重なる条例案撤回に追い込まれている。大津市の場合
は、今回の社会教育関係法改正による「特例」による条例設置という選択肢が検討された形跡 はない。なぜならこの計画は、「住民自治の確立」を名目にしているが、人件費、経緯削減が主 目的だからである。わざわざ新たな条例によって首長部局が所管する社会教育機関を設置する 必要もないからである。
また、京都府宇治市教育委員会は、従来から、市内5館の公民館と「コミュニティセンター」
が併存してきたが、2018年12月の「第5次総合計画第3期中期計画」において、「生涯学習の活 動は維持 ・ 継続しながら、他の施設との複合化や統廃合の検討を進める」と方針が示されてい た。これを受けて、2019年10月に教育委員会は、「公民館の今後のあり方について~学びの仕組 みを再構築するために~」(初案)を提示した。そこでは、同市の生涯学習審議会の答申を踏ま えたうえで、「社会教育法に定める公民館の枠組みにとらわれることなく」「幅広い視点で生涯 学習を推進する場に転換する」ために、公民館を廃止して新たな教育施設として運営方法を見 直すこと、あわせて、費用負担のあり方を検討する(有料化)ことが提案された(6)。市教委が考 える生涯学習のビジョンとしては、「教育の範疇にとどまらず、地域活動や福祉、防災等他の分 野と連携する。そして、各々が専門性を生かしながら、生涯学習に関する施設 ・ 仕組み ・ 組織 ・ 事業等を総合化していく。また、市民がまちづくりについて考え自ら行動できるよう、多種多 様な課題について学び解決できる力を支援するため、人材育成や社会還元の仕組みをより効果 的に活用し、市民活動を活性化する」と掲げられている。これは、単なる公民館の「コミセン 化」とは違い、昨年12月の中教審答申第1部で示された方向性なども参酌された新たな教育施 設としての生涯学習施設の設置という提案になっている。教育委員会として単純な「コミュニ ティセンター」への統廃合の動きに一定の歯止めをかけたと見ることもできる。また、「これま での社会教育法に基づく公民館という枠組みにとらわれない教育施設にする」としているので、
今回の法改正によって可能となった首長部局が管理運営する「特定社会教育機関」として位置 づけることは意図されていないようにも見える。初案では、提案された「新しい教育施設」の 管理運営について、条例上どのような形になるのかは明らかではない。また、幅広い層の市民 に生涯学習の場を提供することができるとし、市と市民が共に負担するということで、有料化 を持ち込んだことは、今後、生涯学習機能を持つ「コミュニティセンター」への統合や指定管 理者制度の導入にむけた選択肢を残していると見ることもできる。
次に自治体社会教育の再編過程における政策理念や言説について検討しておきたい。これか らの社会教育の役割やあり方と自治体改革にかかわる「地域づくり」の関係性について、ここ では、中央教育審議会答申における「人口減少時代の地域づくりに向けた社会教育の振興方策」
の主に第1部で示された「新しい社会教育」の方向性について、批判的な検討をおこないたい。
2 .中教審答申「人口減少時代の地域づくりに向けた社会教育の振興方策」を どう読むか
この答申では、第1部で、「地域における社会教育の意義と果たすべき役割」として、「『社会 教育』を基盤とした、人づくり ・ つながりづくり ・ 地域づくり」を掲げ、その具体化の方策と
して、学びへの参加のきっかけづくりの推進、多様な主体との連携 ・ 協力、多様な人材の幅広 い活躍の促進、社会教育の基盤整備と多様な資金調達手法の活用などが挙げられた。そして、
第2部で、公立社会教育施設の首長部局移管を可能とする「特例」を設けること、その際の担 保措置などが示された。
1)答申の肯定的な評価と批判的な視点
この答申については、次のような評価がある。「ここに言及されている『社会教育観』は、
『相互学習』であり、社会教育を通じた『人づくり』や『つながりづくり』は、持続可能な『地 域づくり』につながっていく意義を持つことに触れ、また、『主権者教育』を推進する重要性 や、孤立しがちな人や、生きづらさを抱えた人々も含めた『共生社会』の実現を目指すうえで、
