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キリスト教会における社会関係資本

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(1)

はじめに

 社会における個人同士の関係,そして個人と 国家との関係は,規範や信頼,組織や制度に よって規制されている。コールマンとパットナ ムは,調整と協調を促進するこれらの規範や信 頼を,物的資本や人的資本から区別して社会関 係資本(

Social Capital

)と定義した[

Coleman

1988

,

1990

;

パットナム

1993]。

 社会関係資本への関心は1990年代から様々な 学問領域の研究者と,政府や国際機関における 政策策定者の間で急速に高まり,今日にいたっ ている。この概念を最も強力に推進しているア クターが世界銀行(以下,世銀)であり,その 影響はわが国の国際協力機構(

JICA

)の開発 援助プロジェクトにも及んでいる。世銀は本 来,開発のための融資機関・金融機関である が,近年「社会開発」や「貧困撲滅」といった テーマに積極的に取り組んでおり,その中心的 な開発戦略に社会関係資本の概念が適用されて いる。

 また近年では,地域開発のみならず社会的排 除と社会的包括をめぐる論争においても,社会 関係資本の意義が認められており,その成長と

蓄積が貧困と排除の緩和を促進するとみなされ ている。バラとラペール[2005

:

42

-

45]によれ ば,社会関係資本の要素である「信頼・規範・

ネットワーク」は国家や制度はもとより,家族 や宗教といった属性からも生じうるものであ り,その中でも社会的規範は個人の行動を規制 し集団による行動を促す。そしてこの特徴は発 展途上国において顕著であるという。宗教が持 つ教理や価値が,信徒個人やその集団の行動を 決定づける規範となり,宗教コミュニティが形 成されることは想像に難くない。

 宗教が個人に与える影響という研究テーマは 新しいものではなく,米国ではソローキンが調 査を行った1940年代から今日にいたるまで多く の研究がなされており(1),宗教を社会関係資本 として捉えた研究も増えてきている[

Smid ed.

2003

; Wuthnow

2004]。

 本稿では,社会関係資本と宗教の関係を明ら かしたうえで,アルゼンチン大ブエノスアイレ ス圏のモレノ市リフィフィ地区で筆者が行った 調査に基づき,キリスト教会(カトリック・ペ ンテコステ両派)における社会関係資本の比較 検討を試みたい。

*早稲田大学大学院社会科学研究科 2013年3月博士後期課程満期退学(研究生)(指導教員 畑 惠子)

論 文

キリスト教会における社会関係資本

― アルゼンチン・大ブエノスアイレス圏の事例から ―

渡 部 奈 々

(2)

1 社会関係資本とはなにか 1-1 議論の系譜

 社会関係資本という用語が誕生したのは1916 年のことであった。ウェスト・ヴァージニア州 の地方学校監督官であったハニファンは,善 意,仲間,相互の共感,グループ内の社会的交 流を社会関係資本であると定義し,学校教育の パフォーマンスを決定づける重要な要因である と述べた[

Hanifan

1916]。彼の解釈は我々が 今日理解する社会関係資本の基本を捉えたもの であるが,当時は注目されることがなかった。

 それから約70年後フランスの社会学者ブル デューがこの概念を取り上げて,社会関係資本 が注目を浴びるようになった。彼は教育と階級 分化・再生産との文脈において,経済資本と文 化資本に社会関係資本を並置させながら「制度 化された相互の認知関係と承認関係からなる永 続的なネットワークの所有によって生じる実在 の資源や潜在的な資源を集約したもの」と社会 関係資本を定義した[

Bourdieu

1986

:

248]。つ まり,個人が持っている社会関係資本が教育機 会,雇用機会を規定し,その結果として社会階 級の分化と固定化が進むという理論である。

 しかしその後,社会関係資本は「社会を分化 させる仕組み」というブルデューの理解とは逆 の,社会における人々の結びつきを強化する機 能を持つものという理解がコールマンとパット ナムによって確立され,世に広まった。

 コールマンは社会関係資本を,ある行為をし ようとする人に有用な構造特性または構造的資 源から成り立つものと定義し,公的財(2)として の側面を強調している。例えば,ある社会集団 のメンバーがその社会で互恵的な規範(社会関

係資本)の形成や維持に貢献しなくとも,グ ループ内にできあがった相互信頼を利用するこ とが可能である。これは,フリーライダーとな らずに貢献しているメンバーの善意によって,

社会関係資本が維持されているからであり,そ の行動を支えるものが信頼,規範,制裁,権 威などの構造特性である[

Coleman

1988

:

116

-

118]。

 続いて,パットナムは社会関係資本の概念を 用いて南北イタリアにおける地方政府の制度パ フォーマンスの違いを説明した。1993年に発表 された『哲学する民主主義』の中でパットナム は,現代イタリア北部における比較的良好な民 主政治の制度パフォーマンスは,市民の自発的 な協力を促す信頼・互酬性の規範や市民参加の ネットワークといった形態での社会関係資本の 蓄積によると論じた。そして社会関係資本を,

人々の協調行動を活発にすることによって社会 の効率性を改善できる,信頼・規範・ネット ワークといった社会組織の特徴であると定義し た[パットナム

2001

:

206

-

207]。

 コールマンの議論において社会関係資本は個 人に帰属するものであり,小規模ネットワーク 内における強調行動から得られる個人の潜在的 な利益が焦点となっている。それに対してパッ トナムは,社会関係資本を個人の行動を説明す る概念ではなく,市民社会度(

civicness

)とい う社会のあり様の尺度として捉え,社会関係資 本が市民社会と民主主義の発展に極めて大きな 役割を果たすと主張した。このような違いがあ るものの,コールマンとパットナムによる定義 は今日,社会関係資本の一般的な定義となって いる。

