子どもと遊ぶ大人が見た 遊びの世界
マダガスカルにおけるフィールドワークから 深澤秀夫
ふかざわ ひでお / AA研
マダガスカルの村において子どもも遊ぶ。
大人も遊ぶ。そしてフィールドワーカーも遊ぶ。
ひとつの場の中でそれぞれが遊ぶことは、
共振や共鳴や反響を生む。
遊びは互いを知ることのできる またとない経験であり機会であった。
シに歩かせる牛蹄脱穀をしたり、川や池で 魚釣りをしたり、山にヤムイモやハチミツや 野生動物を獲りにいったりと、1年2カ月の 村落での生活は、東京生まれの東京育ちの 人間にとって楽しい遊びに満ちていた。
1985年2月、次に来ることができるのは 数年先か十数年先かはたまた一生戻ること はないかもしれないとの思いを抱きながら、
調査地を後にした。しかし、再訪の機会は 思いのほか早くやってきた。京都大学東南 アジア研究センター(当時)の高谷好一先生 たちが企画した「マレー型農耕文化の系 譜—内発的展開と外文明からの変容」の科 学研究費プロジェクトに加えて頂き、1986 年10月に村を訪れることができたのであ る。村の人びとの側も、私が「戻ってくる」
とは予想していなかったようで、そのため か初回滞在時とはずいぶんと違う対応を示 した。その一つが、「今だから言うけれど」
である。当時50代前半のおじさんからこう 切り出された瞬間、「え! 何を言われるの だろう?」と心中かなり動揺し身構えたが、
次に出てきたことばの意味が咄嗟には良く わからなかった。
「今度来たガイジンは、子どもたちと遊ん でいるよって、みんなでよく話をしたもん だ」。
遊びが育む仲間意識
そう言われて思いかえせば、ろくすっぽ ことばのできないガイジンをまともに相手 にしてくれる人間は、勉強と家事の他はい ささか時間を持て余し溢れる好奇心を包み 隠さない子どもたちをおいて他にはいな かった。そこである日ためしに油を売りに きた学校帰りの子どもたちに白紙と色鉛筆 を渡したところ、ベッドと机を置けば大人 2、3人がやっと座ることができる3畳ほど 観察されるフィールドワーカー
人類学のフィールドワークにおいてはこ ちらの意図とかかわりなく、調査される側 もまたその人間をしっかりと観察している ものである。とは言え、こちらの言動の何 に驚き注目していたかは、「今だから言うけ れど」との山の神からの恐怖の暴露話と同 じく、向こうが口を開くまで当人にはわか らないものである。
1983年12月から1985年2月まで、マダ ガスカル北西部の人口350人ほどの村落で 定住調査を行った。「あなたがたのことば(言 語)と伝承(歴史)と習慣(文化)を学ぶため に来ました」と伝えてはいたものの、村人の 側からすれば、身体は大人のくせに働くで もなく、結婚するでもない人間、それも〈白 人〉(vazaha)が村をうろうろしていたこと 自体が、かなり奇異な出来事だったにちが いない。マラリアに罹患して死にかけたこと があるものの、元来脳天気な性格であるた め、田植えをしたり、刈り取った稲の上をウ
の私の部屋は、あっと言う間に子どもたち のたまり場となってしまった。男の子も女 の子も背にコブのあるウシを描いてくれた あたりまでは、調査者のエキゾティシズム を満足させてくれた。その一方、女の子た ちがこぞって家や人や花を描くことにつま らなさを感じると同時に、男女平等思想を 持たない社会の中では権利義務や役割関係 における性差が少ない民族と思われただけ に、いささかの驚きを覚えた。
また、録音機材に興味津々の子どもたち に、「じゃあ、歌でも唄ってごらん」と言っ て採った歌を再生し聞かせたところ、「わた しも!」「僕も!」と録音希望者が後を絶た ず、おかげで女性たちが祝い事の際に唄う オシキ(ôsiky)と呼ばれる歌を労せずにい くつも採録することができた。録音した当 時はこの歌の重要性に気がつかなかったが、
即興の歌詞とそれに続く繰り返しの定型の 歌詞の混交から成るこの歌を共に唄うこと ができるかどうかが、婚出することの多い 女性たちにとって、互いの同朋性を確認す る重要な手段であると共に、それを育む格 好の機会となっていたことを後の調査の際 に知った。月の明るい風の穏やかな晩に夜 遅くまで村内に響いていた子どもたちの歌 声、すなわち同じくらいの年齢の仲間たち との遊びの中からこのような意識が醸成さ れていたのである。〈一緒に唄う子どもたち〉
