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2 代前半中国の江南稲作地帯における農業経営と生産力

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(1)

1920年代前半中国の江南稲作地帯における農業経営と生産力

―一 J.L.Buck:(勤ね蛇 」助″32θ

zり の再検討をとおして 一―

Farnl 1/1anagement and Productivity in Chiang‐ nan]Rice

Region of the lEarly 1920's China

A Re宙ew ofJ.L.Buck'sC力物ι

s′

J強御 ■o%θη    

Koichi YosHIDA

(昭

55年

10月 11日

受理)

は じ め に       ,

1921年か ら25年にか けて,ジョン・ ロ ッシング・ バ ック金陵大学教授 の指導 の下 で,同大学 の学生・ 助手 を動員 して,直隷・ 山西・ 河南・ 安徽・ 浙江・ 江蘇・ 福建 の7省17地 方316農

2,

866農家 に及 ぶ農家経済調査が行 われた。それ はひ きつづ いて同氏 によ り29〜33年に実施 され た 22省 168地 方1,678農 村38,256農家 にわ た る土地利 用調査 とともに,近代 中国 にお ける最 も大規 模 な農村 調査事 業 の一 つで あ り,また と りわ け前者 は,マロ ン とテイ ラーの調査 と並 び中国 農

村調査の最初の試みでもあった

lLし

かしながら

,こ

のバ ックの調査に対する評価 は今 日に至る

まで意外に厳 しいものであり,1963年

,河

地重蔵氏によってとりあげられるまでは力

,ほ

とんど 正面から利用されることがなかったのである。

1920年

代の中国農業の実情 を知る手がか りがた いへん少ない状況のもとで

,統

一的に企画された大量観察にもとづ くバ ックの研究がか くも冷 遇されてきた経過をふ りかえり

,そ

こでのバ ックヘの批判点に留意 しなが らも

,こ

の埋れた資 料の中から江南農民層分解の研究に利用 しうる部分をさがし出したい というのが本稿の第一の 意図である。あるいは結論を先取 りして言えば

,バ

ックの資料的価値 を再評価することによっ て

,逆

にバ ック及びその批判者達に共通する見解の批判をめざしたい

,と

いうのが本稿の第二 の意図であるの。

『農家経済』 とその批判

(1)バ

ックの調査の特色

1921年

から

25年

にわたる調査の結果は

,1930年

に α滋 賀θ

Jレ

物 」 勁θ

%"η (邦

訳『支那農 家経済研究』

)と

題 して上海 とシカゴで出版 されるとり

,賛

否激 しい反応を中国農村経済学者の 間にひきおこした。バ ック批判の諸論点を検討する前に

,そ

の著書を簡潔に紹介しておこう。

バ ックの調査の第一の目的は

,中

国農家の農業経営の実態を精密な統計数値を使用 して明 らか にすることであった。 この場合,"Fa■ 11l Economy"の 範疇に含 まれるのは

,つ

とに銭俊瑞氏 にようて指摘されたように。一年間の農業経営の収支・農業所得 と

,そ

れに関連する農家経済の 諸要素――経営面積

e土

地所有

(地

代 を含む )・ 農業労働力

(家

族の規模 と形態・雇傭労働

̀農

業労働力単位 Ⅲ年間労働時間及びその配分 )・ 家畜・ 肥料・ 作付順序・ 収穫高等々――である。

この実態調査をもとにした,中 国農業に対するバ ックの評価 は以下の如 くであった。 「設備 も少

な く

,土

地面積 も狭 く

,労

働の利用に診て比較的能率が低 く

,そ

して

,ど

ちらか と言えば粗放

的な型の作物 と耕種方法を以ってしては

,農

業収益 もまた必然的に小ならざるを得ない 0。 」更

にバ ックはこの分析を一歩進め

,「

最大規模群が属する農家は

,他

群 に比 して,よ り能率的資本

(2)

 

と労働の利用 とを示 し

,そ

してずっと高い収益を齊 している。」ことを発見 し

,中

国農業への処 方箋を提出する。日く

,大

経営の優越が明 らかであるにもかかわらず

,な

お小経営が普遍‐ 的で あるのは結局の ところ土地 と人口の不均衡一一農村人 口の過剰‐一に由来するものであるか ら

,根

本的な解決の方法は農村人口を抑制することであり

,当

面の救済手段 としては農業の集 約度を高め

,過

剰労働力吸収の機会を増大することである

と。

(2)バ

ックヘの批判

      1

バ ックの研究への最 もきびしい批判は著書の第

5章

「土地所有 と小作制度」に集中した。そ こで主張された「公充地租」

(適

正な小作料)を 認めるか否かの論争は

,中

国農村経済の基本的 性格の理解をめぐる二つの立場 と別れがた く結合 し

,政

治的性格を強 くおびるものであったか らである。「公充地租」とは現行小作料を平均 して

22.1%だ

け引き下げたものであり

,そ

の計算 の前提 として地主の土地所有を近代的性質のもの と考え

,小

作料は地主の土地投資の利子であ るにすぎない としていた。当時の農村経済の危機の根源を帝国主義の農業支配 とそれに結合す る地主の半封建的搾取にあると考えたいわゆる中国農村派の学者たちにとって