(3)

1-2 社会関係資本の類型化

 日本国内におけるパットナムの評価は高く,

社会関係資本論の第一人者として紹介されるこ とが多いものの,海外では彼の議論の正当性に 対する反論や批判が寄せられ,社会関係資本概 念の精緻化が試みられている。パットナムは信 頼・規範・ネットワークという性質の異なるも のをひとくくりに社会関係資本と定義したが,

アップホフはその構成要素の特徴で二つに分類

した[

Uphoff

2000]。ひとつは構造的社会関係

資本(ネットワーク)であり,もうひとつは認 知的社会関係資本(信頼・規範)である。

 また,社会関係資本の機能が及ぶ範囲に焦点 を当てた類型化がある。社会関係資本はグルー プ内の結束を強化させるだけでなく,グルー プ外の他集団や政府などのフォーマルな制度・

組織との連携を強めるという議論[

Woolcock

1998]を発展させ,ナラヤンはグループ内の 結束を強化するものを結束型(

Bonding

)社会 関係資本,他集団との連携を促進するものを

接合型(

Bridging

)社会関係資本と分類した

Narayan

1999]。そして,経済活動において重

要な役割を果たすのは接合型社会関係資本であ ると論じている(3)

 結束型・接合型社会関係資本という概念は,

1973年にグラノヴェターが発表したネットワー ク分析を社会関係資本の議論において適用した ものである。グラノヴェターは個人間における 二者関係,つまり紐帯の強さを「時間量,親密 さ,情緒的な強度,相互の助け合い」に比例さ せ,頻繁に時間を共有する家族や友人との関係 は強い紐帯,ごくたまにしか顔をあわせない知 人との関係を弱い紐帯と分類した[グラノヴェ ター

2006]。強い紐帯はクリーク(排他的な小

集団)を形成し他者を排除するため,強い紐帯 で結合された集団間におけるネットワークの断 片化が生じ,コミュニティ全体の社会統合は抑 制される傾向にある。一方で弱い紐帯は,個人 の帰属する集団では獲得できない情報や資源に アクセスするうえで機能的に有利であり,社会 集団の境界を越えた情報伝達においても効果的 である。それゆえグラノヴェターは,強い紐帯 よりもむしろ,人と人との弱いつながり(弱い 紐帯)こそが全体的な社会統合を促進すると主 張している。

 同様にパットナムは,地域や国家に無数に 存在するメゾ集団や個人は接合型社会関係資本

(弱い紐帯)を用いて異なる集団や個人とのつ ながりを持ち,それが市民社会を強化し民主主 義を発展させると論じたのである。

1-3 社会関係資本と宗教

 ここでは本研究の理論的枠組みとなるパット ナム,ウスノウ,カリーの議論を紹介し,社会 関係資本と宗教の関係を考察する。

 2000年に発表された『孤独なボウリング』の 中で,パットナムは社会関係資本の概念を適用 して現代アメリカ社会を分析し,コミュニティ の崩壊,すなわち社会関係資本の衰退に注目し た。彼によれば,教会コミュニティに属し,礼 拝に出席するといった宗教参加は,投票などと いった政治参加と同様に市民参加として理解さ れる。米国内における組織所属の半数近くが教 会関連であり,個人的な慈善活動全体の半数が 宗教的性格を持ち,全ボランティア活動の半数 は宗教的文脈の中で行われているという事実 は,社会関係資本の蓄積における人々の信仰コ ミュニティ参加の重要性を証明するものであ

(4)

る。教会に所属している米国人の数は過去30~

40年間に10%近く減少し,礼拝出席や宗教活動 への関与は25~50%も低下している。このよう な宗教参加の低下は,世俗のコミュニティ基盤 組織や政治参加と同じ傾向を示しているとパッ トナムは論じた[パットナム

2006

:

72

-

84]。

 アメリカ社会における宗教の役割を多角的に 分析したウスノウは,ケア・コミュニティ(助 け合い共同体)としての教会の機能を評価して

いる[

Wuthnow

2004]。多くの教会が数百から

数千の信徒数を有する米国において,メンバー 同士による主な助け合いの場は教会内のスモー ルグループである(4)。1997年に行われた「市 民参加に関する調査」(

The Civic Involvement

Survey

)によると,米国成人の約40%が定期的

にスモールグループに参加し,他のメンバーか らサポートを受けていると回答している。調査 の対象となったスモールグループの継続期間は 平均5年であり,メンバーはほぼ変わらないこ とが証明されている。スモールグループの参加 者の多くは自分が危機のときにグループがサ ポートしてくれたと回答しており,教会スモー ルグループ内にはメンバー間の強い紐帯,つま り結束型社会関係資本が存在していることがわ かる。しかし,毎週礼拝に出席する教会員が外 部の貧困者と友人関係を築く割合は著しく低 く,教会出席と接合型社会関係資本との関連は みられなかった[

Wuthnow

2004

:

92

-

98]。

 外部コミュニティ,特に排除された人々との 紐帯を築く(友人となる)人たちに共通する傾 向は,毎週礼拝に出席することでもなく,教派 によるのでもなく,彼らがボランティア活動に 参加している点であった。しかしボランティア 活動への参加と宗教には強い関連がある。ボラ