社会教育は大きな役割を果たしうることなど、社会教育の固有の意義を提起している」。そして 第2部についても、「『特例』だけが強調されているわけではない」として、「『特例』に引き寄 せられる政治的意図を逆手にとって、戦後日本が築き上げてきた社会教育の価値や在り方が、
刻み込まれた答申として読み直す」ことが強調されている(7)。つまり、第1部で示された方向性 や理念を戦後社会教育の固有の意義を捉えていると高く評価し、第2部の首長部局移管を可能 とする「特例」を容認する論理については、全体として強調されているわけでもなく、第1部 と整合性が欠ける論理が押し込まれたのであり説得力に欠けるという見方である。
しかし、この答申が持っている政策的意図は、全体としてみれば、第1部の理念や方向性が 第2部の首長部局移管を可能とする「特例」を容認することを導き出す意味付けになっている と見た方がわかりやすいのではないだろうか。住民の学習を、政策的な「人づくり ・ つながり づくり ・ 地域づくり」に方向付けることによって、首長部局の他領域においても、「地域づくり に関わる政策全体の基盤として、社会教育が大きな役割を果たす」ことができるようになると し、そのために、「企業、大学、NPO など多様なステークホルダーや地域の人材(社会教育士 の活用など)と連携協働」して、教育領域のみではなく幅広い行政領域で行われる学習機能を 社会教育として捉えることが求められる。その方向付けのために、首長部局移管の選択肢を導 き出しているのではないだろうか(8)。
言葉としての「人づくり ・ つながりづくり ・ 地域づくり」は、誰のための、誰による、どの ような地域づくりかという内実は示されていない抽象的な概念である。このような言葉が政策 概念として活用される時は、実際には、地域社会の中に育成 ・ 支援するに値するかしないか、
つながるに値するかしないかなどの線引きが持ち込まれ、排除や不寛容、分断が生み出される 恐れもある。「住民の当事者意識を高め、成果を実感しながら地域課題の発見から解決に至るま で、参加者が共通理解をもって活動に取り組む(9)」という「地域づくり」の過程は、貧困と格差、
包摂と排除などさまざまな社会的な矛盾と軋轢の中にあり、住民要求は社会的な対立を抱え込 んでいることが地域社会の現実である。政治的政策的な過程の中に埋め込まれた学習活動は合 意形成の過程で、同調と排除を生み出す恐れがあることを自覚したい。今日の地方創生政策や コミュニティー政策が、公共サービスの産業化 ・ 市場化と共に、住民の自助 ・ 共助、自発的参
加を埋め込んだ「地域づくり」として展開されていることにも注意が必要である。今日の地域 社会や自治体行政経営の政治的な力関係の実態を見ると、この答申を逆手にとって批判的に捉 え直すという感覚で「人づくり、つながりづくり、地域づくり」という土俵に乗ることの危険 性もある。今、同じ土俵に乗って戦う力量がある社会教育の現場がどれだけあるだろうか。
2)対抗軸としての「住民の学習の自由と自治を基盤とした社会的連帯協働を生み出す学習」
生涯学習政策局、社会教育課を廃止した文科省の組織改編、「新たな社会教育の方向性」を示 した中教審答申、その後の社会教育関係法改正など、これらの政策転換の背景には、文科省が、
内閣府主導の教育改革や地方分権改革の動きとの整合性を図るために、生涯学習振興行政と社 会教育行政の連携という従来の枠組みでは持ちこたえられなくなったということが考えられる。
人口減少、高齢化、地域経済の縮小などを前提とした政府の地方創生戦略、自治体戦略などの 政策動向に対応した自治体社会教育の方向付けをしたものというのがこの答申の本質である。
