バ ングラデ シュ農村の季節的多就業
― 南西部近代稲作農村の事例 一一
Occupational Multiplicity with Seasonality in Rural Bangladesh:
a Case from a Modern Rice Farming Village in Southwestern Region.
池 田 恵 子 Keiko IKEDA
(平 成 13年 10月 9日 受理 )
は じめに
バ ングラデシュの農村では、実に多彩な非農業の経済活動が営まれている。農村世帯の約 3割 は非 農家であり、農家 もまた大多数が兼業である。非農業の活動内容 は、商業、職人工業、農業 0非農業 の賃金労働、サービスや運輸、出稼 ぎなど多部門にわたる。規模 もまた多様であり、例えば商業従事 者 には、竹篭一杯分だけの余剰野菜を売 る農民か ら、農家の庭先か ら少 しずつ野菜や卵を買い付 ける 末端の仲買人、定期市を巡回する露天商、農村経済の中心である常設市 に固定店舗を構える農村の文 脈で言 うところの大商人 までを見いだす ことができる。
これ らの非農業の経済活動 は、世帯員個人によって、または世帯員間で、複数営まれることが多い。
さらに農家世帯では、複数の非農業の職業 と農業が複雑 に組み合わされて営 まれている。その上、雨 季の集中的な降雨や冠水などの影響で、農業のみな らず大半の生業に生産環境 と需要の大 きな季節差 があり、就業 は顕著な季節性を帯びている。 このような季節的多就業 は、バ ングラデシュ農村の就業 形態の特徴であ り、その傾向は貧困層でより顕著である。近年では、流通・ 交通手段の大幅な改善に 伴 って非農業の職業内容 もより多様化 し、大都市への出稼 ぎのみな らず、地方中小都市への通勤 とい う新 しい就業形態 も見 られるようになった。 さらに、ムス リムが人口の 85%を 占めるバ ングラデシュ では女性 の移動が制限 されて きたが、屋敷地 (バ リ )1)の 外で就労す る女性 も急増 している。 これ ら の変化 は、多就業傾向にますます拍車をかけている。
バ ングラデシュに限 らず、農村の就業構造は、水野 らが東南アジア諸国の事例により明 らかに した ように、 自営農業、農業賃金労働 2、 そ して非農業の生業が複雑 に組み合わされた多就業形態をとる のが一般的である (水 野 :1995)。 バ ングラデシュに関 していえば、多就業構造そのものは研究対象 とされて こなか った。農村内の非農業就業 に関する実証研究が、その増加が顕著 となる 1980年 代後半 以降にようや く本格化 したばか りである。研究の多 くは、農業経営 との関係において兼業形態や非農 業の就業機会の獲得 (転 職や参入の形態 )な どを類型化 し、農村階層の再分類や都市 一農村関係の再 検討を試みた ものである (海 田 ・マハ ラジャン :1990、 高田 :1991、 向井 :2000)。 また、拡大す る非 農業就業 は、 「貧困の共有」概念で説明 されるような最貧困層が従事す る低生産・ 停滞的な部門なの か、または新たな農村発展の可能性を秘めた胎動なのかといった議論 も見 られるようになった (Sen:
1996、 Howlader:1997、 Westergaard:2000)。
これ らの研究に共通す るのは、非農業の主要な職業のみを取 り出 して分析する手法であり、個々の
世帯の多就業構造全体を分析対象 とした研究 はほとんどない。 また貧困層の間で多 くみ られる短期的 雑業 とで も呼ぶべ き、数 ケ月間のみ従事 される職業が分析対象に含まれていないことが多い。 ここで、
副次的職業を把握する困難 さを指摘 してお く必要があるだろう。村人に職業を尋ねると、通常一つ答 えるだけで、季節毎 に職業を説明 して くれることは、 ほぼない。一年にい くつの如何なる職業に就 く かは、月毎に聞き出すか長期間観察 しないと分か らないだろう。 もっとも、高田が論 じているように、
バ ングラデシュ農村住民の職業観に、主生業 と副次的職業を区分するという考え方が存在 しているか も明 らかにされていない (高 田 :1991)。 同様 に大半の場合、女性の屋敷地内での就労 も分析対象か ら除外 されている。女性 は屋敷地内でで きる様々な生産活動、例えば野菜栽培や家畜飼育などに従事 している。 これ らの活動が分析の対象 とされて こなか ったのは、 自家消費 目的 と販売 目的の生産が分 けられてお らず、把握 しに くいためだと考え られる。
かつて、激 しい人口増加 に伴 う農地の細分化 と農業経営の零細化、土地無 し農業労働者世帯の増加 が、バ ングラデシュ農村が抱える主要な問題 として盛んに指摘 された。そ して、 これ ら世帯に十分な 農業労働機会を供給できるような大地主階層 は存在せず、農村工業など就業機会の成長 も見 られない 中で失業が増加 し、貧困人 口は大都市へ大量 に流入すると予測 された (Jansen:1987)。 だが予測に 反 し、 自家農業だけではとうてい生計を立て られない零細・ 小規模農家や農業労働者世帯 は現実に急 増 したものの、貧困率 はかえ って低下 し、大都市への人 口流入 も懸念 されたほどには生 じていない。