ンティア活動をしている米国成人のおよそ19%

が宗教的ボランティアであり,教育関連でのボ ランティア8%や政治組織でのボランティア 1%をはるかに上回る。しかしここで留意すべ きは,宗教的ボランティアと分類される活動の 中には,日曜学校で教える,聖歌隊で歌う,礼 拝で案内係を務めるといった会衆の教会生活を 支えるものが多く含まれる点である。福音派信 徒の64%が教会内のボランティア活動に参加し ている一方で,外部でのボランティア活動に参 加している信徒は前者より46%と低い数値を示 している[

Wuthnow

2004

:

106

-

110]。教会内に おけるボランティア活動はその主な受益者を会 衆自らとしており,外部コミュニティに広がる 性質のものではなく,市民社会への貢献度は 低いとウスノウは結論づけている[

Wuthnow

1999

:

349

-

352]。

 今日のアメリカ社会における主流派プロテス タント教会やカトリック教会と比較して,福音 派教会は外部の広範なコミュニティにあまり関 与せず,豊かな結束型社会関係資本を有する反 面,接合型社会関係資本には乏しいと理解され ている[パットナム

2006

:

87

-

89]。しかしアイ オワ州でカリーが行った調査は,教派と社会関 係資本の関係が単純ではないことを明らかにし ている[

Curry

2003]。

 彼女は,住民3

,

000人未満でそれぞれ異なる 教派の6つの農業コミュニティを結束型社会関 係資本の低いグループと高いグループに分類 し,教会教派と社会関係資本の関係を分析し た。結合型関係資本の低かったドイツ改革派と カトリックのコミュニティでは個人主義が進ん でおり,コミュニティ維持に必要な住民の動員 がままならない状態であった。その分彼らの接

(5)

合型社会関係資本が高いかと言うとそうではな く,住民たちは昔からの農業組合に参加してい るのみで,外部コミュニティとの関係は希薄で あった。一方,結束型社会関係資本の高かった メノナイト派はその独特の教理と規範によって コミュニティを形成している。世俗から離れて 自分たちのコミュニティでキリスト教理に基づ いた生活を送るという伝統を持つ彼らは,個人 の敬虔さと簡素な生活スタイルを重視し,非暴 力や兵役拒否を実践している。しかしながら,

彼らの接合型社会関係資本は決して低いとは言 えず,広範な外部世界との関係を持っている。

その最たるものが兵役拒否の代わりに彼らが行 う災害救助活動である。メノナイトの国際的機 関「メノナイト災害時サービス」や「メノナイ ト中央委員会」を通して,メノナイト信徒は世 界中で災害救助のボランティア活動をしてお り,その点において彼らは高い接合型社会関係 資本を有している。このケースから,閉鎖的と 理解されがちな信仰コミュニティが必ずしも外 界から隔離されているわけではなく,その宗教 的理念を通してメンバーをより広い世界へとつ なげる可能性を持つことがわかる。

 ウスノウが接合型社会関係資本の射程を教会 のすぐ近隣に設定し外界コミュニティと呼んで いるのに対して,カリーは地理的境界を越えて 機能しているメノナイトの接合型社会関係資本 に着目した。以上のことを踏まえて本稿4章で は,教会コミュニティにおける結束型・接合型 社会関係資本という概念を適用し,モレノ市リ フィフィ地区におけるカトリック教会とペンテ コステ教会の社会関係資本を比較検討する。

2 大ブエノスアイレス圏モレノ市  アルゼンチンの首都ブエノスアイレス特別区 とその周辺に広がる24の市(

partido

)は,大ブ エノスアイレス圏と呼ばれており,アルゼンチ ン総人口の約28%が生活している。筆者が調査 を行ったモレノは,首都ブエノスアイレスから 西に37キロ,第二環状地帯(5)に位置する最も貧 しい市の一つである。19世紀後半の鉄道開設以 降,モレノは首都郊外の農作物出荷拠点として 発展を続けていたが,20世紀半ばから貧困化が 進み,失業,犯罪,麻薬,環境破壊など深刻な 問題を抱えている。ここではモレノの形成と宗 教事情を概観する。

2-1 モレノの形成と貧困化

 モレノでは16世紀後半から初期入植者の居 住が始まった。入植者はその時代の重要産業 であった綿羊類の飼育をして生計を立ててい たが,土地の境界画定・再分割後は,農業や宿 屋・商店経営がモレノにおける主要な経済活動 となった。1857年,ブエノスアイレス市を中心 とした鉄道建設が開始され,3年後の1860年に は37キロ離れたモレノに終着駅が完成した。鉄 道輸送による首都向けの農産物出荷が確立する と,モレノの経済は飛躍的に発展し,駅前を 中心とした町建設が急速に進められた。また,

ヨーロッパからの移民流入がはじまったのもこ の時期であった[

Ocampo

1964]。

 経済成長は多くの国外/国内移民を招き,

1869年に2

,

239人であったモレノの人口は1947 年には1万5

,

101人を数え,1960年にはその4倍 近くとなる5万9

,

338人に急増した。この人口 増加により,人々は町の中心地から離れた周縁

(6)

地域に住むようになり,新たな居住地区が放射 線状に増え広がった。国土計画もなく,区画整 理も行われていない地域,特に冠水に見舞われ る地域への不法居住が激増し,人々は度重なる 浸水の被害を受けた。

 1976年にはじまったアルゼンチン軍政は,首 都ブエノスアイレスに点在するスラムの強制撤 去を行った。その結果,ホームレスとなった多 くのスラム住民が大ブエノスアイレス圏に流 入し,第一環状地帯・第二環状地帯における 不法居住が増加した[

Forni

2004

:

244]。同時期 に,多くの国内移民がフフイやトゥクマンなど 北方アンデス地方から仕事を求めてモレノに流 入し,鉄道線路の北側に居住区が広がっていっ た(6)

 「失われた10年」と呼ばれる1980年代は,他 のラテンアメリカ諸国同様,アルゼンチンにお いても不況,インフレ,失業,貧困が悪化した。

居住環境などの基礎的ニーズを満たしながら も,所得が貧困ラインに到達しない「新貧困層」

が出現したのもこの時期である。民政移管後の 新自由主義経済政策により国営企業の民営化が 進められたが,市場競争の激化と雇用の柔軟化 などによって,1974年から1989年までの新貧困 世帯率は2

.