(zaza indray mihira)と言うマダガスカル 語が、〈同輩〉を意味するゆえんである。
子どもたちの遊びは、お飯事から縄跳び や鬼ごっこにはじまり、魚獲りやマンゴー などの野生果実の採取など多岐にわたる。
そして忘れてならないことは、米搗きや水 汲み、年下のキョウダイやウシの世話、田 植えや牛蹄脱穀など、子どもに割り当てら れた家事さえもが、子どもたちが一緒にな
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私の部屋に遊びに来た子どもたち。
ア フ リ カ
マ ダ ガ ス カ ル
調査村落の場所
アンタナナリヴ
り遊ぶことのできるまたとない場となり機 会となっていることである。子どもが3人以 上集まれば、そこにはおしゃべり、じゃれ あい、からかい、そして時には喧嘩も生ま れる。村の子どもたちの遊びの特徴は、時 と場を選ばず遊びの道具や形に捉われない 融通無碍さにある。
と言うわけで、上記のおじさんの暴露話 は、当時29歳の私が「遊んでいた」ことよ りも、大人であるべきはずの私が「子ども たち」と共に時間を過ごしていたことの方 に村人たちの好奇の目が注がれていたこと を物語っていたようである。
知力・体力・ジェンダー
ち な み に 村 で 使 わ れ て い た ソ ー マ
(sôma)というマダガスカル語北部方言語 彙は、〈遊び〉と訳されるものの、それは決 して子どもたちの専売特許ではない。女遊 びや前戯もソーマと呼ばれるが、歌もソー マであり、踊りもまたソーマである。ソー マ を 語 根 と し た 他 動 詞 マ ン ピ ソ ー マ
(mampisôma)は、〈楽しませる〉、〈面白が らせる〉の意味となり、想像をたくましくす れば、このような心の状態をもたらす行為 が、子どもにとってもまた大人にとっても
等しくソーマと呼ばれるのかもしれない。
その一方、4列に総計32個の穴のあいた盤 に石を置いて動かしながら相手の石を取っ てゆく世界的にはマンカラの名で知られる アラブ 起 源 の 盤 上 ゲ ームであるカチャ
(katra)、盤に刻まれた格子状の線の上の駒 を動かして相手の駒を取ってゆくマダガス カル 独自のゲ ームであるファヌール ナ
(fanorona)、これらの対戦型ゲームをする こともソーマと呼ばれる。こちらは昔、婿 や敵など相手の性格や頭の良さを測るため の手段としても用いられたと言うから、い ささか肩に力の入る〈遊び〉である。私もこ れらのゲームのルールを覚えて調査地で実 戦したものの、上級者には絶対に勝つこと ができなかった。
また、祝い事においてウシを屠ほふる前、あ るいはワクチン接種やウシに水田の中を歩 かせて田ごしらえを行う蹄耕や牛蹄脱穀な どウシが多く集まる際に、青壮年男性が好 んで行う〈ウシに組み付く〉と呼ばれるミ トゥル・ヌンビ(mitolon’omby)は、暴れ るウシのコブや角を掴みながらどれくらい 長く一緒に飛び跳ねていられるかを見せる
〈遊び〉である。観客、とりわけ若い女の子 たちが多いほど、挑戦する男たちの数が増
える。当然のことながら、生身のウシが相 手の〈遊び〉であるため、蹄で足の甲を踏ま れて骨折したり、囲いに用いられている木 とウシの間に挟まれて背中一面に擦過傷を 負ったり、ひどい時は角で大腿部や腹部を 突かれて即病院送りになるなど、危険と隣 り合わせである。しかし、見る者たちをは らはらさせるまさにその点にこそ、この〈遊 び〉の真髄がある。
ミトゥル・ヌンビと同系統の〈遊び〉に、
男同士が拳で思いっきり殴り合うムレンギ
(morengy)がある。決まった開催の機会は ない農閑期の〈遊び〉であり、もともとは勝 敗をつけずに殴り合い、武術のような攻防 の技もとりたてては無かった。こちらも、
農耕などで鍛えた筋肉隆々の男たちが馬鹿 力をふるうため、鼻や口から鮮血が迸ほとばしり、
歯が欠けて飛ぶのはあたりまえと言う荒っ ぽい代物である。それにもかかわらず、こ こ十年くらいの間に大きな町では女性同士 のムレンギが出現し、観客を集めている。
町に出ていった姉たちが殴り合うように なっても、村に住む妹たちはお花に囲まれ た家と家族という女の子特有の絵を変わら ず描くのかどうか、いささか気になる今日 この頃である。
15 FIELDPLUS 2016 07 no.16 ミトゥル・ヌンビ。
水汲みをする子どもたち。
魚獲り。 カチャをする男性。
子守りをする子どもたち。