,バ

ックの主張 は土地所有の封建的性格 を隠薇 し

,国

民党の二五減租等の農業政策 を擁護するものであると 映ったのはまことに当然であった

81957年

にはじまる反右派闘争の中で「右派分子」 ‐ °に打撃を 与 えるために書かれた論文「 卜凱―兇悪的封建的土地制度的維護者」

%ゞ

全編激 しい政治的階級 的批判に満ちているのは故なしとはいえない面があるのである。 しかしバ ックの労作をこのよ

うなイデオロギー的側面のみを以て全否定 してし。 まうのは

,角

を矯めて牛 を殺す式の批判の仕 方である。否

,批

判の内容自体を逆に空疎なものにしてしまうであろう

1の

。すでに田尻利氏の指 摘されているところであるが

,東

亜経済調査局は同書の邦訳にあたって「本書の価値はそれら 著者の解釈や結論に在 るのでな く

,む

しろ

,そ

の資料 としての調査材料に在 る」

1つ

とのべ

,こ

場合 どのような目的に役立つ資料なのかはさておき

,バ

ックの結論 と資料的価値 とを区別する 態度をとっていた。

『申国農村』創刊号

, 2号

に連載された銭俊瑞氏の長文の書評「評 卜凱教授所著『中国農場 経済』 」では非常に詳細な検討がおこなわれているのであるが

,同

氏 はその資料 1的 価値について

も否定的判断を下 した。その理由は以下の如 くである。

(a)調 査対象の設定について。選択調査の方法が採用されながら調査地域・農家の選定が

,任

意選択でなく

,調

査担当者である学生の出身地

,緑

,知

人関係をもとに決定されていること。

このことは調査農村が各々の省・ 県の典型的な村落であることを保証しえないばか りでなく

,

一般に学生の出身階層に照応する水準以上の富裕な農家が選ばれるという結果をもたらし

,現

実の農村・ 農家の姿が正 しく反映されないこと。

● )材 料の統計処理について。本文各表の華北・ 華中・ 全中国の数値が各県を

1単

位 として算 術平均されているが

,こ

れはもとになる各県の数値自体が数ヶ村から数十ヶ村

,数

十戸から二

,

三百戸の農家の平均数であるところから

,結

局「平均数の平均数」 となり

,統

計学的にみて全

く信頼できないものであること。また各県毎の数値についてみても

,一

県内における農耕方式 の相違・土地所有形態の相違 (自 作農・自小作農・小作農 )・ 経営規模の相違

(大

経営・中経営・

小経営

)等

を捨象 して全体の i平 均数をとっていることからみて

,や

はりそれらが「実際 と遠 く へだたった幻像」にすぎないものであること。

(C)農 家経済分析について。農業経営分析に際して

,西

欧の資本制的農業経営分析の尺度がそ

のまま採用されたために

,申

国農業の実情 に合わない点がい くつか生 じたこと一二 これはバ ッ

(3)

1920年代前半中国の江南稲作地帯における農業経営 と生産力         17

クが申国農業経営の特質について明確 な理解 をもたなかった ことに由来す る。第一 に,中国農 業が小経営農業(「在家長的督促之下的家庭労働的経営判 )で あるにもかかわ らず,経営主=家

長 とその他の家族員 とを対立 させ,農業経営費中に経営主 をのぞ く家族構成員の農業労働見積 額 を計上 してい ること,それゆえ,農業所得がその他 の家族 をのぞ く経営主のみの所得 となっ ていること。第

2に

この家族労働見積額 は農業雇傭労働者の労賃 と同等な もの として計算 され ているが,雇傭労働が支配的形態 となっていない とい う条件 の下では,農業労賃 は極端 な低水 準 とならざるをえず,この低い労賃 を基礎 とす る計算では必然的 に家族労働 の評価 を切 り下 げ ることにな り,利潤部分 を技術的に増大 させ る結果 となること10。

3に

小作農の資本の中に地 主の土地の価格 を含 めて計算 し,小作農の資本が 自作農 に比べて多い とい う結論 を導いている こと。最後 に地代 に関 して言 えば,貨幣地代が経営費 の現金支出中に計上 されてお り,他方現 物地代 は農業所得 に含 まれていること等々。

ただ し,銭氏 は農場面積の大 きさによって農場 を5段階 に区分 し,各階層毎に収支の優劣 を 比較 して,大経営の小経営 に対す る優越 を説 くとい うこの一点 において は

,「

ただ申国における のみな らず,世界 の農業経済文献 申において も有力 な貢献 である

10」

とバ ックを称賛 している。

しか しなが らこの点 について もなお,最も望 ましい区分である地主・ 富農・ 中農・ 貧農・ 雇農 の分類方法か らみれば,「たいへん惜 しむべ きことに

,こ

の分類方法 を用い,本書 のい くつかの 重要な材料 を改製 して,更に具体的で有用な意義 を探究 したい と望 むけれ ども,原資料 を探 し 出せないので,我々 はそれに着手することがで きない

10」

としている。

結局

,「

バ ック教授が用いた比較的高度の方法 と技術 は,今までのべて きた ところにより,我 が望 む結果 を得 ることがで きない

10」

とい うのが銭氏 を一員 とす る中国農村派の学者たちの同 書への最終的評価であった1つ

このように『農家経済』への評価 は厳 しい ものであったが,彼の経営分析 の簿記的方法 は一 部修正 されなが ら,またその結論 としての大経営優越論 は無傷のままで,以後の中国農業経営 分析 に継承 され ることとなった。

バ ックの大経営優越論 とその継承

       

´

バ ックの著書の

i出

た翌年 には著名 な

2つ

の研究,マジャールの『支那の農業経済』(第2版)10 とウィッ トフォーゲルの『解体過程 にある支那の経済 と社会』10があいついで出版 され,1931年 は中国農業経済研究 にとって記念すべ き年 となった。

      

(1)マジャール

まずマジャールの研究 をみよう。その書の第16章「 資本主義的計算の見地 より見た支那の農 業経済」で は,バックの研究が全面的に採用 されている。マジャールの依拠 した ものはバ ック が1925年 に発表 した ■π

 Eθ

ο

%ο %″

α%′ 助σ滋′助 物の グ I(2屁〃郷 % ″ И膨勿 ■

%力

動 物α20でぁるが,そこで は,小経営 と大経営 との間で人間・ 家畜

0農

具の各効率, 1畝の上 地 に還元 しての収入 。費用・純利益 を各々比較 し,「これ らの材料 に照 して見て我々 は,小経営

に対 して,よ り大なる経営の甚だしい優越 を識る 21」 のである。つまり小経営では生産力を構成 する諸要素の合理的使用が不可能だからなのである。原貝

J的

にいっても

,当

面の中国農業にお いても

,大

経営ほど有利な経営内容をもつにもかかわらず

,半

植民地・半封建申国での高地価・

高地代・ 低賃金等の諸条件が農業資本の蓄積を困難にし

,一

方では経営規模 をますます零細化

させるとともに

,他

方では資本の有機的構成を引き下げ

,人

間の手の労働への依存をますます

強めることになるが

,零

細な経営規模ではこの人間労働 自体 を十分に吸収 しえず

,労

働力の過

(4)