6%から17

.

8%に急増した[

Beccaria and Vincour

1991

:

22]。新貧困層となった中産 階級の人々は,物価の高い首都ブエノスアイレ スでの生活を維持することができず,大ブエノ スアイレス圏へと流れていったが,都心に近い 第一環状地帯はすでに飽和状態にあり,彼らは さらに郊外である第二環状地帯まで行かねばな らなかった。

 1989年メネム政権が誕生すると,新自由主義 経済政策が採択され国営企業の民営化が進めら

れた。これによって輸入代替工業化政策は完全 に撤廃され,経済政策の転換によって,企業 では生産性と競争力向上のためのリストラク チャーや人員削減が行われた。製造業のダウン サイジングにより,それまでモレノ住民に雇用 機会を提供してきた3大食肉工場は閉鎖を余儀 なくされ,5

,

000名以上の労働者が解雇された。

 世帯主の失業による家計収入の不足を補うた め,夫に代わって妻が家政婦などのパートタイ ム労働に就くようになり,労働市場に参入する 女性人口が増加した。家政婦に対する需要が高 いのは主に都心であり,女性達は鉄道とバスで 1時間から2時間をかけて首都ブエノスアイレ スに通った。アルゼンチンの上流家庭では住み 込み家政婦が家事や育児の一切をするのが一般 的だが,住み込み家政婦を雇う余裕のない中流 家庭は通いの家政婦を雇うことが多いためで あった。

 軍政期におけるスラム撤去,新自由主義経 済により誕生した都市の新貧困層,そしてモ レノにおける深刻な失業率の高さが,この地 域の貧困化を促進したといえる。少しデータ が古いが,2001年の国勢調査によるとモレノ市 の失業率は43

.

2%で全国(28

.

5%)や大ブエノ スアイレス圏(36

.

4%)を上回っており,モレ ノ住民の26

.

0%が基礎的ニーズを満たしておら ず,やはり全国(17

.

7%)や大ブエノスアイレ ス圏(17

.

6%)よりも高い貧困率を示している

INDEC

2001]。

2-2 モレノにおけるキリスト教会

 第二バチカン公会議と第2回ラテンアメリカ 司教協議会総会(メデジン会議)において,カ トリック教会は貧しい人々と共に歩むことを選

(7)

択した。この理念に感銘を受けた若い聖職者や 修道女たちがモレノに移り住み,社会活動に献 身したのが1960年代のことであり,それ以来モ レノはカトリック教会の社会活動が盛んな地域 として知られている(7)。モレノ市は元々モロン 教区の管轄であったが,1998年にメルロ-モレ ノ教区として再編成された。初代教区長となっ たバルガジョ司教はバチカン公会議の理念を継 承する司教であり,社会排除と貧困撲滅を掲げ て積極的な活動を続けた人物である(8)。今日メ ルロ-モレノ教区では深刻な聖職者不足が問題 となっている。聖職者69名に対して81万の信徒 がおり,単純計算をすると各聖職者が1万人以 上を司牧しなければならないという現状である

La Nación

2009]。

 アルゼンチンはラテンアメリカ有数のカト リック国であるが,1980年代以降ペンテコステ 派教会の躍進が著しい。アルゼンチンのプロテ スタント(ペンテコステ派を含む)人口は7%

であるが,実際にはアルゼンチン国民の約22%

がペンテコスタリズム(9)に帰依し,その礼拝ス タイルを実践しているといわれている[

Barrett et al.

2001

:

72]。アルゼンチン国内には今日,

1万8千以上の教会があるといわれており,そ のうちペンテコステ派教会は約半数を占めてい る[

Brierley

1997

:

57

-

65]。ペンテコステ派で最 大の教団であり,今回の調査対象としたウニオ ン・デ・ラス・アサンブレアス・デ・ディオス

UAD

)は,アルゼンチン全土に1

,

627教会を 持っており,そのうち大ブエノスアイレス圏に 364教会があり,住民45万人強のモレノ市では 9教会が活動している(10)

 大ブエノスアイレス圏の宗教事情と同じく,

モレノにはカトリック,ペンテコステ派のほか

にブラジルから伝来したアフリカ系宗教,エホ バの証人,その他の呪術や占いといったものが 共存している。マクンバやウンバンダといった アフリカ系宗教は,ブラジルと国境を接するミ シオネス州やパラグアイ系移民を通して大ブエ ノスアイレス圏に広まったと見られており,移 民文化の多様性が見てとれる。本研究では,モ レノ市で最大の信徒数を有し,貧困者支援など の社会活動に取り組むカトリック教会と,ここ 20年で急速に拡大したペンテコステ派教会を調 査対象とした。