したがって、この答申を批判する対抗軸は、人権保障の視点に立つ住民の学習の自由と自治を 基盤として社会的な連帯協働を生み出す学習を創造することにある。これは、賛否両論がモザ イクのように列記された政府の政策的な文書をどう読み解くかというリテラシーの問題でもあ る。主権者としての住民が権利としての社会教育を実現していくためには、暮らしに浸透して いる政策的な言葉 ・ 概念と組織 ・ 仕組みを批判的に取り戻していかなければならない。主権者 としての政治学習や基本的人権に関わる「現代的な課題」の学習、多様な困難を抱える人々の 学習要求に即して、自主的な学習活動と共同実践を豊かに発展させることが何より求められて いる。「人づくり ・ つながりづくり ・ 地域づくり」という言葉は、主権者としての住民主体の共 同実践の中で捉え返される時に初めて、地域社会を変えていく力となるのである。だからこそ、
教育機関として自立性を持った公民館と、住民主体の「地域づくり」の関係性を模索してきた 歴史的経験から深く学び取ることが必要である(10)。公立社会教育施設の専門職員が、地域住民の 暮らしや働き方に根差した学習要求を深く捉え、多様なテーマを持った市民活動団体などと協 働する関係性を自治的に築いていくことで、住民の生存権保障と学習権保障を共に立ち上げて いく住民主体の社会教育を「地域づくり」へと発展させる実践的可能性を追求することが求め られている。
最後に、社会教育としての学習の価値と地域社会における民主的な社会教育のグランドデザ インに触れておきたい。
3.地域における民主的社会教育の創造的発展
1)政治的な過程の総体としての「地域づくり」
筆者は、地域づくりと社会教育の関係性について、次のような捉え方をしている。少し長い がそのまま引用しておく。「『地域づくり』とは、地域住民の参画によって意思決定をしていく 政治的にコントロールされた過程の総体をさすととらえておきたい。地域に暮らす人々が、集 まって相談したり、話し合ったり、いろいろな意見の声を聴いて、利害を調整したり、合意を
つくって、決めたことはみんなで実行して、やってみて修正したり改善したりする。今は、こ ういう関係性を意識的につくりなおしていくことが求められている時代である。」「このような 政治的過程に内在している住民相互の信頼関係の形成や討議民主主義による学習の機能がどの ように発揮されるかということに社会教育が貢献する可能性は大きいと言える。しかし、この 過程は、住民の要求が政治的に集約される過程であり、時には、政府や行政の政治的な力の論 理が働き、取り込みや排除が行われる舞台にもなる(11)。」つまり、「地域づくり」とは、地方自治 における住民自治と団体自治の矛盾葛藤を含んだ政治的過程のダイナミックな総体なのである。
そのうえで、地方自治における政治と教育の自立性、関係性が捉えられなくてはならない。近 年、政府や行政組織の中で、住民、市民の多様な価値観や政治的な意見 ・ 表現は、市民社会の 中で自由に行使できればいいことで、公の施設の利用や事業については、市民相互の対立から 距離をとり、世論が対立しているような課題に取り組む集会、学習、表現活動などを制限する ことはやむを得ないという論理が強まっている。その一方で、政府や行政が掲げる政策的な目 的を達成するために住民の意識づけや学習、社会参加を強いる動きも強まっている。とりわけ、
公立社会教育施設に関しては、住民 ・ 市民の「表現の自由」と「知る権利」、学習権の保障とい う両面からの観点と行政の「公平 ・ 中立」という立場からの管理権との衝突 ・ 調整が問題となっ ている。さいたま市「九条俳句」訴訟で確定した高裁判決では、「原告の思想信条を理由に、こ れまでの他の住民が著作した秀句の取り扱いと異なる不公正な取扱いをしたものであり、これ によって、原告の人格的利益を違法に侵害したというべきである。」とし、「ある事柄に関して 意見の対立があることを理由に、公民館がその事柄に関する意見を含む住民の学習成果をすべ て本件たよりの掲載から排除することは、そのような意見を含まない他の住民の学習成果の発 表行為と比較して不公正な取り扱いとして許されないというべきである。」と判示した。つま り、「公平 ・ 中立 ・ 公正」とは、本来行政が特定の立場や意見に加担するべきではないという意 味で、行政に課される規範であり、住民 ・ 市民の学習 ・ 表現活動を制約する根拠にはならない ということを明確にしたのである。これは、「パブリック ・ フォーラム」という考え方ともつな がり、一定のルールに従って、多様な価値観や表現が発信され、交流と対話を促進する公共空 間を保障するものとして、公民館以外の集会施設や住民 ・ 市民活動にもあてはまるものである(12)。 新自由主義と新保守主義、ポピュリズムなど政治による社会への介入が強まる動向の中で、