:宏

 

剰 と濫費 とをひきお こし,小経営 は大経営 に比 してます ます不合理 な もの となるとマジャール は主張 したのである。

(2)ウ ィッ トフォーゲル

つぎにウィッ トァォーゲルは,アメ リカ (バック)と ソ連 (ボー リン,ヨール ク)両国の学 者が異 なる立場 と方法 とか ら出発 しなが らも同一の見解 に到達 した ことを喜びなが ら宅 彼 も マジャール と同 じくバ ックの蕪湖・ 塩山20の調査 に依拠 して大経営優越論 の陣営 に参加 してい る。彼 はまたレーニ ンに依拠 して小経営の大経営への対抗の基礎が土地・ 人間・ 家畜の略奪農 業 にあることを指摘す るとともに,マジャール とは異 な り,大経営の未展開の理由を社会的諸 条件 の中にのみ求 めるので はな く,自ら発見 した申国農業の特質 (灌漑・ 施肥・ 組 み合わせ耕 種法・鍬耕 よりなる園芸的農耕)の中に求 めた。「東洋 にあっては園芸的生産の特質の結果 とし

て生産性の増進 は,大経営 にお ける労賃の高 さと貧 しい小作人が甘受す る飢餓的所得 との間の 差額 を,均等化するに充分 なほど,それほど大でなかった。従 って,東部 アジアでは,小農民 的経営が一二西洋の大経営 と並行 しうるところの一―集約的栽培 を伴 った農業大経営を,経 上重大 なる程度 において台頭せ しめなかったのである亀 」ウィッ トフ芽―ゲルが農業経営分析 の中に労働力編成の問題 を導入 していた ことは当時の研究状況の中では画期的なことであった けれ ども,アジア的生産様式論批判がすでに始 まっていた当時の中国では,あるいはこの観点 も又 うけいれ られなかったのであろうか2つ。マジャールはその書の第1版にみ られ るアジア的 生産様式の「偏向」 を第2版では自己批判 してお り,この第2版の体系が中国農村派の半植民 地・ 半封建社会論の骨格 を提出 していた。

いずれにしろ,ウィッ トフォーゲル も又マジャール と同様 に大経営の小経営に対する優越の 根拠 をバ ックに求 めていた。だが,バックの蕪湖 (102戸

)・

塩山 (150戸)両調査 は『農家経済』

2866戸に及ぶ本格的農村調査の一環 としてなされた調査の中間発表であ り20,レヾックに依拠 す るか ぎ りはや は り

,『

農家経済』を使用すべ きであったであろう。マジャール,ウ ィッ トフォー ゲル両氏 とも残念 なが らその研究の公刊 に際 して同書 を参照することがで きなかった もの と思 われ る。つ、ぎに両氏 とも大経営の理論的かつ現実的優越性 を説 きなが らも,その社会的・ 技術 的制

1限

要因 も又同時 に指摘 している。 とすれば,当時の中国農村 に存在する大経営の経営分析 の中にその大経営化 を制限す る要素 も又求 めるべ きではなかったであろうか。

0)劉

 

 

次 に中国農村派の中で経営分析 をよ く扱 っていた劉端生氏の研究 についてみよう。同氏の農 業経営分析の方法 は,1935年に行われた浙江大学農学院の『嘉興県農村調査』を分析 した2論 ,「嘉興 四三一二戸農業経営的研究」と「嘉興大小農経営的比較研究」とによ くしめされてお 2つ,同氏自身同大学農学院農業社会系助教として同調査に従事していた

2o。

,その方法が特に よくわかる後者の論文の構成をパックの著書第

304章

と比較してそる。

各章・ 節の中で とりあげられている項 目については多少の出入 りがあるけれ ども,同じ分析 順序で同 じ大経営有利 の結論 を導 き出す点では全 く軌 を一にしている。マジャール・ 銭両氏の 指摘 した農業所得 に家族農業従事者のそれ も含 めるべ きであるとする点 は生かされているが,

小作農の資本 に地主の土地の価格 も含 める点 ではなおバ ックの方法がひきつがれている

20。

か し地代 の処理 についてはむ しろバ ックより後退 した印象を与 える。2論文 とも経営費の中に 地代が含 まれているために,当然農業所得か ら地代が控除 され ることになるが,劉氏 はこの地 代がすでにさしひかれた農業所得か ら家族労働見積額 と,小作地価格 を含 む農業資本利子 とを

(5)

1920年代前半中国の江南稲作地帯 における農業経営 と生産力

バ ッ ク『農家経 済』 第

3・

4章

811端

生「大小農経営的比較研 究」

3‑1  農業経 営 の大 きさ

(1)12)経

営面積

(3)作

付面積

(4)作

付総延ヘ クター

15)農

業労 働 力単位

16)家

17)労

働作業単位

3‑2  投下 資本

3‑3  収 入  3‑4  経 営費

3‑5  収益 4‑1  経営規模 と収益 との関係

4‑2  経営規模 と能率 因子

4‑3  最適経営規模 4‑4  現在 の経営規模 の 意義 4‑5  その匡正方法

経 営規模 的大小

耕地利用与 農 業経 営組織

農 業労働

農業資本

農業総収 入与農業経営費

農業経 営的成果

さしひ き農企業利潤 を算出す るとい う計算 を行 っている。 ここで は地代 は経営費 と資本利子 と で二重 に計算 されているが,この ようなや り方 は理解 に苦 しむ。バ ックの場合 には現物地代 は 農業所得 に含 まれてお り,この農業所得 を土地所有者 と農業経営主がいかに分割す るかが「公 充地租」算出の方法であった。半封建的土地所有論 にたって地代 の社会的性質の分析 をや るの であれば,それ を経営費でお とす ような ことはせず,地代が乗J余の支配的形態であ り,更には 必要労働部分 (家族労働見積額)にまで くい こんでいることを,分析の定式の申に示すべ きで あった。劉氏の結論 と分析の定式 とは一致 していなかった。バ ック批判 を展開 した中国農村派