3 調査方法と調査地の概要

 調査は2006年8-10月,2007年3-11月にか けて,モレノ市南部に位置するリフィフィ地区 にあるカトリック教会(正式名称マリア・アウ シリドーラ,

María Auxilidora

)と

UAD

ペンテ コステ派教会(正式名称クリスト・レイ教会,

Iglesia Cristo Rey

)で行った。調査内容は,教 会信徒を対象にした世銀の社会関係測定調査 用紙によるアンケート(11),教会聖職者(司祭・

牧師)へのインタビューと各教会での参与観察 である。

 リフィフィ地区はモレノ駅からバスで15分ほ どの場所にあり,バス通りは舗装されているが その他の道路は泥がむき出しである。最近でき たという欧米タイプのスーパーマーケットが一 軒あるほかは,昔ながらの小さな商店が数軒並 んでいる。モレノ市におけるインフラ普及率は 低く,特に下水と水道の普及は著しく遅れてい る(12)。リフィフィ地区も同様で,公共の下水 道は存在せず,大半の世帯では浄化槽を利用し ている。ゴミに関しては,定期的に収集車が来 て各世帯のゴミを収集するが,極貧者が多く居

(8)

住する場所には道路もないため,ゴミは家のそ ばの溝や野原に放置されている。

 リフィフィ地区の住民数は年々増加している にもかかわらず,この地域には仕事も住居も不 足しており,住民は貧しい生活を余儀なくされ ている。就労男性の多くが建設現場での肉体労 働や屋台などの物売りで収入を得ている一方 で,就労女性の多くが首都で家政婦として働い ている。

4 調査結果

4-1 カトリック教会

 メルロ-モレノ教区には,毎日曜にミサを行 うことができない教会が多く存在する。これは 先に述べた聖職者不足が原因であり,一人の司 祭が日曜に二つの教会でミサをあげることも珍 しくない。マリア・アウシリドーラ教会では隔 週で日曜ミサが行われているが,出席者数は15 名前後でほとんどが女性である。幼児洗礼のと きにはチャペルに入りきれないほどの人数が参 加するというが,通常の日曜ミサに対する人々 の関心は薄い。ミサに参加している女性の多く がカテキスタ(13)や,他の教会活動にも積極的 に参加しているメンバーである。

 聞き取り調査の対象となったのは,女性の手 芸グループである(14)。数名の女性信徒が1年 前に立ち上げた活動で,編み物などの手芸品を 製作している。完成した作品は教会バザーで販 売し,売り上げの一部で教会の光熱費を支払っ ている。週に一度,チャペルの隣にある多目的 ルームに30代から60代の女性が10名ほど集ま り,手作業をしながら談笑するのが常である。

この活動を通してメンバー各自がスキルを身に つけ,それを用いて彼女たちが生活費を稼ぐよ

うになることが最終目的であると,マリア・ア ウシリドーラ教会主任司祭のティト神父は語っ た。しかし,メンバー当人たちは活動に対して 異なる認識を持っていた。一般信徒である50代 後半のグループリーダーによると,この活動は メンバー同士が手作業をしながら談笑すること によって互いを知り,信頼関係を築く場であ る。改まって誰かに悩みを打ち明けることには 躊躇する女性たちが,仲間たちと編み物をしな がらそれとなしに,家庭問題や夫の暴力につい て話をするのだという。

 手芸グループ13名に行った社会関係資本測定 用紙の「定期的に参加している活動で最も重要 な活動は何か」という質問では,大半のメン バーが自分にとって最も重要な活動は手芸グ ループであると回答した。また「家族や親戚以 外で金銭を貸してくれる友人はいるか」という 質問では,3分の2のメンバーが「いる」と答 えた。メンバーの大半がリフィフィ地区以外か らわざわざ参加していることからも,この手芸 グループは彼女たちにとって重要な存在となっ ており,前述のウスノウが論じたスモールグ ループと同じく結束型社会関係資本が高いとい える。

 一方,グループの接続型社会関係資本につい ては,これもウスノウの教会スモールグループ の研究と同様に,低いという結果が出た。手芸 グループが「近隣以外の外部グループと協働す ることはあるか」という質問に対して,「時々 ある」が半数,「まったくない」が半数であっ た。しかし「時々ある」と答えたメンバーは,

メルロ-モレノ教区にある他のカトリック教会 を外部グループとして理解していた。それゆ え,この手芸グループにはカトリック教会を超

(9)

えた外部との紐帯が乏しいことがわかる。

 カトリック教会の主要メンバーは,手芸やカ テキスタを通して近隣の女性や子どもたちと関 係を築くが,それは同じコミュニティ内のネッ トワークであり,結束型社会関係資本である。

宗教的理念がその宗教コミュニティの紐帯を特 徴づける主な要因であるとカリーは述べたが,

どのようなカトリック教義や理念が彼女たちの 持つ紐帯に影響を及ぼしているのかを以下にみ ていく。

 日常生活において彼女たちがカトリシズムに 触れる場は日曜ミサである。司祭の説教は,貧 しい者の救い主キリスト,社会正義,共同体に おける連帯などのメッセージが中心となってお り,福音宣教をはじめとする教会外部に向けた 活動についてはほとんど言及されない。多くの 信徒が失業や貧困といった問題を抱えている中 では,彼らがいかによりよく生きるかが最大の 関心事となる。

 また,カトリック教会では貧しい信徒に献金 の催促をすることはなく,信徒たちの献金に対 する意識も低い。会堂建築のために献金を募っ ているが,何年たっても資金が集まらないとい う話も珍しくない。20世紀前半までアルゼンチ ンのカトリック教会は絶大な権力と資産を所有 し,聖職者の給与は国から支給されていたとい う経緯から,カトリック教会は信徒からの献金 を必要とせず,信徒には献金の習慣が根付かな かったと一般的に言われている(15)。聖職者の 不足が深刻なメルロ-モレノ教区では今日,教 会形成への信徒の積極的参加が求められている が,大半の信徒はミサに出席するだけである。