農村世帯 は、単 に雑多な非農業の経済活動への依存度を高めるだけでな く、季節や市場の変化に応 じ て複数の職業を意図的に組み合わせた戦略的な多就業を営む ことで飯米を確保 し、生活を向上 させて きたと考え られる。短期的雑業や女性 による屋敷地内での就業 は、収入 は小額で も季節的に飯米確保 が困難な時期に雇用 と収入を確保する点で きわめて重要であ り、季節の推移を考慮 した世帯の就業戦 略の中では大 きな役割を果た しているのではないだろうか。 しか し、世帯単位の多就業構造全体が分 析対象 とされない限 り、 この点 は自明ではない。
本稿 は、 このような観点か らバ ングラデシュ農村の多就業状態その ものを検討 し、その特徴を描 き 出す ことを目的とする。 1994年 に筆者がボ リシャル県 Q村 で行 った調査資料に依拠 し、バ ングラデシュ 農村世帯の多就業構造を、 1)職 業の季節的な組み合わせと就業時期、 2)特 定の多就業形態を採用 する世帯の特徴のみに焦点を絞 って明 らかにする。なお、分析の中心的対象 は農業のみで生計を立て るのが困難 とされ る経営規模 1.5エ ーカー以下の農業経営世帯
と非農業経営世帯 とし、少数の世帯の就業事例を詳細 に検討す るという手法をとることとする。
1.調 査村の概況
調査地 Q村 3)は 、バ ングラデ シュ南西部のボ リシャル県に属 し、首都 ダカか らポ ッダ (ガ ンジス )り ││を 挟み直線距離で約 100キ ロ離れている (地 図 1)。 バスの通 う幹線道路か ら6キ ロ 程奥 まり、雨季には用水の堤防を兼ねた未舗装道路が到 る所で 決壊するためエ ンジン付小舟か徒歩で移動するしかない。 Q村
が所属す る郡の西半分 は低湿地帯で、制水門を備えた広域輪中 堤 に囲まれている。 Q村 はその外側 に、定期市の立つZバ ザー ルがある村を挟んで接 している。雨季の冠水 は 7月 上旬 に始 ま り、 8月 下旬 ‑9月 下旬 に最高 となり、 11月 上旬 には完全 に水
地図 1 調査地 Q村 の位置
ポ リシャル県 Q村
[出 所 ]筆 者作成。
注 )県 境界線は旧県を示す。
図 l Q村 周辺における稲作の変化 (1980年 以降 )
RⅢ 稲導入 前 (〜 1985年 )1)
RⅢ 稲導入 後 (1985年 〜 )
散播 ア ウス稲 と散播 アモ ン稲 の混播
: 1散 播 ア ウス稲
││ダ ル豆な ど乾季作物
: :移 植 アモ ン稲 (中 高地のみ ): : ボ ロ稲 (高 収量品種 )
Lロ ロ....:G。 優
11:]鸞l熊 ::illll::ネ ::lll:・ II鯛
:會樹
:書曲 ::お
:i廿1:凸
1『lζi
漿 経 地 の
il!
50
[出 所 ]1994年 の調査により、筆者作成。
注 1)Q村 へのボロ稲 (乾 季作米 )の 高収量品種 (IRRI稲 )の 導入 は 1980年 に始 まったが、本格化 したのは 1985年 になってか らであり、 1990年 にはほぼ完了 した。
が引 く。郡内の稲作 は高収量品種 ボロ稲 (乾 季作 )が 生産量の 6割 を占め、残 りの大半 は移植型 アモ ン稲 (雨 季作 )で ある。 しか し Q村 では、通常年 には耕地の約 9割 で高収量品種 ボロ稲の一期作 しか で きず、僅かな中高位地でのみ移植型 アモ ン稲 との二期作が可能である。ただ し、冠水が例外的に浅 い年 にはアモ ン稲が栽培できる耕地 もかなりあり、農業収入や農業賃金労働機会に影響を与えている。
高収量品種 ボロ稲 は 1985年 以降本格的に導入 された。それ以前 は散播型のアモ ン稲 とアウス稲 (雨 季 作 )の 混播栽培で、乾季 にはダル豆や野菜などが栽培 されていた 4、 このような雨季の冠水 に適合 し
た作付 けは 1990年 までの瞬 く間に姿を消 し、近代的濯漑稲作へ と一変 した (図 1)。
本稿の課題である多就業の調査結果を提示する前 に、村の農業経営規模 と世帯の主な収入源の特徴 をまとめてお く。農地を全 く所有 しない 表 lQ村 の世帯が主な収入源と主観的に認識している職業 (i994年 )
世帯 は 23%、 農業を営 まない世帯 は 27% ムスリム ヒンドゥー 合計
を占める。農家 ‐
世帯で最 も多いのは経営 世帯数 % 世帯数 %
世帯 1)
面積 0.5エ ーカー未満 の零細農家であ る。 量羹賃金労働 業賃金労働 34(15) 3 o) 37(10) ::││:1 12(9) 45(12)
村で 6人 家族がボロ稲単作の自作農業だ けで生計 を立 て るとすれば 1.5エ ーカー の経営面積が必要だというが 5)、 そのよ
商業以外の自営業 2) 10 ) 69(51) 79 o2)
定額給与の恒常雇用 3) 24(10) 7 (5) 31(8)
42 (18) 0 (0) 42 (12) 2 (1 0 (0) 2 (1)
104(76) 267(73)
1