OIA々

,農業経営の社会的性質の分析 を強調 したのであるが,それ にふ さわ しい経営分析 の 理論 を結局 は生 み出 しえなかったので はないか とい う疑 間 を持 つのは筆者 のみであろうか。

バ ックの結論の「異常有害的」倶I面とは別個 に,彼の農業経営分析の方法自体 を改 めて検討 し てみることは依然 として意味のあることである。

(4)バ   

      

バ ラクの大経営優越論の無条件的賛美がその経営分析方法への批判の目を くもらせていた こ とに鑑 み,バックの この見解の論拠 をあらためてみてお きたい。大経営の優越 は第4章「農業 経営の最 も良 き大 きさ」で展開 されてい る。同章第1節「農業経営の大 きさの収益 に対す る関 係」では表題 の ごとく,収益 に関す る指標が経営規模毎 に比較 され,以下の項 目のいずれ にお いて も大経営 ほど高い値が示 されている3の。①農業所得

 

②経営主の労働所得

 

③農業労働所  ④家族所得 ⑤成年男子単位当りの家族所得 ⑥労働報酬 ⑦等値者 1人 当りの労働報酬

③作付総延面積

1ヘ

クター当りの純利益 ⑨人間仕事単位数 ⑩農業資本。第 2節 「経営単位 としての農家の大きさと能率因子」第 1項「経営単位 としての農家の大きさの労働能率に対す る関係」及び第 3項 「農家の大きさの資本能率に対する関係Jにおいても依然 として大経営が 優勢である。 ⑪等値者 1人 当りの作付総延ヘクター数 ⑫等値者 1人 当りの人間仕事単位数

⑬役畜単位当りの作付延ヘクター数 ⑭役畜単位当りの役畜仕事単位数 ⑮ヘクタ=当りの

'建

物投下資本 ⑩ヘクター当りの諸道具への投下資本。ここに示された数値が少しでも信頼に値 するものであれば,大 経営の優越は不動であるかのようである。しかしながら第 2節 第 2項「経 営単位 としての農家の大きさの農業経営の質に対する関係」ではむしろ小経営の方が有利な値 を示し,バックの筆致はとたんに晦渋なものに変わっている。 ①作物収穫高または収穫指数は

,「

農家の大きさそれ自身が

,収

穫高を決定するものではない31l 

① lヘ クター当りの土地価格 は「小農家の方は土地が良質であるために,その結果としてこの群の地価は多少高い,と吾々 は決論して差支えないだろう。土地価格は農家の大きさにほとんど関係がないばかりでなく, 収益もほとんど関係がない321。」 ⑩ lヘ クター当りの経営収入は「両端の経営群の収入の差は,

︲︱︲︲︲︲︲︲︱︱

(6)

法  

大経営群の方が二

%少

ないことを示 している。 (・ ・…・

)農

家の大 きさ別による収入源については

,

調査されなかった

3つ

。 」 ④

lヘ

クター当りの経営費用は「小農家の方が

1、

クター当 りについ

,や

や多いことが明らかである。……その関係 は極度に変動的である 3亀

収益 と能率に関する指標 と経営の質に関する指標 との間に何故 このような対立が生 じたので あろうか。 この疑間についてはバ ック・ 銭の両氏 とも沈黙している。又第

1節

4項

の「農家 の大 きさの収益に対する例外的な関係」では

,収

益指標 においても江蘇武進・江寧・山西武郷・

安微宿においては中位・中位大の群が大経営群 より有利であることをバ ック自身が認めてお り

,

とく ,に 武進・ 江寧の例は江南稲作農業の中心部により近い地方であることからみて後にのべる ような重要な意義を持つものである。いったい

,バ

ックのこの論証の方法は経営分析指標 を 1

つ 1つ 単独にとりだして各経営間の優劣を決めようとするものであり

,時

に各指標間の相関係 数が 1出 されているが

,こ

れはすでに抽象された指標の意義を他の抽象された指標でもって補強 する役割を持つのみで方法自体をかえるものではない。 これら諸指標の全体が どのような立体 的な農業経営像を構成するのか ということにはバ ックは無頓着であった。バ ックは経営規模の 異なる階層毎に異なる経営像を考えるのでな く

,そ

れを中国農業の一般的特質に還元 している。

(5)大

経営優越論の背景

農業経営の構造的理解

,経

営概念の未確立は一人バ ックのみでな くその批判者たちにも共通 する特徴であった。た とえば

30年

代の代表的な著作である辞暮橋氏の『中国‐ 農村経済常識

.』3●

に は

,大

農場 と小農場の生産能率を比較 して大農場の優越 を説 くだけでは不十分であって

,農

業 経営の社会的性質の分析に際 しては

,雇

傭労働の使用

,経

営の集約化の程度にも注目すべきで あるという大切な指摘はあるものの

,本

来農業経営 とは何であるのか という定義がみあたらな い。 このような弱点の原因の一つは

,半

植民地半封建社会規定に還元される中国農業経営の社 会的性質の一面的な強調の対極

Q農

業生産力的側面の位置づけが軽視されているところにある。

銭・ 劉・ 辞氏 らの見解のよりどころであったレーニン

,カ

ウッキーの

,農

業における資本主 義の発展が大経営による小経営の駆逐 をもたらす という理論の中国への適用の仕方について は

,今

日からみればなお検討すべ き余地を残 すものがあった。第一に

,レ

ーニンはカウッキー を引用 してのべている。 「資本主義がはじめて

,農

業において技術的に小経営よりも合理的な大 経営の可能性 をつ くりだした 3句

│。

またカウッキーも「農業が資本主義的になればなるほど

,大

経営 と小経営 との間の技術の質的相違を発展せ しめる 3勾 とのべている。第二にカウッキーはこ の前提 として『農業問題』第

3, 4章

において封建時代の三圃式経営か ら近代農法を体現する 輪作式経営への前進があったことを明 らかにしている。第二にレーニンはさらに具体的にのベ ている。改良農具や農業機械が「お もに資本主義農業でつかわれていることは