 伝道についていえば,カトリック教会はこと さら福音宣教を強調していない。カトリック教

会にとって伝道の対象となるのはキリスト教徒 以外であり,プロテスタントやペンテコステ信 徒をキリスト教徒として認めている。信徒がペ ンテコステ派教会などに流出する事実をカト リック教会は問題視しているが,プロテスタン ト信徒は彼らにとって伝道の対象でもライバル でもないのである。

 カトリック教会における紐帯は自らのコミュ ニティ内部で形成される傾向にあり,活動も内 向きであるといえるが,外部コミュニティとの 関係は皆無ではない。教会の多目的ルームと台 所の建設時には,提携しているドイツのカト リック教区から財政支援を受け,そのほか毎年 のようにドイツから青年信徒ボランティアを受 け入れている。

4-2 ペンテコステ教会

 カトリック教会から5ブロックほど離れた 場所に位置する

UAD

ペンテコステ派のクリス ト・レイ教会がこの地域で宣教を開始したのは 10年ほど前のことであった。最近完成した大き なレンガづくりの教会堂には毎週70名(うち大 人30名)ほどの信徒が集まり,それはこの辺り では最も大きな教会といえる。教会牧師である ポタンスキー氏と家族は大ブエノスアイレス圏 外のエスコバル市に住んでおり,週に数日モレ ノに通ってきている。この教会の中心となる活 動は日曜礼拝と青少年・子どもを対象とした聖 書クラスである。牧師夫妻はインタビューのな かで,教会の歴史と活動について,以下のよう に語った。

 宣教を開始した当初は,教会がコメドール(16)

を運営し近隣に住む貧困者に食事を提供してい た。この活動のために教会はモレノ自治体から

(10)

食糧支援を受けていたが,自治体は彼らがコメ ドールにくる人々に伝道することを禁止したた めに,教会は3年間続いたコメドールを閉鎖 した。その後クリスト・レイ教会は子どもや青 少年の聖書クラスに力を入れるようになり,現 在では毎週80名ほどの子どもたちが近隣から集 まっている。聖書クラスの目的は,彼らに神の 愛や救いについて教えるのはもちろんのこと,

物事に対する責任感や継続する力を育てること である。それとともに,教会で教育を受けた子 どもたちが成長して,将来教会を担う信徒や牧 師・宣教師になることが教会のビジョンであ る。

 しかし実際は,子どもたちの多くが思春期を 過ぎた頃からダンスや異性との交際といった娯 楽に夢中になり,教会に来なくなるケースがほ とんどである。彼らの親は自分の子どもが教会 に行くことに反対はしないが,自らが教会に行 くことはない。それゆえ,教会でいくら聖書の 話を聞かせても,親の姿を見て育つ子どもたち の生活習慣やメンタリティを変えることは非常 に困難であり,彼らにキリスト教的結婚観や家 庭観を教えても理解できないことが多いと牧師 夫妻は嘆いた。

 子どもの頃からこの教会に通い続け,信徒の あるべき姿を教育されてきた青少年たちは,多 くの点においてこの地域に住む若者と異なって いる。彼らはみな中学や高校に通っており,教 会では礼拝の賛美演奏や子ども聖書クラスのサ ポートなどに積極的に参加している。教会奉仕 や役員を任されても途中で投げ出し教会を去っ ていく成人信徒(大半はカトリックからの改宗 者)がいる一方で,青年たちが教会を離れるこ とは滅多になく,彼らの教会に対するコミット

メントは特筆に値する。

 筆者がクリスト・レイ教会の日曜礼拝に参加 したときのことである。「自分の所属する教会 を休んでこの教会に出席するのに,所属教会の 牧師から許可を得たか」と一人の青年から質問 された。クリスト・レイ教会では,他教会に参 加する際にはポタンスキー牧師の許可が必要で あるという。もともとカトリック信徒であった 者が改宗してクリスト・レイ教会のメンバーと なっているケースが少なくないことから,教会 員をしっかりつなぎとめておくための措置とし てこのような規範が設けられたのではないかと 推測する。

 信徒教育を重視するクリスト・レイ教会で は,礼拝で語られる説教もカトリック教会と大 きく異なっている。ある日の説教でポタンス キー牧師は「モレノでは麻薬やアルコールなど が蔓延している。それだけ金があるのに,人々 はそれを悪魔の業のために用いている。祈るだ けではなく,それに伴った行為,捧げることが 大事なのだ」と大声で語り,教会員たちにきち んと献金を捧げるようにと強く促した。しかし 信徒の多くが経済的問題を抱えており,教会を 維持していくのに十分な献金が集まらないのが 現状であり,ポタンスキー牧師は普段エスコバ ル市で別の仕事をしながら教会活動を行ってい る。

 信徒教育がクリスト・レイ教会内部の活動で あるとすれば,伝道は教会の外部に向けた活動 といえる。地域への伝道活動としては,前述の 子ども聖書クラスのほかに,ラジオ伝道があげ られる。同じ

UAD

に所属している近隣の教会 ではキリスト教ラジオ番組を放送しているが,

放送範囲が周囲7キロに及ぶことから,クリス

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ト・レイ教会の礼拝説教などを録音して放送し てもらうことを検討している。また別の教会が 運営している薬物依存症者の更生施設を支援す る目的で,教会で茶話会を開催し募金を集めて いる。