少なくとも戦後教育法原理としての教育委員会の独立、「政治的中立性」という法制度は、社会 的な多様性と正義、民主主義を支えるものとして守り発展させることが、暮らしに人権と憲法 を生かすことにつながっている。
2)社会教育における学習の固有の価値とは何か
住民の生活現実と困難を自ら切り開いていくための学習は、基本的な人権であるという学習 権思想の視点からみると、社会教育における学習の固有の価値とは、個人の自立的な価値選択 と人間的な発達のために社会的な関係性を取り戻すことであり、そのために、政治的な過程に 集約されてしまわない、地域に開かれた学習の自由と自治による「学びの公共空間」を保障す
るということである。
藤田秀雄は、平和学習の目標は、「平和な世界創造のための主体形成である」として、かねて から日本の教育の欠陥は、「いかに解決すべきか」「どう行動すべきか」を問いかけないことで あると述べている。そして、1)平和に関する事実の認識 2)平和のための価値選択 3)
正義の感覚とモラル 4)行動の選択と方法 5)平和のための行動 という5つの課題を挙 げている(13)。このような学習課題は、狭義の平和学習に限定されるものではなく、地域社会にお ける人権と民主主義のための学習課題として捉えることができる。
地域における公立社会教育施設の固有の役割は、多様な市民活動や社会運動との相互自立的 な関係性を持ちながら、藤田が提起している5つの学習課題を通して、行動を準備する個人の 自律的な価値選択を模索する学習を保障することである(14)。このような実践は、公立社会教育施 設の専門職員が住民と共に、客観的で、社会的な信頼性の高い情報やデータ、資料に基づいて、
対話と科学的な探求による共同学習によって獲得されていくものである。民主的な社会教育は、
現代的な生存権と学習権の実現を両輪として、地域社会をつくり変えていく力を育てる。さま ざまな価値や政治的対立、葛藤と向き合いながら、学習を通して社会的な困難や課題を抱える 人々と共に生きる協働を選択していく。そのために、教育と政治を区別する住民自治の仕組み があり、「知る権利」と「表現の自由」に深く結びついた学習権を保障するという責務をもっ て、対等に住民 ・ 市民と学びあう関係をつくる社会教育の専門職員がいる。その学習拠点とし て、地域の教育のための共同財産が公立社会教育施設である。
注
(1)この名張市の提案が国からの要請を受けて提案されたものという経緯については、長澤成次「第 9次地方分権改革一括法と公立社会教育施設の所管問題」(『第9次地方分権改革一括法と公立社 会教育施設の首長部局移管問題』社全協ブックレット NO 5 2019年8月)参照
(2)「第6期中央教育審議会生涯学習分科会における議論の整理」(2013年)では、社会教育に関す る事務は、教育委員会が所管することを前提として、生涯学習振興行政と社会教育行政の調和 ・ 統合機能の強化を図るために、「ネットワーク型行政の推進を通じた社会教育行政の再構築」を図 るとしていた。今回の「特例」による法改正によって、公立社会教育施設の首長部局移管を可能 としたことは、これまでの文科省の生涯学習政策を大きく転換したものといえる。
(3)長澤成次著『公民館はだれのものⅡ』自治体研究社2019年8月 第4章「第9次地方分権改革 一括法案と社会教育関連法『改正』の問題点」を参照
(4)柴山文部科学大臣衆議院文部科学委員会2019年4月17日
(5)滋賀県大津市「市民センター機能等のあり方実施案」2019年2月1日