,そ

こで は 土地の手入れがよく

,耕

作技術がす ぐれ

,労

働生産性が高いことを

;意

味 している 30。 」また東 プロシャの例 をあげて「大多数の作物の収穫高は

,大

経営から小経営にうつるにつれて規則的 に

,そ

して非常に顕著に減少 している 3句 とのべ

,そ

の原因をガヽ 経営が「土地についても

(劣

悪 な肥料

),家

畜についても

(劣

悪な飼料

)略

奪的経営をやっている

40p」

ことに求めている。 ここ では大経営 とは資本制的大農業経営 と 1同 義であり

,労

働生産性 と土地生産性における大経営の 優位 は資本制農業にとっては

,一

定の制限はあつても

41、

当然の前提 とされていたのである。先 の蒔氏の指摘は大経営がすでに十分にブルジョア的性格 を持つ という見解を批判 し

,地

代 と雇

傭労働 にみられる半封建的性格 と

,耕

畜・ 農具にみられる集約度の低 さ一一有機的構成の低 さ を主張したものであるが

,こ

こから大経営優越論の否定 までにはほんの数歩であった。資本制

(7)

1920年代前半中国の江南稲作地帯 における農業経営 と生産力

農業生産の未発達を説 くのであれば

,「

半封建的」 大経営の優越 を拒否すべきであり

,逆

に大経 営の優越 を説 くのであれば農法の前進 と農業における資本制生産の発展 を認める べ きであっ た。しかし

,一

方ではマルクス主義の原則の中国への機械的適用による

,そ

れが資本制的か半 封建的かの規定を欠如したままの大経営優越論が固持され

,他

方では中国の「現実」一―半植民 地・ 半封建社会の下での農業恐艦一一大経営をも含む全面的な農業崩壊が主張されたのである

江南稲作地帯における農業経営 と生産力 ̀

(1)銭

氏のバ ック批判について

稲作地帯の農業経営像を構成する中で

,前

述 したバ ックの相対立する

2種

の経営指標 を統一 的に理解することは不可能であろうか。勿論

,そ

のためにはマジャール

,銭

両氏の指示に従い なが ら資本制農場分析によって出された数値を小経営農業分析にふさわしいものに組み替える ことが必要 となる。 しかし

,こ

のバ ックの数字の組み替え作業が全 く不可能ではないことは

,

河地氏の『土地禾

U用

』を主 とした先駆的業績 423に よってすでに示されている。やや煩瑣な手続 き

を経なければならないが

,『

農家経済』付録第

1「

経営面積の大 きさと三〇の変数 との関係」を 小経営農業分析に「耐える」ものに組み替えようとしたものが

,本

稿末の江南稲作農業経営概 況表である。 この計算過程については表の解説を参照 して頂 きたい。筆者の当面の関心の制 1約 にもとづき

,こ

の組み替え作業は福建省連江県をのぞ く華申の

7地

方にとどめてある。華北に ついては次の機会を待ちたい。

ここで銭氏の批判の第

1。

第 2の 点について答えておかなければならない。第

3点

について は前述の通 り本稿末の統計表解説を参照して頂 きたい。まず第

1点

の調査対象のうち地域の典 型性について言えば

,武

進をのぞきそれらが江南水稲作の最先進地帯である太湖周辺の松江 。 嘉興・ 呉興等の外縁に展開していることが注目される。すなわちこの調査では最先進地帯 の姿

は十分 とらえられない という制約をもっている。つぎにこれらの調査農村が各々その属する県 全体の典型であるか どうかは判断できない。ただしこれについては

,銭

氏は原則的に批判する のみで

,『

農家経済』第

6章

作物にのべ られている耕種方式・作付順序・面積に即 してそれらが 非典型であることを証明 しているわけではない。調査対象農家については

,農

村の階層構成を 問題 とするのでな く

,各

階層の経営内容を明 らかにするという限定された視点からみれば

,ほ

とんどの地方で半プロンタリア・ 雇農層が除外されていることは確かだが

,華

申ではかなり零 細な層に至るまでわ りと細かな区分が設けられてお り

,批

判されるほど富裕な農家のみが調査 されたわけではない。第

2点

の統計処理の方法についていえば

,小

経営〜大経営の範囲が各地 方でかなり相違 してお り

,た

とえば極端な例 をとれば来安

Iの

小経営の規模は鎮海の大経営の 規模に相当している。 このような各地の小経営を平均 して華中・ 全国の小経営平均を出すこと はやはり躊躇されるごしかし一般的にいえば

,そ

の後実施 された大規模 な農村調査や統計でバ ッ クと同様の「平均の平均」が行なわれなかった例 は少ないのではなかろうか。なお銭氏が この

3点

の理由でバ ックの調査研究を本当に信頼できないものであると見なしていたか どうかにつ いては疑間が残 る。もしそうであれば

,氏

F将

本書所列幾種重要材料改製一過 40」 とか

,「

原 料無従我得」 44bと か言 う必要は全 くないのであり

,ま

して信頼できない調査をもとに

,問

題のあ る統計処理を最 も多 くくりかえした結果導き出された大経営の優越 という結論 を

,中

国 と世界 に対する有力な貢献であると言 うべきではなかった。た とえ氏自身が大経営優越論者であつた としてもバ ックのそれだけは峻拒すべきであった と思われるのである。

け )河 地重蔵・ 田尻利両氏の研究について

(8)

i宏

  