 国内伝道のみならず,海外宣教に対してもこ の教会は非常に熱心である。米国の教会などで は信徒が宣教旅行に参加して海外に行くことは 珍しくないが,貧しいモレノの信徒たちには不 可能なことである。その代わりに彼らは,国外 で働くアルゼンチン宣教師たちを祈りと献金に よって支援している。財政的にも決して豊かと はいえないモレノのローカル教会で,宣教師の 働きを覚える特別礼拝や,海外から戻った宣教 師を招いての講演会が行われている。国外に出 たこともない信徒たちが,パキスタンにおける 女性の立場やそこでの伝道の難しさについて女 性宣教師から直接話を聞いて,伝道のために共 に祈る姿は,クリスト・レイ教会の関心が近隣 地域だけではなく世界にも向かっていることを 物語っている。

 教会の女性グループ7名(30~50歳代)を対 象に行った社会関係資本調査では,ほとんどの 女性が宗教の異なる友人がいると回答したが,

宗教の異なる友人とはカトリック信徒を指して いる。これは,アルゼンチン社会において宗教 的少数派であるペンテコステ派教会は,カト リック教会を自分たちと同じ宗教とは認めず,

カトリック信徒を伝道の対象と考えているため である。実際に,クリスト・レイ教会の女性信 徒たちは日常的にカトリック信徒である隣人に 伝道をしており,隔週の祈祷会では自分が伝道 している隣人について他のメンバーと分かち合 い,その相手が救われるようにと皆で祈るのが

常である。クリスト・レイ教会における結束型 社会関係資本は,宗教的アイデンティティを基 盤とした紐帯であり,同じ信仰を持つ仲間とい う側面が強い。そして,そのアイデンティティ は信徒教育によって強化されているといえる。

 クリスト・レイ教会の伝道活動は,聖書に記 されている「すべての民に福音を伝えよ」とい うキリストの命令に基づいている(17)。彼らの 接合型社会関係資本は,キリストを伝えるため の紐帯であり,外部コミュニティは多くの場 合,伝道の対象として理解される。伝道が目的 の紐帯は必ずしも外部との直接的関係を構築す るわけではなく,パキスタン宣教の例でみたよ うに祈りや献金という間接的関係にとどまるこ ともある。しかし信徒たちがパキスタンの人々 を直接に知らないとしても,宣教師を通して情 報を得ることによって,宣教地に住む人々に対 して情緒的なつながりを覚えることは確かであ り,それがさらなる祈りと献金を生むのであ る。

 ウスノウは,教会のボランティア活動が外部 コミュニティとの関係を構築する有益なツール であると論じたが,クリスト・レイ教会の信徒 を外部世界へと押し出しているのは伝道活動で ある。以前行っていたコメドールでの支援活動 によっても,教会外部の人々と関係を築くこと ができたかもしれないが,クリスト・レイ教会 は伝道なしのボランティア活動に意義を認め ず,その結果3年で活動を停止したのである。

 クリスト・レイ教会の信徒にとって伝道はキ リスト者に与えられた使命であり,隣人が救わ れることは至上の喜びである。筆者が初めて参 加したクリスト・レイ教会の礼拝で牧師に求め られて,どのようにキリストを信じるように

(12)

なったかという入信の証をすると,信徒たちは 拍手して喜びをあらわにした。社会関係資本の 概念では,メンバー間の連帯である強い紐帯を 通して個人は物質的・精神的支援を受け,グ ループ間に存在する弱い紐帯が情報などの資源 をグループにもたらすという理解が一般的であ る。しかし,個人間やグループ間のみの関係に とどまらず,そこに神という存在を置く信仰者 または宗教グループにおいては,異なる理解が 必要であると考えられる。この点は本稿の射程 を越える議論であり,今後の研究課題となろ う。

4-3 考 察

 カトリック・ペンテコステ両教会の社会関係 資本における差異は,それぞれの教会が持つ教 理や価値観に起因しており,それは教会活動に も反映されている。カトリック教会は第二バチ カン公会議の理念に従い,貧しい人々と共に生 きる教会をめざしている。それゆえ,貧しい信 徒の生活向上や教会内部における連帯がとりわ け重要となるのである。それに対してクリス ト・レイ教会では,信徒一人ひとりがキリスト 者として神を証しすることが求められており,

そのための信徒教育と福音伝道が教会活動の主 軸となっている。

 伝道を目的としてクリスト・レイ教会が築く 外部コミュニティとの紐帯は,近隣地域のみな らずより広い世界にもつながっている。宣教師 を通して海外宣教地の情報が信徒たちに提供さ れ,信徒の群れである教会は祈りと献金によっ て宣教活動を支援している。情報や資源の交換 がなされている宣教地とクリスト・レイ教会の 関係がグラノヴェターのいう弱い紐帯であり,

教会という社会集団の境界を越えた情報伝達に 効果を発揮している。それゆえ,クリスト・レ イ教会の接合型社会関係資本は,地理的境界を 越えて機能するメノナイトのそれと似た特徴を 持っているといえる。この関係資本はまた,一 般のモレノ住民では決して知りえない外の世界 を間接的にではあるが経験する機会を信徒たち に提供している。

おわりに

 本稿では,アルゼンチン大ブエノスアイレス 圏のモレノ市リフィフィ地区にあるカトリック 教会とペンテコステ教会における結束型社会関 係資本と接合型社会関係資本を検討し,どのよ うな教義や理念が教会の紐帯を特徴づけている のか考察した。信徒の生活向上や教会内の連帯 を重視するカトリック教会では,信徒同士の結 束型社会関係資本が優位であり,外部コミュニ ティとの紐帯は乏しかった。一方,信徒教育と 伝道活動を強調するクリスト・レイ教会では,