(6)「公民館の今後のあり方について~学びの仕組みを再構築するために~」(初案)8頁~11頁 ここでは今後の市教委として3つの取り組みが提起されている。
①「公民館を幅広い視点で生涯学習を推進する場に転換する」→公民館を廃止し、新たな教育施 設として運営方法等を見直す」②「市の資源 ・ 資産を次世代に引き継ぐために費用負担のあり方 を検討する。」→有料化の検討 ③「中宇治地域に学びの場を確保する」→「中宇治地域に生涯学 習の場を確保する」
(7)上田幸夫「中央教育審議会答申『人口減少時代の新しい地域づくりに向けた社会教育の振興方 策について』(平成30年12月21日)を読む」『月刊社会教育』2019年4月
(8)このような問題意識からこの答申案について意見を述べたものとして、社会教育推進全国協議 会常任委員会が文科省に提出したパブリックコメントがある。2018年12月3日提出
〈抜粋〉
第1部今後の地域における社会教育の在り方 第1章について
①答申の基調となっている「社会教育を基盤とした人づくり、つながりづくり、地域づくり」と は、住民の学習を、政策的な「人づくり」「つながりづくり」「地域づくり」に方向付けること によって、社会教育が地域づくりに関わる行政計画や施策と一体化することを求めるものであ る。そのために、「首長部局の他行政や企業、大学、NPO など多様なステークホルダーや地域 の人材(社会教育士の活用など)」を行政主導で活用する体制づくりを進めるものであり、住民 の自主的な協働や参画を強めるものとは言えない。
②答申に示された「人づくり」「つながりづくり」「地域づくり」の捉え方は、地域社会に生きる人々 の実際の暮らしや生活現実に即したものとは言い難い。「地域課題の発見から解決まで、共通理 解をもって活動に取り組む」という地域づくりの過程は、貧困と格差、包摂と排除などさまざ まな社会的な矛盾と軋轢の中にあることが地域社会の現実である。主権者としての政治学習や 基本的人権に関わる「現代的な課題」の学習、多様な困難を抱える人々の学習要求に即して、
自主的な学習活動と共同実践を豊かに発展させることが、「地域づくり」を担う民主的な住民自 治の力を育てる。そのために公立社会教育施設の充実と社会教育専門職員の増員が必要である。
③社会教育を基盤とした「地域づくり」や「住民主体の参画」などを盛んに強調するが、住民の 学習の自由と教育の自立性や自治に関して深慮がない。首長部局の政策動向や地域振興計画、
そして学校教育に社会教育を取り込むことが主眼になっており、教育委員会として社会教育計 画を独自に策定することの意義と役割については不明確である。また、住民の諸権利と自由な 学習をしっかり支え、教育機関として人権、福祉、環境など地域住民の多様な学習活動とつな がりを模索してきた公立社会教育施設の実践や歴史的蓄積を軽視している。
(9)「人口減少時代の新しい地域づくりに向けた社会教育の振興方策について」(答申)第1部第2 章10頁
(10)社会教育の現代的な課題について、学習権思想に立つ実践的な探求の歴史から学びなおすこと も重要である。例えば、「社会教育をすべての市民に」枚方市教育委員会1963年、「公民館主事の 性格と役割」長野県飯田 ・ 下伊那主事会1965年、「新しい公民館像をめざして」東京都教育庁社会 教育部1974年、「長野県らしい公民館に磨きをかけよう」長野県公民館あり方研究委員会2012年3 月など。
(11)「もっと知ろう社会教育 第7回 社会教育の仕事を見失わないために」月刊社会教育 国土社 2016年10月
(12)『九条俳句訴訟の目指したものとその到達点』九条俳句訴訟弁護団一同 2019年1月28日
(13)藤田秀雄「平和のための学習」『恒久世界平和のために―日本国憲法からの提言』勁草書房 1998年867頁
(14)谷岡重則「社会教育における平和学習」『平和教育学辞典』平和教育学研究会編集2017年3月、
「社会教育における平和学習」『平和教育を問い直す』竹内久顕編著 法律文化社 2011年11月参照