1963年 ,『

農家経済』出版後

30年

以上を経て

,バ

ックの研究を全面的に利用 して旧中国の農業 生産力構造に関する創造的な見解を提起 したのは河地重蔵氏である。氏の立論はその批判者で

ある田尻利氏によって適確に整理 されているが

,後

論 との関係で再度紹介 しておきたい。

(a)土 地生産性について。高い耕地当 り生産性 と低い作付面積当り生産性 という2つ の対立す る側面は高い土地利用度

(多

毛作指数

)に

よって統一 されている。

(b)労

働生産性について。単位労働力当 り生産性は大経営ほど高いが

,単

位時間当 り労働生産 性

(技

術水準・ 資本装備……実証をともならた時間当 り労働生産性を中国農業分析に持ちこん だのは氏がはじめてであろう

)に

は格差がない。

(C)旧 中国農業生産力の限界性について。土地生産性・ 時間当 り労働生産性には経営規模別格 差がない。すなわち生産力構造は大経営 も小経営 も共通 してお り

,大

経営の有利 さはただ「労 働力 にたいす るよ り大 きな土地の組 み合せか らくる就業時間のなが さによって生 じてい た 45ゝ 」っまり「

1930年

代の土地生産性が・……極限にちかい段階に到達 していた

46p」

のである。

田尻不

J氏

は同じバ ックの資料から

,役

畜の利用・ 農具への投資の

2点

を検討 して

,大

経営の 優越 をあらためて指摘するとともに

,又

河地氏の方法論及び資料批判に言及 している

4つ

。この両 氏の農業生産力に関する研究は

,生

産関係論的批判にかたよっていた研究史に新 しい段階を画 すものであるが

,な

おこの生産力の現実の担い手である階層格差をともなう農業経営を正面か らとりあげていない点では

,本

稿の意図か らみれば

,不

十分さをまぬがれない。両氏 とも他の 論文・箇所で限界経営規模 にふれなが ら

4め

,バ ックの調査の中には依然 としてそれを求めていな いのである。河地氏にあってはむしろ旧中国農業の集約化の限界性一般を指摘することによっ て

,こ

の問題 を捨象されたのではないか と思われる。一―ちょうどバ ックが粗放性・ 後進性一 般を結論 して経営間の相違を収益の量的比率の問題に還元したように 40。

131 

江南稲作農業経営分析

この節では本稿末の江南稲作農業経営概況表をもとに考察をすすめよう。

(a決

経営の農業所得の高さが

,直

接には経営面積の大 きさに由来すること

,す

なわち畝当純 収益

(畝

当粗収益一経営費

作付面積

=農

業所得である。畝当純収益が低 くても

,経

営面積が 大 きければ農業所得は大 となる。

(b)そ してこの大経営の有利 さの生産力的根拠は労働力単位当りの労働 日と

,労

働力単位当り の作付面積 とにあらわれる

,大

経営の農業労働力利用の合理性

(節

約性

)で

ある。 これはバ ッ クの労働能率指標 に該当するものであり

,河

地氏の単位労働力当 り生産性 における大経営の有 利さの指摘 と同内容をしめしている。ただし

,労

働力単位当り労働 日では淳化が

,労

働力単位 当 り労働生産性では淳化 と武進が例外である。

(C)し かしなが ら時間当 り労働生産性は全体 としてはほとんど差がないが

,し

いていえば小な いし中経営の方がやや高い。本表での労働生産性は

,貨

幣額であらわされた農業純生産

(V+

m)を

労働作業単位

(M.W.U)× loで

除 したものであり

,河

地氏が採用された穀物等数に換算 した

C部

分 も含む生産高 とは被除数を異にしている。貨幣で表わすか量で表わすか

,C部

分を

含むか含 まないかについては一長一短があろうが

50,こ

の指標 をとると大経営の優越がみられ ないとする点では河地氏の指摘 とは大局的にみれば一致 している。 しかし注意深 くみれば地方 によってはむしろ大経営がやや劣っていると見てよい

bこ

のような生産性指標の各経営間のバ ラツキは中国農業の限界性をむしろ否定するものであろう。

(dに

の傾向は土地生産性指標ではより顕著にあらわれる。土地生産性指標

I,Ⅱ

はほぼ経営

(9)

│し

1920年代前半中国の江南稲作地帯 における農業経営 と生産力        23

規模が小 さ くなるほ ど高 く,(a)(b)と は逆の傾 向を示 している。 この

(d)は

バ ックの経営の質 に関 す る指標 と対応す るものである。ただ し土地生産性I(作付面積当)は蕪湖・鎮海では中位大・

中経営の値が高 く,こ2県は土地生産性 Ⅱ (延作付面積 当)でも同様であ り,また全体 とし て土地生産性 Ⅱの指標では経営間格差が少 ない。

以上の

(a)〜 (d)を

総合すれば大経営の生産力の特質が浮かび上 って くる。労働力当 り労働 日の 増大 と労働力当 り作付面積の増大 とは,大経営 における労働力 の効率的な利用 を示 してはい る ,それは労働 日 (時

1間

)の単純 な延長 を意味す るにす ぎず,小経営 に比 して質的 に高い生産 力水準 (労働生産性 Ⅱ)を示す ものではない こと一― いわば大経営の雇傭労働 にもとづ く資本 制的経営 としての特質は,労働 日の外延的拡大 にもとづ く絶対 的剰余価値生産 の段階 にあるこ

とを意味 している。土地利用の形態か らいえば散在零細地片の集中による大経営 は,分業 と協 業の組織的導入 を困難 にしてお り,この面では大経営 は小経営の単なる算術的総和か ら飛躍す るのが困難である。 また土地生産性で は中・ 小経営 より劣 っていることか らすれば,バックの 調査 にあらわれた大経営が当時の中国の稲作生産力発展 の唯一の方向 を代表す るものであった か どうかについてはなお検討の余地があろう。