共通の宗教アイデンティティに基づく結束型社 会関係資本と,伝道活動による外部コミュニ ティとの紐帯が確認された。

 1980年代後半以降,ペンテコステ派教会への カトリック信徒の流入が顕著となっているが,

彼らはより多くの社会関係資本を有する教会に 移るのだろうか。信徒の移動と教会社会関係資 本における関係の精査は今後の研究課題とした い。

〔投稿受理日2013. 5. 25 /掲載決定日2013. 6. 27〕

⑴ 1930年よりハーバード大学で教鞭をとっていた ソローキンは1949年に「ハーバード大学創造的利 他主義研究センター」を設立し,研究所長として

(13)

局長を務めたバルガジョ司教であったが,女性ス キャンダルによって2012年にメルロ-モレノ教区 長とカリタス事務局長を辞任した[Clarín 2012]。

2013年から教区長を務めるマレッティ司教もカト リック革新派である。

⑼ ペンテコスタリズムとは新約聖書の「使徒言行 録」に記されている異言,預言,悪霊祓い,病気 の癒しなどを強調する。アルゼンチンではペンテ コステ派教会とカトリック教会の二重教会籍を持 つ人口が12%にのぼる。これはアルゼンチン国民 の大半がカトリック教会で幼児洗礼を受けており,

カトリック教会では幼児洗礼を受けた人は一生教 会信徒としてみなされることによる。アルゼンチ ンにおけるペンテコスタリズムの拡大については

[渡部 2010]を参照のこと。

⑽ (http://www.uad.org.ar/v02/iglesias/index.html)

2013年5月15日閲覧

⑾ 調査用紙Cuestionario integrado para la medición del capital social[World Bank 2002]に含まれるPreguntas básicas para la encuesta integrada sobre el capital social(社 会関係資本に関する総合調査のための基本的質問)

を適用してアンケート調査を行った。この基本的質 問は社会関係資本である紐帯,信頼,集団行動,コ ミュニケーション,社会凝集性,政治的行動に関す る26の設問により構成されている。

⑿ 下水普及率に関しては,全国54.8%,大ブエノ スアイレス圏43.5%であるのに対してモレノ市は 24.4%である。また水道普及率は,全国84.5%,大 ブエノスアイレス圏70.9%,モレノ市46.9%となっ ている[INDEC 2001]。

⒀ カテキスタとはカトリックのカテキズム(要理 教育)を教える人を指し,アルゼンチンのカトリッ ク教会では,幼児洗礼を受けた子どもたちが一定 年齢に達して堅信を受けるためにカテキズムを学 ぶことが多い。

⒁ 調査対象は手芸グループメンバーである女性13 名であり,40~60歳代,教育レベルは初等教育,

下層階級に属してはいるが貧困世帯ではない。そ のほか,司祭からはリフィフィ地区全般につい て聞き取りを行い,女性カテキスタにはインタ ビューを行った。

⒂ メルロ市サモレ地区で活動を行う宣教会の修道 女へのインタビューより(2006年9月13日)。

⒃ コメドールとは貧困者を対象に食事を提供する 晩年まで利他主義の研究に専心した。1950年には

米国における善き隣人とカトリック聖者が示す利 他性に関する研究を発表した[Sorokin 1950]。

⑵ 原語のpublic goodには公益,公共財(経済学)

の意味があるが,どちらにも当てはまらないため,

本稿では「公的財」という言葉を使用する。ちな みに,社会関係資本に関する多くの日本語文献の 中では「公共財」という言葉が使用されている。

⑶ リンは社会関係資本を「人々が何らかの行為を 行うためにアクセスし活用する社会的ネットワー クに埋め込まれた資源」と定義おり[リン 2008: 32],社会的ネットワークそれ自体は社会関係資 本の外生的条件であり,ネットワークの様々な特 徴(ネットワークの密度,紐帯の強弱,紐帯が結 束型か接合型か等)は,そのネットワークから望 ましい資源を得られるかどうかを決定する重要な 条件であるが,社会関係資本ではないという[Lin 2006]。社会関係資本という言葉でネットワークと その特徴である紐帯の性質をも表している(結束 型/接合型社会関係資本)パットナムの定義と比 較して,資本・資源としての社会関係資本を明確 に示している。

⑷ スモールグループとは,教会員が定期的に集ま り,聖書の学びや祈りなどの宗教的行為や,その 他の活動を共に行う場であり,2004年以降日本に も紹介され,徐々にではあるが広がってきている。

スモールグループの性質や機能を知る上で『人生 を導く5つの目的』[ウォレン 2004]が参考とな る。

⑸ ブエノスアイレス市に隣接して広がる部分を第 一環状地帯とし,その周辺を第二環状地帯と呼ぶ。

第二環状地帯の貧困率は第一と比較して格段に高 い。

⑹ 2001年国勢調査によると,モレノ住民の60.6%

がブエノスアイレス州出身であり,33.9%が他州出 身,5.5%が外国出身であった。

⑺ 1985年に大ブエノスアイレス圏西部を流れる河 川の氾濫によって住む家を失った人々を支援すべ く,カトリック教会は支援団体「マドレ・ティエ ラ」を設立した。土地取得と居住支援に従事する マドレ・ティエラは今日アルゼンチンにおいて最 も知られた市民組織の一つである[渡部 2012]。

⑻ 2005年にはカリタス・アルゼンチンの代表とな り2010年にはカリタス・ラテンアメリカ地域事務

(14)

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⒄ 新約聖書のマタイによる福音書28章19-20節に

「だから,あなたがたは行って,すべての民をわた しの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名に よって洗礼を授け,あなたがたに命じておいたこ とをすべて守るように教えなさい。わたしは世の 終わりまで,いつもあなたがたと共にいる」と記 されており,キリストの大宣教命令と呼ばれてい る。

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参照

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