更 に詳 し くこの点 についての考察 をすすめよう。畝 当粗収益・ 純収益の項では小経営ほ ど有 利であるが,と くに50畝 (約

3 ha)前

後 をさかいに より大 なる経営の数値が悪化す ることが分 、

(来安 Iの 中位小経営以上,来安 Ⅱの大経営,淳化・太平門の大経営

)。

農業経営費のC部 は概 して経営規模が大 となるほ ど小額 となっているけれ ども,これ は単純 に大経営の優越性 を 示す もの とはみなせない。何故な ら大経営が小経営 と同 じ農具・ 肥料 を使用 していれば,す わち農業技術水準が同 じであれ ば,確かにここでの数字の ように大経営 にとり有利 にあ らわれ るが,それ は資本制的大経営の大経営たるゆえんである改良 された農具・ 機械

(た

とえば30年 代 で実用化 されたのは脱穀機・灌漑用 ポンプな どであるが

)・

栽培技術(品種改良,病害虫対策

)・

化学肥料等が20年代前半では大経営 に導入 されていない ことを意味 している。 それは既存 の共 通す る技術水準の上 における若干の節約性 を示す にすぎず,この節約性が収穫高の上昇 と結び ついていない とすれば,それ は逆 に大経営の停滞 をこそ示す ものである。

次 に雇傭労賃 (Vlと 略記

)と

経営主の労働 を含 む家族労働見積額 (V2と 略記)を比較 してみ る と,来I,Ⅱ をのぞいて,各地 とも畝 当労働費(Vl+V2)の値 にはそれ ほどの違いがな く, 経営規模 の相違 はもっぱ らVlと

V2の

構成比率 にあ らわれている。ただ

V2は

現実 に支出される わけではな く,家族労作的経営では農業純収益 (V2+m)に計上 され るか ら, 1畝当の計算で

はV2の 割合の高いだヽ 経営ほど純収益が大 きくなるのは当然である。しか し

,他

方では小農純収 益の高さは畝当粗収益

(生

産高

)の

高さとも比例 してお り

,こ

20年

代前半の段階では

,又

調 査された規模の小経営では

,人

間 と土地 と家畜の酷使にもとづ く「略奪約経営」は

,大

経営の 同じレベルでの後進的な 「略奪的経営」に十分対抗 しえているのである。なお

,念

のためにウィッ トフォーグルの指摘 した特殊な場合の計算をやっておこう。 「単位面積についてヨリ大なる経営 よりも

,ヨ

リ小なる経営の方がヨリー層多量に生産するような諸関係が仮定 されたにしても

……小経営では生産費 (… …

)の

費用がヨリー層少 くて

,し

かも大経営 と同一の結果が得 られ るかどうか

?ニ

ー・……何人 も支那の農業小経営についても叙上の点を立証することはできない のである 51ゝ 」とぃうことが事実であるか どうか確かめるために

,10元

の収穫 を得るのに必要な 生産費

(C+Vl+V2)の

項 目をみよう。ウィットフォーゲルの断定 とは異な り

,全

体 として小 経営の方が安上 りの経営を行っていることは一 目瞭然である。

(10)

 

次 に中0大経営のVlと V2と の割合 をみると,意外 にv2が大 きいのに気づか され る。vlが れを超 えるのはわずか に鎮海の大経営 (34.9畝)と武進 の中位大 (34.4畝

)・

大経営 (4800畝)

のみである。バ ックによって大経営・ 中位大経営 とよばれた階層の多 くはなお主 として家族労 働力 に依存 してお り,やや想像 を運 し くすれば,20年代前半江南周辺の稲作経営では労働力構 成 か らみて50%前後の 自家労働力 を確保す ることが必要で あった とみて よいので はなか ろ うか。

ところで,本表か らも分 るように,バックの大経営範疇は1地方の農家 を経営面積別 に大小 に区分 した相対的呼称であるにす ぎず,たとえば武進県の大経営 といわれるものの作付 はわず か36.6畝で,太平門の中経営 をわずかに超 えるのみであ り,来Iでは小経営の作付畝数 に該 当す る。本稿で もこのバ ックの区分・ 呼称 に従 って考察 を進 め,バックの評価 とは異な リー概 に大経営が有利であるわけではない と批判 してきた。しか し,来

Iの

117畝の経営 と武進 の48 畝の経営 とを同 じ「大経営」 として二律 に処理 してよいのであろうか。 もし単純 に経営面積が 大 きくなることを大経営の発展 と考 えるな らば,来

Iの

大経営の方 をより進歩 した もの とみ なす ことになろう。 もう少 し詳細 に両者 を比較 してみたい。 まず土地生産性指標 をとれば,来

Iは

同地 の小経営 よりも劣 っているが,労働生産性

Iお

よび作付面積当 り労働 日では小経営 を大 きく上廻 っている。換言すれば労働の節約性 によって単位面積当 りの収穫高の低 さを補 っ てい ると考 えられ,上述 して きた大経営の優越性 を最 も典型的にあらわ している。 しか し労働 力の構成 をみると

Vlは V2に

比べて少な く,大家族の家族労働力 に主 として支 えられてい るこ

とが分 る。消費単位 当 り家族所得で生活水準 を推測すれば,大経営 とはいつて も中・ 小経営の 農民 とほぼ

1同

じ水準の暮 しをしているにす ぎない。来安

Iの

大経営 はより後進的な稲作農村 に おける家族労作的「大経営」の発展の一例 であろう。

武進の場合はどうであろうか。 まず 1同 県の農業経営を他地方 と比較 してみよう。①二毛作指 数が

179を

示 し典型的な稲麦二毛作地帯にあること

50,② lha当

りの米の収量が

3,576kgと

鎮海 につぐ高さであること田ゝ ③

 lha当

りの自家肥料・購入肥料 とも同じく鎮海 と並び最 も多 く投 入 されていること

50,④

米の労働作業単位

1時

間当り収量では4.2kg(平 年作の

8割

の収穫)と 、 蕪湖の

3.8kg(同

じく

8割)と

ともに各地方平均の

2.6kgを

大 きく引きはなして

50,高

い労働生産 性 を実現 していること

,要

するに

,他

の地方に比べて多肥・多収・高労働生産性の点できわだっ

ているのである。次に武進内部の諸階層を比較 してみると

,経

営面積が

6.6畝,農

業労働力単位

(M.E)が0.43で

いわば兼業農家

=半

プロンタリア層 とみなしうる「小経営」をのぞき

,10畝

以上の経営では生産性指標

0労

働力単位当り労働時間・同作付面積・作付面積当り投下労働 日・

畝当生産高の項

1目

ではその格差が他地方に比べてわずかであり

,畝

当経営費のうち

C部

分は肥 料購入のためであろうか他地方 と対照的に大経営ほどやや高 くなってお り

,つ

まり

,ほ

ぼ均二 な農業経営が行われていることが分 る。 この武進の例 は諸指標の階層間格差が少ないか らと いうて決 して全般的停滞を意味するものではなく

,逆

に江南稲作農業発展の

1つ

の典型的事例 を示すのではないか と思われる。それは経営面積の外延的拡大ではな く

,小

経営形態のままで の内包的発展・農業の集約化の進行 (た とえば

C部

分は他地方に比べて極度に大 きい

,本

表④ 一⑩で計算できる

)の

方向を代表 しているとみてよいのではなかろうか。武進の「大経営」は このようなより集約化された農業地帯における富農経営の存在の仕方の一例であろう。すでに

中経営 (23.6畝)で雇傭労働 (Vl)が家族労働 (V2)にほぼ匹敵す るにいた る同地方では申位 大経営 (34.4畝

)・

大経営 (48畝)と Vlが

V2を

超 えてお り,また農業所得が小・ 中位小経営 とは隔絶す る大 きさを示 し,.消費単位当 り農家所得 (生活水準)も同様 の傾向を示 しているこ

(11)

1920年代前半中国の江南稲作地帯 における農業経営 と生産力        25

とからみて

,両

者 ともやはり富農的経営 とみなされるべきであろう。なおどちらか といえば前 者の中位大経営の方が優越 しているとバ ックは評価 していた 50。

来安

Iと

の比較にもどれば

,武

進は通常言われる如 く農業の集約化が経営面積を縮少させて いる場合に該当することが分った。 。

しかしこの集約化は同時に労働力需要を高め

,雇

傭労働の 使用の増加 と結合 してお り

,ま

さに農業におけるブルジョア的発展 と併行 しているものである ことがあらためて注 目されるのである。 しかし小・ 中位小経営 と競合 して多肥多収を追求する ためには作付面積当 り投下労働 日も同時に高い水準に維持せざるをえず

,Vlを

急速に増加せざ るをえない。ところがVlの 増加は農業経営費を増加させ農業純収益率を低下 させることにつな がる。すでにウィットフォーゲルが指摘したように

'大

経営化・富農経営の集約化の一層の発展 にとっては

Vlが

最大の問題 となろう。武進の富農経営 も労働生産性の質 1的 向上をともなう農法 上の大 きな変革がなければ急速に中・ 小経営を駆逐することは困難である。

最後にこのような

30〜 50畝

程度の富農経営を正 しく「大経営」 と呼ぶべきであろうか。すで にレーニン

,カ

ウッキーの紹介でのべたように

,大

経営が分業・ 協業を導入 した本来の資本制 的大農業経営を意味するとすれば

,来

Iも

武進 もともにそのような大経営ではありえない。

武進の場合は,小経営生産様式の

0と

での農業の小ブルジョア的発展の段階をあらわしている

もの と考 えられ よう。ただ本稿で は表現の便宣上,バックによる相対 的呼称 としての「 大経営」

「大経営の優越」 とい う用語 を使用す るものである。 この小経営農業生産力の具体的な構造の 内容 に立 ち入 つた考察 は,バックの経営諸指標 の再検討 を意図 した本稿の課題 を超 えるので, ここではこれ以上立 ち入 らない。

5お

わ り に

『農家経済』の統計 を再整理 してみた結果,統計数値 は必ず しもバ ックの大経営優越論 を支 持 して はいない ことがわかった。1920年代前半のバ ックの調査 にあらわれた江南周辺農村では 大経営 と小経営 とが同 じ生産力段階で相拮抗 してお り,土地 と労働 の

2つ

の社会的生産性指標 か らみて大経営 は小経営 を急速 に駆逐で きる力 をもたなかった。稲作大経営の優位 は制限され た ものであったか ら,彼らは廉価 な農業雇傭労働力 に依存 しなが らも,他方で大家族形態で家 族労働力 を広範 に残 さざるをえず,経営面積の大 きさを利用 して労働時間 を延長 させ ることに よってのみ利潤 を生 み出 してお り,この意味ではた しかに稲作富農経営の性質 を有するもので はあったが。その うえバ ックが,大経営・ 中位大経営 と呼んだ ものは武進・ 鎮海 な どの地域 に よってはむ しろその本質 は小 ブルジ ョア経営であつて,その ような先進地域ではバ ックが「大 経営」の優越 と評価 した部分 は小 ブルジ ョア経営の優越 と読 むべ きであった。 この ような地域 の中で,20〜50畝の うちいずれの経営規模が最 も有利 となるか は各地の事

1情

に よって相違す る であろう。

大経営の展開 を押 しとどめていたのは,半植民地

0半

封建社会 とい う社会的諸条件 を別 にし て もなお20年代の農業生産力の特質 と段階それ自体であつた。生産性指標で劣 る大経営が土地 所有へ傾斜せず に存続で きる条件 は,低い雇傭労賃 (Vl)であ り,又それに規制 された低い家 族労働見積額 (V2),というよりはむしろこの部分の価値への無関心であった。当時の江南周辺 の稲作農業経営で は直接 にかつ典型的な農民層の両極分解が起 り,一方の極 に資本制大経営が 順調 に生成・ 発展 してい くとい う段階 にはなかった もの と思われる5%

旧来の経営 と農法の もとで もなお農業の集約化 は

2つ

の方向で可能であるとバ ックはみてい た。

1つ

は作付順序 と労働力編成 に関す るものであ り,市場向け高級作物への切 り換 えを とも

与         ´イ

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